遺言と公益団体への寄付
家事|相続|遺言書に寄付先が明確に特定されていなかった場合の効力|遺言内容に関する相続人の合理的意思の判断|最高裁判所平成5年1月19日判決
目次
質問:
私は70歳をすぎています。妻は亡くなり、子供はもともとおりません。私には1000万円くらいの預金と年金収入があります。私が亡くなっても預金はそれほど目減りはしないと思います。私が亡くなった場合、私の遺産を公益団体に寄付したいので、遺言書を書いておこうと思っています。私の相続人として妹がおりますが、妹とは数十年も会っておらず、疎遠になっているので、妹には相続させたくありません。私としては、どのような遺言を残しておけばよいのでしょうか。
回答:
1 憲法29条は財産権を保障し、民法では遺言に関し、自分の財産の全部又は一部を自由に処分することができると規定されています(964条)。人は生きている間は自己の所有物を自由に処分できることから、それを死後にも延長させ、自由な遺産の処分を認める旨の趣旨です。
2 御相談者様も遺言を残して、遺言書で公益団体に遺贈することは自由にできます。ただ、どのような内容の文言にするか、問題があります。判例では、「全部を公共に寄与する。」という遺言内容が、遺贈の相手方が特定されないのではないかという理由で遺言の無効が争われました。最高裁平成5年1月19日判決で、「相手方は特定している」として遺言を有効としました。遺言の内容ついては、法に規定があるものの遺言者の最後の意思を尊重するということから、できるだけ有効なものとして取り扱うことが大原則ですから妥当な判断と思われます(方式は最終意思の表明という特殊性から改変等を防ぐため厳格な要式行為となっています。)。詳細は以下の解説で説明します。
3 遺言書が間違いなく有効になるよう、遺言書の内容をどのようにするか、形式は自筆証書遺言とするか、公正証書遺言とするか、遺言執行者をどうするか等一度お近くの弁護士に相談された方がよいでしょう。
4 遺贈に関する関連事例集参照。
解説:
第1 遺言の自由
民法上、遺言に関し、自分の財産の全部又は一部を自由に処分することができると規定されています(964条)。憲法は個人の尊厳を実現するものとして幸福追求権を保障し(憲法13条)、財産権を保障しています(憲法29条)。それを受けて民法は、各人に人は生きている間は自己の所有物を自由に使用・収益・処分できることを規定し(民法第206条)、各人の財産処分の自由を認めています。
この財産処分の自由を死後にも延長させ、自由な遺産の処分を遺言により認める旨の趣旨です。
ご相談者様は、自己の遺産を公益団体に寄付するという遺言を残すことも自由にできます。また、妹様は遺留分権利者ではないので(民法第1028条 兄弟以外の法定相続人には遺留分として遺言にかかわらず法定相続分の2分の1を相続する権利があります。)、ご相談者様の遺産は全額、遺贈された団体に帰属することになります。
第2 遺贈の相手方
遺産を公益団体に寄付したいということですが、全ての遺言での寄付は遺贈ということになります。相続財産を遺贈する相手方の公益団体として考えられるのは、国や市区町村などの地方自治体や、NPO法人、公益社団法人や公益財団法人などを検討することになります。それぞれの団体の運営理念や財務状況を調査した上で、慎重に遺贈先をお決めになるとよいでしょう。
遺贈する相手方の公益団体が遺言書作成の段階で具体的に特定されていればよいのですが、なかなか決められない場合、遺言執行者に委託しておくことも考えられます。このような事例についての最高裁判例(最高裁判所平成5年1月19日判決)を紹介します。
この判例の事案について、遺言者Dは、生前、自己の遺産について、Yを遺言執行者とする遺言書を作成した上で、「一、発喪不要。二、遺産は一切の相續を排除し、三、全部を公共に寄與する。」といういう遺言を残しました。Dの死後、Dの相続人の妹から「公共に寄与する。」という遺言書の文言は、遺贈の相手方が特定できず、無効ではないか、との主張から、遺言執行者を相手に遺言が無効かどうかが争われました。
最高裁判所平成5年1月19日判決では、Dの残した遺言は、以下の点を理由に、本件遺言は、その効力を否定するいわれはない、としてDの遺言を有効としました。
・遺産の利用目的が公益目的に限定されている。
・被選定者の範囲も国・地方公共団体(民法34条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)などの団体等に限定されている。
・そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはない。
・選定者における選定権濫用の危険も認められない。
この判例の詳細は次の第3で紹介します。
第3 土地建物所有権移転登記抹消登記、遺言執行者の地位不存在確認請求上告事件
最高裁判所平成5年1月19日判決
相続人が、公共に寄与するという内容の遺言書が、特定されていないことを理由に無効であるとして、遺言執行者を被告として、相続の登記の抹消と、遺言執行者の地位がないことの確認を求めた裁判です。
裁判所HP
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=56368
判決全文
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/368/056368_hanrei.pdf
以下、判決引用部分を『 』とします。
【当事者】
D:遺言者
上告人:Dの妹。法定相続人。以下、Xといいます。
被上告人:Dの遺言執行者。以下、Yといいます。
【経過】(最高裁判決記載の事実によります)
1 亡Dの法定相続人は、いずれも妹であるXらだけであったが、後記の本件遺言がされた時点では、DとXらとは長らく絶縁状態にあった。
2 昭和58年2月28日、Dは、Yに遺言の執行を委嘱する旨の自筆による遺言証書(以下「本件遺言執行者指定の遺言書」という。)を作成した上、これをYに託するとともに、再度その来宅を求めた。
3 同年3月28日、Dは、右の求めに応じて同人宅を訪れたYの面前で、「一、発喪不要。二、遺産は一切の相續を排除し、三、全部を公共に寄與する。」という文言記載のある自筆による遺言証書(以下「本件遺言書」という。)を作成して本件遺言をした上、これをYに託し、自分は天涯孤独である旨を述べた。
4 昭和60年10月17日、Dは死亡した。
5 翌61年12月24日頃、Yは、東京家庭裁判所に本件遺言執行者指定の遺言書及び本件遺言書の2通の遺言書の検認を請求した。
6 同年4月22日に東京家庭裁判所により、両遺言書のの検認を受けた。
7 翌23日、YはXらに対し、Dの遺言執行者として就職する旨を通知した。
【判旨】
まず、遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯、置かれた状況等を考慮することも許されるとしています。
『遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。』
次に、本件遺言は、公共のために利用する目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法三四条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当としています。
『このような見地から考えると、本件遺言書の文言全体の趣旨及び同遺言書作成時のDの置かれた状況からすると、同人としては、自らの遺産を上告人ら法定相続人に取得させず、これをすべて公益目的のために役立てたいという意思を有していたことが明らかである。そして、本件遺言書において、あえて遺産を「公共に寄與する」として、遺産の帰属すべき主体を明示することなく、遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると、本件遺言は、右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法三四条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。』
また、遺言執行者に指定したYに右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当であるとしています。
『また、本件遺言に先立ち、本件遺言執行者指定の遺言書を作成してこれを被上告人に託した上、本件遺言のために被上告人に再度の来宅を求めたという前示の経緯をも併せ考慮すると、本件遺言執行者指定の遺言及びこれを前提にした本件遺言は、遺言執行者に指定した被上告人に右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当である。』
このように解することで、遺言者の意思に沿うことになり、受遺者の特定にかけることはないとしています。
『このように解すれば、遺言者であるDの意思に沿うことになり、受遺者の特定にも欠けるところはない。』
遺言無効の主張に対しては、このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ、本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められない、として遺言無効の主張を排斥しています。
『そして、前示の趣旨の本件遺言は、本件遺言執行者指定の遺言と併せれば、遺言者自らが具体的な受遺者を指定せず、その選定を遺言執行者に委託する内容を含むことになるが、遺言者にとって、このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ、本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから、本件遺言は、その効力を否定するいわれはないものというべきである。』
第4 最後に
遺言の内容ついては、法に規定があるものの遺言者尾の最後の意思を尊重するということから、できるだけ有効なものとして取り扱うことが大原則です(方式は最終意思の表明という特殊性から改変等を防ぐため厳格な要式行為です。)。ご相談者様が遺言書作成時に具体的に遺贈先の公益団体が決まらなかったとしても、最高裁判例によれば、遺言執行者に委託しておくことも認められます。これも、遺言書をできるだけ有効なものとして扱うという大原則に従った判断です。ただし、事後の争いを予防するためには、遺贈先の団体が決まっていることが望ましいとも言えます。また、自筆証書遺言で遺言を残すこともできますが、後日の争いをなくすということから自筆遺言書ではなく、遺言公正証書は法的な専門家としての公証人が作成する公正証書遺言を作成することが望ましいといえます。、弁護士が関わるため遺言内容の正確性がも確保されますし、亡くなった後の手続も家裁の検認手続きを経ない分迅速に進みます。さらに、裁判となった場合の証拠力も自筆証書遺言よりも強いといえます。また、遺言内容を確実に実施するためには遺言書において遺言執行者を定めておき、遺産の処分が遺言執行者に手配してもらうようにすると良いでしょう。遺言執行者は信頼できる親戚や知人でも良いですし、遺言書を作成した弁護士に依頼することも可能です。
ご相談者様のように、公益団体に遺贈することを考えている方は、一度、弁護士に相談されてから遺言書を作成されるとよいでしょう。
以上