建物明渡請求訴訟勝訴後の請求異議の訴え

民事|不動産|明け渡し請求訴訟|請求異議|執行停止

質問

飲食店に建物を賃貸していましたが、下水が詰まるので修理しろ(配管の高圧洗浄しろ)という要求が頻繁に来るので何回かに一度は洗浄手配しましたが、完全に詰まっている訳でもなく必要ないと思って賃借人の要求に応えないこともありました。賃借人は自分で業者手配したので洗浄費用を請求すると言ってきましたが無視していたところ、家賃の滞納をするようになりました。仕方なく賃貸契約の解除通知をして建物明渡請求訴訟を提起し勝訴判決を得ました。ところが賃借人は留置権があるからと「請求異議の訴え」という裁判を起こし、同時に「執行停止申し立て」という手続きを行い、裁判所が執行停止の決定を出してしまいました。勝訴判決により強制執行の明け渡しをしようと思っていたので見込みが外れてしまいました。新しいテナントを募集して家賃収入を回復したいので困っています。「留置権」、「請求異議訴訟」とは何ですか?どのように対応すべきですか?

回答

1、 請求異議の訴え(民事執行法第35条1項)は、確定判決の効力に影響するような判決確定後に生じた(または判明した)事情を要件として、債務名義による強制執行を許さないことを求める裁判です。確定判決には既判力があり、当事者は確定判決に示された権利義務関係に異議を申し立てることはできないのですが、債務名義の債務を弁済ずみであるなど、判決確定後(事実審口頭弁論終結後)に生じた事情を主張して、確定判決の執行力を失わせるための手続きです。権利濫用など著しい正義に反する事情を主張立証して申し立てられることもあります。

2、 請求異議の訴えは債務名義の執行力の停止を求める裁判ですので、請求意義の訴えについてのに認容判決が確定するまで、建物明け渡しの確定判決の効力は否定されません。そこで、確定判決言い渡し前において債務名義に基づく強制執行の停止を求める申し立ての手続きも整備されており、裁判所は、担保金を納付させて、請求異議訴訟の判決が出るまで一時的に強制執行の停止を命ずる決定を下すことができます(民事執行法36条1項)。

3、 留置権は、物を適法に占有し所有者等に対して引き渡し債務を負っている債務者が、当該物に関して修理費など債権者に対する債権を有しているときは、当該債権の弁済があるまで物の引き渡し債務を拒むことができる権利です(民法295条1項)。契約せずとも法律を根拠に主張できる法定担保物権とされています。引き渡しの請求訴訟では抗弁事由(相手の主張と両立し得るが、相手の主張の法的効力を排斥させる効力がある事情)となります。

4、 請求異議の訴えと執行停止申し立ての手続き自体は、債務名義成立後の事情を適切に権利義務関係に反映させるための手続きですから、正当な理由があって申し立てているなら何ら問題ないことになりますが、正当な理由もなく、ただ強制執行を遅延させることのみを目的として不当に申し立てているような場合には、賃貸人の正当な権利が侵害されていると法的に評価できる場合があります。そのような場合は、明け渡し請求事件の被告だけでなく、請求異議訴訟の代理人弁護士も被告として、損害賠償請求訴訟を提起できる場合があります。また、執行停止決定時に供託された担保金を損害賠償金の一部として受け取ることができます。参考判例もありますのでご紹介致します。

5、 執行停止決定が出てしまった場合は、請求異議訴訟に対応するだけでなく、担保金の還付請求権を確定させるための損害賠償請求訴訟(請求意義訴訟の反訴)も検討することが必要でしょう。お困りの場合は経験のある法律事務所にご相談なさり迅速な対応を執られることをお勧め致します。

6、 建物明渡請求訴訟に関する関連事例集参照。

解説

1、 請求異議の訴え

請求異議の訴え(民事執行法第35条1項)は、確定判決の効力に影響するような判決確定後に生じた(または判明した)事情を要件として、債務名義による強制執行を許さないことを求める裁判です。

民事執行法35条(請求異議の訴え)

1項 債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。

2項 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。

3項 第三十三条第二項及び前条第二項の規定は、第一項の訴えについて準用する。

請求異議の訴えの訴状の要素は次のようなものです。

請 求 の 趣 旨

1 被告の原告に対する○○地方裁判所令和〇〇年(〇)第〇〇号  請求事件の執行力ある判決の正本に基づく強制執行は許さない。

2 訴訟費用は,被告の負担とする。

との判決を求める。

請 求 の 原 因

1 被告の原告に対する債務名義として,つぎのものが存在する。

①債務名義の種類 請求の趣旨第1項記載のとおり。

②債務名義の成立年月日 令和〇年〇月〇日。

③債務名義に掲げられた請求権の内容は下記のとおりである。

2 下記債務名義に対する異議の原因は,つぎのとおりである(該当事項の番号記号を○で囲む)。

(1)債務名義に掲げられた請求権は,つぎの理由によって,最初から存在しない。

イ 公序良俗違反 ロ 強行法規違反 ハ 通謀虚偽表示 ニ 錯誤 ホ 詐欺 ヘ 強迫 ト 無権代理 チ その他

(2)上記請求権は,債務名義成立後,つぎの理由によって,消滅した。

イ 弁済 ロ 消滅時効完成 ハ 免除 ニ 相殺 ホ 譲渡 ヘ 更改 

ト 解除 チ 履行条件の変更 リ 期限の猶予 ヌ その他

3 前項の異議の原因の詳細は,別紙のとおりである。

4 そこで原告は,上記債務名義に基づく強制執行の不許可を求める。

証 拠 方 法

甲号証

 確定判決には既判力があり、当事者は確定判決に示された権利義務関係に異議を申し立てることはできないのですが、債務名義の債務を弁済ずみであるなど、判決確定後(事実審口頭弁論終結後)に生じた事情を主張して、確定判決の執行力を失わせるための手続きです。

 確定判決の既判力とは、民事訴訟法114条1項で「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」と規定されるもので、主文に含まれた訴訟物の存否(権利義務の存在)について、同じ当事者が別訴で争うことはできない、という法原則です。主張立証を尽くした口頭弁論を経て判決を確定させた以上、同じ問題について同じ当事者が法的に蒸し返すことはできないということです。既判力は、裁判所の紛争解決機能を担保し、限りある裁判所の人員や能力を有効活用しなければならないという訴訟経済の要請と、裁判で確定した権利義務関係の法的安定性を図る趣旨が複合的に合わさって法定されているものです。

 他方、判決確定後に、当事者間で当該判決の目的である債権債務について弁済や免除や期限の許与(弁済期限の猶予)が行われたなど、強制執行が不要になる事情が発生している場合には、当事者間で強制執行は必要無くなったのであり、強制執行の申し立てが行われることは無いと期待されますが、原告が亡くなって相続が発生し、相続人が被告の弁済や原告の免除(もしくは明け渡しを一定期間猶予する期限の許与)を認めていないなどの事情がある場合は、原告の相続人は引き継いだ判決正本など債務名義に基づいて強制執行の申し立てをしてしまうことも考えられます。このような場合には、確定判決の執行力停止を求めるために、被告は請求異議の訴えを提起することができます。

 訴訟の当事者間(相続人などの包括承継人も含む)には既判力が働きますので、請求異議訴訟で主張できるのは、原則として、確定判決が根拠としている最後の証拠調べ(事実審つまり控訴審の口頭弁論終結)の後に生じた事情に限られますが、例外として、判決確定前の事情であっても、判決確定後に初めて判明した事情や、判決確定前から存在している事情であっても権利濫用など著しい正義に反する事情を主張立証して申し立てられることもあります。

最高裁判所昭和62年7月16日判決

『確定判決、裁判上の和解調書等の債務名義に基づく強制執行が権利の濫用と認められるためには、当該債務名義の性質、右債務名義により執行し得るものとして確定された権利の性質・内容、右債務名義成立の経緯及び債務名義成立後強制執行に至るまでの事情、強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情を総合して、債権者の強制執行が、著しく信義誠実の原則に反し、正当な権利行使の名に値しないほど不当なものと認められる場合であることを要するものと解するのが相当である。』

 この判例は、裁判上の和解調書に基づく強制執行が権利の濫用に当たらないものとされた事例でしたが、正当な権利行使の名に値しないほど不当なものと認められる場合には権利濫用として執行停止が命ぜられることもあり得ることを示していると解釈することができます。例えば、偽造された証拠により判決が出てしまった訴訟詐欺があり、その事実が判明したが、被告の妨害行為により再審申立期限の30日(民事訴訟法342条1項)を過ぎてしまったため、再審手続きで判決を是正できないような場合などが考えられます。いずれにしても、極めて稀なケースと言うことができるでしょう。

2、 執行停止申し立て

 確定判決の執行の不許を求める請求異議訴訟を起こしても、それだけでは強制執行を止める効力は生じませんから、強制執行の債務者は、裁判所に事情を説明(疎明)して、判決が出るまでの間の強制執行を一時的に停止することを申し立てにより求めることができます(民事執行法36条1項)。この決定は、正式な証拠調べを行う口頭弁論期日を経ずに出すことができますから(民事執行法36条2項)、債権者に不測の損害を与える危険があり、これを担保するために、裁判所は、保証金の供託を申立人に命ずることができます。

民事執行法36条1項 執行文付与に対する異議の訴え又は請求異議の訴えの提起があつた場合において、異議のため主張した事情が法律上理由があるとみえ、かつ、事実上の点について疎明があつたときは、受訴裁判所は、申立てにより、終局判決において次条第一項の裁判をするまでの間、担保を立てさせ、若しくは立てさせないで強制執行の停止を命じ、又はこれとともに、担保を立てさせて強制執行の続行を命じ、若しくは担保を立てさせて既にした執行処分の取消しを命ずることができる。急迫の事情があるときは、裁判長も、これらの処分を命ずることができる。

強制執行停止決定申立書の抜粋はこのようなものです。

第1 申立ての趣旨

被申立人の申立人に対する○○地方裁判所令和〇〇年(〇)第〇〇号〇〇請求事件の執行力ある判決の正本に基づく強制執行は、御庁令和○年(ワ)第○号の裁判の効力が生ずるまでこれを停止する

との裁判を求める。

第2 申立ての理由

1 現在、御庁において、申立人と被申立人との間で請求異議訴訟が令和〇年 (ワ)第〇号として係属中である。

2 上記請求異議訴訟で申立人は、留置権の抗弁と、権利濫用を主張し、被申立人の執行を争っている。

3 しかし、前記判決前に被申立人が申立人の占有する建物に関して強制執行を行うとすると、前記裁判は無意味に帰する。

4 よって、申立ての趣旨記載どおりの裁判を求める。

第3 疎明資料

疎甲号証

 民事執行法36条1項の「疎明」とは、民事保全法の仮処分手続きと同様に、正式な証拠調べを経ずに(裁判官が証拠の原本を確認しなくても、また、人証であれば反対尋問を経ずとも)、裁判所に決定を出すのに必要な「一応確からしい」との心証を形成できるほどの主張立証活動を指します。執行停止決定は強制執行の債権者に重大な不利益を生じ得る決定となりますので、債権者の意見も尋ねたり反論書面の提出を認める運用がなされたり、当事者双方が出席できる裁判官との面接期日である双方審尋の期日が開かれたりします。また、実際に決定を出す場合には、債権者に生じる損害を担保するために、法務局への保証金の供託を債務者に命ずることが多くなっています。裁判所は供託書正本の提出を受けてから決定を発令します。この供託金は、請求異議訴訟の原告が勝訴するなど、担保の必要が無いことが法的に確定するまで、自由に取り戻すことはできない金銭となります。

3、留置権

 留置権は、物を適法に占有し所有者等に対して引き渡し債務(返還債務)を負っている債務者が、当該物に関して修理代など債権者に対する債権を有しているときは、当該債権の弁済があるまで物の引き渡し債務を拒むことができる権利です(民法295条1項、同2項)。

民法295条1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。

2項 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

 典型事例としては、時計の修理を請け負った時計職人が、修理代金を受領するまで時計を引き渡さないと抗弁する事態が考えられます。時計職人は「修理代金払わないと時計を渡せない」と言うのですが、法的には民法295条1項の留置権を主張していることになります。なお、商行為に適用される商法521条の商事留置権では、債権と物の占有の牽連性要件が不要とされており、債権回収と円滑な商取引の促進が配慮されています。商人間の取引では、時計Aと時計Bの修理依頼を受けた場合に、時計Aの修理代金を受け取っていても、時計Bの修理代金を受け取るまでは時計Aの返還も拒めるということです。

商法521条(商人間の留置権)商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし、当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない。

 留置権は、当事者間で契約しなくても法律を根拠に主張できる法定担保物権です。引き渡しの請求訴訟では抗弁事由(相手の主張と両立し得るが、相手の主張の法的効力を停止指せる効力がある事情)となります。

 建物の賃貸借契約において、賃借人が当該建物の保存行為(応急修理、必要費の支出)を行った場合の費用償還請求権は、賃貸借契約終了後の建物返還債務の履行時に留置権行使できるとされています(大審院昭和14年4月28日)。但し、賃貸借契約終了後(解除後)に必要費を支出しても、適法占有の要件を満たさないため、留置権行使は認められません(最判昭和42年1月20日)。

※大審院昭和14年4月28日判決

『案スルニ賃借人カ賃借家屋ニ付必要費又ハ有益費ヲ支出シタルトキハ右家屋ヲ賃貸人ニ非サル現時ノ所有者ニ返還スル場合ニ於テモ其ノ回復者ヲシテ之カ費用ヲ償還セシメ得ヘク之カ償還ヲ受クル迄ハ其ノ返還(明渡)ヲ拒ムコトヲ得ヘキ留置権ヲ有スルコトハ当院ノ判例トスルトコロナリ』

※最判昭和42年1月20日判決

『建物賃貸借契約が原判決引用の第一審判決判示のように、解除によつて終了し、賃借人が右建物を不法に占有中右建物につき修繕費を支出したとしても、賃借人は、右修繕費償還請求権をもつて右建物につき留置権を行使することができないものと解すべきである(大審院大正一〇年(オ)第七九九号同年一二月二三日判決、民録二七輯二一七五頁参照)。』

 このように、留置権の主張は、建物賃貸借契約締結時に有効に賃借していた賃借人が建物使用に伴って必要な修理費用を支出していたのであれば、費用償還請求権を根拠として留置権の主張は認められるところではありますが、当該主張は、建物明け渡し請求訴訟の判決が資料とする事実審口頭弁論終結時までに提出しなければなりません。一応の主張立証が整理され口頭弁論が終結し判決が出て確定すると、当該判決には既判力(民事訴訟法114条1項)が生じ、口頭弁論終結時に存在していた抗弁事実は主張できなくなります。これを確定判決の遮断効とも言います。

民事訴訟法114条(既判力の範囲)

1項 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

2項 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

 ご相談の事例で、被告の留置権の主張が最初の裁判で出ていたのか不明ですが、いずれにしても、建物明渡の判決が出ている以上、前訴で留置権の主張は認められていないということです。賃借人が必要費の償還請求権を主張するのであれば、「建物の修繕が必要であったこと」「修繕するための費用を支出したこと」の両方を、原則として第一審の口頭弁論終結時までに主張立証する必要があります。

 なお、既判力との関係では、判決確定まで、つまり控訴審の口頭弁論終結まで事実の主張を追加することは理屈上可能ですが、第一審で全く主張していなかった事情を控訴審になってから追加で主張した場合は、民事訴訟法157条1項により「時機に後れた攻撃防御方法」として証拠・主張の提出を却下されることがあります。

民事訴訟法157条(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)

1項 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

 請求異議訴訟において、留置権の主張が認められることは基本的に無いと言えるでしょう。

4、担保金を差し押さえるための損害賠償請求訴訟

 前記の通り、請求異議訴訟に伴う執行停止申し立て事件においては、裁判所は、申立人に担保を立てさせて(具体的には法務局に担保金を供託させて)執行停止を命ずる決定をすることになりますが、これは被申立人(賃貸人)の損害賠償請求権の弁済を行うための担保となります。賃貸人は、折角建物明渡訴訟で勝訴して明渡の強制執行ができる法的地位を得たのに、執行停止決定によりこれが一時的に止まってしまったのです。新しいテナントを募集して、新たに賃貸契約を締結し、家賃を収受できるはずのところ、その収入が入らなくなってしまったのです。これが、旧賃借人とその代理人弁護士の故意過失により引き起こされているなら、賃貸人には、その損害賠償を請求する権利が生じ得ることになります。

 請求異議訴訟の判決は、口頭弁論期日を開いて、証拠調べを行い、裁判所として判決を下しますが、執行停止申し立て事件においては、「異議のため主張した事実が法律上理由があるとみえ、かつ、事実上の点について疎明があったときは(民事執行法36条1項)」という要件で裁判所が裁量的に決定を下して、強制執行を停止してしまいます。疎明とは、判決を下すのに必要な厳密な証明・立証ではなく、仮の決定を下すのに十分な一応確からしいとの心証を形成できる程度の立証活動で足りるとされています。

 従って、仮の決定である執行停止決定は出たが、請求異議訴訟では賃借人側が敗訴して、執行停止決定も取り消しされるという事態は生じ得ることになります。

 この場合に、請求異議訴訟を提起して、執行停止申し立てを行った建物賃借人と代理人弁護士の行為に、賃貸人の損害発生に対する故意・過失があれば、民法709条の不法行為による損害賠償責任を生じることになります。建物明け渡しの確定判決が出た以上、判決に従って建物の明け渡しを行うのが、判決を受けた被告に期待される原則的な態度です。判決を受けたにも関わらず、これに従わず、いたずらに時間を引き延ばそうとして、根拠のない主張を繰り返すことは、賃貸人の利益を無視する不法行為となってしまう可能性があるのです。

民法709条(不法行為による損害賠償)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 賃借人本人は、できる限り長く当該物件を使用し続けたいという気持ちから、無理な主張でも提出しようと考えるかもしれませんが、法律専門家である代理人弁護士は、当該主張が裁判所に認められる可能性があるのか自らの法律知識で判断し、依頼者である旧賃借人にアドバイスすることが期待されています。この弁護士の職務上の注意義務に反し、請求異議訴訟で勝訴の見込みが無いのに、ただ強制執行の時期を遅延させるだけの目的で、執行停止申し立てをしている場合には、当該弁護士にも、賃貸人に対して、債務者とは独立に、不法行為に基づく損害賠償義務を生じる可能性があると言えるでしょう(後記判例参照)。

 執行停止申立事件で担保金が供託された場合に、相手方(執行停止された側)が供託金を受け取るには、「供託者の取り戻し請求権を差し押さえて、転付命令を得て取り戻し請求権を行使する」か、「被供託者として、還付請求権の確認書類を添付して還付請求する」の2通りの方法があります。還付請求権を確認する書類には、①確定判決、②これと同一の効力を有する和解調書、③調停調書、④確定した仮執行宣言付支払督促、⑤公正証書等があります。訴訟は、供託金還付請求権確認訴訟でも良いですし、損害賠償請求訴訟でも良いでしょう。相手方の同意による還付請求権の確認を行う場合は印鑑証明書などによる供託者本人の意思確認が必要となります。供託金は、担保取消決定という裁判を経ないと供託者は取り戻すことができず、担保取消決定には、損害賠償責任がないことの確定勝訴判決か、担保取消決定についての相手方の同意が必要になりますから、無断で供託金が取り戻される心配はありません。

供託金を法務局から支払ってもらう、手続き面の具体的処理については管轄法務局と事前打合せをしておくと、円滑に支払いを受けることができます。

※参考URL、広島法務局による裁判上の保証供託金の払渡請求手続解説ページ

https://houmukyoku.moj.go.jp/hiroshima/static/11payment4.htm

5、参考判例

https://www.courts.go.jp/hanrei/94426/detail2/index.html

最高裁判所令和7年9月9日判決

『1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

⑴ 上告人が被上告人Y1に対しその占有する不動産(以下「本件不動産」という。)の明渡しを求めて提起した訴訟(以下「本件明渡訴訟」という。)において、令和3年2月、被上告人Y1に対し本件不動産の明渡しを命ずる判決が確定した(以下、この確定判決を「本件確定判決」という。)。

⑵ 被上告人Y1は、弁護士である被上告人Y2を代理人として、京都地方裁判所に対し、令和3年3月、本件確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し、同年4月、これを本案とする民事執行法(以下「法」という。)36条1項の強制執行の停止の申立て(以下「本件執行停止の申立て」という。)をした。京都地方裁判所は、同月、本件執行停止の申立てに基づき、被上告人Y1に担保を立てさせた上、本件確定判決による強制執行の停止を命ずる決定をした。

⑶ 上記訴えにおいて、被上告人Y1は、本件不動産について留置権を有すること及び本件確定判決を債務名義とする強制執行が権利の濫用に当たることを異議の事由として主張した。京都地方裁判所は、令和3年10月、上記主張に係る事由は、いずれも本件明渡訴訟における事実審の口頭弁論終結前の事情であり、異議の事由に当たらないとして、被上告人Y1の請求を棄却する判決をした。

2 本件は、上告人が、本件執行停止の申立てをしたことが不法行為に当たるなどと主張して、被上告人らに対し、強制執行の遅延により生じた損害等の賠償を求める事案である。

3 原審は、上記事実関係の下において、本件執行停止の申立てに係る損害賠償請求につき、要旨次のとおり判断し、被上告人らが損害賠償責任を負うものではないとして、上告人の被上告人らに対する請求をいずれも棄却すべきものとした。

 請求異議の訴えの提起が違法となるのは、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。請求異議の訴えを本案とする法36条1項の強制執行の停止の申立ては、当該訴えに付随してされるものであるから、これが違法となるのは、当該申立てが同項の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるというべきであり、当該訴えについて請求を棄却する判決がされ、当該申立てに基づく強制執行の停止を命ずる裁判が取り消されたとしても、その一事によって、当該申立てをした者の過失が推定されることはない。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 法36条1項は、請求異議の訴えの提起があった場合において、受訴裁判所は、申立てにより、強制執行の停止を命ずることができる旨規定している。これは、請求異議の訴えの提起があっても、債務名義による強制執行の開始及び続行は妨げられず、判決までに執行が完了するおそれがあることから、債務者が請求異議の訴えについて請求を認容する確定判決を得る場合に備えた暫定的措置を設け、債務者の申立てにより、受訴裁判所が仮の処分として強制執行の停止を命ずることができることとしたものである。一方、法22条は、一定の給付請求権の存在と内容を公証する法定の文書である債務名義により強制執行を行うものとしており、強制執行によって債務名義で公証された給付請求権を実現する債権者の利益は法的に保護されるべきものであるところ、強制執行の停止の申立てがされることによって強制執行が遅延し又は不能となって上記利益を侵害するおそれがある。また、強制執行の停止の申立ては、請求異議の訴えに付随してされるものではあるものの、請求異議の訴えとは別個の申立てを要するものであって、当該申立てをするか否かは債務者の選択に委ねられているにすぎない。そうすると、債権者が事実上又は法律上の根拠を欠くにもかかわらずされた強制執行の停止の申立てにより上記利益を侵害されることを受忍しなければならない理由はないのであって、強制執行の停止の申立てをする者は、上記利益が不当に侵害されることがないように、異議の事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討する注意義務を負うものというべきである。

 以上によれば、請求異議の訴えを本案とする法36条1項の強制執行の停止の申立てがされ、強制執行の停止を命ずる裁判がされた後、当該訴えについて請求を棄却する判決が確定し、当該強制執行の停止を命ずる裁判が取り消された場合において、当該申立てをした者に主張した異議の事由が事実上又は法律上の根拠を欠くことについて故意又は過失があるときは、当該申立てをした者は、債権者が強制執行の停止によって被った損害を賠償する義務を負うというべきである。上記申立てが同項の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限り、上記申立てをした者が上記の損害賠償義務を負うものではないことは明らかである。

 そして、上記の場合においては、異議の事由を裏付ける根拠に関する上記注意義務が尽くされなかった可能性が相応にあり、また、法36条1項の強制執行の停止を命ずる裁判は、簡略な手続によるものとされていることに照らすと、強制執行の停止により債権者に生じた不利益の回復に配慮することが公平に適うものというべきである。したがって、上記の場合、上記申立てをした者には上記注意義務を尽くさなかった過失があると推定するのが相当であるが、債務名義の種類や異議の事由の内容等に照らして上記申立てをするについて相当な事由があったと認められるときには、その申立てに基づく強制執行の停止を命ずる裁判が取り消されたとの一事をもって当然に過失があったということはできない。

5 以上と異なる見解の下に、上告人の被上告人らに対する本件執行停止の申立てに係る損害賠償請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、上記請求に関する部分は破棄を免れない。そして、上記注意義務違反があったか否かなどについて更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 』

 この判例では、建物明け渡し訴訟で勝訴した原告が、請求異議訴訟を起こされ執行停止の決定を受けた場合に、被告側(被告本人および申し立て代理人弁護士)に故意過失があれば、民法709条不法行為により損害賠償義務を負うことになり、執行停止が後日取り消された場合は、被告側の過失も推定される(過失の無かったことについて被告側に立証責任がある)と判示しています。

 また、この事件では、請求異議訴訟と執行停止申し立て事件の代理人弁護士も、「被上告人Y2」と判決理由に記載され、損害賠償請求事件の被告として訴訟当事者になっていることが特筆される点です。通常の民事裁判であれば、原告と被告の間の権利義務の存否を審理するだけなのですが、判決確定後の請求異議訴訟と強制執行停止申し立てという特殊な事案においては、執行債務者の代理人弁護士も慎重に対応することが期待されており、不適切な対応があれば、代理人弁護士自身の法的責任にも発展しかねないということになります。

 最高裁判所は、控訴審判決で「請求異議の訴えの提起が違法となるのは、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。請求異議の訴えを本案とする法36条1項の強制執行の停止の申立ては、当該訴えに付随してされるものであるから、これが違法となるのは、当該申立てが同項の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるというべきであり、当該訴えについて請求を棄却する判決がされ、当該申立てに基づく強制執行の停止を命ずる裁判が取り消されたとしても、その一事によって、当該申立てをした者の過失が推定されることはない。」としていた判断が誤りであり、「上記の場合においては、異議の事由を裏付ける根拠に関する上記注意義務が尽くされなかった可能性が相応にあり、また、法36条1項の強制執行の停止を命ずる裁判は、簡略な手続によるものとされていることに照らすと、強制執行の停止により債権者に生じた不利益の回復に配慮することが公平に適うものというべきである。したがって、上記の場合、上記申立てをした者には上記注意義務を尽くさなかった過失があると推定するのが相当である」として、請求異議の訴えが棄却され、執行停止の裁判が取り消された時は、当事者の公平を考慮すると、原告からの損害賠償請求について被告側の過失が推定されると解釈しているのです。

 確定判決を経た以上、不当な請求異議訴訟や執行停止申し立てが乱発されて、無為に強制執行が遅延することは当事者の公平に反するという価値判断があります。明け渡し債権者からの損害賠償請求訴訟では、債権者としては、①債務名義の成立、②執行停止決定の存在、③請求異議訴訟の勝訴判決、④執行停止により生じた損害、⑤執行停止決定と発生した損害の因果関係を主張立証すれば、相手方の過失についても事実上主張立証したことになり債務者側の過失が推定されるから、被告側において過失が無かったことを主張立証しなければならないということになります。過失が推定されるとは、立証責任の転換があるということです。

 適法適式な口頭弁論を経た確定判決がある以上、それに従って明け渡しに応ずることが被告に対して求められる態度であり、被告の相談を受けた弁護士も被告が置かれている法的立場を説明することが職務上期待されています。これらの注意義務に違反して、明確な根拠も無しに債務名義の効力を否定して請求異議訴訟を提起したり、執行停止申し立てを行った場合には、被告本人にも、代理人弁護士にも、不法行為に関して民法709条の過失が推定されることになり、損害賠償責任を免れるためには、過失がなかったことの主張立証が必要になるということです(立証責任の事実上の転換)。有効な反論がなければ、損害賠償請求訴訟において、被告らの過失が認定されて、損害賠償を命ずる判決が下されるということになります。

6、まとめ

 以上の様に、最高裁判所は、請求異議訴訟と不随する執行停止事件に関して、被告側の過失を問う姿勢を見せています。一旦確定判決が出ている事案ですから、確定判決の結果を尊重するのが原則であるという価値判断があります。賃貸物件の家主として、賃料滞納の被害を最小限に食い止めるためには、請求異議訴訟と執行停止事件に対応することは勿論、平行して、被告側に対する損害賠償請求訴訟の提起も検討する必要があります。この裁判では被告側の過失が推定されるという貴方様に有利な判例がありますので、早急に手続きを進めた方が良いでしょう。お困りの場合は経験のある法律事務所にご相談なさり迅速に動かれることをお勧め致します。

参考条文

民事執行法

第35条(請求異議の訴え)

1項 債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。

2項 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。

3項 第三十三条第二項及び前条第二項の規定は、第一項の訴えについて準用する。

第36条(執行文付与に対する異議の訴え等に係る執行停止の裁判)

1項 執行文付与に対する異議の訴え又は請求異議の訴えの提起があつた場合において、異議のため主張した事情が法律上理由があるとみえ、かつ、事実上の点について疎明があつたときは、受訴裁判所は、申立てにより、終局判決において次条第一項の裁判をするまでの間、担保を立てさせ、若しくは立てさせないで強制執行の停止を命じ、又はこれとともに、担保を立てさせて強制執行の続行を命じ、若しくは担保を立てさせて既にした執行処分の取消しを命ずることができる。急迫の事情があるときは、裁判長も、これらの処分を命ずることができる。

2項 前項の申立てについての裁判は、口頭弁論を経ないですることができる。

3項 第一項に規定する事由がある場合において、急迫の事情があるときは、執行裁判所は、申立てにより、同項の規定による裁判の正本を提出すべき期間を定めて、同項に規定する処分を命ずることができる。この裁判は、執行文付与に対する異議の訴え又は請求異議の訴えの提起前においても、することができる。

4項 前項の規定により定められた期間を経過したとき、又はその期間内に第一項の規定による裁判が執行裁判所若しくは執行官に提出されたときは、前項の裁判は、その効力を失う。

5項 第一項又は第三項の申立てについての裁判に対しては、不服を申し立てることができない。

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