新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1117、2011/6/15 14:55 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・試用期間中の解雇】

質問:1か月前,ハローワークでの求人情報を見て面接を受け,工業製品の下請け工場に就職しました。交通費は支給,試用期間は1か月という約束でした。私は入社から約2週間,遅刻も早退もせず勤務し,特にトラブルも起こさなかったつもりです。仕事内容は単純な組立作業と部品の運搬作業で,私には十分こなすことができました。ところが,2週間経って最初の給料日となったとき,2週間分の賃金が日割りで支給されましたが,交通費が支給されなかったのでそのことを社長に聞くと,急に怒ってクビにされてしまいました。後日退職証明書を出してもらったところ,解雇の理由に「試用期間中だったので適性を観察したところ,適していないと判断されたため」と記載されていました。試用期間だとどんな理由で解雇されても文句はいえないのですか。

回答:
1.試用期間中であっても,解雇には合理的な理由が必要です。合理的な理由のない解雇については,無効を主張して地位確認等の請求をすることができます。ご相談のケースでは,実質的な理由が交通費の支給について尋ねた点にあると思われますが,解雇の合理的な理由とは到底なりません。十分争う余地があると思います。
2.法律相談事例集キーワード検索:642番925番657番842番762番を参考に参照してください。手続は, 法の支配と民事訴訟実務入門,各論3,「保全処分手続,仮差押,仮処分を自分でやる。」各論17,「労働審判を自分でやる。」書式ダウンロード労働審判手続申立参照。

解説:
(労働法,労働契約解釈の指針)
  先ず労働法における雇用者,労働者の利益の対立について申し上げます。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば,特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を売って賃金をもらい生活する関係上労働者は長期間にわたり拘束する契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。
  しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
  ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定するのは以上の趣旨を表しています。従って,労働契約の文言にとらわれず,以上の趣旨を踏まえて契約内容を検討し,法規の解釈が必要です。

1.(試用期間の意味)
  労働契約を締結する際,入社してから1か月ないし3か月程度の短期間の区切りを設けて,「試用期間」を設定することがよくあります。試用期間は労働者を試しに使用してみて能力や性質を観察し,その労働者を本採用するべきか判断するための期間です。労働者と使用者が合意すれば,この試用期間を設けるかどうかや,その長さは自由に決めることができます。
  このような労働契約における試用期間について,法的にどう考えればよいか検討する必要があります。考え方としては,試用期間と本採用を別の契約とする考え方と一つの労働契約だが,試用期間中は本採用を拒否できる解約権が留保されている考え方(解約権留保付労働契約)の二つが考えられます。試用期間が設けられている場合,本採用すべきか観察して判断する期間ですから,会社は労働者が仕事に適していないことを理由に,本採用を拒否することができます。そこで,,本採用のときに初めて労働契約が成立すると考えると,本採用の可否は会社がまったく自由に決めてよいことになるでしょう。会社にとってはその方が有利です。しかし,これではあまりに会社に有利すぎることから,必ずしもそのようには解釈されていません。

  そこで,試用期間についてどのように考えるかは,@試用期間中の勤務形態が本採用後とは区別され,観察に特化した内容となっているかどうか,A本採用に移行する際の運用として,どのような手続で本採用が行われているか,どの程度の割合で本採用拒否が行われているか等の実態を考慮して,ケースごとに判断されることです。そして基本的に,一般の社員と区別のない勤務内容で,試用期間終了時に本採用が拒否されたケースがこれまでにほとんどないような場合には,労働者の地位保障の観点から試用期間であっても既に労働契約が成立しており,ただ労働者が適格性なしと判断される場合には労働契約を解約し,本採用を拒否できるという「解約権」が付いている状態と解釈すべきです。会社側は,労働契約の指揮命令権により契約後教育,指導することにより雇用する経済的利益は確保することが可能ですから特に不利益はないと思われます。

  最高裁大法廷判決昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)は,この問題について,会社が試用契約と雇用契約は別個だと主張したのに対し,「思うに,試用契約の性質をどう判断するかについては,就業規則の規定の文言のみならず,当該企業内において試用契約の下に雇傭された者に対する処遇の実情,とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきものであるところ,原判決は,上告人の就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか,上告人において,大学卒業の新規採用者を試用期間終了後に本採用しなかつた事例はかつてなく,雇入れについて別段契約書の作成をすることもなく,ただ,本採用にあたり当人の氏名,職名,配属部署を記載した辞令を交付するにとどめていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて,本件試用契約につき上記のような判断をしたものであつて,右の判断は是認しえないものではない。それゆえ,この点に関する上告人の主張は,採用することができないところである。したがつて,被上告人に対する本件本採用の拒否は,留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判示し,試用期間を解約権留保付き労働契約と解釈する立場を示しました。

2.(本採用拒否の意味)
  試用期間が解約権留保付き労働契約だとすると,本採用の拒否は留保解約権の行使です。労働契約が成立している状態で,会社の一存で労働契約を終了させることになるため,この留保解約権の行使は「解雇」でもあります。
  試用期間中であるからといって,解雇が無制限に許されるわけではありません。試用期間の趣旨,目的からいって,留保解約権を行使して本採用を拒否できるのは,労働者が会社の仕事に適格性を有しないと判断された場合のみです。それも,単に抽象的に「適格性がないと判断した」と述べるだけでは足りないと解すべきです。客観的かつ具体的に,適格性に問題があることが明らかであり,そのため留保解約権の行使に客観的で合理的な理由があって,かつ,社会通念上相当といえる場合でなければ解雇は無効となります。そう解釈しなければ,雇用後指揮命令教育権を有する会社側と日々の生活権を有する労働者の実質的平等は確保できないからです。

最近の判例を見てみると,次のようなものが見られます。

@東京地方裁判所平成21年12月25日判決(無効事例)
  試用期間:3か月,業務内容:採用担当の人事業務,解雇の時期:入社10日後,解雇理由:コミュニケーション能力の不足,判決内容:「被告は,本件解雇の理由として,原告の採用業務担当者に必要不可欠のコミュニケーション能力の欠如をあげるが,そもそも本件解雇は採用からわずか2週間でなされているから,被告がそのような人事評価をするに足りるだけの期間そのような業務に原告を従事させていたといえるかについて疑問であって,被告が原告に従事させていた業務は前記第2の1(5)記載の限度にとどまるものである。そして,被告が原告の能力の欠如を裏付けるものとして主張するのは,挨拶の仕方であるとか,話が聞き取りにくいとか,誤字・脱字が多いとか,採用業務とは直接関係せず,原告の採用業務担当者としてのコミュニケーション能力の欠如を裏付けるに足りないものであるし,原告の学歴・職歴・社会経験及び本件で提出されている原告作成にかかる文書の内容や原告の供述内容等に照らし,社会人として有するごくごく基本的な能力や常識を原告が欠いていたものとは認めがたく,被告が指摘するような口頭で説明する能力や文書作成能力の低さも窺われないのであって,原告の能力に関する被告の指摘ないし評価は合理的な根拠に基づくものとは言い難い。したがって,本件解雇は試用期間中の解雇であることを踏まえても,客観的に合理的な理由が存在せず,かつ,社会通念上相当として是認されないものであって無効である。」

A東京地方裁判所平成21年10月15日判決(無効事例)
  試用期間:3か月,業務内容:病院の総合事務職,解雇の時期:入社2か月後,解雇理由:事務能力の欠如,判決内容:「被告は,上記の経緯があるにもかかわらず,3月28日にJ事務長及びCからそれまでの事実経過等を聴取したにとどまり,直属の上司であるBから原告の勤務態度,勤務成績,勤務状況,執務の改善状況及び今後の改善の見込み等を直接に聴取することもなく,また,勤務状況等が改善傾向にあり,原告の努力如何によっては,残りの試用期間を勤務することによって被告の要求する常勤事務職員の水準に達する可能性もあるのに,さらに,前記1(11)及び(18)認定のとおり,原告から,同年3月25日に被告理事長に宛てて退職強要や劣悪な労働環境を訴えた手紙が送付され,次いで,同年4月4日から6日にかけて全日本民主医療機関連合会会長その他に宛てて,被告のパワハラ等を訴える手紙が送付されたのであるから,被告から原告に対し,これらの手紙の内容が誤解であるならばその旨真摯に誤解を解くなどの努力を行い,その上で職務復帰を命じ,それでも職務に復帰しないとか,復帰してもやはり被告の要求する常勤事務職の水準に達しないというのであれば,その時点で採用を取り消すとするのが前記経緯に照らしても相当であったというべきであり,加えて,第2回面接があった同年3月23日の時点ではB及びCのいずれも原告を退職させるとは全く考えていなかったこと(証人B,同C)も併せ考えれば,試用期間満了まで20日間程度を残す同年4月10日の時点において,事務能力の欠如により常勤事務としての適性に欠けると判断して本件解雇をしたことは,解雇すべき時期の選択を誤ったものというべく,試用期間中の本採用拒否としては,客観的に合理的理由を有し社会通念上相当であるとまでは認められず,無効というべきである。」

B東京地方裁判所平成21年8月31日判決(有効事例)
  試用期間:6か月間,業務内容:生命保険会社の事務職,解雇の時期:入社5か月後,解雇の理由:経歴詐称,判決内容:「履歴書や職務経歴書に虚偽の内容があれば,これを信頼して採用した者との間の信頼関係が損なわれ,当該被採用者を採用した実質的理由が失われてしまうことも少なくないから,意図的に履歴書等に虚偽の記載をすることは,当該記載の内容如何では,従業員としての適格性を損なう事情であり得るということができる。」「このような事実及び前記イの事実を踏まえるときは,原告について,就業規則41条6号「試用期間中の者が,不適格と判断されたとき」に該当する事由があり,本件解雇も解雇権の濫用とはいえないというのが相当である。」

3.(本件についての検討)
  ご相談のケースでは,適格性がないと判断した具体的な事情が全く記載されておらず,解雇のタイミングと経緯に照らしても,客観的で合理的な理由は存在しないと考えられます。争った場合,会社が後付けで具体的な事情を主張してくることがありますが,その内容に応じて,自分には十分な適格性があったことを示す反証をすべきことになります。争い方としては,地位確認請求の労働審判を申し立てるのがよいでしょう。

≪参照条文≫

労働契約法3条5項
労働者及び使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たっては,それを濫用することがあってはならない。

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