新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.827、2009/1/5 14:42 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・盗撮・衣服を着ている女性を撮影した場合処罰されるか】

質問:先日、新宿駅の改札口で待ち合わせをしている時、デジタルカメラで綺麗な女性を後ろから追いかけて数回撮影したのですが、刑法上問題となることはありますか?

回答:
1.いわゆる東京都迷惑防止条例の「盗撮行為」には該当しませんが、撮影回数と撮影態様により逮捕はされないと思いますが、「卑わいな言動」等迷惑行為として盗撮と同じように罰金で処罰されると可能性があると思います。
2.これについては、最近判断された重要な判決(最高裁判決平成20年11月10日上告棄却、控訴審札幌高等裁判所、平成19年09月25日罰金30万円、第一審 旭川簡易裁判所 平成18(ろ)75号 無罪 )がありますので、ご紹介しながら解説いたします。
3.このような事件の場合、一貫して無実を争うか、被害者側と話し合い不起訴処分を求めるか事案を分析し弁護士と協議しましょう。
4.事例集bU91、bV84、bW26を参照してください。

解説:
1.(問題点の指摘)貴方は通りかかった女性を単に撮影しただけですから、通常衣服で隠されている下着又は身体を撮影する(東京都の迷惑防止条例8条2項の)「盗撮行為」には該当しません。しかし、個人的に興味がある綺麗な女性につきまとい撮影行為を繰り返していますので、都条例5条1項の「卑猥な言動」に該当するか問題になります。そこで、この抽象的な「卑猥な言動」とは何か、この言葉を修飾している「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような」とは一体どのような場合をいうのか解釈する必要があります。というのは、「卑猥な言動」とは抽象的ですし、通常、電車内の「痴漢行為」すなわち直接の接触行為があるような場合を想定しており、何の接触行為もない撮影行為が犯罪になるか疑問がありますし、被害者が撮影行為を知らないような場合被害は生じていないとも思われるからです。さらに被害女性に肖像権があるとは言え、結果的に刑事処罰の拡大につながる可能性も存在するからです。

2.結論から申しますと、「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」の判断は、@卑猥な言動を行う意思(故意)の認定A暴行脅迫がなくとも性的的羞恥心、不安感を侵害する具体的行為の存在B社会的平穏を害するような態様を有する具体的行動の存在から詳細に検討し、総合的に判断されるべきです。従って、基本的に撮影行為は違法ではありませんが、被害者に接触しない撮影行為でも、又被害者が気づいていなくても条件により犯罪成立の余地は残されています。以下理由をご説明します。

3.本条例は「卑猥な言動」を処罰していますが、わいせつ行為に関しては、まず刑法上は、強姦罪(刑法177条、3年以上の懲役)、強制わいせつ罪(刑法176条、10年以下の懲役)が規定されおり、これらは暴行脅迫行為を用いて保護法益である個人の性的自由を直接侵害するものであり、違法性が強く重罰を科しています。暴行脅迫行為が要件となっているので被害者に対する直接具体的わいせつ行為が必要です。他に軽犯罪法では23号「のぞき行為」を処罰していますが、個人の性的プライバシィーを広く保護するものであり、いわゆる抽象的危険犯と言われています。のぞき、盗撮の行為があればよく、被害女性が現実的にいなくても犯罪は成立します。例えば、人がいなくても脱衣所等を盗撮、のぞき、ビデオ設置があればいいわけです。従って、軽い処罰となっています(拘留30日、科料1万円以下)。

4.そこで、いわゆる迷惑防止条例本罪の制度趣旨、保護法益は何かを考えてみます。現代社会では、社会生活、情報収集機器の発展、複雑化、に伴い特に個人の性的自由、プライバシー、一般社会生活の平穏が種々の手段、方法により侵害される危険が生じ従来の刑法、軽犯罪法では対応できない事態が生じました。そこで各都道府県に条例という法形式をもって各地方公共団体ごとにこれら侵害行為を禁止し処罰し個人の性的プライバシー、性的自由を保護しているのです。迷惑防止条例の「卑猥な言動」とは、刑法上の暴行脅迫を用いない侵害行為から個人の性的プライバシー、自由権を侵害するような行為を意味し、「公共の場所」という要件から性的道徳、風俗を含む社会全体の生活の平穏をも乱し侵害するような行為を禁止するものと考えられます。従って、刑法と比べると1年以下の懲役、100万円以下の罰金という比較的軽い科刑となっています。しかし、個人の尊厳保障を理想とする法の支配の理念から、本来自由であるべき個人(個人主義)を刑罰によって処罰し自由をはく奪することは例外的にしか許されず、必ず公正な内容と手続きが法定されていなければなりませんから(憲法31条、法定手続きの保障、罪刑法定主義)、法律の解釈は厳格主義、謙抑主義、類推解釈の禁止の原則により行われる必要があります。

5.以上から衣服の上からの撮影行為は原則として犯罪行為ではありませんが、例外的に「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑猥な言動」に該当するかどうかは以下の3点の認定が必要です。@卑猥な言動を行う意思(故意)の認定が必要です。犯罪行為の本質は違法行為と知りながらあえて行うという人格態度意思に求められるからです(道義的責任)。従って、報道目的、娯楽目的の撮影等は除外されることになります。次に、A暴行脅迫がなくとも性的的羞恥心、性的自由を侵害する行為の具体的存在を必要とします。本罪は、危険犯ではありませんし、刑法上のわいせつ行為に該当しなくても暴行脅迫を用いることなく事実上被害者の性的自由、プライバシーを侵害する行為を予想しているからです。刑法の謙抑、厳格主義よりその行為は具体的なものでなければいけません。さらにB社会的平穏を害するような態様を有する具体的行動の存在が必要です。本罪が社会的法益をも合わせ保護しているからです。

6.貴方の場合ですが、撮影自体が違法ではありませんが、個人的に興味があると思われる綺麗な女性を撮影したいという意思があり卑猥な言動とみなされる可能性はあると思います。次に、対象の女性に対しつきまとい行為を行いながらデジタルカメラで撮影行為を行っていますので、直接接触はありませんが執拗な長時間にわたる追跡行為、10数回以上の身体の一部を中心にした撮影を繰り返せば暴行脅迫に至らない性的自由権の間接的侵害行為に当たる可能性があります。さらに、新宿駅という公共の場で女性の背後から被害者の身体の一部を中心につきまといながら撮影行為を繰り返せば、例え被害者に気がつかれなくても公共の平穏、善良な性的社会秩序を侵害していると認定されるかもわかりません。これからは十分注意が必要でしょう。

7.(最近本件と類似の最高栽判決が下されましたのでご紹介します。) 
最高裁判所第三小法廷、平成20年11月10日決定。公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反被告事件です。

8.(裁判要旨)は「 ショッピングセンターにおいて事情を知らない女性客の後ろを5分間、40メートルほどつきまとい,デジタルカメラ機能付きの携帯電話でズボンを着用した同女の臀部を10数回撮影した行為が,被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるような「卑わいな言動」に当たるとされた判決です」

9.(決定理由)を引用します参考にしてください。「被告人は、正当な理由がないのに、平成○年○月○日午後7時ころ、旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて、女性客(当時27才)に対し、その後を少なくとも約5分間、40m余りにわたって付けねらい、背後の約1ないし3mの距離から、右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を事故の腰部付近まで下げて、細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい、約11回これを撮影した。以上のような事実関係によれば、被告人の本件撮影行為は、被害者がこれに気付いておらず、また、被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり、これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ、被害者に不安をおぼえさせるものといえるから、上記条例10条1項、2条の2第1項4号にあたるというべきである。」判例後記参照。

10.(北海道の条例) 北海道の迷惑防止条例を引用します。規定の内容は基本的に東京都の迷惑防止条例と同一です。
第2条の2(卑わいな行為の禁止、平成15年追加) 何人も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 衣服等の上から、又は直接身体に触れること。
(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。
(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により、衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見、又は撮影すること。
(4) 前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。
2 何人も、公衆浴場、公衆便所、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を、正当な理由がないのに、撮影してはならない。

11.(本判決の影響) この最高裁判決は、今後全国の捜査機関、実務に影響すると思われます。本件高裁、最高裁判決が出る前後から、服の上からの撮影により実際に事情聴取を受けたという事案も増えているようです。

12.上記の最高裁決定は、「衣服の上からの撮影でも行為態様によっては処罰する」というものです。以前は、服の上からの無断撮影で逮捕されたり有罪になったりすることはありませんでしたが、北海道の条例でも、平成15年、条文に盗撮行為の規制が追加されたのですが、下着等の盗撮でなく、又、直接被害者の身体に接触しなくても処罰されることになりました。すなわち、通常衣服で隠されている下着又は身体を撮影した場合でなくても、撮影行為の態様により「卑猥な言動」に該当するという画期的判例なのです。

13.判決では、「卑わいな言動」という規定も、「社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいうと解し、行為態様において「公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安をおぼえさせるような」状態を認定し、「卑わいな言動」にあたると解釈しています。本件控訴審の弁護人は、規定自体が不明確であり憲法31条,39条違反を主張していますが、法律は抽象的にならざるを得ずこれを採用しなかった札幌高裁の判断はやむを得ないと思います。唯、撮影行為に関し処罰の拡大につながらないよう撮影行為の態様を具体的に検討することが必要です。

14.本判例の具体的事情は、
@被告人がショッピングセンターという公共の場所で約5分間、40メートル被害者を追尾したこと。但し、捜査機関が主張した卑猥な発言はなかったようです。
Aカメラ機能付き携帯電話にて1−3メートルの距離から11回撮影を続けた点。
B被害者の臀部を中心に撮影したということ。
C自分の女性に対する個人的興味に基づき撮影されていること。
D被害者側は気がつかないしズボン着用でも被害者の身体の形状がはっきりと撮影できたこと。
以上を認定基準にしており、有罪もやむを得ないかもしれませんが事実関係にも特殊性があり、限界事例と思われます。

15.(最高裁の反対意見)本件判決には「卑わいな言動」とまでは言えない、という詳細な1人の強硬な反対意見も付記されています。軽犯罪法1条23号「のぞき見」、28号後段「つきまとい行為」、刑の重さの比較から条例の「卑猥な言動」「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」の解釈を限定的にするべきであるとの内容です(後記参照。)。尚、第一審旭川簡易裁判所では卑猥な言動に当たらないとして無罪の判決が出ています。

16.(対策) 法律の解釈は、社会生活の複雑化、発達により常に変化していますから、社会人として変化に対する感受性を持つ必要があります。「服の上から撮影しただけだから大丈夫」と勝手に判断して否認等強硬な態度に出ていると、逮捕、起訴されてしまうかもしれません。先の最高裁判決では第一審から2年以上も無実を主張し、刑事裁判で争い結果的には有罪になっていますが、被害者の気分を害し被害届が出ているようであれば真摯に受け止め、謝罪、被害弁償等をして事前に不起訴処分を求めることも検討すべきです(事務所他の事例集参照)。刑事訴訟法上、刑訴248条起訴便宜主義から一時の気の迷いで犯罪行為を行ったからと言ってすべて処罰し前科をつけようとする政策はとられていません。又無実を一貫して争うのであれば、犯行時の詳細なる事実関係の認定証拠保全が裁判の行方を決めますので(事例集bW19号参照)、類似の事案に巻き込まれた場合は早急に弁護士に相談し、必要な対応を協議しましょう。

≪条文参照≫

憲法
第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十九条  何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

刑法
(強制わいせつ)
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(強姦)
第百七十七条  暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

東京都;公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(【迷惑防止条例】)
第1条(目的)
この条例は、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し、もつて都民生活の平穏を保持することを目的とする。
第5条(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
@ 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
第8条(罰則)
@ 次の各号の一に該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2 第5条第1項又は第2項の規定に違反した者
A 前項第2号(第5条第1項に係る部分に限る。)の罪を犯した者が、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を撮影した者であるときは、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
F 常習として第2項の違反行為をした者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
G 常習として第1項の違反行為をした者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

≪最高裁判例参照≫
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反被告事件
最高裁判所第三小法廷平成19年(あ)第1961号
平成20年11月10日決定
       主   文
本件上告を棄却する。
       理   由
弁護人古田渉の上告趣意のうち,憲法31条,39条違反をいう点については,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)2条の2第1項4号の「卑わいな言動」とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいうと解され,同条1項柱書きの「公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような」と相まって,日常用語としてこれを合理的に解釈することが可能であり,所論のように不明確であるということはできないから,前提を欠き,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。 所論にかんがみ,職権で検討するに,原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。すなわち,被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影した。以上のような事実関係によれば,被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえるから,上記条例10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべきである。これと同旨の原判断は相当である。よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官田原睦夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。

私は,本件における被告人の行為は,本件条例2条の2(以下「本条」という。)1項4号の構成要件には該当せず、したがって,被告人は無罪であると思料する。
1 本条は以下のとおり規定している。第2条の2「何人も,公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。(1)衣服等の上から,又は直接身体に触れること。(2)衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し,又は撮影すること。(3)写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により,衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見,又は撮影すること。(4)前3号に掲げるもののほか,卑わいな言動をすること。2 何人も,公衆浴場,公衆便所,公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を,正当な理由がないのに,撮影してはならない。」
2 本件条例の規定内容から明らかなように,本条1項4号(以下「本号」という。)に定める「卑わいな言動」とは,同項1号から3号に定める行為に匹敵する内容の「卑わい」性が認められなければならないというべきである。そして,その「卑わい」性は,行為者の主観の如何にかかわらず,客観的に「卑わい」性が認められなければならない。かかる観点から本件における被告人の行為を評価した場合,以下に述べるとおり,「卑わい」な行為と評価すること自体に疑問が存するのみならず,被告人の行為が同条柱書きに定める「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」には当たるとは認められない。 
以下,分説する。
3 「臀部」を「視る」行為とその「卑わい」性について
本件では,被告人が被害者とされる女性のズボンをはいている臀部をカメラで撮影した行為の本号の構成要件該当性の有無が問われているところから,まず,「臀部」を被写体としてカメラで撮影することの「卑わい」性の有無の検討に先立ち,その先行概念たる「臀部」を「視る」行為について検討する。
(1)本件では,被害者たる女性のズボンをはいた「臀部」は,同人が通行している周辺の何人もが「視る」ことができる状態にあり,その点で,本条1項2号が規制する「衣服等で覆われている部分をのぞき見」する行為とは全く質的に異なる性質の行為である。
(2)また,「卑わい」という言葉は,国語辞典等によれば,「いやらしくてみだらなこと。下品でけがらわしいこと」(広辞苑(第6版))と定義され,性や排泄に関する露骨で品のない様をいうものと解されているところ,衣服をまとった状態を前提にすれば,「臀部」それ自体は,股間や女性の乳房に比すれば性的な意味合いははるかに低く,また,排泄に直接結びつくものでもない。
(3)次に,「視る」という行為の側面からみた場合,主観的には様々な動機があり得る。「臀部」を視る場合も専ら性的興味から視る場合もあれば,ラインの美しさを愛でて視る場合,あるいはスポーツ選手の逞しく鍛えられた筋肉たる臀部にみとれる場合等,主観的な動機は様々である。しかし,その主観的動機の如何が,外形的な徴憑から窺い得るものでない限り,その主観的動機は客観的には認定できないものである。
もっとも,「臀部を視る」という行為であっても,臀部に顔を近接させて「視る」場合等には,「卑わい」性が認められ得るが,それは,「顔を近接させる」という点に「卑わい」性があるのであって,「視る」という行為の評価とは別の次元の行為である。
(4)「臀部を視る」という行為それ自体につき「卑わい」性が認められない場合,それが,時間的にある程度継続しても,そのことの故をもって「視る」行為の性質が変じて「卑わい」性を帯びると解することはできない。もっとも,「視る」対象者を追尾したような場合に,それが度を越して,軽犯罪法1条28号後段の「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者」として問擬され得ることは,別の問題である。
(5)小括
以上検討したとおり,「臀部を視る」行為自体には,本条1項1号から3号に該当する行為と同視できるような「卑わい」性は,到底認められないものというべきである。
4 「写真を撮る」行為と「視る」行為との関係について
人が対象物を「視る」場合,その対象物の残像は記憶として刻まれ,記憶の中で復元することができる。他方,写真に撮影した場合には,その画像を繰り返し見ることができる。しかし,対象物を「視る」行為それ自体に「卑わい」性が認められないときに,それを「写真に撮影」する行為が「卑わい」性を帯びるとは考えられない。その行為の「卑わい」性の有無という視点からは,その間に質的な差は認められないものというべきである。
本条1項2号は,上記のとおり「のぞき見」する行為と撮影することを同列に評価して規定するのであって,本件条例の規定振りからも,本条1項は「視る」行為と「撮影」する行為の間に質的な差異を認めていないことが窺えるのである。なお,本条1項3号は,本来目視することができないものを特殊な撮影方法をもって撮影することを規制するものであって,本件行為の評価において参照すべきものではない。もっとも,写真の撮影行為であっても,一眼レフカメラでもって,「臀部」に近接して撮影するような場合には,「卑わい」性が肯定されることもあり得るといえるが,それは,撮影行為それ自体が「卑わい」なのではなく,撮影行為の態様が「卑わい」性を帯びると評価されるにすぎない。
5 「卑わい」な行為が被害者をして「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような」行為である点について
被告人の行ったカメラ機能付き携帯電話による被害者の臀部の撮影行為が,仮に「卑わい」な行為に該当するとしても,それが本号の構成要件に該当するというためには,それが本条1項柱書きに定める,被害者をして「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」でなければならない。なお,その行為によって,被害者が現に「著しくしゅう恥し,又は不安を覚える」ことは必要ではないが,被害者の主観の如何にかかわらず,客観的に「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」と認められるものでなければならない。ところで,本条1項の対象とする保護法益は,「生活の平穏」であるところ(本件条例1条),それと同様の保護法益を保持することを目的とする法律として,軽犯罪法があり,本件の規制対象行為に類するものとしては,「正当な理由がなくて人の住居,浴場,更衣場,便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」(1条23号)や,前記の「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者」(1条28号後段)が該当するところ,法定刑は,軽犯罪法違反は拘留又は科料に止まるのに対し,本条違反は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されるのであって,その法定刑の著しい差からすれば,本条1項柱書きに定める「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる行為」とは,軽犯罪法が規制する上記の各行為に比して,真に「著しく」「しゅう恥,又は不安」を覚えさせる行為をいうものと解すべきものである。
6 本件における被告人の行為
原判決が認定するところによれば,被告人は被害者の背後を約5分間,約40m余り追尾して,その間カメラ機能付きの携帯電話のカメラを右手で所持して自己の腰部付近まで下げて,レンズの方向を感覚で被写体に向け,約3mの距離から約11回にわたって被害者の臀部等を撮影したというものである。そこで,その被告人の行為について検討するに,その撮影行為は,カメラを構えて眼で照準を合わせて撮影するという,外見からして撮影していることが一見して明らかな行為とは異なり,外形的には撮影行為自体が直ちに認知できる状態ではなく,撮影行為の態様それ自体には,「卑わい」性が認められないというべきである。また,その撮影行為は,用いたカメラ,撮影方法,被写体との距離からして,被写体たる被害者をして,不快の念を抱かしめることがあり得るとしても,それは客観的に「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」とは評価し得ないものというべきである。加えるに,4で検討したとおり,「臀部」を撮影する行為それ自体の「卑わい」性に疑義が存するところ,原判決に添付されている被告人が撮影した写真はいずれも被害者の臀部が撮影されてはいるが,腰の中央部から下半身,背部から臀部等を撮影しているものであって,「専ら」臀部のみを撮影したものとは認められず,その画像からは,一見して「卑わい」との印象を抱くことのできないものにすぎない。
7 結論
以上,検討したところからすれば,被告人の本件撮影行為それ自体を本号にいう「卑わい」な行為と評価することはできず,また,仮に何がしかの「卑わい」性が認め得るとしても本条1項柱書きにいう「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる」行為ということはできないのであって,被告人は無罪である。

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