宗教法人への寄付の取消

民事|消費者契約法|不当寄附勧誘防止法|寄付者、(贈与した)一般人と受贈者宗教法人の利益対立|不起訴の合意の効力|最高裁判所令和6年7月11日損害賠償請求事件判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

80代の母は父が亡くなってから新興宗教の会合に参加するようになり、半年程前に老後資金1千万円を教団に寄付したことが判明しました。母は少し認知機能が低下しており、大切な老後資金を寄付してしまうことの意味がよく分かっていません。母に老後資金どうするのと問い質したら、まずかったと反省したようで寄付の取り消しをお願いしたいと言い出しました。それで先日、母子で教団に寄付の撤回を申し出しに行きましたが、「何度も説明して納得の上で寄付してもらい、ビデオも撮影して、全て手続きが終わっている。寄付の契約書があり、不起訴の合意もある。寄付して頂いたお金は教団の新施設建設のために既に使用されており、申し訳ないが撤回することはできない」と言われてしまいました。母の判断ミスもあるとは思いますが返還請求できませんか。

回答:

1、 新興宗教に対する寄付の取り消しとしては、消費者契約法と不当寄付勧誘防止法という二つの法律に定められている取消権の行使を検討することになります。

2、 寄付は、当事者の一方が相手方に対して無償で(対価なく)金品を交付する契約または単独行為であり、契約であれば贈与契約(民法549条)の一種です。民法上は、寄付と贈与を区別していませんが、所得税法では寄付金控除を定めており、非営利団体などへの寄付の所得控除や税額控除を認める規定があります。民法550条では書面によらない贈与の解除権を定めており、口頭で贈与する約束をして、実際に金品を交付する前であれば、契約を解除することができます。御相談のケースでは、契約書もあり、交付も完了しているようですので当該条項による救済はできません。

3、贈与や寄付の契約が書面で成立している場合、詐欺や錯誤や強迫など民法上の無効主張や取り消しが可能かどうか検討する必要があります。お母様の認知能力の状況次第ですが、民法3条の2意思無能力者の無効主張を行うには、契約内容の意味を理解する能力や、正常な判断能力を完全に喪失していることを主張立証する必要があり、一般にハードルの高い主張であると言えます。民法96条1項詐欺取り消しを主張する場合も、教団側の欺罔行為を証拠によって主張立証する必要があり、これも同様に困難な主張です。

4、民法上の取り消し主張が困難な場合、消費者契約法上の取消権行使が可能かどうか検討して下さい。消費者契約法4条3項各号に不当な勧誘行為が列挙されていますので、当該行為の事実関係を立証できれば取り消しすることができます。

5、消費者契約法上の取消権行使が困難な場合、不当寄附勧誘防止法上の取消権行使が可能かどうか検討して下さい。但し、当該法律は、令和5年6月1日施行ですので、これ以降の寄付についてのみ適用できるものです。

6、宗教法人に対する寄付の問題については、寄付の際に、裁判で返還を求めないという約束をして寄付した場合に、その返還が求められるか問題となった最高裁判例があり、寄付を取り消して返還請求する場合の参考となりますので御紹介致します。

7、上記のように、寄付の撤回や取り消しを主張するためには、様々な法律構成がありますが、教団側との任意の交渉では解決が困難な場合は、代理人弁護士を交えて法的主張を行うことにより解決の糸口が見つかる場合もあります。お困りの場合は一度法律事務所に御相談なさってみて下さい。

8、関連事例集818番参照。寄附に関する関連事例集参照。

解説:

1、寄付の法的性質

寄付は、当事者の一方が相手方に対して無償で(対価なく)金品を交付する契約または単独行為であり、契約として締結される場合は贈与契約(民法549条)の一種です。

民法549条(贈与) 贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。

遺贈による寄付のように(民法964条)、契約によらず単独行為として一方的な意思表示で財産の移転という法律効果を発生させることもできます。

民法964条(包括遺贈及び特定遺贈) 遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。

民法上は、寄付契約と贈与契約を区別していませんが、所得税法では寄付金控除を定めており、非営利団体などへの寄付の所得控除や税額控除を認める規定があります。

民法550条(書面によらない贈与の解除) 書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。

民法550条では書面によらない贈与の解除権を定めており、口頭で贈与する約束をして、実際に金品を交付する前であれば、契約を解除することができますが、御相談のケースでは、契約書もあり交付も完了しているようですので当該条項による救済はできません。

宗教団体によっては、金品を交付する寄付の形式以外にも、壷や聖画や立像などの売買契約の形式を取って実質的な寄付を受け入れている事例もあります。いずれにしても、契約が一旦成立し、履行が完了している状態になりますと、法的には一旦有効な外観を持つことになります。

特に、当該契約について契約書が当事者の自署および捺印によって作成されている場合は、民事訴訟法228条4項により、文書が「真正に成立したものと推定」されますので、契約内容も有効に成立しているものと一旦推定されることになります。文書に本人の印鑑が押印されているときは、本人の意思に基づいて押印されていると推定され(最高裁昭和50年6月12日判決等)、文書の内容についても真正に成立しているものと推定されます(民事訴訟法228条4項)。これを二段の推定と言います。

民事訴訟法228条(文書の成立)

1項 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。

2項 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。

3項 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。

4項 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

5項 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。

最高裁判所昭和50年6月12日判決

『私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、右印影は名義人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第七一号同年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五九七頁ほか参照)、右にいう当該名義人の印章とは、印鑑登録をされている実印のみをさすものではないが、当該名義人の印章であることを要し、名義人が他の者と共有、共用している印章はこれに含まれないと解するのを相当とする。』

2、民法の一般条項による救済

寄付は、契約にしろ単独行為にしろ、自分の意思に基づいた「寄付します。」という意思表示の効果としてその有効性が認められますから、意思表示としての瑕疵(法的欠陥)があれば民法の規定の規定が適用されますが、民法93条から96条では、契約を成立させる意思表示を無効主張したり取り消し主張したりする要件を定めています。しかし、裁判で無効、取消を主張して寄付したものを取り戻すには、民法の定める要件を主張立証する必要があり、困難な場合が多いと言えます。

民法93条(心裡留保)

1項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

2項 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

民法94条(虚偽表示)

1項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。

2項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

民法95条(錯誤)

1項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。

一号 意思表示に対応する意思を欠く錯誤

二号 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤

2項 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

3項 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。

一号 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。

二号 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

4項 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

民法96条(詐欺又は強迫)

1項 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

2項 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

3項 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

(1)民法93条の心裡留保は、本心とは違う寄付という意思表示をしてしまった場合でも、寄付は原則有効になるという条文です。教団側が寄付するつもりは無いという本心を知っていた場合または知ることができた場合のみ、寄付が無効になります。但し、御相談のケースでは、お母さまは一旦寄付することについては意思を有していたように見受けられますので、本条による救済は困難と言えるでしょう。

(2)民法94条の虚偽表示は、財産の譲渡を偽装する行為が無効であることを定めたものです。御相談のケースには適用がありません。

(3)民法95条の錯誤取り消しは、①表示の錯誤(表示意思と効果意思の錯誤、95条1項1号)と、②動機の錯誤(95条1項2号)があります。表示の錯誤は、例えば100万円寄付するつもりで、契約書に1000万円寄付すると記載してしまった場合です。動機の錯誤は、例えば寄付をしたら天国に行けると思い込んでいたが、それは誤解だったので取り消しをしたい、というような場合です。動機の錯誤は「そんなつもりじゃなかった」ということで、様々な場面で主張されることがありますが、社会的に行われている多数の契約が全て「そんなつもりじゃなかった」ということでひっくり返ってしまうと法的安定性を著しく損ねてしまいます。そこで判例は、意思表示者救済と法的安定性のバランスを取り、動機の錯誤については、これが契約の重要な要素として意思表示の中に現れているときに限り、取り消しを主張し得るという判断を蓄積しており、民法改正でもこれが条文に取り入れられました。御相談のケースですと、寄付の契約書に「天国に行くために1000万円を寄付します」というような動機が表示されていた場合に、天国に行けるということが間違いであった場合は、取り消しができるということになります。ただし、なかなか動機の詳細を契約書に明記することは少ないものですから、本条による救済を図ることは一般に困難であると言わざるを得ません。

(4)民法96条の詐欺または強迫による意思表示の取り消しは、意思表示が第三者による欺罔行為や強迫行為により形成されたもので、真意に基づくものではないと認められる場合に、意思表示者の取り消し主張を認めているものです。いずれも瑕疵ある意思表示と呼ばれるもので、相手方または第三者の介入により本来とは異なる効果意思を持つに至り、それが外部に表示されている場合に取り消し主張を認めるものです。例えば、霊感商法などで「あなたには悪い霊が憑りついている」が、「この壷を買えば天国に行けますよ」と騙されたり、「この壷を買わないと地獄に落ちますよ」と脅されたりした場合の救済を図るものです。

本条の適用を求める場合は、お母様は、相手方又は第三者の欺罔行為や強迫行為と、それによって錯誤や強迫状態に至り本心とは異なる意思表示をしてしまった事実を主張立証しなければなりません。教団の寄付行為は宗教施設の密室で行われることも多く、なかなかこれを立証することは難しいものと言わざるを得ないでしょう。教団側が撮影しているビデオは、不当な勧誘などの欺罔行為が全て終わった後で、契約書の締結手続きのみを撮影していることも多く、お母様の側が欺罔行為や強迫行為を立証することは一般に難しいことでしょう。そこで、消費者契約法の検討が必要になります。

3、消費者契約法4条の取り消し主張

様々な悪徳商法からの救済を図るために整備されている消費者契約法ですが、宗教団体による悪質な霊感商法や寄付や献金の勧誘などについても適用し得る場合があります。

(1)消費者契約の定義

消費者契約法2条(定義)

1項 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。

2項 この法律(第43条第2項第2号を除く。)において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。

3項 この法律において「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいう。

消費者契約と言うと、スーパーで食品を購入するような一般消費者としての行為を思い浮かべる方が多いと思いますが、消費者契約法では、「事業者」と一般の「個人」の間のあらゆる契約が「消費者契約」になると規定されています(2条3項)。

ここで「事業」とは、『「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」であるが、営利の要素は必要でなく、営利の目的をもってなされるかどうかを問わない。また、公益・非公益を問わず反復継続して行われる同種の行為が含まれ』るとされます(消費者庁による逐条解説よりhttps://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations)。従って、宗教団体とお母様の間の贈与(寄付)契約も消費者契約に含まれることになります。

そして、この法律では霊感等による知見を用いた告知に係る勧誘類型を挙げて取消権が行使できることを定めています。

(2)取消権行使の要件

消費者契約法4条3項8号で、霊感等による知見を用いた告知に係る勧誘類型の取消権が規定されています。

消費者契約法4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)

1項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

一号 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認

二号 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認

2項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。

3項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

一号 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。

二号 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと。

三号 当該消費者に対し、当該消費者契約の締結について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し、その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすること。

四号 当該消費者が当該消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、当該消費者が当該消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること。

五号 当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、次に掲げる事項に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること。

イ 進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項

ロ 容姿、体型その他の身体の特徴又は状況に関する重要な事項

六号 当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること。

七号 当該消費者が、加齢又は心身の故障によりその判断力が著しく低下していることから、生計、健康その他の事項に関しその現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、当該消費者契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げること。

八号 当該消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該消費者契約を締結することが必要不可欠である旨を告げること。

九号 当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部若しくは一部を実施し、又は当該消費者契約の目的物の現状を変更し、その実施又は変更前の原状の回復を著しく困難にすること。

十号 前号に掲げるもののほか、当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該事業者が調査、情報の提供、物品の調達その他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した場合において、当該事業活動が当該消費者からの特別の求めに応じたものであったことその他の取引上の社会通念に照らして正当な理由がある場合でないのに、当該事業活動が当該消費者のために特に実施したものである旨及び当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げること。

4項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間(以下この項において「分量等」という。)が当該消費者にとっての通常の分量等(消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件並びに事業者がその締結について勧誘をする際の消費者の生活の状況及びこれについての当該消費者の認識に照らして当該消費者契約の目的となるものの分量等として通常想定される分量等をいう。以下この項において同じ。)を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、消費者が既に当該消費者契約の目的となるものと同種のものを目的とする消費者契約(以下この項において「同種契約」という。)を締結し、当該同種契約の目的となるものの分量等と当該消費者契約の目的となるものの分量等とを合算した分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときも、同様とする。

5項 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項(同項の場合にあっては、第三号に掲げるものを除く。)をいう。

一物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの

二物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの

三前二号に掲げるもののほか、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情

6項 第一項から第四項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは、これをもって善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

それは、「当該消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該消費者契約を締結することが必要不可欠である旨を告げること。」と定義されている類型です。これらの行為を直接・間接に立証できる書証や人証(証人など)を集めて、組合に対して取消権を行使していく必要があります。

この8号以外にも、1号で自宅や職場などから退去せずに勧誘を続けた場合、2号で教団施設などからの退去を申し出たのに退去させないで勧誘を続けた場合、3号で寄付の勧誘であることを告げずに勧誘部屋に同行した場合、4号で勧誘について電話などで第三者に相談することを妨げた場合、5号で進学、就職、結婚、生計、容姿、体形などの願望を実現させる合理的根拠の無い勧誘を受けた場合、6号で勧誘者との間の恋愛感情を利用した場合、7号で高齢者の生計健康の不安に乗じた勧誘を受けた場合、9号で契約締結前に履行の一部を不可逆的に実施した場合、10号で既に経費が掛かっているので契約しなければ損害賠償請求すると告げられた場合などの取消権が定められています。多くの事例では、これら条項の複数が同時に当てはまる不当な勧誘がなされているようです。

(3)取消権の行使期間

消費者契約法4条の取消権の行使期間は、追認をすることができる時(取り消しの原因となる状態が解消された時)から「1年間」これを行わない時、または契約締結の時から「5年」を経過した時は時効により消滅するものとされていますが、特に4条3項8号の霊感商法関係では、悪質度が強いことや問題発覚が遅れることも多いことに鑑みて、追認をすることができる時から「3年間」これを行わない時、または契約締結の時から「10年」を経過した時は時効により消滅するものとされています。

消費者契約法7条(取消権の行使期間等) 1項 第四条第一項から第四項までの規定による取消権は、追認をすることができる時から一年間(同条第三項第八号に係る取消権については、三年間)行わないときは、時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から五年(同号に係る取消権については、十年)を経過したときも、同様とする。

(4)取消権行使の具体的方法

取消権を行使するためには、消費者契約法の各要件を満たしていることが必要ですから、主張の根拠となる書証や人証を用意した上で取消権を行使することが理想ですが、どうしても間に合わない場合は、証拠の整理をする前に取消権を行使して、その事実を記録に留めておくと良いでしょう。

取消権行使は、相手方に対する意思表示で行いますので、内容証明郵便による通知書を発送することにより行うことができます。内容証明郵便は、通知内容と通知の日付などを郵便認証司という資格者が法的に証明する通知方法です。通知書には、①取り消しの対象となる契約の特定(日時および契約内容、契約の対象物など)、②取消権の根拠となる法律条項、③取消権を行使する旨、などを記載して通知してください。内容証明郵便による通知が受け取り拒否になってしまった場合は、返送記録を保管した上で、配達記録郵便などで送りなおして配達記録を印刷しておくと良いでしょう。

取消権を行使する通知が相手方に到達すると、取り消しの効果により贈与寄付の法律効果が消滅しますので(民法120条、取り消しの遡及効)、これに基づいて、交付した金品の返還を求めることになります。取消権の行使が有効か無効かで当事者間に意見の相違があり、任意の交渉では返還を受けることが難しい場合は、不当利得返還請求訴訟を提起して裁判上の請求を行い、必要に応じて強制執行などにより回収していくことになります。取消権行使の意思表示は、訴状の中で行うことも可能です。

4、不当寄附勧誘防止法

令和5年6月1日以降の寄付であれば、不当寄附防止法の取消権行使が可能かどうか検討して下さい。目的規定を引用します。

不当寄附勧誘防止法1条(目的)この法律は、法人等(法人又は法人でない社団若しくは財団で代表者若しくは管理人の定めがあるものをいう。以下同じ。)による不当な寄附の勧誘を禁止するとともに、当該勧誘を行う法人等に対する行政上の措置等を定めることにより、消費者契約法(平成十二年法律第六十一号)とあいまって、法人等からの寄附の勧誘を受ける者の保護を図ることを目的とする。

(1)対象となる法律行為

不当寄附勧誘防止法2条(定義)この法律において「寄附」とは、次に掲げるものをいう。

一号 個人(事業のために契約の当事者となる場合又は単独行為をする場合におけるものを除く。以下同じ。)と法人等との間で締結される次に掲げる契約

イ当該個人が当該法人等に対し無償で財産に関する権利を移転することを内容とする契約(当該財産又はこれと種類、品質及び数量の同じものを返還することを約するものを除く。ロにおいて同じ。)

ロ当該個人が当該法人等に対し当該法人等以外の第三者に無償で当該個人の財産に関する権利を移転することを委託することを内容とする契約

二号 個人が法人等に対し無償で財産上の利益を供与する単独行為

不当寄附勧誘防止法2条で、単独行為である寄附と、契約である寄附のいずれもが規制対象の寄付であると定義されています。

(2)法人等の配慮義務

不当寄附勧誘防止法3条

法人等は、寄附の勧誘を行うに当たっては、次に掲げる事項に十分に配慮しなければならない。

一号 寄附の勧誘が個人の自由な意思を抑圧し、その勧誘を受ける個人が寄附をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすること。

二号 寄附により、個人又はその配偶者若しくは親族(当該個人が民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百七十七条から第八百八十条までの規定により扶養の義務を負う者に限る。第五条において同じ。)の生活の維持を困難にすることがないようにすること。

三号 寄附の勧誘を受ける個人に対し、当該寄附の勧誘を行う法人等を特定するに足りる事項を明らかにするとともに、寄附される財産の使途について誤認させるおそれがないようにすること。

法3条各号で、法人等が寄附の勧誘を行う場合に配慮すべき事項が定められています。これは「配慮しなければならない」という定め方で具体的な法律上の義務を規定したものではありませんが、他の条項の適否を判断する際や、不法行為に基づく損害賠償請求をする場合の事実認定に影響し得る法規範と言えるでしょう。

1号は、勧誘側が多人数で対象者を取り囲んで長時間缶詰めにして外部との連絡も絶って勧誘することは不適切であるとするものですし、2号は、寄付者の家族の生活維持が困難となってしまうような寄附は避けるべきとするものですし、3号は、寄付の対象者をきちんと特定し、寄付金の使途についても誤解のない様にすべきとするものです。

(3)法人等の禁止行為

法4条では、具体的な禁止行為が列挙されています。これは違反があった場合の取消権行使の要件ともなり得るものです。

不当寄附勧誘防止法4条(寄附の勧誘に関する禁止行為)

法人等は、寄附の勧誘をするに際し、次に掲げる行為をして寄附の勧誘を受ける個人を困惑させてはならない。

一号 当該法人等に対し、当該個人が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。

二号 当該法人等が当該寄附の勧誘をしている場所から当該個人が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該個人を退去させないこと。

三号 当該個人に対し、当該寄附について勧誘をすることを告げずに、当該個人が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該個人をその場所に同行し、その場所において当該寄附の勧誘をすること。

四号 当該個人が当該寄附の勧誘を受けている場所において、当該個人が当該寄附をするか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該法人等以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該個人が当該方法によって連絡することを妨げること。

五号 当該個人が、社会生活上の経験が乏しいことから、当該寄附の勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該個人に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、当該寄附をしなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること。

六号 当該個人に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該個人又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該寄附をすることが必要不可欠である旨を告げること。

法5条では、借り入れまたは自宅処分による資金調達を要求してはならないことを規定しています。過去に、借り入れや自宅処分によって破産者や一家離散となってしまった不幸な事例が多発したことを受けて定められています。

5条(借入れ等による資金調達の要求の禁止)

法人等は、寄附の勧誘をするに際し、寄附の勧誘を受ける個人に対し、借入れにより、又は次に掲げる財産を処分することにより、寄附をするための資金を調達することを要求してはならない。

一号 当該個人又はその配偶者若しくは親族が現に居住の用に供している建物又はその敷地

二号 現に当該個人が営む事業(その継続が当該個人又はその配偶者若しくは親族の生活の維持に欠くことのできないものに限る。)の用に供している土地若しくは土地の上に存する権利又は建物その他の減価償却資産(所得税法(昭和四十年法律第三十三号)第二条第一項第十九号に規定する減価償却資産をいう。)であって、当該事業の継続に欠くことのできないもの(前号に掲げるものを除く。)

(4)取消権

法人などの勧誘行為に4条各号の禁止行為違反があった場合は、寄付者は意思表示の取り消しができると規定されています。但し、消費者契約法の取り消し要件を満たしている場合は、そちらが優先し、本法における取消権行使はできません。例えば債務免除や遺贈などの単独行為は、消費者契約には該当しませんので、本法の取消権を行使すべきことになります。

8条(寄附の意思表示の取消し)

1項 個人は、法人等が寄附の勧誘をするに際し、当該個人に対して第四条各号に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって寄附に係る契約の申込み若しくはその承諾の意思表示又は単独行為をする旨の意思表示(以下「寄附の意思表示」と総称する。)をしたときは、当該寄附の意思表示(当該寄附が消費者契約(消費者契約法第二条第三項に規定する消費者契約をいう。第十条第一項第二号において同じ。)に該当する場合における当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を除く。次項及び次条において同じ。)を取り消すことができる。

2項 前項の規定による寄附の意思表示の取消しは、これをもって善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

3項 前二項の規定は、法人等が第三者に対し、当該法人等と個人との間における寄附について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし、当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(二以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。次項において「受託者等」という。)が個人に対して第一項に規定する行為をした場合について準用する。

4項 寄附に係る個人の代理人(復代理人(二以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下この項において同じ。)、法人等の代理人及び受託者等の代理人は、第一項(前項において準用する場合を含む。以下同じ。)の規定の適用については、それぞれ個人、法人等及び受託者等とみなす。

9条(取消権の行使期間)前条第一項の規定による取消権は、追認をすることができる時から一年間(第四条第六号に掲げる行為により困惑したことを理由とする同項の規定による取消権については、三年間)行わないときは、時効によって消滅する。寄附の意思表示をした時から五年(同号に掲げる行為により困惑したことを理由とする同項の規定による取消権については、十年)を経過したときも、同様とする。

5、判例紹介

寄付行為の取り消しが認められないような場合でも、新興宗教側が、寄付の際に将来寄付を取り消して寄付したものの返還を求めない、という不起訴合意をしたことを理由に、返還を拒む場合があり、そのような約束の有効性と取消の可否についての判例があります。

最高裁判所令和6年7月11日損害賠償請求事件判決

『(1)本件不起訴合意の有効性について

ア 特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。』

『(2)本件勧誘行為の違法性について

ア 宗教団体又はその信者(以下「宗教団体等」という。)が当該宗教団体に献

金をするように他者を勧誘すること(以下「献金勧誘行為」という。)は、宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、献金は、献金をする者(以下「寄附者」という。)による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができない。そうすると、宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条1号、2号参照)。

以上を踏まえると、献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。そして、上記の判断に当たっては、勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。』

この最高裁判決は、不起訴の合意について、憲法上保障された裁判を受ける権利の放棄という性質を持つため慎重な判断を要するとして、更に、「当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情」を総合考慮して判断するとしています。

また、勧誘行為の違法性については、宗教団体が活動資金の寄付を募ることは宗教活動の一環として許容されており直ちに違法と評価されるものではないが、性質上、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができないとして、慎重な判断を求めています。そして、献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当であるとしています。

御相談のケースでも高齢のお母様が老後資金の大半を棄損してしまうような多額の献金をなさっておられるようですので裁判所によって不起訴合意の無効が認められる可能性があるでしょう。

6、まとめ

上記のように、寄付の撤回や取り消しを主張するためには様々な法律構成がありますが、大事なことは、当該宗教団体が宗教活動をしているとしても社会的相当性を逸脱した不当な献金勧誘行為があったのかどうか、それがどの程度社会的相当性を逸脱していたのか、ということです。信者の悩みや不幸に付け込む悪質な勧誘があったのかどうか、簡単に言えば、社会常識を逸脱しているかどうか、ということになります。上記判例のように、不起訴の合意や、契約書やビデオがある場合であっても、裁判所の救済を受けられる可能性もあります。取消権の行使を行う場合でも、法的に有効な形式で通知する必要があります。1教団側との任意の交渉では解決が困難な場合は、代理人弁護士を交えて法的主張を行うことにより解決の糸口が見つかる場合もあります。お困りの場合は一度お近くの法律事務所に御相談なさってみて下さい。

以上

関連事例集

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※参考判例

最高裁判所令和6年7月11日損害賠償請求事件判決

1 原判決中、次の部分を破棄する。

(1)上告人の被上告人Sに対する請求中、別紙1の「献金」欄記載の各献金に関する部分のうち、同各献金に対応する「不服の対象」欄記載の各金員及びこれに対する遅延損害金の支払請求に関する部分

(2)上告人の被上告人Y1に対する請求中、別紙2の「献金」欄記載の各献金に関する部分のうち、同各献金に対応する「不服の対象」欄記載の各金員及びこれに対する遅延損害金の支払請求に関する部分

2 前項の破棄部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理 由

上告代理人山口広、同木村壮の上告受理申立て理由について

1 本件は、宗教法人である被上告人S(以下「被上告人S」という。)の信者であった亡Aが被上告人Sに献金をしたことについて、上告人(亡Aは原審係属中に死亡し、同人の長女である上告人が亡Aの訴訟上の地位を承継した。)が、被上告人らに対し、上記献金は被上告人Y1を含む被上告人Sの信者らの違法な勧誘によりされたものであるなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償等を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(1)ア 亡Aは、昭和4年生まれの女性であり、昭和28年に亡Bと婚姻し、その後3女をもうけた。亡Aには、昭和22年に妹が11歳で早世する、昭和34年に亡Bの母が自殺する、平成10年に二女が離婚する、亡Bが重病にかかり、平成17年8月以降、入退院を繰り返すなどの不幸な出来事があった。

イ 亡Aは、被上告人Sの信者であった三女の紹介により、平成16年以降、M信徒会(長野県M市所在の被上告人SのM教会に通う信者らによって構成される組織)が運営する施設に通い始め、遅くとも平成17年以降、M教会等において、被上告人Sの教理を学ぶようになった。その教理の中には、病気、事故、離婚等の様々な問題の多くは怨恨を持つ霊によって引き起こされており、そのような霊の影響から脱して幸せに暮らすためには献金をして地獄にいる先祖を解怨することなどが必要であるというものがあった。

ウ 亡Aは、平成16年、被上告人Sの信者の勧めにより妹の供養祭を行い、平成21年から平成27年までの間、少なくとも13回にわたり、韓国で行われた被上告人Sの修練会において、先祖を解怨する儀式等に参加した。

(2)亡Aは、被上告人Sに対し、平成17年から平成21年までの間、十数回にわたり合計1億0058万円を献金した。これに加えて、亡Aは、平成20年から平成22年までの間、自己の所有する土地を3回にわたり合計約7268万円で売却し、その売得金のうち合計480万円を被上告人Sに献金した。上記の各献金(以下「本件献金」という。)は、被上告人Sの信者らによる献金の勧誘(以下「本件勧誘行為」という。)を受けて行われたものであった。

そして、その余の売得金はM信徒会に預託され、平成27年までの間に、その中から、合計約2066万円が同信徒会を通じて被上告人Sに献金され、合計約3046万円が亡Aに生活費等として交付された。

(3)ア 亡Aは、平成21年に亡Bが死亡した後、単身で生活していたところ、平成27年8月、上告人に対し、被上告人Sに献金をしていた事実を話した。

その後、亡Aは、被上告人Sの信者に対し、上告人に上記事実を話した旨を伝えた。

イ 被上告人Sの信者であったCは、平成27年11月頃、それまでにCが被上告人Sにした献金につき、将来、Cの娘婿が被上告人Sに返金を求めることを懸念し、M信徒会の婦人部の部長であった被上告人Y1に相談したところ、公証人役場において上記返金の請求を阻止するための書類を作成する方法があることを伝えられた。亡Aは、Cから上記書類を作成する話を聞き、自身も同様の書類を作成することとした。

ウ 亡Aは、平成27年11月、Cと共に、被上告人Sの信者の運転する自動車で公証人役場へ行き、公証人の面前において、被上告人Sの信者がその文案を作成した「念書」と題する書面に署名押印し、当該書面(以下「本件念書」という。)に公証人の認証を受けた。本件念書には、亡Aがそれまでにした献金につき、被上告人Sに対し、欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求等を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する旨の記載があった。

その後、亡Aは、M教会に行き、被上告人Sに対して本件念書を提出し、これにより、亡Aと被上告人Sとの間に本件念書による合意(以下「本件不起訴合意」という。)が成立した。その際、被上告人Sの信者により、亡Aが被上告人Y1からの質問に答えて上記献金につき返金手続をする意思はないことを肯定する様子がビデオ撮影された。

(4)ア 亡Aは、平成28年5月、アルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断された。

イ 亡Aは、平成29年3月、本件訴えを提起し、令和3年7月、死亡した。

3 原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断して、上告人の被上告人Sに対する損害賠償請求(ただし、亡Aの承継人として請求する部分に限る。)に係る訴えを却下し、被上告人Y1に対する請求を棄却すべきものとした。

(1)本件念書の内容や作成経緯等を検討しても、本件不起訴合意が公序良俗に反し無効であるとはいえない。よって、本件不起訴合意に反して提起された被上告人Sに対する上記訴えは、権利保護の利益を欠き、不適法である。

(2)被上告人Sの信者らが、亡Aに対し、本件勧誘行為において献金をしないことによる具体的な害悪を告知したとは認められず、仮に本件勧誘行為の一部において害悪を告知したことがあったとしても、亡Aが自由な意思決定を阻害されたとまでは認められない。また、本件献金が多額かつ頻回であることのみから、直ちに亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとも認められない。したがって、本件勧誘行為が社会通念上相当な範囲を逸脱するものとして違法であるとはいえない。

4 しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理

由は、次のとおりである。

(1)本件不起訴合意の有効性について

ア 特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。

イ これを本件についてみると、亡Aは、本件不起訴合意を締結した当時、86

歳という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されたものである。そして、亡Aは、被上告人Sの教理を学び始めてから上記の締結までの約10年間、その教理に従い、1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたり渡韓して先祖を解怨する儀式等に参加するなど、被上告人Sの心理的な影響の下にあった。そうすると、亡Aは、被上告人Sからの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあったというべきである。また、被上告人Sの信者らは、亡Aが上告人に献金の事実を明かしたことを知った後に、本件念書の文案を作成し、公証人役場におけるその認証の手続にも同行し、その後、亡Aの意思を確認する様子をビデオ撮影するなどしており、本件不起訴合意は、終始、被上告人Sの信者らの主導の下に締結されたものである。さらに、本件不起訴合意の内容は、亡Aがした1億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に不法行為に基づく損害賠償請求等に係る訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くものであって、上記献金の額に照らせば、亡Aが被る不利益の程度は大きい。

以上によれば、本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。

(2)本件勧誘行為の違法性について

ア 宗教団体又はその信者(以下「宗教団体等」という。)が当該宗教団体に献

金をするように他者を勧誘すること(以下「献金勧誘行為」という。)は、宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、献金は、献金をする者(以下「寄附者」という。)による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができない。そうすると、宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条1号、2号参照)。

以上を踏まえると、献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。そして、上記の判断に当たっては、勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。

イ 本件においては、亡Aは、本件献金当時、80歳前後という高齢であり、種

々の身内の不幸を抱えていたことからすると、加齢による判断能力の低下が生じていたり、心情的に不安定になりやすかったりした可能性があることを否定できない。また、亡Aは、平成17年以降、1億円を超える多額の本件献金を行い、平成20年以降は、自己の所有する土地を売却してまで献金を行っており、残りの売得金をM信徒会に預け、同信徒会を通じてさらに献金を行うとともに、同信徒会から生活費の交付を受けていたのであるが、このような献金の態様は異例のものと評し得るだけでなく、その献金の額は一般的にいえば亡Aの将来にわたる生活の維持に無視し難い影響を及ぼす程度のものであった。そして、亡Aの本件献金その他の献金をめぐる一連の行為やこれに関わる本件不起訴合意は、いずれも被上告人Sの信者らによる勧誘や関与を受けて行われたものであった。

ウ これらを考慮すると、本件勧誘行為については、勧誘の在り方として社会通

念上相当な範囲を逸脱するかどうかにつき、前記アのような多角的な観点から慎重な判断を要するだけの事情があるというべきである。しかるに、原審は、被上告人Sの信者らが本件勧誘行為において具体的な害悪を告知したとは認められず、その一部において害悪の告知があったとしても亡Aの自由な意思決定が阻害されたとは認められない、亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとは認められないとして、考慮すべき事情の一部を個別に取り上げて検討することのみをもって本件勧誘行為が不法行為法上違法であるとはいえないと判断しており、前記アに挙げた各事情の有無やその程度を踏まえつつ、これらを総合的に考慮した上で本件勧誘行為が勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するといえるかについて検討するという判断枠組みを採っていない。そうすると、原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の判断枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法があるというべきである。

5 以上によれば、原審の前記3の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らか

な法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分は破棄を免れない。そして、被上告人らの不法行為責任の有無等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

別紙1

献金 不服の対象(円)

原判決別紙1のエの項のもの 23,000,000

原判決別紙1のオの項のもの 11,490,000

原判決別紙1のサの項のもの 7,520,000

原判決別紙1のシの項のもの 3,000,000

原判決別紙1のチの項のもの 790,000

原判決別紙1のツの項のもの 13,000,000

原判決別紙1のトの項のもの 6,000,000

原判決別紙1のナの項のもの 1,000,000

合計 65,800,000

別紙2

献金 不服の対象(円)

原判決別紙2のエの項のもの 15,333,333

原判決別紙2のオの項のもの 7,660,000

原判決別紙2のサの項のもの 5,013,333

原判決別紙2のシの項のもの 2,000,000

原判決別紙2のチの項のもの 526,667

原判決別紙2のツの項のもの 8,666,667

原判決別紙2のトの項のもの 4,000,000

原判決別紙2のナの項のもの 666,667

合計 43,866,667