人身保護請求による子の取り戻し

民事|子の連れ去り|取り戻し|親権に基づく妨害排除請求|本訴請求|仮の地位を定める仮処分|最判平成5年10月19日|民集47巻8号5099頁|子の監護者の指定審判及び子の監護に関する処分(子の引渡し)申立却下審判に対する抗告事件|東京高決平成20年1月30日|家庭裁判月報60巻8号59頁

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

私は,昨年に夫と離婚し,シングルマザーとして6歳の娘と1歳の息子を育ててきました。ところが,離婚直後に腰のヘルニアになってしまい,息子を抱っこしたりすることが難しくなり,手術で腰の状態が回復するまでの間,私の実家の両親に息子を預かってもらうことにしました。

その後,手術が成功し,腰の痛みが改善したため,息子を引き取ろうとしたところ,両親からあれこれ理由をつけて息子を帰してもらえない状態になってしまいました。

実家には40歳の兄が両親と一緒に暮らしており,兄は独身で今後結婚の見込みが薄いため,実家の跡取りが欲しいと考えているようです。

私としては,子供を虐待したわけでもありませんし両親が息子を返さない状況を何とかしたいと考えています。良い方法はないでしょうか。

回答:

1 子の引き渡しを実現する法律的な方法としては,①親権に基づく妨害排除請求権を主張して地方裁判所にこの引き渡しを求める本訴,仮処分を申し立てる、②人身保護請求を地方裁判所に申し立てることが出来ます。

2 ①の妨害排除請求の可否については,親権者でも監護者でもない者が親権者の意思に反し,その親権に服すべき子を連れ去り自己の支配下におくことは,特段の事情のない限り,親権の行使を妨げるものとして許されない,という趣旨の判断を示した裁判例があります(千葉地判昭和57年6月14日家庭裁判月報36巻4号91頁)。同裁判例は,特段の事情の具体的内容について,ⅰ)「親権者が親権を濫用し又は著しい不行跡であって親権喪失の宣言を待つまでもなく親権者又は少なくとも監護者として明白に不適格と認められる場合」や,ⅱ)「親権に服すべき子がその自由意思により親権者のもとを去り,非親権者のもとに滞在していると認められる場合」を挙げていますが,引渡しを求める子が6歳で自由意思による滞在を観念しにくい本件では,特段の事情が認められるとは言い難く,請求は問題なく認められるでしょう。

妨害排除請求による解決を選択する場合は,一般民事手続きによることになり地方裁判所における本訴や保全手続きとして,仮の地位を定める仮処分命令の申立てを行うことになります。

3 ②の人身保護請求とは,法律上正当な手続きによらないで身体の自由を拘束されている者が,その救済を求めるものです。人身保護請求の要件は,ⅰ)子が拘束されていること,ⅱ)拘束が違法であること,ⅲ)拘束の違法性が顕著であること,ⅳ)救済の目的を達成するために,他に適切な方法がないこと(補充性)とされています(人身保護規則4条,5条)。

上記のうちⅰ)については,子に意思能力がある場合(およそ10歳程度)はそれが尊重されますが,6歳の場合は,原則として子の自由意思を観念できないため,拘束の要件を満たすといえるでしょう。

また,ⅱ)ⅲ)については,非監護権者による子の拘束は,原則として,違法性が顕著な場合に該当すると考えられており,本件でもそのような判断を得られる可能性が高いと考えられます。

ⅳ)補充性の要件については,法解釈により,他に救済の目的を達する手段が考えられるとしても,相当の期間内に目的が達せられないような場合も,要件を満たすものと考えられています。

そのため,親権に基づく妨害排除請求訴訟が可能としても,より迅速な手続きである人身保護請求による解決を望む場合は,同要件で切られる可能性は低いと考えられます。

4 妨害排除請求も人身保護請求も,いずれも認められる余地があると考えられますので,原則は,より迅速な解決を図ることが可能と思料される,人身保護請求の申立てを先行させるべきでしょう。

5 子供の取り戻しに関する関連事例集参照。

解説:

第1 子の返還を巡る法的手段の概要

1 考えられる手続き

一般論として子の返還を求める法的手続きは,①監護者指定の調停・審判及び子の引渡しの調停・審判並びにこれらの審判前の保全処分,②親権に基づく妨害排除請求訴訟並びにその保全処分(仮の地位を定める仮処分),③人身保護請求が考えられます。

2 ①監護者指定及び子の引渡しの調停・審判及び審判前の保全手続き

親権者である父母間における子の監護・引渡しを巡った紛争を解決するための手続きとして想定されており,離婚成立前の父母間の子を巡る紛争は,基本的に家庭裁判所での同手続きを利用することになります。

子の監護者指定や子の引渡しを巡って親権者間で争いが生じた場合,話し合いで解決に至る可能性は低いと考えられ,多くの場合は審判で解決することになると思われます。

家庭裁判所の職員である調査官が,双方の養育環境,養育実績や子の状況等を専門的に調査し,調査結果をもとに,裁判所が判断を下すことになります。

これに対し,本件のように親権者以外の第三者が子の監護権指定や引渡しの調停・審判の手続きを利用することの可否や,親権者が親権者以外の第三者に対する子の引渡しの調停・審判を利用することの可否が,これまで問題となってきました。

しかし、平成20年の東京高裁決定で,いずれについても申立てを不適法とする判断が示され(東京高決平成20年1月30日家庭裁判月報60巻8号59頁),令和3年には,親権者以外の第三者(同事案では祖父母)による監護者指定の申立てを明確に否定する最高裁決定が出されました(最決令和3年3月29日民集75巻3号952頁)。

民法その他の法令において,事実上子を監護してきた第三者が,家庭裁判所に監護者指定を申し立てることができる旨を定めた規定はなく,監護の事実をもって上記第三者を父母と同視することもできない,という形式的理由を貫き,民法766条の適用又は類推適用の可能性を否定しました。

今後は,法改正がなされない限り,親権者間以外の子の引渡しを巡る紛争は,非親権者側からは,親権喪失の手続きや親権者変更の申立て(父母の場合),人身保護請求といった手続きの選択が検討されるべきことになります。また,親権者が非親権者を相手とするこの引渡しについては,親権に基づく妨害排除請求や人身保護請求による解決を選択するのが主流となると思われます。もっとも、相手が両親や兄で、できるだけ穏やかに解決したいということであれば、家庭裁判所に家事調停を申し立てることは可能です。しかし、あくまで調停ですので相手が家庭裁判所の呼び出しに応じないと、あるいは出頭しても話し合いに応じないという場合は、強制力はありませんので、そのような事態が予測される場合は、家事調停を申し立てることは無駄になります。

3 ②親権に基づく妨害排除請求訴訟並びにその保全処分

子どもが非親権者,非監護権者に連れ去られた場合,親権者である親は,親権に基づく妨害排除請求として,子の引渡しを請求することが考えられます。妨害排除請求権の行使は,一般の民事訴訟手続で行われることになります。

妨害排除請求権が認められるためには、原告に親権又は監護権が存在することと,被告による子の抑留の事実を主張立証する必要があります。

この点,親権者でも監護者でもない者が親権者の意思に反し,その親権に服すべき子を連れ去り自己の支配下におくことは,特段の事情のない限り,親権の行使を妨げるものとして許されない,という趣旨の判断を示した裁判例があります(千葉地判昭和57年6月14日家庭裁判月報36巻4号91頁)。同裁判例は,特段の事情の具体的内容について,ⅰ)「親権者が親権を濫用し又は著しい不行跡であって親権喪失の宣言を待つまでもなく親権者又は少なくとも監護者として明白に不適格と認められる場合」や,ⅱ)「親権に服すべき子がその自由意思により親権者のもとを去り,非親権者のもとに滞在していると認められる場合」を挙げています。

その上で,より詳細な判断要素として,ⅰ)との関係では,「親権者が真摯に子を監護教育する意思を有し,かつそれが可能であると認められる限り,現に子を支配下においている非親権者と対比し,時間的,経済的ゆとりその他養育環境において仮に親権者の方が劣位にあるからといつてそのことから直ちに子の引渡しを求める親権者の側に親権の濫用があると認めるのは相当ではなく,かかる事情は,家庭裁判所が審判又は調停等の非訟手続において親権者又は監護者変更の申立に対し判断する際の資料として考慮されるべきものである。」と判示しています。また,ⅱ)との関係では,「子の自由意思については,その子が弁識能力を有し右能力に基づく判断の結果,自己が親権者のもとを離れて非親権者のもとにある経緯,事情等の概要を知つたうえで,それでもなお非親権者のもとに滞在していることが認められることが必要であり,弁識能力が低く,また,親権者のもとを離れた事情に疎い子が現に滞在している非親権者になついているという外観から直ちに子の自由意思を推断してはならないのである。特に,ようやく学令期に達した程度の子にあつては生活を共にする非親権者である実親から愛情を示されれば,これになつくのは当然であつて(そのことは裏を返せば,子が連れ去られることなく親権者のもとで養育されれば親権者になつくことになる。),民事訴訟手続における判断にあつてかかる現状を一義的に重視することを許せば,結局,非親権者が親権者から子を引取るに至つた経緯,親権者の意思等は捨象されることとなり,離婚の際,親権者及び監護者を定めた合意を無意味ならしめるものといわざるを得ない。かような現状も前同様家庭裁判所の審判又は調停等の非訟手続による親権者又は監護者変更の申立に対する判断資料として考慮すれば足るものというべきである。」と判示しています。

親権者や監護権者の変更の調停・審判の手続きを経るまでもなく,非親権者の支配下に置くことが正当化されるような場合でなければ,特段の事情は認められない,と理解することができるでしょう。

なお,妨害排除請求権に基づく子の引渡請求訴訟は,一般民事訴訟手続ですから,民事保全の申立て(仮の地位を定める仮処分命令の申立て)が可能です。

4 ③人身保護請求

⑴ 人身保護請求とは,法律上正当な手続きによらないで身体の自由を拘束されている者が,その救済を求めるものです(人身保護法2条1項)。本来は,矯正施設の収容者等の釈放を求めるために用いられていましたが,近時では,子の引渡しを求める手段として用いられることが多いと言われています。

被拘束者,拘束者又は請求者の所在地を管轄する高等裁判所若しくは地方裁判所裁判所が管轄裁判所とされ(人身保護法第4条),原則として弁護士を代理人として申し立てる必要があります(人身保護法3条)。被拘束者の代理人も弁護士でなければならず,被拘束者の代理人が選任されていないときは,裁判所は,国選の代理人弁護士を選任します(人身保護規則31条1項,2項)。

⑵ 人身保護請求の申立てがなされた際の手続的な流れですが,まず,裁判所が請求者代理人と面接を行なった上で,請求者及び拘束者を審尋する準備調査期日が設けられます(人身保護法9条,人身保護規則17条)。準備調査期日は,事案によっては裁判所の判断で省略されることもあります(人身保護規則18条)。

その後,裁判所が一定の日時及び場所を指定して審問期日を設定し,請求者又はその代理人,被拘束者及び拘束者を召喚します。拘束者に対しては,被拘束者を指定の日時,場所に出頭させることを命ずると共に,審問期日までに答弁書の提出を命じます。

その上で,請求が認められた場合には,被拘束者は直ちに解放されます。

拘束者が命令に従わないときは,勾引し又は命令に従うまで勾留することができ,遅延1日あたり500円以下の過料に処することもできます(人身保護法12条3項)。そして,このことは,拘束者に事前通知されます。さらには,被拘束者を移動,蔵匿,隠避しその他法律による救済を妨げる行為をした場合や答弁書にことさら虚偽の記載をした場合には,2年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられることとなっており,刑事罰による担保的な機能もあります(人身保護法26条)。このように,人身保護請求は強制力をもった強力な手続きということができます。

⑶ また,人身保護請求の手続きの特色は,迅速な判断が義務付けられている点です(人身保護法6条)。具体的には,審問期日は人身保護請求のあつた日から1週間以内に開くことが義務付けられ(人身保護法12条4項),判決の言渡は審問終結の日から5日以内にすることとされています(人身保護規則36条本文)。さらに,受理の前後にかかわらず,他の事件に優先して,迅速にこれをしなければならないという運用も定められています(人身保護規則11条)。

⑷ それだけに,人身保護請求の要件は,ある程度厳格なものになっており,ⅰ)子が拘束されていること,ⅱ)拘束が違法であること,ⅲ)拘束の違法性が顕著であること,ⅳ)救済の目的を達成するために,他に適切な方法がないこと(補充性)とされています(人身保護規則4条,5条)。

ⅰ)については,子に意思能力がある場合(およそ10歳程度)は子の意思が尊重されます。したがって,子が現状に問題がないと考えている場合には,人身保護請求は認められません。

また,ⅱ)ⅲ)については,共同親権者による拘束の場合か否かで,判断基準が変わってきます。共同親権者による拘束の場合,その監護は,特段の事情がない限り,親権に基づく監護として適法と考えられます。そこで,違法性が顕著といえるための要件は,厳格になります。判例によれば,共同親権者による拘束に顕著な違法性があるというためには,「拘束者が幼児を監護することが,請求者による監護に比して子の福祉に反することが明白であることを要する」とされています(最判平成5年10月19日民集47巻8号5099頁)。

これに対し,非親権者・非監護者による拘束の場合は,相手方が何ら監護の権限なく拘束しているため,厳しい要件を課す必要はありません。判例は,共同親権者による拘束の場合とは区別して,非親権者・非監護者による拘束の場合,「請求者および拘束者双方の監護の当否を比較衡量したうえ,請求者に幼児を引渡すことが明らかにその幸福に反するものでない限り,たとえ,拘束者において自己を監護者とすることを求める審判を申立てまたは訴を提起している場合であり,しかも,拘束者の監護が平穏に開始され,かつ,現在の監護の方法が一応妥当なものであつても,当該拘束はなお顕著な違法性を失わないものと解するのが相当である。」と判示しています(最判昭和47年7月25日家庭裁判月報25巻4号40頁)。

ⅳ)の補充性の要件ですが,法解釈により,他に救済の目的を達する手段が考えられるとしても,相当の期間内に目的が達せられないような場合も,要件を満たすものと考えられています。

第2 本件での対応

以上のこの引渡しを巡る法的手段を前提とすれば,本件では,②親権に基づく妨害排除請求訴訟とその保全手続き(仮の地位を定める仮処分命令の申立て),③人身保護請求の申立てを検討すべきことになります。

相手方が祖父母であり,非親権者,非監護権者であることから,いずれの請求も認められる可能性が高いと考えられます。

とすると,より迅速な解決が可能と思料される,③人身保護請求の申立てをまずは実施することが適切と考えられます。

以上

関連事例集

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※参考判例

人身保護請求事件

最判平成5年10月19日 民集47巻8号5099頁

判 決

神戸市<以下略>

上告人 a

同所同番号

上告人 b

同所同番号

上告人 c

右三名代理人弁護士 神矢三郎

神戸市<以下略>

被上告人 d

右代理人弁護士 荒木重典

神戸市<以下略>

被拘束者 e

同所同番号

被拘束者 f

右両名代理人弁護士 辻晶子

右当事者間の神戸地方裁判所平成四年(人)第六号人身保護請求事件について、同裁判所が平成五年三月二二日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。


主 文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理 由

上告代理人神矢三郎の上告理由について

一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1 上告人a(拘束者)と被上告人(請求者)は昭和六三年二月一七日に婚姻し、同人らの間には同年七月一七日被拘束者eが、平成元年七月一一日被拘束者fが出生した。右上告人・被上告人夫婦は、平成二年に県営住宅(被上告人肩書住所地)に転居し同所で生活していたが、夫婦関係は次第に円満を欠くようになり、上告人aは平成四年八月一二日、被拘束者らを連れて岡山県の伯母の家に墓参に行き、帰途そのまま、被拘束者らと共に上告人aの実家である上告人b(拘束者、上告人aの父)宅で生活するようになった。

被上告人は、平成四年九月一日、その母と共に上告人b宅に赴いて被拘束者らの引渡しを求めたが、これを拒否されたため被拘束者らを連れ出したところ、追いかけてきた上告人b及び同c(拘束者、上告人aの母)と路上で被拘束者らの奪い合いとなり、結局、被拘束者らは右上告人らによって上告人b宅に連れ戻された。

被上告人は、平成四年九月末ころ、神戸家庭裁判所に対して上告人aとの離婚を求める調停を申し立てたが、親権者の決定等について協議が整わず、右調停は不調に終わった。

2 上告人らの被拘束者らに対する監護状況及び上告人側の事情

被拘束者らの日常の世話は主に上告人cがしている。上告人b宅(上告人ら肩書住所地)は平屋で、三畳、四畳、六畳の三部屋のほか、台所、風呂等の設備がある。その近くには神社の広い境内があり、被拘束者らは外で近所の子供らと遊ぶことも多く、健康状態は良好である。被拘束者らは、両親の微妙な関係を理解しているらしく、上告人らの面前で被上告人のことを口にすることはない。

上告人aは、なるべく午後六時には帰宅するようにして被拘束者らとの接触に努め、被拘束者らと一緒に夕食をとるようにするなどしている。上告人らは、愛情ある態度で被拘束者らに接しており、今後も被拘束者らを養育することを望んでいる。

上告人a、同bは、上告人aの伯父(上告人bの兄)が経営する大仁設備工業所に勤務して配管の仕事に従事し、上告人aは約四〇万円、同bは約三〇万円の月収を得ている。なお、上告人aの伯父には子供がいないので、将来は上告人aが伯父の右事業を継ぐ可能性がある。

3 被上告人側の事情

被上告人が居住する前記県営住宅(約八〇平方メートル)は上告人a名義で賃借しているが、離婚した場合でも、被上告人に居住が許可される見通しである。被上告人の両親は、右県営住宅から徒歩五分くらいの所に被上告人の兄と共に居住しているが、両親の住宅は二DKの広さであるため、被上告人は実家に戻ることを考えていない。

被上告人は、平成四年一〇月から近くの外食店でアルバイトをしている。時給七五〇円で、月収は一〇万ないし一二万円程度になるが、生活費に三、四万円不足するので、不足分は被上告人の両親が援助している。

被上告人の父(五八歳)は、鉄工所に勤務して月額約四〇万円の給与を受けているところ、定年(六〇歳)後も嘱託としてその勤務を継続することを考えている。被上告人の母は、三日に一回の割合でホテルの受付係として勤務し、約一六万円の月収を得ている。

被拘束者らを引き取った場合、被上告人は、被拘束者らが幼稚園に通うようになるまでは育児に専念し、被上告人の両親は、その間の生活費の援助及びその他の協力をすることを約束している。

二 原審は、被拘束者らのように三、四歳の幼児は、母親がその監護・養育をする適格性、育児能力等に著しく欠けるなど特段の事情がない限り、父親よりも母親の下で監護・養育されるのが適切であり、子の福祉に適うものとする前提に立った上で、前記事実関係の下において、(1) 被拘束者らに対する愛情、監護意欲、居住環境の点で被上告人と上告人らとの間に大差は認められないが、上告人aは仕事のため夜間及び休日しか被拘束者らと接触する時間がないのに対し、被上告人は被拘束者らが幼稚園に通うようになるまで育児に専念する考えを持っていることからすれば、被拘束者らは、被上告人の下で監護・養育される方がその福祉に適する、(2) 経済的な面で被上告人の自活能力は十分でないが、被上告人の両親が援助を約束していることからすれば、上告人側と比べて幾分劣るとはいえさしたる違いはないとし、本件においては、被拘束者らを被上告人の下で養育することが被拘束者らの福祉に適うものと考えられるから、本件拘束(上告人らが被拘束者らを監護・養育していることをいう、以下同じ)には顕著な違法性があるといわざるを得ないと判断して、被上告人の本件人身保護請求を認容した。

なお、原審は、被上告人はアルコール漬けの状態で被拘束者らを養育するのに適していない旨の上告人らの主張に対し、確かに、被上告人は本件拘束に至るまで幾分飲酒の機会、量とも多かったが、そのため被拘束者らの養育に支障を来す状態に至っているとは認められず、また、被拘束者らを引き取ることになれば、自戒してその監護・養育に当たるのを期待することができるので、被上告人が被拘束者らを監護・養育するのを不適当とする特段の事情があるとはいえない旨を判示している。

三 しかしながら、本件拘束に顕著な違法性があるものとした原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決すべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁)。そして、この場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条参照)ということができるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であることを要するもの、いいかえれば、拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものというべきである(前記判決参照)。けだし、夫婦がその間の子である幼児に対して共同で親権を行使している場合には、夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法というべきであるから、右監護・拘束が人身保護規則四条にいう顕著な違法性があるというためには、右監護が子の幸福に反することが明白であることを要するものといわなければならないからである。

2 これを本件についてみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被拘束者らに対する愛情、監護意欲及び居住環境の点において被上告人と上告人らとの間には大差がなく、経済的な面では被上告人は自活能力が十分でなく上告人らに比べて幾分劣る、というのである。そうだとすると、前示したところに照らせば、本件においては、被拘束者らが上告人らの監護の下に置かれるよりも、被上告人に監護されることがその幸福に適することが明白であるということはできない。換言すれば、上告人らが被拘束者らを監護することがその幸福に反することが明白であるということはできないのである。結局、原審は、右に判示した点を十分に認識して検討することなく、単に被拘束者らのように三、四歳の幼児にとっては父親よりも母親の下で監護・養育されるのが適切であるということから、本件拘束に顕著な違法性があるとしたものであって、右判断には人身保護法二条、人身保護規則四条の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

四 以上によれば、論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れず、前記認定事実を前提とする限り、被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ、本件については、幼児である被拘束者らの法廷への出頭を確保する必要があり、この点をも考慮すると、前記説示するところに従い、原審において改めて審理判断させるのを相当と認め、これを原審に差し戻すこととする。

よって、人身保護規則四六条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官可部恒雄、同園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 大野正男

裁判官 千種秀夫


人身保護請求事件

最判昭和47年7月25日 家庭裁判月報25巻4号40頁

主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理 由

上告代理人張有忠の上告理由(一)について。

意思能力のない幼児を監護する行為は、当然に、幼児の身体の自由を制限する行為を伴うものであるから、その監護自体が人身保護法および同規則にいう拘束にあたると解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和三二年(オ)第二二七号同三三年五月二八日大法廷判決・民集一二巻八号一二二四頁、同四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁参照)。そして、本件の被拘束者の年齢が原審における審問終結当時六年五月余であつたことは被拘束者を意思能力のない幼児と認めることを妨げるものではないから、上告人が被拘束者を監護する行為が右にいう拘束にあたるとして原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同(二)について。

離婚した男女の間で、親権を有する一方が、他方に対し、人身保護法により、その親権に服すべき幼児の引渡しを求める場合には、請求者および拘束者双方の監護の当否を比較衡量したうえ、請求者に幼児を引き渡すことが明らかにその幸福に反するものでない限り、たとえ、拘束者において自己を監護者とすることを求める審判を申し立てまたは訴を提起している場合であり、しかも、拘束者の監護が平穏に開始され、かつ、現在の監護の方法が一応妥当なものであつても、当該拘束はなお顕著な違法性を失わないものと解するのが相当である。したがつて、原審が認定した諸般の事情のもとにおいては、親権者である被上告人に対し被拘束者を引き渡すことが明らかに被拘束者の幸福に反するものとは認められないから、被上告人は上告人に対し人身保護法により被拘束者の引渡しを請求することができるとした原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく,論旨は理由がない。

よつて、人身保護規則四二条、四六条、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本吉勝 裁判官田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一)


子の監護者の指定審判及び子の監護に関する処分(子の引渡し)申立却下審判に対する抗告事件

東京高決平成20年1月30日 家庭裁判月報60巻8号59頁

主 文

1 原審判中相手方らの本件申立てに関する部分を取り消す。

2 相手方らの本件申立てをいずれも却下する。

3 その余の本件抗告を棄却する。

理 由

第1 抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は,別紙即時抗告申立書(写し)記載のとおりである。

第2 事案の概要

1 本件は,〔1〕本件未成年者の祖父母である相手方らが,相手方らと同居している本件未成年者について,その監護者を相手方らと指定することを求め,これに対し,〔2〕本件未成年者の親権者である抗告人が,相手方らに対し、本件未成年者を引き渡すことを求めた事案である。

2 原審判は,本件未成年者の監護者を相手方らと定め,かつ,抗告人の本件申立てを却下する旨の審判をした。

3 抗告人は,原審判の上記判断を不服として本件抗告を申し立てた。

第3 当裁判所の判断

1 職権をもって判断する。

(1)家庭裁判所は,法が定める事項について審判を行う権限を有する。家事審判法第9条第1項が家庭裁判所の審判事項を定めるほか,同条第2項により,家庭裁判所は,他の法律において特に家庭裁判所の権限に属させた事項についても,審判を行う権限を有する。上記のとおり,法により家庭裁判所の審判事項として定められ,及び審判を行う権限を特に付与された事項以外の事項については,家庭裁判所は審判を行う権限を有しないのであり,家庭裁判所に対して上記の事項以外の事項について審判の申立てがされた場合は,これを不適法として却下すべきである。

(2)相手方らの申立てについて

相手方らは,家事審判法第9条第1項乙類第4号を根拠として相手方らを本件未成年者の監護者として指定することを求める申立てをしているが,本件記録によれば,本件未成年者には母である抗告人と父とがあり,その協議離婚に際し両名の協議により母である抗告人を本件未成年者の親権者と定めたこと,相手方らは抗告人の両親であり,本件未成年者の祖父母であって本件未成年者を現に監護する者であるが,未成年後見人その他の法令に基づく権限を有する保護者ではないことが認められる。家事審判法第9条第1項乙類第4号は,その文言(「民法第766条第1項又は第2項(これらの規定を同法第749条,第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分」)及びその趣旨によれば,民法の上記各規定が,未成年の子の父母が離婚その他婚姻関係を解消するに際し,両者の間の未成年の子の監護者を指定し,及び監護に関する処分をするについて家庭裁判所がこれを定める旨を規定していることを受け,上記のとおり審判事項を定めているというべきであるから,本件のように,未成年の子に父母があり,その一方が親権者として定められている場合に,未成年の子の父母以外の親族が自らを監護者として指定することを求めることは,家事審判法第9条第1項乙類第4号の定める審判事項には当たらないというべきである。その他,同法その他の法令において上記の場合に未成年の子の父母以外の親族が自らを監護者として指定することを求めることを家庭裁判所の審判事項として定める規定はない。したがって,相手方らの本件申立ては,法により家庭裁判所の審判事項として定められていない事項について家庭裁判所の審判を求めるものというほかはないから,不適法として却下すべきである。

(3)抗告人の申立てについて

抗告人は,家事審判規則第53条を根拠とし,相手方らに対して本件未成年者を引き渡すことを命ずる旨の審判を求める申立てをしているが,同条は家事審判法第9条第1項乙類第4号が上記のとおり規定していることを受け,家庭裁判所が,同号に基づき子の監護者の指定その他子の監護について必要な事項を定め,又は子の監護者を変更し,その他子の監護について相当な処分を命ずる審判において,子の引渡しを命ずることができる旨定めているのであり,家事審判法第9条第1項乙類第4号が上記のとおり定める審判事項以外の事項を家事審判規則第53条が審判事項として定める趣旨のものではないことが明らかである。その他民法及び家事審判法が審判事項として定める事項以外の場合に,親権者が未成年者を現に監護する者に対して家庭裁判所が審判により未成年者の引渡しを命ずることができる旨を定める法令上の規定は存しない。したがって,抗告人の本件申立ては,法により家庭裁判所の審判事項として定められていない事項について家庭裁判所の審判を求めるものというほかはないから,不適法として却下すべきである(本件未成年者の親権者である抗告人が相手方らに対して未成年者の引渡しを求めるには,所定の要件を満たす限り,人身保護法及び人身保護規則が定める所定の手続により救済を求めるべきである(最高裁昭和61年(オ)第644号同年7月18日第二小法廷判決・民集40巻5号991頁参照))。

2 以上と異なる原審判は法令に違反することが明らかであるから,原審判を取消して本件各申立てを却下すべきところ,抗告人の本件申立てについては,原審判が結論においてこれを却下しているので,原審判中抗告人の本件申立てに関する部分については抗告人の本件抗告を棄却することとし,原審判中その余の部分(相手方らの本件申立てに関する部分)についてはこれを取り消して相手方らの本件申立てを却下すべきである。

3 よって,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 浜野惺 裁判官 高世三郎 西口元)


子の監護に関する処分(監護者指定)審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件

最決令和3年3月29日 民集75巻3号952頁)

主 文

原決定を破棄し,原々審判を取り消す。

相手方の本件申立てを却下する。

手続の総費用は相手方の負担とする。

理 由

抗告代理人西村英一郎,同坂手亜矢子の抗告理由について

1 本件は,A(以下「本件子」という。)の祖母である相手方が,本件子の実母である抗告人Y1及び養親である抗告人Y2を相手方として,家事事件手続法別表第2の3の項所定の子の監護に関する処分として本件子の監護をすべき者を定める審判を申し立てた事案である。

2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

(1)抗告人Y1と前夫は,平成21年12月,本件子をもうけたが,平成22年2月,本件子の親権者を抗告人Y1と定めて離婚した。

(2)抗告人Y1及び本件子は,平成21年12月,抗告人Y1の母である相手方と相手方宅で同居するようになり,以後,抗告人Y1と相手方が本件子を監護していた。

(3)抗告人Y1は,平成29年8月頃,本件子を相手方宅に残したまま,相手方宅を出て抗告人Y2と同居するようになり,以後,相手方が単独で本件子を監護している。

(4)抗告人Y1と抗告人Y2は,平成30年3月に婚姻し,その際,抗告人Y2は,本件子と養子縁組をした。

3 原審は,要旨次のとおり判断して,本件子の監護をすべき者を相手方と指定すべきものとした。

子の福祉を全うするためには,民法766条1項の法意に照らし,事実上の監護者である祖父母等も,家庭裁判所に対し,子の監護に関する処分として子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることができると解すべきである。相手方は,事実上本件子を監護してきた祖母として,本件子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることができる。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)民法766条1項前段は,父母が協議上の離婚をするときは,子の監護をすべき者その他の子の監護について必要な事項は,父母が協議をして定めるものとしている。そして,これを受けて同条2項が「前項の協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,家庭裁判所が,同項の事項を定める。」と規定していることからすれば,同条2項は,同条1項の協議の主体である父母の申立てにより、家庭裁判所が子の監護に関する事項を定めることを予定しているものと解される。

他方,民法その他の法令において,事実上子を監護してきた第三者が,家庭裁判所に上記事項を定めるよう申し立てることができる旨を定めた規定はなく,上記の申立てについて,監護の事実をもって上記第三者を父母と同視することもできない。なお,子の利益は,子の監護に関する事項を定めるに当たって最も優先して考慮しなければならないものであるが(民法766条1項後段参照),このことは,上記第三者に上記の申立てを許容する根拠となるものではない。

以上によれば,民法766条の適用又は類推適用により,上記第三者が上記の申立てをすることができると解することはできず,他にそのように解すべき法令上の根拠も存しない。

したがって,父母以外の第三者は,事実上子を監護してきた者であっても,家庭裁判所に対し,子の監護に関する処分として子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることはできないと解するのが相当である。

(2)これを本件についてみると,相手方は,事実上本件子を監護してきた者であるが,本件子の父母ではないから,家庭裁判所に対し,子の監護に関する処分として本件子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることはできない。したがって,相手方の本件申立ては,不適法というべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,原々審判を取消し,相手方の本件申立てを却下すべきである。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 池上政幸 裁判官 小池裕 裁判官 木澤克之 裁判官 山口厚 裁判官 深山卓也)


幼児引渡請求事件

千葉地判昭和57年6月14日 家庭裁判月報36巻4号91頁

主 文

一 被告らは原告に対しA(本籍B県C市○○○×丁目×××番地、昭和〇年〇月〇日生)を引渡せ。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

事 実

第一 当事者の求めた裁判

一 原告

1 主位的申立

(一)主文一項と同旨

(二)被告らは各自原告に対し一〇〇万円及びこれに対する昭和五七年二月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え

(三)訴訟費用は被告らの負担とする。

(四)(二)につき仮執行の宣言

2 1(一)の請求が認められない場合の予備的申立

被告らは、原告がAに対して監護、教育し、D県E市○○×丁目××番××ー×××号の原告自宅に居住させるなど親権者及び監護権を行使することを妨害してはならない。

二 被告ら

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 原告と被告H(以下「被告H」という。)は、昭和〇年〇月〇日、婚姻し(本籍地〇市○○○×丁目×××番地)、長男〇(昭和〇年〇月〇日生)、長女A(昭和〇年〇月〇日生)、二男〇(昭和〇年〇月〇日生)をもうけたが、昭和〇年〇月〇日右三人の子の親権者及び監護者を原告と定めて協議離婚した。

2 原告は三人の子と肩書住所地に同居し、親権者としてその監護、教育に当つてきた。被告らは、昭和〇年〇月〇日婚姻したが、同年〇月二七日原告の意思に反してAを連れ去り、以来被告らの肩書住所地に居住せしめ、原告がAの引渡を求めても応じようとせず、原告が同人を監護、教育する等同人に対する親権を行使することを妨げている。

3 原告は被告らに対し、度々Aの引渡しを求めたが、被告らに拒まれたため、昭和五四年一〇月一八日東京家庭裁判所に調停の申立をなしたものの不調に終り、本件訴訟を提起することを余儀なくされ、その間多大の経済的及び精神的な負担を強いられた。これによつて被る原告の苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円を下らない。

よつて、原告は、被告らに対し、親権に基づき、主位的にAの引渡を求め、予備的に原告がAを監護、教育し、原告の肩書住所地に居住させること等親権を行使することを妨害しないことを求めるとともに、右各請求にあわせて親権の侵害に対する不法行為による損害賠償として慰藉料一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年二月二六日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2の事実のうち、被告らが昭和五四年六月二三日婚姻をしたこと、被告らが同年八月二七日以来Aを自宅に引取つていることは認め、その余は否認する。同3の事実のうち、被告らが原告のAの引渡請求を拒んだこと、原告が同年一〇月一八日東京家庭裁判所に調停を申立て、右調停が不調に終つた後本件訴訟を提起したことは認め、その余は不知。

三 抗弁

1 被告らがAを養育することになつた経緯

(一)原告と被告M(以下「被告M」という。)は、原告と被告Hが夫婦であつた頃、隣りに居住していたものであるが、被告Mの先妻が、同被告と当時原告の妻であつた被告Hとの関係を邪推し、原告もそれに同調したため、原告と被告H間の夫婦関係が破綻し、結局原告と被告Hは離婚し、被告らは結婚するに至つた。被告Hは原告と離婚前から被告Mと同棲していたため、原告からこれを不貞行為と責められ、原告のいうがままに、三人の子の親権者を原告と定めることに泣く思いで承諾した。

(二)被告Hはその後、原告のもとにいる子供たちが、冬でも薄物しか着せられていないこと、原告が消防署勤務であるため夜勤がしばしばあり、そのたびに子供三人だけですごしていることを友人から知らされたので、いたたまれない気持で子供達に会いに行くようになつた。

そして、昭和〇年一月から三月にかけて被告らと原告は、子供のことについて三〇回位にわたり話合つた。この話合いの間にも子供が病気の時などは原告が面倒を見られないため病気の子は被告らが預り,面倒をみたこともあつた。右話合いの結果、同年四月から被告らが三人の子を引取り、養育することになつた。しかし長男〇(当時中学一年)は、やはり原告のもとで生活したいと申出たため、被告らは子の意思を尊重し、同年六月同人を原告のもとに帰した。

(三)その後も長女Aと次男〇は被告らのもとで生活していたが、突如原告は同年七月二五日、被告のもとから右両名を連れ去り、被告らが話合いを求めるもとり合わなかつた。

この頃になると被告MもAと〇に対して、真のわが子のような愛情を持つに至つていた。

そこで同年八月上旬、再度被告らは原告のもとを訪れると原告は留守であつたが、Aが在宅していたので、同人に質したところ、「お母さんと一緒に暮したい」と述べたため、原告宅に居合わせた見知らぬ女性に断つてAを自宅に連れ帰つた。

すると数日後、またしても原告はAを連れ去つたが、被告らは、原告がAと〇を群馬県に住んでいる原告の姉のところに預けたことを知り、同年八月二七日群馬県の原告の姉方を訪ね、同人に断つてAと〇を被告らのもとに連れ帰つた。

(四)その後も、原告は子の引取りを強く主張するので、被告らはやむなく、前記調停手続中である昭和五五年五月〇を原告のもとにかえした。しかし、Aは被告らとの同居を強く希望して原告のもとに帰ることを嫌つているため、被告らは子の意思を尊重し、現在に至るまで同人を養育しているのである。

2 右に述べたように、原告は、その職業柄夜勤が多く、男手一つであるから、子供を健全に養育することができないことは明らかである。一方、被告らは愛情をもつてAを養育しており、同人も被告らを慕い、被告らのもとから通学してすくすくと素直に成長している。

かような事情を勘案すれば、被告らがAの親権者でも監護者でもないとしても、被告らが養育するほうが同人にとつて幸せであるし、また、現在すでに小学四年生である同人の意思を尊重する限り、被告らが同人を引取り養育することは許容されるべきであつて、もとよりそのことが原告の親権を侵害する不法行為を構成するものではない。むしろ、戸籍上の親権者であることを盾にして、Aの引渡しを求める原告の請求は権利の濫用というべきである。

四 抗弁に対する認否及び反論

1 抗弁1の(一)の事実のうち、原告と被告Hが夫婦であつたが、その間三人の子の親権者を原告と定めて協議離婚し、被告らが結婚したことは認めるが、その余は不知。

同(二)の事実のうち、原、被告間で昭和五四年一月から三月にかけて子の引渡しについて話合いが行なわれたこと(但し回数は争う)、三人の子が同年四月被告らのもとに行き、長男が同年六月原告方に戻つたことは認めるが、その余は否認する。原告が三人の子を被告らのもとに預けたのは、原告と被告らといずれの方が子の成長環境としてすぐれているかを判断するための試みのためであつた。

同(三)の事実のうち、原告が昭和五四年七月二五日頃、A、〇を連れ戻し、被告らが同年八月上旬原告宅からAを連れ去り、原告が数日後Aを連れ戻し、更に被告らが同月二七日原告の姉のもとに預けてあつたAと〇を連れ去つたことは認める。原告が七月二五日頃Aと〇を連れ戻したのは前記のように三人の子が被告ら方に預けた後の四月中旬頃、被告Mから「下の二人はいらない。」と言われたからである。また、原告が同年八月上旬Aを連れ戻したのは、被告らがAを欺罔手段によつて連れ去つたからであり、原告は右連れ戻しの際被告Hの母親の承諾を得ているのである。これに対し、被告らは同年八月二七日に被告らが原告の姉のもとに預けてあつたA、〇を同人らが嫌がるにもかかわらず連れ去つたのである。

同(四)の事実のうち、被告らが昭和五五年五月〇を原告のもとへかえしたことは認め、その余は否認する。

2 抗弁2の事実は否認する。

3 被告らは、子ぼんのうな原告に対する嫌がらせでAを連れ去つたのであり、このような被告らにAの養育を委ねることは全く危険である。しかも被告ら夫婦間には子が誕生し、Aが冷遇されることは目に見えている。被告らは、原告の勤務体制から子供の養育に不向きだと言うが、原告は子供らを養育する為の多くの助力者を得ている。

第三 証拠〔省略〕

理 由

一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

本訴は、右のように離婚の際合意により婚姻中に生まれた子の親権者及び監護者と定められた夫婦の一方が提起した右親権の行使についての妨害排除請求であるから、その相手方がかつての配偶者であろうと第三者であろうと、右請求は民事訴訟の対象となるものと解すべきである。そして、かように原告が現にAの親権者である以上、特段の事情がない限り、親権者でも監護者でもない被告らが原告の意思に反し、その親権に服すべきAを連れ去り自己の支配下におくことは、原告の親権の行使を妨げるものとして許されないものというべきである。

右にいう特段の事情とは、先ず、親権者が親権を濫用し又は著しい不行跡であつて親権喪失の宣言を待つまでもなく親権者又は少なくとも監護者として明白に不適格と認められる場合及び親権に服すべき子がその自由意思により親権者のもとを去り、非親権者のもとに滞在していると認められる場合をいうのである。これを更に敷衍すれば、前者に関しては、親権者が真摯に子を監護教育する意思を有し、かつそれが可能であると認められる限り、現に子を支配下においている非親権者と対比し、時間的、経済的ゆとりその他養育環境において仮に親権者の方が劣位にあるからといつてそのことから直ちに子の引渡しを求める親権者の側に親権の濫用があると認めるのは相当ではなく、かかる事情は、家庭裁判所が審判又は調停等の非訟手続において親権者又は監護者変更の申立に対し判断する際の資料として考慮されるべきものである。また、後者、即ち子の自由意思については、その子が弁識能力を有し右能力に基づく判断の結果、自己が親権者のもとを離れて非親権者のもとにある経緯、事情等の概要を知つたうえで、それでもなお非親権者のもとに滞在していることが認められることが必要であり、弁識能力が低く、また、親権者のもとを離れた事情に疎い子が現に滞在している非親権者になついているという外観から直ちに子の自由意思を推断してはならないのである。特に、ようやく学令期に達した程度の子にあつては生活を共にする非親権者である実親から愛情を示されれば、これになつくのは当然であつて(そのことは裏を返せば、子が連れ去られることなく親権者のもとで養育されれば親権者になつくことになる。)、民事訴訟手続における判断にあつてかかる現状を一義的に重視することを許せば、結局、非親権者が親権者から子を引取るに至つた経緯、親権者の意思等は捨象されることとなり、離婚の際、親権者及び監護者を定めた合意を無意味ならしめるものといわざるを得ない。かような現状も前同様家庭裁判所の審判又は調停等の非訟手続による親権者又は監護者変更の申立に対する判断資料として考慮すれば足るものというべきである。

かかる観点から以下において検討を進める。

二 当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一ないし第一〇号証、原告及び被告両名の各本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。

1 原告と被告Hが夫婦であつた頃、被告Mは当時の妻と共に、いわゆる団地の一棟である原告の肩書住所地と同じ階段の向い側に居住していた。ところが、被告らは日頃顔を合わせるうちに次第に親密な間柄となり、そのことが主たる原因で、被告Mは昭和五三年三月頃妻と別居して三郷市内のアパートに単身居住し、被告Hも同じ頃原告と三人の子を残して実家に帰つていたが、両名は同年六月頃から被告Mのアパートで同棲するに至り、結局、被告Mは同年八月当時の妻と協議離婚し、原告と被告Hは同年一一月一三日協議離婚したうえ、被告らは昭和五四年六月二三日婚姻の届出をした。

原告と被告Hが離婚するに先立ち、原告及び被告らは話合つた結果、昭和五三年一一月八日前記のとおり原告及び被告Hは、三人の子の親権者及び監護者を原告と定めることを合意したほか、被告らは、速やかに当時の住居から転居すること、被告Hは原告に無断で面会、電話その他方法を問わず三人の子と接触しないこと、をそれぞれ原告に対し約したほか、被告Mは慰藉料として一〇〇万円を原告に対し支払つた。右のように被告らの転居、被告Hによる三人の子に対する無断接触の禁止の合意は、原告が三人の子の親権者及び監護者となることを被告Hが承諾した以上、同被告が原告が勤務等のため不在中三人の子に近付くことにより子の心を動揺させたり、これを連れ去つたりするなどして原告の親権行使を妨害することがないよう特になされたものであつた。

2 原告は被告Hと別居後三人の子を単独で養育していたが、勤務のため日中不在であつたり、消防吏員としての職務の性質上週二、三回の宿直勤務のため夜間不在のこともあるため、不在中は必要に応じ原告の姉弟に三人の子の面倒をみることを頼んでいた。

3 被告Hは前記合意にもかかわらず、右のように宿直勤務の多い原告に子の養育を委ねることに不安を感じ、三人の子を引取ることを望み、昭和五三年一二月頃から被告Mと共に直接又は実家を通じ原告に対し子の引渡しを求めた。これに対し、当初原告は拒んでいたものの、仲介に立つた被告Hの両親であるT夫婦の意向を容れ、昭和五四年三月、三人の子を試験的に被告らに預け、その後の経過をみて今後の子の養育方法を被告らと改めて話合つて決めるとの留保付きで被告Hの要求を承諾した。

そこで、原告は同年三月下旬に〇を、同年四月初めにA及び〇を引渡し、〇は〇市内の中学校へ、Aは同市内の小学校(一年生)へいずれも被告らの肩書住所地から通学することとなり、同年四月四日付で〇につき、同月九日付で他の二名につき被告らの肩書住所地への転入手続がそれぞれとられた。

4 ところが同年四月中旬になり、被告Mは原告に対し、「下の二人(A、〇)はいらないから返す。迎えに来てほしい」旨を申入れると共に、同月一六日付で右両名につき原告の肩書住所地への住民票上の転入手続をした。かような被告ら側の態度から、原告としても、三人の子の養育を被告らに委ねることは相当ではないと考え、これを引取り以後自ら三人の子を養育する決心をした。

一方、当時被告らの間では三人の子の養育についての意見が一致しておらず、同月二二日原告が被告Hと会い引渡しを求めたが、同被告は引続き三人の子を手もとで養育することを希望した。そこで、原告は子供の勉学、転校手続等への影響を考え、一学期終了までは被告らに預け、以後自分が引取り養育する旨の意向を伝えた。

ところが、被告Mは五月になつて原告に対し電話で子の引取りを要求した。これに対し、原告は、被告らの間で子の養育につき意見がわかれているため被告ら方に出向き万一子の前で口論等になることをおそれ、仲介に入つたTを通じて連れてくるよう返答した。同年六月九日に至り、かねてから原告方へ戻ることを望んでいた長男の〇が原告方へ戻され、同月一一日原告住所地へ住民票異動の手続がとられた(以後原告は同人を養育し、自宅から通学区域の中学校へ通学させて現在に至つている。)。その後も原告は、主としてTを通じて被告らに対し、他の二人の子の引渡しを求めていたが、それが実現されないまま、一学期が終り夏休みを迎えた。

5 そこで、原告は前記4のように被告Hに伝えた意向どおり、同年七月二五日A及び〇を引取るべく被告ら方へ赴く途中たまたま二人が外で遊んでいたので、被告Hに対し電話で二人を連れ帰る旨を伝え、同被告の確定的な了解のないまま二人を連れ帰つた。すると、その夜、被告Mから原告に対し抗議の電話があり、同年八月中旬頃の原告の宿直勤務の日に被告らはAを連れ去りT方へ預けた。その後原告と被告らはAの処遇について話合つたが、双方とも引取りを希望して物別れに終つたので、原告はT方を訪ね、同人の了解を得てAを連れ戻し、三人を群馬県の実姉方に預けた。しかし、このことを知つた被告らは、同月二七日右実姉方に赴きAと〇を連れ去つた。

6 原告はその後も被告らとA及び〇を自ら養育すべくその引渡しにつき交渉したが、被告らの応ずるところとならなかつたので、昭和五四年一〇月一八日東京家庭裁判所に被告らを相手方として二人の子の引渡しにつき調停の申立をなした。被告らは右調停手続中昭和五五年五月〇を引渡したものの、Aの引渡しには応じなかつたため、右調停は不調に終つた。原告は前記5により子を連れ去られた後は、弁護士、調停委員等から二人を無理に連れ戻すことをしないよう注意されたので、それに従いAの戻る日を待ちながら現在に至つている。

7 原告は前記2のとおり消防吏員であるため日勤のほか週二、三回宿直勤務があるが、その翌日が非番休日であるため、子の養育をすべて他人に委ねなければならない事情になく、その後結婚を考えてもよい女性があらわれ、時折、同人に子の面倒をみることを依頼し、また、近所の住民も原告の家庭事情を知り、原告の不在中原告の子を遊んでくれるなど原告に対し協力的態度を示している。以上の認定に反する原告及び被告両名の本人尋問の結果は採用することができず、他にこの認定をくつがえすに足る証拠はない。

三1 前記二に限定した事実によれば、原告がAを手もとに引取り養育することを真剣に考えているにもかかわらず、その意思に反し、被告らが同人を手もとにおいていることは明らかである。もつとも、前記二3に認定したように、一旦は原告自らが、任意に、被告らに三人の子を引渡したのであるが、それは、被告ら、特に被告Hの強い希望があつたため、試験的に被告らに三人の子を預け、その経過いかんによつてはなお引続き被告らにその養育を委ねてもよいと考えたことによるもので(かかる心境になつたのは、自己の消防吏員としての夜勤を伴なう変則的な勤務状態を配慮したためと推察される。)、原告が決して親権者及び監護者としての権利及び義務を放棄したものではない。そして、前記二4に認定したように、被告ら側が自らの求めにより三人の子を引取りながら、被告Mが、昭和五四年四月九日付で自己の住所地へ住民票の異動手続をすませたA及び〇につき同月一六日付で原告の住所地へ再び異動手続をとつたうえ、原告に対し右両名の引取りを求めるに及んでから、原告はたとい試験的にせよ被告らに子を養育させることは相当でないと判断し、自ら三人の子を手もとで養育することを決意して、以後被告らに対し三人の子全員の引渡しを求めたもので、原告が右のような判断をしたことにつきこれを不当と非難すべき事由もなく、原告による右引渡請求が単に親権者としての面子にとらわれているとか、被告らに対するいやがらせでないことは明らかである。

この間、原告は一学期終了時まで三人の子を被告ら方におくこととしたが、それは、被告らの間で子の引取りにつき意見の不一致があるのを知り、被告Hの希望と子の教育面を考慮したことによるものであり、また、原告は被告Mの子の引取要求に対し、被告Hの実家であるT方を通じるよう一見迂遠な回答をしているが、それも前記二4に認定した事情を配慮したものであることによるものであるから、かように原告が即時引取りの態度を示さなかつたからといつて、原告が親権者及び監護者としての権利及び義務を放棄したことにならないことは勿論である。

2 なお、前記二5に認定した原告がA(及び〇)を被告らのもとから引取つた手段において全く問題がないではないが、親権者及び監護者である原告が被告らのもとに右両名をおくことを承諾したのは一学期終了までであり、本来被告らは原告に対し右両名を引渡す義務を負う立場にあるのであるから、原告による右引取手段の当否は、その極端な不法性を認むべき証拠のない本件においては、親権者としての適格性を判定する資料となるものではない。

3 前記二2認定のとおり、原告は消防吏員であるため、宿直を伴なう変則勤務状態にあつて、男手のみにより三人の子を養育することは必ずしも容易でないことは推測するに難くないが、原告本人尋問の結果によれば、原告自身かかる境遇にありながら、親権者及び監護者として子を養育する熱意のあることは十分うかがえるし、前記二6認定のとおり協力者もあることであり、更に長男〇が中学三年生となり前記二3及び4に認定した中学一年入学当初の約二か月間を除いては原告のもとにあることに鑑みれば、原告がAを含め三人の子をその手もとにおいて養育することは十分に可能であると認めることができる(被告両名の本人尋問の結果によれば、原告は離婚直後病気となつた〇を他の二人の子と共に被告ら方に若干の期間預けたことが認められるが、かかる離婚直後の一現象をとらえて、原告の養育能力を疑うことはもとより相当ではない。)。

他方、被告らについてみれば、前記二4に認定のように当初被告Mは原告と被告Hの子三人を養育することにつき反対態度を示していたが、被告両名の本人尋問の結果によれば、その後被告MはAに対し自らの子と同様の愛情をいだくようになり、その後被告ら間に女子が出生したが、同被告は両名をわけへだてなく育てていることが認められる。かような被告MがAに対する愛情が永続的なものであるならば、両者の養育環境を比較した場合、或は被告ら側が現時点において男手ひとつの原告側より優位であるとの見方があり得ることは必ずしも否定し得ないが、そのことが直ちに被告らにおいて原告のAの引渡請求を拒絶する根拠となり得るものでないことは、前記一に述べたとおりである。

4 次に、Aの自由意思についてであるが、同人が被告ら方へ一時引渡されたのは小学校へ入学したばかりであり、その後約三年を経過した現時点においても九歳(訴提起当時は七歳)に過ぎず、この程度の年齢の子として、果たして従前の原告と被告らの関係、自己が非親権者である被告らのもとにある経緯をどの程度理解しているか疑問であり、前記一に述べたように、同人が被告らになついているということが直ちに原告の引渡請求を拒み得る事由となるものではない。

5 その他原告に親権者としての適格を疑わしめる濫用又は著しい不行跡を認めるべき証拠もない。

6 以上述べたところによれば、原告がAの親権者にして監護者であり、未だその変更につき当事者の合意、家庭裁判所による審判又は調停がなされていない現段階においては、民事訴訟たる原告の被告らに対するAの引渡請求は認容せざるを得ない。

四 最後に原告の損害賠償請求について判断する。

既に述べたところによれば、被告らは原告のAに対する親権の行使を妨害しているものというべきであるが、被告ら、特に被告Hは原告の離婚の経緯がどうあつたにせよ、実母としての愛情に駈られてAを引取り養育して現在に至つているのであり、被告Mも当初はいざ知らず現在においては同人に対し愛情を示している。そして、被告らによるAの養育が同人の成長に資する面があつたことは否定し得ないであろうし、また、被告らが原告に対し報復を意図し、その他なんらかの苦痛を与えることを積極的に意図してAの引渡しを拒んでいるものでないことは前記二に認定した事実経過により明らかなところである。他方,原告がAの引渡しを拒まれ、その引渡しを求めるため労苦を重ね、また、同人と同居できないことにより精神的苦痛を被つたことは容易に推察されるところである。しかし、本訴の全経過に照らして原告の心情として看取されることは、何よりもAの引渡しを求めることにあるといつても過言ではないのである。以上のような事情をすべて勘案すれば、Aの引渡請求が認容されることにより、原告の右苦痛は慰藉されたものとみなし、もはや右苦痛に対する損害賠償は請求し得ないものと解するのが相当である。

五 よつて、原告の本訴請求中Aの引渡しを求める部分は理由があるからこれを認容し、損害賠償を求める部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)


【参照条文】

●人身保護法

第二条 法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。

② 何人も被拘束者のために、前項の請求をすることができる。

第三条 前条の請求は、弁護士を代理人として、これをしなければならない。但し、特別の事情がある場合には、請求者がみずからすることを妨げない。

第四条 第二条の請求は、書面又は口頭をもつて、被拘束者、拘束者又は請求者の所在地を管轄する高等裁判所若しくは地方裁判所に、これをすることができる。

第五条 請求には、左の事項を明らかにし、且つ、疏明資料を提供しなければならない。

一 被拘束者の氏名

二 請願の趣旨

三 拘束の事実

四 知れている拘束者

五 知れている拘束の場所

第六条 裁判所は、第二条の請求については、速かに裁判しなければならない。

第九条 裁判所は、前二条の場合を除く外、審問期日における取調の準備のために、直ちに拘束者、被拘束者、請求者及びその代理人その他事件関係者の陳述を聴いて、拘束の事由その他の事項について、必要な調査をすることができる。

② 前項の準備調査は、合議体の構成員をしてこれをさせることができる。

第十条 裁判所は、必要があると認めるときは、第十六条の判決をする前に、決定をもつて、仮りに、被拘束者を拘束から免れしめるために、何時でも呼出しに応じて出頭することを誓約させ又は適当と認める条件を附して、被拘束者を釈放し、その他適当な処分をすることができる。

② 前項の被拘束者が呼出に応じて出頭しないときは、勾引することができる。

第十二条 第七条又は前条第一項の場合を除く外、裁判所は一定の日時及び場所を指定し、審問のために請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚する。

② 拘束者に対しては、被拘束者を前項指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、前項の審問期日までに拘束の日時、場所及びその事由について、答弁書を提出することを命ずる。

③ 前項の命令書には、拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することがある旨及び遅延一日について、五百円以下の過料に処することがある旨を附記する。

④ 命令書の送達と審問期日との間には、三日の期間をおかなければならない。審問期日は、第二条の請求のあつた日から一週間以内に、これを開かなければならない。但し、特別の事情があるときは、期間は各々これを短縮又は伸長することができる。

第二十六条 被拘束者を移動、蔵匿、隠避しその他この法律による救済を妨げる行為をした者若しくは第十二条第二項の答弁書に、ことさら虚偽の記載をした者は、二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

●第二条 法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。

② 何人も被拘束者のために、前項の請求をすることができる。

第三条 前条の請求は、弁護士を代理人として、これをしなければならない。但し、特別の事情がある場合には、請求者がみずからすることを妨げない。

第四条 第二条の請求は、書面又は口頭をもつて、被拘束者、拘束者又は請求者の所在地を管轄する高等裁判所若しくは地方裁判所に、これをすることができる。

第五条 請求には、左の事項を明らかにし、且つ、疏明資料を提供しなければならない。

一 被拘束者の氏名

二 請願の趣旨

三 拘束の事実

四 知れている拘束者

五 知れている拘束の場所

第六条 裁判所は、第二条の請求については、速かに裁判しなければならない。

第七条 裁判所は、請求がその要件又は必要な疏明を欠いているときは、決定をもつてこれを却下することができる。

第八条 第二条の請求を受けた裁判所は、請求者の申立に因り又は職権をもつて、適当と認める他の管轄裁判所に、事件を移送することができる。

第九条 裁判所は、前二条の場合を除く外、審問期日における取調の準備のために、直ちに拘束者、被拘束者、請求者及びその代理人その他事件関係者の陳述を聴いて、拘束の事由その他の事項について、必要な調査をすることができる。

② 前項の準備調査は、合議体の構成員をしてこれをさせることができる。

第十条 裁判所は、必要があると認めるときは、第十六条の判決をする前に、決定をもつて、仮りに、被拘束者を拘束から免れしめるために、何時でも呼出しに応じて出頭することを誓約させ又は適当と認める条件を附して、被拘束者を釈放し、その他適当な処分をすることができる。

② 前項の被拘束者が呼出に応じて出頭しないときは、勾引することができる。

第十一条 準備調査の結果、請求の理由のないことが明白なときは、裁判所は審問手続を経ずに、決定をもつて請求を棄却する。

② 前項の決定をなす場合には、裁判所は、さきになした前条の処分を取消し、且つ、被拘束者に出頭を命じ、これを拘束者に引渡す。

第十二条 第七条又は前条第一項の場合を除く外、裁判所は一定の日時及び場所を指定し、審問のために請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚する。

② 拘束者に対しては、被拘束者を前項指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、前項の審問期日までに拘束の日時、場所及びその事由について、答弁書を提出することを命ずる。

③ 前項の命令書には、拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することがある旨及び遅延一日について、五百円以下の過料に処することがある旨を附記する。

④ 命令書の送達と審問期日との間には、三日の期間をおかなければならない。審問期日は、第二条の請求のあつた日から一週間以内に、これを開かなければならない。但し、特別の事情があるときは、期間は各々これを短縮又は伸長することができる。

第十三条 前条の命令は、拘束に関する令状を発した裁判所及び検察官に、これを通告しなければならない。

② 前項の裁判所の裁判官及び検察官は、審問期日に立会うことができる。

第十四条 審問期日における取調は、被拘束者、拘束者、請求者及びその代理人の出席する公開の法廷において、これを行う。

② 代理人のないときは、裁判所は弁護士の中から、これを選任せねばならない。

③ 前項の代理人は、旅費、日当、宿泊料及び報酬を請求することができる。

第十五条 審問期日においては、請求者の陳述及び拘束者の答弁を聴いた上、疏明資料の取調を行う。

② 拘束者は、拘束の事由を疏明しなければならない。

第十六条 裁判所は審問の結果、請求を理由なしとするときは、判決をもつてこれを棄却し、被拘束者を拘束者に引渡す。

② 前項の場合においては、第十一条第二項の規定を準用する。

③ 請求を理由ありとするときは、判決をもつて被拘束者を直ちに釈放する。

第十七条 第七条、第十一条第一項及び前条の裁判において、拘束者又は請求者に対して、手続に要した費用の全部又は一部を負担させることができる。

第十八条 裁判所は、拘束者が第十二条第二項の命令に従わないときは、これを勾引し又は命令に従うまで勾留すること並びに遅延一日について、五百円以下の割合をもつて過料に処することができる。

第十九条 被拘束者から弁護士を依頼する旨の申出があつたときは、拘束者は遅滞なくその旨を、被拘束者の指定する弁護士に通知しなければならない。

第二十条 第二条の請求を受けた裁判所又は移送を受けた裁判所は、直ちに事件を最高裁判所に通知し、且つ事件処理の経過並びに結果を同裁判所に報告しなければならない。

第二十一条 下級裁判所の判決に対しては、三日内に最高裁判所に上訴することができる。

第二十二条 最高裁判所は、特に必要があると認めるときは、下級裁判所に係属する事件が、如何なる程度にあるを問わず、これを送致せしめて、みずから処理することができる。

② 前項の場合において、最高裁判所は下級裁判所のなした裁判及び処分を取消し又は変更することができる。

第二十三条 最高裁判所は、請求、審問、裁判その他の事項について、必要な規則を定めることができる。

第二十四条 他の法律によつてなされた裁判であつて、被拘束者に不利なものは、この法律に基く裁判と抵触する範囲において、その効力を失う。

第二十五条 この法律によつて救済を受けた者は、裁判所の判決によらなければ、同一の事由によつて重ねて拘束されない。

第二十六条 被拘束者を移動、蔵匿、隠避しその他この法律による救済を妨げる行為をした者若しくは第十二条第二項の答弁書に、ことさら虚偽の記載をした者は、二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

●人身保護規則

(審理及び裁判の迅速)

第十一条 法第二条の請求に関する審理及び裁判は、事件受理の前後にかかわらず、他の事件に優先して、迅速にこれをしなければならない。

(準備調査)

第十七条 法第九条第一項の規定による準備調査は、同項に掲げる者のうち拘束の事由その他の事項の調査について必要であると認める者を審尋してこれを行う。

(準備調査省略の場合の手続)

第十八条 裁判所は、第八条又は第九条の規定により請求を却下する場合及び事件を他の管轄裁判所に移送する場合の外、法第九条第一項の規定による準備調査を必要としないときは、直ちに、法第十一条第一項の規定により請求を棄却するか、又は法第十二条の規定により召喚及び人身保護命令発付の手続をすることができる