別居中の夫婦間の子の連れ去り事案への対応

家事|親族|対策と手続|子と同居している妻の利益と共同親権を持つ夫の利益対立|東京高決平成20年12月18日家月61巻7号59頁

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

私は、半年前から夫と別居しております。同居中、夫は気に入らないことがあると私の髪の毛を引っ張る、物を投げる等の暴行を加えることが頻回にあり、耐えかねて、3歳の娘と共に私の実家に避難する形で別居となりました。当初夫は、娘が私と同居することに納得していましたが、別居後しばらくして、自分が娘と同居すると言い出し、娘を引き渡すよう要求してくるようになりました。

私は、夫に娘との同居を諦めてもらうために、月に2回程度は、私の実家付近の公園で面会交流の場を設けていたのですが、先日、あろうことか、私が目を離した隙に、娘を車に乗せて連れ去ってしまいました。

夫に娘を連れ戻すよう何度も連絡していますが、勝手に出て行ったのが悪いなどと述べて、話が進みません。

私は今後、どのように対応すべきでしょうか。

回答:

1 本件は、既に母が単独で子の監護を開始している状況下において、かかる監護状態を大きく変更する形で父が子を連れ去った事案であり、連れ去りの違法性が強いといえます。このような事案では、連れ去りを正当化するような特別の事情(違法性阻却事由)がない限り、ご主人には未成年者略取・誘拐罪が成立すると考えられます。

そのため、まずは、最寄りの警察署に速やかに被害相談をし、刑事事件化してもらうことを検討すべきでしょう。

本件は、顔見知りの者同士の事件であることから、捜査機関が本件を正式に刑事事件として取り扱う場合は、罪証隠滅のおそれ等を理由に、原則としてご主人を逮捕・勾留する流れになると思われます。

このような流れとなれば、お子様は、捜査機関を介して、奥様の元に連れ戻される可能性が高いと考えられます。

2 また、仮に刑事事件化が難航する場合は、管轄の家庭裁判所に、子の引渡しと監護者指定の審判並びにこれらの審判前の保全処分の申立てをすべきです。

関連の裁判例として、子の連れ去りの違法性が顕著な場合は、違法行為の結果を事実上優先し、保護するような状況を招来することを回避すべき必要性が高いという価値判断のもと、原則として保全の必要性が認められるという立場をとった裁判例(東京高決平成20年12月18日家月61巻7号59頁)があります。この裁判例を参考に、本件連れ去りは別居中の用意周到なものであり違法性が顕著であるから、保全の必要性が認められるべきとの主張を行うことが考えられます。

3 最後に、人身保護請求による解決可能性も検討の余地があります。人身保護請求とは、法律上正当な手続きによらないで身体の自由を拘束されている者が、その救済を求めるものです。手続きの迅速性が特色です。

人身保護請求は、子の拘束が違法であり、その違法性が顕著である場合に認められるところ、共同親権者による拘束の場合か否かで、判断基準が変わってきます。共同親権者による拘束の場合、その監護は、特段の事情がない限り、親権に基づく監護として適法と考えられ、判例によれば、「拘束者が幼児を監護することが、請求者による監護に比して子の福祉に反することが明白であることを要する」とされています(最判平成5年10月19日民集47巻8号5099頁)。

本件で、ご主人がお子様に虐待を加えていることが証拠関係上明らかであるような場合は、手続きの迅速性を重視して、人身保護請求の申立てを行うことも検討対象となりますが、立証のハードルがそれなりに高いことには留意が必要です。

5 どのような法的手続きを執るべきか、という初動の段階が非常に重要です。弁護士に相談しながら進めることを推奨いたします。

6 関連事例集 2029番1592番837番等参照。その他、子の連れ去りに関する関連事例集参照。

解説:

第1 子の返還を巡る法的手段の概要

1 考えられる手続き

子の返還を実現するための法的手段は、①刑事事件化(警察への被害相談)、②子の引渡しと監護者指定の審判並びにこれらの審判前の保全処分の申立て、③人身保護請求が考えられます。

2 ①刑事事件化(警察への被害相談)

本件は、既に母が単独で子の監護を開始している状況下において、かかる監護状態を大きく変更する形で父が子を連れ去った事案であり、連れ去りの違法性が強いといえます。

このような事案では、たとえ離婚が成立しておらず、父が法的には親権者であるとしても、連れ去り行為を正当化するような特別な事情がない限り、違法性は阻却されず、未成年者略取・誘拐罪(刑法224条)が成立すると考えられます(監護権者に未成年者略取・誘拐罪が成立し得るかという論点については、事例集2029番をご参照ください。)

そのため、まずは、最寄りの警察署に速やかに被害相談をし、刑事事件化してもらうことを検討すべきでしょう。

本件は、顔見知りの者同士の事件であることから、捜査機関が本件を正式に刑事事件として取り扱う場合は、罪証隠滅のおそれ等を理由に、原則としてご主人を逮捕・勾留する流れになると思われます。

このような流れとなれば、お子様は、捜査機関を介して、奥様の元に連れ戻される可能性が高いと考えられます。捜査機関が刑事事件として扱うか否かは、具体的に事情によりますが、仮に事件性が少ないと判断した場合でも、子供連れ去ったということであれば、ご主人に対して事情を聞いて、とりあえずは子供返すよう説得し、それに応じて子供が返されるという事態も期待できます。

3 ②子の引渡しと監護者指定の審判並びに審判前の保全処分の申立て

⑴ 子の引渡しと監護者指定の審判申立て

ア 子の引渡しと監護者指定の調停・審判は、一般的に離婚や別居に伴い、親権者である父母間における子の監護・引渡しを巡った紛争を解決するための手続きとして想定されており、離婚成立前の父母間の子を巡る紛争は、基本的に家庭裁判所での同手続きを利用することになります。子供の連れ去りという、例外的、緊急を要する場合もこの手続きを利用することになります。

イ この手続きとしては、原則として、いずれの親を監護者とするべきか、また子の引渡しを認めるべきか否かを検討するにあたっては、いずれの親に監護させるのが子の利益に合致するかを具体的に比較考量して判断されることになります。より具体的には、①監護者としての適格性、②子の事情、③子の意思、④これまでの監護実績等が考慮されることになります。

①監護者としての適格性については、子どもに物質的・精神的安定を与えることができるかどうかという観点から判断され、監護意欲、監護能力(健康、性格、経済力、愛情等)、居住環境、監護を補助する者の存在の有無、面会交流(面接交渉)の許容性等が考慮されます。

②子の事情としては、従来の環境への適応状況、環境の変化への適応能力等が考慮されます。

③子の意思については、概ね7、8歳前後から、尊重されるべきとされます。

最後に、④これまでの監護実績については、現在に至るまでの監護実績に鑑み、いずれの親が主たる養育者であったかを判断することになりますが、主たる養育者の監護に問題がある場合や、監護態勢や生活環境が顕著に劣る場合等は、この限りではないとされます。

ウ ただし、一方の親が違法に子の監護を開始したような場合は、当該親を監護者と指定してしまうことで子の奪取という違法行為をあたかも追認することになるため、子の福祉が害されることが明らかといえるような特段の事情がない限り、他方の親を監護者と指定し、子の引渡しを認めなければならないとした裁判例がございます(東京高決平成17年6月28日家月58巻4号105頁)。

この裁判例の事案は、調停委員等からの事前の警告に反して周到な計画の下に子の奪取が行われた事案であり、連れ去りの違法性が顕著な場合です。

このような場合でも原審の家庭裁判所は、原則論、子供の福祉という点を慎重に判断して、環境が変わるのは好ましくないことから、この引渡を認めない判断をしましたが、抗告審の高裁は、上記比較考量によるまでもなく、違法状態を是正するために、子の引渡しを命じるべきという判断をしました。

本件事案においても、同裁判例を参考に、別居中の用意周到な連れ去りであり、違法性が顕著であることを主張することで、優位に進めることが出来るでしょう。

⑵ とはいえ、審判手続きの審理には相応の時間を要します。緊急性のある事案では、暫定的に子の引渡しや監護者の指定を受けるために、審判前の保全処分を同時に申し立てることが出来ます。

審判前の保全処分の発令要件は、①本案認容の蓋然性、②保全の必要性です。①本案認容の蓋然性について、ここでは詳細は割愛させていただきますが、上記裁判例を参考に、別居中の連れ去りであり違法性が顕著であるとの主張は必須でしょう。

②保全の必要性については、家事事件手続法に特別の規定があり、「強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と定義されています(家事事件手続法157条1項柱書)。

かかる保全の必要性の要件該当性を検討する上で参考となる裁判例として、まず、東京高決平成15年1月20日家月56巻4号122頁が挙げられます。同決定は、子の引渡しを求める審判前の保全処分における保全の必要性の具体的判断要素として、「子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるときや、本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合がこれに当たる」とした上で、より具体的には、「子に対する虐待、放任等が現になされている場合、子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合などが該当する」と判示しています。

直ちに子を取り戻さなければ手遅れとなるような、非常に限定的な場面といえ、疎明のハードルは非常に高いといえます。

しかし、この判断枠組みだけでは、違法な子の連れ去り事案を容認することになりかねません。子の連れ去りに顕著な違法性が認められる事案において、保全の必要性を検討した裁判例として、東京高決平成20年12月18日家月61巻7号59頁が挙げられます。同決定は、「本件のように共同親権者である夫婦が別居中、その一方の下で事実上監護されていた未成年者を他方が一方的に連れ去った場合において、従前未成年者を監護していた親権者が速やかに未成年者の仮の引渡しを求める審判前の保全処分を申し立てたときは、従前監護していた親権者による監護の下に戻すと未成年者の健康が著しく損なわれたり、必要な養育監護が施されなかったりするなど、未成年者の福祉に反し、親権行使の態様として容認することができない状態となることが見込まれる特段の事情がない限り、その申立てを認め、しかる後に監護者の指定等の本案の審判において、いずれの親が未成年者を監護することがその福祉にかなうかを判断することとするのが相当である」と判示しています。

子の連れ去りの違法性が顕著な場合は、違法行為の結果を事実上優先し、保護するような状況を招来することを回避すべき必要性が高いという価値判断のもと、原則として保全の必要性が認められるという立場をとっています。

本件事案はまさに、「一方の下で事実上監護されていた未成年者を他方が一方的に連れ去った場合」に該当します。そのため、あなたのもとにお子様を戻すことが、かえってお子様の福祉に反することとなるような特段の事情がない限り、保全の必要性が肯定されるべきとの主張が可能でしょう。

4 ③人身保護請求

⑴ 最後に、人身保護請求の手続きが考えられます。人身保護請求とは、法律上正当な手続きによらないで身体の自由を拘束されている者が、その救済を求めるものです(人身保護法2条1項)。本来は、矯正施設の収容者等の釈放を求めるために用いられていましたが、近時では、子の引渡しを求める手段として用いられることが多いと言われています。

被拘束者、拘束者又は請求者の所在地を管轄する高等裁判所若しくは地方裁判所裁判所が管轄裁判所とされ(人身保護法第4条)、原則として弁護士を代理人として申し立てる必要があります(人身保護法3条)。被拘束者の代理人も弁護士でなければならず、被拘束者の代理人が選任されていないときは、裁判所は、国選の代理人弁護士を選任します(人身保護規則31条1項、2項)。

⑵ 人身保護請求の申立てがなされた際の手続的な流れですが、まず、裁判所が請求者代理人と面接を行なった上で、請求者及び拘束者を審尋する準備調査期日が設けられます(人身保護法9条、人身保護規則17条)。準備調査期日は、事案によっては裁判所の判断で省略されることもあります(人身保護規則18条)。

その後、裁判所が一定の日時及び場所を指定して審問期日を設定し、請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚します。拘束者に対しては、被拘束者を指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、審問期日までに答弁書の提出を命じます。

その上で、請求が認められた場合には、被拘束者は直ちに解放されます。

拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することができ、遅延1日あたり500円以下の過料に処することもできます(人身保護法12条3項)。そして、このことは、拘束者に事前通知されます。さらには、被拘束者を移動、蔵匿、隠避しその他法律による救済を妨げる行為をした場合や答弁書にことさら虚偽の記載をした場合には、2年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられることとなっており、刑事罰による担保的な機能もあります(人身保護法26条)。このように、人身保護請求は強制力をもった強力な手続きということができます。

⑶ また、人身保護請求の手続きの特色は、迅速な判断が義務付けられている点です(人身保護法6条)。具体的には、審問期日は人身保護請求のあつた日から1週間以内に開くことが義務付けられ(人身保護法12条4項)、判決の言渡は審問終結の日から5日以内にすることとされています(人身保護規則36条本文)。さらに、受理の前後にかかわらず、他の事件に優先して、迅速にこれをしなければならないという運用も定められています(人身保護規則11条)。

⑷ それだけに、人身保護請求の要件は、ある程度厳格なものになっており、ⅰ)子が拘束されていること、ⅱ)拘束が違法であること、ⅲ)拘束の違法性が顕著であること、ⅳ)救済の目的を達成するために、他に適切な方法がないこと(補充性)とされています(人身保護規則4条、5条)。

ⅰ)については、子に意思能力がある場合(およそ10歳程度)は子の意思が尊重されます。したがって、子が現状に問題がないと考えている場合には、人身保護請求は認められません。

また、ⅱ)ⅲ)については、共同親権者による拘束の場合か否かで、判断基準が変わってきます。共同親権者による拘束の場合、その監護は、特段の事情がない限り、親権に基づく監護として適法と考えられます。そこで、違法性が顕著といえるための要件は、厳格になります。判例によれば、共同親権者による拘束に顕著な違法性があるというためには、「拘束者が幼児を監護することが、請求者による監護に比して子の福祉に反することが明白であることを要する」とされています(最判平成5年10月19日民集47巻8号5099頁)。

これに対し、非親権者・非監護者による拘束の場合は、相手方が何ら監護の権限なく拘束しているため、厳しい要件を課す必要はありません。判例は、共同親権者による拘束の場合とは区別して、非親権者・非監護者による拘束の場合、「請求者および拘束者双方の監護の当否を比較衡量したうえ、請求者に幼児を引渡すことが明らかにその幸福に反するものでない限り、たとえ、拘束者において自己を監護者とすることを求める審判を申立てまたは訴を提起している場合であり、しかも、拘束者の監護が平穏に開始され、かつ、現在の監護の方法が一応妥当なものであつても、当該拘束はなお顕著な違法性を失わないものと解するのが相当である。」と判示しています(最判昭和47年7月25日家庭裁判月報25巻4号40頁)。

ⅳ)の補充性の要件ですが、法解釈により、他に救済の目的を達する手段が考えられるとしても、相当の期間内に目的が達せられないような場合も、要件を満たすものと考えられています。

⑸ 本件事案は、共同親権者であるご主人による拘束の場合ですから、 人身保護請求の手続きとの関係では、特段の事情がない限り、親権に基づく監護として適法と判断されます。ご主人が幼児を監護することが、あなたによる監護に比して子の福祉に反することが明白である、という点の立証がなければ、人身保護請求は認められないことに注意が必要です。

第2 本件での対応

以上をまとめると、本件では、まず始めに①警察への被害相談を行い、刑事事件化を目指すべきでしょう。

その上で、警察の動き次第では、②子の引渡しと監護者指定の審判並びに審判前の保全処分の申立てを行うことになります。

③人身保護請求の申立ては、立証のハードルとの兼ね合いで、優先順位は低いと思われます。ただし、ご主人がお子様に虐待を加えている等の特別な事情が客観的な証拠から明白であるような場合は、事案の解決スピードを優先して、人身保護請求の申立てを検討すべき場合もあり得ます。

このような事案では、初動が極めて重要です。初動を見誤らないためにも、適宜、弁護士に相談しながら進めることを推奨いたします。

以上

関連事例集

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※参照判例

●東京高決平成17年6月28日家月58巻4号105頁

「そこで,この観点に立って本件について検討するに,事件本人は現在7歳とまだ幼少の年齢であり,出生以来主に実母である抗告人によって監護養育されてきたものであって,本件別居により抗告人の実家に移ったが,相手方らによる事件本人の本件奪取時までの抗告人側の事件本人に対する監護養育状況に特に問題があったことをうかがわせる証拠はない(原審判は,抗告人が職業を有しているから,その勤務の都合上,日常的に事件本人に対し母性を発揮できる状況にないと判示しているが,何ら合理的根拠を有するものではない。また,原審判は,抗告人が審問の際,「事件本人が生まれたのは,脅されて関係を持ったからです。」と供述していることを挙げて,抗告人が果たして事件本人に対し母性を発揮することができるか疑わしいと判示しているが,これは相手方に対する思いから出た発言にすぎないとみられ,抗告人が事件本人に対し不当な扱いをしたり,監護養育を軽視している等同人の福祉を害する行為をしているとの事実をうかがわせる証拠はまったくないから,かかる判示も合理的根拠を欠くものといわざるを得ない。)。また,抗告人による本件別居を明らかに不当とするまでの事情は見当たらないから,事件本人の年齢やそれまでの監護状況に照らせば,抗告人が別居とともに事件本人を同行することはやむを得ないものであり,これを違法又は不当とする合理的根拠はないといわざるを得ない。そうすると,このような経緯で事件本人の監護養育状況が抗告人側にゆだねられることになったことが事件本人の福祉を害するということはできない。ところが,その後にされた相手方及び同人の実父母による事件本人の実力による奪取行為は,調停委員等からの事前の警告に反して周到な計画の下に行われた極めて違法性の高い行為であるといわざるを得ず,この実行行為により事件本人に強い衝撃を与え,同人の心に傷をもたらしたものであることは推認するに難くない。相手方は,前記奪取行為に出た理由について,抗告人が事件本人との面会を求める相手方の申し出を拒否し続け,面会を実現する見込みの立たない状況の下でいわば自力救済的に行われた旨を主張しているものと解せられるが,前記奪取行為がされた時点においては,相手方から抗告人との夫婦関係の調整を求める調停が申し立てられていたのみならず,事件本人の監護者を相手方に定める審判の申立て及び審判前の保全処分の申立てがされており,これらの事件についての調停が続けられていたのであるから,その中で相手方と事件本人との面接交渉についての話合いや検討が可能であり,それを待たずに強引に事件本人に衝撃を与える態様で同人を奪取する行為に出たことには何らの正当性も見い出すことはできない(原審判は,前記奪取行為が違法であることを認めながら,子の福祉を判断する上で必要な諸事情の中の一要素として考慮すべきであると判示するが,それまでの抗告人による監護養育状況に特段の問題が見当たらない状況の下で,これを違法に変更する前記奪取行為がされた場合は,この事実を重視すべきは当然のことであり,諸事情の中の単なる一要素とみるのは相当ではない。)。そうすると,このような状況の下で事件本人の監護者を相手方と定めることは,前記明らかな違法行為をあたかも追認することになるのであるから,そのようなことが許される場合は,特にそれをしなければ事件本人の福祉が害されることが明らかといえるような特段の状況が認められる場合(たとえば,抗告人に事件本人の監護をゆだねたときには,同人を虐待するがい然性が高いとか,抗告人が事件本人の監護養育を放棄する事態が容易に想定される場合であるとか,抗告人の監護養育環境が相手方のそれと比較して著しく劣悪であるような場合)に限られるというべきである。しかるに,本件においては,このような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

そうすると,事件本人の監護者は抗告人と定めるのが相当であり,したがって,その監護者を相手方と定める申立ては理由がない。しかるに,甲事件について事件本人の監護者を相手方と定め,乙事件について事件本人の監護者を抗告人と定める抗告人の本件申立てを却下した原審判は不当であり,取消しを免れない。」

●東京高決平成15年1月20日家月56巻4号122頁

「審判前の保全処分を認容するには,民事保全処分と同様に,本案の審判申立てが認容される蓋然性と保全の必要性が要件となるところ,家事審判規則52条の2は,子の監護に関する審判前の保全処分に係る保全の必要性について,「強制執行を保全し,又は事件の関係人の急迫の危険を防止するための必要があるとき」と定めている。そして,子の引渡しを求める審判前の保全処分の場合は,子の福祉が害されているため,早急にその状態を解消する必要があるときや,本案の審判を待っていては,仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合がこれに当たり,具体的には,子に対する虐待,放任等が現になされている場合,子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合などが該当するものと解される。」

●東京高決平成20年12月18日家月61巻7号59頁

「以上の検討によれば、本件のように共同親権者である夫婦が別居中,その一方の下で事実上監護されていた未成年者を他方が一方的に連れ去った場合において,従前未成年者を監護していた親権者が速やかに未成年者の仮の引渡しを求める審判前の保全処分を申し立てたときは,従前監護していた親権者による監護の下に戻すと未成年者の健康が著しく損なわれたり,必要な養育監護が施されなかったりするなど,未成年者の福祉に反し,親権行使の態様として容認することができない状態となることが見込まれる特段の事情がない限り,その申立てを認め,しかる後に監護者の指定等の本案の審判において,いずれの親が未成年者を監護することがその福祉にかなうかを判断することとするのが相当である(原審は,子の引渡しは未成年者の保護環境を激変させ,子の福祉に重大な影響を与えるので監護者が頻繁に変更される事態は極力避けるべきであり,保全の必要性と本案認容の蓋然性について慎重に判断すべきものとしている。この点,その必要もないのに未成年者の保護環境を変更させないよう配慮すべき要請があることはそのとおりであるとしても,審判前の保全処分が対象とする事案は様々であり,事案に応じて審理判断の在り方は異なるから,これを原審のように一律に解することは失当であるといわざるを得ない。殊に本件においては,明らかに違法な行為によって法的に保護されるべき状態が侵害されて作出された事態に関して,それが作出された直後におけるいわば原状への回復を求めることの当否が問題となっているのに,その事態を審理判断の所与の出発点であるかのように解し,原審のいうように慎重に審理判断したのでは,既に説示した最高裁判例の考え方に明らかに反し,家庭裁判所に期待された役割を放棄することになるばかりか,かえって違法行為の結果の既成事実化に手助けしたこととなってしまう。また,このことは,違法行為の結果を事実上,優先し,保護するような状況を招来するから,結果的に自力救済を容認し,違法行為者にかえって有利な地位を認めることになりかねない。そのような対応では,実力による子の奪い合いを助長し,家庭裁判所の紛争解決機能を低下させるばかりか,元来趣旨としたはずの未成年者の福祉にも反する事態へと立ち至ることが明らかであって,本件のような事案を前提とした場合,原審のような枠組みで審理判断をすることは明らかに相当性を欠くというべきである。)。 」

●最判平成5年10月19日 民集47巻8号5099頁

「夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決すべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁)。そして、この場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条参照)ということができるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であることを要するもの、いいかえれば、拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものというべきである(前記判決参照)。けだし、夫婦がその間の子である幼児に対して共同で親権を行使している場合には、夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法というべきであるから、右監護・拘束が人身保護規則四条にいう顕著な違法性があるというためには、右監護が子の幸福に反することが明白であることを要するものといわなければならないからである。」

以上