新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.838、2009/1/23 15:29 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・マンション売買手付け・履行の着手とは何か・申込証拠金・クーリングオフ】

質問:分譲マンションを買うことになり、不動産屋に10万円手付け金を支払ってきました。しかし、家に帰って一日考えて、やはりやめようと思い、翌日不動産会社に電話しましたが、「もう、銀行へ融資の申し込みの手続きを始めているので、今やめると、契約書にあるとおり、違約金として売買代金の20%を支払うことになる。裁判でもうちが負けることはない。悪いことは言わないから続けた方が良い。」といわれました。不動産屋のいうことは正しいのでしょうか。

回答:
1.法定あるいは契約書で定めるクーリングオフの条件をみたせばクーリングオフでの解除が可能です。その場合には、10万円の返還を要求できます。
2.クーリングオフが認められない場合でも、民法557条から手付金を放棄することで、契約を解除できます。
3.ただ、あなたの支払った金員は、そもそもいわゆる手付けではなく、申し込み証拠金といわれるものとも思えます。その場合には、そもそも売買契約は成立しておらず、場合によってはその返還が認められるケースも考えられます。
4.手付け契約については、事例集739番も参照して下さい。

解説:
1.クーリングオフとは、消費者が契約の申し込みをし、契約の締結をした場合でも、一定期間に限って消費者に熟慮する期間を与え、一定期間内であれば契約締結後であっても熟慮した上で必要がないと判断した場合には、消費者から一方的に契約の解除をすることができるとしたもので、公正な取引秩序を維持するため様々な消費者保護の法律に定められています。本件では、宅地建物取引業法に定める要件を満たせばクーリングオフができるということになりますが、その要件は@宅地建物取引業者がみずから売主となる宅地建物の売買であることA事業所等で契約がされていないことB宅地建物の引き渡し前あるいは代金全額の支払いを完了していないことC業者が書面で買主に告げた日を含めて8日以内であること(宅地建物取引業法37条の2)です。まず、クーリングオフできる取引は、売主が業者(宅地建物取引業者)でなければなりません。また、事務所等というのは、事務所のほか国土交通省令で定める場所のことで、継続的に業務を行なうことのできる事務所以外の施設、1団の団地を分譲でするための現地案内所(モデルルーム等。仮設テントなどは認められない)、1団の団地の分譲で、代理・媒介を行う業者の事務所およびこれに準ずる場所、買主がみずから申し出た場合の自宅や勤務先などで契約した場合もクーリングオフはできません。実際、クーリングオフが適用される例としては喫茶店やレストランでの契約、訪問販売のような形で自宅や勤務先で契約する場合が考えられます。そして、契約書面を交付した日から8日以内であれば、クーリングオフができますが、電話での対応等によって、時間を引き延ばされ、期限を越えないように注意してください。また、口頭だと言った言わない等水掛け論の話になり、そのときはクーリングオフを認めるようなことを言っていても、期限を過ぎたとたん解約を認めないと言い出すようなこともありますので、必ず、内容証明郵便でクーリングオフする旨通知するようにしましょう。

2.不動産を購入する際には、契約締結の際に手付金を支払うのが一般的です。手付金の法的な意味としては当事者の意思等により、@証約手付け(契約が成立したことの証拠という性質のもの)、A解約手付け(買主は手付けを放棄することにより、契約を事由に解除でき、反対に売主は受け取った手付けの2倍を買主に返して、契約を解除できるという性質のもの。)B損害賠償の予定としての手付け(一方当事者の債務不履行が生じた場合の損害賠償の額を予め決めておくという性質のもの。)C違約罰としての手付け(一方当事者の債務不履行があった場合に、本来の損害額に加えて、没収ないし倍返しを約するという性質のもの)の4通りが考えられます。そして、当該交付された手付け金がどのような性質を持つかについては、契約書等で当事者の意思を確認することになりますが、全ての手付けは@の意味を持っており、また、手付けがいかなる意味であるか不明であるときは、Aの「解約手付け」趣旨で交付されたものと解されます(民法557条1項)。その理由は、契約締結時と債務の履行期が異なる契約において、当事者の合理的意思解釈及び更に有利な別個の契約がある可能性を求める当事者の利益を公正、公平に考慮して規定されています。さらに、契約書等からBの趣旨で交付されたと見られるときでも、特に反対の趣旨で交付されたと認められない限りは、Aの趣旨も認められるとするのが判例(最判昭24.10.4)です。BあるいはCについては、通常、手付けとは別に、契約書等に記載があることが多く、また、通常は売却価格の20%とされていることが多いようですが、これは不動産業者が売主の場合には、違約金の上限が20%に制限されている(宅地建物取引業38条)ことによります。業者が言っているのは、要は、手付けを放棄して解除することはできない、契約が終わるということになると、あなたの債務不履行ということで解除になるのだから、契約書どおりの損害賠償の予定、ないし、違約金として売却代金の20%を求めます、ということなのです。たしかに、手付け金を放棄ないし倍返しをするとはいえ、いつまでも一方的に契約を解除することが可能であれば、相手方を害することになります。そこで、民法は、解約手付けによって、契約を解除できる時期につき、相手方が履行に着手するまでと定めています(民法557条1項)。業者の言い分は、契約が成立して、業者である自分達があなたに代わって手続きを開始した「銀行への融資の申し込み」という「履行行為」に着手したのだから、手付けによる解約はできないと言っているのです。

3.この点、判例は、履行の着手とは、「債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし又は履行行為の提供をするために欠くことのできない前提行為した場合を指す」(最判昭和40年11月24日)としています。具体的には、売主の履行着手の行為としては、マンション引き渡し、所有権移転登記の申請や売却を前提とした分筆登記の申請等になるかと思われますし、買主側の履行の着手としては、中間金の支払いなどがそれにあたると考えられます。裁判所が、あなたのケースで、契約成立後翌日の融資手続き開始が相手方の「履行に着手した」と認定する可能性はほぼないと思います。銀行の融資の申し込み手続きを開始したと業者が主張していますが、そもそも1日しか経過していない銀行融資手続き行為により業者が保護されるべき公平な取引利益は存在しませんから「履行の提供をするための前提行為」とは評価できません。更に判例の立場から「履行行為」は解除権を行使する相手方(本件ではマンション業者)の履行行為と解釈されていますが(解除権を行使する当時者の履行行為は保護の必要性がなく該当しないとされています)、業者の融資手続きはそもそも買い主の行為を代行するものであり実体的に相手方たるマンション業者の行為ではないのですから履行の着手自体を論ずる場面ではありません。いずれの理由からも履行の着手とは評価できないでしょう。

4.ただ、相手方が上記のような「履行に着手」してしまえば、手付け放棄による解約はできなくなります。業者が、解約できないような説明をして話しを進めることはよくあるようで、ある程度進んでしまえば、契約を解除できなくなってしまうケースは考えられます。クーリングオフの話と同じで、そのようになってから、相手に解約してくれと言ったのに、または、違う説明をされたと言う話をしても知らないと言われればそれでおしまいということもありえます。そこで、手続きがある程度すすんでしまった段階であっても、手付け解除が裁判所で認められるかどうかはともかく、解除するという内容証明を送付することをお薦めします。業者としては、そのような内容証明が来てしまえば、実際に続けても意味が無いと判断するでしょうから、少なくともこれ以上、あなたとの売買の手続きを進めることはないはずです。さて、あなたの話からはそれますが、業者が買主の場合には、手付金の額は売買代金の2割を超えることができません(宅地建物取引業法39条1項)。例えば、売却価格4000万円、手付けが1000万円というのであれば、手付で解約する場合、800万円は放棄して契約を解除することになりますが、200万円については返還を求めることが可能という訳です。

5.最後に、あなたのケースでは、手付けとおっしゃっていますが、金額が低いので、いわゆる申し込み証拠金と勘違いされていることはないでしょうか。分譲住宅等の購入の際、優先順位を確保するため、その場で5万円から10万円程度の金員を支払うことがありますがこれを一般に申し込み証拠金などと呼んでいます。業者にとっては、ひやかしの申し込みを防止し、契約締結に至らなかった際の事務手数料を担保するという意味があるようですが、これは売買契約締結を前提とする手付けとは違いますので、契約をやめるのに何らの手続きも不要ということになります。話しを進められ、売買契約書にサインなどさせられないように注意してください。いわゆる申し込み証拠金は、現実に契約締結に至った場合には、申し込み証拠金として支払った金員は手付けの一部として充当されることになるでしょう。契約締結に至らなかった際、これが返還されるかどうかについては、申込書等に契約不成立の場合には返還しないなどの文言がある場合には難しいと思われますが、そうでなければ、法律上は返還してもらえる、ということになります。

《参考条文》

民法
(手付)
第557条 買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
2 第545条第3項の規定は、前項の場合には、適用しない。

宅地建物取引業法
(事務所等以外の場所においてした買受けの申込みの撤回等)
第37条の2 宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地又は建物の売買契約について、当該宅地建物取引業者の事務所その他国土交通省令で定める場所(以下この条において「事務所等」という。)以外の場所において、当該宅地又は建物の買受けの申込みをした者又は売買契約を締結した買主(事務所等において買受けの申込みをし、事務所等以外の場所において売買契約を締結した買主を除く。)は、次に掲げる場合を除き、書面により、当該買受けの申込みの撤回又は当該売買契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。この場合において、宅地建物取引業者は、申込みの撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。
1.買受けの申込みをした者又は買主(以下この条において「申込者等」という。)が、国土交通省令の定めるところにより、申込みの撤回等を行うことができる旨及びその申込みの撤回等を行う場合の方法について告げられた場合において、その告げられた日から起算しで8日を経過したとき。
2.申込者等が、当該宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つたとき。
2 申込みの撤回等は、申込者等が前項前段の書面を発した時に、その効力を生ずる。
3 申込みの撤回等が行われた場合においては、宅地建物取引業者は、申込者等に対し、速やかに、買受けの申込み又は売買契約の締結に際し受領した手付金その他の金銭を返還しなければならない。
4 前3項の規定に反する特約で申込者等に不利なものは、無効とする。
(損害賠償額の予定等の制限)
第38条 宅地建物取引業者がみずから売主となる宅地又は建物の売買契約において、当事者の債務の不履行を理由とする契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定めるときは、これらを合算した額が代金の額の10分の2をこえることとなる定めをしてはならない。
2 前項の規定に反する特約は、代金の額の10分の2をこえる部分について、無効とする。
(手附の額の制限等)
第39条 宅地建物取引事務は、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して、代金の額の10分の2をこえる額の手附を受領することができない。
2 宅地建物取引業者が、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手附を受領したときは、その手附がいかなる性質のものであつても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
3 前項の規定に反する特約で、買主に不利なものは、無効とする。

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