親権者による子の連れ去り

家事|未成年者略取誘拐罪|刑事告訴|人身保護請求|子の引き渡し

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私には、妻と娘がいるのですが、娘は、未だ幼く、保育園に通っています。妻は、もっと幼い頃は、娘のことを可愛がっていたのですが、娘がいわゆるイヤイヤ期に入ってからは、娘のことを怒鳴りつけたりするようになってしまいました。私も仕事が忙しく、育児に積極的に参加できていなかった負い目もあって、始めは、見て見ぬふりをしていたのですが、最近になって、娘へ当たりが余りにも強くなってしまったため、私は、妻に対し、「そんなに強く当たったら可哀想だ。もう少し娘の立場に立って考えた方が良い。」と注意しました。すると、妻は、逆上してしまい、娘に対し、「お前なんかいらない。」と吐き捨てて、自宅を飛び出してしまいました。

その後、数か月の間、連絡も取れない状況が続いていたのですが、先日、私が保育園のお迎えに行くと、娘が妻によって連れ去られてしまっていました。園長先生のお話しでは、突如、妻が保育園に現れて、娘を抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去った、ということでした。

私としては、娘は私のもとで安定して生活していたにもかかわらず、自身の都合で娘を連れ去った妻の身勝手な行いを許すことができません。妻を誘拐の罪で刑事告訴することはできるでしょうか。

回答:

1 まず、奥様は未成年者である娘さんを連れ去っているため、未成年者略取・誘拐罪(刑法224条)の成否を検討することになります。同罪は、未成年者をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実的支配下に置く犯罪で、その法定刑(刑法などの刑罰法規の中で、各個の犯罪について規定されている刑の種類及び範囲)は3年以上7年以下の懲役とされています。

2 ここで、奥様が親権者(監護権者)であることから、親権者(監護権者)にも未成年者略取・誘拐罪が成立し得るかが問題となりますが、この点については、著名な最高裁平成17年12月6日決定が存在します。同決定は、要するに、被告人による連れ去りが、他方の親権者や未成年者の意思に反するものであるため、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当することを前提とした上で、被告人も親権者(監護権者)であることは、違法性阻却事由の有無の問題として考慮すべきであるとしたものです(犯罪の成立については、行為が法律に定められた構成要件に該当すること、その行為が違法であること、行為者に責任(故意過失、責任責任能力など)があることが要件とされています。行為が構成要件に該当する場合は原則として違法な行為であり、法律が定める違法性阻却事由や責任阻却事由がない限り犯罪が成立します)。

3 本件でも、奥様は親権者(監護権者)ではあるものの、その連れ去りは、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当するものといえます。その上で、親権者としての権利行使として違法性阻却事由である正当行為(刑法第35条)に該当するか検討することになり①娘さんは相談者様のもとで安定して生活しており、娘さんを連れ去ることが現に必要とされるような特段の事情が認められないこと、②奥様は、突如、保育園に現れて、娘さんを抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去っており、その連れ去りが粗暴で強引な態様のものといえること、③娘さんが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない幼児であること等からすれば、社会的相当性を有する行為だとは認められず、違法性が阻却されることはないでしょう。したがって、奥様には、未成年者略取罪が成立することになります。

4 相談者様は、奥様の処罰を求め、刑事告訴(刑事訴訟法230条)を行うことができます。ただ、警察には、刑事告訴を受理する義務があるのですが(犯罪捜査規範63条)、実際上、何かと理由を付けて、刑事告訴の受理を拒絶しようとしてくることがあります。特に、本件だと、警察は家庭内の問題に介入できないなどと言って、刑事告訴の受理が拒絶される可能性が高いように思えます。そのため、刑事告訴は、口頭でも可能ですが(刑事訴訟法241条)、刑事告訴を受理させるためには、告訴状を作成して、証拠を添付して行い、更には、必要に応じて、上記の決定を示して、これを説明した方が良いでしょう。

5 なお、警察の捜査も相応の時間を要することが見込まれるため、もし娘さんへの虐待が懸念されるような場合には、刑事告訴に先んじて、警察に奥様への注意をお願いするか、児童相談所に相談するなどしてください。娘さんが児童相談所に一時保護(児童福祉法33条)されてしまう可能性も否定できませんが、娘さんの身の安全が第一です。刑事告訴も一つの手段ですが、子どもの保護ということから、子供を取り戻す方が大切なことが多いでしょうから、子の引渡の審判や人身保護法の適用も検討してください。

6 子の引き渡しに関する関連事例集参照。

解説:

1 未成年者略取・誘拐罪の概要

未成年者略取・誘拐罪(刑法224条)は、未成年者をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実的支配下に置く犯罪であり、その法定刑(刑法などの刑罰法規の中で、各個の犯罪について規定されている刑の種類及び範囲)は3年以上7年以下の懲役とされています。

未成年者をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実的支配下に置く際、暴行・脅迫を手段とする場合を「略取」、欺罔・誘惑を手段とする場合を「誘拐」と呼びます。これらを合わせて「拐取」と呼ばれています。「拐取」は、必ずしも未成年者に対して行われる必要はなく、監護権者に対して行われた場合であっても、「拐取」に当たります。例えば、監護権者に嘘をついて未成年者を連れ出す行為も「誘拐」に当たります。

また、未成年者略取・誘拐罪が成立するためには、当然、行為者に故意があることが必要となるため、例えば、未成年者のことを成人と誤認していたような場合には、故意がなく、同罪は成立しないことになります。

未成年者略取・誘拐罪の保護法益については、学説上、激しい対立が存在します。具体的には、未成年者の自由のみが保護法益であるとする未成年者の自由説、監護権者の監護権のみが保護法益であるとする人的保護関係説、未成年者の自由と監護権者の監護権の2つが保護法益であるとする折衷説、未成年者の自由と安全が保護法益であるとする未成年者の安全説があります。このうち、判例は折衷説の立場を取るものといわれています。折衷説に対しては、監護権者が未成年者を虐待から保護するために奪取した場合にも、同罪が成立することになってしまう、といった批判も存在するところです。

2 監護権者に未成年者略取・誘拐罪が成立し得るか

監護権者に未成年者略取・誘拐罪が成立し得るかという点につき、最高裁平成17年12月6日決定は、「被告人は、Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活していたCを、祖母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り、保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから、その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり、被告人が親権者の1人であることは、その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情である」とした上で、「被告人は、離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって、そのような行動に出ることにつき、Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから、その行為は、親権者によるものであるとしても、正当なものということはできない。また、本件の行為態様が粗暴で強引なものであること、Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること、その年齢上、常時監護養育が必要とされるのに、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば、本件行為につき、違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり、未成年者略取罪の成立を認めた原判断は、正当である。」として、親権者(監護権者)である被告人に同罪の成立を認めています。

これは、被告人による連れ去りが親権者(監護権者)であるBと未成年者であるCのいずれの意思にも反するものであるため、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当することを前提とした上で、被告人も親権者(監護権者)であることは、違法性阻却事由の有無の問題として考慮すべきであるとしたものです。

そして、一般に、刑法が法益保護機能のみならず、社会倫理秩序維持機能をも有することから、違法性の実質は、社会的相当性を逸脱して法益侵害の危険性を惹起することにあると解され、したがって、違法性阻却事由の有無については、社会的相当性を有する行為であるか否かという観点から判断されることになります。上記の決定でも、①虐待から保護する必要があったなど、Cを連れ去ることが現に必要とされるような特段の事情が認められないこと、②被告人による連れ去りの態様が粗暴で強引なものであること、③Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること等を指摘し、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない、すなわち、社会的相当性を有する行為だとは認められないとして、違法性の阻却を否定しています。

本件でも、奥様は親権者(監護権者)ではあるものの、その連れ去りは、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当するものといえます。その上で、①娘さんは相談者様のもとで安定して生活しており、娘さんを連れ去ることが現に必要とされるような特段の事情が認められないこと、②奥様は、突如、保育園に現れて、娘さんを抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去っており、その連れ去りが粗暴で強引な態様のものといえること、③娘さんが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない幼児であること等からすれば、社会的相当性を有する行為だとは認められず、違法性が阻却されることはないでしょう。したがって、奥様には、未成年者略取罪が成立することになります。

3 今後の対応

上記のとおり、奥様には、未成年者略取罪が成立するため、相談者様は、奥様の処罰を求め、刑事告訴を行うことができます。

そもそも、刑事告訴(刑事訴訟法230条)とは、被害者、法定代理人、親族等の告訴権者が、警察や検察官に対し、犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示のことをいいます。刑事告訴がなされた場合、警察は、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならず(犯罪捜査規範63条)、刑事告訴の受理後は、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑事訴訟法242条)。検察官においては、起訴したか否かの結論を告訴人に通知する義務を負い、(同法260条)、告訴人からの請求があったときは、不起訴とした理由を告知しなければなりません(同法261条)。

このように、警察には、刑事告訴を受理する義務があるのですが、実際上、何かと理由を付けて、刑事告訴の受理を拒絶しようとしてくることがあります。特に、本件だと、警察は家庭内の問題に介入できないなどと言って、刑事告訴の受理が拒絶される可能性が高いように思えます。そのため、刑事告訴は、口頭でも可能ですが(刑事訴訟法241条)、刑事告訴を受理させるためには、告訴状を作成して、証拠を添付して行い、更には、必要に応じて、上記の決定を示して、これを説明した方が良いでしょう。上記のとおり、違法性の阻却を否定する重要な事情として、奥様が、突如、保育園に現れて、娘さんを抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去ってしまったことが挙げられるため、クラス担任の先生の協力を得て、その陳述書を準備して、これを証拠として添付するのが有用です。

なお、警察の捜査も相応の時間を要することが見込まれるため、もし娘さんへの虐待が懸念されるような場合には、刑事告訴に先んじて、警察に奥様への注意をお願いするか、児童相談所に相談するなどしてください。娘さんが児童相談所に一時保護(児童福祉法33条)されてしまう可能性も否定できませんが、娘さんの身の安全が第一です。さらに、子どもの保護ということから、子供を取り戻す方が大切なことが多いでしょうから、子の引渡の審判や人身保護法の適用も検討してください。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

【刑法】

第224条(未成年者略取及び誘拐)

未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

【刑事訴訟法】

第230条

犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

第241条

1 告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。

2 検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。

第242条

司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

第260条

検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人又は請求人に通知しなければならない。公訴を取り消し、又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも、同様である。

第261条

検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかに告訴人、告発人又は請求人にその理由を告げなければならない。

【犯罪捜査規範】

第63条(告訴、告発および自首の受理)

1 司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。

2 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。

【児童福祉法】

第33条

1 児童相談所長は、必要があると認めるときは、第二十六条第一項の措置を採るに至るまで、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる。

2 都道府県知事は、必要があると認めるときは、第二十七条第一項又は第二項の措置(第二十八条第四項の規定による勧告を受けて採る指導措置を除く。)を採るに至るまで、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童相談所長をして、児童の一時保護を行わせ、又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる。

3 前二項の規定による一時保護の期間は、当該一時保護を開始した日から二月を超えてはならない。

4 前項の規定にかかわらず、児童相談所長又は都道府県知事は、必要があると認めるときは、引き続き第一項又は第二項の規定による一時保護を行うことができる。

5 前項の規定により引き続き一時保護を行うことが当該児童の親権を行う者又は未成年後見人の意に反する場合においては、児童相談所長又は都道府県知事が引き続き一時保護を行おうとするとき、及び引き続き一時保護を行つた後二月を超えて引き続き一時保護を行おうとするときごとに、児童相談所長又は都道府県知事は、家庭裁判所の承認を得なければならない。ただし、当該児童に係る第二十八条第一項第一号若しくは第二号ただし書の承認の申立て又は当該児童の親権者に係る第三十三条の七の規定による親権喪失若しくは親権停止の審判の請求若しくは当該児童の未成年後見人に係る第三十三条の九の規定による未成年後見人の解任の請求がされている場合は、この限りでない。

6 児童相談所長又は都道府県知事は、前項本文の規定による引き続いての一時保護に係る承認の申立てをした場合において、やむを得ない事情があるときは、一時保護を開始した日から二月を経過した後又は同項の規定により引き続き一時保護を行つた後二月を経過した後も、当該申立てに対する審判が確定するまでの間、引き続き一時保護を行うことができる。ただし、当該申立てを却下する審判があつた場合は、当該審判の結果を考慮してもなお引き続き一時保護を行う必要があると認めるときに限る。

7 前項本文の規定により引き続き一時保護を行つた場合において、第五項本文の規定による引き続いての一時保護に係る承認の申立てに対する審判が確定した場合における同項の規定の適用については、同項中「引き続き一時保護を行おうとするとき、及び引き続き一時保護を行つた」とあるのは、「引き続いての一時保護に係る承認の申立てに対する審判が確定した」とする。

8 児童相談所長は、特に必要があると認めるときは、第一項の規定により一時保護が行われた児童については満二十歳に達するまでの間、次に掲げる措置を採るに至るまで、引き続き一時保護を行い、又は一時保護を行わせることができる。

① 第三十一条第四項の規定による措置を要すると認める者は、これを都道府県知事に報告すること。

② 児童自立生活援助の実施が適当であると認める満二十歳未満義務教育終了児童等は、これをその実施に係る都道府県知事に報告すること。

9 都道府県知事は、特に必要があると認めるときは、第二項の規定により一時保護が行われた児童については満二十歳に達するまでの間、第三十一条第四項の規定による措置(第二十八条第四項の規定による勧告を受けて採る指導措置を除く。第十一項において同じ。)を採るに至るまで、児童相談所長をして、引き続き一時保護を行わせ、又は一時保護を行うことを委託させることができる。

10 児童相談所長は、特に必要があると認めるときは、第八項各号に掲げる措置を採るに至るまで、保護延長者(児童以外の満二十歳に満たない者のうち、第三十一条第二項から第四項までの規定による措置が採られているものをいう。以下この項及び次項において同じ。)の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は保護延長者の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、保護延長者の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる。

11 都道府県知事は、特に必要があると認めるときは、第三十一条第四項の規定による措置を採るに至るまで、保護延長者の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は保護延長者の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童相談所長をして、保護延長者の一時保護を行わせ、又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる。

12 第八項から前項までの規定による一時保護は、この法律の適用については、第一項又は第二項の規定による一時保護とみなす。

《参考判例》

(最高裁平成17年12月6日決定)

弁護人山谷澄雄の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、未成年者略取罪の成否について、職権をもって検討する。

1 原判決及びその是認する第1審判決並びに記録によれば、本件の事実関係は以下のとおりであると認められる。

(1) 被告人は、別居中の妻であるBが養育している長男C(当時2歳)を連れ去ることを企て、平成14年11月22日午後3時45分ころ、青森県八戸市内の保育園の南側歩道上において、Bの母であるDに連れられて帰宅しようとしていたCを抱きかかえて、同所付近に駐車中の普通乗用自動車にCを同乗させた上、同車を発進させてCを連れ去り、Cを自分の支配下に置いた。

(2) 上記連れ去り行為の態様は、Cが通う保育園へBに代わって迎えに来たDが、自分の自動車にCを乗せる準備をしているすきをついて、被告人が、Cに向かって駆け寄り、背後から自らの両手を両わきに入れてCを持ち上げ、抱きかかえて、あらかじめドアロックをせず、エンジンも作動させたまま停車させていた被告人の自動車まで全力で疾走し、Cを抱えたまま運転席に乗り込み、ドアをロックしてから、Cを助手席に座らせ、Dが、同車の運転席の外側に立ち、運転席のドアノブをつかんで開けようとしたり、窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず、自車を発進させて走り去ったというものである。

被告人は、同日午後10時20分ころ、青森県東津軽郡平内町内の付近に民家等のない林道上において、Cと共に車内にいるところを警察官に発見され、通常逮捕された。

(3) 被告人が上記行為に及んだ経緯は次のとおりである。

被告人は、Bとの間にCが生まれたことから婚姻し、東京都内で3人で生活していたが、平成13年9月15日、Bと口論した際、被告人が暴力を振るうなどしたことから、Bは、Cを連れて青森県八戸市内のBの実家に身を寄せ、これ以降、被告人と別居し、自分の両親及びCと共に実家で暮らすようになった。被告人は、Cと会うこともままならないことから、CをBの下から奪い、自分の支配下に置いて監護養育しようと企て、自宅のある東京からCらの生活する八戸に出向き、本件行為に及んだ。

なお、被告人は、平成14年8月にも、知人の女性にCの身内を装わせて上記保育園からCを連れ出させ、ホテルを転々とするなどした末、9日後に沖縄県下において未成年者略取の被疑者として逮捕されるまでの間、Cを自分の支配下に置いたことがある。

(4) Bは、被告人を相手方として、夫婦関係調整の調停や離婚訴訟を提起し、係争中であったが、本件当時、Cに対する被告人の親権ないし監護権について、これを制約するような法的処分は行われていなかった。

2 以上の事実関係によれば、被告人は、Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活していたCを、祖母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り、保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから、その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり、被告人が親権者の1人であることは、その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情であると解される(最高裁平成14年(あ)第805号同15年3月18日第二小法廷決定・刑集57巻3号371頁参照)。

本件において、被告人は、離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって、そのような行動に出ることにつき、Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから、その行為は、親権者によるものであるとしても、正当なものということはできない。また、本件の行為態様が粗暴で強引なものであること、Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること、その年齢上、常時監護養育が必要とされるのに、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば、本件行為につき、違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり、未成年者略取罪の成立を認めた原判断は、正当である。

よって、刑訴法414条、386条1項3号により、主文のとおり決定する。