連鎖販売取引の契約者の救済について
民事|特定商取引法|連鎖販売取引|平成24年11月30日判決
目次
質問:
私は,1~2年前から,勧誘を受けて、いわゆるマルチ商法のようなビジネスを個人で店舗を持たずに行っていました。しかし,いつまでたっても,説明されたような利益の配分がありません。いまごろになって契約のクーリングオフはできますか?
回答:
1、 まず,マルチ商法と言われるビジネスの契約は,特定商取引法上の連鎖販売取引の契約にあたると考えられます。そして,あなたが店舗等はもたずに個人で行っていたのであれば,1~2年ほどの期間が経過していても,クーリングオフできる可能性はあります。
クーリングオフは,本来,契約書面などの交付を受けた日から20日以内に行わなければなりません。しかし,契約書面の交付がなかったり,交付されていても記載が欠けていたりする場合には,20日を経過していてもクーリングオフできることがあります。
2、 関連事例集としては1505番、1444番、1221番、1219番、1194番、1125番、1001番、975番、943番、928番、907番、898番、885番、838番、767番、751番、719番、590番、585番、350番、327番、302番参照。
3 特定商取引上の連鎖販売取引の契約に関する関連事例集参照。
解説:
第1 連鎖販売取引とは
連鎖販売取引は,「特定商取引法」(以下,単に「法」という。)という法律にその定義が規定されています(法33条1項)。わかりやすく説明すれば、売主が物品の販売や労務の提供をする際に、会員を募集し、募集の際にその会員が物品を他の人に販売すると紹介料や販売マージン等の名称で特定利益が得られると説明して会員にさせ、会員となる際に入会金や商品購入代金の支払いという特定の負担を負うという販売形態の取引です。当初の会員だけが利益を得て末端の会員が被害を受けるということから問題のある取引で、違法とまでは言えないため取引自体は禁じられていませんが、被害を受ける会員の保護が必要とされています。
定義規定には,商品の再販売・受託販売・販売のあっせん,また,役務の提供・提供のあっせん(以下,これらを「再販売等」という。)の取引が規定されています。簡単に言えば,これらの取引について,「特定利益」と「特定負担」が生じるシステムになっている取引が連鎖販売取引に該当します。この「特定利益」と「特定負担」は,法33条1項に定義が記載されています。こちらも簡単に言えば,「特定利益」とは,商品や役務(以下,「商品等」という。)を再販売等した場合や,新規の加入者を紹介した際の加入者が支払う「取引料」から何パーセントか貰える仕組みになっている場合の,自分に入ってくる利益のことです(法33条1項,法施行規則24条1号ないし3号)。なお,「取引料」とは,名目を問わず,取引をするに際し,又は,取引条件を変更するに際し提供される金品をいいます(法33条3項)。「特定負担」とは,商品等を購入する際の支払いや取引料の提供のことを指します(法33条1項)。
なお,商品の販売や,役務の提供を目的としないで,単純に金員の配当を目的とするものをねずみ講と言い,これに関しては,「無限連鎖講の防止に関する法律」によって,違法な行為として禁止されており,開設者や勧誘者には罰則による制裁が定められています(無限連鎖講の防止に関する法律第2条,第5,6,7条)。違法な行為ですから、契約としても無効なものですので、損害については賠償請求が可能です。
第2 特定商取引法による規制について
特定商取引法は,訪問販売や通信販売,電話勧誘販売,連鎖販売取引などの,消費者とのトラブルが多く,消費者保護の必要性が高い取引や契約に関して,一定のルールを定めることにより,消費者被害の防止を図ることを目的とする法律です(法1条参照)。消費者を保護するための規定として次の規制が定められています。
1 行政による規制
法66条は,主務大臣(経済産業大臣(法67条)あるいは都道府県知事(68条,法施行令19条))に,一般連鎖販売業者(以下,単に「業者」という。)に対する報告の徴収や立入検査など(法施行令17条参照)の調査権限を与えています。
また,法38条では,主務大臣に,一定の行為を行った業者に改善指示をすることを,法39条では,一定の行為を行った業者に業務停止命令をすることができる旨定めています。
2 罰則による規制
法70条ないし法72条では,統括者や勧誘者,連鎖販売取引を行う者が法34条(禁止行為),法35条(連鎖販売取引についての広告),法36条(誇大広告等の禁止),法37条(連鎖販売取引における書面の交付),法38条(改善指示),法39条(業務停止命令)に違反した場合は,違反した者に対し,一定の刑罰を処すると定めています。さらに,法74条では,いわゆる両罰規定が置かれており,行為者だけでなく,法人である会社にも罰金刑を課すことができるようになっています。
なお、「統括者」とは、法に定義が定められており、連鎖販売業の商品・役務に自己の商標や商号を付し、連鎖販売取引に関する約款を定め、又は、連鎖販売業を行う者に継続的に指導を行うなど、一連の連鎖販売業を実質的に統括する者のことを指します(法33条第2項)。
3 消費者保護のための規制・制度
特定商取引法は、連鎖販売取引を店舗等(店舗その他これに類似する設備 法34条第1項柱書)によらないで行う個人(「連鎖販売加入者」といいます(法40条1項)を保護するために、クーリングオフ(法40条),取消し権(法40条の3),中途解約権(法40条の2)の3つの手段を定めています。
クーリングオフは、理由のいかんを問わず遡って契約を解除できる制度で、損害賠償や違約金を支払う必要はありませんが、契約の際に法律で定める書類を受領しているとその時から20日間という期間の制限があります。そこで、クーリングオフの期間を過ぎてしまった場合は、将来に向けての中途解約による契約を解消することになります。但し、中途解約は将来に向かっての解約となりますので解約前の行為は一定の制限のもとでだけ効力をなくすことができます。これに対し、取消権の行使はクーリングオフの期間を過ぎても、契約時に遡って契約を無効とする効力がりますが、取消権が認められるのは、連鎖販売の統括者らが虚偽の事実を述べていた場合に限られています。
第3 クーリングオフについて
以下では、上記の3つの手段のうち、もっとも一般的で効力が強いクーリングオフについて詳しく述べていきます。
1 クーリングオフとは
特定商取引法では、個人の消費者の保護のため、契約を解除し、白紙に戻すことになる、クーリングオフという制度を定めています。一度契約してしまった以上は理由なく解約はできないのが原則ですが、マルチ商法のような末端の被害者が生じる危険性のある契約においては、セールストークに乗って契約してしまったが、後で考えるとやはり、変だと思って止めたいという場合、解約を認めて保護しようという趣旨です。
連鎖販売取引におけるクーリングオフの要件は、特にありませんが期間の制限が設けられており、法37条2項の書面(以下、「契約書面」という。)を受領した日から(ただし、契約書面よりも先に商品を受け取っているときは、商品を受領した日から)起算して、20日を経過するまでに、契約を解除する旨の意思表示を行う必要があります(なお、訪問販売の場合のクーリングオフの期間は8日間となっています。法9条1項)。このとき,解除の意思表示は書面で行う必要があります(法40条第1項)。なお、クーリングオフの解除の意思表示については、原則である到達主義(民法97条1項)と異なり、発信主義が採用されています(法40条第2項)。
2 クーリングオフの効果
クーリングオフは、連鎖販売加入者たる個人から一方的に行うものです。このように一方的に解除するのですから、業者から損害賠償等を請求されるのではないかと心配されるかもしれませんが、法40条第1項後段において、連鎖販売業を行う者は、契約の解除に伴う損害賠償又は違約金の支払の請求をすることができないと定めています。また、既に連鎖販売契約に係る商品の引き渡しを受けているときでも、その商品の引取に要する費用は、業者が負担することになります(法40条第3項)。つまり,クーリングオフを行っても,なんらの負担がないということです。
統括者が,金銭等の返還義務に応じない場合は,主務大臣等の指示や業務停止命令の対象になります(法38条1項1号,39条1項)。
3 20日経過後でもクーリングオフができる場合について
上で述べたように、契約書面の交付を受けた日から20日を経過するとクーリングオフを行うことができなくなってしまいます。しかし、契約締結後に受け取った書面が、法が要求する契約書面に該当しない場合には、クーリングオフを行うことができます。契約書やその他の書類を受け取ってから20日間経過しているとしても、受け取った書類が法の要求する書面なのか確認する必要があります。
このように20日という期間を経過しても解約は可能場合がありますが、長期間を経過して、利益が生じている等の事情がある場合、連鎖販売業者から権利の濫用等の主張がされる場合もあり、場合によってはクーリングオフが認めらないこともありますので注意が必要です。
(1) まず、契約書面などについてですが,法37条の第1項では,連鎖販売業者は,個人と契約をする際に,概要を記載した書面(「概要書面」)を交付しなければならないと定めています。さらに,法37条の第2項で,連鎖販売契約を締結した者は,契約締結後,遅滞なく,同項各号に定める事項についての契約内容を明らかにする書面(「契約書面」)を交付しなければならないと定めています。この概要書面や契約書面に記載しなければならない事項は,法で定められており,概要書面は,法施行規則28条に,契約書面は法施行規則29条と30条に規定されています。
つまり,契約書などの名目で書面を交付すれば,内容はなんでもよいというわけではなく,契約書などの書面の交付を受けていても,内容次第では,法が要求する「契約書面」に該当せず,クーリングオフができる可能性があるということです。
なお,たとえ,概要書面に契約書面の法定記載事項が記載されていたとしても,それにより契約書面を交付したことにはなりません(通達 消費者次長 各経済産業省局長あて)。以下,通達の抜粋を載せます。
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41325
各経済産業局長及び内閣府沖縄総合事務局長あて
消費者庁次長
経 済 産 業 省 大 臣 官 房 商 務 流 通 保 安 審 議 官
特定商取引に関する法律等の施行について
(2) 法第37条第2項に規定する書面について
法第37条第2項に規定する書面は、契約締結後、遅滞なく交付する義務があるが、勧誘の際に交付した書面、すなわち法第37条第1項の書面として交付した書面等は、たとえ本項の必要的記載事項の記載があったとしても、本項の書面の交付とはみなされない。本項の書面の交付は、契約内容を明らかにし、後日契約内容を巡るトラブルが生じることを防止するという趣旨に加えて、法第40条第1項の規定を前提に、既に契約をした者にその契約についての熟慮を促すという目的をもつのであるから、前項の書面をもって本項の書面に代えることは許されない。
(3) 概要書面(法第37条第1項)と契約書面(法第37条第2項)について(商品の種類等について)
概要書面においては、「商品の種類及びその性能若しくは品質に関する重要な事項又は権利若しくは役務の種類及びこれらの内容に関する重要な事項」、契約書面においては、「商品(施設を利用し及び役務の提供を受ける権利を除く。)の種類及びその性能若しくは品質又は施設を利用し若しくは役務の提供を受ける権利若しくは役務の種類及びこれらの内容に関する事項」の記載が求められている。この規定に従い、商品販売の場合、契約書面では、全ての商品に係る情報を記載した書面(多くの商品を扱う事業者の場合、通常、製本したパンフレット)を交付することが求められる。
これに対して、概要書面においては、「重要な事項」を記載することで足りるものであり、商品の品目数が少ない場合にはすべての商品について性能又は品質を記した書面を交付するべきであるが、多くの商品を取り扱う事業者の場合には、主要な商品に係る情報を記載した書面を交付することがあり得る。この場合においても、契約締結前の説明過程において、全ての商品に係る情報を取引の相手方に提供し、その十分な理解を得るべきことは当然であって、上記のような契約時に交付するパンフレットを取引の相手方に提示し、十分に説明を行い、その内容について理解を得ることが必要となる。(以下省略)
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(2) したがって,契約締結後に契約書面の交付を受けていない場合はもちろん,契約内容を記載した書面を受け取っている場合でも,その内容が法定されている事項の全てを記載していない場合には,「契約書面」の交付を受けていないこととなり,クーリングオフの行使期間が経過したことにならないので,交付から20日を経過していてもクーリングオフできることになります。以下,裁判例の抜粋を載せます。
事件名 不当利得等請求事件
裁判所 前橋地裁
平成24年11月30日判決
『2 争点(1)(契約書面の受領の有無)について
(1)法40条1項においてクーリングオフによる連鎖販売取引の解除が認められている趣旨は、連鎖販売取引は、組織、契約内容が複雑なこと、勧誘にあたり巧みな言葉で必ず利益が上がると信じ込まされてしまうこと等により、商取引に不慣れな個人が契約内容を理解しないまま契約し、後日、思わぬ損失を被る場合が少なくないこと等から、商取引に不慣れな個人の保護を図るために、契約内容を明らかにする契約書面を受領した後、20日間は、無条件で解除を行うことができることとしたものである。
上記クーリングオフ制度の趣旨や、契約書面の記載の不備について、法38条や39条において、一定の場合に、主務大臣が必要な措置をとるべきことの指示や一定期間の取引の停止命令等をすることができる旨規定し、法71条において、罰則も規定されていることに照らすと、その受領がクーリングオフによる解除期間の起算日となる契約書面について、記載内容を定めた法37条2項並びに規則29条及び30条は、記載内容に不足がなく正確であり、明確であることを要求していると解するのが相当であり、連鎖販売加入者が上記記載のない書面を契約書面として受領したとしても、適法な契約書面を受領したということはできず、期間制限を受けずにクーリングオフによる解除をすることができると解するのが相当である。
(6)契約書面の受領の有無
前記認定のとおり、被告会社が原告らに対し契約書面として交付したディストリビューター登録申請書には、〔1〕契約年月日、〔2〕取引料である発送事務手数料の金額、特定負担として登録費があること及びその金額、〔3〕クーリングオフによる解除について、交付済みの取引料の返還、〔4〕中途解約についての将来効及び金銭請求制限の記載がない。
(途中省略)連鎖販売加入者がクーリングオフや中途解約をした際の最終的な負担が、実際の負担よりも大きいと誤解するおそれがあり、解除権の行使を抑止するおそれがあることから、連鎖販売加入者の保護を目的の一つとする法(法1条)の趣旨に反する重大な不備というべきである。
そして、前記のとおり、契約書面の記載内容を定めた法37条2項並びに規則29条及び30条は、記載内容に不足がなく正確であり、明確であることを要求していると解するのが相当であるから、前記のとおり、記載内容に重大な不備のあるデイストリビューター登録申請書を原告らが受領したことをもって、法及び規則が予定する契約書面を受領したということはできない。
したがって、原告らが、被告会社に対し、本件連鎖販売契約のクーリングオフによる解除の通知を発した時点において、契約書面を受領した日から起算して20日が経過しているということはできない。 』
この裁判例では,契約した個人が,契約内容を記載した書面の交付は受けていたものの,内容に不備があったことから,法37条2項の「契約書面」の交付があったとは認めず,契約から約半年経過後のクーリングオフを認めています。契約書面の記載内容は,前記のとおり,法施行規則で定められていますが,消費者保護のため,詳細に記載しなければならないようになっています。したがって,契約締結後に書面の交付を受けていても,内容次第では,クーリングオフできる可能性がありますので,記載内容を検討してみる価値はあります。
4 クーリングオフが制限される可能性について
上記3では,20日経過後でも,契約書面の交付があったとは認められない場合には,クーリングオフが可能であることを説明しました。しかし,契約書面の交付がない場合でも,必ずクーリングオフできるとは限らず,場合によっては制限される可能性もあることを考えておいた方がいいと思います。
具体的には,被告から,信義則違反(民法1条2項)と権利濫用(民法1条3項)の反論がなされることが多いです。信義則違反とは,信義誠実の原則(相互に相手方の信頼を裏切らないように誠実に行動すること)に反することで,権利濫用とは,権利の社会的・経済的目的,あるいは社会的に許容される限界を逸脱した権利の行使のことをいいます。この点について,裁判例の抜粋を載せておきます。
事件名 不当利得等請求事件
裁判所 前橋地裁
平成24年11月30日判決
『4 争点(3)(原告らの請求が信義則違反又は権利濫用にあたるか)について
被告らは、原告らが本件連鎖販売取引を行ったものの、結果的に予測に反して利益が上がらなかったことから、クーリングオフの主張をするもので、契約内容に対する理解が不十分な者等に一定の熟慮期間を与え解除権を認めたクーリングオフ制度の趣旨に合致しないとして、原告らの請求が信義則違反又は権利濫用にあたると主張する。原告らが、いずれも半年以上にわたり、本件連鎖販売取引を行ったことに争いはないものの、本件に現れた証拠に照らしても、原告らの請求が信義則違反又は権利濫用にあたるとまで認めるに足りる証拠はない。したがって、被告らの上記主張は、採用することができない。』
事件名 不当利得等返還請求(特定継続的役務の提供に係る取引)
裁判所 名古屋簡易裁判所
平成25年9月27日判決
『被告は、原告が既に契約において定められた役務提供を全て受けておきながら、契約締結日から1年近く経過した時点で、契約の解除の意思表示を行い、支払った金額の全ての返金を請求してくることは権利の濫用であり、当該権利行使は認められないと主張するが、本件全証拠によるも、原告の本件契約の解除権行使が信義則に反するとか、権利の濫用であるとは認めることができないから、この点に関する被告の主張は理由がない。』
これらの裁判例を見ると,裁判所はあまり権利濫用の反論を認めていませんが,認めている裁判例もあります(連鎖販売取引の事案ではないが,福岡高裁平成11年4月9日判決)。
また,不実告知等があった場合の取消権の行使が5年に限定されていることから(法40条の3第3項,法9条の3第4項),クーリングオフも,5年までしか認められないという見解もあります。
第4 相殺や損益相殺の主張について
業者からは,クーリングオフの制限の反論のほか,これまでの配当した利益の返還を請求し,クーリングオフによって業者が負うこととなる原状回復義務(契約代金等の返還義務)と相殺する旨の反論もされることが多いです。この相殺の反論は,認められている裁判例も認めなかった裁判例もあります。ここでは,認めなかった裁判例を紹介しておきます。
事件名 契約金返還請求事件
裁判所 東京地方裁判所
平成23年12月19日民事第33部判決
『第3 裁判所の判断
1 要約
(1)特定商取引法40条1項の解除に基づく原状回復請求権について
被告は,原告らに対し,特定商取引法40条1項に基づく解除による原状回復義務として,契約1口あたり,原告らが支払った商品代金26万円から,その商品の客観的価値相当額1万5000円を引いた残額である24万5000円を返還する義務がある。
(2)報酬請求権との相殺の主張について
報酬支払の原因となる契約の性質は委任契約であるから,その前提となる連鎖販売契約が解除されて委任契約の効力が消滅しても,民法652条により準用される民法620条に基づき,委任契約の解除は,将来に向かってのみその効力を生ずる。したがって,既に受領した報酬の返還義務は,解除によっても発生しない。
(途中省略)
安定報酬とは,被告が毎月会員に販売する「(略)」及び「(略)」の販売価格(会員1人につき毎月1万円)の35%(会員1人につき3500円)を報酬として分配すると称するものであり,会員登録の約4か月後から1か月7000円(会員2人分の報酬の配分)の割合により支払われる報酬である。更に相当期間経過後には,会員4人分の1万4000円となり,その後の相当期間の経過により順次同様に増額され,最大では会員72人分の25万2000円になるとされる。
開発報酬とは,会員の系列下において新規会員が登録した場合に支払われる「(略)」の購入代金25万円のうち12万円を報酬(内訳,〔1〕紹介手数料1万円,〔2〕達成量報酬3万円,〔3〕ステップ報酬8万円)として分配すると称し,系列下の新規会員加入者1人につき,〔1〕紹介手数料(会員が直接紹介した場合に1万円),〔2〕達成量報酬(会員の系列下の会員が紹介した場合に,3万円から系列下の会員に支払われる〔1〕〔2〕の報酬を引いた額),〔3〕ステップ報酬(8万円を総グループ実績に対するステップ毎に分配する。)を支払うものとされている。しかし,ステップ報酬の算定方法については,ビジネスガイドにおいても,「ステップ報酬は計算が込み入っておりますから,詳細は営業担当責任役員とご協議下さい。」と記載されており,具体的な算定方法は不明である。
5 解除権の濫用の主張について
被告は,連鎖販売契約に基づいて相当期間活動した原告らが,クーリングオフによる解除を主張し,自己の得た利益は返還せず,支払った代金だけを請求することは,権利の濫用であると主張する。しかし,前記2(1)の連鎖販売取引の仕組みによれば,原告らが得た報酬金の利益は,被告との間の連鎖販売契約を直接の原因として原告らが得た利益ではなく,連鎖販売契約により会員としての地位を取得した後,新規加入者を勧誘したという別の事実関係を直接の原因として得られたものであり,被告は,原告らによる会員勧誘により,原告らとの連鎖販売契約が解除されたことにより返還しなければならない商品代金とは別の利益を得ているのである。つまり,安定報酬,開発報酬とも,会員が連鎖販売契約を締結しただけで得られるものではなく,新規加入者2人の勧誘が不可欠の前提とされており,その勧誘活動の報酬と評価できるものである。したがって,原告らが,クーリングオフによる解除を主張し,被告に対して代金返還請求をすることが,権利の濫用に当たるとはいえない。
6 報酬返還請求権との相殺について
前記5のとおり,被告が原告らに対する返還請求権があると主張する安定報酬,開発報酬その他の報酬は,原告らとの連鎖販売契約を直接の原因として発生したものではなく,原告らが,連鎖販売契約により会員としての地位を取得した後,新規加入者を勧誘したという別の事実関係に直接の原因として得られたものであって,報酬支払の原因となる契約の法律上の性質は,委任契約にあたる。
原告らが被告との連鎖販売契約を解除したことにより報酬支払の原因となる委任契約も当然効力が失われることになるが,委任契約の解除は,将来に向かってのみその効力を生ずるから(民法652条により準用される民法620条),新規会員の勧誘という委任事務を履行したことによって原告らが被告から既に受け取った報酬金については,解除によっても返還請求権が生じない。
よって,被告の相殺の抗弁は,報酬金の返還請求権がないから理由がない。』
第5 まとめ
以上,連鎖販売取引におけるクーリングオフの要件や,相手方の反論などを説明してきましたが,具体的な事実関係によって,クーリングオフの可否や,相手方の反論が変わってきます。不当な結果にならないためにも,しっかりと契約内容や契約書面等を確認することが重要です。契約内容や契約書面などの判断は困難なことが多いので,専門家に依頼することも考えたほうがよいでしょう。
以 上