心神喪失が疑われる状況下での窃盗(万引き)の起訴前弁護活動

刑事|窃盗罪|統合失調症|精神疾患|微罪処分|認知せず|認知できず

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

私は,先日近所のスーパーマーケットで万引きをしたとして,その場でお店の人に捕まりました。警察の人もきて,そのまま被害届が出されたようです。盗んだものは,2000円くらいの食料品で,まだお店に返したり,買い取ったりはしていません。その日は警察署に行きましたが,パニックになってしまっていたので,夫に迎えに来てもらってそのまま帰されました。その際に,警察からは,また改めて取調べ等をすると言われました。

実は,私は統合失調症を患っており,たまに記憶が無くなることがあります。今回の万引きも,正直盗った時の記憶はありません。ただ,新品の食料品がかばんに入っていましたし,私が盗ったこと自体は,確かなのだと思います。そうであれば,お店に謝りたいと思います。

警察に捕まったり,処分を受けた経験がないため,とても不安です。どうすれば良いのでしょうか。

回答:

1 いわゆる初犯(初めて)の万引きで,商品の金額が比較的低額であることからすると,早い段階でお店と交渉し,商品の買取り等を含めた示談を成立させることで,微罪処分あるいは事件化の回避を十分に目指すことが可能です。

そのためには,単に買取りだけではなく,いわゆる示談による宥恕(被害届の取下げ)等が必要になってきます。

また,微罪処分の要件として,「再犯のおそれのないこと」を挙げる警察も多いため,単に示談を成立させるだけではなく,再び万引きをすることがない,ということを説得的に主張する必要があります。特に,本件のような病的なケースでは,対応が必須です。

万引きについては,本ホームページ事例集(258番359番1258番1348番1508番1541番1551番)に詳細がありますので,併せてご確認ください。

2 一方で,上記の対応は,原則としてあなたに窃盗罪が成立することを前提としています。

ただし,本件の場合は,精神的な疾患により,行為時の記憶があいまいであることからすれば,いわゆる心神喪失者による行為(刑法39条1項)であるとして,刑事処分の対象外となる可能性があります。

その場合は,病気により,行為時に,自己の行動を制御する能力に欠いていたことを,客観的資料に基づき説得的に主張していくことが必要です。主張は困難ですが,認められれば当然刑事処分がなされる事はありません。

もっとも,この主張には後述のとおりリスクも多く含むため,主張は慎重におこなうことが必要です。

3 上記二つの対応は,一見すると矛盾するものですが,あなたように「盗んだ記憶はないが,自分が盗んだ事は確かだと思うし,窃盗が悪い事であることも勿論理解できる」という場合,心神喪失の主張を留保したまま,両立する様な形で示談を済ませることが可能なケースがあります。

この様な微妙なケースでは専門家の対応が必要不可欠ですし,捜査の進行とともに選択肢も狭まることもあるため,いずれにしても早い段階でのご相談をお勧めいたします。

4 微罪処分に関する関連事例集参照。

解説:

1 はじめに

本件においてあなたは,万引き,すなわち窃盗罪(刑法235条)に該当する行為者として刑事処分を受け得る立場にあります。

本件のように,精神的疾患の影響下で万引き等の犯罪に及んでしまうケースは比較的多く見られます。その際に,行為時のことが曖昧であったり,容易に思い出せないことも良くあるところです。

しかし,警察等の捜査機関に対して,客観的な資料もなく,「記憶がない」と主張するだけでは,単なる否認,すなわち証拠もなくただ単に「罪を逃れようと,言い訳をしている」と取られかねません。

また,あなたの場合,刑事処分の回避を第1の目的と設定するのであれば,上記の主張と併せて,被害店舗との間で示談交渉をおこなう等の別の対応をおこなうことが,かえって処分回避の確実性の高い方法であることも有り得るところです。

そこで,以下では,本件のような初犯の万引き事件において,まず一般的に目指すべき処分と,そのために採るべき対応を説明した上で,本件特有の事情として,精神疾患と犯罪(万引き)の関係と,本件のケースにおいて実際にどのような活動をおこなうべきかを説明していきます。

2 万引きと微罪処分等について

(1)「万引き」は,刑法上の窃盗罪(刑法235条)に該当するものです。窃盗罪の法定刑は「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」ですが,本件のように初犯であれば,実際の刑事処分としては,罰金刑が考えられるところです。

本件のような万引き事件は,おおよそ①被害店舗が万引き被害を確認する,②被害店舗が警察に通報する,③警察が事件の発生を確認する,④被害店舗から警察に対して「被害届」が提出される,⑤取調べ等の警察捜査がおこなわれる,⑥事件が検察官に送致される,⑦必要があれば検察官の捜査がなされる,⑧検察官が処分(起訴・不起訴)を決定する,という流れが予定されています。

上記のいずれの段階において,目標するべき刑事処分は異なりますし,したがって,自ずと弁護活動の内容も変わってきます(また,④の時点で逮捕される場合もあります)。

本稿では,本件に則して,④被害届の提出がなされた状態における弁護活動と目指すべき処分について説明します。

その他の段階における対応等については,本ホームページ事例集(258番359番1258番1348番1508番1541番1551番)をご確認ください。

(2)上記④のように,警察官に検察官に事件が送致されていない段階では,「微罪処分」あるいは「事件化の回避(いわゆる認知せず)」をまず検討するべきです。

取調べ等がなされ,警察段階での捜査が終了してしまうと,事件は検察 官に送致されることになります(これを「送検」といいます)が,そうなると微罪処分や事件化の回避はできません。代わりに,検察官による不起訴処分を目指すことになります。

「微罪処分」とは,検察官による処分をおこなわず,警察段階で事件を終える手続をいいます(刑事訴訟法246条ただし書,犯罪捜査規範198条以下)。検察官による処分ではないので,当然起訴処分とはならず,前科もつきません。検察官送致よりも早期に前科の回避を実現することになりますし,一般的に取調べ等の回数も軽減されます。検察官に事件が送致される前の段階では,基本的にこの「微罪処分」を目指すことになります。

微罪処分と不起訴処分については,前科にならないという点では同じですが,検察官に送致されてしまえばそれだけ結論までの時間は延びることになりますし,検察官による取調べ等の負担も増加する可能性があるため,やはり早い対応が推奨されるところです。

また,警察段階における処分には,実務上「事件化の回避(認知せず)」も有り得るところです。警察が犯罪の発生を確認することを「認知」といい,一般的に刑事事件は「認知」された事件を指すところ,「事件化の回避(認知せず、または、認知できず)」とは,事後的に「認知しない」(ことにする)という判断をする処理を指します。そのため,厳密には処分とはいえない最も軽微な処理であるといえる一方で,あくまでも例外的な扱いということになります。

(3)「認知せず」「認知できず」については,あくまでも例外的な処理であるため明確な要件があるわけではないのですが,微罪処分は法律上の規定を根拠とするため,要件が存在しています。

上記犯罪捜査規範198条では,微罪処分ができる要件として「捜査した事件について、犯罪事実が極めて軽微であり、かつ、検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたもの」としています。具体的な要件は各警察内部の通達によるところですが,本件のような窃盗罪においては,①被害額がわずか(通常2万円の範囲内)で,②行為態様等が軽微であり,③被害回復がなされて,④被害者が処分を希望していない場合,⑤前科・前歴がない者の偶発的な犯行で,⑥再犯の恐れがない,といった要件となっているのが一般的なところです。

また,上記要件には挙げていませんが,前提として否認事件では無いこと,すなわち自分の罪を認めていることが必要です。

上記のとおり,微罪処分(及び「認知せず」)は,警察段階での処理の態様ですから,事件が検察官に送致された後は,微罪処分等の対象はなりません。そのため,迅速に上記要件を充足する必要があります。

本件における具体的な対応については,後述します。

3 精神疾患と犯罪について

(1)上記が,本件のような万引き事件において,まず考えることになる流れです。ただ,本件では,あなたの精神的な疾患という特殊な事情があるため,更なる検討が必要です。

なお,精神的な疾患であること自体は,直接的には刑事処分の対象・非対象を決めるわけではありません。刑法上の責任を負うことができるかどうか(この能力のことを「責任能力」といいます),が刑事処分を科することができるかどうかの基準となります。そして,責任能力がないと刑事処分を課すことができないという考え方を「責任主義」といいます。

この点について,刑法39条は,「心神喪失者の行為は、罰しない」(同条1項),「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」(同条2項)と規定しています。「心神喪失」とは,「精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力又はそれに従って行動する能力が失われた状態」を意味し,「心神耗弱」とは「精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力又はそれに従って行動する能力が著しく減退している状態」を意味します。

ここで重要なことは,心神喪失や心神耗弱は,①行為の良い/悪いを判断できる能力(事理弁識能力)と②判断した結果にしたがって自らの行為を制御できる能力(行動制御能力)のいずれか一方が失われる(あるいは著しく失われる)ことを意味する,ということです。

つまり,精神疾患の影響下における行為(例えば本件では,商品を無断で取ってくる行為)が,犯罪に該当する場合,その処分を免れるためには,①その行為が悪いことであるかどうかについて,判断することができない,あるいは②悪いことだと分かっていても,その行為を止めることができない,のいずれか(あるいは両方)を説得的に主張する必要がある,ということになります。

なお,心神喪失ないし心神耗弱が疑われる場合,通常は「鑑定」がおこなわれることになります。「鑑定」とは,精神科医等の専門家が,行為者の精神疾患の程度等を調査し,心神喪失ないし心神耗弱の判断資料を作成する手続きのことです。

「鑑定」は,検察官により起訴される前におこなわれる「起訴前鑑定」と公判においておこなわれる「公判鑑定」に大きく分かれます。本件のようなケースでは,「起訴前鑑定」が考えられるところです。

(2)上記を前提として,本件のケースを見ると,あなたは,盗った時の記憶がない一方で,盗ったのであればお店に謝りたい,と考えているため,窃盗行為が悪いこと(法に触れること)であるという認識はあることになります。そうすると,上記でいうところの事理弁識能力に欠けることはない,ということになります。

そうすると,心神喪失の主張が認められるためには,判断した結果にし たがって自らの行為を制御できる能力(行動制御能力)の喪失を主張することになります。

具体的には,検察官に対して,心神喪失が疑われることによる,起訴前鑑定の実施を求めることになります(客観的資料としての診断書等が不可欠です)。過去の裁判例にも,窃盗事件において,躁鬱病等に罹患していた被告人が,鑑定等の結果,事理弁識能力に欠けるところはないものの,行動制御能力に欠けると判断され,心神喪失として無罪になったものがあります(仙台簡易裁判所平成6年8月22日判決無罪事例集3集107頁)。

(3)もっとも,本件のようなケースで,心神喪失を主張し,鑑定を求めるべきであるとは,一概に言えません。

上記のとおり,微罪処分等は,検察官に事件が送致される前の処分です。

一方で,心神喪失を主張する場合,検察官が不起訴処分の判断をするか,あるいは正式裁判に移行した上で,無罪判決を得る必要があります。そのため,微罪処分等の方が,はるかに速く刑事処分回避が実現できる可能性がある,ということになります。

加えて,そもそも行動制御能力の喪失による心神喪失が認められることは一般的に例としては少なく,またこの主張は刑事処分を認めない,いわゆる否認事件となるため,心神喪失の主張を検察官が受け入れない場合(不起訴処分にならない場合)は正式裁判で争うことになる点はかえってあなたにとって不利益になるともいえます。またその主張が認められなかった場合,前科になってしまうため,リスクの高い対応であるともいえます。

これらの点で,心神喪失の主張に固執することは,かえって迂遠かつ不利益な結果につながることになりかねません。

ただし,上記のとおり,微罪処分には犯罪事実を認めていること,前科・前歴がないこと等の要件があります。例えば,多数の前科・前歴がある場合等には,微罪処分は望めないため,心神喪失の主張も意味をもつことがあります。

また,あなたのように,行為時の「記憶がない」場合,そもそも罪を認めるか,という問題があります。「記憶がない以上,罪を認めることはできない」という場合,正に否認事件として心神喪失による不起訴処分あるいは無罪を主張することになるためです。上記のとおり,かかる主張はリスクがあるため,「記憶がない以上,罪を認めることはできない」のか「記憶はないが,自分が盗ったことは明らかであるため,謝罪していきたい」のかを明確にしておく必要があります(本件においては,後者であることを前提にしています)。

(4)後者の場合では,微罪処分等を目指すことになるのですが,その場合でも心神喪失の主張を完全に放棄するべきではありません。

例えば,示談が未了である等,微罪処分等の要件を充足しない場合には,検察官による不起訴処分を目指すことになりますが,心神喪失の主張は,検察官が不起訴を判断する上で有利な要素となります。検察官は有罪にできる確信がなければ起訴しないため,心神喪失状態であった可能性を示すことにより,その確信が揺らぐようなことがあれば,起訴を回避できる可能性を高めることができる,ということになるためです。

4 本件における具体的な弁護活動の流れ

(1)以上を前提として,本件において想定される具体的な弁護活動の流れを紹介します。

上記のとおり,本件においては,行為時の記憶がないものの,万引きをしてしまったことは認めています。そのため,微罪処分あるいは事件化の回避を目指すことを考えていきます。

微罪処分等を獲得するためには,被害店舗への謝罪と被害回復,更には示談により,被害店舗による宥恕(許し)を得ることが不可欠です。示談交渉には時間がかかる可能性が高い一方,検察官に事件が送致される前に示談が成立しなければならないため,一刻も早く示談交渉に着手することが必要です。この点,警察によっては,あなたに対して「謝罪や被害回復等は,事件が検察に送致されてからにしてください。」と指示することもありますので,注意が必要です。

なお,本件のようなスーパーマーケットや,コンビニエンスストアのような小売りチェーン店との示談については,一律示談に応じない対応をしているところも多いのですが,店舗の形態や責任者等によっては,示談成立の可能性も十分にありますので,まずは交渉を開始することが重要です。

他方,心神喪失に関する点ですが,まずは精神疾患の客観的な資料として,精神科の診断を受け,細かい診断書を取得することになります。その際,事理弁識能力・行動制御能力の欠如を示すために,病名だけではなく,具体的な症状を記載してもらう方がより説得的です。

なお,精神科の受診・通院は,上記微罪処分の要件の「再犯のおそれがないこと」を示すための資料としても有益です。これは,万引き行為の原因ともなり得る精神的疾患を根本から治療する意思と実行を示すことになるからです。むしろ,精神的疾患を抱える方の犯罪において,精神科の受診・通院は必須ともいえます。

また,警察段階における取調べに対しては,正直に精神的疾患があること,行為時の記憶はないが,積極的に行為自体は争わないことを話すことになります。ただし,誘導等に乗って不利益になり得る(例えば,心神喪失状態を否定するかのような)供述をしてしまうこともあり得るところですので,可能な限り示談が成立するまで延期を求めるべきです。

以上をまとめると,①直近に取調べが予定されている場合は延期を求めながら,②被害店舗と示談交渉を開始すると同時に,③精神科を受診し,継続的な治療を開始し,④示談が成立した場合,各証拠資料をまとめて微罪処分あるいは事件化の回避を警察に対して主張していく,という流れになります。

(2)いずれにしても,示談交渉や,取調べの対応,微罪処分等の主張については,事件ごとに細かい方法は異なりますし,専門性と柔軟性が求められるところです。逮捕等されていなくても早い段階での着手が処分を変えることもありますので,まずはご相談ください。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

刑法

(心神喪失及び心神耗弱)

第三十九条 心神喪失者の行為は、罰しない。

2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

(窃盗)

第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法

第二百四十六条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

犯罪捜査規範

(微罪処分ができる場合)

第百九十八条 捜査した事件について、犯罪事実が極めて軽微であり、かつ、検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたものについては、送致しないことができる。

(微罪処分の報告)

第百九十九条 前条の規定により送致しない事件については、その処理年月日、被疑者の氏名、年齢、職業及び住居、罪名並びに犯罪事実の要旨を一月ごとに一括して、微罪処分事件報告書(別記様式第十九号)により検察官に報告しなければならない。

(微罪処分の際の処置)

第二百条 第百九十八条(微罪処分ができる場合)の規定により事件を送致しない場合には、次の各号に掲げる処置をとるものとする。

一 被疑者に対し、厳重に訓戒を加えて、将来を戒めること。

二 親権者、雇主その他被疑者を監督する地位にある者又はこれらの者に代わるべき者を呼び出し、将来の監督につき必要な注意を与えて、その請書を徴すること。

三 被疑者に対し、被害者に対する被害の回復、謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すこと。

【参考裁判例】

仙台簡易裁判所平成6年8月22日判決

「(1)被告人は、本件犯行当時、自己の行為の是非善悪を判断する能力は失っていなかったと認められる。すなわち、前記本件犯行当時における被告人の言動、ことに犯行後の取調べにおいて、自分が盗んだというのであれば弁償する旨その行為の是非を認識した上での弁解をする等のほか、関係証拠により認められる後記検察官主張のような被告人の弁解及び行動、また、一般に躁病患者の場合、逸脱行為そのものの認識がないとか、逸脱行為を全く否定するなどというようなことは通常有り得ないとする右鑑定人の鑑定意見とは違い、被告人が犯行につき種々の弁解をしながら極力これを否定していること等に鑑みるとき、本件犯行当時、被告人は、未だ自己の行為の是非善悪を弁識する能力を失ってはいなかったというべきである。

(2)しかしながら、被告人は、平成二年一二月以前躁うつ病に罹患し、うつ病相と躁病(刺激性)相を経てきたところ、仕事の不振を機に、平成五年五月ころから再び躁病が始まり、躁病に起因する刺激性、精神運動性興奮、観念の奔脱、誇大妄想観念、自我感情又は自己価値の昂進等、躁病特有の病的感情、また不愉快、不快あるいは憂鬱というような躁とうつの混合したような病相が発生し、本件当時には次第に病勢を強めていて、特に刺激性、興奮性の増大、易怒性が目立ち、その欲動の昂進により、被告人に理性によって行動を制御することを期待することのできなかったことは、前記認定の本件犯行当時における唐突ともいうべき被告人の行動に照らして認められるところであり、本件犯行当時、被告人は、是非善悪の弁識に従って自己の行動を制御する能力を失っていたと認められる。

3 そうすると、被告人は、本件犯行当時、行為自体の事柄の是非善悪を弁識する能力こそ一応有していたものの、その弁識に従って自己の行為を制御する能力を欠いていたもので、心神喪失の状態にあったというべきである。」