新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1777、2017/09/06 11:30 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【家事、相続放棄、福岡高裁平成27年2月16日決定、最高裁判所昭和59年4月27日判決】

熟慮期間を経過した後の相続放棄



質問:
父は20年前に死亡したのですが、一か月前に父が生前連帯保証をしていたということで、金融機関から保証債務の履行として約3000万円の支払いを求められました。主債務者が半年前に破産手続きを取ったそうです。私は、25年前に結婚して家を出ており父母の生活状況等はほとんど知りませんでした。また、父の財産はなにも相続していませんし、そのような負債があることや保証人になっていることは全く知りませんでした。今からでも相続の放棄ができるのでしょうか。
なお、父の遺産には自宅と店舗を兼ねた不動産がありましたが、母と兄が全部相続し私はなにも相続していません。特に遺産分割協議もしていませんでした。その後、兄は死亡し、母親も認知症で老人ホームにいます。



回答:
1 相続放棄は、民法第915条1項本文によると、「自己のために相続があったことを知ったときから3か月以内に・・・・放棄をしなければならない。」と規定しています。

2 この3か月の期間(以下「熟慮期間」と言います。)の起算点について、最高裁判所(最高裁昭和五七年(オ)第八二号同五九年四月二七日第二小法廷判決・民集三八巻六号六九八頁参照)は、「原則として、相続人が、被相続人が死亡し、自己について相続の開始があったことを知った時から起算されるべきものである」としていますから、あなたが父上の死亡を知った時から3ヵ月経過すると放棄はできないことになります。

3 但し、例外として「相続人が上記各事実を知った場合であっても、上記各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が上記各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。多額の被相続人名義の債務が後日判明し,その存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる場合には、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識したとき、または認識すべき時から進行する」としています。

4 この最高裁判決を前提としても、ご相談者様の場合、父上には自宅があったことを知っていたのですから、相続財産の存在を知っていたことになります。そうすると父上が亡くなったことを知ってから熟慮期間3か月を経過すれば、多額の債務が後に判明しても相続放棄は期間経過でできないのではないか、問題となります。

5 多額の債務の存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる具体的事情がある場合でも相続財産の一部の存在を知っていれば、もはや相続放棄はできないのでしょうか。

6 この点、福岡高等裁判所平成27年2月16日決定は、相続財産の一部の存在を知っていても、相続債務の存在を後日知った場合には、その時が起算点になることがあることを認めています。この判決は解説本文で説明します。
  被相続人が亡くなったことを知ってから3か月を経過した後に相続放棄の申述をする場合には、相続承認・放棄等の手続をしなかった具体的事情を家庭裁判所に積極的に主張しなければなりません。相続放棄の手続はご相談者様本人でもできますが、一度お近くの弁護士に相談・依頼することを検討された方が良いと思われます。

7 関連事例集、相続放棄の要件3か月の熟慮期間に関し1771番1672番1244番820番754番参照。相続財産調査に関する事例集としては、1765番1176番195番等を参照してください。


解説:

第1 はじめに

  ご相談者様の父上が亡くなったとのことですので,ご相談者様は相続人として,被相続人である父上が有していた一切の権利義務について承継する立場にあります(民法第896条)。この一切の権利義務には,被相続人が生前有していた全ての相続財産,債務が含まれます。したがって,被相続人が不動産・預金などのプラスになる財産を有していればそれを取得し、他方、借金があるような場合にはそれを債権者に支払う必要が出てきます。

  被相続人が多額の債務を負っていた場合、相続人が全て負うかどうか、相続を受けるかどうかについて,相続人の自由な意思に委ねることが妥当でしょう。そこで,法は,一定の期間を設け,相続人が被相続人の相続を受けるかの選択権を与えています。この相続を承認するか、放棄するか(放棄)を判断するための期間を,熟慮期間といいます。

  この熟慮期間は,被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月以内が原則ですが,多額の被相続人名義の債務が後日判明し,その存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる場合などには,例外的に被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月を過ぎていても相続放棄できる場合があります。

  このことを最高裁判所は昭和59年4月27日判決で示しておりますので、以下に紹介します。


第2 最高裁判所昭和59年4月27日判決

   最高裁判決は、まず、民法第915条1項本文の、単純承認もしくは限定承認または放棄をするかどうかの3か月の期間の趣旨を次のように考えています。すなわち、被相続人が亡くなって自己が相続人となったことを知ってから3か月あれば、相続すべき積極財産、消極財産の有無や状況を調査することができ、この調査結果に基づいて単純承認、限定承認、放棄を選択することが可能だとしています。

『民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をする
について三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人
が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知
つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によ
つて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その
状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又
は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいている』

   この民法第915条1項本文の趣旨から、最高裁は熟慮期間の起算点を、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時点としています。

『熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものである』

  ただ、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合でも、この各事実を知ってから3か月以内に限定承認や放棄をしなかった点に特別の事情があれば、熟慮期間は、例外として、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である、としています。この特別の事情は、

  ・被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたこと。
  ・上記に加えて、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があること。
  ・相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められること。

  を判断要素としています。

『相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。』

最高裁判所のHPより昭和59年4月27日判決
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52168

判決全文
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/168/052168_hanrei.pdf

 『民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。』


第3 福岡高等裁判所平成27年2月16日決定

   このように、裁判所の判断は、原則として熟慮期間の起算点は、被相続人の死亡の事実、自分が相続人であることを認識した時であるが、例外として相続財産がないと信じていた場合で信じたことに相当な理由がある場合は、「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解する」としています。

  条文の文言からは離れますが、熟慮期間が設けられている趣旨は、「三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備される」ことにあるのですから単に相続人であること知っただけで3ヵ月以内に相続財産の調査までせよというのは無理があることからこのような解釈には合理性があるとされています。

  しかし、最高裁の判断を前提としても、ご相談のように自宅が被相続人の所有であることを知っていた場合、最高裁の言う「相続財産の一部を認識した時」に該当し、父親の死亡を知った時が、熟慮期間の起算点になってしまい、ご相談のような場合は相続放棄の熟慮期間は既に経過していしまっているとも考えられます。しかし、何も相続しなかった場合、借金があることが後日判明した場合放棄が認められないというのも酷な結果ではないか疑問が残ります。

  この点、 「相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、自己が取得すべき相続財産がなく、通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており、かつ、そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には、上記最高裁判例の趣旨が妥当するというべきであるから、熟慮期間は、相続債務の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。」とした高裁の裁判例があります。高裁の抗告審の判断ですから、家庭裁判所では、熟慮期間が経過しているとして相続放棄の申述が受理されなかった事案です。

  この裁判例によれば、ご相談の場合も自分が相続する財産はないもなかったこと、負債についても知らなかった場合、負債を知った時が熟慮期間の起算点となりますから、相続の放棄は認められることになります。

福岡高等裁判所平成27年2月16日決定(相続放棄申述受理申立却下の審判に対する抗告事件)を紹介します。

 1 事案の経過

   【当事者】
    A(被相続人・大正〇年〇月〇日生・昭和63年6月21日没・自宅店舗でBとともに商売をしていた。加入組合が県から借り入れをしている債務について、連帯保証人になっていた。
    B(Aの配偶者・大正〇年〇月〇日生・Aの店舗を手伝い、A死亡後はAの事業を引き継いだ。)
    C(ABの子・長男・A死亡後はAの事業を引き継いだBを手伝っていた。)
    X1(ABの子・長女・Aの相続放棄を申述・抗告人・昭和〇年〇月〇日に結婚をし家を離れてからは被相続人Aとは没交渉だった。)
    X2(ABの子・二男・Aの相続放棄を申述・抗告人・結婚をし家を離れてからは被相続人Aとは没交渉だった。)
    X3(ABの子・四男・Aの相続放棄を申述・抗告人・昭和44年ころ大学に進学をし家を離れてからは被相続人Aとは没交渉だった。)

   【事案の簡単な経過】
    被相続人Aは自宅店舗で商売をしていた。配偶者B、子C、X1、X2、X3がいたが、X1、X2、X3は結婚、進学をきっかけに家を出て、Aとは没交渉となっていた。
    Aは同業者で構成する組合に加入しており、昭和50年ころ、組合が県から約1億8000万円を借り入れた時にAは連帯保証をした。
    昭和63年6月21日にAは亡くなった。X1、X2、X3らは同日にAが亡くなったことを知った。
    X1、X2、X3は、A所有の自宅店舗の存在は知っていたが、自宅店舗は商売を引き継いだBが取得したため、自分たちにはAから相続する財産はないと考え、相続の放棄等の手続は行わなかった。また、Aが県の組合に対する債務について連帯保証をしていることは知らなかった。
    平成25年4月22日、組合は倒産した。
    平成26年5月12日、県はAの連帯保証債務をX1、X2、X3が相続した旨の通知を同人らに送った。X1、X2、X3は同年5月13日に通知を受け取った。
    同年7月23日、X1、X2、X3は家庭裁判所に相続放棄の申し立てをした。

   【事案の具体的な経過】
    ア 被相続人Aは昭和63年6月21日に死亡し、X1、X2、X3はd同日、その事実を知った。
    イ X2は、被相続人が死亡して間もなく、Bから、本件事業を継続するためには、不動産がないと銀行から融資を受けられないから、遺産を分け与えないがそれでよいかと持ち掛けられ、承諾した。X1、X3にはBからの話はなかった。
    ウ Bが引き継いだAの事業は平成11年ころ廃業した。
    エ 本件店舗兼住宅には平成8年3月28日にBへの相続登記がなされた。
    オ X1らはいずれもB又はCと遺産分割の協議をしたことはない。

   【相続債務について】
    ア 昭和50年8月22日、Aの加入する組合に対し、県は約1億8000万円を貸し付けた。Aは組合の債務について連帯保証をした。
    イ 組合は、平成26年5月12日、破産申立をし、同月22日、組合に対する破産決定がなされた。
    ウ 県は平成26年5月12日付でX1らに対し、Aの連帯保証債務を相続したとして通知を受けた。X1らは同月13日に通知を受領した。

   【相続放棄の申述について】
    ア 平成26年7月23日、XらはAの相続について相続放棄の申述をした。
    イ 原審の家庭裁判所は、熟慮期間3か月の起算点を被相続人が死亡した昭和63年6月21日として、本件各申述は3か月を経過しているから、却下とした。
      すなわり、抗告人らは、被相続人が死亡した昭和六三年六月二一日当時、主な相続財産の存在を認識しており、同日時点で自己のために相続の開始があったことを知っっていた。
      同日が民法九一五条一項本文所定の単純承認若しくは限定承認又は放棄をしなければならない三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)の起算日である。
      本件各申述は熟慮期間が経過してからなされたものであるとして、    本件各申述受理の申立てをいずれも却下した。
    ウ X1らがこれを不服として高等裁判所に抗告を申し立てたのが、本件判決。

   【争点】
   相続放棄の熟慮期間3か月の起算点は、相続人が、自己がAの相続が開始し、自己が相続人となったことを知った昭和63年6月21日か、県からAの保証債務を相続したという通知を受領した翌日の平成26年5月14日か。

 2 福岡高等裁判所平成27年2月16日決定 

   ア 判決は、まず、上記で説明した最高裁昭和59年4月27日判決を引用し次のように述べて、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきとしています。

     『熟慮期間は、原則として、相続人が、被相続人が死亡し、自己について相続の開始があったことを知った時から起算されるべきものであるが、相続人が上記各事実を知った場合であっても、上記各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が上記各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年(オ)第八二号同五九年四月二七日第二小法廷判決・民集三八巻六号六九八頁参照)。』

   次に判決は、相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、上記最高裁判決の趣旨が妥当する場合があることを認めています。

   『相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、自己が取得すべき相続財産がなく、通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており、かつ、そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には、上記最高裁判例の趣旨が妥当するというべきであるから、熟慮期間は、相続債務の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。』

   イ 本件については、判決は本件の事実関係について次のように認定しています。

     ・(抗告人らは相続財産の存在を知っていた。)抗告人らは、被相続人が自宅不動産及び店舗不動産を所有していたことを知っていた
     ・(X2は自己が相続すべき財産がないものと信じていた。)抗告人X2においては、Bが被相続人の相続財産を全て相続し、本件事業を継続したいとの意向を受け、抗告人X2には相続すべき相続財産がないものと信じていたことが認められる
     ・(X1、X3は自己が相続すべき財産がないと信じていた)抗告人X1及び抗告人X3は、そもそもBから上記意向を聞かされていないが、Bが被相続人の相続財産の全てを相続して本件事業を継続するとの被相続人の生前の意向又はBの意向を当然に認識しており、実際にBが本件事業を承継したという状況を踏まえると、抗告人X1及び抗告人X3は、被相続人に係る相続について、自分たちが相続すべき財産がないことを認識していたものと認められる。
     ・(B又はCとの間で遺産分割協議もしたこともなかった)抗告人らは、B又はCとの間で、遺産分割協議をしたこともなかった。
     ・(X1、X2、X3いずれも実家を離れて生活をし、Aとの交流は深くなかった。)抗告人X1は昭和四二年頃、抗告人X2及び抗告人X3は昭和四四年頃、それぞれ実家である自宅不動産を離れて生活するようになり、被相続人とは時々行き来する程度の交流をし、
     ・(X1、X2、X3A死亡後にAの事業にかかわることもなかった)被相続人の死亡後は主としてBが本件事業を営んでおり、抗告人らは、被相続人の生前を含め、本件事業に関与したことは全くなく、被相続人に相続債務が存在することも聞かされていなかった。
     ・(X1、X2、X3に相続債務の存在を認識することは困難だった)被相続人には本件連帯保証に係る債務以外の相続債務がないこと、本件貸付けの主債務者は、被相続人が代表者等を務める法人ではなく、本件事業と同種の業者が結成したものと思われる本件組合であること、被相続人が本件連帯保証をした昭和五〇年当時、抗告人らはいずれも実家を離れて生活していたことからすれば、抗告人らにおいて、被相続人に係る何らかの相続債務があるとは認識しておらず、又、何らかの相続債務があると認識することは困難であったと認められる。

   ウ 以上、イで述べた事情から判決は次のように、起算日を県からの通知を受領した翌日の平成26年5月14日としています。
     (被相続人が亡くなってから3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったことについて、抗告人らが相続すべき財産が全くない、相続債務が存在しないと信じたためであり、このように信じたことには相当な理由がある)
     『抗告人らは、被相続人が死亡した当日に死亡の事実を知ったが、上記事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのは、被相続人に係る相続財産は全てBが相続するから、抗告人らが相続すべき相続財産が全く存在せず、かつ、被相続人に係る相続債務は存在しないものと信じたためであり、上記事情からすれば、抗告人らがそのように信じたことについて相当な理由があると認められる。』

      (熟慮期間の起算点は、相続債務の存在を知った時とすべき)
  『本件において、熟慮期間の起算点は、抗告人らが被相続人に係る相続債務が存在することを知った時とすべきところ、抗告人らは、平成二六年五月一三日、本件通知を受領し、同日、被相続人に係る相続債務として本件保証債務が存在することを初めて知ったと認められるから、本件における熟慮期間の起算日は同日の翌日である同月一四日となる。』

    エ こうして本件判決は、熟慮期間の起算点を相続人が相続債務を知った平成26年5月13日とし、各抗告人の相続放棄の申述受理をしました。


第4 具体的な検討の必要性

  このように福岡高裁は、積極的な相続財産があることを知っていた場合でも、相続債務が判明した時点を起算点とする場合があることを認めています。相続財産について調査することが相当と判断できる時点が起算点になるということですから、負債が少しでもあること知った時は、その時が起算点となってしまうでしょう。また、被相続人が会社等の経営をしていたという場合は、何らかの負債を負っている可能性がありますから、すぐに調査すべきとも言えます。従って、熟慮期間の起算点については具体的な検討が必要になります。

  なお、家庭裁判所や抗告審の高等裁判所において、相続放棄の申述が受理されてもその放棄が適法か否かは、債権者が別途訴訟で争うことができます。家庭裁判所は放棄をする相続人の説明だけで放棄の申述を受理しますから、債権者は別途裁判、訴訟という手続きで証拠等に基づき放棄の手続きの適法性を争うことができます。

  その意味でも、紹介した福岡高裁判例は極めて例外的な扱いですから被相続人の債務の方が多いという心配がある場合は、直ちに調査を始め、3ヵ月で終わらない場合は、熟慮期間の伸長を家庭裁判所に請求するか(915条1項但し書き)、期間内に限定承認の申述(922,924条)を家庭裁判所にする必要があります。


第5 終わりに

  父上が亡くなり、ご相談者様が相続人となったことを知ってから相続承認や限定承認・放棄の手続をしないまま3か月が経過し、その後に父上の負債などが発覚した場合でも前記最高裁判決によると相続放棄ができる場合があります。ただ、家庭裁判所に相続放棄の申述をする場合には、「被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況」や「相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由がある」ことなどを具体的に主張しなければならないため、期間経過後の相続放棄の申述手続はお近くの弁護士に相談・依頼をされた方がよいでしょう。 

≪参照条文≫
民法
 第四章 相続の承認及び放棄

    第一節 総則

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

    第三節 相続の放棄

(相続の放棄の方式)
第九百三十八条  相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

(相続の放棄の効力)
第九百三十九条  相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

(相続の放棄をした者による管理)
第九百四十条  相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
2  第六百四十五条、第六百四十六条、第六百五十条第一項及び第二項並びに第九百十八条第二項及び第三項の規定は、前項の場合について準用する。


家事事件手続法

第十四節 相続の承認及び放棄に関する審判事件

第二百一条  相続の承認及び放棄に関する審判事件(別表第一の八十九の項から九十五の項までの事項についての審判事件をいう。)は、相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
2  前項の規定にかかわらず、限定承認の場合における鑑定人の選任の審判事件(別表第一の九十三の項の事項についての審判事件をいう。)は、限定承認の申述を受理した家庭裁判所(抗告裁判所が受理した場合にあっては、その第一審裁判所である家庭裁判所)の管轄に属する。
3  家庭裁判所(抗告裁判所が限定承認の申述を受理した場合にあっては、その裁判所)は、相続人が数人ある場合において、限定承認の申述を受理したときは、職権で、民法第九百三十六条第一項 の規定により相続財産の管理人を選任しなければならない。
4  第百十八条の規定は、限定承認又は相続の放棄の取消しの申述の受理の審判事件(別表第一の九十一の項の事項についての審判事件をいう。)における限定承認又は相続の放棄の取消しをすることができる者について準用する。
5  限定承認及びその取消し並びに相続の放棄及びその取消しの申述は、次に掲げる事項を記載した申述書を家庭裁判所に提出してしなければならない。
一  当事者及び法定代理人
二  限定承認若しくはその取消し又は相続の放棄若しくはその取消しをする旨
6  第四十九条第三項から第六項まで及び第五十条の規定は、前項の申述について準用する。この場合において、第四十九条第四項中「第二項」とあるのは、「第二百一条第五項」と読み替えるものとする。
7  家庭裁判所は、第五項の申述の受理の審判をするときは、申述書にその旨を記載しなければならない。この場合において、当該審判は、申述書にその旨を記載した時に、その効力を生ずる。
8  前項の審判については、第七十六条の規定は、適用しない。
9  次の各号に掲げる審判に対しては、当該各号に定める者は、即時抗告をすることができる。
一  相続の承認又は放棄をすべき期間の伸長の申立てを却下する審判 申立人
二  限定承認又は相続の放棄の取消しの申述を却下する審判 限定承認又は相続の放棄の取消しをすることができる者
三  限定承認又は相続の放棄の申述を却下する審判 申述人
10  第百二十五条の規定は、相続財産の保存又は管理に関する処分の審判事件(別表第一の九十の項の事項についての審判事件をいう。)について準用する。この場合において、同条第三項中「成年被後見人の財産」とあるのは、「相続財産」と読み替えるものとする。


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