新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1664、2016/01/19 12:00 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事、東京地方裁判所平成27年3月6日判決】

賃貸人からの解約申入れと正当事由・立退料

質問:
私は、20年くらい前から3階建てビルの1階を賃借して飲食店を経営しています。賃貸借の期間は2年でこれまで更新を続けていました。賃貸人との間ではこれまで2回、約10%の賃料増額がありました。昨年4月の更新時には賃貸人とは特にやり取りをせずにそのまま借りています。ところが、昨年4月の更新時から約1年後の今年4月に賃貸人から突然、「建物も老朽化し建て直す必要があるから、次回の更新時となる来年4月に立ち退いてほしい。」という内容の手紙が届きました。このビルは築40年以上と聞いており、確かに老朽化が目立ちます。また、近隣の開発も進んでおり、賃貸人としては建物を取り壊して再築することも考えていると思います。ただ、私としては場所が変わるとしても営業は続けていきたいと考えています。私はこのまま出て行かなければならないのでしょうか。出て行くとしても賃貸人に立退料は請求できないのでしょうか。



回答:

1 ご相談者様の建物賃貸借契約は、前回更新時に賃貸人との間で特に協議をしたり、賃貸人からの解約の申入れがなかったので、期間の定めのない建物賃貸借契約として法定更新されています。法定更新後の契約内容は、期間の点について定めが無くなった点の変更だけで、それ以外は更新前の契約と同様の契約になります。

2 今回、賃貸人から解約の申入れがあったとのことですが、賃貸人からの解約申入れには正当な事由が必要で、賃貸人側、賃借人側でどのような事情が必要かは借地借家法第28条が規定しています。

3 賃貸人の自己使用の必要性、建物の老朽化などは賃貸人側の正当事由を認める一つの要素ですが、それだけでは当然に賃貸人側の正当事由が認められるわけではありません。一般的に正当事由が認められる場合はただ、賃貸人から立退き料の申入れがあり、金額が相当である場合です。れば正当事由を補完するものとして、賃貸人からの解約申入れに正当事由が認められる可能性があります。

 このように、立ち退き料の提示は、法的には借地借家法28条の正当事由を基礎付ける条件のひとつという位置づけとなりますので、明け渡しを求められた賃借人の請求権ということにはなりませんので、賃借人が賃貸人に対して請求することはできません。ただし、事実上、立ち退きの条件となることが多いので、和解協議などの場面では金額について交渉することができる場合もあります。

4 解約申し入れが適法なものか、立退き料の金額等は具体的に検討する必要があり一概には言えません。今後のことについて、一度お近くの弁護士に相談をし、賃貸人からの賃貸借契約解約の正当事由の有無や、立退料の金額はどれくらいの金額が相当なのか、今後の方針など具体的に聞かれたほうがよいでしょう。

5 尚、本件ビル取り壊し、新規ビル建築が、駅の近く等で都市再開発法に基づくものであれば建物賃借人の存在は再開発ビル建築遂行に何ら支障になるものではなく、一旦借家権は消滅しますが、権利変換手続に基づき新しい再開発ビルに当然引き継がれるので再開発を理由にする相手方の請求は認められませんので基本的に立ち退く必要はありません。事務所事例集1649番1513番1490番1448番を参照してください。


解説:

1 建物賃貸借契約では、約束の期間が満了する場合、一般的には当事者の協議により更新されますが、当事者の協議がない場合でも賃貸人の更新拒絶の意思表示がなく、期間満了後の使用の継続について賃貸人から異議がない場合には法律上更新したものとみなされ、その場合、期間の定めのない建物賃貸借契約となります(借地借家法第26条)。契約内容は期間の点を除き全く同じです。

ご相談者様の場合、昨年4月の更新時に賃貸人と何のやりとりもなく飲食店の営業を継続していることから、期間の定めのない賃貸借契約として更新されたことになります。

2 ご相談者様は賃貸人から、次回更新時の来年4月に立ち退いてほしいとの通知を受けたとのことですが、借地借家法第27条第1項は「建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。」と規定しています。そして、賃貸人からの解約申し入れについて、借地借家法第28条は「正当事由」が必要であると規定しています。

借地借家法第28条を引用します。

『(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第二十八条 建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。』

正当な事由の判断要素としては、

賃貸人側の事情として、「賃貸人自身の使用の必要性」、「建物の老朽化」、「建物の敷地の有効利用の必要性」、「相続や債務整理などで売却の必要があること」などが考えられ、賃借人側の事情として、「賃借人自身の使用の必要性」、「立退き料の提供を受けていること」などが考えられ、それらの要素を裁判所が総合的に判断することになります。

ご相談者様の場合、建物が取り壊す必要があるほどに老朽化している場合には正当事由が認められる可能性がありますが、賃貸人が単に建て替えをして収益を上げようとするだけならば正当事由は認められない可能性もあります。建物の耐震診断記録などから、大地震の際に建物倒壊のおそれがあることが確認できると、正当事由が認められやすくなります。ただし、賃貸人からご相談者様に立退料の提供がされた場合には立退き料の金額により正当事由の要素が補完されて、賃貸人からの解約申入れに正当事由が認められることになります。立ち退き料の計算は、一義的に定まるものではありませんが、一つの基準として、借家権価格というものがあります。相続税の計算の際に用いられる計算方法です。賃貸借契約を締結して建物を賃借している場合には、その借家権にも経済的価値が認められるということです。立ち退き交渉の際は、不動産鑑定士による借家権価格の鑑定書が有効となります。

参考URL,国税庁タックスアンサー(貸家建付地の評価)
http://www.nta.go.jp/taxanswer/hyoka/4614.htm

ご相談者様は入居時から飲食店として営業を継続し、長年かけて間顧客からの信用を蓄積し、場所的な利益も大きいでしょうから、賃貸人からの単に建物の老朽化や土地の有効利用という理由だけではなく、相当の立退き料の提供を受けて、賃貸人からの解約申入れに正当事由が具備されると考えられます。

立退き料の算定方法に関する説明については、当事務所事例集No526等をご参照ください。

3 大手居酒屋チェーンが賃借した店舗の立退きが問題となった判例がありますので紹介します。

  東京地方裁判所平成27年3月6日判決

(当事者)
賃貸人:娯楽施設の経営、不動産管理運営をする会社 所有ビルで映画館、ボウリング場の営業をし、所有ビルの一部をテナントに賃貸している。
賃借人:全国規模で居酒屋チェーンを展開する会社 本件賃借建物地下1階で居酒屋営業をしている。
    店舗面積は約561.98u 座席数354席

(事案)
平成12年7月より賃貸人は所有ビルの地下1階を賃借人に賃貸をしている。その後、更新が数回行われた。賃貸人は建物が老朽化したことや土地ビルの有効利用・高度利用を理由に、平成24年8月に「平成26年7月31日をもって賃貸借契約解約を終了する」と賃貸人に申し入れた。

(争点)
賃貸人である原告から賃借人である被告に対し、賃貸借契約の解約申し入れをすることに借地借家法28条にいう「正当な事由」があるかどうか。

(判決内容)
賃貸側の事情として、@建築後50年前後経過しており、建物・設備の老朽化があること、A耐震改修工事をする必要があること、B映画館、ボウリング場の動員数減少から閉館し老朽化した建物を取り壊すことを決めたこと、C周辺所有土地を一体として再開発をし、土地建物の有効利用・高度利用を図ること、などを認め、他方、賃借人側の事情として@チェーン店としての居酒屋営業を展開していること、A席数354席の大型店舗であること、B周辺土地の大型商業施設が土地開発のため閉館し、一時期、客数、売上が減少したが、再開発の完了により大型商業施設が開業すれば客数・売上の増加が見込まれること、を認めた。

 その上で、賃借人は大手居酒屋チェーン店で、周辺地域でも新規店舗を複数開業していることや移転先を確保することが困難とはいえないとして、賃借人よりも賃貸人の方に建物使用の必要性があることを認めた。

 ただし、賃貸人側にも@自己使用といっても土地建物の有効利用・高度利用という経済的な理由にすぎないこと、A具体的な利用計画が明らかにされていないこと、から、賃貸人に建物使用の必要性を肯定できるとしても直ちに解約申し入れの正当事由を認めることはできず、相当な立退料の支払いによって、賃貸人の解約申し入れに正当な事由が具備されるとした。

 そして、立退料の額を1億3000万円として、同金額と引き換えに賃借人から賃貸人への明け渡しを認めた。

4 上記判決での立退き料の算定内容について説明します。

 原被告、裁判所ともに立退き料の金額を借家権価格を基準としています。そして、原被告が主張した立退き料の金額は、原告側の不動産鑑定士の鑑定書ではが6690万円、被告側の不動産鑑定士の鑑定書では2億6500万円としています。

 判決では、借家権価格を1億3800万円とし、その上で原告側の正当事由の充足の程度を考慮し、さらに原告が主張金額6690万円の2倍(1億3380万円)に満たない金額までは支払意思を有すると弁論の全趣旨から認定し、金額を調整した上で立退き料を1億3000万円と認定しました。被告控訴し 高裁で2億6500万円で和解が成立しました。


5 ご相談者様の場合、まずは賃貸人と正当事由があるかどうか、立退き料が支払われるのか、

 一般的に、賃貸物件の明渡訴訟において立退き料の支払いなしに正当事由が認められうということはないと考えて良いでしょう。そこで、立退き料の金額等賃貸人と話し合いをし、ご相談者様が納得できる条件であれば賃貸人からの引渡しに応じても良いのですが、納得できなければ引渡しを拒否して裁判所の判断を仰ぐことになるでしょう、いずれにしても一度は弁護士に相談をし、賃貸借契約解約の正当事由の有無や相当な立退き料の金額など聞かれたほうがよいでしょう。


≪参照条文≫
(建物賃貸借契約の更新等)
第二十六条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
2 前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。
3 建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
(解約による建物賃貸借の終了)
第二十七条 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
2 前条第二項及び第三項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。
(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第二十八条 建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。




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