新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.809、2008/11/6 17:45 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事・遺産・寄与分・特別受益・被相続人の土地に相続人が無償で建物を建てた場合・土地登記移転】 

質問:父が11年前に土地と預金を残して死亡しました。遺言はありませんでした。相続人は私と弟で、弟も健在です。父の生前から、私の家族と父が同居していたので、父の亡くなる5年前に、父の承諾のもと、父名義の土地の上に私の名前で建物を建て、その後も父の面倒を見ていました。その際、建物の頭金として、500万円を父からもらっています。弟は、成人したころにはすでに実家を出ていて連絡が途絶えていたので、土地の名義も移転できないまま、固定資産税だけ私の方で支払いを行い、預金もそのままになっていましたが、最近になって、遺産の分割を要求してきました。現在土地の価値としては3000万円くらいのようですが、相続したころは5000万円くらいの価値があったようです。また、父の残した預金は利子がついて、現在1000万円になっています。私が土地の登記を全て移転するには、どのような手続きが必要でしょうか。また、弟にいくらか渡さなければならないとして、いくらくらい渡す必要があるでしょうか。

回答:
1.土地の登記を全てあなたの名義に移すためには、判決をもらう以外は、弟の実印のある遺産分割協議書、相続分譲渡証明書、あるいは相続分がないことの証明書などに加えて印鑑証明が必要になるので、弟の協力が不可欠です。もちろん、弟が無償ということでかまわないということであれば、金銭を支払う必要はありませんが、現実的には、代償金などの名目でいくらかの金員を支払うことになるでしょう。
2.その金額がいくらかについては、ご事情により異なります。当事者同士の話し合いで解決できない場合には、調停・審判により決まることになります。調停、審判を想定しても具体的にいくらになるというのが一律にいえる訳ではありませんが、裁判所で、金額を決定するにあたり考慮される要素や一般的な傾向について、伺ったご事情から考えられる範囲で以下ご説明します。

解説:
1.仮に生前あなたに父から遺贈、生前贈与があったとしても、現時点で登記を移転するには、登記義務者としての相続人である弟さんの協力が必要です。協力を得ないで登記を移転するためには、弟の登記移転意思に変わる判決をもらい、法務局に移転申請をすることになります。判決をもらう理由としては、遺贈、生前贈与のほか、時効取得という主張も考えられますが、時効取得が認められるためには、所有の意思をもって(自主占有。簡単に言えば、自分の所有と思って、ということ。この意思は外形的に判断しますから少なくとも遺贈、贈与されたという何らかの事情が必要です)、10年、ないし、20年の占有を継続することが必要です(民法162条)。共同相続した共同相続人の1人が他の相続人を排除して独占的に占有していた事例で、時効取得が認められた判例は、最判昭和47年9月8日ほか皆無ではないのですが、判例も混乱しているところであり、ただ、一般論としては、このような占有は他主占有(他人の所有と思って)と考えるのが一般といえます。判例も固定資産税を支払っていたという事実のみをもって自主占有であり、10年、20年占有していれば、時効取得が認められるという結論ではないことは間違いなく、本件で時効取得が認められるかというと結論としては難しいといわざるを得ません。

2.いずれにせよ、判決をもって、登記を移転するのでない限り、弟との話し合いで、合意の上、上記のような書面を作成し、法務局に提出して、登記を移転することになります。その際、仮に遺言や生前贈与があったという事実があることを前提とすれば、そもそも、あなたは法的には、弟に金銭を支払う義務はありません。それでも裁判をしないという意味で、いわゆる「はんこ代」としていくらかを支払い、それを法的には、遺産分割として、あなたが土地を取得する代償金として弟に金銭を支払うという合意をすることは社会一般では良く行なわれていることだと思います。要するに、遺産分割というのは、さまざまな事情を考慮して、当事者が納得した形で分割すれば、その分け方については何ら法が関与することはないということです。つまり、最終的に遺産分割という形で登記を移転するにしても、その際、生前贈与、遺言、時効などの法的主張も当然考慮され、裁判に至った際の勝敗の蓋然性が高ければ高いほど、有利に交渉できるということです。たとえば、遺言が実際にあるような場合には、あなたが本来渡さなくてもいいところを渡すのでサインしろ、という交渉ができるのはもちろんですし、時効については上述の通り、あるいは口約束の贈与などは、裁判で請求が認められるかというとなかなか難しいのでしょうが、それでも交渉の一つの道具にはなるでしょう。

3.次に、単純に共同相続したというだけで、あなたに全ての持分が移転するという理由が無いような場合(あなたにとっては、生前贈与、遺贈、時効などの主張できる事実関係がない、あるいは立証できない場合)に遺産分割の金額を決定するにあたりどのような事情が考慮されるかを検討します。前提として、遺産の評価の基準時が相続時なのか、遺産分割時なのか問題となりますが、この点については、904条が贈与の価格を「相続開始の時において現状のままであるものとみなし」と規定していますが、遺産分割時ということで、争いはほぼありません。厳密に言うと相続人間の公平を考え相続開始当時の価格により相続分を計算し、それによって決まった相続分による具体的な取得分割額は分割時の評価により行うことになります(判例。東京家裁昭和33年7月4日)。相続は被相続人(父)死亡の時に開始し遺産分割は遡及するので(民法896条、909条)、その時点で理論上共同相続人は各々の財産を持つことになるので相続時の評価額に従うようにも思いますが、相続開始時から遺産分割時までの遺産の価格変動がある場合に各相続人に最も公平であり条文にも反しないからです。相続開始時にすると遺産を受け取る内容により不公平になり、分割時にすると開始時から分割時までの価格変動で903条の相続分が異なり不公平が出てしまいます。又、遺産を占有している共同相続人は他の相続人のために無償寄託をうけているような関係になり分割時にそのまま(分割時の価格で)引き渡せば責任はなくなるでしょう(自己の財産と同一の注意義務しかない。民法659条、661条。遺産を減少する行為があれば責任を負うことになります)。すなわち、お伺いしている土地については、現在の時価3000万円を評価額とすることになり、また、預金については利息のついた1000万円ということで考えるのが前提です。これを法定相続分で分けるというのが原則ですから、相続分は2000万ずつというのが基本となります。あなたは土地を取得するなら2000万円を弟に渡すということです。

4.そこであなたの側で遺産分割の際主張できる有利な要素(ここでは先に述べたとおり、生前贈与、遺言、時効取得などの要素はないものとして考えます。)を検討していくと、まず、あなたが、生前父親の面倒をみてきたということで寄与分(民法904条の2)の主張が考えられます。寄与分は、例えば固定資産税の支払など、具体的な金額で立証できるようなこともありますが、療養監護にかかった費用等必ずしも全て具体的な金額で示すことができない場合も多く、全体として相続財産の何割という決め方をすることが多いです。うかがったご事情でも、例えば、相続財産の1割程度が認められる例はよく散見されるようです。

5.次に、相続財産とされる土地の上にあなた名義の建物があるという事情はあなたに有利に働く可能性があります。というのは、例えば、あなたがお父さんに土地使用の対価として、賃料を支払っていたというような事情(親子間で賃料の代わりに生前固定資産税の支払、同居介護等をしていたという事情があれば実質賃料との主張が可能でしょう。しかし、適正な地代は固定資産税の2―3倍というのが通常ですから少し低額かも知れませんが長期間親のお世話をしていたという事情があればそれだからと言って使用貸借とまでは言い切れないでしょう)がある場合、借地権の制限のある土地というのは、実際には、買主は自由に自分で使うことができない可能性が高く、その価値は、通常更地価格の3、4割程度として評価される(占有利用権の価値が更地価格の6割から7割程度。住宅地、商業地、工業地により大きく変わります。役所に行くと路線価図で借地権割合を調べることが可能です)ことが多いため、遺産の評価額を下げる要素として働きます。賃料を支払っていない場合には使用貸借として、占有利用権が評価されることになるので、権利としては弱いといわざるを得ませんが、遺産分割の相続財産の評価としては、その利用権の価値が更地価格の1割程度認められる可能性はあると考えます。ただし、使用貸借としての占有利用権の評価については、評価するべきか否か、評価するとしてどの程度なのかは、実務上も取り扱いが一定しているとはいえません。

6.ただし、お伺いした事情には、あなたに不利に働くと思われる事情もあります。あなたは、家を建てる際に500万円を父親に出してもらっているという事情です。これは、あなたへの生前贈与と評価される事情で、遺産分割にあたっては特別受益(民法903条)にあたります。500万円の現金は、新築代金に使われており相続開始時には建物の価値がなくなっていますがあなたの行為により価値が減少していますので公平上相続開始時に500万円がそのままあるものとして評価されます(民法904条。厳密に言うと特別受益の制度趣旨から公平を期するため贈与当時の物価指数により相続開始時の金額に評価し直します。最高裁判例昭和51年3月18日)。したがって、調停や審判といった場面で、弟からこの点についての主張があれば、この点は考慮されると思われます。

7.以上を前提にあなたのケースで、寄与分を相続財産の1割、使用貸借としての占有利用権の1割が認定され、また特別受益500万円(これも遺産分割時の貨幣価値に直して検討するので仮に600万円とします。)が考慮されたとすると、まず、土地の現在の時価3000万円から占有利用権の価値を差し引いた2700万と、利息を含めた預金総額1000万円の合計金額3700万円が相続財産の評価額ということになります。寄与分と特別受益の適用関係について争いはありますが、ここでは同時に適用されるものとすると、3700万に特別受益600万円を加え、寄与分300万円(現金も加えれば400万円)を差し引いたものがみなし相続財産となり、この金額が4000万円になります。そうすると、今回のケースでは、結局、寄与分、特別受益などを考慮した具体的相続分も2000万円ずつとなり、あなたが土地を取得するとすれば、2000万円を弟に代償として支払うという結論になりそうです。ただし、寄与分などがどのくらい認定されるかなどは、まさにケースバイケースですし、あくまで遺産分割は話し合いで、必ずこのように分けなければならないということではありません。感情の問題もありますから、交渉の指針として、このような事情を目安として理解した上で、話し合いをすすめることが大切だと思います。

《参考条文》

民法
(所有権の取得時効)
第162条 20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(無償受寄者の注意義務)
第659条  無報酬で寄託を受けた者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物を保管する義務を負う。
(受寄者の通知義務)
(寄託者による損害賠償)
第661条  寄託者は、寄託物の性質又は瑕疵によって生じた損害を受寄者に賠償しなければならない。ただし、寄託者が過失なくその性質若しくは瑕疵を知らなかったとき、又は受寄者がこれを知っていたときは、この限りでない。
第三章 相続の効力
第一節 総則
(相続の一般的効力)
第896条  相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
《改正》平16法147
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。
第904条 前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。
(寄与分)
第904条の2 共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。
2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、同項に規定する寄与をした者の請求により、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、寄与分を定める。
3 寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
4 第2項の請求は、第907条第2項の規定による請求があった場合又は第910条に規定する場合にすることができる。

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