新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1317、2012/8/6 11:03 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・試用期間延長の要件・長野地裁諏訪支昭和48年5月31日判決・上原製作所事件】

質問:私は,ある会社に入社し,試用期間として6か月間働いていたのですが,このたび成績不良とのことで本採用を拒否されました。試用期間については,当初は3か月とされていたのですが,3か月が経過する際に「もう少し様子を見たいので,試用期間をもう3か月延長します。」とだけ伝えられ,私としてもあまりもめたくないので,特に反対はせずにそのまま働いていました。なお,試用期間の制度とその延長については,就業規則に明文が存在します。私としては,たしかに成績不良といわれても多少仕方ないところもあったとは思うのですが,こんな簡単に働けなくなってしまうことに納得ができません。もっとも,あくまで試用期間中ということなので,やはり会社の判断には従わざるを得ないのでしょうか?

回答:
1.あなたは「もう少し様子を見たいので,試用期間をもう3か月延長します。」とだけ伝えられたということですので,試用期間延長の告知が適正になされたとはいえず,試用期間の延長は認められないため,あなたは3か月を経過した時点で正社員の地位を取得したことになります。そうすると,本件の「本採用拒否」は実質的には解雇ということになり,厳格な解雇法理が適用されることになるため,あなたは今後も正社員として働ける可能性が高いといえます。一度,知り合いの弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。
2.関連事務所事例集1117番925番842番762番657番624番5番を参考に参照してください。手続は,995番978番,書式ダウンロード労働審判手続申立参照。

解説:
(労働法,労働契約解釈の指針)
  先ず労働法における雇用者,労働者の利益の対立について申し上げます。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば,特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を提供して賃金をもらい生活する関係上労働者は長期間にわたり指揮命令を受けて拘束される契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。
  しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
  ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定するのは以上の趣旨を表しています。従って,労働契約の文言にとらわれず,以上の趣旨を踏まえて試用期間,延長の契約内容を検討し,法規の解釈が必要です。

1 (試用期間の意義)
  試用期間とは,労働者を試しに使用してみて能力や性質を観察し,その労働者を本採用するべきか判断するための期間をいいます。
  このような労働契約における試用期間について,法的にどう考えればよいか検討する必要があります。考え方としては,試用期間と本採用を別の契約とする考え方と一つの労働契約だが,試用期間中は本採用を拒否できる解約権が留保されている考え方(解約権留保付労働契約)の二つが考えられます。試用期間が設けられている場合,本採用すべきか観察して判断する期間ですから,会社は労働者が仕事に適していないことを理由に,本採用を拒否することができます。そこで,本採用のときに初めて労働契約が成立すると考えると,本採用の可否は会社がまったく自由に決めてよいことになるでしょう。会社にとってはその方が有利です。しかし,これではあまりに会社に有利すぎることから,必ずしもそのようには解釈されていません。

  そこで,試用期間についてどのように考えるかは,@ 試用期間中の勤務形態が本採用後とは区別され,観察に特化した内容となっているかどうか,A本採用に移行する際の運用として,どのような手続で本採用が行われているか,どの程度の割合で本採用拒否が行われているか等の実態を考慮して,ケースごとに判断されることです。そして基本的に,一般の社員と区別のない勤務内容で,試用期間終了時に本採用が拒否されたケースがこれまでにほとんどないような場合には,労働者の地位保障の観点から試用期間であっても既に労働契約が成立しており,ただ労働者が適格性なしと判断される場合には労働契約を解約し,本採用を拒否できるという「解約権」が付いている状態と解釈すべきです。会社側は,労働契約の指揮命令権により契約後教育,指導することにより雇用する経済的利益は確保することが可能ですから特に不利益はないと思われます。

  最高裁大法廷判決昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)は,この問題について,会社が試用契約と雇用契約は別個だと主張したのに対し,「思うに,試用契約の性質をどう判断するかについては,就業規則の規定の文言のみならず,当該企業内において試用契約の下に雇傭された者に対する処遇の実情,とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきものであるところ,原判決は,上告人の就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか,上告人において,大学卒業の新規採用者を試用期間終了後に本採用しなかつた事例はかつてなく,雇入れについて別段契約書の作成をすることもなく,ただ,本採用にあたり当人の氏名,職名,配属部署を記載した辞令を交付するにとどめていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて,本件試用契約につき上記のような判断をしたものであつて,右の判断は是認しえないものではない。それゆえ,この点に関する上告人の主張は,採用することができないところである。したがつて,被上告人に対する本件本採用の拒否は,留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判示し, 試用期間を解約権留保付き労働契約と解釈する立場を示しました。
  留保解約権の行使(=本採用の拒否)は,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものとされています(前記三菱樹脂事件)。

2 (試用期間延長の可否)
(1) 試用期間の延長は,通常労働者に大きな不利益をもたらすものですから,原則として認められず,就業規則等にその可能性や事由,期間等が明記されておりかつ合理的事由がある場合に例外的に認められるに過ぎません(大阪地裁昭42年1月27日判決,同控訴審:大阪高裁昭和45年7月10日判決,[大阪読売新聞社事件])。そして,合理的事由がある場合としては,「試用契約を締結した際に予見しえなかったような事情により適格性等の判断が適正になしえないという場合」(長野地裁諏訪支判昭和48年5月31日判決,[上原製作所事件])や,「試用期間満了時に一応職務不適格と判断された者について,直ちに解雇の措置をとるのでなく,配置転換などの方策により更に職務適格性を見いだす」場合(東京地裁昭和60年11月20日判決[雅叙園観光事件])が挙げられます(なお,「期限を定めずになす試用期間の延長は,畢竟何回にもわたる延長を認めることにひとしく,解雇保護規定の趣旨から到底許されないところであり,右期限を定めずになされた延長は,相当な期間を超える限度において無効というべき」とされています[上記上原製作所事件判決]。)。

  試用期間の延長が認められるとしても,試用期間延長の告知については,勿論必要ですし(@),告知の内容としては単に延長する旨の意思表示のみではなくその理由も必要である(A)と考えます。なぜなら,試用期間延長の事実及びその理由が労働者に知らされないのであれば,延長の適否を判断できないがために延長が原則として認められないと解した意義が没却されてしまうからです。試用期間中の労働者の不安定な地位を保護するために解釈上の要件が付加されます。この点,@に関して,上記上原製作所事件判決は「試用期間の延長の意思表示の告知を要するということは当然の前提」としています。また,Aに関して,上記大阪読売新聞社事件地裁判決は,「告知の形式について審案するのに,この点に関する前認定の事実中,山村と申請人との間のやりとりはそれだけでは前記の要件を充たしているとはいえないけれども他方申請人の上役である発送部長(・・・)が,かなり慎重な態度で申請人に対し理由を示した上で社員に登用しない旨,及び勤務態度を改めれば直ちに登用する旨を告げていること前認定の通りであって,これらの事実を総合すれば本件試用期間の延長の告知には申請人が主張するような瑕疵はないものというべきである。」と判断しています。

(2) 本件の場合,「もう少し様子を見たいので,試用期間をもう3か月延長します。」とだけ伝えられたということですので,試用期間延長の合理的事由があるかどうかはともかく,試用期間延長の告知が適正になされているとはいえず,試用期間の延長は認められません。そうすると,入社から3か月を経過した時点で,試用期間は経過したことになります。

3 試用期間経過の効力
(1)   留保された解約権が行使されたと認められない限り,試用期間の経過によって解約権は消滅し,使用者と副社員との雇用契約は,解約権留保の存しない雇用契約である正社員としての雇用契約に移行するとされています(大阪地裁平11年9月3日判決[京都ヤマト運輸事件]等)。

(2)よって,本件の場合,あなたは,入社から3か月を経過した時点で,正社員の地位を取得したことになります。そうすると,本件の「本採用拒否」は実質的に見ると解雇ということになり,厳格な解雇法理が適用されることになるため,あなたは今後も正社員として働ける可能性が高いといえます。

(3)解雇法理は,判例の蓄積により確立し,労働基準法18条の2に規定されるに至った考え方で,「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」という考え方です。あなたは「成績不良」を理由として解雇されたことになりますが,一般的に言って成績不良が解雇事由として認められるのは相当に困難なことです。労働契約においては,労働者は使用者の指揮命令に服し,使用者(雇用主)の指示に従って労務を提供すれば足りますので,例えば営業職であっても「契約を毎月10本成立させなければ解雇」などの条件を定めることはできません。使用者側が成績不良による解雇を主張立証するためには,例えば,使用者の指示に従って労務を提供していれば必然的に契約が成立すべきであるのに,労働者が客とケンカするなど社会通念を越えた不適切な点があるので当然成立すべき契約が成立しない,などという事実を主張立証していく必要があります。労働者の労務提供が不適切である状況を具体的に詳細に立証していく必要があるでしょう。解雇法理の詳細については,法律相談事例集995番5番をご参照ください。

≪参照条文≫

労働契約法
(労働契約の原則)
第3条 労働契約は,労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し,又は変更すべきものとする。
2 労働契約は,労働者及び使用者が,就業の実態に応じて,均衡を考慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする。
3 労働契約は,労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする。
4 労働者及び使用者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行しなければならない。
5 労働者及び使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たっては,それを濫用することがあってはならない。
(労働契約の成立)
第6条 労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する。
(解雇)
第16条 解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。

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