相手方に惹起された錯誤と表意者が法律行為の基礎とした事情の表示

民事|錯誤による取り消し|意思表示者と相手方の利益対立|東京高裁平成17年8月10日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

ある日、大学生の頃の友人Xから久々に連絡があり、一緒に食事に行くことになりました。その食事会では、昔話に花を咲かせて盛り上がったほか、お互いの近居にも話が及んだのですが、友人Xは、現在、会社を経営している、ということでした。

後日、友人Xから再度電話があり、相談したいことがあると言われ、喫茶店に呼び出されました。少し嫌な予感がしたのですが、大学の頃は親しくしていたこともあって、私は喫茶店に行くことにしました。その席上で、友人Xから、「今、経営している会社で新規事業を立ち上げようとしているのだが、そのためには、銀行から融資を受ける必要がある。ただ、銀行からは、融資を受けたいのであれば、私以外に連帯保証人を立てろと言われてしまった。こんなお願いをするのは失礼だと承知しているが、お前に連帯保証人になってもらいたい。会社は既に軌道に乗っており、お前に迷惑を掛けることは絶対ない。」と言われ、連帯保証人になるよう、お願いされました。私が渋る様子を見せると、友人Xは、「突然こんなことをお願いしてしまい、本当に申し訳ない。心配になる気持ちもよく分かる。ただ、仲の良かった友人はお前だけで、他に頼れるような人もいない。もし心配な気持ちが強いということであれば、銀行の融資担当から話をさせることもできる。」と言ってきたため、ひとまず、私、友人X、銀行の融資担当者で面談をすることになりました。

実際に、私、友人X、銀行の融資担当者Yで面談が行われ、その席上で、銀行の融資担当者Yから、友人Xの経営する会社の新規事業の内容等が説明されましたが、難しい話で、よく理解することができなかったため、私は、端的に、融資担当者Yに対し、「Xの経営する会社は大丈夫なんですか。」と尋ねました。これに対し、「大丈夫ですよ。新規事業によって業績はぐんぐん伸びると思います。」との回答があったことから、私は、友人Xの経営する会社は破綻状態にないのだと信じ、今回の融資について連帯保証人になることを承諾しました。

しかし、私が連帯保証人になってから程なくして、友人Xの経営する会社は倒産してしまい、銀行は、私に対し、連帯保証人として、融資した借入金を返済するよう、求めてきました。銀行の融資担当者Yも、友人Xの経営する会社の資金繰りが厳しかったことは認識していたようなのですが、友人Xの話を鵜呑みにし、新規事業によって業績が回復すると考えていたようです。

私は、銀行に対し、連帯保証人として、融資された借入金を返済しなければならないのでしょうか。銀行の融資担当者Yの回答を信じて連帯保証人となったのに、友人Xの経営する会社が直ぐに倒産するなんて、話が違い過ぎていて、納得がいきません。

回答:

相談者様は、友人Xの経営する会社は破綻状態にないと誤信した上で、銀行との間で連帯保証契約を締結していますので、相談者様には、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」があるといえます(民法95条1項2号)。

「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」がある場合、意思表示を取り消し得ることになりますが、そのためには、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」(同項柱書)といえなければならないほか、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」(同条2項)ともいえなければなりません。

本件では、相談者様は、友人Xの経営する会社は破綻状態にあると知っていれば、連帯保証人になることなどなかったと考えられますし、このことは、通常人の立場に立って考えても同様ですので、相談者様の錯誤は、「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」といえます。

また、相談者の錯誤は、融資担当者Yの「大丈夫ですよ。新規事業によって業績はぐんぐん伸びると思います。」との回答によるものであり、融資担当者Y(銀行)が惹起したものといえるため、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」の要件を充足するものと取り扱われることになるでしょう(東京高裁平成17年8月10日判決参照)。

したがって、相談者様は、銀行との間の連帯保証契約の錯誤取消しにより、融資された借入金の返済義務を免れることができると考えられます。

なお、この取消権は、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年が経過すると、時効によって消滅するので(同法126条)、この点には注意が必要です。

関連事例集1892番1708番1623番1187番1093番1001番813番685番682番参照。

錯誤に関する関連事例集参照。

解説:

1 錯誤の概要

⑴ 民法95条1項、同条2項は、意思表示は、①意思表示に対応する意思を欠く錯誤や、②表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤(ただし、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限る。)に基づくものであり、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる旨を定めています。

当該規定は、今般の法改正によって改められた規定であり、改正前の民法は、錯誤に関し、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」と定めていました。

⑵ 錯誤に関する規定の今般の法改正のポイントは以下の3点です。

第1に、改正前の民法下は錯誤の法的効果を「無効」としていました。ただ、錯誤における「無効」については、民法95条の趣旨があくまでも表意者保護にあることから、実務上、その主張権者が表意者本人に限られ、第三者による主張は認められないのが原則とされていたため(最高裁昭和40年9月10日判決参照)、極めて「取消し」に近い性質を有するものでした。そこで、今般の法改正により、錯誤の法的効果が「取消し」と改められることになりました。なお、この取消権は、追認をすることができる時(錯誤から脱した時(同法124条1項参照))から5年、行為の時から20年が経過すると、時効によって消滅するので(同法126条)、この点、留意しておく必要があるでしょう。

第2に、改正前の民法下は、単に「錯誤」と定めるだけで、動機の錯誤(表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤)がこれに含まれるかという点については、明示的には触れていませんでした。もっとも、動機(表意者が法律行為の基礎とした事情)に錯誤がある場合にも、表意者を保護する必要がある一方、内心の動機(表意者が法律行為の基礎とした事情)が表示されていない場合にまで無効とすることは、相手方に酷な結果を招来することになることから、実務上、動機(表意者が法律行為の基礎とした事情)が明示又は黙示に表示されて法律行為の内容となっている場合には、動機の錯誤(表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤)も「錯誤」に含まれると解されていました(最高裁平成元年9月14日判決参照)。今般の法改正では、この点が反映され、上記のとおり、表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤(ただし、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限る。)がある場合も、錯誤取消しの対象となり得ることが明示されることになりました。

第3に、「法律行為の要素」については、実務上、重要部分について錯誤があることをいい、その錯誤がなかったならば、表意者本人は、その意思表示をしなかったといえ(主観的な因果関係)、かつ、通常人を基準としても、その意思表示をしなかったであろうと考えられるもの(客観的な重要性)をいうと解されていました(大審院大正7年10月3日判決参照)。今般の法改正では、この点が反映され、上記のとおり、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」との要件が定められることになりました。

2 表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤が相手方によって惹起された場合の取扱い

⑴ 上記のとおり、現行民法は、表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤がある場合は、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、意思表示が錯誤取消しの対象となり得るとしています。

それでは、その錯誤が相手方によって惹起された場合にまで、その事情が法律行為の基礎とされていることを表示していたことが必要となるのでしょうか。

この点、表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤が相手方によって惹起された場合は、その事情を相手方も暗黙のうちに把握していることが通常であるため、錯誤取消しを認めても、相手方に酷な結果を招来することにはならず、表意者保護の要請が全面的に働く場面といえます。

そのため、このような場合には、その事情が黙示的に表示されているものとして取り扱うのが相当であり(その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたかどうかを問題とするまでもなく)、結局、錯誤取消しが認められるか否かを判断するに当たっては、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるか否かを問題としさえすれば良いことになります。

⑵ 東京高裁平成17年8月10日判決でも、本件と近似した事案に関し、「上記のとおり、およそ融資の時点で破綻状態にある債務者のために保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから、保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは、保証しようとする者の動機として、一般に、黙示的に表示されているものと解するのが相当である。加えて、控訴人は、何ら訴外会社と取引関係のない情義的な保証人であり、高齢かつ病弱で、担保提供した自宅が唯一の財産であるというのであり、このことは被控訴人においてその調査により認識していたものである。さらに、前記認定のとおり、控訴人は、B及びCから保証人となることを懇請されても容易に承諾せず、D次長が保証意思の確認のために控訴人宅を訪問した際にも保証することに同意せず、最後にB及びCに伴われて○○支店に行き、D次長から訴外会社の経営状態について説明されても十分に理解できなかったため、端的に、D次長に対し『この会社大丈夫ですか』と確認したところ、D次長から『大丈夫です』との返答があったので、これを信じて、本件融資について保証することを決断したのであるから、訴外会社が破綻状態にはないことを信じて保証するのだという上記の動機が表示されていることは明らかというべきである。」旨が判旨されています。

これは、「この会社大丈夫ですか」という控訴人の質問に対し、被控訴人内のD次長が「大丈夫です」と返答したがために、控訴人が、主債務者である訴外会社が破綻状態にないという動機の錯誤(表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤)に陥っているため、かかる控訴人の動機の錯誤(表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤)は被控訴人によって惹起されたものと評価することができることから、その動機が黙示的に表示されているとしたものといえます。

⑶ なお、今般の法改正に際しても、表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤が相手方によって惹起された場合の取扱いを明文化するかどうかが議論の対象とされました。

もっとも、表明保証(不実表示があっても、契約の履行段階によっては契約の解消を認めず、損害賠償で処理する旨の合意)がなされている場合に、錯誤取消しと表明保証のいずれが優先するのかが、実務上、不確定な状況にあることに鑑み、今般の法改正では、表意者が法律行為の基礎とした事情についての錯誤が相手方によって惹起された場合の取扱いを明文化することが見送られています。

3 本件における具体的検討

相談者様は、友人Xの経営する会社は破綻状態にないのだと信じ、今回の融資について連帯保証人になることを承諾していますので、友人Xの経営する会社が破綻状態にないという「表意者が法律行為の基礎とした事情」に「錯誤」があるといえます(民法95条1項2号)。

その上で、相談者が、友人Xの経営する会社は破綻状態にないのだと信じたのは、「Xの経営する会社は大丈夫なんですか。」に対し、融資担当者Yから「大丈夫ですよ。新規事業によって業績はぐんぐん伸びると思います。」との回答があったからであり、相談者様の錯誤は、融資担当者Y(銀行)が惹起したものといえます。そのため、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」の要件を充足するものと取り扱われることになるでしょう(同条2項)。

そして、相談者様は、友人Xの経営する会社は破綻状態にあると知っていれば、連帯保証人になることなどなかったと考えられますし、このことは、通常人の立場に立って考えても同様ですので、相談者様の錯誤は、「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」といえます(同条1項柱書)。

したがって、相談者様は、銀行との間の連帯保証契約には錯誤があるとして、これを取り消し、連帯保証人としての借入金の返済義務を免れることができると考えられます。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文・判例

【民法】

第95条(錯誤)

1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。

① 意思表示に対応する意思を欠く錯誤

② 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤

2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。

① 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。

② 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

第120条(取消権者)

1 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。

2 錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。

第121条(取消しの効果)

取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

第124条

1 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。

2 次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。

① 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。

② 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。

第126条(取消権の期間の制限)

取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

《参考判例》

(東京高裁平成17年8月10日判決)

第3 当裁判所の判断

当裁判所は、被控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

1 争いのない事実に証拠(甲1ないし4、21)及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因(1)ないし(4)の各事実を認めることができる。

2 抗弁(1)(錯誤)について検討する。

(1) 証拠(甲1ないし23、27の1・2、28、29の1ないし3、乙1、2、3の1・2、4の1ないし142、5の1ないし3、6の1ないし4、7の1ないし5、8ないし12、13の1ないし4、14ないし34、証人C、同I、同D、同J、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

ア 訴外会社は、昭和47年7月、静岡県浜松市高林町に本店を置き、資本金500万円で設立された会社で、各種金属機械器具の塗装を業としていた。設立当初は、Bの実父Gが代表取締役であり、B及びCは取締役であった。昭和55年にBが代表取締役に就任し、Cは会計・経理を担当するようになった。

訴外会社は、昭和61年に、静岡県浜松市馬郡町にある浜松湖南工業団地協同組合内に本社・工場を移転し、その後、株式会社村上開明堂(以下「村上開明堂」という。)や自動車メーカーのマツダ株式会社(以下「マツダ」という。)を取引先として次第に業績を上げた。

イ 訴外会社は、平成3年12月13日、被控訴人と本件信用金庫取引契約を締結した。本件信用金庫取引契約(甲1)には、手形交換所の取引停止処分を受けたときは、訴外会社は被控訴人に対する一切の債務につき期限の利益を失う旨の約定があった。

ウ 訴外会社は、平成4年ころから、マツダの経営不振の影響により、次第に受注量が減少し、ほかの仕事も受注できず、借入金で運転資金をまかなうようになっていった。従業員の削減などのリストラをしたものの、平成7年ころからは、ノンバンクの日榮(現・株式会社ロプロ。以下「日榮」という。)や商工ファンドから借入れをして、しのぐようになった。

エ 平成9年7月ころ、村上開明堂が訴外会社に発注していた仕事の一部を引き上げたため、利益の出る仕事がなくなった上、同年9月ころには、それまで月額600万円程度あった同社への売上高が、不良品が出たため約240万円一度に差し引かれるという事態が発生した。その結果、訴外会社の資金繰りは厳しくなり、ノンバンク等への返済が、支払日に利息を支払うことさえできなくなった。そのため、訴外会社は、このころから、極めて高利のいわゆるシステム金融からも借入れを繰り返す事態に陥った。このシステム金融からの入金口座は、郵便局のC名義の通常郵便貯金口座と被控訴人○○支店(以下「○○支店」という。)の訴外会社の普通預金口座の二つであった。

オ 訴外会社は、平成10年には経営に行き詰まったため、村上開明堂に、それまでの毎月末日締め翌月25日払、振込送金という方法から、当月の仕事の支払を当月末に受けるという方法に変更してもらうことにした。その代わり、訴外会社は、村上開明堂による経営指導を受けることになったが、村上開明堂は、利益率の高い仕事は訴外会社から引き上げ、自社生産するようになったため、訴外会社の経営はますます悪化した。

カ 訴外会社の第27期(平成9年3月1日から平成10年2月28日までの事業年度)の決算報告書(乙1、17。同年4月23日の社員総会で承認)によると、前期繰越損失6138万2883円、当期損失1627万8782円(営業損失264万7842円、経常損失1620万9852円、支払利息割引料1378万5651円)、当期未処理損失7766万1665円とされ、支払利息割引料の前期額は716万9569円となっていた。また、上記事業年度分の確定申告書(乙2、17。平成10年4月30日浜松西税務署に提出)の附属明細書中の「借入金及び支払利子の内訳書」には、借入先名称として、日榮や商工ファンドのほか、「ウェイブコーポレーション」「ハローリース」「日本プロジェクト」「日商通信」「パステル」「ペガサス」「アルファ」「トータルプロジェクト」「クイック」「東商」「ケントス」「スマイル」「東京プランニング」「アコレ」「東輝」「日成ファンド」「スターコーポレーション」「大恵信販」など多数のシステム金融からの借入れが計上されていた。

キ 訴外会社のシステム金融からの借入れは、年利数百%から千数百%という異常な高金利であったが、訴外会社は、資金繰りのためにやむを得ず借入れを繰り返し、システム金融の要求で振り出した小切手の決済に追われた。平成10年6月、訴外会社は、システム金融に振り出した小切手について、既に決済が終わったもので返還されないものが取立てに回ってきたことがあった。困ったCは、○○支店のH支店長とD次長に相談したところ、不渡異議申立提供金を積むことを教えられ、その手続を採った。この小切手2通(金額各50万円。乙13の1ないし4)は、訴外会社とは取引のない福岡市博多区のKから福岡銀行を通じて取立てに回されたものであり、H支店長とD次長から詳しく事情を聞かれたので、Cは上記のような事情を話した。

ク 平成10年9月には、村上開明堂から、上記オの前倒しの支払も同月で打ち切ると通告され、いよいよ訴外会社の経営は行き詰まった。

Cは、このころ、金融安定化資金融資の話を聞き、同融資を申し込むことにした。

ケ 当時の金融安定化資金融資の要綱(甲8)には、以下のとおり規定されていた。

① 目的 「金融環境の変化により必要事業資金の円滑な調達に支障を来している中小企業者、厳しい金融環境の下で必要事業資金の調達に支障を来している適正かつ健全な事業を営もうとする創業者、又は適正かつ健全な新事業の開拓を行う中小企業者に対し、信用保証協会保証付融資によりその事業資金を供給し、もって中小企業者の事業発展に資することを目的とする。」

② 保証限度額 「無担保保証」の場合5000万円以内、「無担保無保証人保証」の場合1000万円以内

③ 対象資金 本件融資の「金融環境変化対応資金保証」の場合、「事業経営の安定に必要な運転資金及び設備資金」とされ、「(注)中小企業者の事業経営上利益とならない金融機関の旧債決済資金は除く。」とされている。

④ 担保・保証人 「物的担保」につき「5000万円超は、原則として有担保とする。」とされ、「保証人」につき「連帯保証人を要する(ただし、無担保無保証人保証の場合を除く。)。なお、第三者保証人は徴求しないこととする。」とされている。

⑤ 留意事項 財務内容その他が「次の事由に該当する場合は保証対象としないこととする。」として、「金融環境変化対応資金保証」については、「イ 多額な高利借入を利用していて、早期解消が見込めない場合」「キ 業績が極端に悪化し大幅な債務超過の状態に陥っており、事業好転が望めず事業継続が危ぶまれる場合」が明示されている。

コ D次長は、平成10年10月6日、浜松市商工課からの電話で、Cから訴外会社に対する金融安定化資金融資を申し込みたい旨の話があったことを聞いた。翌7日、Cが○○支店に来て、D次長に、金融安定化資金融資の申込みをしたい旨述べたのに対し、D次長は、Cに、訴外会社のその当時の経営状態から考えて融資案件として取り上げることは困難である旨伝え、認定申請のために必要な資料として得意先別受注状況表等を提出するよう指示し、融資審査には時間が掛かることを説明した。

サ Cは、平成10年10月9日ころ、得意先別受注状況表(甲10)を持参して○○支店を訪れた。D次長は、Cから、訴外会社の第27期の決算報告書を徴求するとともに、聞取りを行い、借入金明細表及び売上推移表(甲11、12)を作成した。Cは、株式会社松和(以下「松和」という。)の仕事が同月から立ち上がる予定であり、月間売上が300万円と予想されること、株式会社サカエ金型工業については、平成11年1月に立上げの見込みであり、月間売上が2〜300万円と予想されること、利益率の低い村上開明堂の売上比率を引き下げること、新規受注先の確保が実を結びつつあり、今回乗り切れば立ち直る見込みがあると述べた。また、Cは、D次長に対して、上記カの確定申告書の附属明細書中の「借入金及び支払利子の内訳書」に記載された業者からの借入れはすべて返済されている旨説明し、D次長は、これをそのまま信用した。

シ D次長は、平成10年10月13日、浜松市商工課からの連絡で融資に必要な中小企業信用保険法2条3項2号の規定による認定書(甲9)を受け取り、Cに対し、その旨を伝えるとともに、信用保証協会に提出する資料(今後の展望、資金使途、金融機関取引一覧表等)を持参するように指示した。

D次長は、信用保証協会浜松支店(以下「保証協会浜松支店」ということがある。)に対し、訴外会社の金融安定化資金融資が可能であるか打診したところ、同支店の担当者から、案件書の形式で提出するように求められた。

ス D次長は、平成10年10月23日、訴外会社への3000万円の金融安定化資金融資の申込書類を保証協会浜松支店に提出した。

セ 保証協会浜松支店は、平成10年10月26日、○○支店から、訴外会社に対する3000万円の金融安定化資金融資の事前申込みを正式に受理した。その申込みに係る融資の内容は、高利資金肩代わり1650万円(日榮1150万円、商工ファンド500万円)、諸経費(運送費、手形決済、買掛金支払等)1377万円、合計3027万円のうち、3000万円を金融安定化資金で対応する、保証人はB及びC、期間5年、毎月35万円返済というものであった(平成14年7月11日受付保証協会浜松支店「調査嘱託書に対する回答」、乙12、平成15年4月5日受付保証協会浜松支店「調査嘱託書に対する回答」、甲19、25)。

同支店では、通常、融資案件は書面審査を主とする保証課において取り扱われるところ、上記申込みの融資案件については、実地に顧客を訪問し、ヒアリングや担保の調査を行う調査課(以下「調査課」という。)の取扱いとなった。その理由は、融資の目的が、日榮及び商工ファンドからの高利の借入金の借換資金が主であることと、訴外会社がノンバンク以外に高利の金融業者(いわゆるヤミ金融)から借入れをしていたことによるものであった。以降、保証協会浜松支店が訴外会社について得た情報は、逐一被控訴人に報告されていた。

ソ 訴外会社は、○○支店に、平成10年10月27日に資金使途明細表を、同年11月12日に資金繰り表を、それぞれファックスにより送信した。Cは、同日、○○支店に電話し、松和の立上げが塗装ハンガートラブルのため遅れているが、同年12月以降は売上増加の見込みであり、月収1000万円以上あれば、資金繰りは回っていく旨説明した。

タ B及びCは、平成10年11月6日、保証協会浜松支店を訪れ、売上推移表、資金繰り表、資金使途明細及び借入金明細を提出し、日榮及び商工ファンド以外の高利借入れがないことを説明した。

ところが、調査課で提出書類を精査したところ、訴外会社が過去に作成した「今後の入出金予定」と題する書面(甲27の1・2)から、村上開明堂の支援により返済されていると聞いていた高利の金融業者との取引について、ケントス、日成、大恵、ハローリース、スターコーポレイション、クイック、ウェイブコーポレイション、日本プロジェクト、日商通信などの多数の高利金融業者(システム金融)に対する元利金(100万、70万、50万、45万、40万、30万など千円以下の端数のない万単位の数字が並んでいる。)の返済が頻繁に行われていることが判明し、調査課は、訴外会社の上記説明の信憑性に疑問を抱き、同月18日、M課長補佐らが、訴外会社に赴き、実地調査を行ったが、B及びCは、税理士が伝票処理を行っているため帳簿書類はないとして提示せず、毎月の支払は支払明細により行っており、これに支払先はすべて記載されているとして、同年9月ないし11月の支払明細書(甲29の1ないし3)を提出した(甲28)。

チ 他方、D次長は、同年11月初旬ころ、訴外会社の振出しに係る取立人不明の小切手が○○支店に回ってきていることに気づき、Cに、小切手の裏書人について問い合わせたが、Cから明確な回答はなかった。しかし、結局、D次長は、この種の小切手の残高や通数などを聞き出すことはせず、被控訴人に開設されている訴外会社の当座預金口座を調査することもしなかった。

ツ 上記タの調査課による実地調査の際のB及びCとの面談において、M課長補佐が、高利の借入れは日榮と商工ファンド以外にないかと確認したのに対し、B及びCは「ない」と即答した。

ところが、調査課において、同月19日、持ち帰った上記支払明細書(甲29の3)に記載されていた同月24日に支払予定の「アセット」に対する50万円について、電話でCに確認したところ、Cは、当初は暖房機の購入代であるとの返答をしていたが、購入先等を聞かれて、これが金融業者であることを認めた(甲28)。

テ 調査課は、同月20日、実地調査の報告を基に検討した結果、解決済みのはずの金融業者からの借入れがあったり、申出以外の金融業者からの借入れがあったりするので、担保を条件に保証をすることを決め、D次長に、不動産担保付きでないと訴外会社に対する金融安定化資金融資を行うことはできない旨回答し、D次長は、この回答を、B及びCに伝えた。

B及びCは、これを聞いて保証協会浜松支店を訪れたが、同支店の担当者は、B及びC所有の不動産では担保の余力が見込めないため、他の不動産の担保が必要である旨伝えた。

ト これを受けて、B及びCは、そのころ、Cの義兄である控訴人宅を訪れ、訴外会社の被控訴人からの借入れについて担保を提供し連帯保証人になってくれるよう依頼した。これに対し、控訴人は、控訴人の唯一の不動産を担保に提供することはできないとして断った。B及びCは、訴外会社では新しい仕事が2件立ち上がっており、ここで頑張ればうまくいくようになるから助けてほしいと懇願したが、控訴人は、最後まで上記依頼に応じることに同意せず、ようやく、被控訴人の○○支店に出向き、話を聞くことには同意した。なお、この時、B及びCは、控訴人に対し、訴外会社にシステム金融からの借入れがある等のことは全く説明していない。

ところが、B及びCは、D次長に対し、控訴人に担保提供を依頼したことと、担保提供の見込みがあることを話した。

ナ その後、D次長は、保証意思の確認のために控訴人の自宅を訪れ、保証するかどうかの確認と説明をしたい旨を述べた。控訴人は、これに対しても保証することに同意せず、○○支店に赴いて話を聞くことにした。

ニ D次長は、同月25日、控訴人についての保証人信用調とその所有不動産の謄本を保証協会浜松支店に提出した。同支店は、控訴人の所有不動産に1850万円以上の余力があれば担保を条件に融資すること、及びそのための担保調査をすることを決定し、保証金額は運転資金を含めて2500万円とする旨をD次長に伝えた。D次長は、同日、担保物件の調査に赴いた。

ヌ 同年9月30日から同年12月11日までに、○○支店における訴外会社の小切手の決済は90回を超え、連日のように小切手が決済されていた(乙11)。被控訴人における当座預金の決済は、事務集中部においてコンピュータ処理が行われており、営業店での事後処理は、預金役席が行っていた。融資役席であったD次長は、訴外会社振出の小切手がどの程度頻繁に決済されていたか調査しようとしなかった。

ネ 訴外会社の同年3月1日から同年8月31日までの月次損益計算書(乙3の1・2)は存在しており、これによると、「経常損益の部」の「営業外損益の部」の「営業外費用」の「支払利息割引料」は739万5848円に上っていた。しかし、D次長は、訴外会社から、これを徴求することも、また、訴外会社に作成させることもしなかった。

ノ B及びCは、同年12月1日、控訴人を伴って○○支店に来店し、H支店長とD次長が応対した。

D次長は、訴外会社の前記第27期の決算報告書の貸借対照表と損益計算書を控訴人に示し、訴外会社の経営は赤字となっていること、融資金額は2500万円、支払期間は5年間、返済方法は毎月30万円を支払い、5年後に残額につき期限を延長すること、控訴人所有の不動産に抵当権を設定し、未登記の建物については登記を行った上、追加の抵当権を設定することが融資の条件となることなどを説明したが、訴外会社の赤字の具体的状況については説明しなかった。

ハ 控訴人は、かつて衣料品の行商を営んだことがあるにすぎず、会社の決算報告書なども見慣れていなかった上、当時71歳の高齢で、胃癌及び直腸癌を患っていた。そのため、控訴人は、D次長の説明を十分に理解することはできなかったので、D次長に対し、「この会社大丈夫ですか」と尋ねた。これに対し、D次長は「大丈夫ですよ。新しい仕事も2つばかり立ち上がっているし、奥さんもお金の工面から注文取りからで、駆けずり回っているから大丈夫ですよ」と述べた。

前記トのとおり、控訴人は、BやCから、訴外会社に新規受注先があり、今回融資を受ければ何とかなると聞いていたので、D次長の「大丈夫ですよ」という上記の話を聞いて、訴外会社が今回の融資により立ち直るものと信じ、ようやく担保として自宅を提供することを決意した。そこで、控訴人は、B及びCに対し「判子を押すからには、もしものことがあれば大変なことになるから、頑張ってくれよ」と述べた。Dは「数日したら判子をもらいに行きますのでよろしくお願いします」と述べた。

ヒ 保証協会浜松支店は、同月4日、○○支店に対し、B及びC所有の担保物件の先順位抵当権者の延滞を解消することが保証の条件となる旨を連絡し、D次長は、直ちにその旨をCに伝えた。

フ D次長は、同月9日、控訴人宅を訪問し、控訴人の妻も同席している場で、控訴人に対し、本件保証契約の内容を説明した上で、保証の意思と、控訴人所有の不動産に抵当権を設定することについて承諾の意思を確認し、控訴人は、本件保証契約及び抵当権設定契約等の契約書類に署名押印した。

本件保証契約の主債務である本件融資の内容は以下のとおりであった。

弁済期限 平成15年12月11日

弁済方法 平成11年1月11日を第1回とし、以後毎月11日までに30万円ずつ分割弁済し、期限に残額を完済

利 息 年2.5%(年365日の日割計算)。ただし、被控訴人は、金融情勢の変化その他相当の理由がある場合には、この割合を一般に行われる程度のものに変更することができる。

利息支払期 借入日に平成11年1月11日までの利息を支払い、以後毎月11日に翌月1か月分を先払

損 害 金 年15%(年365日の日割計算)

ヘ 被控訴人は、訴外会社に対し、平成10年12月11日、信用保証協会の保証付きで2500万円の融資を実行し、本件融資及び本件保証契約が成立した。本件融資は、本件信用金庫取引契約に基づいて行われた。

D次長は、ノンバンクへの1800万円の返済が融資の条件であるとして、同日、Cに同行して商工ファンド、アセット及び日榮を訪れ、商工ファンド及びアセットに返済したが、日榮は、受領を拒絶したため、返済することはできなかった。

B及びCは、同月14日、○○支店を訪れ、日榮からの借入金の返済が条件であるのはおかしいなどと述べたが、D次長は、日榮への返済が融資の条件になっていたから、返済してもらわないと困る旨伝え、同月17日、Cと共に日榮を訪れて返済した。

ホ 被控訴人は、同月30日、控訴人所有の土地に対する抵当権の設定登記がされたため、同土地の登記済証を控訴人に返却するとともに、建物を登記してこれに抵当権の追加設定をするよう依頼した。この際、D次長は、控訴人に対し、訴外会社が新しい仕事に取り組むべく頑張っている旨話した。平成11年2月22日、控訴人所有の建物に対する抵当権の設定登記がされた。

マ 訴外会社は、本件融資日までの約3か月の間に、システム金融から三千数百万円ぐらいを借りて返済し続けており、本件融資日時点でのシステム金融からの借入れは約1100万円であった。そのため、本件融資が受けられても、システム金融への返済もしなければならなくなっていた上、融資金額も当初申込みの3000万円から2500万円に減額されたため、運転資金だけでなく、返済資金としても不十分となり、ますます高利のシステム金融やノンバンク等からの借入れに頼るようになった。

前記のノンバンクへの返済の結果、訴外会社の当座勘定口座の残金は700万円であったが、システム金融に対する約1100万円の借入金の返済は不可能であった。訴外会社は、上記残金をBの実弟Lに対する借入金、システム金融への返済金及び運転資金に充てた。その後、訴外会社は資金繰りに窮し、再度日榮からの借入れを行った。

ミ 平成11年に入ると、訴外会社は、システム金融やノンバンク等への返済に追われ、仕事にならなくなった。

訴外会社は、平成11年4月7日、2回目の手形不渡りを出し、銀行取引停止処分を受けた。訴外会社の本件融資残高は、原判決別表記載のとおりである。D次長は、H支店長と共に控訴人宅を訪れ、その旨伝え、同年6月15日、被控訴人は、保証協会浜松支店に本件融資の代位弁済請求書を提出した。

訴外会社は、上記の事実上の倒産から1年以上経過した後、負債総額約1億3240万3085円、資産なし(破産手続予納金のみ)の状態で、平成12年6月13日午前10時、破産宣告を受けた(甲21)。

(2) 証人D(D次長。以下「D」ともいう。)は、その尋問において、平成10年12月1日、控訴人から「この会社大丈夫ですか」と尋ねられたことや、これに対して「大丈夫ですよ。新しい仕事も2つばかり立ち上がっているし、奥さんもお金の工面から注文取りからで、駆けずり回っているから大丈夫ですよ」と述べたことを否定する供述をしている。

しかし、当時、訴外会社が赤字で見通しの厳しい状況にあり、「この会社大丈夫ですか」という控訴人の問いには答えられないことを金融機関の担当者から正直に告げられたのであれば、訴外会社の破綻により担保に提供する唯一の不動産を失うことになる控訴人が、前記認定のようなそれまでの態度を翻して、保証する気になるものとは到底考えられず、あえて保証の意思を固めたというのは、控訴人が安心してよいと思うような被控訴人からの働き掛けがあったと考えるのが自然である。すなわち、控訴人が保証の意思を固めたのは、D次長の「大丈夫ですよ」との確かな返答を聞いたからであると認めるのが経験則に沿うものというべきである。したがって、証人Dの上記供述部分は、信用することができない。

そのほか、前記(1)の認定に反するDの陳述書(甲22)の記載及び証人D及び同Jの供述部分は、信用することができない。

(3) そこで、前記(1)に認定の事実関係の下において、本件保証契約について、控訴人に要素の錯誤があるかについて検討する。

ア 訴外会社の破綻状態について

訴外会社は、平成7年ころからノンバンクからも資金を借りるようになり、平成9年9月ころからは、年利数百%から千数百%の高利でシステム金融からの借入れを繰り返すようになったこと、第27期(平成9年3月1日から平成10年2月28日まで)の決算で既に累積欠損が7766万円余り、経常損失が1620万円余りであったこと、同年9月ころから本件融資の実行日までの約3か月の間に、システム金融からの借入れが三千数百万円(ただし、業者の言いなりの元利金額であり、実額は不明というほかない。以下同じ。)に達し、そのために振り出した小切手の決済に追われる毎日で、本件融資が実行されたころにはシステム金融に対し約1100万円余りの債務を負担していたこと、このほかに日榮及び商工ファンドや消費者金融からの約1800万円の借入金があり、そのため、2500万円の本件融資を受けても、本件融資の前提条件とされた日榮及び商工ファンドからの借入金を返済すると、資金繰りができず、倒産必至の状態であって、立ち直る見込みはなく、本件融資からわずか約4か月後に2回目の不渡りを出して事実上倒産したことは、前記認定のとおりである。そして、この状態は、前記(1)ケに認定のとおり、金融安定化資金融資の要綱において、保証対象としないと規定されている「多額な高利借入を利用していて、早期解消が見込めない場合」及び「業績が極端に悪化し大幅な債務超過の状態に陥っており、事業好転が望めず事業継続が危ぶまれる場合」に該当することが明らかであったものというべきである。

そして、前記認定の事実関係の下においては、このような訴外会社の資金繰りの切迫した状態は、本件融資を求められた金融機関である被控訴人において、その調査により容易に見抜くことのできる状況にあったものといわなければならない。

イ 控訴人の錯誤について

上記のとおり、訴外会社は、本件融資が検討されていた時点において、ノンバンクだけでなくシステム金融に多額の債務があって事実上破綻状態にあり、必要な返済資金に満たない融資では早期の倒産が不可避で、被控訴人は、訴外会社からの本件融資の資金回収は不可能だったのであるから、本件保証契約締結の時点で、既に控訴人が現実に保証債務の履行の責を負うことはほぼ確実な状況であった。

そして、融資の時点で当該融資を受けても短期間に倒産に至るような破綻状態にある債務者のために、物的担保を提供したり連帯保証債務を負担しようとする者は存在しないと考えるのが経験則であるところ、控訴人は、本件保証契約の締結の意思を確認された当時71歳の高齢で、子もなく2500万円の支払能力はなかったのであるから、もし控訴人が訴外会社の経営状態について上記のような破綻状態にあり現実に保証債務の履行をしなければならない可能性が高いことを知っていたならば、唯一の土地建物を担保提供してまで保証する意思はなかったものと認めるのが相当である。

したがって、控訴人は、訴外会社の経営状態が上記のような破綻状態にあるものとは全く認識せずに本件保証契約の締結に応じたものというべきであり、本件保証契約にはその動機に錯誤があったことは明らかである。

ウ 動機の表示について

(ア) 上記のとおり、およそ融資の時点で破綻状態にある債務者のために保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから、保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは、保証しようとする者の動機として、一般に、黙示的に表示されているものと解するのが相当である。

加えて、控訴人は、何ら訴外会社と取引関係のない情義的な保証人であり、高齢かつ病弱で、担保提供した自宅が唯一の財産であるというのであり、このことは被控訴人においてその調査により認識していたものである。さらに、前記認定のとおり、控訴人は、B及びCから保証人となることを懇請されても容易に承諾せず、D次長が保証意思の確認のために控訴人宅を訪問した際にも保証することに同意せず、最後にB及びCに伴われて○○支店に行き、D次長から訴外会社の経営状態について説明されても十分に理解できなかったため、端的に、D次長に対し「この会社大丈夫ですか」と確認したところ、D次長から「大丈夫です」との返答があったので、これを信じて、本件融資について保証することを決断したのであるから、訴外会社が破綻状態にはないことを信じて保証するのだという上記の動機が表示されていることは明らかというべきである。

(イ) そして、前記認定のとおり、D次長は、訴外会社から第27期の決算報告書及び確定申告書を提出させており、これによれば、訴外会社の支払利息は、前期末に比べて約2倍となり、平成10年6月には、訴外会社が資金繰りのためにシステム金融に振出交付した疑いの強い小切手があることを認識し、さらに、本件融資の実行の約1か月前にも、同様の疑いのある小切手が存在することを把握していたのであるから、後記のような○○支店内で把握できる調査により、訴外会社にノンバンク以外の高利の金融業者からの借入金債務があることを認識することができたものというべきである。ところが、D次長は、○○支店に開設された訴外会社の当座勘定口座の小切手の決済状況を調査しようともしなかった。

このように被控訴人は、本件融資に至る過程において、訴外会社に高利金融業者から多額の借入金があることを疑う機会が複数回あり、かつ、その調査も容易であって、訴外会社が破綻状態にあることを知り得たのに、あえてその調査を行わないまま、信用保証協会から、2500万円に保証額が減額された上、B及びC以外の物上保証及び保証人の保証を付けることを求められて、控訴人に対し、上記のような説明をして本件保証契約を締結したのであるから、本件保証契約が錯誤により無効とされてもやむを得ないものというべきである。

(ウ) これに対して、被控訴人は、控訴人が、D次長の前でBに対し「訴外会社がどうかなったときには、家屋敷を売らなければならなくなるし、足りないときには自分が返済していかなければならなくなる。家屋敷がなくなってもいいつもりで保証人となるので、死んだつもりになってやってもらわないといけない。そういうことにならないように頑張ってもらわないといけない。是非頼みます」と発言したと主張し、証人Dはこれに沿う供述をする。控訴人本人はこれを否定するが、仮に上記のような控訴人の発言があったとしても、それは、上記の経緯の下において控訴人が抱いていた訴外会社の経営状態に対する一抹の不安を解消したいために、確認の意味で述べたものと認められるのであり、この発言をとらえて、控訴人においては、訴外会社が本件融資の時点で破綻した状態にあっても責任を負うという意思があったとは認めることができない。

エ 錯誤における重大な過失(再抗弁)について

被控訴人は、控訴人には、本件保証契約の締結に際し、訴外会社がシステム金融などの高利の借入れがないのか質問しなかったから重大な過失があると主張するが、控訴人が金融実務に疎い者であって、そのような事態に思い至ることを期待することは困難であると認められるから、上記のような質問をしなかったことに重大な過失があるとはいえない。

したがって、被控訴人の上記主張は、採用することができない。

オ まとめ

そうすると、控訴人には、本件保証契約の締結の動機に錯誤があったというべきであり、その動機は本件保証契約の締結に際し被控訴人に対して表示されていたものであるから、本件保証契約は要素の錯誤により無効であるというべきである。

3 結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本件請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、上記と異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

以上