離婚に伴う子供の取り戻し方法と手続き

家事|別居中の母親が子どもを連れ去った事案|子の利益の判断要素|東京家裁平成8年3月28日審判他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私には妻と12歳の子供がおりますが、現在、妻とは別居しています。原因は妻の浮気や浪費です。この点については妻も認めており、離婚に関しては同意してもらっています。妻は一人で家を出たので、これまで両親の力を借りながら、私が子供を育ててきました。

しかし先日、妻が、私の留守中に家に来て、子供を連れ去ってしまいました。慌てて妻に連絡しましたが、妻は取り合ってくれません。私はどうすれば良いのでしょうか。

回答

1 お子さんが連れ去られてしまって現在母親のもとで生活しているということですが、その場合ご自分で子供さんを取り戻すことは認められていません。そのため、法的な手段を用いて「子の引渡し」を請求することになります。法的な手段による子の引渡しについては、大きく分けて①どのような手段を採るべきであるか(そもそも、どのような手段を採ることができるか)、②子の引渡しが認められる際に重視される要素は何か、③子の引渡しが法的に認められた後、どのような行動を採ることができるか(どのような強制執行手続きを申し立てるか)、という3点がポイントになります。

2 詳細は後述いたしますが、今回のケースでは、まずは①「子の引渡し調停(ないし審判)」及び「監護者指定の調停(ないし審判)」と「保全処分の申立て」をおこなうことが考えられるところです。調停手続によるか、審判手続によるかについては、相手方のこれまでの対応等に合わせた検討が必要です。また、②これらの請求は、「子の利益(子の福祉)」を基準にしてその当否が決められることになりますので、手続においては、「自分のところで育てたほうが、いかに子の利益に資するか」を主張する必要があります。

3 最後の③請求が認められた後の実現手段ですが、これを「執行」といいます。執行には間接強制と直接強制があり、従来は子の引渡しについて間接強制しか認められないとも考えられていましたが、現在は直接強制を認める運用がなされています。もっとも、直接強制といっても、力づくで奪うことはできないため、執行のタイミング等に注意が必要です。

4 このように、子の引渡しにおいて考慮するべき要素は多岐に渡り、また実際にお子さんが連れ去られている以上、迅速に進めていく必要があります。早い段階での弁護士へ相談し、手続を進めることをお勧めいたします。

5 本事例集論文は、家事事件手続法の施行に伴い『離婚問題に伴う子どもの取り戻し』を修正したものです。その他関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第1 はじめに

離婚が成立していない段階で、あなたが直接お子さんを連れ戻すと、未成年者拐取(略取・誘拐)として、刑事処分の対象(刑法224条違反)となる可能性があります(本ホームページ事例集『離婚問題に伴う子どもの取り戻し』参照)。なお、この場合、理論的には最初に連れ去った母親(妻)にも未成年者拐取が成立するのですが、あなたが仮に告訴をしても、警察は事件として取り扱いをしないのが実務上の運用になっています。

そのため、法的な手続きに則って「子の引渡し」を求めていくことになります。

ここでは、①子の引渡しを実際に裁判所に請求する手段、②裁判所が請求を認めるかどうかを判断する際に考慮する要素、③子の引渡しが認められた場合に、どのように実現するか、に分けて説明していきます。

第2 請求手続

1 調停

(1)まず考えられる手続は、「子の引渡し調停」です。ここでいう「調停」とは、裁判所内の非公開の場所で、裁判所が用意する調停委員という公平中立な第三者の下で、話し合いによって事件を解決する手続のことを指します。

なお本件では、「子の引渡し調停」と併せて、「子の監護者の指定調停」を申立てる必要があります。これは、離婚前の夫婦は、共同で親権を有しているため(民法818条3項)、子の引渡しを認めてもらうためには、「(相手方ではなく)あなたが監護権者(子供の養育権を有する者)である」と認めてもらう必要があるためです。

(2)この調停手続は、話し合いで解決を図るというものであるため、相手方が子の引渡しに同意しない場合、あるいはそもそも話し合い自体を拒否する場合には、奏功しません。そのため、話し合いでまとまる余地がおよそない、といった場合は、調停をしても「不成立」(結論が出ない)となり時間の無駄になってしまう、ということがあります。

一方で、後述のとおり審判では、審判官(裁判官)が強制的に判断を下すので、あなたにとって不利益な判断(お子さんを取り戻せないという判断)が下されてしまう恐れがあります。

つまり、「裁判所の手続を踏み、調査官という第三者の説得があれば、話し合いに応じてくれる可能性もあるが、審判になった場合に生じる、こちらが負けるリスクは回避したい」という場合には、まずは調停、ということも考えられるところです。

(3)話し合いである調停は、結論が出るまである程度時間がかかるものですので、調停を申し立てる際は、併せて「保全処分の申立て」をおこなう必要があります。

保全処分とは、最終的な判断が出るまでの間、お子さんを仮に確保する(取り戻しておく)という手続です。この「保全処分」については、後述します。

2 審判

(1)上記のとおり審判は、双方当事者の主張を踏まえて、裁判官の判断が下される点で調停と異なります。すなわち、仮に相手が話し合いに応じなくとも、裁判官が夫婦のいずれが子供を監護するべきか(監護権者になるか)、が判断されることになります(「不成立」がない)。

本件の場合は、調停の場合と同様「子の引き渡しを求める審判」と「子の監護者を定める審判」を併せて提起することになります。緊急を要する本件のような場合には、併せて「保全処分」を申し立てるべきであることも、上記のとおりです。

なお、上記調停と審判の関係ですが、法律上その先後は定められていません(審判については家事事件手続法257条のような規定がないため)。そのため、本件のような場合は、調停と審判のいずれを先に提起しても構いません。いきなり審判を申し立てた場合、職権で調停に付されることもあります(家事事件手続法274条1項)が、本件のようなケースで、ある程度の緊急性が求められる場合には、調停に付される可能性は高くありません。

また、上記調停が不成立に終わった場合には、そのまま審判に移行することになります(家事事件手続法272条4項)。

(2)本件のように、お子さんが連れ去られてから間もない状況で、一刻も早い取戻しが必要だ(かつ話し合いで解決する見込みはない)、というような場合は、審判手続をまず考えるべきところです。「負けてしまう」リスクについては、後述の判断要素から算出していくことになります。

3 保全処分

(1)ここで、「保全処分」について説明していきます。この「保全処分」は、「審判前の保全処分」ともいわれており、家事事件手続法105条1項、同157条に規定があります。

上記調停や審判の効力が生じる前に、子供に危険が生じたり、あなたの手に届かないところに子供が連れて行かれたりした場合、子の引き渡しが認められても、その権利の行使は困難ですから、何の意味もありません。そのような事態を避ける為に、「仮の処分」としてとりあえず子供の引き渡し等の処分を求める手続になります。

なお、確かに以前の家事審判法の下では、審判が継続していないと申立てができなかったのですが、現在の家事事件手続法の下では、調停申立て時点から保全処分の申立てが認められるようになりました(家事事件手続法157条1項)。「審判前」という表現は分かりづらいのですが、この表現は調停時点での申立てでも、あくまで審判を本案とすることによるものです。

(2)この「保全処分」が認められるためには、①本案が認容される一定程度の蓋然性(確からしさ)と、②保全の必要性が必要です。

まず、①本案が認容される一定程度の蓋然性とは、審判で請求が認められるある程度の蓋然性、すなわち申立人が子の監護者として適格であると審判で認められる可能性が一定程度あること、を意味します。これは、「保全処分」が、審判等で正式に判断される前の暫定的な処分であるにもかかわらず、強制力をもって認められることの帰結です。

②保全の必要性については、家事事件手続法157条1項によれば「強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と定められています。この点について、裁判例は、「子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるときや、本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合がこれに当たり、具体的には、子に対する虐待、放任等が現になされている場合、子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合な」(東京高裁決定平成15年1月20日家裁月報55巻6号122頁)と判示しています。

「保全処分」が認められるためには、上記の要件を充足するような事情を疎明(家事事件手続法109条1項)する必要があります。

(3)上記のとおり、「保全処分」が認められるハードルは低くありません。もっとも、強引な連れ去り等があって間もないような場合で、連れ去り先で十分な監護環境が整っていないような事情があれば、十分に認められる可能性はありますので、検討が必要です。

4 人身保護請求

(1)人身保護請求は、上記の調停、審判と少し異なる特殊な手続です。人身保護請求は、不当な人身の拘束からの解放を目的とする請求です(本件のような子の引き渡しのケースでは、連れ去った妻が「拘束者」、子が「被拘束者」となり、あなたが拘束者の拘束を解くよう求める「請求者」となります)。

子の人身保護請求は、調停、審判に比しても極短期間に結果が出ますし、拘束者に対して勾引・勾留(強制的に拘束者の身柄を確保する)ができ(人身保護法18条)、守らない場合には刑事罰も定められています(人身保護法26条)。

(2)以上の特徴から、人身保護請求が極めて強い強制力をもっている手段であることが分かります。

もっとも、本件のようなケースでいきなり人身保護請求を用いることは困難です。人身保護請求が認められる要件として、被拘束者とされる者が、「法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者」(人身保護法2条1項)である必要があります。すなわち、本件のように共同親権者(監護権者)である夫婦間の子の奪い合いの場面においては、連れ去った側も「監護者」である以上、その監護は「法律上正当な手続」による拘束と判断されてしまう可能性が高いのです。

また、強い効力を有する人身保護請求は他の手段によって解決できない事態に用いることが求められます(補充性の原則、人身保護規則4条但書)。そのため、調停や審判手続(及び保全処分)によって解決可能である場合には、人身保護請求が認められることはありません。

(3)そのため、人身保護請求は最後の手段、例えば、審判及び保全処分によって、あなたの監護権が認められたにも関わらず、相手がそれに応じず、また子の引き渡しの執行ができないような状況に子を置いているような状況(例えば、子をどこかへ連れて行ってしまう等)に用いることになります。

もちろん、連れ去り後の監護の状況等に鑑みて、いきなり人身保護請求を提起するべきケースもあるため、事案に応じた検討が必要です。

なお、人身保護請求は特段の事情がない限り弁護士を代理人としなければならない点にも注意が必要です(人身保護法3条)。

5 小括

以上のとおり、本件のような連れ去りの場合、まずは、①「子の監護者指定の審判」、②「子の引き渡しを求める審判」、③「審判前の保全処分」の申立てを基本として、各事情によってその請求方法を柔軟に検討するべきです。

第3 子の利益の判断要素

1 基本的な原則

(1)続いて、上記各請求の適否を裁判所が判断する際の判断要素(判断基準)について説明していきます。基本的には、審判における裁判官、強制的な決定権限はないものの、調停の際の調停委員も以下の判断要素にしたがって手続を進めていくことになります。

まず、本件のような子の引渡しや監護者指定に際しては、「子の利益」(子の福祉ともいいます。)が根本的な判断要素になることを理解する必要があります(民法766条2項、同法819条6項参照)。

例えば、離婚の適否や、離婚に伴う慰謝料請求を判断する際には、本件のような「夫婦どちらか一方の不貞」はもちろん重要な要素になりますが、子の引渡しや監護者指定においては、それ自体が重要な要素になるわけではありません。子の利益に直接影響しないからです。つまり、本件において「相手方である妻は不貞をおこなった」という主張だけでは必ずしも十分ではない、ということになります。

仮に妻の不貞を有利な事情として主張するのであれば、不貞の事実が子の生育環境に影響を及ぼしている旨、具体的には不貞相手の子に対する暴力の事実や、不貞のため家を良く空け、子とのコミュニケーションが不足している事実等を挙げていく必要があります。

(2)夫婦のいずれの下で監護することが「子の利益」に資するか、を判断する上で、従来から重要だと考えられている原則を5つ挙げて説明していきます。なお、「原則」の数は諸説あるのですが、以下は代表的なものとなります。

ア 継続性の原則

その時点で子を監護している親元で生活が安定しているのであれば、その安定を尊重し、継続させるべき、というのが継続性の原則です。

だからこそ、本件のように連れ去りがあったケースでは、手段を早く講じる必要があるのです。時間をかけすぎてしまうと、連れ去った親元での生活が「安定」してしまい、継続性の原則の適用を許してしまう可能性があるからです。

もっとも、この継続性の原則は、近年その適用範囲を制限するべき、という判断傾向に変わってきているところです。この点については、後述します。

イ 子の意思の尊重の原則

家庭裁判所は、審判に際して、子の意思を把握するように努め、審判をするにあたって子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならないことになっていること(家事事件手続法65条)からも明らかなとおり、監護権者を決定するにあたって、子の意思は重視されます。

もっとも、子の意見のまま審判がなされるわけではありません。特に年齢が低い場合等、現在同居している親の意向が色濃く反映されること等により、子の発言が本当に子の「真意」であるか疑わしいケースも多く、発達状況や年齢に応じて柔軟に斟酌されています。

ウ フレンドリー・ペアレント・ルール

これは、「面会交流(子と別居している親と子を定期的に会わせること)に協力的な親の方がより監護者として望ましい」という考え方です。

この考え方は、暴力等の例外はあるものの、基本的に夫婦が離婚した後も、別居している親と子は定期的に会うことが子の利益に資すると考えられていることの帰結です。

エ 兄弟姉妹不分離の原則

両親の別離だけでも苦痛を受ける子にとって、兄弟(姉妹)との別離を伴う場合、二重の苦痛を受けることになってしまいます。また、兄弟(姉妹)と共に生活して得られる体験はまさに「子の利益」に資するものです。

そのため、兄弟(姉妹)は同じ親元で生活させることを基本とするべき、という考え方があります。

オ 母性優先の原則

従来、特に乳幼児期においては、子の成熟・成長にとって母親の存在が不可欠であるとされていました。そのため、乳幼児期の監護権(親権)の獲得においては、「母親であること」が有利な事情として取り扱われていたのです。

(3)しかし、近年においてはこれらの原則も時代に合わせて変遷してきております。

例えば、母性優先の原則は、現在では性差別であるとして、子と適切な関係を築いている「主たる監護者」、つまり母性的な役割を有している親が夫婦のいずれかであるのか、を重視する傾向に変化しております。

また、継続性の原則についても、上記適切な関係の形成という観点からは重視される(長く監護している方が、より適切な関係を築いていると考えられる)一方で、実力行使による連れ去り等の違法性を帯びた態様により同居を始め、それが継続しているような場合に、継続の事実を重視することは、強引な子の奪い合いを助長する(連れ去ったもの勝ち)ことになりかねないとして、特段の事情がない限り継続性の原則を適用しない、とする傾向に移行しつつあるところです。

このように、上記の各原則も、子の利益に資する、という観点から導かれたものなので、絶対的なものではないことに注意が必要です。

2 具体的な判断要素

したがって、判断の際に用いられる具体的な事情が問題となってきます。実際は事件ごとに異なる事情が加味されることになりますが、例えば①監護能力(監護の意欲を含む)、②資産・収入等の家庭環境、③就労状況、④これまでの監護において果たした役割、⑤監護補助者(親族等が監護を助けることができるか)等が一般に問われる事情になります。

これらの父母の事情に、年齢や兄弟の有無、意向等の子側の事情を加味していくことになります。重要なのは、あくまでも「子の利益」に資する事情ということです。

3 小括

監護者としての適格性を裁判所(あるいは調停委員)に認めてもらうためには、上記のようなポイントを外さずに主張をおこなう必要があります。例えば本件において、怒りにまかせて「不貞をするような妻は監護者としてふさわしくない。今後子どもを引き取った際には、妻に会わせるつもりはない。」などと主張してしまえば、監護者を決めるにあたってはマイナスの効果しか生まないことになります。

第4 執行手続

1 引き渡しの実現方法

以上は、あくまでも「子の引き渡し」を法的に求める手段です。あなたへ子を引き渡すという法的判断がなされたとしても、それは単にあなたに子を引き渡してもらえる(監護をすることができる)という権利が決せられた過ぎません。

そのため、次の段階として、権利の実現手段に進まなければなりません。この権利の実現方法についても、いくつか方法があり、事案によって使い分けることになります。

以下では考えられる方法を説明していきます。

2 任意の履行と裁判所による履行勧告

(1)まずは、審判を得たことを踏まえて、改めて任意での引き渡しを求める方法が当然考えられるところです。当事者同士の話し合いでは平行線でも、正式に審判が下されたことにより、態度が軟化しているケースもあるため、後述の法的手続を採るよりかえって早く権利の実現が見込める、ということもあり得ます。もっとも、当然任意で求めるだけですので、強制力はありません。相手が拒否をすればそこで失敗、ということになります。

(2)任意の履行を少し進めたものとして、家庭裁判所による履行勧告(家事事件手続法289条)があります。これは、家庭裁判所の審判官ないし調査官が適当な方法により、義務(本件の場合は子の引き渡し)の履行を求める、というものです。口頭(電話)でも申立てが可能である上、裁判所からの履行勧告なので、単に当事者が求めるよりも相手の履行を期待できるところです。

ただし、この履行勧告もあくまで勧告なので、何の法的効力も有しておらず、やはり相手の拒否されてしまえばそれ以上の効果はない、ということになります。

3 間接強制

(1)上記の手段と異なり、法的な強制力を有する手段として、強制執行があります。強制執行には、間接強制と直接強制がありますが、まずは間接強制です。

間接強制とは「債務を履行しない義務者に対し、一定の期間内に履行しなければその債務とは別に間接強制金を課すことを警告(決定)することで義務者に心理的圧迫を加え、自発的な支払を促すもの」で、具体的には、「子を引き渡すまで一日につき~円支払え」等という命令を下すことになります。

(2)従来、子の引き渡しという場面ではこの間接強制しか認められない、と解され、実務上もそのような運用がなされていました。これは、一つの人格である子どもを物のように直接奪うこと(後述の直接強制を参照)は許されない、と考えられていたからです。

しかし、間接強制とは上記のとおりあくまでも「心理的圧迫を加え」るだけの強制執行手続です。そのため、相手が金銭的負担に頓着しない場合(そもそも所有する財産がないから気にならない場合や、逆に金銭的に余裕がある場合)には全く意味をなさないことになります。

4 直接強制

(1)そこで、現在では子の引き渡しの場面においても直接強制が可能である、というのが一般的な見解で、実務もそれを認めています。

直接強制とは、「間接強制とは異なり、執行官という裁判所職員が、義務者(債務者)の意思と無関係に義務(債務)の内容を実現するもの」です。本件のような場合でいうと、「妻がどのような意思を持っていようと、執行官が子を連れて夫であるあなたのところに戻す」ということになります。この中に子の意思が含まれていないことから分かるように、本来直接強制の対象となる目的物は、義務者の排他的支配下に置かれている「物」であることが前提であったため、子をその対象とすることについて議論があったのです。

しかし、そのような理由で直接強制ができない方が、より子の利益を害する結果になる、として現在は直接強制が基本となっているのです(例えば東京家審平成8年3月28日は、「直接強制こそが、子の福祉に叶うものであると考えている」としています)。

(2)もっとも、いかなる場合も直接的に子を連れ戻すことができるか、というとそうではありません。執行により子が傷つくような事態になれば、かえって子の利益に反することになってしまうからです。

そのため、例えば自由意思のある子が自ら拒絶をしたり、相手が子を抱えて離さないような場合に、執行官が無理やり連れてくることはできない、と考えられていますし、執行場所も学校や通学路は避け、居住場所で行うことが実務上の原則となっています。

直接強制が上記のような事情でできない(執行不能)場合には、最後の手段として人身保護請求によるべきことは上述のとおりです。

5 小括

したがって、本件のようなケースにおける引き渡しの実現方法としては、まず任意の引き渡し請求や履行勧告に応じるタイプであるかを考えた上で、基本的には直接強制により、直接強制執行が不能になるような事態が生じれば人身保護請求、ということになります。

第5 まとめ

以上のとおり、この引き渡しを求め、実現する方法は多岐に亘る上、迅速性が求められます。実務上の運用や判断要素が重要であることに鑑みても、弁護士に早く相談した上で、手続に進むことをお勧めいたします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文

(未成年者略取及び誘拐)
刑法224条
未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
民法766条
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
4 前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。

(親権者)
民法818条
成年に達しない子は、父母の親権に服する。
2 子が養子であるときは、養親の親権に服する。
3 親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う。

(離婚又は認知の場合の親権者)
民法819条
父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
3 子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は、母が行う。ただし、子の出生後に、父母の協議で、父を親権者と定めることができる。
4 父が認知した子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り、父が行う。
5 第一項、第三項又は前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父又は母の請求によって、協議に代わる審判をすることができる。
6 子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の親族の請求によって、親権者を他の一方に変更することができる。

家事事件手続法65条
家庭裁判所は、親子、親権又は未成年後見に関する家事審判その他未成年者である子(未成年被後見人を含む。以下この条において同じ。)がその結果により影響を受ける家事審判の手続においては、子の陳述の聴取、家庭裁判所調査官による調査その他の適切な方法により、子の意思を把握するように努め、審判をするに当たり、子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならない。

(審判前の保全処分)
家事事件手続法105条
本案の家事審判事件(家事審判事件に係る事項について家事調停の申立てがあった場合にあっては、その家事調停事件)が係属する家庭裁判所は、この法律の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずる審判をすることができる。
2 本案の家事審判事件が高等裁判所に係属する場合には、その高等裁判所が、前項の審判に代わる裁判をする

(審判)
家事事件手続法109条
審判前の保全処分は、疎明に基づいてする。
2 審判前の保全処分については、第七十四条第二項ただし書の規定は、適用しない。
3 審判前の保全処分の執行及び効力は、民事保全法 (平成元年法律第九十一号)その他の仮差押え及び仮処分の執行及び効力に関する法令の規定に従う。この場合において、同法第四十五条 中「仮に差し押さえるべき物又は係争物の所在地を管轄する地方裁判所」とあるのは、「本案の家事審判事件(家事審判事件に係る事項について家事調停の申立てがあった場合にあっては、その家事調停事件)が係属している家庭裁判所(当該家事審判事件が高等裁判所に係属しているときは、原裁判所)」とする。

(婚姻等に関する審判事件を本案とする保全処分)
家事事件手続法157条
家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。以下この条及び次条において同じ。)は、次に掲げる事項についての審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者の申立てにより、当該事項についての審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
一 夫婦間の協力扶助に関する処分
二 婚姻費用の分担に関する処分
三 子の監護に関する処分
四 財産の分与に関する処分
2 家庭裁判所は、前項第三号に掲げる事項について仮の地位を定める仮処分(子の監護に要する費用の分担に関する仮処分を除く。)を命ずる場合には、第百七条の規定により審判を受ける者となるべき者の陳述を聴くほか、子(十五歳以上のものに限る。)の陳述を聴かなければならない。ただし、子の陳述を聴く手続を経ることにより保全処分の目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。

(調停前置主義)
家事事件手続法257条
第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。
2 前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。
3 裁判所は、前項の規定により事件を調停に付する場合においては、事件を管轄権を有する家庭裁判所に処理させなければならない。ただし、家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができる。

(調停の不成立の場合の事件の終了)
家事事件手続法272条
調停委員会は、当事者間に合意(第二百七十七条第一項第一号の合意を含む。)が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合には、調停が成立しないものとして、家事調停事件を終了させることができる。ただし、家庭裁判所が第二百八十四条第一項の規定による調停に代わる審判をしたときは、この限りでない。
2 前項の規定により家事調停事件が終了したときは、家庭裁判所は、当事者に対し、その旨を通知しなければならない。
3 当事者が前項の規定による通知を受けた日から二週間以内に家事調停の申立てがあった事件について訴えを提起したときは、家事調停の申立ての時に、その訴えの提起があったものとみなす。
4 第一項の規定により別表第二に掲げる事項についての調停事件が終了した場合には、家事調停の申立ての時に、当該事項についての家事審判の申立てがあったものとみなす。

(付調停)
家事事件手続法274条
第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件についての訴訟又は家事審判事件が係属している場合には、裁判所は、当事者(本案について被告又は相手方の陳述がされる前にあっては、原告又は申立人に限る。)の意見を聴いて、いつでも、職権で、事件を家事調停に付することができる。
2 裁判所は、前項の規定により事件を調停に付する場合においては、事件を管轄権を有する家庭裁判所に処理させなければならない。ただし、家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができる。
3 家庭裁判所及び高等裁判所は、第一項の規定により事件を調停に付する場合には、前項の規定にかかわらず、その家事調停事件を自ら処理することができる。
4 前項の規定により家庭裁判所又は高等裁判所が調停委員会で調停を行うときは、調停委員会は、当該裁判所がその裁判官の中から指定する裁判官一人及び家事調停委員二人以上で組織する。
5 第三項の規定により高等裁判所が自ら調停を行う場合についてのこの編の規定の適用については、第二百四十四条、第二百四十七条、第二百四十八条第二項、第二百五十四条第一項から第四項まで、第二百六十四条第二項、第二百六十六条第四項、第二百六十九条第一項並びに第二百七十二条第一項ただし書及び第二項並びに次章及び第三章の規定中「家庭裁判所」とあるのは「高等裁判所」と、第二百四十四条、第二百五十八条第一項、第二百七十六条、第二百七十七条第一項第一号、第二百七十九条第三項及び第二百八十四条第一項中「審判」とあるのは「審判に代わる裁判」と、第二百六十七条第一項中「家庭裁判所は」とあるのは「高等裁判所は」と、次章の規定中「合意に相当する審判」とあるのは「合意に相当する審判に代わる裁判」と、第二百七十二条第一項ただし書及び第三章の規定(第二百八十六条第七項の規定を除く。)中「調停に代わる審判」とあるのは「調停に代わる審判に代わる裁判」と、第二百八十一条及び第二百八十七条中「却下する審判」とあるのは「却下する審判に代わる裁判」とする。

(義務の履行状況の調査及び履行の勧告)
家事事件手続法289条
義務を定める第三十九条の規定による審判をした家庭裁判所(第九十一条第一項(第九十六条第一項及び第九十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により抗告裁判所が義務を定める裁判をした場合にあっては第一審裁判所である家庭裁判所、第百五条第二項の規定により高等裁判所が義務を定める裁判をした場合にあっては本案の家事審判事件の第一審裁判所である家庭裁判所。以下同じ。)は、権利者の申出があるときは、その審判(抗告裁判所又は高等裁判所が義務を定める裁判をした場合にあっては、その裁判。次条第一項において同じ。)で定められた義務の履行状況を調査し、義務者に対し、その義務の履行を勧告することができる。
2 義務を定める第三十九条の規定による審判をした家庭裁判所は、前項の規定による調査及び勧告を他の家庭裁判所に嘱託することができる。
3 義務を定める第三十九条の規定による審判をした家庭裁判所並びに前項の規定により調査及び勧告の嘱託を受けた家庭裁判所(次項から第六項までにおいてこれらの家庭裁判所を「調査及び勧告をする家庭裁判所」という。)は、家庭裁判所調査官に第一項の規定による調査及び勧告をさせることができる。
4 調査及び勧告をする家庭裁判所は、第一項の規定による調査及び勧告に関し、事件の関係人の家庭環境その他の環境の調整を行うために必要があると認めるときは、家庭裁判所調査官に社会福祉機関との連絡その他の措置をとらせることができる。
5 調査及び勧告をする家庭裁判所は、第一項の規定による調査及び勧告に必要な調査を官庁、公署その他適当と認める者に嘱託し、又は銀行、信託会社、関係人の使用者その他の者に対し関係人の預金、信託財産、収入その他の事項に関して必要な報告を求めることができる。
6 調査及び勧告をする家庭裁判所は、第一項の規定による調査及び勧告の事件の関係人から当該事件の記録の閲覧等又はその複製の請求があった場合において、相当と認めるときは、これを許可することができる。
7 前各項の規定は、調停又は調停に代わる審判において定められた義務(高等裁判所において定められたものを含む。次条第三項において同じ。)の履行及び調停前の処分として命じられた事項の履行について準用する。

人身保護法2条
法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。
2 何人も被拘束者のために、前項の請求をすることができる。

人身保護法3条
前条の請求は、弁護士を代理人として、これをしなければならない。但し、特別の事情がある場合には、請求者がみずからすることを妨げない。

人身保護法18条
裁判所は、拘束者が第十二条第二項の命令に従わないときは、これを勾引し又は命令に従うまで勾留すること並びに遅延一日について、五百円以下の割合をもつて過料に処することができる。

人身保護法26条
被拘束者を移動、蔵匿、隠避しその他この法律による救済を妨げる行為をした者若しくは第十二条第二項の答弁書に、ことさら虚偽の記載をした者は、二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

(請求の要件)
人身保護規則4条但書
法第二条の請求は、拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分がその権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限り、これをすることができる。但し、他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によつて相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければ、これをすることができない。