新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1141、2011/8/16 16:55 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働法・役職、職能資格低下による降格と配置転換・使用者の経営権と労働者の生存権】

質問:私は,10年前に現在勤務しているA社に入社して以来,営業として勤務してきましたが,この度,会社より今年の4月1日から総務部に異動になるとの辞令を受けました。営業部では課長の役職に就いていましたが,この度の配置転換に伴い役職はなくなり,給与等級も3級下がることになります。役職手当もなくなるほか基本給も大幅に下がるため,私の給与はほぼ半減することになりました。私は,採用の際には営業職の募集に応募し営業として採用されたので,なぜ今になって総務部に転属されるのか納得ができません。また,営業の仕事で大きなミスをしたわけでもないのに,降格にもあたるような今回の配転命令については不満があります。今回の配転命令を受けるに至った心あたりとしては,辞令を受ける直前に,方針の違いから営業部長と大喧嘩となったくらいです。会社の就業規則には,「会社は,業務上の都合により,職員に転勤,配置転換を命ずることができる。」との規定がありますが,私は会社の配転命令には従わなければならないでしょうか。

回答:
1.ご相談の件の配転命令は,あなたの職務内容を営業部から総務部に変更するという職務内容変更のみならず,役職の喪失,給与等級の低下を伴うことから降格の側面を含んでいるといえます。勤務地や職務内容を変更する配置転換については,企業組織内における労働者の適切な配置を目的とするため,使用者の経営上の判断事項として,使用者に認められる裁量の幅は広いといえます。他方,給与等級を低下させる降格については,使用者に幅広い裁量が認められる経営判断事項とはいえず,特に従前の賃金を大幅に切り下げる場合の降格については,諸般の要素に鑑みて降格の客観的合理性を厳格に審査する必要があります。合理性を判断する際の考慮要素などについて,詳しくは解説をご覧ください。

2.ご相談の件では,基本給が大幅に減り給与がほぼ半減するという,極めて大きな不利益をあなたが被ることを考慮すると,会社の配転命令は権利の濫用にあたり無効と判断される可能性は十分にあるかと思います。なお,「降格」とは,役職を低下させる場合と職能資格(職能資格とは職務遂行能力の程度を判断したうえで部長、係長等の役職により従業員の 序列づけを行い、それに基づき職能給として賃金に反映させた資格です。)を低下させる場合のいずれも含みますが,以下の解説での「降格」は職能資格の低下を意味します。

3.労働法 参考事例,法律相談事例集キーワード検索:1133番1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番458番365番73番5番,手続は,995番879番

解説:

(労働契約に関する法規解釈の指針)
  先ず 労働法 における雇用者,労働者の利益の対立について説明します。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば,労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者側は経済力,情報力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を売って賃金をもらい生活する関係上,労働者は長期間にわたり拘束する契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。又,労働契約は労働者が報酬(賃金)を得るために使用者の指揮命令に服し従属的関係にあることが基本的特色(民法623条)であり,契約後も自ら異議を申し出ることが事実上阻害され不平等な取扱いを受ける可能性を常時有しています。
  このような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(労働組合法、労働関係調整法、労働基準法の基本労働三法、労働契約法)により,労働者が雇用主と対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。
  
  法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由,経済的利益確保の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし(憲法25条、生存権),個人の尊厳確保に直結した権利ですから,使用者側の指揮命令権、労働者側の従属性が存在するとしてもおのずと力の弱い労働者の賃金および労働条件等の具体的利益を侵害する事は許されないことになります。

  ちなみに,労働基準法1条も「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定しています。以上の趣旨から契約上,法文上の形式的文言にとらわれることなく使用者側、労働者側の種々の利益を考慮調整し実質的対等性を確保する観点から 労働法 を解釈し,労働契約の有効性を判断することになります。

1.はじめに
  回答で述べたとおり,ご相談の件の配転命令は,配置転換の側面のほかに,降格を伴うという特殊性があります。そのため,この解説においては配転命令の根拠や配転命令の制約についての一般論を述べたのち,降格を伴う配転命令について述べます。

2.配転命令について
(1)配転命令の根拠
  配転命令とは,企業組織内における労働者の配置の変更のことをいい,勤務地を変更する転勤と,職務内容を変更する配置転換に分けられます。
  使用者が,配転命令を発する根拠については,包括的合意説と契約説という2つの考え方が対立しています。両説とも雇用契約は、労働者が使用者側の指揮命令に従って労務を従属的に提供し、その対価として報酬(賃金)を得るという基本的性格(民法623条)から導かれます。両説の違いは、資本主義社会における使用者の経済活動の自由、営業の自由を重視するか、労働者側の生活し生きる権利に重きを置くかで生じるものと考えられます。

  包括的合意説とは,労働契約において,労働者が労働力の処分を包括的に使用者に委ねていることを配転命令の根拠と考える説です。この説によれば,労働契約の性質から,当然に使用者は配転命令を発することができることになります。
  契約説とは,配転命令の根拠はあくまで契約上の合意に基づくと考える説であり,この説によれば労働者は合意の範囲内でのみ命令に従う義務があることになります。
  配転命令の根拠について判断を示した最高裁判例はないため,どちらの説が妥当かについては解釈の問題になります。両説の差は,就業規則等に配転命令の根拠となる規定が存在しない場合にのみ生じるにとどまります。実務上は,通常の会社では就業規則に配転命令の根拠規定を備えていることが多いので,両説の差が問題になることはあまりありません。

(2)契約による配転命令の制約
  配転命令に根拠があり,使用者が労働者に配転を命じることができる場合であっても,使用者の配転命令権は無限定ではありません。
  配転命令権を制約する根拠としては,第1に契約による制約が考えられます。すなわち,労働契約において,明示的または黙示的に職種や勤務地が限定されている場合,使用者は,労働者に対し,異なる職種や勤務地への配転を一方的に命じることはできません。
  一般的には,明示の職種限定合意があれば争いにはなりにくいですが,黙示の職種限定合意の認定については,裁判所は慎重に判断をする傾向にあります。裁判所が黙示の職種限定合意の認定に消極的な姿勢を示す理由については,日本の雇用環境では,労働者を多様な職種に従事させながら長期的に育成していく長期雇用システムが主流である点に求められます。それゆえ,医師や看護師,大学教員,自動車運転手などの専門職・特殊技能職については,明示または黙示の職種限定合意が認められる傾向にあります。
  勤務地の限定については,求人票や募集広告における勤務場所の記載のみでは,直ちに勤務地限定の契約と認められることはありません。勤務地限定契約が認められるかについては,契約書や就業規則などに明示されているか否かのほか,当該職務に就いて勤務地を限定する労使慣行が成立しているかを検討していくことになります。

(3)権利濫用法理による配転命令の制約
  契約上,職種や勤務地の限定が認められず,使用者が配転命令権を持つ場合であっても,その行使は権利濫用法理により制約を受けることになります。そして,配転命令権の行使が権利濫用になるかどうかについては,@業務上の必要性とA労働者の不利益、を比較衡量することによって判断されます。

  配転命令がいかなる場合に権利濫用となるかについてのリーディングケースである,最高裁判所昭和61年7月14日判決(東亜ペイント事件)は,以下のとおり判示しました。
  「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

  上記判旨を要約すると,次のような「特段の事情」が存する場合に権利の濫用になると判断していることがわかります。
  ア 業務上の必要性が存しない場合
  イ 他の不当な動機・目的をもってなされたとき
  ウ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
  上記のア〜ウについては,「特段の事情」が認められる場合を例示したものにすぎず,ア〜ウに準じる事情が認められる場合には,配転命令は権利濫用となります。
  「業務上の必要性」の判断基準については,「余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく・・・」としていることからも明らかなとおり,判例は業務上の必要性を弾力的に幅広く捉えています。

  上記判例は雇用調整とは無関係になされた勤務地変更に関する事案ですが,解雇回避のための職種変更がなされた事案である最高裁判所平成元年12月7日判決は,上記判決と同様の枠組みで配転命令が権利濫用になるか否かを判断しました。これにより,配転命令が権利濫用となるかについての最高裁判例法理は,通常時,雇用調整時にかかわらず確立したといえます。

3.降格を伴う配転命令について
  ご相談の件の配転命令については降格の側面を含むため,今まで述べてきた配転命令の法理の枠組みを単純にあてはめることはできません。降格を伴う配転がなされた場合については,仙台地方裁判所平成14年11月14日決定(日本ガイダント事件)が以下のような判断枠組を示しており,ご相談の件についても参考となります。

  「労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては,給与等級の降格があっても,諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないか又は減少幅が微々たる場合と,給与等級の降格によって,基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取り扱うことは相当ではない。従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては,賃金が労働条件中最も重要な要素であり,賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから,配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず,労働者の適性,能力,実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度,降格の動機及び目的,使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度,降格の運用状況等を総合考慮し,従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り,当該降格は無効と解すべきである。
  そして,本件において降格が無効となった場合には,本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから,賃金減少の原因となった給与等級P〈1〉の営業事務職への配転自体も無効となり,本件配転命令全体を無効と解すべきである(本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し,配転命令の側面については別途判断すべきものと解した場合,業務内容を営業事務職のまま,給与について営業職相当の給与等級P〈3〉の賃金支給を認める結果となり得るから相当でない。)。」

  上記判旨によると,降格を伴う配転でも,従前と比較して支給される賃金が大幅に減少する場合と,そうでない場合により判断枠組は分かれることになります。そして,ご相談の件のような,従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力については,「配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず,」と判示しており,本解説2で述べてきた権利濫用による配転命令の制約の法理が妥当しないとしています。すなわち,通常の配転命令については,業務上の必要性についてかなり弾力的に幅広く捉えることで権利濫用となる場合は極めて限定されますが,賃金の大幅に切り下げる降格を伴う配転命令については権利濫用となる場合を通常の配転命令よりも広く認めることになります。

  なお,上記判旨では,従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断する枠組みとして,「労働者の適性,能力,実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度,降格の動機及び目的,使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度,降格の運用状況等を総合考慮」すると述べる一方で,客観的合理性が認められない場合に無効となるのは「降格」であると判示しています。そして,配転命令の側面(職務内容変更の側面)については,「本件において降格が無効となった場合には,本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから,賃金減少の原因となった給与等級P〈1〉の営業事務職への配転自体も無効となり」として,降格の有効性に連動させて判断をしています。
  以上をまとめると,従前の賃金を大幅に切り下げるような降格を伴う配転命令については,配転命令という形をとっていても,まずは降格の有効性から判断をし,降格が無効と判断された場合については,配転命令全体の有効性も降格の有効性の判断に連動することになります。

4.ご相談の件について
  ご相談の件については,基本給が大幅に下がり給与は半減するということですので,従前の賃金を大幅に切り下げるような降格を伴う配転命令にあたり,日本ガイダント事件の判断枠組が妥当してくるものと思います。
  そして,同事件が示す考慮要素については,ご相談をうかがう限りでは,大きなミスもなく10年間勤めてきたとのことですので,労働者の帰責性については乏しいように見受けられますし,営業部長との大喧嘩が配転命令の動機となっているのであれば不当な動機に基づく配転命令ともいえそうです。
  ご相談の件の配転命令は無効と判断される可能性が十分にあるかと思いますので,配転命令を争うのか,争うとして今後どのように勤務していくかについては早期に弁護士に相談することをおすすめします。あなたの権利を回復するための手段としては、内容証明郵便を用いた代理人交渉の他、労働審判や地位保全仮処分や配転命令無効確認訴訟などの手段が考えられます。

≪条文参照≫

憲法
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第二十九条  財産権は、これを侵してはならない。

民法
(雇用)
第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

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