新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.499、2006/10/17 18:24 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

[刑事・弁護人]
質問:会社員ですが、不注意から横断歩道を渡っていた中学生を轢いて怪我をさせてしまいました。怖くなってそのまま放置して逃げてしまったのですが、目撃者がいてその後逮捕されました。怪我の程度は全治3週間ほどでした。私はどのような刑になるでしょうか。教えてください。弁護士に依頼したほうがよいでしょうか。

回答:
1、成立する罪について
(1)、まず、車の運転中に人を轢いて怪我をさせたことについて、業務上過失傷害罪(刑法211条1項前段)が成立します。業務上過失障害罪とは、「業務」上必要な注意を怠り、そのことによって傷害を生じさせた場合に成立する罪です。ここでいう「業務」とは、職業や営業である必要はなく、人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行なう行為であって、かつ、他人の生命・身体に対する危険性を包含するものをいいます。ですので、車の運転をする行為は「業務」にあたり、運転により人に怪我をさせた場合にも、同罪が成立します。業務上過失障害罪の刑は、5年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金です。なお、運転時の過失の態様・程度がはなはだしい場合(飲酒酩酊による不注意の場合など)には、重過失傷害罪(刑法211条1項後段)が成立する可能性もあります。この場合、科されうる刑の範囲は上述した業務上過失傷害罪とかわりませんが、実際に科される刑が重くなります。尚、飲酒等により危険運転の場合は、危険運転致傷罪に該当することになります。【当事務所事例集NO383号参照】。
(2)、次に、轢いた後に被害者の救護・警察署等への報告をせずに逃走した点について、道路交通法違反(救護義務違反72条1項前段・報告義務違反72条1項後段)が成立します。交通事故があった場合、車の運転者やその同乗者(以下、運転者らといいます)には、運転を停止し、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じる義務が課されています(道路交通法72条1項前段、以下道交法とします)。また、警察官・最寄の警察署に交通事故が発生した日時および場所、当該交通事故における死傷者の数、負傷者の負傷不詳の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故にかかる車両等の積載物並びに事故について講じた措置を報告する義務も課されています(道交法72条1項後段)。ですので、ひき逃げをして、負傷者の救護など必要な措置をせず、警察署への報告を怠った点で、救護義務違反・報告義務違反が成立することになります。救護義務違反の刑は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金です(道交法117条)。報告義務違反の刑は、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金とされています(道交法119条1項10号)。
(3)、以上3つの罪については、別個の罪ですので併合罪となります(刑法45条)。併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の数罪のことを言い、刑の加算方法については刑法上定めが置かれています(刑法46条〜53条)。本件のようなひき逃げ事件の場合、懲役刑の場合には、最大で7年6月となりますし(刑法47条)、罰金と他の刑とは併科されることになります(刑法48条)。
(4)、この範囲で実際にどのような刑が科されるかは、運転時の過失の態様・程度(居眠り、わき見によるものか、など)、傷害結果(本件では、全治3週間ほど)、被害者側の過失の有無・程度(歩行者側の横断歩道信号が赤だったか、など)、被害者に対する被告人の対応(治療費や慰謝料の支払いをなしているか、など)、被害者側の処罰感情(示談が成立しているか、など)の諸般の事情を考慮して決定されます。このような諸般の事情を考慮した結果、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金であれば、執行猶予となることもあります(刑法25条1項)。
2、今後の手続きについて
(1)、本件では既に逮捕されていますので、逮捕後の手続きについて簡単にご説明致します。まず、逮捕から48時間以内に、検察に送致されます(刑訴法203条1項)。その後、検察官は、留置の必要があると思料する場合には24時間以内に裁判官に対して勾留請求をします(205条1項)。勾留請求された場合には、裁判官による勾留質問によって勾留の有無が決定されます(刑訴法207条1項・60条)。勾留決定がされるのは、罪を犯したと疑われることに加えて、定住先がない場合や罪証隠滅・逃亡のおそれがある場合です(刑訴法60条1項)。この勾留期間は通常10日間+勾留延長による10日間と考えられます。逮捕から最長合計23日間の間に、警察官による取調べ、検察官による取調べをうけ、調書が作成される事になります。
(2)、この23日間が経過すると、検察官により、@地方裁判所に公判請求(刑訴法247条)、A簡易裁判所に略式請求(刑訴法461条)、B不起訴処分(刑訴法248条)のいずれかがなされることになります。これらのうちいずれがなされるかは、検察官の裁量によります(起訴便宜主義・刑訴法248条)。一般的には、被害者の怪我の程度、示談の成否、被害者の処罰感情などを考慮して@〜Bのいずれかを決定することになります。
@公判請求された場合には、期日に裁判所に出頭し、裁判官の面前で主張、証拠調べがなされ、判決によって有罪無罪・量刑が言い渡されることになります。
A略式請求をする場合には、検察官は予め被疑者に対して、略式手続きは書面審理でなされること、100万円以下の罰金または科料についての手続きであること、通常の審理(上述@)を選択できること、を告げなくてはなりません(刑訴法461条の2、461条)。略式手続きについて被疑者に異議がある場合には、その旨を検察官に告げ、通常の手続き(上述@)によって裁判を受けることが出来ます。異議がない場合には、略式命令によって有罪無罪・量刑が決定します。
B犯罪が軽微であったり、被疑者の年齢・性格などから起訴が不要であると検察官が判断した場合には、不起訴処分とされることがあります。
本件の場合、3週間の怪我は被害程度として見過ごせませんし、報告義務違反も社会に対する罪の面もありますから、起訴前になんらの弁護活動もなく、被害者への謝罪、被害填補、再度犯罪を犯さないという誓約(家族の身元引き受け、誓約書)がなければ通常起訴されると思います。
3、手続き中の被疑者・被告人の権利
一連の手続きにおいては、被疑者(起訴後は被告人といいます)には各種の権利が保障されています。まず、被疑者・被告人には弁護人選任権があります(被疑者;刑訴法30条、被告人;憲法37条3項・刑訴法30条、選任方法については後述します)。被疑者・被告人は自己の権利を守り、裁判に関する準備をするために弁護人と立会人なくして接見することができます(接見交通権・刑訴法39条1項)。また、逮捕以降の取り調べや公判において、黙秘権が保障されています(憲法38条1項、刑訴法291条2項)。
4、弁護人選任について
(1)、上述した権利を守り、裁判に備えて十分な準備をするには、身柄を拘束されている状態では限界があります。また、仮に身柄拘束されていない状態であっても、法律の専門家である検察官と対等に戦うのは、ご自身だけでは困難です。ですので、できれば弁護人を選任することをお勧めいたします。
(2)、まず、自分で適切な弁護人を探して選任する方法があります。しかし、自ら弁護人を選任することが困難な場合もありますので、そのような被疑者・被告人の弁護人選任権を保障するため、当番弁護・国選弁護の制度が設けられています。
(3)、当番弁護とは、各都道府県の弁護士会に依頼することで、第1回の接見を無料で受けることが出来る制度です。当番弁護をつけてもらいたいのであれば、逮捕後に警察官にその旨を伝えて弁護士会に連絡してもらったり、検察官に送致される場合の裁判官による勾留質問(刑訴法207条・60条1項)の際に裁判官にその旨伝え裁判所書記官から弁護士会を通じて選任するなどの手段をとることが出来ます。なお、従来は被疑者段階の国選弁護人の制度はなかったのですが、今回法律が改正され、特定の重大な事件に限定されますが被疑者も国選弁護人の選任を希望することもできます。詳しくは当ホームページ467を参考にしてください。また、もちろん自分で費用を負担して弁護人を選任することもできます。
(4)、被告人は(被疑者は起訴後、被告人とよばれます)、国選弁護人を選任することができます(憲法37条3項)。国選弁護人については、選任の時点では被告人が費用を負担する必要はありません(裁判が終わって裁判所からその費用の負担を命じられることはあります)。公訴が提起された場合には、裁判所が被告人に弁護人権の告知をしなくてはならない事になっていますので(刑訴法272条1項)、その際に国選弁護人を選任したい旨を伝えればよいでしょう。なお、今回の法改正で必要的弁護事件を除いて資力申告書を提出ことになりました(刑訴法36条の2,3)。なお、勾留されている被告人が保釈の申請を望む場合は、実際上は私選の弁護人が必要とされると思われます。国選の弁護人は、貧困など経済的な理由により選任されるわけですから、保釈保証金を用意できる人は経済的に余裕があるとの理由で私選弁護人を選任の上で、保釈の手続きをとることを求められるからです。
(5)、公判起訴前に限らず、本件の弁護活動のポイントは、被害者への謝罪そして損害填補です。今回はひき逃げですから、被害者がかなり感情的になっている場合があり、被害感情も大きいと思います。弁護人に直接謝罪に行ってもらうことが必要です。勾留されていますので、自ら謝罪は出来ませんから謝罪文を作成し、弁護人を通じて被害者側に交付してもらうことも必要です。車には保険が入っていると考えられますから、弁護人を通じ保険会社の担当者と早急に相談して被害の弁償の提示をしなければなりません。相手方が感情的になり損害金を受け取ってもらえない場合は、弁護人と相談して供託、贖罪寄付等の手続きも考えなければなりません。以上の経過を早急に裁判所に証拠として提出することになります。
5、まとめ
以上一般的な手続きについて述べましたが、実際にどのような刑が科されるかは様々な事情を考慮して裁判所が決定することですので、本来であれば具体的な期間や金額を明示することはできませんが、予想できる一般的な見解としては、求刑は懲役2年前後、弁護活動を十分に行って判決は懲役1年前後、執行猶予2−3年となる可能性はあるでしょう。こちらに有利な事情を出来る限り裁判所に分かってもらうためには、弁護人を選任し、ご相談になることをお勧め致します。

≪参考条文≫

刑法
第二十五条  次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
第四十五条  確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。
第四十六条  併合罪のうちの一個の罪について死刑に処するときは、他の刑を科さない。ただし、没収は、この限りでない。
2  併合罪のうちの一個の罪について無期の懲役又は禁錮に処するときも、他の刑を科さない。ただし、罰金、科料及び没収は、この限りでない。
第四十七条  併合罪のうちの二個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。
第四十八条  罰金と他の刑とは、併科する。ただし、第四十六条第一項の場合は、この限りでない。
2  併合罪のうちの二個以上の罪について罰金に処するときは、それぞれの罪について定めた罰金の多額の合計以下で処断する。
第四十九条  併合罪のうちの重い罪について没収を科さない場合であっても、他の罪について没収の事由があるときは、これを付加することができる。
2  二個以上の没収は、併科する。
第五十条  併合罪のうちに既に確定裁判を経た罪とまだ確定裁判を経ていない罪とがあるときは、確定裁判を経ていない罪について更に処断する。
第五十一条  併合罪について二個以上の裁判があったときは、その刑を併せて執行する。ただし、死刑を執行すべきときは、没収を除き、他の刑を執行せず、無期の懲役又は禁錮を執行すべきときは、罰金、科料及び没収を除き、他の刑を執行しない。
2  前項の場合における有期の懲役又は禁錮の執行は、その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを超えることができない。
第五十二条  併合罪について処断された者がその一部の罪につき大赦を受けたときは、他の罪について改めて刑を定める。
第五十三条  拘留又は科料と他の刑とは、併科する。ただし、第四十六条の場合は、この限りでない。
2  二個以上の拘留又は科料は、併科する。
第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

刑事訴訟法
第三十条  被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。
2  被告人又は被疑者の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる。
第三十九条  身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
第六十条  裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一  被告人が定まつた住居を有しないとき。
二  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三  被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
2  勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。
3  三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。
第二百三条  司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
第二百五条  検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
第二百七条  前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
第二百七十二条  裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく被告人に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を知らせなければならない。但し、被告人に弁護人があるときは、この限りでない。
第二百九十一条  検察官は、まず、起訴状を朗読しなければならない。
2  裁判長は、起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えなければならない。
第四百六十一条  簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。
第四百六十二条  略式命令の請求は、公訴の提起と同時に、書面でこれをしなければならない。
2  前項の書面には、前条第二項の書面を添附しなければならない。

憲法
第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2  刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3  刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
第三十八条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2  強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3  何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

道路交通法
第七十二条  車両等の交通による人の死傷又は物の損壊(以下「交通事故」という。)があつたときは、当該車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。
第百十七条  車両等(軽車両を除く。以下この条において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第百十九条  次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
十  第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項後段に規定する報告をしなかつた者

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