新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1650、2015/11/05 17:55 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働事件、時間外手当(残業代)請求と付加金による制裁(その支払基準)付加金の法的性質、手続と対策、東京地方裁判所平成27年3月31日判決】

残業代請求と付加金による制裁について

質問:残業代の請求に関する質問です。私は,とある企業の課長職に就いていたのですが,会社から解雇通知がなされました。私はこれまで20年ほど会社の発展に貢献してきており,特に業務上のミスなども一切しておらず,解雇される道理は全くありません。しかし,一方的な通知をしてきた会社に対しては,これまで未払であった残業代について請求して徹底的に争いたいと思っています。聞いたところによると,残業代請求において裁判所で請求すると「付加金」という制度を使って,残業代の金額が上がると聞いたのですが,どのように請求をすればよいか教えて下さい。また,請求に当たっては,弁護士を付けた方が良いでしょうか。



回答:

1 ご相談の場合の訴訟では、解雇無効を理由に雇用契約上の地位の確認と、未払の時間外手当の支払い請求を一つにして提訴することになります。

2 付加金については,未払の時間外手当がある場合に,裁判所の裁量をもって,時間外手当と同額の付加金を制裁として支払うよう命じる制度です。付加金が全額認められる場合には,時間外手当の金額の2倍を受領することが可能です。
  ただし,付加金の支払命令をするかどうか,付加金の金額をいくらにするかについては裁判所の裁量に委ねられるところです。近年の裁判例では,未払の時間外手当がある場合には,@使用者(会社)の労働基準法違反の程度・態様,A労働者の不利益の性質・内容等諸般の事情を考慮して支払義務の存否及び額を決めるものとされており,付加金を減額すべき事情があるかどうか,といったアプローチによって判断されることが通例です。本件でも,上記の事情によって労働法違反の内容が悪質であること,こちらが受けている不利益の内容が重大であることを裁判所に積極的に主張していく必要があります。
  また,付加金支払を命じるためには,労働基準法違反が生じてから2年間の除斥期間内に訴訟を起こす必要があります。(雇用契約上の地位確認と付加金を含めた時間外手当請求の)訴訟を提起するためには,適切な証拠を収集し,かつ付加金に関する事情を詳細に主張する必要があるでしょう。以上,労働事件に関し専門的知見が必要となりますので,経験を有する弁護士への相談をお薦めします。

3 その他,付加金に関する事例集としては,その他1133番1214番1529番等を参照してください。以下、付加金について中心に解説します。

4、その他労働事件関連事例集も参照してください。1408番1380番1359番1283番1201番1141番1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番458番365番73番5番 参照。


解説:

(労働法 労働契約解釈の指針)

労働法、労働契約に関する事件についての基本的説明をしておきます。我が国は,国家社会発展の基礎を自由主義,資本主義体制に求め,法の支配の理念に基づき法社会制度として私有財産制と私的自治の原則(契約自由の原則)を採用しています(この2制度が法解釈の大前提となります)。自由な経済活動は,具体的に資本の蓄積,充実,維持と代理(委任),労働契約によって支えられています。しかし,経済活動を支え,基本となる労働契約は性質上不平等契約になる危険性を常に有しています。労働(雇用)契約はその性質上,委任と違い使用者の指揮命令に従うという従属性を有することもありますが,実態的には資本を有する使用者側の大きな経済力,組織力,情報力により労働力を日々提供してして毎日の生活に追われる労働者は長期間にわたり拘束する継続的契約でありながら常に契約の成立,継続,解消等について不利益な立場にたたされています。そもそも法の支配の最終目的は,個人の尊厳保障,公正,公平な社会秩序の建設にありますから,各法制度には当然公正、公平、権利濫用禁止の原理が内在しており,労働法文、労働契約においては実質的に労働者の権利を対等,公平に確保するため解釈適用が行われることが求められます。 

  又、雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由,経済的利益確保の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし(憲法25条,生存権),個人の尊厳確保に直結した権利ですから,労働者側の賃金および労働条件,退職等の具体的利益を侵害する事は許されないことになります。従って,解釈に当たっては,積極的に私的自治の原則に内在する,信義誠実の原則,権利濫用禁止の原則,個人の尊厳保障の法理(憲法12条,13条,民法1条,1条の2)が発動されなければならない分野です。

  ちなみに,労働基準法1条も「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定しています。以上の趣旨から契約上,法文上の形式的文言にとらわれることなく使用者側,労働者側の種々の利益を考慮調整し実質的対等性を確保する観点から解雇の有効性、付加金の内容を解釈することになります。


第1 付加金制度について

 1 現在あなたが置かれている地位

 (1)労働契約上の地位確認
   まず,付加金の説明の前に現在あなたが置かれている法的な地位についてご説明します。
   会社があなたに対して「解雇通知」をしてきたということですので,会社としては従業員であるあなたと会社との労働契約について,一方的な解約をする「解雇」の意思表示をしたことになります。
   会社(使用者)が従業員を解雇する場合には,「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効」とされています(労働契約法16条)。この条文は,安易な解雇については無効とすることによって,使用者による不当な解雇から労働者の権利を守るための制度です。しかし、解雇通知に対してなにも対応しないと解雇を認めたことになってしまいます。
   そこで,まずは上記労働契約法に基づき解雇が無効であることを理由として,労働契約上の地位はまだ会社との間で継続していること(在職の意思)を示していく必要があります。労働契約上の地位あることの確認(地位確認)を法的に求めていくことになります。なお本解説では、付加金について詳しく説明しますので、解雇に関する詳しい解説は省略します。

(2)時間外手当(残業代)の請求
  さらに,会社では未払の残業代があるということですので,解雇の無効を争うとともに,未払時間外手当(残業代)について,会社に請求していく必要があります(労働基準法37条)。

  残業代の具体的な計算方法については,事例集No1529を参照していただければと思います。

  なお、労働関係の紛争については訴訟の他に労働審判を裁判所に申し立てるという手段もありますが、付加金の支払いについては労働審判では命じることはできないとされていますので、付加金を請求する場合は訴訟いわゆる本裁判を提起する必要があります。

2 付加金制度の概要

  次に,付加金制度について説明していきます。根拠となる法律上の規定は,労働基準法114条です。

  労働基準法114条
(付加金の支払)
第百十四条  裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。

   すなわち,解雇予告手当金,休業手当,時間外手当(残業代),年次有給期間中の賃金について,会社が支払義務を怠った場合,裁判所は未払金と同一額の付加金を命じることができるとされています。最大で,未払分の時間外手当の2倍の金額まで受領できるという結論になります。

   このような付加金制度という厳しい規制が設けられたのは,労働基準法において使用者(会社)に科せられた義務違反に対する制裁を与え間接的に労働者の正当な賃金等請求権を保護しようとするものです。あくまで会社に対する「制裁」を目的とするものであり,従業員の損害の填補をその性質とするものではありません。

   付加金の支払について注意が必要な点としては,このようにあくまで労働者の権利としての性質を持つものではないことから,付加金の支払を命じるかどうかは裁判所の裁量に委ねられているという点です。したがって,裁判所は残業代が発生しているとしても,付加金の支払は命じないこともできますし,付加金を相当程度減額することもできます。

   また,あくまで「裁判所」が命じるものとされていますから,未払時間外手当を請求する訴訟を提起する必要がありますので(裁判外の交渉では不可),証拠や請求の当否について提訴前に十分に吟味しておく必要があります。裁判所が命じることになっていますから、労働審判でも裁判所は付加金の支払いを命じることができると考えることもできるのですが、後述するように付加金が制裁的な制度であることもあり、労働審判では付加金の審判することはできないとされています。

   なお,付加金請求は裁判の中で請求しておく必要がありますが,裁判中(口頭弁論終結前)に会社が折れて未払残業代の全てを支払えば,裁判所は付加金の支払を命じることができなくなります(最二判昭和35年3月11日判決)。

   その他注意点としては,付加金の請求は「違反のあったときから2年以内」にしなければならないとされていますので,訴訟の提起時期などについても期間を徒過しないように十分に注意しておく必要があるでしょう。

3 付加金請求の実際・対策(支払に関する基準)

  次に,付加金支払請求に関して裁判例を分析するとともに主張における注意点を述べていきます。
上記2において述べたとおり,付加金の支払については裁判所の裁量判断に委ねられているところですが,考慮すべき事情については下記のとおり一定の類型化がなされています。したがって,請求する側において,付加金支払を命じるべき事情をピックアップして積極的に主張することが極めて有用です。以下,まずは裁判所における付加金の支払に関する運用等を検討していきます。

 (1)付加金支払の一般的基準

 付加金の支払命令を出すべきか否かの基準としては,「使用者による労働基準法違反の程度・態様,労働者の不利益の性質・内容等諸般の事情を考慮して支払義務の存否及び額を決定すべき」とされています(東京高裁平成21年9月15日判決労判991号等)。現在の裁判所の運用も概ねこれらの考慮要素を検討して,付加金の支払命令の可否,具体的な金額について判断を下しているところです。具体的な主張内容については,後述します。
  (2)付加金支払の運用に関する裁判例

     付加金の支払については裁判所の判断に委ねられているところですが,他の裁判例における判断内容も参考にして主張を行うべきです。この点,最近の付加金支払に関する裁判例として,東京地方裁判所平成27年3月31日判決を挙げます。同判例は,付加金の支払について以下のとおり判断をしています。
  
   「そして,付加金については,平成25年4月8日が本件訴訟提起日なので,平成23年2月分と3月分は除斥期間にかかり,同年4月分から10月分(同年11月分と12月分は法外残業が発生していない。),平成24年1月分から7月分の「月間未払時間外手当」から「法内残業割増賃金」を差し引いた177万8595円が付加金の計算上の最大額となるところ,被告が十分な時間管理体制をとっているとは認められないこと,具体的には認定できないものの,原告が認定した労働時間以上の残業をしていたことが伺われることに照らすと,付加金の減額要素は見当たらず,上記計算額を付加金相当額と認める。」
 
     上記のように,近年の判例は,付加金支払に関する判断として,労働基準法違反がある(今回は未払残業代があるので,割増賃金の支払を命じた労働基準法37条違反となります。)場合には,原則として付加金の支払義務を認め,付加金の減額要素がないかどうか,というアプローチで判断を行っているようです。請求にあたっても,このような裁判所の判断構造を元に,請求を行っていくべきでしょう。

  (3)付加金支払に関して個別的に主張すべき内容

     上記(1)のとおり,付加金支払いについては様々な事情を考慮の上,裁判所が判断するものとされています。以下,付加金支払いに関して主張すべき事情について検討していきます。以下はあくまで一般論ですので,主張すべき事情については個別の事案によって異なります。請求に際しては残業代の計算を含め弁護士に相談することをお勧めします。

    ア 労働基準法違反の程度・態様(使用者側の事情)
      まず,上記判例の考慮要素の一つである「使用者による労働基準法違反の程度・態様」に関しては,使用者(会社)にどのような労働基準法(その他の関連法規含む)違反があったのかを指摘するとともに,それがどのような点で悪質であったのかを詳細に指摘する必要があるでしょう。本参考判例においては,「十分な時間管理体制」を会社が設けていないことを理由に付加金の満額認めていますので,労働時間の管理に関する不備・不足の点について十分な主張を行う必要があります。また,訴訟に至るまでの交渉経過において,使用者が一切時間外手当(残業代)支払わないような不誠実な態度を見せたのであれば,労働基準法違反の悪質性を示す事情として有効な事情になり得ます。また,残業代の未払の他にも労働基準法違反が認められるのであれば,その点は網羅的に主張しておく必要があります。

    イ 労働者の受ける不利益の性質・内容(労働者側の事情)
      次に,「労働者の不利益の性質・内容」も重要な指標になります。この点について,参考判例においては,証拠が十分でなく認定はできないものの,訴訟において請求した以上の労働時間以上の残業をしていたことが窺われることが,付加金増額の考慮要素の一つになっています。このような事情があれば,十分に主張しておく必要があります。また,時間外労働をどの程度会社に強いられたのか,未払の程度(一切支払われていないということであれば,不利益の性質としては重大になります。),その他にどのような労働者がどのような不利益を受けたのか,といった点について,裁判所に対し必要かつ十分に主張していく必要があります。

第2 具体的な対処方法

 1 付加金の請求方法

   以上,付加金請求に当たって主張すべき事情について説明してきました。次に,どのような手続をもって具体的に付加金の支払を求めていくべきかを検討していきます。

 (1)訴訟外の交渉

   上記のとおり,付加金の支払は「裁判所」が命じるものであり,訴訟外の交渉では付加金の請求はできません。したがって,訴訟提起前の交渉段階においては未払の残業代を具体的に計算の上,付加金を除いた金額を,配達証明付内容証明などの方法で請求していくことになります。
   請求の際には,証拠や主張の正当性の裏付けが十分であるのであれば,訴訟などの法的手続に移行し,付加金を含めて請求することを述べ,速やかな支払を促すことも有効です。

 (2)訴訟の提起

  ア 訴訟の提起の必要性
交渉段階で速やかな支払が見込めない場合には,訴訟を提起する必要があります。この点,労働事件の解決手段としては訴訟の他に労働審判がありますが,労働審判における判断主体は「労働審判委員会」でありあくまで裁判所ではないので,労働審判に置いて付加金の支払を命じることはできないと解されています(ただし,労働審判は異議を述べれば訴訟に移行することとされていますが,上記のとおり2年間の除斥期間があるため,労働審判において付加金の請求を記載すること自体は認められています)。

  イ 証拠の収集,時間外労働請求に関する主張の組み立て
    訴訟を提起する際には,法的な主張の正当性及び証拠が十分であるかを検討しておく必要があります。
    証拠の収集においては,適正な賃金額と残業代額を算定するため,給与明細,就業規則,労働契約書,タイムカード,業務日報その他の証拠を十分に集めておく必要があるでしょう。次に,時間外手当請求の法的な主張については,請求根拠(労働基準法の検討が必要です。)及び具体的計算(基礎賃金の計算と労働時間の算定が必要になります。)についてよく検討しておく必要があります。残業代請求に関する証拠ないし請求の法的根拠に関する詳細は,事例集No.1529を参照して下さい。

    以上の過程を経て組み立てた請求内容については,訴状を作成し裁判所に提出することになります。付加金を全額支払う旨も訴状に記載し,裁判所の判断を仰ぐ必要があります(下記ウにおいて述べます。),
訴訟が係属した後は,裁判所に対して準備書面等で補足して主張を行い,場合によっては和解によって終結することがありますが(上で述べたとおり,相手方が時間外手当を全額支払った場合には,付加金の支払を受けることはできません。),相手方が全面的に支払義務を争うような場合には,時間外手当請求に加えて付加金をもって制裁を与えてもらうよう,裁判所に主張するほかありません。

  ウ 付加金に関する具体的主張
    次に付加金に関する主張ですが,付加金支払命令に関して裁判所の裁量に委ねられる点があるというのは上記のとおりですが,裁量権の発動を促す必要性があること,判例は概ね固定された考慮要素に基づいて付加金支払命令の可否・金額を決定している関係で,当事者から主張をしていく必要があります。
    付加金支払に関して主張すべき事情については,上記のとおりです。労働基準法違反の性質・程度,従業員側の受ける不利益の性質・内容について,上記のとおり,詳細に主張していく必要があります。この点に関しては,直近の判例等がどのような事情に着目して付加金の判断を下しているのか分析を行いつつ,個別事案において全額の付加金を命じるべき事情(具体的には「付加金を減額すべき事情がないこと」になります。)を詳細に主張していく必要があるでしょう。
    上記のとおり,労働事件に関して判例の精査を通じた法的構成,そのための証拠収集等が必要になりますので,会社への付加金請求を考えている場合には,労働事件について専門的知見を有する弁護士への相談をお薦めします。

<参照条文>
労働契約法
(解雇)
第十六条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働基準法
(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条  使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○2  前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
○3  使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
○4  使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○5  第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。

(付加金の支払)
第百十四条  裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。

<参考判例>
東京地方裁判所平成27年3月31日判決

       判   決


       主   文

1 原告が被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,次の各金員を支払え。
(1)4万8882円及びこれに対する平成25年2月26日から支払済みまで年5%の割合による金員
(2)36万8972円及びこれに対する平成25年3月26日から支払済みまで年5%の割合による金員
(3)平成25年4月から本判決確定の日まで毎月25日限り,36万8972円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員
3 被告は,原告に対し,287万3066円及び別表5「未払残業代請求目録(認定)」の「月間未払時間外手当」欄記載の各金員に対する同目録「支払日」欄記載の各支払日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,177万8595円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の,その余を被告の負担とする。
7 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。


       事実及び理由

第1 請求
1 主文第1項と同じ
2 被告は,原告に対し,次の各金員を支払え。
(1)4万8882円及びこれに対する平成25年2月26日から支払済みまで年6%の割合による金員
(2)36万8972円及びこれに対する平成25年3月26日から支払済みまで年6%の割合による金員
(3)平成25年4月から本判決確定の日まで毎月25日限り,36万8972円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員
3 被告は,原告に対し,別表3「未払残業代請求目録(原告主張)」の「月間未払時間外手当」欄記載の各金員及びこれに対する同目録「支払日」欄記載の各支払日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,526万7939円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 原告は被告の従業員であったところ,解雇された。本件は,原告が被告に対し,当該解雇が無効であると主張して,地位確認及び解雇後の賃金の支払を求めるとともに割増賃金及び付加金の支払を求める事案である。なお,本件における金銭請求についてはいずれも遅延損害金の支払を求めている。
2 争いがない事実等(証拠を掲げない事実は争いがない)
(1)原告は,平成14年に大学を卒業後、複数の証券会社等での勤務を経て,大学院においてリスク管理・金融工学を学んだ。そして,平成22年11月16日,被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し,リスク・アシュアランス部ガバナンス・リスクコンプライアンス部門(以下「GRC部門」という。)において,主に金融機関等のクライアントに対してリスク管理の高度化支援サービスを提供する業務に従事した(甲1)。
(2)被告における各部門の職階は,パートナー・ディレクター・シニアマネージャー・マネージャー・シニアアソシエイト・アソシエイトに区分され,更に,ディレクター以下の役職では,ヘビー・ミドル・ライトの3段階に区分されている。原告は,入社当時,シニアアソシエイト・ライトであった。 
(3)原告は,4か月の試用期間経過後,本採用となった。
(4)被告は,平成24年7月1日,原告を,シニアアソシエイト・ライトからアソシエイト・ライトに降格させた(以下「本件降格」という。)。
(5)原告の労働条件
ア 入社から平成24年6月30日まで
(ア)所定労働時間 午前9時15分から午後5時15分
(イ)休憩時間 1時間
(ウ)基本給 41万円
(エ)みなし時間外勤務手当 10万9860円
(オ)給与締日等 当月末日締め,当月25日払い
イ 平成24年7月1日以降(労働時間,休憩時間及び給与締日等は上記アと同じ。)。
(ア)基本給 28万4000円
(イ)調整給 8万4972円
(ウ)みなし時間外勤務手当 9万8850円
(6)被告は,平成24年7月23日から,原告について業務改善計画を実施した(以下,「本件PIP」という)。
(7)被告は,平成25年1月21日,原告に対し,同年2月20日付で原告を解雇するとの意思表示をした。解雇理由は,原告が就業規則36条1項1号「職務の遂行に必要な能力を欠き,かつ他の職種に転換することができないとき」に当たるというものであった(甲6の1,甲7。以下,「本件解雇」という。)。
(8)被告は,原告に対し,平成25年2月分の賃金として32万0090円を支払った。
(9)原告に対する割増賃金計算における時間単価は,平成24年6月30日までが2929円であり,平成24年7月1日以降が2029円である。
第3 争点及び当事者の主張
1 本件解雇の効力
(被告の主張)
(1)解雇に至る経緯
ア 本採用後の原告の業務
(ア)原告は,平成23年3月から,みずほ信託銀行のBISMAPテスティング業務(銀行の内部システムをSAS(統計データ解析)プログラミングで再現した上で,内部システムと再現システムにテスト用のデータを入力し,両システムによる計算結果が同じ数値になるかを確認することで,内部システムが正常に稼働しているかをテストする。)等に従事したところ,複数のデータを用いたマッチング処理等のデータの編集加工やSASプログラムの作成が独力でできなかった。また,原告は,上司の指示の理解が不十分なまま作業を進めることや連絡なく期限を徒過することが何度もあり,データのインポートミスも散見された。このためにプロジェクト全体に遅延が生じた。
(イ)原告は,平成23年6月,三菱東京UFJ銀行の格付けに関する案件において,上場企業数十社の財務諸表をダウンロードして,自己資本比率等の財務比率を計算する業務に従事したが,通貨単位(円とドル)を間違えるという初歩的なミスを犯した上,作業期限のリスケジュールを繰り返すなどしたため,当該案件の他のメンバーの業務に支障を来した。
(ウ)GRC部門のパートナーであるq3は,原告に外部向けの案件を任せられないと判断し,平成23年6月から,シニアマネージャーq4の下で,住宅ローンに関連するリサーチやモデル構築等の内部向け案件に従事させることとした。しかし,原告から提出された成果物は,住宅ローンに関する基本的な概念・定義すら正確に理解しないままに作業を進めたことによる計算ミスや趣旨不明な箇所が散見され,全く使い物にならなかった。
(エ)被告は,原告の業務遂行能力が改善することはないと判断し,平成23年10月3日,原告に対し,退職勧奨をしたが,原告は応じなかった。
 その頃,被告の関連会社であるプライスウォーターハウスクーパース株式会社(以下「PwCKK」という。)から従業員の出向依頼があったため,q3は,プログラミング等が必要とされないため原告にも対応できる可能性があり,新たな環境で改善する可能性もあると考え,平成23年12月から原告をPwCKKに出向させた。
イ PwCKKでの業務
(ア)a 原告は,平成23年12月から平成24年7月までの間,PwCKKの公共事業部に出向し,日本企業がケニアや南アフリカに進出した際に生ずる課題やリスクを調査するJICAの入札案件に従事した。
b この案件において,原告は,ビザの申請期限直前になって「パスポートがない」などと言い出し,ビザの申請が間に合わなかったため,現地調査に参加できなかった。
c 原告は,ただ闇雲にデータを収集するだけで,データの分析をしないままq5に報告することが度々あった。また,原告は,どのような業務がどの程度発生するかを予測・分析しないままスケジュールを作成したため,JICAと共有可能なスケジュールを作成できなかった。シニアマネージャーq5は,繰り返し指導したが,原告の能力が向上することはなかった。
(イ)原告は,平成24年6月,JETROの担当者に対し,直接貿易を行う場合と企業内貿易や三国間貿易を行う場合の違いについて,メールで質問をしたが,質問の意味があいまいであったため,直接貿易・企業内貿易・三国間貿易のそれぞれの意味しか回答されなかった。原告は,さらに同じ質問を繰り返したため,JETROの担当者から,貿易実務の基礎を勉強してはどうかと苦言を呈された。
(ウ)原告は,会議において発言を促されても,「それでいいと思います」,「特にありません」といった趣旨の回答を行うばかりで,自らの意見や考えを積極的に述べることはほとんどなかった。
(エ)平成24年5月から同年7月まで,原告は,主に補助的な業務(必要なデータの抽出や月報の作成等)に従事した。
ウ 本件PIPの実施
(ア)q3は,それまでの原告の業務遂行状況からすると,仮に原告をアソシエイトに降格させたとしても,GRC部門の案件を割り当てることができないと考えていたが,最後のチャンスとして,原告を平成24年7月1日付でアソシエイトに降格させた上で,3か月間にわたって本件PIPを実施し,原告に改善が見られるかを確認することとした。
(イ)同月23日,q3は,原告に対し,業務遂行状況に改善が見られない場合には,本件PIPの実施期間中または実施期間終了後に,原告を解雇することもある旨説明し,原告の同意を得た。
(ウ)原告は,業務外PIPとして,パフォーマンス改善計画書を作成したが,その書面には,「作業結果の確認作業を行っていないためミスが多く,正確性に欠ける」などという要因分析がなく,改善方法も表面的なものであったため,q3は,掘り下げた検討を行うよう指示した。そして,指導担当となったマネージャーq6の指導により,原告は,「自己主張が強く,作業指示に忠実に従うという意識がなく,自分の考えを優先させて作業していた」,「SASの基礎的な知識が欠如していた」などと分析する「問題事項の改善フロー表」を作成することができた。
(エ)q3は,業務内PIPとして,最も初歩的な,みずほ銀行グループのSOX業務を割り当てた。当該業務において,原告は,みずほ銀行から受領したパラメータデータにサンプルデータを入力し,その計算結果を確認する業務を担当したが,〔1〕作業内容や作業状況の確認に対して明確な回答ができない,〔2〕業務スケジュールの自己管理ができない,〔3〕指示者の指示を一度に理解できない,〔4〕上司に対し,思い込みによって事実と異なる報告を行うといったことが多々あった。それどころか,原告は,遅刻を繰り返すなど業務に真摯に取り組む姿勢が欠如していた。
 さらに,原告は,フィードバック面談の議事録に対して,後から逐一反論したり,q3のコメントに対しても逐一反論するなど,上司や人事担当者に対して不合理な反発を繰り返すようになり,円滑なコミュニケーションがとれない状況となった。
エ 解雇の決定
 3か月間にわたる本件PIPを実施しても,一向に原告の業務遂行状況は改善せず,それどころか,遅刻を繰り返したり,上司や人事担当者に対して不合理に反発を繰り返すようになり,原告の業務遂行状況に改善の余地がないことが明らかになった。そこで,被告は,平成24年12月中旬頃,原告を解雇することを決定し,同月21日に退職勧奨を行ったが,受け容れられなかったので,本件解雇に至った。
(2)本件解雇の合理性
ア 原告に求められていた能力
 原告は,GRC部門における即戦力としての活躍を期待されて採用された。金融機関向けの業務を行うGRC部門のプロフェッショナル職員には,調査・分析・文章作成といった点で高度な職務能力が求められることはもちろん,金融工学に関する知識やプログラミングスキル等の専門性が求められていた。
 原告には,GRC部門における業務に最低限必要とされる専門性やプログラミングスキルが欠如していた。また,原告は,上長から指示された業務内容を理解しないまま作業を進めたり,業務上必要な報告・連絡・相談を行わないため,業務スケジュールを遅延させたり,基本的なミスを頻繁に繰り返した。
イ 改善可能性がないこと
 被告は,平成23年10月に退職勧奨を行い,自らの業務遂行上の問題点を認識・自覚するよう業務反省報告書を作成させた上で,PwCKKに出向させた。しかしながら,PwCKKへの出向中も,原告は,q5から繰り返し指導・注意を受け,フィードバックにおいても厳しい評価を受けた。
 さらに,原告は,業務外PIPとして,平成24年7月から9月にかけて,自らの業務遂行上の問題点やその要因分析を行った上,その直後に業務内PIPに従事したが,当該業務においてですら,その業務遂行上の問題点は全く改善されなかった。それどころか,原告は,最後のチャンスであったにもかかわらず,遅刻を繰り返したり,上司に対して不合理な反発を繰り返すようになった。
 このような原告の業務遂行状況及び態度からすれば,原告には,そもそも上司の指揮命令に従って誠実に業務を遂行しようとする意識や,自らの業務遂行を改善しようとする意思が欠如しており,もはやその業務遂行状況ないし職務能力に改善の余地がない。
ウ 原告に対する解雇回避措置
 被告は,原告に対して,長期にわたり指導教育を行った上に,業務反省報告書を作成させ,環境を変えることでの改善を期待してPwCKKに出向させ,さらに,最後のチャンスとして,3か月にわたる本件PIPを実施した。被告は,原告が在籍していた約2年間のうち,原告にGRC部門の案件を割り当てることが困難な状況となった平成23年10月以降,約1年間を専ら改善指導に費やしたのである。
 なお,原告も被告も,GRC部門のプロフェッショナル職員に限定されて採用されたと理解しており,原告をGRC部門以外の部門に配置転換することは,雇用契約上想定されていない。
エ 本件解雇には社会的相当性がある
 原告の職務能力の不足は極めて重大なものである上,被告が相当長期にわたって,原告の業務遂行状況改善のための措置を講じてきたにもかかわらず,その問題点は全く改善されず,かえって原告は上司に対する不合理な反発を繰り返すようになった。そのため,仮に,今後,原告が被告に復職したとしても,上司との間の信頼関係に基づき,その指揮命令に従って誠実に業務を遂行することは全く期待できない。
 また,専門知識を活かしてアドバイザリー業務等に従事する労働者の流動性は高く,現に原告も,金融機関を中心に転職を繰り返している。そして,原告の学歴や職歴,保有資格を前提にすれば,本件解雇時と同程度の待遇での転職は容易である。
(原告の主張)
(1)本件解雇に至る経緯
ア 試用期間中の業務
(ア)原告は,「銀行のAR値算出業務」において,SASプログラミングを作成し,正確に数値を算出し,適切な報告を行った。q4からは,「大変素晴らしい」とのメールが送られた。
(イ)原告は,「信用リスク管理高度化に係る新規提案業務」において,提案書を作成した。原告が作成した提案書はそのままクライアントに納品され,q3からは高い評価が与えられた。
(ウ)原告は,試用期間中のその他の業務も滞りなくこなし,本採用が決定された。
イ 本採用後の業務
(ア)原告は,みずほ信託銀行BISMAP業務において,SASプログラミングやSQLプログラミングの能力を発揮した。
 原告は,エクセルのデータをアクセスに取り込む作業においてミスをしたが,約100あった取り込むべきデータ群のうちの1つについてミスをしたにすぎないし,作業に遅れを生じさせていない。作業チーム中の一人のアソシエイトのコミュニケーション能力が欠けていたことなどが作業の遅れの原因であった。
(イ)原告は,三菱東京UFJ銀行の格付けに関する業務において,日本の上場企業数十社の財務諸表をダウンロードして自己資本比率等の所定の財務指標の算出式の作成と値の算出,財務分析を行った。原告の作成した成果物はマネージャーから高い評価を受けた。
(ウ)原告は,住宅ローン関連におけるリサーチ及びモデル構築業務において,データベースから住宅金融支援機構のデータをダウンロードして加工し,原告がSASプログラミングを組んで作成したPSJモデルに,上記データをインプットし,さらに,シミュレーションするための設定条件を設定した上で,予想収益キャッシュフローを算出するシミュレーションを行い,その算出結果をエクセルでグラフ化するなどして,提案書を作成した。
 この中でデータの重複があったが,三人がチェックしても見つけられないミスであった。また,生存率の定義,任意繰り上げ償還率の定義の修正について,使用すべきデータを間違えたことがあったが,定義は理解していた。モデル式の定義の修正のミスは,q4が参考文献として指定した論文にミスがあったためである。
ウ 原告の評価が不当に低いものとされた原因
 原告は,q4が参考文献として指定した論文にミスがあることを指摘したところ,q4は,「人のせいにするな」などと怒鳴り,それ以降,原告のミスのあら捜しや厳しい口調の退職強要を行うようになった。
エ 原告は,平成23年9月から12月まで,プロジェクトを担当していなかったが,コンピテーショナル・ファイナンス等に関する研修の講師を引受けるなど,q4から指示を受けて,業務に対して積極的に取り組んでいた。
オ 原告は,平成23年12月から平成24年1月まで,PwCKKにおいて,JICAの新規案件獲得のために,提案書の内容をレビューし,修正をした。また,インセプションレポートの作成も行った。
 また,原告は,経済産業省資源エネルギー庁(以下「エネ庁」という。)の新規案件獲得のために,東アフリカにおけるインフラの事前調査を行った。この調査においては,原告が報告書の品質を左右する情報の取捨選択を行った。
カ 原告は,平成24年1月から7月まで,JICAから受注したアフリカ地域のビジネス調査業務を担当した。原告は,メンバーに多数の事項について指示し,最終報告書のフォーマットを考えるなど,当該プロジェクトを主導していた。
(2)本件解雇の効力
ア 本件PIPの問題点
(ア)本件PIPにおいて,q3やq6の原告に対する指導は,見せかけだけの形式的かつ抽象的な指導・指示ばかりであり,具体的な指導・指示はなかった。
(イ)q3やq6は,改善計画書の作成について,具体的な指導や指示を行なわないだけではなく,原告の作成に意図的に言いがかりをつけて完成させないようにしたため,原告の改善計画がない状態であった。
(ウ)原告の改善計画書が完成していなかったため,被告は,原告のどこに問題点があったのかを正確に把握できておらず,原告の問題点を改善指導できる状態ではなかった。
(エ)本件PIPの目的は,原告が,「GRCのアソシエイトとしてアサインされるようになること」というものであり,原告の問題点を解消する改善指導が必要であったが,被告は,原告の問題点を自己認識させるだけで終わっており,目的達成のための指導を行っていない。
イ 業務内PIPについて
(ア)業務内PIPであるみずほ銀行SOX業務は約1週間であったにもかかわらず,原告は,十分に業務を遂行して,当該プロジェクトに貢献できていた。また,被告が約1週間の業務内容だけを見て,原告がアソシエイトとしても業務遂行能力がなかったと判断したのは極めて不適切であった。
(イ)PIP実施期間中に,原告は,平成24年7月31日から約1か月にわたり,農林中央金庫に対する「オペレーショナルリスク管理高度化支援業務」に参加した。原告は,q3から,上記業務がクライアントに対する業務であるために改善計画書の作成よりも優先するように指示されており,改善計画書の作成が遅れる最も主要な要因となっていた。
 原告は,上記業務において,アクセスから様々な条件に従ってデータを抽出し,そのデータとクライアントのデータとの差異分析を行い,その分析結果をクライアントに納品するという難度の高い業務に従事した。原告は,抽出したデータにエクセル関数を多用し差異分析(数値の一致確認・分析)作業も行っていた。
 原告は,当該業務担当のシニアアソシエイトから,「作業の目的を理解して,自身で考えてその作業を実施した場合,とても正確でクオリティーの高い成果物が出来上がることがわかりました」などと非常に高い評価を受けた。
ウ 原告は本件降格の後,被告から,PwCKKや関連の税理士法人等への出向を一度も打診されていない。さらに,事務関連への職種転換への打診もなかった。これらの業務は,これまでの原告の経験からすれば,十分対応可能なものであった。
エ 原告は,q3から,退職勧奨に応じれば,3か月はシニアアソシエイトとしての職階を維持したままにするが,退職勧奨に応じないのであれば降格するという条件を突き付けられた。原告は,降格処分に理由がないと考えていたが,これ以上の退職勧奨を避けるために,やむなく応じたのであり,原告にシニアアソシエイトとしての能力が欠けていたのではない。
オ したがって,本件解雇は,客観的に合理的な理由がなく,社会通念上相当であると到底認められず,解雇権の濫用として無効である。
2 割増賃金及び付加金
 時間単価には争いがなく,争点は労働時間である。
(原告の主張)
(1)原告の労働時間は,別表1のとおりであって,その補足説明は,次のとおりである。
ア 原則として,所定終業時間を過ぎて原告が送信したメールが存在する場合は,当該最終送信時間を終業時刻とする。なお,原告は,iTimeという労働時間管理システムに自身の労働時間を自己申告していたが,上長のq4らから,みなし残業時間の30時間内で申告すること等の指示を受けていたために,適切な労働時間の申請をできなかった。
イ メールの内容から原告の帰宅時間が判明する日はそれに従う。
ウ 原告は恒常的に深夜遅くまで残業を行っていたのであり,メールが存在しない日についても(別表1のうち薄い網掛けの日),別表2のとおりプロジェクトの平均終業時間までは残業をしていたと推認できる。
(2)別表1の労働時間と争いがない時間単価を基に原告の割増賃金及び付加金を算定すると,別表3のとおりとなる。
(被告の主張)
(1)原告の労働時間は,原告自身が申告したiTime上のデータに基づいて算定されるべきである。そして,被告は,iTimeに基づき算出した時間外割増賃金を支払済みである。
(2)ア 原告は,膨大なメールを証拠として提出するのみで,各労働日における業務関連性の有無,使用者の明示または黙示の指示による義務付けの有無などの労働時間性の有無を判断するファクターとなっている事実について具体的に主張立証していない。また,原告は,被告が貸与した業務用パソコンを自宅に持ち帰ることも可能であったことから,例えば退社後に私用を済ませ,帰宅して就寝前にメールをチェックし,簡単な返信を行っていた可能性も十分にある。
イ 原告は,最終メールや帰宅等メールがない労働日について,同じプロジェクト期間中の最終メール送信時刻を平均化した「平均終業時間」なるものに基づく時間外労働時間数を主張するが,各プロジェクトの繁忙状況は変動があり,平均化は不可能である。
第4 当裁判所の判断
1 本件解雇の効力
(1)本件PIPに至るまでの原告に対する評価について
ア 本件PIPに至るまでの原告に対する評価は,別表6のとおりである。被告における評価は,A〜Dの4段階評価であり,Aが最も高い評価である。PwCKKにおける評価は,G,E,M,P,Sの5段階評価であり,Gが最も高い評価である。
 原告の評価は,試用期間の業務についてBとされたが,本採用後のBISMAPシステムのテスティング業務について,標準を下回るCとされ,住宅ローンにおけるリサーチ及びモデル構築業務について,最低評価のDとされた。そして,PwCKK出向後,当初の評価は標準のMであったが,2回続けて標準を下回るPとされ,アソシエイトに降格してからは標準のMとされた。
イ これらの評価は,以下の点に照らして,概ね公正にされたものと認められる。
(ア)約1年半という短くない期間において,複数の評価者が複数の仕事について評価している。
(イ)データ検索等作業時間のかかる業務に対してねばり強く取り組む姿勢は評価されており(別表6の番号2,3,7),原告の良い面も評価に取入れられている。
(ウ)最も悪いD評価には,具体的な理由がある。
a 原告が住宅ローンにおいて作成した資料について,次のとおりの誤りが指摘された(乙26の5)。
〔1〕データ重複
〔2〕生存率の定義
 全額繰り上げ償還率と繰り上げ償還請求率について前月とすべきところを当月で計算していた。
〔3〕モデル式の定義
 一部期限前返済モデルの金利差要因を誤って燃え尽き要因と記載。
 説明変数を実績値とモデルの推定値を混同。

× 全額期限前返済率=経過期間×金利差×生存率
○ 全額期限前返済率=経過期間要因×金利差要因×燃え尽き要因
〔4〕期限前返済率のグラフ
 経過期間別平均値は,折れ線グラフではデータの分散が分からない。
〔5〕任意繰上償還率の定義
× 当月任意償還返済件数÷当月残存債権件数
○ 当月任意繰上償還件数÷前月残存債権件数
b 原告は、上記の誤りを口頭で指摘を受けても理解できず,改めて文書で説明を受けなければならなかったのであり(乙26の2),これらの定義の理解があやふやであったと見るほかない。ミスが生じたこと自体は責められない面があったかもしれないが,ミスの指摘を受けてもスムーズに修正できないところに不信感を持たれてもやむを得ないものといえる。そうすると,報告の信頼性等に疑義があるとしたq3の評価は根拠があるものといえる。
(エ)評価内容が本人尋問に表れた原告の供述態度に符合する
a 原告は,JICA案件において作成した報告書原案(甲117)について,最終報告書(甲19)の内容と大差がなく,原告が高い業務遂行能力を発揮していた証左であると主張しており,本人尋問でもその旨を述べた。 
 一方,原告は,本人尋問において,被告代理人から,上記報告書原案で,贈賄・汚職リスクが「コーポレートガバナンスが貧弱なため,手続にかかる期間が延期しやすいことで損失を被るリスク」と記載されていることについて,「この甲117号証を,そのままJICAに提出したらどうなると思いますか」と質問されたことに対し,「そのまま提出することはないと思います」,「評価は,低く評価されると思います」,「正しく記載がされていませんからです」と従来の主張や供述と矛盾する供述をした。これは,相手の質問や自分の答えを深く考えずに,とりあえず答えてしまうという原告の特徴が表れているというべきである。
 なお,上記報告書原案については,上記の点のほかに,直接貿易を企業間貿易と企業内貿易に分類しておきながら,全く同じチャート図を記載しており,分類の意味が不明であること,チャート図に※1,※2と注記があるような記載されながら,注記がされていないことという不備が指摘されたが,原告は本人尋問で説明ができなかったこと,最終報告書がチャート図等により分かりやすくまとめられているのに対し,上記報告書原案は事実の羅列が多く,まとまりのないものになっていることに照らしても,原告の文書作成能力に高いものは見て取ることができない。
b 原告は,信用リスク管理高度化の案件において,q6が作成した提案書に誤字脱字や趣旨不明瞭な記載が多かったため,作業を遅延したと主張しており,本人尋問でもその旨を述べた。
 原告は,本人尋問において,被告代理人から,原告が提出した証拠(甲45〜47)が,全角を半角にすべきというものやフォントを修正すべきというものでしかないことを指摘された上で,これでq6の重要なミスを何度も指摘していたということになるのかと問われ,「そうです」と答えた。原告のq6に対する指摘は,形式的なミスを指摘するものでしかなく,重要なミスの指摘ではないことは明らかであるのに,原告は,被告代理人の質問の意味をよく考えず,とりあえず肯定的な返答をしているのであって,ここでも,上記aで指摘した原告の特徴が見て取れる。
(オ)不当な動機が認められない
 原告は,住宅ローンリサーチ業務において,q4の挙げた参考論文にミスがあることを指摘したことの意趣返しとして悪く評価されたと主張する。
 しかしながら,原告の指摘が正しかったと認めるに足りる証拠がなく,原告の指摘がq4の怒りを買うような手厳しいものであったとは認められない。また,原告は,住宅ローンリサーチ業務に従事する以前のBISMAPシステムのテスティング業務において既にC評価が付けられており,住宅ローンのリサーチ業務になって,原告の評価が劇的に変化したということもない。
ウ これらの原告に対する評価をまとめると,データ検索等作業時間のかかる業務に対してねばり強く取り組む姿勢は評価される(別表6の番号2,3,7)。他方,データに対する意味付けにしても,スケジュール管理にしても,全体を理解して,個々のデータなり作業の意味を把握する力が欠けている点(別表6の番号3,7),上司や他の作業者からの質問に的確ないしは簡潔に答えられないため,上司らが原告の当該作業に対する理解が正確なものか不安を覚え,原告の作業内容の確認に時間がかかる点(別表6の番号3,5)が原告の評価を低めていたといえる。
(2)本件PIPについて
 別表6番号8のとおり,原告は,業務外PIPにおいては,自己に対する問題点を的確に整理できず,業務内PIPにおいては,データの意味づけやスケジューリングが首尾良くできなかったことが認められる。これらの評価は,それまでの原告の評価と符合するもので,妥当なものといえる。
 他方,原告はツールを使用した計算対応はできていたのであり,決定的な計算ミスや計算の前提を誤認していたという事情は見当たらない。
 なお,本件PIPの実施期間中に,原告は,農林中央金庫のリスク管理の高度化プロジェクト業務(アクセスから様々な条件に従ってデータを抽出し,そのデータとクライアントのデータとの差異分析を行うもの)の補助に従事したが,「作業の目的を理解して,自身で考えてその作業を実施した場合,とても正確でクオリティーの高い成果物が出来上がることがわかりました」と担当シニアアソシエイトからの評価を受けていた(甲37)。
(3)解雇事由該当性
ア 被告が主張するとおり,原告は,それまでの学歴経験を買われて中途採用された者であり,調査・分析・文章作成といった点での高度な職務能力や金融工学に関する知識やプログラミングスキル等の専門性が求められていたといえる。
 ただ,上記(2)認定のとおり,本件PIPにおいてもツールを使用した計算対応はできていた。また,農林中央金庫のリスク管理の高度化プロジェクト業務の担当シニアアソシエイトの評価は,少なくとも決定的なミスは指摘されていないことは確かである。
 そうすると,原告には,アソシエイトとして,GRC部門における業務に最低限必要とされる専門性やプログラミングスキルが欠如していたとまではいえない。
イ 被告は,原告の理解が不足していたことや報告・連絡・相談がないことでプロジェクトの遅延が頻繁に生じたと主張するが,どの程度の具体的な遅延が生じたかは証拠上明らかではない。上記1(1)イ(エ)認定のとおり,報告書原案の内容は芳しいものではなかったにもかかわらず,標準評価のMが付けられていることに鑑みると,原告にアソシエイトのとして必要な文書作成能力が欠けていたとはいえない。
ウ 遅刻を繰り返したという点については,原告が遅刻したという記録がない。また,原告は,本件PIPにおけるq3らの指導のメールに逐一反論しているが,PIPの結果次第では解雇されることがあると予告されていたのであるから,解雇を避けたいがために過剰に反発してしまったとも見ることができるのであって,上記の原告の態度をもって,被告の業務命令に一切従わないことを明らかにしたということもできない。
エ そもそも,原告は,本件解雇の時点で,アソシエイトに降格されて半年ほどであって,解雇するほかないほどの能力不足と断定するには時期尚早であったというべきである。
オ したがって,原告は,就業規則36条1項1号「職務の遂行に必要な能力を欠」いていたとまでは認められない。
(4)以上によれば,本件解雇は無効であり,地位確認及び賃金請求は認められる。ただし,賃金請求の遅延損害金利率については,被告は会社ではないから,遅延損害金利率を6%とする根拠がなく,民法所定の5%の範囲で認める。
2 割増賃金及び付加金
(1)労働時間については,別表4のとおりである。その補足説明は次のとおりである。
ア 別表4のうち,「休日労働時間数」欄に○と記載した日は,被告の主張を受け容れて,原告が主張を訂正した日であり,争いがない。
イ 別表4のうち,「休日労働時間数」欄に※と記載した日は,争いのある時刻であるところ,その認定根拠は別紙のとおりである。
ウ 終業時刻に濃い網掛けが付けられている日については,その時刻に原告がメールを送信している事実が認められ,その内容が業務終了を報告するものや上司等からの指示に答えるものである(甲39,122,123〔いずれも関連する枝番〕)。したがって,その時刻まで原告が業務に就いていたことが推認できるので,メール送信時刻を終業時刻と認める。
エ 原告が各プロジェクトの平均終業時刻を終業時刻として主張する日については,当該平均時刻まで原告が業務に就いていたと認めるに足りる証拠がないので,認定不能とした。
オ 平成23年7月1日については,被告の統合記念日で所定休日であり(就業規則(甲9の1)66条5号),また,同年11月5日については,土曜日で所定休日であり,いずれも原告が所定始業時刻に出勤しているとは限らないのであって,上記2日の労働時間は認定不能とした。
(2)iTimeに記録された終業時刻は,上記(1)ウの認定と齟齬する日が多いことから,これを基に終業時刻を認定することはできず,被告の主張は採用できない。
(3)以上の労働時間と争いがない時間単価を基に割増賃金を計算すると,別表5のとおり,287万3066円となる。そして,付加金については,平成25年4月8日が本件訴訟提起日なので,平成23年2月分と3月分は除斥期間にかかり,同年4月分から10月分(同年11月分と12月分は法外残業が発生していない。),平成24年1月分から7月分の「月間未払時間外手当」から「法内残業割増賃金」を差し引いた177万8595円が付加金の計算上の最大額となるところ,被告が十分な時間管理体制をとっているとは認められないこと,具体的には認定できないものの,原告が認定した労働時間以上の残業をしていたことが伺われることに照らすと,付加金の減額要素は見当たらず,上記計算額を付加金相当額と認める。
 なお,遅延損害金利率については,解雇後の賃金と同様である。
3 結論
 よって,原告の請求は,主文第1項及び第2項の地位確認及び解雇後の賃金の支払並びに主文第3項及び第4項のとおりの割増賃金及び付加金の支払を求める範囲で理由がある。

別紙
〔1〕平成23年3月11日
 原告は,帰宅する旨のメールを午後7時42分に同僚に対して送信し(乙79),午後8時4分に別の同僚に進捗状況の報告するメールを送信しているところ(甲39の17),帰宅する旨のメールを送っていても,その時点で業務が完全に終了していたとは限らないし,午後7時42分のメールを送った後,残務を整理して,午後8時4分のメールを送ったと見ても不自然ではないので,原告は午後8時4分のメールを送った時点まで業務に就いていたと認める。
〔2〕平成23年3月30日
 原告は,帰宅する旨のメールを午後8時43分にq6に対し送信し(乙83),午後8時52分にq6から連絡を受け,午後8時53分に返信しているのであって(甲122の4),これらのメールは事務所内のパソコンで連続して処理されたと見ることができるから,原告は午後8時53分まで業務に就いていたと認める。
〔3〕平成23年4月8日
 原告は,帰宅する旨のメールを午後7時55分に送信しているところ(乙84),午後8時15分に送られたq6からのメールに,午後9時15分に返信しているのであって(甲39の29),上記〔2〕と同様に,原告は午後9時15分までの業務に就いていたと認める。
〔4〕平成23年4月20日
 原告は,翌21日午前0時5分,同僚に対し早く帰宅して申し訳なかったとのメールを送信しているところ(甲39の35),このメールで,q4の宿題が終わったと述べているが,ここでいうq4の宿題がどのような業務か判然とせず,原告の主張するように常駐先のみずほ信託銀行の業務が終わった後,事務所に移動して作業をしていたと認めることはできない。
〔5〕平成23年5月24日
 原告は,パソコンを入庫した旨を連絡するメールを午後10時47分に送信しているところ(乙86),翌25日午前1時55分,一旦帰る旨をクライアントに伝えたが,施錠されるべき箇所がされていないと言われて保管場所を変えたと連絡している(甲39の57)。原告が主張するとおり,パソコンの入庫後に対応すべき業務があり,対応した旨を午前1時55分のメールで連絡したと見ても不自然ではなく,原告は,午前1時55分まで業務に就いていたと認める。
〔6〕平成23年5月25日
 原告は,みずほ信託銀行での業務は午後10時9分で終わったが(乙87),q6から同月26日頃までにプロジェクトの報告書を作成するよう指示を受け,26日朝まで事務所で報告書を作成していたと主張する。原告は,翌26日午前3時51分にq6に対して報告書をメール送信しているが(甲39の58),q6から26日までの提出とは指示されていないし,指示されたのは,自己分析の報告書であり,事務所でなくても作成可能である。したがって,原告が午前3時51分まで事務所で継続的に業務を行っていたとは認められず,午後10時9分まで業務に就いていたと認める。
〔7〕平成23年11月2日
 原告は,午後5時31分に帰宅する旨のメールを送り(乙88),午後5時38分にq4からの連絡をうけて,午後5時46分に返答のメールを送っているが(甲39の150),上記〔1〕と同様に,午後5時46分まで業務に就いていたと認める。
別表1 労働時間目録
別表2 プロジェクト別平均終業時間一覧
別表3 未払残業代請求目録(原告主張)
別表4 労働時間目録(認定)
別表5 未払残業代請求目録(認定)
別表6



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