清算型遺贈及び遺言執行

家事|相続|不動産売却の登記手続きは遺言執行者単独でできるか(新民法1015条)|遺言執行者の報酬、費用の決め方|最判平成4年9月22日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

私は,遺言書を書こうと思っているのですが,子ども達の仲がかなり悪いので,私の死後,財産争いが起きないようにするために,弁護士等に遺産である不動産を売却してもらった上で,その売却代金から費用を差し引いた残りを,半分ずつに分けてもらいたいと考えています。出来る限り,子ども達同士で接する機会を作らないようにしたいです。

不動産の売却を弁護士等に行ってもらうことは可能でしょうか。その場合,弁護士等にお支払いする報酬については,どの様に段取りをしておけば良いのでしょうか。そもそも,このような遺言をすることは可能なのでしょうか。

回答:

相談者様のご意向を実現するためには,遺言で遺言者執行者を弁護士等に指定する等した上で,遺産の全部又は一部を売却し,その売却代金から遺言者(被相続人)の債務を弁済した上で,残余の金銭を相続させ又は遺贈する(清算型遺贈)旨の遺言を作成するという方法が宜しいかと思います。この方法によれば,遺言執行者である弁護士等において,相談者様の不動産を換価した上で,その売却代金から費用を控除した金銭をご子息達に分配することができます。

仮にご子息のいずれかが不動産の売却(遺言執行)に反対したとしても,遺言執行者限りで不動産売却手続き(売買契約の締結、所有権移転登記)を実施することができるので,ご子息達の間で何かしら協議が必要ということにもなりません。

なお,遺言執行者の報酬については,その旨を遺言書に記載するのが一般的です。なお、遺言執行者となるものと遺言書作成の際に死後も効力のある委任契約書を取り交わしておく方法もあります。

解説:

1 遺言の意義

遺言とは,一定の方式で表示された個人の意思に,この者の死後,それに即した法的効果を与えるという法技術であるといわれています。少し難しい表現とはなっていますが,簡単に言えば,遺言によって,自身の死後の財産の行方を自由に決めることができるということになります。自分の財産は、自由に処分できるのが原則ですから、自分の死後もその意思を尊重しようという制度です(その例外となるのが遺留分の制度です)。

2 清算型遺贈について

⑴ 清算型遺贈とは,遺産の全部又は一部を売却し,その売却代金から遺言者(被相続人)の債務を弁済した上で,残余の金銭を相続させ又は遺贈する遺言のことをいいます(狭義で言えば遺贈とは遺言により自分の財産を相続人以外の第三者に与えること。相続人に与えることは相続という。相続人に与えることも遺贈と広い意味で言う)。清算型遺贈を内容とした遺言書を作成しておけば,相続人間の協議を経ることなく,不動産の売却代金(から遺言者(被相続人)の債務の弁済額を控除した金銭)を相続させることができます。そのため,相談者様のケースように,相続人間の仲が悪く,不動産の換価という点で紛争となることが予見される場合には,清算型遺贈という方法を取られた方が宜しいかと思います。

そして,清算型遺贈では,不動産等の相続財産を売却したり,債務を弁済したりする必要があるので,遺言執行者を指定又は選任する必要があります。裁判所における遺言執行者の選任手続きというものも用意されていますが,遺言において,予め遺言執行者を指定しておく方が簡便でしょう。なお,遺言執行者については,3項で詳述します。

⑵ 以上を踏まえると,清算型遺贈を内容とした遺言書として,例えば,「遺言者は,別紙●及び●の不動産を,遺言執行者において適宜換価し,その換価金から,遺言執行に要する費用,遺言執行者に対する報酬を弁済させた残余の財産について,●●(昭和●年●月●日生)に2分の1,●●(昭和●年●月●日生)に2分の1の割合により,それぞれ相続させる。」という清算型遺贈に関する条項や,「遺言者は,この遺言の遺言執行者として,次の者を指定する。住所 ●●●● 氏名 ●●●● 生年月日 昭和●年●月●日生」という遺言執行者に関する条項を設けることが考えられます。

3 遺言執行者による不動産売却(登記)手続き及びその報酬の定め方

⑴ 遺言執行者の法的地位

まず,前提として,遺言執行者の法的地位について,以下,説明します。

近年,民法が改正されましたが,旧法では,「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」(旧民法1015条)規定され,遺言執行者の法的地位が必ずしも明確にはなっていませんでした。

この点,新法では,「遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(新民法1012条1項)と規定されることになりました。これにより,遺言執行者が遺言の内容を実現する権限を有し,必ずしも相続人の利益のために権限を行使するのではないことが明らかにされ,遺言執行者の法的地位が明確なものとなりました。

なお,旧民法1015条の「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」との規定は削除された上で,その実質的な意味を明らかにするために,「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は,相続人に対して直接にその効力を生ずる。」(新民法1015条)と規定されることになりました。

⑵ 遺言執行者による不動産売却(登記)手続き

上記の民法の規定によれば、遺言執行者が、遺言執行者として相続不動産の売買契約を締結できることは明らかですが、不動産登記をどうするかについては疑問が残ります。不動産の登記は、実体的な権利関係を表示することが原則ですので、この原則によれば、一度相続を原因とするい所有権移転登記をして相続人の名義にしてから、売買を原因とする買主に対する所有権移転登記をしなくてはならないことになります。しかし。相続人からの移転登記については相続人が移転登記義務者となるため、本来は相続人の実印や印鑑証明が必要になるので、相続人が売却に反対すると、売買を原因とする所有権移転登記が円滑にできないため、不動産の売却も円滑にできなくなるのではという問題が残るからです。元の所有者である遺言者、被相続人から買主への直接移転登記が可能であれば問題ないのですが、登記実務はこのような中間省略登記は認めないという立場ですので、どうしても一度相続の登記をして相続人から買主へ所有権移転登記をする必要があります。

これについては,重要な登記先例(法務省民事局長等による通達や質疑応答等のこと。)として,「清算型遺贈の旨がある遺言に基づき,遺言執行が不動産を売却して,買主名義に所有権移転登記をする場合には,その前提となる相続登記については登記実務上,中間省略できないものであって遺言執行者は相続人の法定代理として,単独で相続登記申請が可能である」(登記研究質疑応答822・189頁),「遺言執行者の単独申請により被相続人名義から相続人名義に相続による所有権移転登記を経由した上で,遺言執行者と買主との共同申請により相続人名義から買主名義への所有権移転登記をすべきである」(昭和52年2月5日民三第773号回答)というものが存在します。そのため,清算型遺贈における登記申請については,①相続を原因とする所有権移転登記と②売買を原因とする所有権移転登記の2段階の登記申請が必要ということが分かります。

また,上記登記先例から,①相続を原因とする所有権移転登記については,遺言執行者が単独で申請することができ,②売買を原因とする所有権移転登記については,遺言執行者と買主との共同での申請をすることができることが分かります。そのため,相続人の関与を必要とせず,①相続を原因とする所有権移転登記及び②売買を原因とする所有権移転登記の申請をすることができます。具体的には,②売買を原因とする所有権移転登記の登記申請に当たっても,形式上,登記権利者は買主,登記義務者は相続人となるものの,「登記義務者の印鑑証明書」としては,遺言執行者の印鑑証明書を添付すれば足ります。旧民法の規定ですと、遺言執行者は相続人の代理人とされていましたから相続人の意思に反して、登記が出来るのか、多少疑問もありましたが、新民法の「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は,相続人に対して直接にその効力を生ずる。」(新民法1015条)という規定からすれば疑問は解消されたといえます。

以上より,相続人同士の仲が悪く,その内の1人が印鑑証明書の交付を拒否するなど,遺言執行としての不動産登記手続きに非協力的であったとしても,遺言執行者限りで不動産売却(登記)手続きを実施することができます。

⑶ 遺言執行者の報酬の定め方

ア 通常,遺言執行者に対しては報酬が支払われることになりますが,その定め方としては,①遺言書に遺言執行者の報酬も記載する,②遺言執行者と相続人とで協議して報酬を決する,③遺言者の最期の住所地を管轄する家庭裁判所に対し,遺言執行者に対する報酬付与の申立てを行うといった方法が挙げられます。

もっとも,簡便な方法としては,①遺言書に遺言執行者の報酬も記載することが挙げられるかと思いますが,特に不動産売却を伴う遺言執行の場合,報酬体系が複雑になることが多く,その全てを遺言書に記載することが馴染まないことも想定されます。そこで,遺言書に報酬の概要を記載した上で,別途,遺言者との間で,報酬の詳細を記載した委任契約書を取り交わすという方法が考えられます。

イ ここで,民法635条において,委任の終了事由として,「委任者又は受任者の死亡」(同条1号)が挙げられていることから,委任者である遺言者の死亡により,委任契約は当然に終了するため,委任契約書に報酬の詳細を記載したとしても,その効力は失われるのではないか,という点が問題となります。他方で契約自由の原則から言えば合理的ない理由があれば委任契約が死後も有効という条項があれば効力が維持されるとも考えることは可能です。

この点,最判平成4年9月22日判決は,丙山良子が同人名義の預貯金通帳,印章及び右預貯金通帳から引出した金員を上告人に交付し,丙山の入院中の諸費用の病院への支払い,同人の死後の葬式を含む,法要の施行及びその費用の支払い,同人が入院中に世話になった家政婦の丁野テル子及び友人の戊山ミカ子に対する応分の謝礼金の支払いを依頼する旨の契約を締結し,丙山の死後,当該(準)委任契約の効力が争われた,という事案に関し,「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が丙山と上告人との間に成立したとの原審の認定は,当然に,委任者丙山の死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく,民法六五三条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。」と判旨し,委任者の死亡による委任契約の終了を否定しました。これは,委任者が自身の死後の法律行為を委任している以上,自身の死亡によっては委任契約を終了させないとの委任者の意思が前提として存在したといえるため,当然,その前提の下,委任者の死亡により委任契約は終了しないとの合意が包含される,との判断が示されたものといえます。

したがって,遺言執行でも,当然,遺言者(委任者)の死後の法律行為(本件で言えば,不動産の売却等。)が予定されている以上,上記最判平成4年9月22日判決の判旨に照らせば,遺言執行に関する委任契約も遺言者(委任者)の死亡によって終了することはなく,当該委任契約書上の報酬に関する規定も効力を失うことはないものと考えられます。

なお,上記最判平成4年9月22日判決は,遺言執行に関する委任契約の事案について判断したものではないので,念のため,「甲が死亡した場合においても,本契約は終了せず,甲の相続人は,甲の本契約上の権利義務を承継する。」との特約を記載しておく方が後の紛争を防止するという観点からは安心でしょう。

4 まとめ

以上のとおり,遺言執行者を指定した上で,清算型遺贈を内容とした遺言書を作成しておけば,相談者様のご意向を実現することができます。

もっとも,遺言は要式行為ですから遺言書の要件を欠くと,遺言が無効とされてしまうこと,及び,遺言執行者として一方的に指定したとしても,その者が遺言執行者への就任を拒否する可能性があることから,遺言の作成から遺言の執行までをトータルサポートしてくれる弁護士等に具体的にご相談されることをお勧めいたします。

関連事例集

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参照条文
《参考条文》 【民法】

(委任の終了事由)

第635条

委任は,次に掲げる事由によって終了する。

① 委任者又は受任者の死亡

② 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。

③ 受任者が後見開始の審判を受けたこと。

(遺言執行者の権利義務)

第1012条

1 遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。

2 遺言執行者がある場合には,遺贈の履行は,遺言執行者のみが行うことができる。

3 第六百四十四条,第六百四十五条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は,遺言執行者について準用する。

(遺言執行者の行為の効果)

第1015条

遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は,相続人に対して直接にその効力を生ずる。

(遺言執行者の報酬)

第1018条

1 家庭裁判所は,相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし,遺言者がその遺言に報酬を定めたときは,この限りでない。

2 第六百四十八条第二項及び第三項並びに第六百四十八条の二の規定は,遺言執行者が報酬を受けるべき場合について準用する。

《参考判例》

(最判平成4年9月22日判決)

主 文

原判決中,上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。

判 決 理 由

上告代理人西尾文秀の上告理由について

原審は,(一) 丙山良子は,入院加療中の昭和六二年三月初めころ,同人名義の預貯金通帳,印章及び右預貯金通帳から引出した金員を上告人に交付して,丙山の入院中の諸費用の病院への支払,同人の死後の葬式を含む法要の施行とその費用の支払,同人が入院中に世話になった家政婦の丁野テル子及び友人の戊山ミカ子に対する応分の謝礼金の支払を依頼する旨の契約を締結した,(二) 上告人は,丙山が同月二八日に死亡した後,右依頼の趣旨に沿って,病院関連費,葬儀関連費及び四十九日の法要までを施行した費用並びに丁野及び戊山に対する各謝礼金を支払った,との事実を認定した上で,丙山が上告人に対して右金員などの交付をしたのは,前記各費用などの支払を委任したものであり,そうすると委任者である丙山の死亡によって右委任契約は終了した(民法六五三条)として,上告人は,丙山から受け取っていた預貯金通帳及び印章のほか,上告人が支払った前記各費用などを控除した残金を,丙山の相続財産をすべて相続した被上告人に返還すべきであるとし,また,前記各費用などのうち上告人の戊山に対する謝礼金の支出は,被上告人の承諾を得ることなく上告人が独自の判断でしたものであるから不法行為となり,上告人は被上告人に対し同額の損害賠償責任を負うとした。

しかしながら,自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が丙山と上告人との間に成立したとの原審の認定は,当然に,委任者丙山の死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく,民法六五三条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。

しかるに,原判決が丙山の死後の事務処理の委任契約の成立を認定しながら,この契約が民法六五三条の規定により丙山の死亡と同時に当然に終了すべきものとしたのは,同条の解釈適用を誤り,ひいては理由そごの違法があるに帰し,右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。この点をいう論旨は理由があり,原判決中,上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして,右部分について,当事者間に成立した契約が,前記説示のような同条の法意の下において委任者の死亡によって当然には終了することのない委任契約であるか,あるいは所論の負担付贈与契約であるかなどを含め,改めて,その法的性質につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,民訴法四〇七条一項に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。