新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1486、2014/01/31 00:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続 相続前の特別受益の計算方法 不動産概算の場合の遺産分割手続き 持ち戻しの範囲 現金を生前に贈与された場合の金銭価値評価時期 最高裁昭和51年3月18日判決 】

質問:先日,父が亡くなりました。相続人は,母と私と弟の3人です。父の遺産は,父が母と共に居住していた土地家屋のみです。もっとも,父は,生前,私に対し,現金600万円を贈与しています。なお,遺言書はありません。
遺産分割において,母のことは私が面倒を見るということで,土地家屋は売却し,売却金を相続分に従って分けようという話になりました。法定相続分について母が1/2,自分が1/4,弟が1/4ということを聞いたので,不動産業者に査定してもらったところ1200万円では売却できるだろうということでした。そこで、私は売却金1200万円のうち300万円は取り分があると考えていたところ,弟が,私は数年前に父から現金600万円の贈与を受けているのだから売却金1200万円について取り分などない,それどころか多く貰い過ぎているのだから,母に100万円,自分に50万円を渡すべきだと言ってきました。

私の考えと弟の考え,どちらが正しいのでしょうか。また、売却の手続きはどのようにすればよいのでしょうか。



回答:

1 問題点として@生前に贈与された600万円について弟さんの主張するように遺産分割に影響するのか、この点について解決したとしてA売却するにはどうしたら良いのか、という2点があります。

2 @については、生前贈与600万円は特別受益として相続財産に持ち戻して計算する必要があります。持ち戻す金額は相続発生時の評価を基準としますので何時生前贈与があったのか明らかにする必要があります。仮に600万円の評価とすれば相続財産は持ち戻される600万円と土地家屋の評価額1200万円となります。そして、お母様には800万円,弟さんには400万円の取り分があります。あなたの取り分は400万円ですが、生前贈与された金額より取り分は少ないので今回の相続において取り分はありません。しかし,あなたがお母様や弟さんに400万円を超える200万円について金銭を渡さなければならないということもありません(民法903条1項,2項参照)。

3 具体的な分割方法ですが、上記のように生前贈与を特別受益とすること、不動産の評価額に争いがなければ、不動産の3分の2をお母様が、3分の1を弟さんが相続することの遺産分割協議書を作成し、それに従った相続の登記をしてお母様と弟さんとで売却の手続きをするのが通常の売却方法です。

4 関連事例集 809番1190番1176番917番578番529番126番110番25番731番参照。

解説:

1 法定相続分

まず、法定相続分について理解しておく必要があります。被相続人の子と配偶者は,同順位で相続人となります(民法887条,890条)。なお,子(又はその代襲者)がいなければ被相続人の直系尊属(実父,実母等)が相続人となり)同法889条1項1号),それもいなければ被相続人の兄弟姉妹(又はそれらの子)が相続人となります(同条1項2号,同条2項)。そして,子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とされ(民法900条1号),子が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとされます(同条4号本文)。
本件の場合,法定相続分は,お母様が1/2,あなたが1/4,弟さんが1/4となります。

2 特別受益

(1) 「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」(特別受益者)があるときは,「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし」(特別受益の持戻し),「法定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分と」します(民法903条1項)。この趣旨は,相続分の前渡しとしての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより,共同相続人相互の衡平を維持することにあります(最判昭51.3.18参照)。
 持ち戻した分は相続財産として計算し、分割協議においてはあるものとして計算しますが、計算後「遺贈又は贈与の価額が,相続分の価額に等しく,又はこれを超えるときは,受遺者又は受贈者は,その相続分を受けることはでき」ません(同条2項)。相続分を受け取ることはできない、と規定しているだけですから遺贈又は贈与の価額が相続分の価額を超えるときであっても,受遺者又は受贈者はその超えた額をはき出す(返却する)ことまでは要求されない,とされています。
 その理由ですが、遺産相続の基本的考え方は私有財産制(憲法法29条)にその根拠が求められます。すなわち、遺言自由・遺言優先の原則です。自らの財産を生前自由に処分できるように、死後においてもその処分は所有者の意思求められるのです。そうであれば、贈与という形で、相続前に被相続人が財産処分を行った以上その最初の被相続人の意思を尊重しなければならず、贈与の一部でも返還することを求めることは生前中における被相続人の明確な意思表示を無視することになり財産処分の自由を制限することになるからです。持ち戻しは相続人間の公平を図るためのものですが被相続人の生前の明確な財産処分の意思表示に優先することはありません。

(2) なお,特別受益に当たる生前「贈与の価額は,受贈者の行為によって,その目的である財産が滅失し,又はその価格の増減があったときであっても,相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定め」ます(民法904条)。そして,その財産は,相続開始時の価値で評価すると解されています。
 このことは,贈与されたものが不動産である場合に限らず,金銭である場合も同様です。すなわち,「被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に,右贈与財産が金銭であるときは,その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価」されます(最判昭51.3.18)。
 もし贈与されなければ、その財産は通常相続時まで現存し、相続人が遺産として持分に従い相続することができたわけですから相続時を基準にして時価評価することになります。

(3)特別受益として持ち戻されるのは、「すべての遺贈」と「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与」ですから、600万円の生前贈与がこれに当たるか検討が必要です。特別受益として持ち戻しが必要とされるのは、相続人の公平を図るためであり、本来は相続において相続財産として遺産分割の対象となるべきであった財産について持ち戻して計算しようということですから、生前贈与のうち遺産の前渡しと認められる贈与に限定されます。通常の小遣いや、生活の扶助のための費用、儀礼的なお祝金等は該当しません。とはいえ、被相続人や相続人の生活状況、資産状況をもとに、ある程度まとまった金額となると遺産の前渡しとなると考えて良いでしょう。結局は名目いかんではなく金額によって決まることになりますが、600万円という金額は特別受益となるものと考えられます。

3 本件について

(1) まず,特別受益の持戻しをすると,相続財産は,
1200万円+600万円=1800万円
となります。

 なお、不動産の評価について争いがある場合は、遺産分割について家庭裁判所に調停を申し立てる必要があります。家庭裁判所の調停では、当事者の意見を聞き評価について合意ができるよう調停が行われますが、それでも了解が得られない場合は審判で不動産鑑定をして不動産の価値を決定します。

(2) この1800万円に,お母様,あなた,弟さん,それぞれの法定相続分を掛ける,
お母様 1800万円×1/2=900万円
あなた 1800万円×1/4=450万円
弟さん 1800万円×1/4=450万円
となります。

(3) あなたについては,上記450万円より生前贈与600万円の方が額が大きいので,今回の相続における取り分は0円ということになります(前記2(1)参照)。

(4) あなたの取り分が0円であることを前提にしたお母様と弟さんの相続分を,分配可能な遺産の額に掛けると,
お母様 1200万円×900万円/1350円万=800万円
弟さん 1200万円×450万円/1350円万=400万円
となります。

(5) 以上より,今回の相続における取り分は,
お母様 800万円
あなた    0円
弟さん 400万円
となります。

(6)上記の点について相続人全員が了解できるのであれば、上記取り分に従って不動産の3分の2をお母様が、3分の1を弟さんが相続する旨の遺産分割協議書を作成し、その旨の不動産相続登記をします(遺産分割協議書を作成し相続人全員が実印を押捺しそれぞれの印鑑証明書を添付すれば後は不動産登記申請書を作成して登記が申請できます)。
登記が完了すれば、不動産の売却が可能となりますから買主が決まっていなければ不動産仲介業者に販売の仲介を依頼して売却することができます。

≪参照条文≫
民法
(子及びその代襲者等の相続権)
第887条 被相続人の子は,相続人となる。
2 被相続人の子が,相続の開始以前に死亡したとき,又は第891条の規定に該当し,若しくは廃除によって,その相続権を失ったときは,その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし,被相続人の直系卑属でない者は,この限りでない。
3 前項の規定は,代襲者が,相続の開始以前に死亡し,又は第891条の規定に該当し,若しくは廃除によって,その代襲相続権を失った場合について準用する。
第888条 削除〔昭和37年3月法律40号〕
(直系尊属及び兄弟姉妹の相続権)
第889条 次に掲げる者は,第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には,次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。
一 被相続人の直系尊属。ただし,親等の異なる者の間では,その近い者を先にする。
二 被相続人の兄弟姉妹
2 第887条第2項の規定は,前項第2号の場合について準用する。
(配偶者の相続権)
第890条 被相続人の配偶者は,常に相続人となる。この場合において,第887条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは,その者と同順位とする。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,3分の2とし,直系尊属の相続分は,3分の1とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,4分の3とし,兄弟姉妹の相続分は,4分の1とする。
四 子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が,相続分の価額に等しく,又はこれを超えるときは,受遺者又は受贈者は,その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは,その意思表示は,遺留分に関する規定に違反しない範囲内で,その効力を有する。
第904条 前条に規定する贈与の価額は,受贈者の行為によって,その目的である財産が滅失し,又はその価格の増減があったときであっても,相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。

≪参照判例≫
最高裁昭和51年3月18日判決
被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に,右贈与財産が金銭であるときは,その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが,相当である。けだし,このように解しなければ,遺留分の算定にあたり,相続分の前渡としての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより,共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨を没却することとなるばかりでなく,かつ,右のように解しても,取引における一般的な支払手段としての金銭の性質,機能を損う結果をもたらすものではないからである。これと同旨の見解に立つて,贈与された金銭の額を物価指数に従つて相続開始の時の貨幣価値に換算すべきものとした原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。


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