新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1283、2012/6/8 14:18 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・定額の残業手当の有効性・最高裁判所平成24年3月8日判決・最高裁判所平成6年6月13日判決】

質問:私は現在勤めている会社で,月給30万円で働いています。会社ではサービス残業が常態化しており,今まで残業代を請求したことはありませんでした。しかし,この度退職することになったので,これを機に会社に対し残業代を請求したいと考えています。出退勤はタイムカードで管理されており,出退勤記録は手元にありましたので,自分で計算して会社に請求したところ,就業規則上,残業代として毎月10万円を支給済みであり,私の請求には応じられないとの回答でした。就業規則を見ると,確かに「残業の有無にかかわらず月額10万円を残業手当として支給する。」との記載があります。私の計算によれば,残業代は毎月10万円前後でしたが,月給のうち10万円が残業手当名目で支払われていたことは,今回初めて知りました。私は会社に対し残業代を請求することはできないのでしょうか。このような会社の規則が許されるのかについてもうかがいたいです。

回答:
1.定額の手当の支給をもって時間外労働等の割増賃金を支払うという方法自体は,直ちに違法とはいえません。しかし,こうした支払方法が有効といえるためには,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外等の割増賃金に当たる部分とを判別できる必要があります。判別の具体的内容ですが,後記最高裁の判例によると,就業規則上@使用者が時間外労働時間数を正確に把握し当該時間数とそれに基づく残業手当の額を労働者へ明示しているかといった事情のほか,A定額を超えた残業が行われた場合には別途上乗せして残業手当を支給する旨が明らかにされていること,が必要と解されます。労働者の利益保護の立場から妥当な解釈と思われます。
2.ご相談の件において,上記の意味での「判別」ができるかどうかは,給与明細の記載内容が参考になります。会社の規則の有効性やあなたが残業代を請求することができるのかについては,雇用契約書,就業規則,給与明細,出退勤記録等の関係資料の検討が不可欠です。
3.労働事件,関連事務所事例集論文1201番1141番1133番1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番458番365番73番5番,手続は,995番879番参照。

解説:
(労働契約 に関する法規解釈の指針)
  先ず,労働法における雇用者(使用者),労働者の利益の対立について説明します。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば,労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者側は経済力,情報力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力の対価として賃金をもらい日々生活する関係上,労働者は長期間にわたり拘束する契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。又,労働契約 は労働者が報酬(賃金)を得るために使用者の指揮命令に服し従属的関係にあることが基本的特色(民法623条)であり,契約後も自ら異議を申し出ることが事実上阻害され,不平等な取扱いを受ける可能性を常時有しています。仮に労働契約内容に不満であっても,労働者側は,最終的に退職する自由しか与えられない危険性を有することになります。

  このような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(労働組合法,労働関係調整法,労働基準法の基本労働三法,労働契約法)により,労働者が雇用主と対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。  

  法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由,経済的利益確保の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし(憲法25条,生存権),個人の尊厳確保に直結した権利ですから,使用者側の指揮命令権,労働者側の従属性が存在するとしてもおのずと力の弱い労働者の賃金および労働条件,退職等の具体的利益を侵害する事は許されないことになります。従って,解釈に当たっては,積極的に私的自治の原則に内在する,信義誠実の原則,権利濫用禁止の原則,個人の尊厳保障の法理(憲法12条,13条,民法1条,1条の2)が発動されなければならない分野です。

  ちなみに,労働基準法1条も「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定しています。以上の趣旨から契約上,法文上の形式的文言にとらわれることなく使用者側,労働者側の種々の利益を考慮調整し実質的対等性を確保する観点から労働法を解釈し,労働契約の有効性を判断することになります。

1 (割増賃金の支給対象と割増率について)
  使用者は,時間外・休日労働の規定(労働基準法(以下「法」といいます。)36条,33条1項,2項)によって労働時間を延長した場合もしくは休日に労働させた場合,または午後10時から午前5時までの深夜に労働させた場合,その時間またはその日の労働に対して割増賃金を支払う必要があります(法37条)。
  時間外労働とは,休憩時間を除いて1週間につき40時間を超える労働,または休憩時間を除いて1日つき8時間を超える労働をいいます(法32条)。
  休日労働とは,法定休日における労働のことをいいます。法定休日とは,法が定める最低限必要な休日のことをいい,法35条は,1項で「毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。」と定め,2項で「前項の規定は,四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。」としています。
  深夜労働とは午後10時から午前5時までの間の労働のことをいいます。
  それぞれの労働の割増率については,時間外労働が2割5分,休日労働が3割5分(割増賃金令),深夜労働が2割5分以上となっています(法37条4項)。

2 (定額の別手当てによる支払の可否)
  あなたの会社の就業規則のように,定額の手当をもって時間外労働等の割増賃金の支払いとするという取扱い自体が直ちに無効となるものではありません。時間外や休日及び深夜の割増賃金の支払いについては労働基準法37条に規定がありますが,同条は,同条に定める割増賃金の支払いを義務付けるにとどまり,割増賃金の計算方法や支給方法まで規制していないからです。

  定額の別手当てによる支払いによって割増賃金の支払いと認められるかが争いとなった判例として,最高裁判所平成6年6月13日判決があります。同判例では,タクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた歩合給に労働基準法の時間外・深夜労働割増賃金が含まれているのか否かが問題となりました。この点について,裁判所は以下のとおり判示し,結論として歩合給による割増賃金の支払いを否定しました。
「本件請求期間に上告人らに支給された前記の歩合給の額が,上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして,この歩合給の支給によって,上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり,被上告人は,上告人らに対し,本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働について,法三七条及び労働基準法施行規則一九条一項六号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。」

  上記判旨の示すとおり,定額の手当てによって割増賃金を支払ったといえるためには,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要です。そうでなければ,所定の割増率での支払いがなされているか判断することができないからです。

3 (最高裁判所平成24年3月8日判決と同判決の補足意見)
  最高裁判所平成24年3月8日判決は,1ヶ月の総労働時間が一定時間を超えるまでは時間外手当は支給せず,一定時間を超えた場合にはその超えた時間について一定額を支給するという約定が有効か問題となって事案ですが,裁判所は「判別」できないとして,約定は無効との前提で計算した割増賃金の請求を認めました。同判例では,櫻井龍子裁判官が補足意見を付しています。この補足意見は,「判別」を必要とした最高裁判所平成6年6月13日判決の趣旨を理解するのに役立つとともに,固定残業代制度を有効に運用するための留意事項について示唆しています。参考のために,固定残業代に関する部分を引用します。
 
「労働基準法37条は,同法が定める原則1日につき8時間,1週につき40時間の労働時間の最長限度を超えて労働者に労働をさせた場合に割増賃金を支払わなければならない使用者の義務を定めたものであり,使用者がこれに違反して割増賃金を支払わなかった場合には,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられるものである(同法119条1号)。

  このように,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ,法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。本件の場合,その判別ができないことは法廷意見で述べるとおりであり,月額41万円の基本給が支払われることにより時間外手当の額が支払われているとはいえないといわざるを得ない。

  便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」
  あなたの会社の定める「残業の有無にかかわらず月額10万円を残業手当として支給する。」との規則によれば,あなたの通常の労働時間の賃金が20万円で時間外労働分の賃金が10万円として,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得るといえそうです。

  しかし,この規則が有効になるのかについては,上記補足意見を前提とすると,@使用者が時間外労働時間数を正確に把握し当該時間数とそれに基づく残業手当の額を労働者へ明示しているかといった事情のほか,A10万円を超えた残業が行われた場合には別途上乗せして残業手当を支給する旨が明らかにされていること,が必要と解されます。

4 (おわりに)
  残業代の請求の可否については,回答でも述べたとおり,雇用契約書,就業規則,給与明細,出退勤記録等の関係資料の精査が必要となります。また,深夜割増賃金も含めて,残業代等の割増賃金を正確に算定するためには,労働基準法や関係法令の理解のほか,細かい計算が必要となりますので,まずは関係資料を持参の上,弁護士にご相談することをおすすめいたします。

<参照条文>

労働基準法
33条(災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等)
1 災害その他避けることのできない事由によつて,臨時の必要がある場合においては,使用者は,行政官庁の許可を受けて,その必要の限度において第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し,又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし,事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては,事後に遅滞なく届け出なければならない。
2 前項ただし書の規定による届出があつた場合において,行政官庁がその労働時間の延長又は休日の労働を不適当と認めるときは,その後にその時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを,命ずることができる。
3 公務のために臨時の必要がある場合においては,第一項の規定にかかわらず,官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方公務員については,第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し,又は第三十五条の休日に労働させることができる。
35条
1 使用者は,労働者に対して,毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
2 前項の規定は,四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。36条(時間外及び休日の労働)
1 使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては,第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず,その協定で定めるところによつて労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる。ただし,坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は,一日について二時間を超えてはならない。
2 厚生労働大臣は,労働時間の延長を適正なものとするため,前項の協定で定める労働時間の延長の限度,当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について,労働者の福祉,時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
3 第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は,当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり,当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。
4 行政官庁は,第二項の基準に関し,第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し,必要な助言及び指導を行うことができる。
37条(時間外,休日及び深夜の割増賃金)
1 使用者が,第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
2 前項の政令は,労働者の福祉,時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
3 使用者が,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により,第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して,当該割増賃金の支払に代えて,通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において,当該労働者が当該休暇を取得したときは,当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については,同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
4 使用者が,午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては,その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては,その時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
5 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には,家族手当,通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
119条
次の各号の一に該当する者は,これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
一 第三条,第四条,第七条,第十六条,第十七条,第十八条第一項,第十九条,第二十条,第二十二条第四項,第三十二条,第三十四条,第三十五条,第三十六条第一項ただし書,第三十七条,第三十九条,第六十一条,第六十二条,第六十四条の三から第六十七条まで,第七十二条,第七十五条から第七十七条まで,第七十九条,第八十条,第九十四条第二項,第九十六条又は第百四条第二項の規定に違反した者

労働基準法施行規則
19条
1 法第三十七条第一項 の規定による通常の労働時間又は通常の労働日の賃金の計算額は,次の各号の金額に法第三十三条 若しくは法第三十六条第一項 の規定によつて延長した労働時間数若しくは休日の労働時間数又は午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合には,その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの労働時間数を乗じた金額とする。
 一 時間によつて定められた賃金については,その金額
 二 日によつて定められた賃金については,その金額を一日の所定労働時間数(日によつて所定労働時間数が異る場合には,一週間における一日平均所定労働時間数)で除した金額
 三 週によつて定められた賃金については,その金額を週における所定労働時間数(週によつて所定労働時間数が異る場合には,四週間における一週平均所定労働時間数)で除した金額
 四 月によつて定められた賃金については,その金額を月における所定労働時間数(月によつて所定労働時間数が異る場合には,一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額
 五 月,週以外の一定の期間によつて定められた賃金については,前各号に準じて算定した金額
 六 出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金については,その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には,賃金締切期間,以下同じ)において出来高払制その他の請負制によつて計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における,総労働時間数で除した金額
 七 労働者の受ける賃金が前各号の二以上の賃金よりなる場合には,その部分について各号によつてそれぞれ算定した金額の合計額
2 休日手当その他前項各号に含まれない賃金は,前項の計算においては,これを月によつて定められた賃金とみなす。

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