新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1529、2014/7/7 12:00 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働、残業手当金、付加金】

残業代請求の具体的な計算,立証手段と請求の方法

質問:

 私は,精密機械の部品メーカー会社に月給制の正社員として勤務しており,現在課長代理の地位にあります。月給の賃金は住宅手当を除いて,40万円です。契約書上の労働時間は,休憩時間を除いて7時間30分です。また,1年間の所定労働日数は270日です。

 しかしながら実際は激務であり,労働契約上の勤務時間を大幅に超えて残業をしています。ところが,社長の指示により現在まで一切の残業代(残業手当)が支払われていません。もう辞めようと思い,会社に対して退職の意向を伝えました。

 今後,会社に対して残業代を請求するために必要なことを教えていただければと思います。弁護士に依頼した方がよいでしょうか。



回答:

1 残業代請求のためには,まず残業をしたこと,すなわち労働契約で定められた所定労働時間以上に労働した事実を立証できなければなりません。労働時間を立証するための証拠をしっかりと集める必要があります。具体的には,最も重要なタイムカード,これを補強するものとして業務日誌,通勤履歴,パソコンの立ち上げ・送受信の履歴などです。これらがない場合には,出勤・退勤時間をその都度メモしておいてください。原則として、これらの証拠収集作業は会社に在籍している間に,行っておく必要があります。

2 残業時間を証明できる証拠が揃ったら,残業代を具体的に計算する必要があります。労働基準法における基準に従い,基本となる1時間当たりの賃金額に,割増率を掛けて,そこに時間外労働時間をかけて,具体的な請求額を算定していく必要があります。本件では,40万円 ÷ 168.75時間 = 2370.37円が基本賃金となり,ここに割増率,時間外労働時間をかけて請求額を計算していくこととなります。

3 残業代の具体的な計算ができたら,会社に具体的な請求をしていく必要があります。請求の手段としては,訴訟外の交渉,労働基準監督署への申告,訴訟の提起,労働審判の申立て,などの手段があります。それぞれメリット・デメリットがありますので,弁護士の適切なアドバイスを受けて,証拠収集と法的な請求手段を採るべきであると考えられます。

4 残業代請求に関する他の事例集としては,その他1283116611331062762書式ダウンロードページの残業代計算シート等を参照してください。

解説:

第1 残業代の計算方法

 本稿では,残業代請求についての制度趣旨を述べた後,具体的な残業代の計算,争う手段,収集すべき証拠について検討していきます。

1 残業代(残業手当)の制度とは

 使用者である会社が,労働基準法に定める時間外・休日労働の規定(労働基準法33条1項,2項,36条)によって,労働者の労働時間を延長したり,休日に労働させた場合や,午後10時から午前5時までの間の深夜の労働をさせた場合には,その延長された時間もしくは休日・深夜分の労働について,通常の労働時間または労働日の賃金に一定の割増率を乗じた割増賃金を労働者に支払わなければなりません(労働基準法37条)。

 このように,通常の労働時間(契約書等に定められた所定労働時間を指します。)外の一定の時間外労働,休日労働に対して,通常の賃金以上に支払われる割増賃金のことを,残業代といいます。残業代,残業手当など,様々な呼び方がありますが,ここでは残業代と一括していいます。

 通常の賃金よりも付加して割増賃金が支払われる法の趣旨は,以下の2点にあります。@時間外労働・休日労働は,通常の労働時間または労働日よりも更に追加された特別な労働となりますので,そのような特別な労働をさせた労働者には一定の補償・補填をすべきであること,Aまた,使用者に追加の経済的負担を課すことにより,不必要な時間外・休日労働を抑制するというものです。

2 残業代(残業手当)の計算方法

 以上述べたところが残業代制度の趣旨となりますが,残業代請求の前提として,まずは請求できる残業代がいくらになるのかを具体的に計算する必要があります。賃金の支払方法(月給制,時間給など)によって計算方法は変わりますが,大多数の企業で採用されている月給制を例にとってみますと,計算式は以下のとおりです。

(1)基礎となる1時間当たりの賃金手当をまず計算し,
(2)そこに法定の割増率を掛けて(1時間当たりの残業代),そこに,
(3)時間外労働時間を掛けることで請求額を導き出すという作業が基本になります。

(計算式1)
  請求額 = 1時間当たりの賃金額(基礎となる賃金手当)
        × (1 + 法定の割増率)
        × 時間外労働時間
  次に,ここにいう1時間当たりの賃金額(基礎の賃金手当)は,以下のとおり計算されます。

(計算式2)
  1時間当たりの賃金額 = 1カ月の賃金手当の合計額
               ÷ 1カ月の所定労働時間
  以下で,具体的な算定方法について,順を追って検討していきます。

(1) 「1時間当たりの賃金額」(基礎となる賃金手当)の計算

  ア 基礎となる賃金手当の「合計額」の計算

 まず,残業代請求における割増賃金の基礎となる,1か月ごとの賃金手当の計算をする必要があります(本件は月給制ですので,それに即して計算していきます)。

 ここにいう「賃金」には,基本給,付加給,各種手当(役付手当,経験手当,調整給など)が含まれ,これらをすべて合計した1か月分の金額となります。

 もっとも,労基法37条4項で「賃金」の中には,家族手当,通勤手当,労働基準法施行規則21条に定める賃金(別居手当,子女教育手当,住宅手当,臨時に支払われた賃金,1カ月を超える期間に支払われる賃金)といったものは含まれないことになっていますからこれらの手当ては計算から除外する必要があります。これらの手当ては労働の対価ではなく福利厚生的な目的から支払われるものであることから、労働の対価としての残業代の計算からは控除するのがその趣旨です。従って、手当の名目はともかく至急の実態が労働の対価としての支払われている手当であれば、残業代の計算に加算されることになります。個別の手当等が含まれるかどうかについては,手当の名称だけでなく、支払いの実態についての具体的な検討が必要です。

 上記「賃金」の裁判上の立証としては,1カ月ごとの給与明細書,雇用契約書によって立証する必要があるので,こちらは最低限手元に取っておく必要があります。

 本件は月給制であり,1カ月あたりの賃金,基本給の合計40万円が1か月の賃金手当として,「1時間当たりの賃金額」として計算の基本となります。

イ 「1カ月の所定労働時間」の計算

(ア)上記の基本給が計算できたら,割増賃金の基礎となる1時間当たりの時間賃金を算定する必要があります。具体的には,労働基準法施行規則19条1項に定めがあり,賃金の支払形態によって,以下の区分で計算される必要があります。
   @ 時間給 その金額
   A 日給 基礎となる賃金手当を「1日の所定労働時間」(不定の場合は1週間での1日平均)で割った金額
   B 週給 基礎となる賃金手当を「1週間の所定労働時間」(不定の場合は4週間での1週間平均)で割った金額
   C 月給 基礎となる賃金手当を「1カ月の所定労働時間」(不定の場合は1年での1カ月平均)で割った金額
   D 請負給 賃金算定期間の賃金総額をその間の「総労働時間」で割った金額
1から5までの複数の賃金支払形態が組み合わさっている場合は,各計算方法で算出された金額の合計額となりますので,支払形態ごとに一つずつ残業代を計算していく必要があります。

(イ)本件では月給制ですので,まず,「1カ月あたりの平均所定労働時間」を計算してから,1時間当たりの賃金額を計算する必要があります。
(計算式3)
  「1カ月あたりの所定労働時間」(1カ月当たりの所定労働時間が月ごとに変動し,不定の場合)
  = 契約(就業規則)上の所定労働時間 × 年間所定労働日数 ÷ 12月

@ 契約(就業規則)上の所定労働時間の計算

 「所定労働時間」とは,契約(就業規則)上定められている始業時間から終業時間までの時間から,休憩時間を差し引いた時間となります。契約上,通常労務を提供しているとされる時間を意味します。

 ここでは,1日あたりの労働契約上の所定労働時間を把握する必要があります。こちらは労働契約書,就業規則に記載がありますので,比較的容易に確認できるものと思われますが,手元にない場合には会社等に請求する必要があります。

 本件では,契約書上,出勤時間から退勤時間までの時間から休憩時間を引いた時間が7時間30分ということなので,これが「所定労働時間」になります。

A 「年間所定労働日数」の計算
  1日当たりの所定労働時間を算定したら,「1カ月の所定労働時間」を算定する必要がありますが,契約に定められた休日(通常,土日祝日とされる場合が多いと思われます)については一月毎に異なるので,1月ごとの所定労働時間数は異なる場合がほとんどであると思われます。
したがって,この場合,「1カ月の所定労働時間」としては,1年間における1月の平均所定労働時間をまず計算する必要があります(上記労働基準法施行規則19条1項)。1年間における,契約(規則)上の所定休日(土日祝日,年末年始,夏季休暇等)を引いて計算してください。
本件では,年間の所定労働日数は270日なので,それが計算の根拠となります。

B 「1カ月の所定労働時間」の計算
 @にAを掛けて,12で割れば1月毎の月間所定労働時間が計算できます。

 本件では,7,5時間×270日÷12日なので,168.75時間が「1カ月の所定労働時間」となります。

ウ 「1時間当たりの賃金額」の計算
  ア,イで「1カ月当たりの賃金」,「1カ月当たりの所定労働時間」計算できたら,上記計算式2にしたがって,「1時間当たりの賃金額」を算定してください。
     本件では,40万円 ÷ 168.75時間
          = 2370.37円
     が1時間当たりの賃金額となります。

(2) 法定の割増率
基礎となる「1時間当たりの賃金額」が計算できたら,残業代における法定の割増率を掛ける必要があります。
   割増率は,労働基準法に定められており,それに従って計算していく必要があります(労働基準法37条参照)。具体的には,以下のとおりです。
ア 1カ月の合計が60時間までの時間外労働及び午後10時から午前5時までの深夜労働については2割5分以上の率
  イ 1カ月の合計が60時間を超えた時間外労働が行われた場合の60時間を超える部分の時間外労働については5割以上の率
  ウ 休日労働については3割5分以上の率
     ただし,上記の割増率については一定の例外もありますので注意が必要です(労    働基準法37条3項)。

(3) 超過労働時間数の算定
   最後に,時間外労働(残業)の時間を算定することになります。残業代請求の対象となる時間外労働は「法定時間外労働」とよばれます。労働契約や就業規則に定められた出勤時間から退勤時間まで(休憩時間除く)の時間を超えて労務を提供したり,所定休日に労務を提供した時間を意味します。
   時間外に労働した事実については,タイムカードなどの証拠をもって,労働者の方でしなければなりません。具体的な勤務時間の立証については,後述します。
   例えば,本件において,休日労働以外の時間外労働を50時間行ったと仮定しますと,残業代請求の具体的金額としては以下のとおりになります。
    2370.37円 × 1.25 × 50
   = 148148,1円

(4) 以上,残業代の計算方法について概観してきましたが,具体的な計算については,個々の会社の就業規則,労働協約,労働者の労働状況によって算定方法が異なります。詳細については,弁護士に相談された方がよいでしょう。

第2 残業代請求,労働時間算定のための立証活動

1 労働時間の算定

 残業代の計算は上記のとおりですが,使用者(会社)に対して法的に残業代の支払請求をするには,残業代請求の前提となる時間外労働の事実,すなわち「労働時間」を立証しなければなりません。判例上も,労働者がどの時間から勤務を開始し,どの時間まで会社に勤務していたかの立証責任は,労働者にあるとしています。すなわち,時間外労働をしたこと,その具体的時間について立証できなければ,残業代請求が認められることはありません。

 では,具体的にどのように勤務時間を立証していくのでしょうか。これらの証拠については,会社に在籍している間に,可能な限り収集しておく必要があります。証拠収集については,会社の業務内容によって異なるところですので,弁護士に事前に相談しておくことをお勧めします。

2 具体的な証拠について

(1) 労働契約書,給与明細書,就業規則の取得

 上述のとおり,残業代請求の前提として,労働契約上の所定労働時間と,算定の根拠となる労働賃金を算定する必要があります。

    これを証明する端的な方法は,労働契約書,就業規則となります。これらの書面には賃金と終業時間の具体的内容が記載されておりますので,最低限取得しておく必要があるでしょう。個々の月の賃金の支払額を明確にするためには,1月毎の給与明細書の取得も必要となるでしょう。

    就業規則については,労働者に周知しなければならず閲覧できるような環境になければならないのですが,取得が容易にできないような場合には会社に請求する必要があります。場合によっては,訴訟や労働審判を提起し,その手続の中で開示を求める必要があるでしょう。

    労働契約書も就業規則もないという場合は、労働基準法で定められている週40時間(労基法32条)を所定労働時間として計算することになります。

(2) タイムカードの取得

    次に,労働時間の算定のために最も重要なのがタイムカードとなります。タイムカードは,個々の労働者の出勤時間,退勤時間を使用者(会社)が管理するために作成するもので,まさに労働時間を立証するための客観的な資料となります。

 現在の裁判所実務においても,タイムカードは信用性の高い資料とされており,特段の事情がない限り,タイムカードの打刻時間が実労働時間と事実上推定される扱いがなされています。

 したがって,タイムカードには自己が出勤,退勤した時間に正確に打刻しておくとともに,正式に会社に残業代を請求したいと考えている場合にはタイムカードを手元に置いておく必要があるでしょう。

 もっとも,タイムカードが手元にない場合であっても,会社には労働者の労働時間を管理する義務があり,さらに使用者側に通常あることが想定される証拠ですから,裁判所に訴えを提起した際に使用者側に提出を求めることもできます。

(3) その他の証拠の取得

    上記のとおり,タイムカードが労働時間のためには極めて重要な証拠となります。しかし,手元にタイムカードがない場合も多いといえますし,タイムカードの打刻を忘れた日でも労働している場合もあります。
    その場合,証拠価値としては落ちる可能性がありますが,タイムカード以外の証拠によって労働時間を立証する必要があります。

具体的には,以下のような証拠が考えられます。

ア 業務日誌,作業日報
  勤務時間尾管理のために作成されたタイムカードよりは証拠価値は落ちますが,その日の業務の内容について記載された業務日誌については,時間が記載されている場合には労働時間の立証に一定程度役立ちます。

イ 会社のパソコンの起動履歴
 会社がパソコンを管理している場合には,管理ツールから2カ月程度前までの履歴については復元(復元を求める)が可能です。会社のパソコンを立ち上げたということは,会社内に在籍しており,ひいては労働していたことの証明に役立つこととなります。

ウ 会社のパソコンからのメールの送受信履歴
 同様に,会社のパソコンからのメールの送受信履歴も会社内に在籍しており,労働に従事していたことの証明に役立ちます。

 メールの送受信履歴については,会社が任意に開示をしないような場合には,パソコンの画面をスクリーンショットで保存しておくか,メール自体をファイルとして保存しておく必要があるでしょう。

エ 入退室記録,乗車記録
  会社において入退室の記録がされているような場合には,タイムカードと同じように労働時間の立証に役立つでしょう。定期券に記録されている,会社と自宅の間の乗車記録についても,証拠価値は落ちますが会社に在籍していた時間の立証には役立ちます。

オ 労働者作成の日記,メモなど
  上記のような証拠がない場合には,労働者が出勤・退勤時間をメモすることで対応する必要があります。もっとも,労働者の手書きのものですので,証拠価値としては相当程度低くならざるを得ません。証拠価値を高めるためには,出勤,退勤の都度に記載しておく必要があります。

第3 会社への請求の方法

 最後に,残業代請求の手段についてみていきます。大まかに分けて,裁判所を使う方法と使わない方法に分けられます。

1 訴訟外の交渉

   会社に対して残業代請求を支払うように求める内容証明郵便を送り,支払を求める方法です。内容証明には,@残業代請求の金額,算定根拠を記載することはもちろんのこと,A支払わない場合にはどうするのか(訴訟の提起,労働基準監督署への申告)などといった事実を記載する必要があります。詳しくは,弁護士に相談された方がよいでしょう。

   会社が交渉に応じる姿勢を見せた場合,裁判所の手続を利用する場合と比較して早期解決のメリットはあります。もっとも,会社には何らの拘束力も生じないので支払いに応じない姿勢を見せた場合には別の手段を考える必要があります。

2 労働基準監督署の利用

   未払賃金がある場合には,労働基準監督署への申告をすることが考えられます。労働基準監督署は,労働者の言い分に理由があると考えた場合には,使用者である会社を調査します。その結果,残業代の未払いがあるという結果になった場合には支払の勧告をすることによって,会社が未払い残業代を支払う可能性があります。

   もっとも,労働基準監督署が必ず支払勧告をするわけではありません。さらに,支払勧告があったからといって会社がこれに従わずに支払を行わないケースも散見されます。

3 裁判所の手続の利用

  会社が支払拒否の姿勢を崩さない場合には,裁判所の手続の利用を考えることとなります。裁判所の審判,判決には強制力があり,これに会社が従わない場合には強制執行をすることが可能ですので,支払を最も期待できるといえます。裁判所の手続としては,労働審判と訴訟の2つがあります。

(1) 労働審判

  早期解決を目指したいということであれば,労働審判という手続の利用が関挙げられます。労働審判は,裁判所において当事者双方の言い分を聞きながら,裁判官及び労働者・使用者側双方の審判官の3名によって合議により判断をくだします。労働審判の最大のメリットは,期日が3回までと決められており,それまでに最終的な結論を決めなければならないことから,早期解決を十分に期待することができます。また,労働審判においては審判という形で裁判所の判断が下される前に和解の勧告もされることも多いので,この点でも早期解決を期待することができます。
  もっとも,労働審判が3回で終結する前提として,申立てには相当の準備が必要となります。そのためにも,上記のような証拠についてはしっかりと収集しておき,詳細な申立書を作成する準備がありますので,注意が必要です。申立てに当たっては,弁護士への相談が必要でしょう。
  また,労働審判において強制的な審判が下されたとしても,2週間以内に不服を申し立てることができ,その場合訴訟に移行することとなりますので,この点も注意が必要です。
争点が少なく、証拠も揃っていて不服申し立てが予想できない場合には労働審判を選択することになります。

(2) 訴訟(仮処分)

ア 最終的には,裁判所の手続として時間外手当請求の訴訟を提起する必要があります。訴訟のメリットとしては,裁判所の強制力のある判断を得ることができることにあり,判決が確定した場合にはこれに従わなくてはなりません。従わない場合には強制執行をすることができます。
さらに,訴訟においては,残業代の他に「付加金」の請求が可能です(労働基準法114条1項)。付加金制度によって,未払分の賃金と同額分を付けて(2倍)請求することができます。もっとも,付加金を付けるかどうかについては,裁判所の裁量に委ねられており,会社の労働基準法違反の程度・態様,労働者の受ける不利益の性質・内容など諸般の事情を見て裁判所が決めるとされています。
訴訟には上記のようなメリットはありますが,裁判期日はおよそ月に1回開かれることとなり,比較的終結まで長期間かかることとなります(平均10月程度)ので,この点を踏まえて訴訟にする必要があります。

イ 上記のように訴訟の提起だけでは時間がかかってしまいますので,結論が出るまで賃金の未払いなどで経済的に著しい不利益が発生する場合には,訴訟の前提として仮処分という簡易な手続も利用することができます。具体的には,賃金仮払いの仮処分というものです。労働者に収入がなく,判決の確定まで待つと生活が困窮するような場合,保全の必要性ありとして,賃金の支払の仮処分命令を受けることができます。残業代の請求の場合、転職して収入があるというような場合は、通常は保全の必要性がないとして仮処分は認められませんので限定されるでしょう。

4 最後に

 残業代請求をするための手段としては上記のとおりです。それぞれの手段のメリット,デメリットを踏まえ,いずれかの手段を選択していく必要があるでしょう。残業代請求において最も重要なのは,上述の通り労働時間の立証ができるか否かということになります。すなわち,会社に在籍しているうちに,必要な証拠資料については収集しておくことが必要と言えるでしょう。

 また,法的な請求に際しては残業代の法制度に関する詳細な知識が必要となりますので,残業代請求をしようとこれから考えている場合には,専門家である弁護士等に一度相談してみてください。

<参照条文>
労働基準法
 第四章 労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇
(労働時間)
第三十二条  使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
○2  使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

(災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等)
第三十三条  災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第三十二条 から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇が ない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。
○2  前項ただし書の規定による届出があつた場合において、行政官庁がその労働時間の延長又は休日の労働を不適当と認めるときは、その後にその時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを、命ずることができる。
○3  公務のために臨時の必要がある場合においては、第一項の規定にかかわらず、官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方 公務員については、第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。

(休憩)
第三十四条  使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。
○2  前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の 過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。
○3  使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。
(休日)
第三十五条  使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
○2  前項の規定は、四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。
(時間外及び休日の労働)
第三十六条  使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては 労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働 時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるとこ ろによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、 一日について二時間を超えてはならない。
○2  厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
○3  第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は、当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり、当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。
○4  行政官庁は、第二項の基準に関し、第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し、必要な助言及び指導を行うことができる。
(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条  使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の 労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただ し、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割 以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○2  前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
○3  使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を 代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃 金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休 暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の 労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
○4  使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時ま で)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなけ ればならない。
○5  第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。

(付加金の支払)
第百十四条  裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。


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