新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.943、2010/1/7 12:37

【民事・鍼灸(しんきゅう)学校に対する学納金の返還請求と不返還特約の効力・消費者契約法9条】

質問:私は,ある鍼灸学校の入学試験を受験して合格し,同校が定めた学生要項に従い,所定の期限までに,同校に対し,入学金70万円,授業料等110万円を納付して入学手続きを行うとともに,寄付金30万円を支払いました。ところが,私は,その後,妊娠していることが判明して,入学を取りやめることとし,入学前の3月27日に,同校に対し,入学を辞退することを申し出て,支払った合計210万円の返還を求めたのですが,同校は,一度支払われた学納金は一切返還されないという特約を理由として返還をしてくれません。以前,大学についての学費返還請求が認められることになったとの報道を見たことがあったのですが,鍼灸学校については,別なのでしょうか。

回答:
1.鍼灸学校は専門学校ですが,大学の授業料,寄付金と同様に返還請求は可能です。授業料,寄付金に関して学校と学生の付返還特約については,消費者契約法9条1号「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」の適用がありますので無効になり不当利得になるからです。
2.入学金については,返還はできません。入学金は,同法9条1号には該当しませんので,入学金の不返還特約は有効になります。
3. 法律相談事例集キーワード検索585番参照。

解説:
1.(問題点の指摘)妊娠という学生側の理由ですが,3月27日,新学期が開始される前に入学を辞退していますので,大学との教育を受ける契約は解除されていますが,通常,大学,学校の入学については新学期が始まる前に入学を辞退しても以上の納付金は返還しないとの特約が付いており,それを承知で納付しいている以上,契約自由の原則から特約は有効であると考えることができます。しかし,学生の具体的入学を前提とする入学金,授業料,寄付金の納付は意味を失っていますので学校側の不当な利益を認めることになり,公平という観点から問題があります。そこで,この不返還特約が消費者契約法9条1号の「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」に該当するかどうかが問題になります。

2.(消費者契約法の趣旨)消費者契約法の趣旨は,法1条が明言するように,契約当事者の公平,平等を保障し契約自由の原則,私的自治の原則を確保し,業者と契約する一般消費者を保護し公正,公平な社会経済秩序の実現にあります。民法上,業者も消費者も取引主体として,いつ誰とどのような内容の契約をするかをお互いに自由に決めることができるわけで,「契約自由の原則」に支配されています。
 しかし,大規模な組織で大規模に契約行為をおこなう業者と,知識にも交渉力にも乏しい一消費者とでは,取引を自由に行う力に大きな差があります。その現実を無視して形式的な自由を貫くと,実際には業者ばかりが自由を享受し,消費者は事実上不利益な契約を強いられるという「強者による弱者支配」が起こりかねません。例えば,契約内容を了解しながら履行しなければどのような違約金でも請求されますし,契約の解除も解除しようとする人が解除理由を具体的に立証しなければなりません。
 そこで,業者側は以上の法理論を奇貨として更なる利益を確保するため社会生活上の契約行為について業者の経済力,情報力,組織力,営業活動の宣伝,広告等を利用し事実上消費者に実質的に不利益な種々の契約態様を考え出し,一般社会生活における契約に無防備な消費者の利益を侵害する事態が生じました。このような状態は,法の理想から私的自治の原則に内在する公平公正の理念に反し許されません。この考えは,昭和43年に制定され,平成16年に大改正された「消費者基本法1条」にうたわれています。
 具体的には,「消費者契約法」等において,消費者の利益の保護が図られ,業者の規制と消費者保護のため,消費者側の契約取消権付与(消費者契約法4条),損害賠償の予定の制限(消費者契約法9条),業者側の免責の禁止(消費者契約法8条1項)等が定められています。その内容を一口で表すと,業者側の「契約の自由」の制限ということになります。以上より,当法律の解釈に当たっては適正,公平,権利濫用防止の原則(憲法12条,民法1条,2条,消費者契約法1条)から契約締結ついて優位性をもつ業者の利益よりも無防備な消費者保護の視点が特に重視されなければなりません。

3.(消費者契約かどうか)まず鍼灸学校と学生との入学契約が消費者契約(契約法2条3項)に該当するかという点ですが,同条にいう「事業者」とは,営利を目的にしていなくても非営利法人である学校法人も含まれます(同法2条2項)。なぜなら,消費者契約法の目的は,契約当事者として契約前から不平等な関係にある者同士の契約を公平の見地から規制し、実質的に不利益な立場にある消費者を保護して契約自由の原則を実質的に保障し、法の理想を達成しようとするものであり,相手側である業者側が営利性を有するかどうかは問題にならないからです。

4.(法9条1号に当たるか)次に,入学金,授業料,寄付金が「事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」に該当するか検討する必要がありますが,結論から言うと入学金を除き,他の納付金はすべて該当するものと考えられます。

5.(理由をご説明します)@新学期開始前に学生が辞退した場合,学校側に生じる損害(入学の事務手続き費用,予想した学生を確保できないことによって生じた相当因果関係のある実質的損失)としては,入学金をもって充当すれば填補できるものと考えられます。他方,入学金は,学校に入学するという意思表示に基づき入学できる地位を確保するための証拠金,取引なら手付金と同様な性格を持つものであり,入学の意思表示を撤回する場合は大学側の信頼保護,不利益を填補するために必要だからです。学生側も,学校に入学する意思を表示した以上,入学する地位を自らの理由により撤回放棄するのですから、なんらかの違約金支払い,責任は求められます。授業料は,具体的に開始されないのですからこの費用は,大学側の不当な利益確保になります。寄付金も教育設備の確保に使用が予想され,学生が入学していない以上不必要な利益となります。

A消費者契約法9条の趣旨は,不平等な契約を規制しようとするもので,学生側は,選抜される関係上,納付金の内容に異議をさしはさむことができない状況にあり,そのような状態での契約行為は契約自由の原則に内在する不公平,信義則に反する契約の強制と考えられるからです。従って,学校側は特に損害額を立証しない限り入学金の他にその意味を失った授業料,寄付金を取得することは許されません。鍼灸学校での教育内容を検討し,入学の撤回により特別な施設,雇用人員の損失の具体的立証がないようであれば返還に応じなければいけません。

B通常の新学期は通常4月1日であり,その日以前の入学辞退は消費者契約法の対象となります。

6.(判例の考え方)大学の場合について最高裁平成18年11月27日判決)。大学における入学辞退の場合の学納金の返還をめぐっては,長い間,下級審における様々な考え方がありましたが,あなたがおっしゃるように,現在は,最高裁判例によって,以下のように判断することが実務上は確定しているといってよいと思われます。
 「(1)入学金について。入学金は,その額が不相当に高額であるなど他の性質を有するものと認められる特段の事情のない限り,学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり,当該大学が合格した者を学生として受け入れるための事務手続き等に要する費用にも充てられることが予定されているものであり,返還を要しない。
 (2)授業料など。在学契約は,解除により将来に向かってその効力を失う。学生が大学に入学する日よりも前に在学契約が解除される場合には,特約のない限り,在学契約に基づく給付の対価としての授業料等を大学が取得する根拠を欠くことになり,大学は学生にこれを返還する義務を負う。不返還特約は,入学辞退(在学契約の解除)によって大学が被る可能性のある授業料等の収入の逸失その他有形,無形の損失や不利益等を回避,てん補する目的,意義を有し,消費者契約法9条1号の適用がある。当該大学が合格者を決定するに当たって織り込み済みのものと解される在学契約の解除,すなわち,学生が当該大学に入学する(学生として当該大学の教育を受ける)ことが客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点よりも前の時期における解除については,原則として,当該大学に生ずべき平均的な損害は存しない。この時期は原則として学期の始まる4月1日である。」

7.(鍼灸学校の場合の判例)
(1)それでは,鍼灸学校についても,上記と同様の考え方が成り立つのでしょうか。この点,名古屋高裁平成17年6月14日判決は,まず,入学金は入学し得る地位取得の対価および入学準備行為の対価としての性質を有し,既に対価関係にある利益を受けているので返還を要しない,また,授業料等については,教育役務等の対価であり,消費者が鍼灸学校への入学を辞退した以上返還されるべきであるが,不返還特約の効力として返還を要しないという理由で,寄付金30万円の返還を除き,消費者の請求を認めませんでした。同判決は,この不返還特約は,消費者契約法9条1号の損害賠償額の予定または違約金を定める条項に該当するが,鍼灸学校では,入学者全員の制服および実習服を用意する必要があり,これらの準備には1カ月以上を要し,遅くとも2月末日までに入学者が確定している必要があること,そのため,鍼灸学校においては,教育上必要な人的・物的教育設備を最低限整えておくためには,2月末日までには入学者を確定する必要があること,消費者が辞退を申し出た4月1日の入学が迫った時期では,新たに補欠者を合格させて入学させることにより損失てん補を図ることは期待できないこと等,本件鍼灸学校の特殊性を認め,2月末日までに入学者数を確定する必要があるとして,3月中の辞退でも学校側に平均的損害を認めたものです。

(2)しかし,その後の最高裁判所平成18年12月22日判決は,「一般に,鍼灸学校等の入学試験の受験者が他の鍼灸学校等や大学,専修学校の入学試験を併願受験することが想定されないとはいえない。これらの事情に照らすと,学納金の性質およびその不返還特約の性質および効力等については,いずれも大学における場合と基本的に異なるところはなく,大学についての最高裁平成18年11月27日判決の説示するところが基本的に妥当するというべきである。 ・・・入学金については,最高裁の説示する原則と異なる事情はうかがわれず,本件でも返還を要しない。授業料については,損害賠償額の予定または違約金の定めであり,消費者契約法9条1号が適用され,当該事業者の平均的損害を超える部分を無効と主張する消費者が,その超えることを主張立証する責任を負う。大学の場合には,在学契約の解除に伴い生ずべき平均的な損害は,学生が当該大学に入学することが客観的に高い蓋然(がいぜん)性をもって予測される時点よりも前における時点には存せず,基準時は入学年度が始まる4月1日を原則とする。
 そして,鍼灸学校につき,大学と格段に異なる事情までは見いだし難い。また,鍼灸学校等が,大学と比較して,より早期に入学者を確定しなければならない特段の事情があることもうかがわれない。 ・・・そうすると,本件在学契約は,平成14年3月27日までに解除されたものであるから,この解除について被告(鍼灸学校)には平均的損害は存しないことになり,被告は原告(消費者)に対して授業料等110万円全額を返還すべき義務を負うことになる。したがって,原審判決がこの点の請求を棄却した部分は破棄を免れない。」と判示し,鍼灸学校の特殊性を認めた上記高裁判決を覆し,鍼灸学校においても,大学についての最高裁平成18年11月27日判決の説示するところが基本的に妥当すると判断しています。

8.(結論)このように,上記の最高裁判決によれば,本件の場合も,特別の事情がない限り大学と同様,授業料等全額の返還が認められると考えられます。鍼灸学校側が返還に応じないようであれば,弁護士に依頼して交渉又は返還請求訴訟を提起してもらうと良いでしょう。

≪参照条文≫

消費者基本法
第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力等の格差にかんがみ,消費者の利益の擁護及び増進に関し,消費者の権利の尊重及びその自立の支援その他の基本理念を定め,国,地方公共団体及び事業者の責務等を明らかにするとともに,その施策の基本となる事項を定めることにより,消費者の利益の擁護及び増進に関する総合的な施策の推進を図り,もつて国民の消費生活の安定及び向上を確保することを目的とする。

消費者契約法
 第一章 総則
(目的) 
第一条  この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに,事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
(定義) 
第二条  この法律において「消費者」とは,個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
2  この法律(第四十三条第二項第二号を除く。)において「事業者」とは,法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。3  この法律において「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいう。
4  この法律において「適格消費者団体」とは,不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体(消費者基本法 (昭和四十三年法律第七十八号)第八条 の消費者団体をいう。以下同じ。)として第十三条の定めるところにより内閣総理大臣の認定を受けた者をいう。(事業者及び消費者の努力)
第三条  事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮するとともに,消費者契約の締結について勧誘をするに際しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない。
2  消費者は,消費者契約を締結するに際しては,事業者から提供された情報を活用し,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする。(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第九条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。
 一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
 二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分 

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