新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1125、2011/7/1 11:41

【民事・途中解約した予備校授業料の返還・準委任の自由解約権・消費者契約法10条】

質問:私は,昨年春,趣味として某資格を取得するために都内にある予備校に通うことにしました。講座のカリキュラムは2年間で組まれており,入校時に授業料を一括で80万円支払っています。しかし,今年の春になり,会社の都合で大阪に転勤することになったので,予備校に通うことができなくなりそうです。受講した講座もカリキュラムの半分に満たないですし,講座を解約して少しでも返金してもらいたいのですが,可能でしょうか。ちなみに,相手方の規約を見ると,「一度支払った授業料については,いかなる場合であっても返金いたしません」という規定がありました。

回答:
1.相手方の規約は,消費者契約法10条に違反し,無効となる可能性があります。その場合,相手方から返金してもらうことが可能です。弁護士や消費生活センター等に相談されることをお勧めいたします。
2.法律相談事例集キーワード検索で943番585番参照。

解説:
1. 予備校との契約の性質及び規約に対する原則論

(1)今回,あなたは資格予備校から授業を受ける代わりに授業料を80万円支払うという契約を締結しています(以下,「受講契約」と言います)。かかる受講契約の法的性質については,準委任契約(民法656条)又は継続的な有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約(以下,単に「無名契約」と言います)であると解されます(なお,大学医学部専門の進学塾の講習を準委任契約であると判断したものとして東京地栽平15年11月10日判決,大学について私法上の無名契約であると判断したものとして最高裁平18年11年27日判決があります。)。

   準委任契約と認められれば,特別な約束がない場合でも民法の委任契約についての規定が当然適用されることになります。契約内容から無名契約としても問題の解決に必要な限りで委任契約についての規定が準用等される場合が多いと考えられます。いずれにしろ授業料の返還の問題についてはどちらの考えでも変わりはないと考えられます。
   どうして,準委任かといいますと,準委任とは,事務(法律行為を委託するのが委任で,事実行為を委託すると準委任となります。)を相手方に委託することですが(例えば弁護士への依頼は委任です。民法634条。)その特色は,ある期間内委託した業務に関する受任者の裁量権の広さにあります。従って,その基礎に互いの強い信頼関係(例えば弁護士業務のように法律行為の委託の場合はさらに高度な信頼関係が必要となるでしょう。)が当然必要になります。同じ業務の依頼でも裁量権がなく,指揮命令,従属関係にある労働契約とは明らかに異なります。資格の授業内容は事実行為であり,受任者である予備校の自由裁量に基づき行われるので準委任ということになります。

(2)予備校の規約によれば,「入校時に支払った授業料は,いかなる場合であっても返金しない」と定められています(以下,「本件規約」と言います)。かかる本件規約も,あなたと予備校との間における受講契約の一内容をなすものであり,あなたは本件規約に拘束されるのが原則です。一般的に,この規約については,予備校との間で結んだ受講契約はいかなる理由があっても解約することが出来ないという特約(解除制限特約)であるという解釈が採られています。

2. 本件規約に対する救済手段について

(1)総論
結論から先に言うと,本件規約は,消費者契約法10条に違反し,無効となる可能性があります。以下,説明します。

(2)本件受講契約が消費者契約であることについて

  ア 民法の原則では,対等な市民を前提とし,対等な市民同士が納得して約束をした契約は守られなければならない,とされています(私的自治の原則に内在する対等,平等の原則)。そこで,受講者と予備校を対等と考えると解除制限特約も有効と判断せざるを得ないことになります。しかし,消費者と事業者を対等とする前提は現代社会においては現実に反し,消費者が不利な立場に置かれてしまいます。そこで,消費者と事業者の情報量や交渉力の格差にかんがみて,一般消費者を保護する趣旨で消費者契約法が制定されました。消費者の利益保護のため消費者側が法の一般原則から本来主張立証しなければならない要件について,これを容易にして契約の無効,取り消しや,損害賠償の責任を免除することにより,消費者は保護されることになります。このように,消費者の保護が目的ですから,本件受講契約に消費者契約法が適用されるためには,受講契約が消費者と事業者の間で締結された契約,すなわち消費者契約であることが必要です(消費者契約法2条3項)。

  イ ここで「消費者」とは,事業として又は事業のために契約の当事者となる場合を除いて,契約の当事者となっている個人のことを意味します(消費者契約法2条1項)。例えば,個人名で契約している場合であっても,事業主が自らの事業遂行のために契約を締結しているという事情があれば,その個人は「消費者」に該当しないことになります。本件では,あなたは会社員である上に,あくまで趣味のために個人名で受講契約を締結しているため,あなたは「消費者」に該当するものといえます。

  ウ また,「事業者」とは,法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人を意味します(消費者契約法2条2項)。資格予備校は通常は法人若しくは団体でしょう。また,仮に予備校側の契約者名が個人であったとしても,その個人は同種の契約が反復継続して行っているはずですから,事業として契約の当事者となる場合における個人であるといえます。したがって,あなたの契約の相手方は,「事業者」に該当するものといえます。

  エ 以上から,本件受講契約は消費者契約であり,消費者契約法の適用があるものといえます。

(3)本件規約と消費者契約法10条について

  ア 上記の通り,本件規約が解除制限特約であるという解釈を前提に考えると,本件規約が消費者契約法10条に抵触しないかが問題になります。すなわち,消費者契約法10条は,「(@−前段要件)民法,商法(明治32年法律第48号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,(A−後段要件)民法第1条2項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。」と規定していますが,本件規約が上記要件を満たすのか問題となります。

  イ そもそも本件受講契約の性質が,準委任契約又は無名契約であることについては上記のとおりです。この点,準委任契約はいつでも解除することが可能であり(民法656条,651条1項),あとは解除者が相手方にとって不利な時期に解除した場合に損害賠償責任の恐れがあるにとどまります(民法651条2項)。この制度趣旨は,(準)委任契約が当事者相互間に高度の信頼関係が必要とされる契約類型であるために当事者が前提となる信頼関係が失われたと判断した場合,特別な理由がなくても契約を自由に解除できるという点にあります。そのため,仮に本件受講契約が無名契約であるとされる場合においても,同様の趣旨が当てはまりますから,民法の委任規定の準用等の解釈により,少なくとも消費者側からはいつでも解除できるものと解すべきでしょう。
  したがって,本件受講契約が準委任契約,無名契約どちらと解されるにせよ,消費者側には民法上の自由解除権が存在していることになります。そのため,かかる自由解除権を制限している本件規約は,(@−前段要件)「民法の適用による場合に比して消費者の権利を制限している消費者契約の条項」であると言えます。

  ウ また,本件受講契約における自由解除権は,消費者にとっては重要な意味を持ちます。というのも,本件のような受講契約において自由解除権が制限された場合,一度講座を受講してみたものの消費者に当該資格に対する適正がないことが早々に判明し他の資格を取得する必要が生じた場合や,仕事や家庭の都合で予備校に通えなくなった場合,ひいては病気を患ったために予備校に通えなくなったような場合についても解除が一切認められず,高額で長期間に渡る契約から消費者を解放する手段が無くなってしまうことになるからです。つまり,本件規約は実質的に授業料の全額を違約金として没収する規定と何ら変わりはないのであって,消費者にとって極めて不利益な条項であることが分かります。

  もちろん,予備校側としては,自由に解除されてしまっては,予備校の経営が不安定になる等の不都合があることが考えられますが,予備校は「不利な時期」に解除されたのであれば損害賠償請求を行う余地がありますし(民法651条2項),解除制限特約が存在しないことによって生じる予備校側の不利益は,同特約が存在することによって生じるあなたの不利益に比して極めて小さいものと評価される可能性があります。
  したがって,具体的事案にもよりますが,本件規約は(A−後段要件)「民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に該当する可能性があるものと言えます。

  エ 以上から,本件規約は,消費者契約法10条により無効となる可能性があるため,あなたは自由解除権を行使して支払済みの授業料の返還を請求できる余地があります(なお,類似ケースで同様の結論を採用したものとして,東京地栽平成15年11月10日判決)。
  この東京地裁の判決ですが,本件は,大学医学部専門の進学塾に入学した原告が,同塾を経営する被告に対し,冬期講習受講契約と年間模試受験契約の事前(中途)解約により,未実施の冬期講習の受講料及び未実施分の年間模試受験料の合計86万円を求めたという事案です。この判決では,中途解約によって業者側がうける損害の内容について予備校が負担する提携予備校に支払う費用等を具体的に検討して,約定が消費者側に一方的に不利益であると判断しています。業者側は,事実上解約による損害を積極的に主張することが必要になっています。消費者契約法の趣旨から妥当な判断でしょう。

  ただし,本件受講契約の解除は,将来に向かってのみ効力を生じるものなので(民法652条,620条),具体的には,まだ受講していない講座の授業料に相当する程度の金銭の返還を請求することになります。なお,先ほど述べたとおり,あなたによる解除が予備校にとって不利な時期に行われた場合,その解除がやむを得ない事由による場合でなければ,予備校はあなたに対して損害賠償請求を別途請求することができるので,注意が必要です(民法651条2項)。なお,不利な時期とは,例えば,予備校が,あなたのために残りの受講期間のための事務処理の準備をやりかけた時期における解除により損害が発生した場合がその一例であると言われています。ただ,損害の発生は業者側が具体的に主張立証することになります。

<参考条文>

【民法】
第六百四十三条( 委任) 委任 は,当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生ずる。
第六百二十条  賃貸借の解除をした場合には,その解除は,将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において,当事者の一方に過失があったときは,その者に対する損害賠償の請求を妨げない。
第六百五十一条  委任は,各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2  当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,その当事者の一方は,相手方の損害を賠償しなければならない。ただし,やむを得ない事由があったときは,この限りでない。
第六百五十一条  委任は,各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2  当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,その当事者の一方は,相手方の損害を賠償しなければならない。ただし,やむを得ない事由があったときは,この限りでない。
第六百五十二条  第六百二十条の規定は,委任について準用する。
第六百五十六条  この節の規定は,法律行為でない事務の委託について準用する。
【消費者契約法】
第二条  この法律において「消費者」とは,個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
2  この法律(第四十三条第二項第二号を除く。)において「事業者」とは,法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3  この法律において「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいう。
第十条  民法,商法(明治32年法律第48号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条2項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。

<参照判例 抜粋>

「二 本件解除制限特約が消費者契約法一〇条に違反して無効か否かについて
(1)消費者契約法一〇条は,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。」と定める。
(2)そこで,本件冬期講習受講契約について成立した本件解除制限特約及び仮に年間模試受験契約についても成立したと仮定した場合の同特約が消費者契約法一〇条により無効となるか否かについて検討する。
ア 本件冬期講習受講契約及び年間模試受験契約は,それぞれ準委任契約であり,民法上は当事者がいつでも契約を解除することができるとされているが(民法六五一条,六五六条),本件解除制限特約は解除を全く許さないとしているから,同特約は民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,「消費者の権利を制限」するものであるということができる。
イ また,冬期講習については,原告が本件冬期講習契約を解除した平成一四年一〇月二二日は,一番早く開始される講習(化学集中トレーニング〈3〉)の二六日前であり,かつ,一番遅く開始される講習(化学理論テストゼミ)の二か月以上前であった。そして,原告は,いずれの講習の教材も受領していなかった。
ウ 年間模擬試験についても,被告主催の模擬試験(受験料一回一万五〇〇〇円×六回=九万円)に関しては,平成一四年一一月一七日以降の実施であるから,解除日である一〇月二二日から三週間以上の間隔がある。 
 提携している予備校主催の模擬試験についても,河合塾主催のセンタープレテストの実施日が平成一四年一二月一日であり,駿台主催のセンタープレテストの実施日が平成一四年一二月一五日であるから,上記解除日から一か月以上の間隔がある。ところで,被告と河合塾との間の模擬試験に関する提携契約書によれば,「年度当初にいただいた参加申込予定模試を対象とし,事前(目安として公開日の一・五〜一ケ月位前)に一括参加申込書と専用の振込用紙をお届けいたします。受験料の振込後に,振込受領証と一括参加申込書をFAX送信又は郵送していただくとともに,トラブル防止のため必ず送信(送付)確認のお電話をお願いいたします。また,一旦納入された受験料は理由の如何を問わず返戻いたしません。お申込後の人数変更はトラブル発生の原因となりますので,一切お受けできません。」旨の記載がある。また,被告と駿台予備校との間の模擬試験に関する提携覚書によれば,被告は駿台予備校に対し,各模試実施一〇日前までに受験料を支払うものとされている。これらの提携契約の約定からすると,被告は,試験実施日の一・五ないし一か月前に一括参加申込用紙等の送付を提携予備校から受領し,人数分の受験料を試験実施日の約一週間前までに一括して振り込み,その振込時以降は提携予備校からは返金を受けることができないものと提携予備校との間で合意していると推認される。そうすると,本件のように一か月以上の間隔を空けた提携予備校の年間模試の中途解約においては,被告が受験料を提携予備校へ振り込む前の解約であったと推認するのが相当であり,これを覆すに足りる証拠は被告から提出されていない。
エ したがって,たとえ  が小規模,少人数の教育をめざす大学医学部専門の進学塾であって,申込者からの中途解除により講師の手配や講義の準備作業等に関して影響を受けることがあるとしても,当該冬期講習や年間模試が複数の申込者を対象としており,その準備作業等が申込者一人の解除により全く無に帰するものであるとは考えられない以上,申込者からの解除時期を問わずに,申込者からの解除を一切許さないとして実質的に受講料又は受験料の全額を違約金として没収するに等しいような解除制限約定は,信義誠実の原則に反し,「民法第一条第二項に規定する基本原則に反して,消費者の利益を一方的に害する」ものというべきである。
オ よって,本件冬期講習受講契約について成立した本件解除制限特約及び仮に年間模試受験契約についても成立したと仮定した場合の同特約は,消費者契約法一〇条により無効であり,その余の点(特定商取引法四九条一項による解除の可否)について判断するまでもなく,原告の民法六五一条を根拠とする本件冬期講習受講契約及び年間模試受験契約の解除による不当利得返還請求権に基づく,冬期講習受講代金七六万八〇〇〇円及び未実施の年間模擬試験受験料九万五七〇〇円の返還請求は,理由がある。」

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