試用期間中の本採用拒否と解雇権濫用|使用者側の解雇権行使

労働|労働法の基本的な考え方|試用期間中の本採用拒否に関する判例法理|東京地方裁判所平成21年10月15日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は、病院で事務長をしています。この病院は、医師2名、看護師4名、事務職員3名の体制ですが、事務職員が一人退職することになったので、新規に1名募集することにしました。求人にAさんからの応募があり、採用面接の結果、2か月前にAさんを一般事務の正社員として採用しました。試用期間は3か月としています。

Aさんが働き始めてから2か月たちますが、Aさんは、患者さんとのやり取りが上手くできず、医師・看護師に患者さんとの話が正確に通じないことがあったり、パソコンの入力ミスもたびたびあります。他の常勤事務職員のレベルに達していないばかりか、医師・看護師や他の事務職員の評判も芳しくありません。

私は、病院長から人事もまかされているので、Cさんの本採用を断ろうかと考えています。ただ、労働法の本やネット情報に目を通してみると、試用期間終了後の本採用拒否は簡単にはできないと書かれています。

Aさんを解雇することはできないのでしょうか。医師や看護師への伝達違いやカルテなどへの入力ミスは、ささいなことでも重大な医療ミスにつながるおそれもあるので私はその点を危惧しています。

回答

1 試用期間終了後の本採用拒否は、解雇として扱われるのが判例・実務の扱いです。試用期間を定めて採用した場合の契約関係は、労働契約であり、試用期間中は本採用を拒否できる解約権が留保されているという考え方(解約権留保付労働契約)が判例や実務の扱いです(いわゆる三菱樹脂事件の最高裁判所昭和48年12月12日判決)。そのような法律構成を前提とすると、本採用拒否は、保留していた解約権の行使であり解雇ということになります。

そして、労働契約法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定し、解雇には合理的理由を必要としています。もちろん、解約権を留保しているわけですから、本採用後の解雇とは合理的な理由があるか否か、は別の基準から判断され、本採用後の解雇より合理的な理由の範囲は緩やかに解されることになります。一般的には、試用期間の趣旨、目的からして、客観的具体的に労働者が会社の仕事に適格性を有しないという場合には解雇の合理性が認められることになります。

2 ご相談の内容だと、本採用拒否の理由は、常勤職員のレベルに達していないことと思われますが、本採用拒否に合理的理由があると認められるためには、具体的に水準に達していないことは何か、基準に達していないことの判断方法の妥当性(いつ、だれが、どのように判断するか)、改善のためどのような指導がなされたか、改善の可能性はないのか、本採用拒否の時期などの事情が認められて初めて本採用拒否が有効とされると考えられます。このような事情が認められない場合は、本採用拒否は合理的理由がないものとして無効とされてしまいます。

3 ご相談者様のケースと類似している事案として、東京地方裁判所平成21年10月15日判決を解説で紹介します。パソコンへの入力ミス、書類への記入ミス、他の職印への連絡ミス等があった労働者を試用期間終了後に本採用拒否をした事案で、裁判所は本採用拒否に合理的理由がないものとして本採用拒否を無効としました。

4 このように、本採用拒否の要件は厳しいといえます。万一、労働者側から、仮処分等の裁判を起こされた場合は、本採用拒否の理由についての主張立証責任は使用者側にあります。このような見地から本採用を拒否したい場合、退職を勧め、条件として給与の3か月から6か月分支払いを提案することも多くみられます。相談者様の案件で、どのような事情があれば、本採用拒否をしても合理的理由があるとされるのか、一度、お近くの弁護士に相談されるとよいでしょう。

5 その他の関連する事例集はこちらをご覧ください 。

解説

第一 労働法の基本的な考え方

まず、労働法における使用者・労働者の利益の対立について説明します。

1 資本主義社会においては私的自治の基本である契約自由の原則から、労働契約は使用者・労働者が納得して契約するものであれば、不法な契約内容でない限り、どのような内容であっても許されると考えられます。

2 しかし、使用者は経済力を有し、労働者に比べて優越的地位にあり、立場上有利にあるのが一般的です。他方、労働者は労働の対価として賃金の支払いを受けて生活するため、労働者を長期にわたり拘束する契約でありながら、労働者は使用者と常に対等な契約を結べない可能性があります。

3 こうした使用者優位、労働者不利の状況は、個人の尊厳を守り、人間として値する生活を保障した憲法13条、平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に反します。そこで、法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法(労働基準法、労働契約法等)により、労働者が対等に使用者と契約でき、契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。

4 法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから、その解釈にあたっては使用者、労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければなりません。そして、雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利と憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由とであるのに対し、労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし、個人の尊厳確保に直結した権利ですから、おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。

5 このような理由から、労働基準法1条は「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」、同法第2条は「労働条件は労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。」と規定しています。そして、使用者が労働者を解雇する場合についても、同法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」として、使用者が労働者を解雇をする場合にも制限を設けています。

第二 試用期間とは何か

1 労働契約を締結する際、入社してから1か月ないし3か月程度の短期間で試用期間を設定することがあります。試用期間は労働者を試しに使用してみて能力や性質を観察し、使用者がその労働者を本採用するべきか判断するための期間です。

2 この試用期間について、法的にどのように考えればよいのか問題となります。考え方としては、試用期間と本採用を別の契約とする考え方と、一つの労働契約だが、試用期間中は本採用を拒否できる解約権が留保されている考え方(解約権留保付労働契約)の二つが考えられます。

3 試用期間中の労働契約と本採用による労働契約をまったく別の契約とする考え方によれば、本採用のときに労働契約が成立することになり、本採用するかどうかは会社が自由に決めてよいことになるでしょう。これは会社にとっては有利な考え方ですが、それでは会社にあまりにも有利すぎ、労働者に酷になってしまいます。

そこで、判例は、もう一つの考え方、一つの労働契約だが、試用期間中は本採用を拒否できる解約権が留保されている考え方(解約権留保付労働契約)が採用されています。いわゆる三菱樹脂事件の最高裁判所昭和48年12月12日判決です。判決文では『・・・被上告人に対する本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。・・・』としています(同判決についての裁判所HP全文PDF)。

4 このように考えると、試用期間であっても既に労働契約が成立しており、ただ労働者が適格性なしと判断される場合には労働契約を解約し、本採用を拒否できるという「解約権」が付いている状態と解されます。但し、試用期間を過ぎてからの解雇と比べると、合理的と認められる要件は若干緩和される、とするのが判例、実務の考えです。

第三 試用期間中の本採用拒否と解雇権濫用

1 以上のように、試用期間が解約権留保付き労働契約だとすると、本採用の拒否は留保解約権の行使となります。労働契約が成立している状態で、会社の一存で労働契約を終了させることになるため、この留保解約権の行使は「解雇」でもあります。

2 解雇について、労働契約法第16条は、使用者による解雇について制限を付しています。同条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定し、使用者側による解雇について、濫用した場合は解雇を無効とするとしています。したがって、試用期間中であるからといって、解雇が無制限に許されるわけではありません。

3 試用期間の趣旨、目的からいって、留保解約権を行使して本採用を拒否できるのは労働者が会社の仕事に適格性を有しないと判断された場合のみです。それも、単に抽象的に「適格性がないと判断した」と述べるだけでは足りないと解すべきです。客観的かつ具体的に、適格性に問題があることが明らかであり、そのため留保解約権の行使に客観的で合理的な理由があって、かつ、社会通念上相当といえる場合でなければ解雇は無効となります。このように考えることによって、雇用後指揮命令教育権を有する会社側と日々の生活権を有する労働者の実質的平等を確保するものです。

4 次に、試用期間中の解雇に関する具体的判例として、病院事務職員として入社し、試用期間中に病院から解雇された事案で、試用期間中の解雇に合理的理由がなく解雇権の濫用ではないか、試用期間中の解雇が有効かどうか、が争われた東京地方裁判所平成21年10月15日判決を紹介します。

第四 試用期間中の本採用拒否に関する裁判例

・当事者

X:本件裁判の原告。Y病院の事務総合職として採用され働き始めて、試用期間中にY病院から本採用の取消しを受ける。本採用拒否に前後して、Y病院の関係者や関係機関に、劣悪な労働環境や職場のパワハラ・退職強要等を訴えた手紙を送っている。労働者としての地位確認訴訟をY病院を相手に提起し、未払賃金等の支払を求める。

Y:本件裁判の被告。病院、介護施設等数個の施設を経営する財団法人(本文ではY病院とします。)

B:Y病院でのXの直属の上司。

C:Y病院の事務次長

J:Y病院の事務長

・事案の内容

職務内容:病院の総合事務職

試用期間:3か月

解雇時期:入社2か月後

解雇理由:事務能力の欠如。パソコンへの住所・診療結果等の入力ミスや問診票への記載ミス等仕事上のミスが複数回あった。

・判決

判決は、まず、Y病院がXの直属の上司から具体的な事情を聞くこともなく、事務長、事務次長から事実経過を聞いただけという点を問題視しています。

被告は、・・・3月28日にJ事務長及びCからそれまでの事実経過等を聴取したにとどまり、直属の上司であるBから原告の勤務態度、勤務成績、勤務状況、執務の改善状況及び今後の改善の見込み等を直接に聴取することもなく

判決は、Xの勤務状況が改善傾向にあり、原告の努力によって常勤事務局員の水準に達する可能性があることを指摘しています。

勤務状況等が改善傾向にあり、原告の努力如何によっては、残りの試用期間を勤務することによって被告の要求する常勤事務職員の水準に達する可能性もある

さらに、XがY病院の関係者や関係機関に、劣悪な労働環境や職場のパワハラ・退職強要等を訴えた手紙を送ったことについては、その内容が誤解であるならば、Y病院が誤解を解くべき努力を行うべき、としています。

原告から、同年3月25日に被告理事長に宛てて退職強要や劣悪な労働環境を訴えた手紙が送付され、次いで、同年4月4日から6日にかけて全日本民主医療機関連合会会長その他に宛てて、被告のパワハラ等を訴える手紙が送付されたのであるから、被告から原告に対し、これらの手紙の内容が誤解であるならばその旨真摯に誤解を解くなどの努力を行い

こうして判決は、Y病院はXにまず職場復帰を命じ、職場復帰をしてもなお常勤事務職の水準に達しないときに、採用を取り消すとするのが相当であるとしています。

その上で職務復帰を命じ、それでも職務に復帰しないとか、復帰してもやはり被告の要求する常勤事務職の水準に達しないというのであれば、その時点で採用を取り消すとするのが前記経緯に照らしても相当であったというべきであり、

判決はそれに加えて、解雇直前まで直属の上司はXの解雇までは考えていなかったと認定しています。

加えて、第2回面接があった同年3月23日の時点ではB及びCのいずれも原告を退職させるとは全く考えていなかったことも併せ考えれば

以上の理由で、判決は、試用期間満了前に本件解雇をしたことは解雇すべき時期の選択を誤ったものとし、試用期間中の本採用拒否は、客観的に合理的理由を有し社会通念上相当であるとまでは認められず、無効というべきとしました。

試用期間満了まで20日間程度を残す同年4月10日の時点において、事務能力の欠如により常勤事務としての適性に欠けると判断して本件解雇をしたことは、解雇すべき時期の選択を誤ったものというべく、試用期間中の本採用拒否としては、客観的に合理的理由を有し社会通念上相当であるとまでは認められず、無効というべきである。

このようにして、本件判決は、Y病院により、Xに対する試用期間経過前の本採用拒否は無効とし、XのY病院に対する未払賃金請求を認めました。

第五 職場の上司による厳しい教育・指導はパワハラにあたるか

上記東京地裁判例では、Xは、職場の上司による教育・指導は厳しく、パワハラにあたるとして、Yに対し、不法行為(民法第709条)による損害賠償の請求をしました。これに対して、判例は次の理由によりXの主張を退けています。医療現場に必要な当然な業務上の指導の範囲内で、違法ではない、としています。

原告の業務遂行について被告による教育・指導が不十分であったということはできず、・・・原告の事務処理上のミスや事務の不手際は、いずれも、正確性を要請される医療機関においては見過ごせないものであり、これに対するB又はEによる都度の注意・指導は、必要かつ的確なものというほかない。そして、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、そのため、Bが、原告を責任ある常勤スタッフとして育てるため、単純ミスを繰り返す原告に対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない。

このように判決は、YのXに対する厳しい指摘・指導は正確性を要求される医療機関として当然になすべき業務上の指示にとどまるものであり、違法ではないとして、Xの損害賠償の請求は認めませんでした。

第六 最後に

ご相談者様は事務職として採用したAさんの試用期間中の採用拒否をお考えとのことですが、上記で紹介した判例によると、病院業務は正確性が必要とされると理解を示しても、具体的に正確性を欠く業務は何か、どのように正確性を欠くのか、誰が正確性の欠如についてどのよう判断したのか、業務の正確性についてどのような指導をしたのか、改善の見込みがないかなど、具体的な事情によっては採用拒否が無効とされることも考えられます。採用拒否をAさんに告げる前に、一度お近くの弁護士に具体的に相談するとよいでしょう。

以上

関連事例集

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参照条文
憲法

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
○2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

民法

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

労働基準法

(労働条件の原則)
第一条 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
○2 この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

(労働条件の決定)
第二条 労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。
○2 労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。

労働契約法

(目的)
第一条 この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。

(定義)
第二条 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。

(労働契約の原則)
第三条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。