新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.604、2007/4/18 16:41

[商事,登記,供託]
動産譲渡登記制度,占有代理人の催告による免責,債権者不確知による弁済供託,法律事務所との顧問契約

質問:当社は倉庫業者です。A社から預って保管している動産について,B社がA社から譲渡担保の設定を受けていたものだから引き渡せと言ってきました。A社に対して倉荷証券その他の証券の作成・交付はしていませんでしたが,B社は,譲渡担保の証拠として「登記事項証明書」を提示してきています。噂によればA社は経営が悪化しているとのことで,電話をかけても担当者が不在だとかで明確な回答がもらえません。この場合,そのままB社に引き渡してしまっても問題ありませんか。

回答:
そのまま引き渡すべきではありません。譲渡担保の設定により担保目的物の所有権が譲渡担保権者に移転するという法的構成(所有権的構成)をとるのが判例の理解ですが,その実質が債権の担保であることも無視できません。A社の動産としてA社から預かっているものをB社に引き渡せば,A社から損害賠償責任を追及される可能性があり,然るべき手順を踏んでこれをきちんと排除しておく必要があります。

まず,A社に対し,B社の引渡請求について異議があれば相当期間内に述べるようにという催告を内容証明郵便で送付するべきです。その上で,内容証明が配達された後に,上記の相当期間内にA社から異議がなければ,B社に対し引き渡して構いません。もし,A社から異議があった場合は,異議の内容が不当であることが明白でない限りは,管轄法務局に供託する手続を採るべきです。

解説:
【倉庫営業者の善管注意義務】
貴社は,顧客であるA社に対して,商事寄託契約に基づく善管注意義務を負っています(商法593条)。善管注意義務とは,その者の職業,その属する社会的・経済的地位に応じて一般的に要求される程度の注意義務をいいます。この点,貴社は倉庫業者であり,「プロの受寄者(寄託契約において,物を受け取って保管する側の者)」ですから,貴社に課される善管注意義務はプロとして果たすべき相当高度のものが要求されることになります。さらに,債務不履行責任の場合,約款などの特約に別段の定めがない限り,善管注意義務違反がなかったことを貴社の側が立証しなければならないことから,立証責任の点で不利な立場にあるといえます。勿論,訴訟を起こされれば勝ち目がないというわけではありませんが,応訴すること自体も貴社の負担となるでしょうから,そうなる前に手を打っておくべきです。

【動産譲渡登記制度における占有代理人保護】
B社が提示した「登記事項証明書」とは,動産・債権譲渡特例法(動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律)によって整備された動産譲渡登記制度に基づいて登記された事項を証明する文書です。動産譲渡登記制度の概要については,当法律相談相談データベースの別項でご説明しておりますので,そちらをご参照ください。動産譲渡登記は,代理人によって占有されている動産の譲渡についてもすることができます。本件において「代理人(=占有代理人)」とは貴社であり,占有代理人に占有させているA社が「本人」にあたります。

そして,代理人(貴社)によって占有されている動産の譲渡につき動産譲渡登記がされ,その譲受人として登記されている者(B社)が当該代理人に対して当該動産の引渡しを請求した場合において,当該代理人(貴社)が本人(A社)に対して当該請求につき異議があれば相当期間内にこれを述べるべき旨を遅滞なく催告し,本人がその期間内に異議を述べなかったときは,当該代理人(貴社)は,その譲受人として登記されている者(B社)に当該動産を引き渡し,それによって本人(A社)に損害が生じたときであっても,その賠償の責任を負いません(動産・債権譲渡登記法3条2項)。

一定の要件の下に免責を認めることで,動産譲渡については部外者であり,誰が真の権利者かの判断が困難である占有代理人を保護する趣旨です。催告の方法は法律に定めがなく,理論上は口頭でも可能ですが,免責要件を満たしたことを証拠として残すため,必ず内容証明郵便によるべきです。催告の際に定める「相当期間」は,通常1〜2週間かと思いますが,当事者の関係や動産の種類・性質等によって個別具体的に検討することが適切です。

【債権者不確知による弁済供託】
A社が異議を述べなければ,文言上当然,B社に引き渡しても大丈夫です。もし,異議が出された場合は,その内容を検討する必要があります。たとえ異議が出ても,その内容が不当であることが一見して明らかである場合は,譲受人(B社)に引き渡しても損害賠償責任を負わないと解されています。反対に,異議の内容が一見して不当であることが明白とはいえない場合は別の対処をすべきであり,その選択肢としては「債権者不確知による弁済供託」が適切であると考えます。

債権者不確知による弁済供託は,債権者が誰であるかが分からず,そのことについて弁済者に過失がない場合にすることができます。弁済者は供託所に供託をすることにより,債務を消滅させて債務を免れることができます(民法494条)。

供託をするには,供託所(法務局)で交付を受けることができる供託書を用いなければなりません。また,全国どこの供託所でも供託をすることができるわけではなく,債務履行地を管轄する供託所においてしかすることができません(同法495条1項)。債務履行地がどこかは,当事者間の契約があればそれに従うことになり,なければ商法の規定(516条)に従うことになります。本件の場合,供託原因が債権者不確知であり,A社が債権者かもしれないといえることから,A社との寄託契約において定めた引渡義務の履行地を管轄する法務局での供託が可能である解することができますが,実務上,法務局との協議が必要になる場合もあります。

貴社の債務は「動産引渡債務」です。金銭または有価証券以外の動産については,法務大臣が指定する倉庫営業者または銀行が供託所となって供託事務を取り扱い,物品を保管します(供託法5条1項)。供託をするには,法務局にある所定の書式を用いて供託書を作成し,供託物とともに倉庫営業者または銀行に交付します(同法6条)。供託物の保管料は,供託物を受け取るべき者が支払うとされています(同法7条)。

動産の供託は,実務上はそれほど数が行われていないと思われる手続ですので,法務局とよく相談して進める必要があるでしょう。

【法律事務所との顧問契約】
ところで杞憂かもしれませんが、貴社は本件登記事項証明書の記載内容を漏れなくご理解されていますか。A社に対して必要な記載事項を網羅した内容証明を作成できますか。A社からの異議内容の不当性を判断できますか。本来業務に支障を生じさせずに供託手続を採ることができますか。提訴される危険性の程度が把握できていますか。

今回ご相談の件は比較的簡易な事案でした。しかし,中には初期対応が重要で,事件が発生してから受任してくれる弁護士を探していたのでは刻一刻と事態が悪化して手遅れになる事案もあります。また,昨今,企業に法令順守を求める風潮がますます強くなっています。

そこで,御心配の場合、このような事件に備えて特に事業者の方には,お近くの法律事務所と御相談の上顧問契約、事件ごとの委任契約を締結することをご提案いたします。法務専門の部署を自前で設置することが必ずしも現実的でない中小企業ほど,コストの面からも顧問弁護士を置く利点が大きいということもできるでしょう(一般的には,スタッフを増員して給与を支払い続けるよりも法律事務所に年間顧問料を支払う方が低廉と思われます。)。また,顧問弁護士であれば,軽微な案件についても気軽にご相談ができ,緊急時にも素早い対応が可能となるでしょう。

なお,御参考までに事務所の法律顧問料等については,当事務所報酬規程第40条をご参照ください。どの法律事務所でも事業規模や顧問業務の範囲等により弾力的に対応すると思いますので、詳しく知りたい場合は,当事務所にもお電話や電子メールにてお問い合わせください。

(新銀座法律事務所報酬規程)https://www.shinginza.com/shinginza-fee.pdf

【参照法令】

■ 動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律 ■
第3条(動産の譲渡の対抗要件の特例等)
1項 法人が動産(当該動産につき貨物引換証,預証券及び質入証券,倉荷証券又は船荷証券が作成されているものを除く。以下同じ。)を譲渡した場合において,当該動産の譲渡につき動産譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは,当該動産について,民法第178条の引渡しがあったものとみなす。
2項 代理人によって占有されている動産の譲渡につき前項に規定する登記(以下「動産譲渡登記」という。)がされ,その譲受人として登記されている者が当該代理人に対して当該動産の引渡しを請求した場合において,当該代理人が本人に対して当該請求につき異議があれば相当の期間内にこれを述べるべき旨を遅滞なく催告し,本人がその期間内に異議を述べなかったときは,当該代理人は,その譲受人として登記されている者に当該動産を引き渡し,それによって本人に損害が生じたときであっても,その賠償の責任を負わない。
3項 略

■ 商法 ■
第593条[寄託を受けた商人の善管注意義務]
商人カ其営業ノ範囲内ニ於テ寄託ヲ受ケタルトキハ報酬ヲ受ケサルトキト雖モ善良ナル管理者ノ注意ヲ為スコトヲ要ス
第516条(債務の履行の場所)
1項 商行為によって生じた債務の履行をすべき場所がその行為の性質又は当事者の意思表示によって定まらないときは、特定物の引渡しはその行為の時にその物が存在した場所において、その他の債務の履行は債権者の現在の営業所(営業所がない場合にあっては、その住所)において、それぞれしなければならない。
2項 略

■ 民法 ■
第494条(供託)
債権者が弁済の受領を拒み、又はこれを受領することができないときは、弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は、債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも、同様とする。
第495条(供託の方法)
1項 前条の規定による供託は、債務の履行地の供託所にしなければならない。
2項以下 略

■ 供託法 ■
第5条
1項 法務大臣ハ法令ノ規定ニ依リテ供託スル金銭又ハ有価証券ニ非サル物品ヲ保管スヘキ倉庫営業者又ハ銀行ヲ指定スルコトヲ得
2項 倉庫営業者又ハ銀行ハ其営業ノ部類ニ属スル物ニシテ其保管シ得ヘキ数量ニ限リ之ヲ保管スル義務ヲ負フ
第6条
倉庫営業者又ハ銀行ニ供託ヲ為サント欲スル者ハ法務大臣カ定メタル書式ニ依リテ供託書ヲ作リ供託物ニ添ヘテ之ヲ交付スルコトヲ要ス
第7条
倉庫営業者又ハ銀行ハ第5条第1項ノ規定ニ依ル供託物ヲ受取ルヘキ者ニ対シ一般ニ同種ノ物ニ付テ請求スル保管料ヲ請求スルコトヲ得

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