新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1258、2012/4/19 11:19 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・供託による被害弁償・起訴前の供託と公判における供託の問題点】

質問:スーパーで万引きをしてしまい,警察に逮捕されてしまいました。警察署で事情を聞かれた後,釈放されて,現在は家に戻っており,近々警察での取調べが行われる予定です。今回の事件について,被害店舗には多大なご迷惑を掛けたことから,お店に謝罪し,被害弁償を行いたいと考えているのですが,お店の方は,営業方針上,謝罪や被害弁償の申入れを一切受け付けてくれません。罪を犯した場合には,謝罪や被害弁償をしたことがその後の処分の際の考慮要素となるということを聞いたことがあるのですが,被害者側が謝罪や被害弁償の受取りを拒絶している場合に,どのような対応をすべきでしょうか。

回答:
1.本件の万引きのような窃盗罪は,個人の財産権を保護法益とする犯罪であり,謝罪や被害弁償がなされたことは,処分を決める上で重要な要素となります。
2.まず,被害者が示談や被害弁償に応じてくれる場合には,被害弁償をして示談書等を作成し,これを警察や検察官に証拠として提出することになります。
3.これに対し,本件の事例のように被害者が被害弁償や示談に一切応じてくれない場合には,供託という制度の利用を検討することになります。供託は,民法上債務が弁済されたのと同様の効果が生じるものですが,このような重要な法律効果が生じることから,法務局に提出する供託所の書面の記載は厳格なものが要求されます。供託書を記載する際の主な注意点を挙げると,@「供託の原因たる事実」の欄には受領拒絶の要件が具体的に記載されていなければなりませんし,A被害弁償としての損害賠償額についても元金と利息との区別がつくように記載しなければなりません。その他,どこの供託所に行って供託するのか,供託金の支払は供託所で受け付けてくれるのか等についても,法務局によって運用が異なる場合もありますので,事前に供託所と打合せを行うことが不可欠です。この供託が完了した場合には,供託書の写しを証拠として警察や検察官に提出することになります。
4.以上のように,被害弁償の事実は量刑上重要な考慮要素となっており,処分を決定される際にも当然考慮されるべきものですので,示談書ないし供託書を被害弁償がなされたという証拠として警察や検察官に提出することになります。しかし,処分を決める際には,被害弁償の事実のみが考慮されるのではなく,その他の事実も考慮の上で判断がなされることになりますので,これも含めた意見書を警察や検察官に提出することも必要となります。また,供託の手続は厳格であるため,事前の準備が重要となります。そのため,事前に弁護士と相談し,処分決定までの対応策を検討する必要がありますので,お近くの法律事務所までご相談におでかけください。
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解説:
1(被害弁償の持つ意味)
  被害弁償とは,犯罪により被害者が被った被害相当額を金銭によって弁償することをいいます。窃盗罪,詐欺罪等のいわゆる個人的法益(保護法益が個人的なもの。これに対して,公務執行妨害罪や覚せい剤取締法違反などは社会的な法益を保護法益とする犯罪です。)を保護法益とする犯罪では,犯罪によって被害を被った個人の被害者がいるわけですから,被害者の被害が回復されたか,被害者の被害感情が宥恕されたかが量刑上重要な要素となります。
  一般に,被害弁償は,被害者との示談とともに行われます。示談の際には,被害者と接することになりますから,被害者の感情を十分に理解し,慎重な対応を心掛けるべきです。急を要する場合を除いては,いきなり電話で面会を求めたり,直接被害者との接触を試みるという方法は極力避け,まず,丁重な表現の文書をもって謝罪と被害弁償をするために訪問の機会を設けていただきたい旨を伝え,その後に電話で連絡を取って,具体的な訪問日時等を決めるべきです。このように,細かい協議が必要ですから,罪を犯した本人が被害者と連絡することは保釈中などの場合を除いて法律上は制限がありませんが,できれば弁護士に依頼して示談の交渉をすべきでしょう。
  示談交渉の結果,被害者との示談が成立した場合には,被害者との間で示談書を作成し,これを証拠として提出することになります。被害者の処罰感情は量刑上重要な要素となるため,示談書には,被疑者の謝罪,示談金の支払とその受領,被害者による被疑者の宥恕(被疑者を許すということ),告訴や被害届が提出されている場合には,これを取り下げる,という内容が盛り込まれることが一般的です。特に親告罪とされている犯罪については告訴が取り下げられると起訴できないこととされていますから,親告罪については告訴の取り下げ書を書いてもらう必要があります。

2 (相手方が示談・被害弁償に応じない場合)
 
(1) 示談に応じない場合
  示談ができないまでも,被害者が被害弁償金を受け取るという場合であれば,被害弁償金を支払い,被害者から領収書を受け取って証拠として提出するという方法が考えられます。この場合は,金額が被害弁償に相当するものであれば,被害弁償は完了したと評価されます。

(2) 示談・被害弁償に応じない場合
  (1)でみたように被疑者との間で示談ができないまでも,被害弁償金を受け取ってもらえる場合には,犯罪により被害者が被った財産的,精神的損害を填補することが可能となります。
  しかし,被害者の被害感情が強い場合や被害者が被害弁償に一切応じない方針を取っている場合等には,被害者と面談すること自体が困難であるため,示談や被害弁償を行うことが困難な場合があります。大手小売チェーン店などでは,継続的に万引き被害に悩まされており,会社方針として万引き事案には厳正な対処を行う事を定めているケースがあり,「本社の指示で示談には応じられない」という回答をされてしまうことがあります。このような場合には,以下に述べる供託という制度を利用することによって民法上は被害弁償を行ったのと同様の効果が生じるため,量刑上も供託の事実が考慮されることになります。ただ,民法上は被害弁償がなされたのと同様の効果が生じるとしても,被害者が供託所から実際に供託金を受け取らなければ事実上の被害弁償はなされていないことになります。そのため,供託の事実が量刑判断において持つ意味は,実際に被害弁償がなされた場合と比較して小さくなることはやむを得ないと思われます。
  
3 (供託の要件)
(1) 供託制度の概要
  供託とは,弁済者が弁済の目的物を債権者のために供託所に寄託して債務を免れる制度をいいます。この供託が行われることにより,債務者は債権者に弁済したものとして扱われ,債務が消滅することになります。供託することにより,債務者は,法律上及び契約上の遅延損害金の支払い義務を免れることができます。民法には遅延損害金の支払いを免れる為の制度として他に「弁済の提供=民法492条」がありますが,供託の場合は,弁済の提供を行った事実を個別に立証する必要が無く,供託書正本により供託の事実を立証できるというメリットがあります。
  民法494条には,「債権者が弁済の受領を拒み,又はこれを受領することができないときは,弁済をすることができる者(以下この項目において「弁済者」という。)は,債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも,同様とする」(民法494条前段)と規定されており,供託原因として,@債権者が受領を拒み,又は受領することができないとき,A過失なくして債権者を確知できないときを定めています。今回の事例では,「お店の方は,営業方針上,謝罪や被害弁償の申入れを一切受け付けてくれません」ということですので,@の「債権者が弁済の受領を拒んだ場合」の供託原因が問題となるため,以下これを中心に解説したいと思います。

(2) 供託の有効要件
  弁済供託が有効で債務消滅の効果が生じるためには,2つ要件が必要とされています。ひとつは,供託原因が存すること,もうひとつは,供託の内容が供託によって消滅する債権と同一内容のものであることです。したがって,@債権者が弁済の受領を拒否したこと(民法494条前段)に該当し,A供託によって債権者(被供託者)が供託所に対して取得する供託物還付請求権(民法496条1項)の内容が,債務者に対する債権と同一内容のものでなければなりません。

  ア @受領拒絶について
  この受領拒絶とは,例えば,債務者が弁済期日に弁済の目的物を債権者の住所地に持参して受領を催告する(民法484条)など,「債務の本旨に従った」適法な弁済の提供(民法493条)をしたにもかかわらず,債権者がこれに応じなかった場合をいうと解されています。そして,「債務の本旨に従った」弁済の提供といえるためには,定められた履行期に債務の本旨に従って現実の提供をしなければなりません(民法493条本文)。示談のために被害弁償金を持参して被害者と面談し,被害弁償金を受け取って欲しいと申し出れば弁済の提供に当たります。
  いずれにしろ,刑事事件において被害弁償の供託をする場合には,被害弁償金全額を持参して謝罪の上,被害者に対して受領してもらうようにお願いし,その上でやむを得ず弁済供託をするということになります。
  なお,債権者があらかじめその受領を拒否しているような場合には,債務者は弁済のために現実の提供ができる準備を完了した上で,その旨を債権者に通知し受領を催告する口頭の提供で足りるとされています(民法493条但書)。

  したがって,供託原因である「弁済の受領を拒む」という要件を満たすためには,債権者があらかじめ弁済の受領を拒んだだけでは足りず,債務者は,さらに口頭の提供をした上でなければ供託をすることはできません(大判明治45年7月3日,大判大正11年10月25日)。しかしながら,債権者の拒絶の態度が強固であって,たとえ債務者が口頭の提供をしてみたところで,債権者が受領しないであろうことが明瞭な場合には,例外として,口頭の提供をせずに,直ちに供託をすることができるということになります(大判大正11年10月25日)。

  イ A供託物還付請求権と債務者に対する債権との内容の同一性について
  今回は「被害店舗には多大な御迷惑を掛けたことから,お店に謝罪し,被害弁償を行いたい」と考えているとのことですが,今回の事案のような万引きの場合には,お店側が示談や謝罪を断っている場合でも,万引商品相当額についてはその場での買取りを求めてくる場合が多いと思います。この場合には,お店側に商品の販売価格相当額を支払うことにより万引商品についての被害弁償はなされたことになります。現実問題として想定し難いとは思いますが,仮に,お店側が,商品の被害弁償についても一切受け付けないという場合であったとしても,被害弁償については万引きした商品の販売価格合計額という定まった金額が被害弁償の額になりますので,この価格合計額を供託すればよいことになり,供託手続を採る上において問題となるものはありません。

  しかしながら,今回の万引きについてお店側は,警察への事情聴取に時間を割いたり,本来なら営業活動に専念できた時間を捜査活動等に割かなければならなくなったのであり,お店側に余計な業務を増加させたことによる損害賠償義務を負っていると考えることができます。この場合に,お店に余計な業務を増加させたことによる損害賠償金を供託する場合には,供託の要件との関係で以下の点が問題となります。すなわち,お店側が被った損害額については上記万引商品のように定まった金額がありませんので,@いまだ供託すべき債務は確定していないのではないか,A債務者(不法行為者)が算定した金額を提供したとしてもそれが民法493条に定める「債務の本旨に従った」弁済の提供とみることができるかという問題があります。

  まず,@については,不法行為に基づく損害額も客観的に確定している(ただ具体的な金額が事実上不明である。)と解することができるため,不法行為に基づく損害賠償債務は確定債務であり,供託すべき債務は確定したものであるということができます。
次に,Aについては,供託官の審査権はあくまでも供託書及びその他所定の添付書類の記載内容等に基づく形式的審査から知りうる実態上の供託内容等の範囲にとどまるものであって,供託書に記載されている事実(内容)の存否等に関する実質的審査権はありません。したがって,形式的審査権しか有しない供託官としては,不法行為による債務者が具体的金額を「客観的に確定している」として供託してきた場合,それが真実であるかどうかの判断はできないので,当該供託金額が不法行為者たる供託者の相当とする損害賠償額と一致し,それが全額についての供託申請であればこれを受理せざるを得ないことになります。

4 (供託の手続)
(1)はじめに
  供託手続については供託法,供託規則においてその手続の詳細が規定されています。  
  しかし,弁済供託は最初に説明したとおり,債務の消滅という法律効果が発生するものであるため,供託をする際には書面に厳格な記載をすることが要求されます。また,供託する法務局ごとに供託受付について取扱いの差異があることもまま見受けられます。そこで,以下供託手続についての概要を解説しますが,実際に供託する場合には供託すべき法務局に事前に電話やFAX等で連絡し,供託手続や供託書の記載についてあらかじめ確認や調整等をした上で行く方が無難です。近場の法務局の場合であれば訂正や必要書類を入手して再度行うことも可能ですが,遠方の法務局の場合には後日改めての供託手続となり時間や手間がかかることになりますので注意が必要です。

(2)供託すべき供託所
  供託は,債務の履行地の供託所にすることになります(民法495条1項)。
 本件のようなスーパー(会社のような法人)での万引きの場合,当該不法行為に基づく損害賠償債務の相手方が,実際に万引きをしたスーパー(支店)となるのか,それともスーパーの本店となるのかは考えなければなりません。供託所によっては支店のある供託所でしか供託を受け付けない扱いをしている場合もありますので,事前に供託所に相談することが不可欠です。
  なお,供託所によっては,供託金をその場で現金により納めることができず,銀行振込みでないと供託金を納めることができないところもありますので,この点についても事前に確認することが必要となります(銀行の窓口が開いている時間に銀行に行く必要があり,時間を見ておく必要があります)。

(3)供託書の記載
  供託をする場合,供託所に備付けの供託書(OCR用)に所定の事項を記載して,提出する必要があります。損害賠償金の供託をする場合,この供託書の「申請年月日」,「供託所の表示」,「供託者の住所氏名」,「被供託者の住所氏名」,「供託金額」,「法令条項」,「供託の原因たる事実」欄に供託者が記載をすることになります。
  厳格な書面の記載が要求されますので,それぞれの記載を供託所が要求するとおりに記載しなければなりませんが,特に注意しなければならない「供託の原因たる事実」欄についてご説明したいと思います。

  まず,供託原因の記載において,単に受領しないことが明らかであるということでは不十分であって,債務者が弁済の提供をしても受領しないという事情が具体的に供託書に記載されていることが必要です。
  また,不法行為者は,不法行為時の時点から遅延損害金を支払わなければならないとするのが判例(大判明治43年10月22日)ですので,供託する場合にも遅延損害金を含めた額でしなければなりません。そして,遅延損害金とともに供託するときは,供託書中「供託の原因たる事実」欄に,本来の賠償額と遅延損害金の額とを区別して記載しなければなりません。
  なお,受領拒否による弁済供託の具体的な記載例については<1063番>に記載されています。また,供託手続一般について法務省のサイトにも詳細な説明があるので併せてご参照ください(http://www.moj.go.jp/MINJI/kyoutaku.html)。

5 (刑事裁判における判決後の供託金取り戻しの問題点)
(1) 供託がなされると債務の弁済がなされたのと同様の効果が生じることになりますが,債権者が供託を受諾せず,又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は,弁済者(債務者)が供託物を取り戻すことができます(民法496条1項)。これを供託物の取戻請求権といいます。
  この取戻請求権をめぐって昨今問題が生じています。すなわち,今回の事例は起訴前の事例であるため直接的には妥当しませんが,加害者(今回の事例では万引きをした者に当たります。)が起訴され被告人となり何らかの判決が下された場合です。この場合に,加害者が供託した供託金を判決が下された直後に取り戻した場合,結局は供託金が加害者の許に返ってしまい,供託が加害者に有利な判決を得るためのいわば見せ金と同様に使われたかのような外観が生じるため,供託がなされた事実を考慮してなされた判決は正当なものとはいえないのではないかという問題です。

  これについては,加害者が取戻請求権を放棄することが可能であることから,加害者において供託した上で取戻請求権を放棄することにより,解決が可能であるとの指摘がなされています。たしかに,判決後に供託金が取り戻された場合,供託金が被害者の許に現実には移転していないため,供託金がいわば見せ金のような形で使用されている面はあると思います。しかしながら,供託は,供託時点での加害者の謝罪の気持ちを含めた損害賠償相当金の供託なのであって,判決後にはその気持ちが変化するということも十分に考えられると思われます。一方で,被害者側が,供託金の受領を頑なに拒む原因として,供託金を受領することにより加害者を宥恕(許すこと)していると思われることを危惧しているということが考えられます。そのため,この問題は,供託時点での加害者の謝罪の気持ちと被害者の被害感情の対立とから生じているものと思われますので,両者の調整を今後いかに図っていくのかが課題となると思われます。
  供託金の取戻請求権を放棄した場合の方が,放棄しない場合に比べて量刑上有利に扱われることになるのか,それとも被害者が供託金を受け取った上で,被害者参加制度や意見陳述制度等(刑事訴訟法316条の33以下)を利用して被害者の被害感情を適切に表明する場が裁判上で与えられることになるのか,今後の動きが注目されるところです。
  なお,この問題については,犯罪被害者等施策推進会議においても議論されていますので,興味のある方は議事録等を参照なさってみてください。

(2)尚,実務上ですが,まず,供託自体は,贖罪寄付と異なり被害者が受領するまで取戻請求権が供託者に残されていますので,いわゆる条件付き被害の弁償であるということを裁判所も理解しており,示談(宥恕付き)ができた場合と比べて刑事裁判であれば判決に決定的な影響は与えないと考えられているようです。というのは,判決前に,仮に被害者が供託金を受領していれば,弁護人はこれを供託所で判決直前に確認し,弁論を再開し(刑訴313条1項,民訴と異なり弁護人が再開を求めることができます。)受領の事実を証明する書面を有利な証拠として裁判所に提出することができるので,この書面が提出されない以上,被害者側は受領していないこと(取り戻される可能性があること)を前提に判決が下されることになるからです(弁済する意思があったという有利な事情として評価されるだけです)。
  被害者のある犯罪においては,被害者が宥恕するという示談と同様に供託手続きにより執行猶予判決がなされるという保証はありませんし,そのような量刑事情にはなっていないようです。供託は,条件付き被害弁償である上に,法の支配,自力救済禁止から導かれる被害者側の抽象的処罰請求権の放棄がないので宥恕つき(抽象的処罰請求権放棄)示談とは本質的に性質が異なり示談ほど量刑上大きな意味を持たないものと考えられるからです。
  但し,前述の取戻請求権放棄の証拠と提出すれば,宥恕つき示談に及ばないとしても,単なる供託より量刑上の効果は生じると思われます。通常,供託額は,執行猶予判決を求めて,実際の被害額(民事上の裁判で請求可能な額より)よりかなり高額になる場合もあり,仮に実刑となった場合には,被告人がこれを取り戻すことは十分予想されるわけで,裁判所もこれを前提に判断することになっているようです。

  例えば,控訴審判決であれば完全な法律審である上告審では実刑判決が覆る可能性はほぼなくなるので取り戻しの可能性がさらに大きくなります。第一審判決後であれば被害者が控訴審終結までに供託金を受領するかもしれないので,受領されたらこれを控訴審で有利な量刑事情として主張するため取り戻しを控えるようです。又取り戻すと控訴審で検察官側から不利な証拠(供託を受領しようとしたが取り戻されていたという事実)として提出される危険がありますから取り戻しの可能性は低くなるはずです。他方,被告人に厳罰を求める被害者によっては,専門家と相談してこのような事情を前もって予期し,判決直後に供託金を受け取るという場合もあるようです。従って,被告人側が,判決後に供託金を取り戻すことはあながち公正ではないとまでは言いきれない背景もあるかもしれません。以上より実務上,裁判所は,刑事裁判における供託に関し十分理解をしているように思われます。
  以上は,起訴前の検察官が起訴便宜主義に基づき公訴を提起するかどうかを判断する場合も同様と考えた方がいいと思います。ただ,起訴前の事件の内容が少額の被害で,前科がないような場合には,供託も十分効果は期待できるものと思われます。

《参考条文》

<刑法>
(窃盗)
第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

<民法>
(弁済の場所)
第四百八十四条  弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは,特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において,その他の弁済は債権者の現在の住所において,それぞれしなければならない。
(弁済の提供の方法)
第四百九十三条  弁済の提供は,債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし,債権者があらかじめその受領を拒み,又は債務の履行について債権者の行為を要するときは,弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
(供託)
第四百九十四条  債権者が弁済の受領を拒み,又はこれを受領することができないときは,弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は,債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも,同様とする。
(供託の方法)
第四百九十五条  前条の規定による供託は,債務の履行地の供託所にしなければならない。
2  供託所について法令に特別の定めがない場合には,裁判所は,弁済者の請求により,供託所の指定及び供託物の保管者の選任をしなければならない。
3  前条の規定により供託をした者は,遅滞なく,債権者に供託の通知をしなければならない。
(供託物の取戻し)
第四百九十六条  債権者が供託を受諾せず,又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は,弁済者は,供託物を取り戻すことができる。この場合においては,供託をしなかったものとみなす。
2  前項の規定は,供託によって質権又は抵当権が消滅した場合には,適用しない

<刑事訴訟法>
第三百十六条の三十三  裁判所は,次に掲げる罪に係る被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から,被告事件の手続への参加の申出があるときは,被告人又は弁護人の意見を聴き,犯罪の性質,被告人との関係その他の事情を考慮し,相当と認めるときは,決定で,当該被害者等又は当該被害者の法定代理人の被告事件の手続への参加を許すものとする。
一  故意の犯罪行為により人を死傷させた罪
二  刑法第百七十六条 から第百七十八条 まで,第二百十一条,第二百二十条又は第二百二十四条から第二百二十七条までの罪
三  前号に掲げる罪のほか,その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(第一号に掲げる罪を除く。)
四  前三号に掲げる罪の未遂罪
2  前項の申出は,あらかじめ,検察官にしなければならない。この場合において,検察官は,意見を付して,これを裁判所に通知するものとする。
3  裁判所は,第一項の規定により被告事件の手続への参加を許された者(以下「被害者参加人」という。)が当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人に該当せず若しくは該当しなくなつたことが明らかになつたとき,又は第三百十二条の規定により罰条が撤回若しくは変更されたため当該被告事件が同項各号に掲げる罪に係るものに該当しなくなつたときは,決定で,同項の決定を取り消さなければならない。犯罪の性質,被告人との関係その他の事情を考慮して被告事件の手続への参加を認めることが相当でないと認めるに至つたときも,同様とする。
第三百十六条の三十八  裁判所は,被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から,事実又は法律の適用について意見を陳述することの申出がある場合において,審理の状況,申出をした者の数その他の事情を考慮し,相当と認めるときは,公判期日において,第二百九十三条第一項の規定による検察官の意見の陳述の後に,訴因として特定された事実の範囲内で,申出をした者がその意見を陳述することを許すものとする。
2  前項の申出は,あらかじめ,陳述する意見の要旨を明らかにして,検察官にしなければならない。この場合において,検察官は,意見を付して,これを裁判所に通知するものとする。
3  裁判長は,第二百九十五条第一項及び第三項に規定する場合のほか,被害者参加人又はその委託を受けた弁護士の意見の陳述が第一項に規定する範囲を超えるときは,これを制限することができる。
4  第一項の規定による陳述は,証拠とはならないものとする。

刑事訴訟法
第三百十三条  裁判所は,適当と認めるときは,検察官,被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で,決定を以て,弁論を分離し若しくは併合し,又は終結した弁論を再開することができる。
○2  裁判所は,被告人の権利を保護するため必要があるときは,裁判所の規則の定めるところにより,決定を以て弁論を分離しなければならない。

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