新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1523、2014/06/13 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事 行政処分  医師の盗撮目的の建造物侵入と弁護活動 略式同意後の対応】

病院内の盗撮カメラの設置

質問:
地方の総合病院で勤務する30代の医師です。先月、夜勤の際、つい魔が刺して病院の職員用女子トイレの個室に盗撮目的で小型の隠しカメラを持ち込んでしまいました。カメラは朝方に発見され、警察に通報されました。カメラ設置時の映像に私の顔が映っていると思われることから、私が犯人だと判明するのは時間の問題だと思い、病院長には事情を話して退職届を提出し、警察にも自ら出頭しました。その後、事件は建造物侵入の罪名で検察庁に送致され、先日、検察官の取調べを受けましたが、トイレ利用者が複数名映っていること等を理由に、公判請求も含めて検討中であると言われました。刑事処罰を回避するために今から何か出来ることはないでしょうか。略式手続きに同意した場合でも何とかなるでしょうか。



回答:
1. あなたは現在、重大な局面に置かれているといえます。このまま必要な活動を何ら行わなかった場合、少なくとも略式起訴以上の刑事処分は確実視される状況であり、刑事処分に伴い、厚生労働大臣による医業停止等の行政処分や実名報道、インターネット上での誹謗中傷等の重大な不利益が予想されます。かかる事態を回避するためには刑事手続を不起訴処分で終了させる必要があり、そのためには被害者との示談が必須といえます。直ちに弁護人を選任し、刑事処分延期の上申をしてもらった上で、活動開始してもらう必要があります。

2. 本件での被害者というのは、建造物侵入罪における理論上の被害者、すなわちトイレの管理権者である病院長だけではなく、実質的な被害者であるトイレ利用者等を含めて考える必要があります。盗撮目的の侵入行為とその直後の盗撮行為が社会的に見て一個の一連の行為と評価できる以上、実質的な被害者であるトイレ利用者等の宥恕の有無は「情状」や「犯罪後の情況」として、検察官による終局処分の決定にあたり重要な意味を持つためです(刑事訴訟法248条参照)。

3. 捜査機関は被写体となった人物の特定まではしていないと思われますので、トイレ利用者の特定については、病院長との示談交渉の過程で病院側の協力を得て調査、把握、報告する必要があります。また、事案の性質上、トイレ利用者の被害感情は峻烈を極めていることが通常ですので、弁護人にある程度同種事案の弁護経験がないと心許ないところです。検察官に対して不起訴相当の事案であることを十分説得できるだけの交渉力が求められること、万が一起訴された場合に備えて医道審議会を見据えた対応が求められることも併せると、弁護人の選任にあたっては、適任者を十分吟味した上での慎重な判断が必要でしょう。

4. なお、特に地方の事件の場合、捜査機関より各種マスコミに対し、係属事件に関する安易な情報提供がなされるケースが少なからず見受けられます。実名報道等による実社会生活上の不利益は想像以上に大きいものがありますので、この点についても、弁護人から警察署、検察庁に対して事件に関する情報提供を自粛してもらうよう上申書を提出するなどして、抜かりなく対応する必要があるでしょう。

5. また、前科等がなければ罰金刑相当ということで検察官から略式手続に異議がないことを求められることが予想されますになりますが、その場合も罰金であればと安易に同意すべきではありません。仮に異議がないという書面に署名してしまっても撤回、公訴提起延期の申請をすることは可能です。被疑者、担当弁護人が、事案の性質上略式手続きに同意したとしても、起訴まで1週間程度ありますのでまだ諦めずにセカンドオピウニオンを求めることも考えましょう。いずれにしろ示談交渉等十分な弁護活動をした上であくまで不起訴処分となるよう対応する必要があります。

6.事務所関連事例集、医道審議会関連1510番1489番1485番1411番1343番1325番1303番1268番1241番1144番1085番1102番1079番1042番1034番869番735番653番551番313番266番246番211番48番参照。 盗撮関係事例集1493番1248番944番827番826番801番784番691番568番341番284番参照。 参照。

略式手続き同意後の弁護人の対応に関する事例集1460番848番738番538番参照。


解説:

1.(罪名について)
 まず、罪名について確認しておきますが、あなたが盗撮目的で病院の職員用女子トイレに侵入し、個室内を撮影した行為は、@建造物侵入罪(刑法130条前段)、A窃視罪(軽犯罪法1条23号)、それぞれの構成要件に該当すると考えられます。本件トイレは利用者の範囲が当該病院の女性職員に限定されており、「公共の場所」とはいえないため、都道府県のいわゆる迷惑防止条例は成立しないと考えられます(各都道府県条例では公共性の要件は不用とする場合もありますから注意してください。)。各犯罪の構成要件該当性については当事務所事例集NO.1493にて詳細に解説していますので、ご参照ください。

 本件では、@建造物侵入罪のみで事件送致されており、A窃視罪は含まれていないようですが、これは以下のような理由によるものと思われます。窃視罪の法定刑は拘留(1日以上30日未満の間、刑事施設に拘置する刑罰。刑法16条)又は科料(1000円以上1万円未満の金銭を剥奪する刑罰。刑法17条)とされており(軽犯罪法1条柱書)、建造物侵入罪の3年以下の懲役又は10万円以下の罰金(刑法130条前段)と比べて非常に軽微であるため、捜査実務上、建造物侵入罪での立件が可能であれば、敢えて窃視罪についてまで立件しようとはしないのが通常です。そして、仮に刑事裁判に移行した場合、検察官が建造物侵入罪の成立を立証するために被写体となった人物の特定は一切不要ですので、捜査機関による捜査活動として、被写体となった人物の特定作業は通常行われません。窃視罪については、仮に盗撮機器の映像等から犯罪の成立の立証自体は容易であっても、起訴・不起訴の決定にあたっては、実務上、盗撮の被写体となった人物の処罰感情の確認が必要となるため、被写体の特定がなされない状態では同罪で処分しようとしても実際上困難なのです。

 したがって、あなたの場合も、建造物侵入罪についての弁護活動(防御活動)という視点から、今後の対応を検討すればよいでしょう。

2.(刑事処分、行政処分の見通し)
 あなたの行った行為は、自己の性的欲求を満たす目的で本件トイレの利用者に無差別に被害をもたらすものであり、その犯行態様自体、非常に悪質と評価されうる類型といえます。また、小型の隠しカメラを女子トイレ内に持ち込んで撮影するという手口からすると、常習性と余罪の存在を強く疑わざるを得ないでしょう。少なくとも「つい魔が刺して」などという言い訳は捜査機関には全く通用しないでしょうし、あなたの刑事処罰を重くする以外に何の効果ももたらしません。さらに、あなたのケースですと、実際に複数の利用者が映っており、甚大なプライバシー侵害が発生しています。被写体以外の普段トイレを利用する女性職員に対しても、大変な不安と恐怖を与えるものであり、あなたの犯行による影響は計り知れないものがあると思われます。

 これらの事情に照らすと、本件で弁護人をつけず、必要な活動を何らすることなく放置した場合、公判請求(正式起訴、検察官による懲役刑の求刑)も十分考えられるところであり、少なくとも略式起訴(罰金刑)以上の刑事処分は確実視される状況であると思料されます。

 また、あなたは医師ですので、たとえ略式命令による罰金刑であっても、有罪が確定した場合、厚生労働大臣による行政処分の対象になります(医師法7条2項各号、4条3号)。厚生労働大臣による行政処分決定の際の考慮要素については、医道審議会医道分科会が平成14年12月13日付で「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」と題するガイドラインを定めており、これによると「猥せつ行為」の類型については「国民の健康な生活を確保する任務を負う医師、歯科医師は、倫理上も相応なものが求められるものであり、猥せつ行為は、医師、歯科医師としての社会的信用を失墜させる行為であり、また、人権を軽んじ他人の身体を軽視した行為である。行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、特に、診療の機会に医師、歯科医師としての立場を利用した猥せつ行為などは、国民の信頼を裏切る悪質な行為であり、重い処分とする」旨明示されています。

 建造物侵入一罪のみのケースでの行政処分例は本稿執筆時点では不見当ですが、最高で医業停止6か月程度の医業停止処分を受ける可能性があると思われます。行政処分を受けた場合、処分内容と事案の概要が各種マスコミ、報道機関等に公表され、インターネットニュースや新聞等で報道されるため、実社会生活上の影響は想像以上に大きいものがあります。

 起訴や起訴に伴う刑事処罰、そして刑事処罰に伴う行政処分を回避するためには、以上の詳細な事情を十分理解した上でその対策を立てることができる弁護人を選任の上、被害者と示談交渉を行ってもらい、検察官と面会、意見書提出、医道審議会の行政処分予想の説明等をして諦めずに執拗に交渉してもらうことが必須となってきます。手続きを誤ればあなたの医師としての生命を失いことにもなりかねません。

3.(示談交渉の相手方)
 あなたの被疑罪名となっている建造物侵入罪は、自己の管理する建造物への他人の立入りを認めるか否かの自由を保護法益とする犯罪であり、本件での被害者は理論的にはトイレという建造物の管理権者である病院長になります。おそらく被害届も病院長の名義で作成、提出されているものと思われます。したがって、刑事処分を軽減、回避するためには、病院長を相手方として謝罪、被害弁償をはじめとする示談交渉活動を行い、最低限、宥恕(あなたの刑事処罰を求めない程度に許すこと)と被害届取下げの意思表明を得ることが不可欠です。

 では、病院長との間で示談が成立し、宥恕を獲得することができれば、示談交渉活動として十分といえるでしょうか。答えは否です。検察官が起訴・不起訴を決定するにあたっては、「情状」や「犯罪後の情況」を含めた諸事情を総合考慮することとされており(刑事訴訟法248条)、盗撮目的の侵入という事案の性質上、盗撮行為による被害結果の有無、程度は当然、検討対象となってきます。盗撮目的の侵入行為とその直後の盗撮行為が社会的に見て一個の一連の行為と評価できる以上、当該行為の実質的被害者である被写体に対する被害状況を度外視して終局処分の決定をする検察官はいないでしょう。

 したがって、刑事処分の軽減、特に不起訴処分の獲得をより確実なものとするためには、実質的な被害者である被写体となった人物との示談や、被害者である普段トイレを利用する女性職員ら(あるいはその代表者)との示談が実際上は不可欠となります。盗撮目的侵入という事案の性質からして、これらの者の宥恕があって、初めて病院長との示談が実質を伴うものになると考えられます。裏を返せば、実質的被害者である被写体や潜在的な被害者である女性職員らが示談の経過や内容について何ら把握することなく、これらの者に秘密裡に行われたような示談であれば、刑事処分の軽減、回避を目指す上で決定的な事情にはならないでしょう。

 なお、前述のとおり、捜査機関は被写体となった人物(実質的な被害者)の特定まではしていないのが通常ですので、問題のトイレの利用者の特定については、病院長との示談交渉の過程で病院側の協力を得て調査、把握、報告する必要があります。病院側としては、被害者の立場ですから、盗撮の被害者特定、連絡先把握に協力してくれるか疑問もありますしあまり期待できないように思われます。しかし、このハードルを越えない限りは不起訴処分を得ることは不可能とも考えられます。このような場合は、示談交渉の基本をもう一度思い出す必要があります。示談は被疑者、被告人に有利にするために行われますが、これは被害者側としても先刻承知の上です。ではどうして、被害者側が示談に応じるのでしょうか。示談をすれば、被害者側にも有利であることを説明し理解できたときに示談は成立するのです。すなわち、示談により相手方被害者に有利になること、逆に言うと示談しないと不利益な点が生じることを説得できるかということになります。(通常は、被害金の受領の利益になりますが、病院側は盗撮の被害者ではないので被害金とは無関係になります。)この基本から見ると、病院側が弁護人に協力したほうが利益であることを提案、暗示することになります。具体的にいえば、罰金等刑事事件になり、医道審議会にまわされるとあわせて、事件現場である勤務先病院名もインターネットで明らかにされる可能性が大きくさらに病院側にも管理責任を問われる事態にもなりかねないことを説明することです。

 ここまでの活動を弁護人を選任することなく行うことは、現実的には不可能だと思われます。また、被写体となってしまった人物の被害感情は一般的に強いと思われますので、弁護人選任にあたっては、ある程度同種事案の経験のある弁護士を吟味して選ぶ必要があります。

4.(その他の対応)
(1)処分延期の上申
 あなたは既に事件が送検され、検察官の取調べも受けていますので、検察官としては、既に必要な捜査は全て終了しており、後は終局処分を決定するだけである可能性があります。あなたはこれまで弁護人を選任せず、示談交渉等の活動も行っていないようですので、このままでは示談の意思がないことを前提に、突如公判請求されてしまう危険性があります。かかる事態を回避するためには、直ちに弁護人を選任し、終局処分延期の上申をしてもらうことです。在宅事件であれば、弁護人が選任され、示談交渉を試みようとしているということであれば、一定期間は処分を保留してくれるのが通例です。その上で、検察官と十分協議の上、上記のような示談交渉活動を進めていく必要があります。

(2)報道回避の上申
 また、特に地方の検察庁の場合、各種マスコミからの照会に対し、事件の内容を詳細に開示してしまうケースを少なからず目にします。これにより実名報道、あるいは実名が伏せられていても容易に本人が特定可能な情報を添えて事件報道がなされることがあり、本人の社会生活上の影響が刑事処分以上に大きい場合もままあります。報道機関に対する軽率な情報提供を踏み止ませるためには、弁護人より警察署、検察庁に対し、事件に関する情報提供を自粛してもらうよう上申してもらう必要があります。

(3)医道審議会による行政処分についての説明
 あなたが医師であり、刑事処罰を受けた場合に厚生労働大臣による行政処分が予定されていることは、通常の盗撮目的侵入事件とは異なる特殊事情です。この点は、捉え方によってはあなたの有利にも不利にもなり得る事情といえます。すなわち、行政処分やそれに伴う実名報道やインターネット上の誹謗中傷等による実社会生活上の不利益の大きさを考えると、一般人に対する刑事処分の場合と比較して不相当に過大な制裁になってしまう、という考え方が可能であるのに対し、医師という社会的地位のある人物による犯行である以上、その刑事責任は厳しく追及されるべきである、という考え方もあり得るでしょう。実務の経験上、検察官も両方のタイプが存在します。

 したがって、あなたが医師であるという事情を刑事処分の決定にあたって不利益に考慮されないよう、むしろ有利に斟酌してもらえるよう、類似事案における医道審議会の処分例やその報道内容、具体的影響等を十分に調査の上検察官に提示し、交渉、説得してもらうことが不可欠といえます。

(4)贖罪寄付
 実際のトイレ利用者の特定が十分にできない場合、次善の策として贖罪寄付を検討すべきでしょう。贖罪寄付は、典型的には被害者が存在しない社会的法益や国家的法益に対する犯罪の事案で、心からの反省と贖罪の意思を表すために行われる手続きであり、示談に準じた有利な事情として斟酌してもらえることがあるものですが、建造物侵入や窃視のように個人的法益に対する罪としての性質を持つ犯罪の場合にどこまで有利に斟酌してもらえるかは、やはり検察官の個性によるところもあります。

 弁護人より、病院やトイレ利用者、その他の女性職員らとの示談交渉の経過につき、随時検察官に報告、協議し、贖罪寄付の有効性を十分見極めた上での対応が必要になってくるでしょう。

5.(最後に)
 上記のとおり、あなたの置かれている現状からすると、直ちに弁護人を選任し、適切な対応をとらなければ刑事処分のみならず、行政処分、実名報道等の甚大な不利益が予想されるところであり、まさに重大な局面に立たされているといえるでしょう。そして、上記のとおり、本件で弁護人に求められるのは同種事案における経験と検察官、トイレ利用者等関係者に対する交渉力です。また、万が一刑事処分を回避できなかった場合、医道審議会対応が必要になってきますので、交渉、示談書面作成等の場面で医道審議会を見据えた対応も必要となってきます。尚、検察官の判断により罰金となっても、医道審議会において、行った刑事弁護活動は有利な事情として必ず考慮されますので無駄な活動であったと考えるべきではありません。
 弁護人の選任にあたっては、適任者を十分吟味した上で慎重に判断されることをお勧めいたします。


≪参照条文≫
刑法
(拘留)
第十六条  拘留は、一日以上三十日未満とし、刑事施設に拘置する。
(科料)
第十七条  科料は、千円以上一万円未満とする。
(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

軽犯罪法
第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二十三  正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者
第二条  前条の罪を犯した者に対しては、情状に因り、その刑を免除し、又は拘留及び科料を併科することができる。

刑事訴訟法
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

医師法
第四条  次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
三  罰金以上の刑に処せられた者
第七条  
2  医師が第四条各号のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。
一  戒告
二  三年以内の医業の停止
三  免許の取消し


法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る