新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.842、2010/5/21 15:41 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

[労働,解雇,外資系企業の雇用契約書において時折見受けられる問題点]

質問:外資系企業の東京オフィスで3年ほど働いていましたが,この度,会社から雇用契約を終了させる旨の通知書が出されることになってしまいました。英文の契約書によれば,両者は60日前までに書面による通知をすることでいつでも雇用契約を終了させることができるとされています。私はいわゆるヘッドハンティングで採用され,役員の一歩二歩手前くらいの管理職として勤務してきましたが,会社の人事構想から外れていると言われました。会社から与えられた数値目標については,ぎりぎり達しているかいないかというくらいですが,私の業務成績についてこれまで格別に問題視されたり,改善を命じられたりしたことはありません。この雇用契約終了には納得がいきませんが,契約書にサインしている以上,この条項に従うしかないのでしょうか。

回答:ご指摘の条項は労働契約法に違反するものとして,少なくともその一部が無効であると考えられます。そうだとすると,会社は,契約書にそのような条項があったとしても,それに従いさえすれば全く自由に解除ができるというわけではないことになります。したがって,契約書にサインしていたからといって直ちに諦めなければならないということにはならないでしょう。もっとも,会社の将来の人事構想から外れているということ自体は,法律問題ではなく経営判断ですから,それが本当ならどうしようもないことです。会社に残ることが貴方のキャリアに有益とはいえないでしょうし,少しでも好条件で退職することを目指すべきではないかと思います。

解説:
【期間の定めのない雇用契約とその終了形態】
会社と貴方の間の雇用契約(以下「本件雇用契約」といいます。)は,定年等を除いて終了期限を設けていないものです。これは,講学上,「期間の定めのない雇用契約」といわれています。期間の定めのある雇用契約については,その期間満了が雇用契約終了原因の一つとなりますが,期間の定めのない雇用契約にはそれがありません。労働者の死亡や定年などといった特殊な事情を除くと,期間の定めのない雇用契約の終了は次の3つの形態に分けることができます。
1:使用者からの一方的意思表示による場合
2:労働者からの一方的意思表示による場合
3:労使の合意による場合
上記のうち,3の場合(労使の合意による場合)が専ら当事者の自由に委ねられていることはいうまでもありません。2の場合(労働者からの一方的意思表示による場合)についても,一定の条件の下,労働者にその自由が認められています。なお,この場合については,当相談事例集の700番でご紹介してあります。ところが,これらの場合と異なり,1の場合(使用者からの一方的意思表示による場合)については,法律上の制限について注意を要します。

【解雇権濫用の法理】
使用者からの一方的意思表示による雇用契約の終了を「解雇」といいます。この解雇については,労働契約法第16条が「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と規定しています。この条項は,判例の積み重ねによって構築された「解雇権濫用の法理」が,平成15年に労働基準法第18条の2として法制化され,その後,平成20年3月から労働契約法第16条に移されたものです。いずれの条項も当事者間の特約によって排除することができない強行法規です。つまり,労働契約法第16条に違反する内容の合意をしても,その合意は無効です。

【本件雇用契約における解除権留保条項の解釈】
以上の理解を前提に,本件雇用契約における「両者は60日前までに書面による通知をすることでいつでも雇用契約を終了させることができる」という条項をどのように解釈すべきかを検討します。この条項は,表面的に一見する限り,あたかも,「会社と貴方がそれぞれ解除権をキープしていることとする」という雇用契約の終了に関する合意を定めたもの,言い換えれば,雇用契約の終了に関する労使の合意が予め存在することを示しているもののようにも思えます。しかしながら,これは,よく読めば,要するに次の2つのことを示しているに過ぎません。
1:労働者が,その一方的意思表示により,期間の定めのない雇用契約を終了させることができるという民法の一般論
2:会社が貴方をいつでも解雇できる権利を持っていること
前述のとおり,労働契約法第16条は強行法規です。もし,会社がこの条項を盾に「労使の(予めの)合意に基づく退職」との主張をするとすれば,それは無理由解雇を許さない法を潜脱しようとするものといわなければなりません。したがって,この条項は,全体が無効であるか,あるいは,労使の一方からの意思表示によって雇用契約を終了しようとする場合の単なる手続を定めたものとする限度で有効であり,会社の本条項に基づく雇用契約終了の主張に対しては,適法な解雇理由の存在が依然として要求されていると解釈すべきです。

【解雇権濫用に該当するか否か】
そこで,本件において,会社がしようとしている雇用契約の終了が解雇にあたるとした場合,その解雇が解雇権濫用にあたるか否かを検討します。解雇権濫用にあたるか否かは,明確な基準によって一律に決められるものではなく,解雇権濫用にあたるという評価を裏付ける事実と,それにあたらないという反対の評価を裏付ける事実の総合評価によって,裁判官が個別具体的な事案ごとに判断します。したがって,ここで論じることができるのは結論ではなく,解雇権濫用にあたるか否かを裏付ける事実としてどういうことを主張することができるかという見通しに限られますので,その点をご注意ください。まず,解雇権濫用にあたるという評価を裏付ける事実としては,貴方の勤務成績が別段悪くなかったということが挙げられます。たとえ,数値目標の一部についてはクリアできていなかったとしても,これまで働いてきた3年間で特に問題にされなかったのであれば,今になって急にそのことを解雇理由として持ち出すことは不合理だといえます。会社と貴方との契約は雇用契約であり,特定の仕事の完成を目的とする請負契約ではないからです。また,仮に問題があったのだとすれば,会社としては,貴方に対してきちんとそのことを指摘し,改善の機会を与えるべきであったということもできるでしょう。また,減給や降格・異動などの他に採りうるより負担の軽い選択肢を考慮すべきだったのに,それをせずに解雇に踏み切ったのは行き過ぎであると主張することも考えられます。他方で,残念ながら,解雇権濫用にあたらないという反対の評価を裏付ける事実もないわけではありません。それは,貴方が特定の管理職として採用されたと認められる可能性があることです。会社としては,貴方の能力不足・成績不良を解雇理由として主張してくることが予想されます。この点,単なる一般従業員ではなく,特定の(管理職としての)地位・職務内容を前提として成立した雇用契約の場合,減給や降格・異動などの配慮をすることまで要せず,その地位・職務内容との関係で仕事ができていたかを考慮すればよいとする判例(フォード自動車事件,東京地裁昭和57年2月25日判決)がありますので,注意が必要です。もっとも,ご相談の事情の限りでは,総合的に見て,貴方の主張が認められる可能性の方が優勢であると思います。

【今後どのように対応すべきか】
以上検討してきたとおり,会社がしようとしている解雇は,裁判所では認められない可能性があるといえます。しかし,会社が解雇を強行してしまうと,貴方がその効力を争って,裁判所が貴方の請求を認めるまでの間,それは一応有効なものとして効力が生じてしまいます。もし,貴方が解雇の効力を争うために裁判所での法的手続(通常訴訟や労働審判等)に進んだ場合,貴方がなすべき請求は,「貴方が会社に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認」がその中心になります。貴方の主張が通れば,裁判所は貴方の請求を認め,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認してくれるでしょう。しかし,それが常に現実的で最適な解決かといえば,必ずしもそうとは限りません。貴方としては不本意でしょうが,会社としては貴方を人事構想から外しているようです。会社がこのように考えたこと自体は,経営判断の問題であり,法的にどうこうという問題ではありません。仕方がないことです。他方で,貴方がどんなに有能だとしても会社としては貴方の残留を希望していないということだとすると,貴方としても,将来を展望すれば,自分を必要としない会社に残るメリットは薄いのではないでしょうか。

整理すると,今の状況はこうです。まず,会社としては貴方に辞めてもらいたいが解雇を強行すれば貴方に争われ,裁判所では負けてしまう可能性があり,そうなると貴方の処遇に窮するようになる――,次に,貴方としては解雇には納得できず争いたく,争えば勝てる見込みもそれなりにあるものの,雇用契約上の権利を有する地位にあることが認められたところで会社に残るメリットが薄い――,そして,会社と貴方のどちらも,紛争が裁判所に係属して長期化することは本意ではない――。このような状況を解決する方法としては,解雇ではなく,円満な合意退職に向けた交渉をすることが有力な選択肢であると考えられます。会社側が自己の法的状況を分析し,話し合う気になれば,次の仕事への転職を見越した退職の時期や,会社の要望に添って退職に応じることへの金銭的対価などの諸条件を詰めていくことになるでしょう。もちろん,裁判所に進めば絶対に貴方が勝つというわけではなく,そこに進まずに早期・円満に解決する趣旨の話し合いですから,貴方の側も譲歩しなければなりません。その際,どこまでなら貴方の要求が通りそうか,どの程度なら会社側の要求を呑まなければならないかといった見極めはなかなか難しいものがあります。また,そもそも会社側に対し,本件の法的状況,それに対して貴方がどのような解決を検討しているかということ,話し合いで解決できればそれが会社にとっても利益であることなどを説明して,交渉の席についてもらわなければなりませんが,それ自体も容易いことではないでしょう。そのため,弁護士に相談・依頼し,交渉窓口になってもらうことをお勧めします。相談を受けた弁護士としては,詳しい事情を聞いたうえで,上記のような説明内容を文書にまとめて内容証明郵便で通知し,交渉を試みることになります。

【本件のような問題が生じる背景】
経済のグローバル化により,多国籍企業の我が国への進出が盛んになりました。しかし,本国での契約書等を全て日本の法律に準拠させきらないままになっていることは決して珍しいことではありません。本国での文書をそのまま使い回していることもあります。これでは我が国の法律や判例と矛盾・衝突を生じる場合があることも不可避です。また,海外の企業にはそれぞれ本国の風土があります。貴方の会社は米国の会社とのことですが,米国では我が国よりも雇用の流動性が高く,そのため解雇もより緩やかに認められるようです。翻って我が国では,戦後長い間,新卒一括採用・終身雇用・年功序列型賃金制が事実上の標準となっていました。そのため,一旦社外に放逐されてしまうと再起が難しく,解雇が許される場合を制限する必要性が高かったのです。解雇権濫用の法理は,こうした社会を背景にして形成されてきたものです。今回のような問題が生じるのには,急速なグローバル化や上記のような社会事情の違いが背景にあるのだろうと思います。

【その他の注意点】
本件では当然の前提として触れてきませんでしたが,貴方の場合のような問題について,そもそも日本法が適用されるのかという疑問をお持ちの方も中にはいらっしゃいます。この点,会社と貴方との間の契約は我が国において労務を提供する労働契約であるため,法の適用に関する通則法(国際的な私法関係における準拠法について定めている)第12条1項及び2項により,たとえ相手が米国企業であっても,貴方は日本法の強行法規の適用を受けることができます。つまり,我が国の労働契約法第16条による保護を受けることができます。しかしながら,前述したような解雇権濫用の法理が形成された経緯に鑑みれば,ヘッドハンティングにより管理職として中途採用された貴方は,解雇権濫用の法理によって保護しようとされてきた労働者像とは大きくかけ離れています。裁判所の考え方は社会の情勢に伴って変化していくこともあり,とりわけ解雇権濫用の有無は一律明快な基準で判断されるものではありませんから,労働者保護の射程距離がどこまで及ぶかについては油断禁物です。このように,貴方を取り巻く状況には有利なものも不利なものもあります。依頼した弁護士の説明に耳を傾け,分からないこと・不安なことは率直に質問なさってください。

【参照法令】

≪労働契約法≫
(解雇)
第16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

≪法の適用に関する通則法≫
(労働契約の特例)
第12条1項
労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。
2項
前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
3項


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