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No.1526、2014/06/24 16:37 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、報告義務違反、救護義務違反、自動車運転過失傷害罪、札幌高等裁判所昭和37年7月17日】

接触事故における救護義務違反について

質問:
 自動車を運転中、歩行者に対して接触事故を起こしてしまいました。しかし,接触の直後,私は,車両から降り,被害者に対して「大丈夫ですか」と声をかけたところ,被害者は,「このとおり,大丈夫です。今後は気を付けてください。」といって体を自由に動かし始めました。私は,それに安心して,被害者に謝罪した後に警察等に届けることなく,帰ってしまいました。
 後日,警察から,この接触事故のことについて事情聴取を受けました。そのときに警察官は,被害者は,今回の事故で全治数日の治療が必要な怪我を負ったと言っていました。
今後、どのような処分になるのでしょうか。また、私の対応を教えてください。



回答:
1、刑事上の処分として,刑法の自動車運転過失傷害罪,道路交通法の報告義務違反罪が成立すると考えられます。救護義務違反罪の検討も必要ですが,本件のような場合は成立しないと考えられます。

2、行政上の処分として,救護義務違反(減点35点)を理由として,運転免許取消処分がなされることが考えられますが,この処分に対しては,争う余地があります。

3、刑事処分に対する対応としては、接触事故自体は,事実ですので,被害者と早急に示談をする必要があります。行政処分への対応としては,事実関係について書面を作成して記録しておき、運転免許取消処分の事前の告知が来た場合には,早急に対応できるように準備しておく必要があります。

4、関連事例集 道路交通法違反に関して1463番1303番1225番1115番1085番1079番1042番499番参照。 

解説:

1 犯罪の成立(刑事処分)

(1)自動車運転過失傷害(刑法211条2項)

 自動車運転過失傷害罪は,自動車の運転により,不注意で被害者を負傷させた場合に成立します。事故と負傷の因果関係がある限り,成立しますので,その場で被害者が大丈夫だと発言していても後日,診断書等により傷害の事実が発覚すれば,同罪が成立する可能性が高いです。なお,後日発覚した傷害があまりに重大な傷害の場合には,事故と傷害結果との因果関係を争う余地もあります。

(2)救護義務違反(道路交通法72条1項前段)

 道路交通法72条1項前段は,救護義務を規定しています。同条の罰則は,同法117条1項,2項,117条の5第1号が規定しています。

 同罪は,救護すべきなのに救護しなかったという不作為で成立する犯罪です(いわゆる「真正不作為犯」といいます。)。

 本来同罪が想定している事案は,事故を起こしても車から降りずにそのまま走り去るという典型的な轢き逃げの事案です。本件では,少なくとも車から降り,被害者に謝罪しており,必ずしも同罪が想定している事案とはいえません。そもそも被害者に何ら傷害が生じていないのであれば,救護義務が成立しません。また,犯罪が成立するためには,構成要件事実の認識が必要と言われていますから,少なくとも,運転者には,人身事故の認識が必要です。この認識は確定的でなくとも未必的な認識(被害者が負傷したかもしれない)で足りると言われていますが,いずれにせよ,被害者が全く傷害を負っていないという認識であれば,故意がないのですから救護義務違反は成立しません。

 もっとも,事故により負傷を負ったかどうかについては,むち打ちなど専門家にとっても非常にわかりにくい傷害もあることから,被害者がその場で,ただ立って黙っていたような場合には,全く傷害を負っていないという認識があったとは認められません。

この点について,次のような裁判例の流れがあります。

札幌高等裁判所昭和37年7月17日判決

同判決は,「事故を起こし,車両の運転を中止した結果,負傷が軽微で社会通念上ことさらに運転者の助けをかりなくても負傷者において挙措身体に不自由をきたさず,年齢,健康状態等に照らし,受傷後の措置を自ら十分にとりうると認められるため,救護の必要がないと判断して格別の措置を取ることなく現場を立ち去ったときは,たとい後刻意想外の傷害があったことが判明しても道路交通法72条1項前段所定の救護義務違反の責めを問わるべきものではない。」と判断しています。正当な判断にも見えますが,運転者において,十分に確認することなく被害者が負傷していないと軽信したような場合にも,救護義務違反が認められないとするのは,著しく妥当性を欠きます。

最高裁判所昭和45年4月10日判決

同判決は,前記札幌高裁の判断が誤っていることを明示して,「車両等の運転者が,いわゆる人身事故を発生させたときは,直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり,この措置をとらずに,運転者自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである。」と判断しました。

 この最高裁の事案は次のとおりです。運転者は飲酒運転中に自らの車両を被害者の自転車と衝突してこれを転倒させたところ,運転者は,車両を停止させ,被疑者のところに行きました。そして,被害者に「大丈夫ですか」と声をかけたのに対して,被害者は,だまって睨みつけていたので,車を置いて徒歩で自宅まで逃げ帰った事案でした。

 このような事案のように安易に被害者が負傷していないと軽信した運転者に対して救護義務が発生しないことは妥当ではありませんから,最高裁判所の判断は妥当です。

 そして,救護義務が発生しない例外として,全く負傷していないことが明らかな場合や被害者が医師の診療を拒否したような場合をあげておりますが,運転者において,このような場合に被害者が全く負傷していないことを認識したとしても何ら不合理ではありませんせんから救護義務が発生しないといえるでしょう。

 本件では,運転者は,被害者に「大丈夫ですか。」と声をかけたのみならず,被害者は,「このとおり,大丈夫です。今後は気を付けてください。」といって体を自由に動かし始めたことから,被害者が全く負傷していないことが明らかな場合に該当する可能性があります。したがって,本件において,救護義務が発生していない可能性が十分にあります。

(3) 報告義務違反(道路交通法72条1項後段)

 交通事故(「車両等の交通による人の死傷または物の損壊」)を起こした運転者は,事故の態様などを警察に報告しなければなりません(道路交通法72条1項後段,罰則は,同法119条1項10号)。事故の程度により報告義務が免れることはありませんから交通事故があった場合はどんな小さな事故でも報告する義務があります。この報告義務を課す趣旨は,「警察署をして,速に,交通事故の発生を知り,被害者の救護,交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ,以つて道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図る」(最高裁判所昭和37年5月2日判決)ことであるため,交通の安全についてなんらの危険が生じないような場合には,報告義務は発生しないとも考えられます。もっとも,交通の安全に対する危険がないという判断は,非常に難しいため,基本的にどのような事故に対しても報告義務が課せられています(なお、道路交通法は道路における交通事故についての法律ですから道路ではない場所での事故については報告義務はありません)。

 最高裁も,負傷者が救助され,交通秩序も回復され,道路上の危険も存在しないため,警察官において,それ以上の措置を取る必要がないように思われる場合でも報告義務は発生すると判断しております(最高裁昭和48年3月15日判決参照)。

 本件では,事故を起こした以上,報告義務が発生していますので,報告義務違反が認められる可能性が高いといえます。


2 刑事手続

 刑事手続においては,上記の自動車運転過失傷害罪に加え,道路交通法違反として救護義務違反や報告義務違反が加えられて捜査が及びます。そして,情状が悪いと起訴され,罰金刑や最悪懲役刑という前科がついてしまいます。

 これらの刑事手続に対しては,なによりも被害者と示談を成立させることが重要です。刑事手続において中心となる罪は,自動車運転過失傷害罪であるため,同罪の被害者と示談が成立し,被害者の許しを得れば,救護義務違反や報告義務違反についても刑事手続においては不起訴となる可能性が高くなります。

 本件では,接触事故自体は争わないとすれば,被害者との示談は不可欠となります。接触事故を認めることと救護義務違反行為を争うことは別の問題となりますので,矛盾した行動ともいえません。


3 行政手続

 事故を起こした場合,運転免許停止や取消処分がされることが想定されます。これは,刑事手続とは別個の手続ですが,多くの場合,刑事手続について起訴不起訴の判断がなされた後に行政処分がなされることが多いです。

 行政手続においては,被害者の負傷、報告義務違反もさることながら(事故原因についての基礎点数最低2点,被害者の負傷による付加点数最低2点、報告義務違反付加点数5点合計最低9点)、救護義務違反行為の有無が重要となります。人身事故の場合、不注意の程度と負傷の程度に応じて事故点数が付加されますが、全治15日未満の軽傷事故の違反点は事故が専ら違反者の不注意によるものであっても,付加点数は3点にとどまります。これに対し,救護義務違反が認められる場合には,更に35点付加されますからそれだけで,運転免許取消処分の欠格期間が少なくとも3年間となります。本件では,被害者の方が、大丈夫と言っていたということですから、救護を拒否したとして救護義務違反行為の有無を争うことができます。

 行政処分の手続としては,処分の前に,どのような処分をするのかということが告知された後,意見聴取の機会があります。本件では,仮に救護義務違反も加えられているようであれば,その点について意見聴取の機会に出席して争っていく必要があります。

 仮に,処分がされたとしても異議申立や取消訴訟の提起があります。

 本件においては,救護義務違反行為は争っていく事案だと思われます。争っていくとしても,証拠が必要となりますが,警察は,捜査資料を基本的には,開示してくれません(刑事手続で起訴された場合には,検察官が提出する証拠は閲覧することができます。)。そこで,証拠を集めていく必要があります。考えられる証拠収集手段としては,相談者自身の供述のうち,法的に意味のある部分を整理してまとめた供述調書を作成,それをもとに,主張を組み立てていくことになります。また,刑事手続が不起訴となった場合でも,実況見分調書といった客観的に明らかな書面は,弁護士に依頼すれば,弁護士会照会を利用することにより写しを入手することができます。これらの証拠を入手したのちに,具体的な事故後の様子から,救護義務違反が成立しないことを主張していくべきでしょう。


4 専門家の関与

 以上から,交通事故に関しては,刑事手続でなく,行政手続についても非常に重要な処分がされます。そして,各処分についてどのような手段を取るべきかについては異なってくる場合があります。交通事故を起こしてしまった際に,少しでも疑問が生じたり,言い分があれば,弁護士にご相談されることをお勧めします。

<参考条文>
刑法211条2項
自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

道路交通法72条1項
交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。

道路交通法117条
1項 車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2項 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

道路交通法117条の5
次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
1号 第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反した者(第百十七条の規定に該当する者を除く。)

道路交通法119条
次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
10号 第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項後段に規定する報告をしなかつた者

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