新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1091、2011/4/1 14:33 https://www.shinginza.com/chikan.htm

【刑事・刑事訴訟手続きと被害者との示談・供託等の手続き】

【質問】
私は,酒に酔った勢いで,路上を歩いていた女性に無理やり抱きつき,キスをしてしまいました。現在,在宅にて刑事手続が進んでいる状況です。なんとかして被害者の方に謝罪し,示談したいと思っているのですが,被害者の方がどこの誰かさえ分かりません。どうすればいいでしょうか。私に前科前歴はありません。

【回答】
1.現在は起訴前の段階ですが,弁護人を選任した上で,検察官から被害者に連絡をとってもらい,被害者の住所や電話番号等を弁護人に開示することの同意を取りつけてもらう必要があります。
2.起訴後の段階では,検察官が被害者を証人請求する場合や被害者の取調べ調書を証拠調べ請求する場合には,弁護人は,知悉権に基づき,被害者情報が記載された証拠を検察官から開示してもらうことになります。
3.被害者情報を弁護人が取得した後は,弁護人から被害者の方に連絡を取り,あなたが謝罪と示談の意思を有していることを伝えたうえで,示談交渉に入ることになります。
4.示談が成立しない場合には,被害弁償,供託,現金書留による被害弁償金の送付等について検討する必要があります。
5.法律相談事例集キーワード検索:証拠開示の知悉権は,886番参照,被害弁償,供託関係は,1063番1034番951番978番695番538番参照。

【解説】
1.本件行為の擬律
 今回,あなたは,女性に対して無理やり抱きつき,キスをしています。かかる行為は,犯行反抗を著しく困難にする程度の暴行により被害者に性的しゅう恥を覚えさせているものです。したがって,あなたは「暴行によって」「わいせつな行為をした」ものとして,強制わいせつ罪(刑法176条)が成立します(東京高判昭32.1.22参照)。
 なお,強制わいせつ罪は親告罪に該当するため,告訴がない限り検察官は公訴を提起することができません(刑法180条1項)。そのため,起訴前から示談交渉に向けた活動は,あなたにとってとても有益なものになるでしょう。

2.起訴前における活動
(1)先述の通り,本件は親告罪であるため,起訴される前に被害者と示談し,告訴を取り消してもらうことがもっとも有益な活動になります(刑事訴訟法237条1項)。

(2)本件は在宅にて手続が進んでおり,検察官は,公判において確実に有罪にできる証拠を収集でき次第,あなたを起訴することになります。
   ただし,起訴前段階であなたが示談交渉を行う意思を有している本件においては,示談が成立又は示談の不成立が確実になるまで,起訴をしないよう求める意見書を弁護人が提出します。この意見書には何ら法的な意味はなく,事実上の意見を述べているものに過ぎませんが,このような申入れがあった場合,検察官は,起訴する時期を相当期間見送ることが多いようです。これに対して在宅ではなく勾留されている場合は,勾留の満期の日に起訴するか否か決定されるのが大多数ですので,勾留の満期の日までに示談を成立させる必要があります。在宅への変更をしてくれる良心的な検察官もいるでしょうが,法律上は可能であり,起訴便宜主義(刑訴248条)からは理論的に在宅への変更は何ら問題ないのですが,ほとんどは,事務的に起訴されてしまうことが多いようです。

(3)起訴前における被害者情報取得の手段は,基本的には,警察官又は検察官が,被害者情報を弁護人に開示してもよいかを被害者に確認し,被害者の同意が得られれば,弁護人に被害者情報が開示されることになります。
   ただし,本件のような性犯罪の場合,極めて被害感情が強く,被害者としては,加害者のみでなく弁護人と連絡をとることすら拒否する場合も少なくありません。あなたとしては,少なくとも,謝罪文を執筆することや被害者に二度と近づかない旨の誓約書を作成すること,相当額の示談金を用意すること等,被害者に対して最大限の誠意を示す資料を全て揃えた上で,警察官や検察官に被害者情報開示を依頼することが必要でしょう。

(4)もし,被害者が被害者情報を開示することに同意し,弁護人が示談交渉を行った結果,被害者から告訴の取消を得られた場合には,検察官は,強制わいせつの罪(親告罪)で起訴することはできません。結局あなたを不起訴処分にすることになります。

3.起訴後の活動
(1)起訴前に被害者による告訴取消しがなかった場合,検察官は,あなたに対して公訴を提起するかを判断します。この点,公訴を提起するかの判断は,検察官の裁量に属しています(刑事訴訟法248条。起訴便宜主義)。ただし,強制わいせつ事件の場合,法定刑が「6月以上10年以下の懲役」であり罰金刑の定めもなく,重い犯罪です。そのため,たとえあなたに前科前歴がないような場合であっても,告訴が取り消されていない以上は,公判請求されることが通常であると思われます。
   告訴の取消しが得られず,公判請求がされた後には,執行猶予付き判決(刑法25条)の獲得に向けた活動が必要になります。本件の場合,あなたは,「前に禁固以上の刑に処せられたことがない者」に該当しますが(刑法25条1項1号),「@3年以下の懲役の言渡しを受け」「A情状により」に該当するためにはさらなる活動が求められます(刑法25条1項柱書)。

(2)起訴前段階において,示談を成立させた上で告訴を取り消してもらうことが非常に重要な意味を持つことは上記の通りですが,公判請求後においても,示談成立は@Aとの関係で極めて大きな意味を持ちます。というのも,強制わいせつ罪の保護法益は女性の性的自由という個人的法益であるところ,被害者が示談成立によりあなたを許すということであれば,かかる法益侵害状態は既に事実上回復されたということになるからです。

(3)なお,起訴後においても,示談交渉を行うために,被害者情報を取得する必要があるのは起訴前と同じです。この点,起訴前段階において,先述の手続によって被害者情報開示の同意が得られなかった場合であっても,起訴後には別の手段によって被害者情報を取得することが可能です。
   すなわち,刑事訴訟法299条は,「証人,鑑定人,通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては,あらかじめ,相手方に対し,その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては,あらかじめ,相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。」と規定しています。また,この規定を受けて,刑事訴訟規則178条の6の1項1号では,「検察官は,第一回の公判期日前に・・・法第299条第1項本文の規定により,被告人又は弁護人に対し,閲覧する機会を与えるべき証拠書類又は証拠物があるときは,公訴の提起後なるべくすみやかに,その機会を与えること。」と規定している上,刑事訴訟規則178条の7では,「第一回の公判期日前に,法第299条第1項本文の規定により,訴訟関係人が,相手方に対し,証人等の氏名及び住居を知る機会を与える場合には,なるべく早い時期に,その機会を与えるようにしなければならない。」と規定しています。これを弁護人の知悉権と言います。 

   このように第1回公判期日の前に弁護人は証拠の閲覧をすることができますが,強制わいせつ等の性犯罪においては被害者の調書を閲覧する際,検察官がその住所氏名を隠して開示するのが通常です。供述調書の氏名住所を隠してコピーした調書を開示するのです。理由は被害者のプライバシーの保護ということです。被害者が示談や弁護人との面談を望まない場合は,検察官はそのような処理をしています。この場合は,弁護人としても被害者の住所,氏名を知ることはできないことになってしまいます。
   しかし,これは,弁護人の活動を著しく困難にするものであり弁護権の侵害となることは否定できません。この点は検察官と交渉してなんとしても被害者の住所氏名を教えてもらう必要があります。検察官を通じて被害者に面談してもらうよう手紙などでお願いすることになるでしょう。それでも,検察官が被害者を明らかにしない場合は,被害者の供述録取書面の取り調べについて不同意とすることが考えられます。起訴事実を認めて置きながら被害者の調書を不同意とすることは矛盾するようにも思えますが,同意するか否かは弁護人の自由ですから法律上の問題はありません。不同意とすると検察官は,被害者を証人として尋問するため裁判所に呼んで来ることが必要なってしまいます。被害者の人も証人として裁判所に来ることは拒否するでしょうから,最終的には検察官が被害者の氏名住所を弁護人に開示して,弁護人が被害者の供述録取書の取り調べを同意するということになるでしょう。
   さらに,検察官がどうしても住所を開示しなければ,訴訟手続き違背を理由にその瑕疵を争うことも可能です(公訴棄却の主張,刑訴第338条1項4号)。証拠開示の知悉権は,公正,公平な裁判を理想とする刑事訴訟法の基本原則,当事者主義から理論的に認められるものであり刑事訴訟手続きに必要不可欠なものです。すなわち,検察官,弁護人の証拠調べに先立ち,不意打ち防止の趣旨から相手方の防御する権利を保障するために認められたものです。

(4)以上の手続によって,被害者情報を承知する余地がありますが,仮に被害者情報を弁護人が取得した場合であっても,その情報を下に直ちに被害者と示談交渉を行えばいいというわけではありません。なぜなら,あくまで上記手続は被害者の意思とは関係なく被害者情報を弁護人が取得してしまうものなので,被害者がそれまで被害者情報の開示を頑なに拒んでいた場合には,やはり被害感情への十分な配慮が必要であり,被害者にコンタクトを取らないという判断も含めて,慎重な検討が必要となるからです。示談のための面談をする以上は示談可能な示談金を用意しておくことが必要になります。

(5)仮に示談交渉を行うという判断に至った場合,弁護人が被害者に連絡をとって示談交渉を行うことになりますが,被害者の意思とは関係なく被害者情報を取得しているという性質上,被害者との示談交渉は難航する可能性が十分見込まれます(他方で,被害者が被害者情報の開示に同意してもらうルートで被害者情報を取得する場合には,被害者としてもとりあえず弁護人の話しくらいは聞いてもよい,という気持ちでいる場合もあると予想されます)。そのため,仮に示談が不成立となった場合には,さらに,以下の手段を検討することが,刑法25条1項1号の@Aとの関係では有益だと思われます。
  ア 被害弁償
    示談が成立するということは,被害者に一定の金銭を支払った上で,被害者から本件について許しを得るということを意味します。ただし,本件のような性犯罪の場合には,被害者から許しを得るということは容易ではありません。被害者から許しを得られないようであれば,示談金として用意していた金銭を,被害弁償金として被害者の方に支払うことを検討する必要があります。
    本件では,あなたは,被害者に対して民事上の不法行為責任(民法709条)を負っており,かかる債務の弁済を行うことは,本件刑事手続とは関係なく,当然のことであるといえます。ただし,被害弁償の事実は,@Aに有利な影響を及ぼすことを一定程度期待できますが,示談に比べればその程度は大きくはありません。

  イ 供託
    被害者の被害感情が極めて強く,被害者が被害弁償金の受領にすら応じてくれないケースも十分想定されます。その場合には,被害者の住所地を管轄する法務局に,被害弁償金を供託するということが可能です(民法494条,495条)。民法上は,供託によってあなたは債務を免れることになりますが,実際問題として,被害者が供託金を受領しない限りは事実上の被害回復はなされていませんから,@Aに及ぼす影響は,被害弁償を行った場合よりも更に小さいものになると思われます。
    但し,供託手続きは理論的には簡単なのですが,実際の法務局の実務では難しい面があります。というのは,法務局は債務の弁済,消滅という法的効果を伴う手続き取り扱うことから厳格な記載書式を要求しており,各法務局により微妙にくい違いがあり,たいていの場合,弁護士でも法務局と事前の連絡,協議なしで行くと受け付けてくれません。必ず,FAXで供託書を事前に送り担当職員の了解を得てから出向くと安心です。横柄な態度を取るとさらにひどい目にあいます。間違いを指摘するだけで書き方を教えてくれません。法務局が遠隔地の場合は事務所に戻らなければならず大変なことになります。供託金の取り戻しはなお重要ですから供託時に事前確認しておきましょう。法律相談事例集キーワード検索:951番695番978番参照。
  ウ 現金書留
    被害者が被害弁償金の受領にすら応じてくれない場合には,供託のほか,入手した被害者の住所先に現金書留で被害弁償金を送付するという手段もあります。ただし,突然現金を送りつけられたことにより被害感情がさらに悪化してしまう可能性があるので,慎重な判断が求められます。

4.以上のとおりですが,性犯罪の場合,被害者の住所氏名が弁護人に開示されない事案が少なくありません。その場合,多くの弁護人は,示談をあきらめているのが現状と言ってよいでしょう。被害者感情を考慮すればやむを得ない点もあります。しかし,誠意を持って謝罪したいという気持ちがあれば,示談なり弁償はすべきです。そこで,示談について熱意を持った弁護士を探して弁護を依頼する必要があります。

【条文】

<刑法>
第二十五条  次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間,その執行を猶予することができる。
一  前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二  前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。
第百八十条  第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない。

<刑事訴訟法>
第百七十八条の六 検察官は,第一回の公判期日前に,次のことを行なわなければならない。
一 法第二百九十九条第一項本文の規定により,被告人又は弁護人に対し,閲覧する機会を与えるべき証拠書類又は証拠物があるときは,公訴の提起後なるべくすみやかに,その機会を与えること。
第百七十八条の七 第一回の公判期日前に,法第二百九十九条第一項本文の規定により,訴訟関係人が,相手方に対し,証人等の氏名及び住居を知る機会を与える場合には,なるべく早い時期に,その機会を与えるようにしなければならない。
第二百三十七条  告訴は,公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。
○2  告訴の取消をした者は,更に告訴をすることができない。
○3  前二項の規定は,請求を待つて受理すべき事件についての請求についてこれを準用する。
第二百九十九条  検察官,被告人又は弁護人が証人,鑑定人,通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては,あらかじめ,相手方に対し,その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては,あらかじめ,相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。但し,相手方に異議のないときは,この限りでない。
○2  裁判所が職権で証拠調の決定をするについては,検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。
第二百九十九条の二  検察官又は弁護人は,前条第一項の規定により証人,鑑定人,通訳人若しくは翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり,証人,鑑定人,通訳人若しくは翻訳人若しくは証拠書類若しくは証拠物にその氏名が記載されている者若しくはこれらの親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは,相手方に対し,その旨を告げ,これらの者の住居,勤務先その他その通常所在する場所が特定される事項が,犯罪の証明若しくは犯罪の捜査又は被告人の防御に関し必要がある場合を除き,関係者(被告人を含む。)に知られないようにすることその他これらの者の安全が脅かされることがないように配慮することを求めることができる。
第二百九十九条の三  検察官は,第二百九十九条第一項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり,被害者特定事項が明らかにされることにより,被害者等の名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき,又は被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくはこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは,弁護人に対し,その旨を告げ,被害者特定事項が,被告人の防御に関し必要がある場合を除き,被告人その他の者に知られないようにすることを求めることができる。ただし,被告人に知られないようにすることを求めることについては,被害者特定事項のうち起訴状に記載された事項以外のものに限る。

<民法>
第四百九十四条  債権者が弁済の受領を拒み,又はこれを受領することができないときは,弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は,債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも,同様とする。
第四百九十五条  前条の規定による供託は,債務の履行地の供託所にしなければならない。
2  供託所について法令に特別の定めがない場合には,裁判所は,弁済者の請求により,供託所の指定及び供託物の保管者の選任をしなければならない。
3  前条の規定により供託をした者は,遅滞なく,債権者に供託の通知をしなければならない。

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