刑事手続で不起訴となった場合、交通事故による免許取消・免許停止の行政処分への影響
行政|救護義務違反|道路交通法違反|行政処分|京都地裁平成22年9月7日判決
質問
私は,先日運転中の車を人に衝突させて怪我を負わせ,更に被害者を救護しなかったということで(自動車運転過失致死傷罪および道路交通法72条救護義務違反容疑),警察や検察庁に呼ばれましたが,嫌疑不十分を理由に不起訴処分となりました。しかし,その後に,公安委員会において,同様の事実で免許取消し処分を受けました。刑事では不起訴となったにもかかわらず行政処分を下されることに納得がいきません。行政処分を取消すことは出来ないのでしょうか。
回答
1 免許取消し処分は,基本的には,公安委員会に対する異議申立て手続で不服を申し立てることができ,不服が認められれば,免許取消処分が取り消されることになります。
2 ご相談の件では,刑事手続において,嫌疑不十分を理由に不起訴処分となっていますので,行政手続でも処分の前提となる事実が認められないとして,異議申立てが認められる可能性があります。可能性がありますと申し上げた理由は、行政処分の公安員会の判断と、刑事事件についての検察官や裁判官の判断が異なる場合もあるからです。一見、矛盾のように思われますが、刑事事件の担当官の判断は当該刑事事件にしか及びませんし、他の行政処分の担当官、さらに民事事件の裁判官を当然に拘束するものではないからです。これは、各法的手続きが異なり証拠収集手続きも異なる以上各機関担当官の判断は相対効を有すると考えられるからです。
3 尚、交通事故点数制度では、救護義務違反、ひき逃げは、特定違反行為で35点(平成21年6月10日から、尚当て逃げは5点)、安全運転義務違反2点、人身事故付加点で3点以上(全治3ヶ月以上、後遺症で最高13点)です。合計15点から50点の可能性があります。救護義務違反が嫌疑不十分、行政処分がなされなくても、安全運転義務違反、人身事故付加点数で最高15点になる場合があり、1年の免許取消、又は、停止の可能性があります。
4 運転免許に関する事例としては,1994番,1781番,1675番,1579番,1462番,1412番,1303番,1115番,1085番,1079番参照。
5 道路交通法違反に関する関連事例集参照。
解説
1 不起訴処分の種類
刑事事件の被疑者を起訴するか否かの判断は,検察官が行います。そして,実務上,検察官が不起訴とする場合の理由は,「起訴猶予」,「嫌疑不十分」,「嫌疑なし」等があります。
このうち,「起訴猶予」とは,被疑事実は明白な場合に,被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときに不起訴とするものです(刑事訴訟法248条)。これに対し,被疑事実につき犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分なときは「嫌疑不十分」,被疑事実につき被疑者が犯人でないことが明白なとき又は犯罪の成否を認定すべき証拠がないことが明白なときは「嫌疑なし」との理由で不起訴とします。
2 不服申立ての手続
(1) 公安委員会が下した停止処分や取消処分に関する決定について不服がある場合には,①公安委員会に対する異議申立て(行政不服審査法第1条第2項)
②処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法第8条等参照)
の手段が考えられます。
公安委員会に対する異議申立ては,処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に行う必要があるので,注意が必要です。
処分取り消しの訴えは,異議申立てを行ったか否かにかかわらず,処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内であれば,裁判所に取消しの訴えを提起できます。
(2) 2つの手続は,判断権者が公安委員会なのか裁判所なのかという点が最も大きな違いと言えます。つまり,異議申立ての場合は,処分をなした公安委員会が再度処分の適法性について判断することになるという点では,不服が認められる可能性は低いといえます。
もっとも,双方の手続は,二者択一の関係ではなく,また,異議申立て手続は簡便で迅速に手続が進むというメリットがあるため,基本的には,まずは公安委員会に異議申立てをすべきと言えるでしょう。
3 刑事手続と行政手続
(1) 問題の所在
本件のように一つの行為について,刑事処分と行政処分の双方がなされる可能性がある場合,刑事手続と行政手続が並行して行われることになります。このような場合,刑事処分と行政処分が一致しなければならないのでしょうか。刑事処分と行政処分で矛盾した判断をすることが許されるのかが問題となります。
一般的には、刑事処分と行政処分はその目的が異なることから同一の結論となる必要はないとされています。刑事処分は、犯罪を犯した人に対して刑罰を科すことにより、被害者の応報感情を納得させることや、一般予防を果たすという目的を以っており、その適用は厳格性を要求されます。これに対して行政処分の場合は、行政的な目的からの処分ですからより柔軟な対応が求められます。このように、両者の目的が異なることから、その処分にも差が生じることになります。しかし、刑事処分と行政処分について規定する法律が同一の場合、両者の要件が同一となり、刑事事件について法律違反が無く無罪とされた場合、行政処分を定める法律にも違反していないとされるのではないか、具体的に検討する必要があります。
(2) 裁判例の検討
この点について,判示したものとして,京都地裁平成22年9月7日判決があります。同裁判例では,救護義務違反の有無が問題となり,刑事手続においては,第一審で救護義務違反の事実は認められないとして,無罪判決がなされ,検察官が控訴しなかったため無罪が確定したのですが、その後運転免許取り消しの処分をうけたという事案でした。そこで、行政処分の取り消しを求めた裁判で、当該無罪判決の判断が行政処分にも影響するか否かが一つの争点となりました。
ア 被告(処分者側)の主張
同裁判例において,被告(処分者側)は,「道交法に基づく運転免許の取消処分は,将来における道路交通の危険を防止し,交通の安全と円滑を図るために,危険性のある者を道路交通の場から排除する目的に照らし,迅速性を必要とし,多数の対象を短期間に処理しなければならない運転免許行政事務の性質からして,処分対象の客観的,形式的,外観的状態を重視して処分を決定する点で,処分対象の主観的,実質的,内面的証拠の詳細を重視する刑事裁判と大きな差異がある上,刑事訴訟では,刑罰権の行使という人権に関わる問題に関し,犯罪事実を認定するために必要な心証として合理的な疑いを超える程度の確信が必要とされるのに対し,行政事件訴訟を含む民事訴訟においては反対の可能性が全くないという絶対的確信である必要はなく,当該事実が存在する高度の蓋然性を有するという程度の心証で足りるとし,本件では,原告が人身傷害又はその可能性を認識していた事実が高度の蓋然性をもって認められる旨主張」し,行政手続と刑事手続は,異なる判断が許されるため,無罪判決が出たとしても,行政処分においては,刑事手続で認められなかった事実を前提とした処分ができるとの主張を展開しました。
イ 裁判所の判断
裁判所は,上述の被告の主張について,「上記のような行政処分と刑事裁判との差異は,そのいずれかの結果が他の一方の結果に影響を及ぼすものではないことを導き得るものではあるが,道交法117条の罰則の構成要件となる同法72条前段と同じ要件を運転免許取消処分の1つの要件としている以上,その意味は同じであるというほかないし,刑事訴訟と民事訴訟とで事実認定に要求される心証の程度が上記のように異なるとしても,上記で認定,説示したところによれば,原告が人身傷害又はその可能性を認識していた事実が高度の蓋然性をもって認められるとはいえない。」と判示し,結論として,免許取消処分を違法としました。
すなわち,確かに,行政手続と刑事手続のいずれかの結果が,他の一方の結果に影響を及ぼすものではないが,行政手続と刑事手続において,救護義務違反の有無という同一の事実が問題となっていることを前提として,裁判所の認定によれば,刑事裁判と同様の判断となるということを判示したのです。
ウ 検討(私見)
以上に示した判決部分のみからでは,刑事手続の結果が行政手続の結果に直ちに影響するとの判断をしたと読み取ることはできません。しかし,同裁判例において,(上記では引用していませんが,)裁判所は,第一審において無罪判決となったこと,検察官が控訴をしなかったことを救護義務違反の有無を判断する際の一事情としました。とすれば,同裁判所は,刑事手続の結果を事実上考慮して行政処分の違法性について判断したといえ,刑事手続の結果が行政手続に事実上影響することを示したものといえるでしょう。
しかし,ここで気をつけなければならないのは,裁判例では,行政手続と刑事手続で同一の事実が問題となっていたこと,また,裁判例は,刑事手続の結果のみをもって事実を認定したのではなく,その他の事情をすべて考慮したうえで,結果として刑事手続の結果と同様の結論に達したということです。したがって,刑事手続で無罪判決が出された場合に,行政処分がすべて違法になるわけではないことには注意が必要です。
行政手続と刑事手続の判断権者が異なることから,異なる判断となることも理論上は,ありえますが,同一の事実が問題となっている以上,他方の手続きの結果を十分に尊重して判断すべきであることは当然であり,上記裁判例の判断は妥当なものであるといえます。
3 本件の検討
(1) 本件において,処分の日から未だ60日が経過していなかった場合には,まずは公安員会に異議申立ての手続をとるべきと言えます。
(2) そして,異議申立ての手続において,刑事手続では不起訴処分になったということを主張していくことになると思いますが,本件において,まず,刑事手続と行政手続で同一の事実が問題となっているのか,検討する必要があります。
本件の刑事手続においては,①「自動車の運転上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者」として自動車運転過失傷害罪(刑法211条2項),②「車両等・・・の運転者が,当該車両等の交通による人の死傷があった場合において,」救護義務を怠った者として救護義務違反(道路交通法117条1項),及び,③「車両等・・・の運転者が,当該車両等の交通による人の死傷があった場合において,」その「人の死傷が当該運転者の運転に起因するものである」として軽傷事故(同条2項)について捜査が行われていたと考えられます。
そして,行政処分において免許取消処分が行われたことから,その処分の根拠条文は道路交通法103条2項第4号であると考えられるところ,同条は,同法117条1項または2項の違反行為を前提としています。
以上より,本件では,刑事手続と行政手続で117条1項または同条2項の事実という同一の事実の有無が問題となっているといえます。
とすれば,上述の裁判例を参考にすれば,刑事手続の結果を尊重して行政処分がなされるべきと言えるでしょう。
(3) もっとも,本件では,上記裁判例とは異なり,刑事手続において,無罪判決が出たわけではなく,不起訴処分となったのみであるため,刑事手続の行政手続に及ぼす影響の度合いは無罪判決と比べて低いとも思えます。
しかし,本件の不起訴処分は嫌疑不十分を理由とする不起訴処分であり,検察官が,被疑事実につき犯罪の成立を認定すべき証拠が十分でないと判断しているのです。とすれば,検察官は,起訴しても無罪になると判断したのであり,その判断は十分尊重すべきといえます。
(4) このことから,本件では,刑事手続で嫌疑不十分を理由として不起訴処分となった以上,行政処分が違法となる可能性は高いといえます。しかし,行政処分の判断権者も行政手続に上程された資料をもとに独自に事実認定をなすため,不起訴処分の事実のみをもって,免許取消処分が違法となるとは言えません。事実認定の資料として実況見分調書などの刑事記録を証拠として提出することが必要となるでしょう。このような証拠については,弁護士であれば,弁護士会照会という手続を使って一定程度取寄せることが出来ます。また,刑事記録の証拠についての評価は専門的な判断が必要となりますので,お近くの法律事務所にご相談に行かれることをお勧めします。
以上
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参考条文
判例