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No.1672、2016/02/18 16:44 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続、相続放棄期間の起算点、福岡高等裁判所平成27年2月16日決定】

相続放棄期間伸長の申述手続きと相続財産の調査方法


質問:
私の父が10日前に亡くなったという話を叔母から聞きました。私と父は,かなり仲が悪く,ここ10年ほど一切連絡も取っておらず絶縁状態にありました。父は母と離婚しており,法定相続人は私と弟の2名になるようです。しかし,私の父にどのような財産が有ったのか不明ですし,記憶ではかなりの浪費家であったので,相当な借金があるかもしれません。私は相続放棄をした方が良いのか,相続を受けるべきなのか,どちらを選択すべきなのでしょうか。プラスの財産が多ければ相続を受けたいと思います。相続放棄できる期間には期限があるということも聞いており,相続財産の調査をどのようにすればよいのかを教えて下さい。



回答:

1 被相続人と連絡が取れておらず,相続財産の状況が不明ということですので,相続財産の調査の必要があります。相続財産の調査には時間もかかりますので,まずは,相続放棄をするか,相続の承認をするかを決める期間(熟慮期間 「被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月以内」)について,伸長の手続を家庭裁判所にて行う必要があります。

  申述の際には,熟慮期間伸長の必要性(相続財産調査のために相当な時間が必要なこと)をしっかりと述べ,家庭裁判所に事情を理解してもらうことが重要です。

  なお,熟慮期間は,基本的には被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月以内が原則ですが,多額の被相続人名義の債務が後日判明し,その存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる場合などには,例外的に被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月を過ぎていても相続放棄できる場合があります。

2 熟慮期間の延長が認められたら,その期間内に,相続財産の調査を行うことが必要です。相続財産には,プラスの財産(不動産,預貯金など),マイナスの債務があります。

  プラスの財産については,まず被相続人の居宅内にて,固定資産税の通知書,預貯金通帳などの資料を取得する必要があります。正確には、不動産については自治体の固定資産税課が管理している名寄帳の確認、預貯金については金融機関などに対して残高証明を取り寄せること,調査会社へ依頼するなどして調査をする必要があります。

  後者についても,基本的には被相続人居宅に保管されている契約書,請求書などの資料が基本となります。資料がないような場合には,信用情報機関に対し問合せを行うことが有用といえます。

  これらの相続財産調査に関しては,代理人弁護士を通じて行うことも可能ですので,相続を承認するか,放棄するかについてお困りの場合には,弁護士に相談されることをお勧めします。

3 その他、相続財産調査に関する事例集としては、1176番195番等を参照してください。相続放棄の要件3か月の熟慮期間に関し1244番820番754番参照。


解説:

第1 相続の承認または放棄の期間伸長

1 貴方の現在の地位,相続の承認又は放棄の期間(熟慮期間)について

  前提として,まずあなたが置かれている法的な立場について検討してきます。あなたの父が亡くなったとのことですので,あなたは相続人として,被相続人である父親が有していた一切の権利義務(例外もあります)について,全て承継する立場にあります(包括承継人)。

  ここにいう一切の権利義務には,被相続人が生前有していた全ての相続財産,債務が含まれます。したがって,被相続人が不動産などのプラスになる財産を有していればそれを取得することができますが,一方で,負債があるような場合にはそれを支払う必要が出てきます。

  しかし,被相続人が債務超過の場合,それについて責めのない相続人が全て負うのは不公平な場合があり,相続を受けるか否かについて,相続人の自由な意思に委ねることが相当といえます。そこで,法は,一定の期間を設け,相続人が被相続人の相続を受けるかの選択権を与えています。この相続を受けるか(承認),それとも受けないか(放棄)を決めるための期間を,熟慮期間といいます。

  この熟慮期間は,相続人が,自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内とされています(民法915条1項)。この期間内に,相続を受けるか,相続を放棄するかを決めることとなります。

  相続の開始があったことを知った時は,通常,被相続人が死亡したことを知った時かを指し,本件でも,この期間内に相続放棄をするか否かを決める必要があるでしょう。

2 相続の承認又は放棄の期間伸長

(1)しかし,今回のように被相続人との関係が希薄な場合には,相続するか否かを決めるにあたっての前提となる,相続財産の調査にかなりの時間がかかることが想定されます。そのような場合,3か月という短期間の熟慮期間のみでは,相続放棄するか,相続を承認するかを決めることが困難です。

  法律は,このような事態を想定し,相続の承認または放棄の期間を延ばすこと(熟慮期間伸長の手続)を一定の場合に認めています。

民法第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間) 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

  このような相続放棄の期間伸長をするためには,家庭裁判所に対して,相続の承認または放棄の期間伸長の審判を求め,その許可を得ることが必要です。

  家庭裁判所の審判が認められるためには,以下の要件が必要となります。

(ア)期間の伸長の必要性があること

  例えば,相続財産が多数あり構成が複雑である場合,債務の存否の調査に時間を要する場合があげられます。本件においても,被相続人との関係が疎遠となっており,相続財産について把握していないこと,その調査に相当の時間がかかることを家庭裁判所に説明する必要があるでしょう。

(イ)自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月が経過していないこと

(ウ)相続の単純承認,限定承認,放棄をしていないこと

(エ)法定単純承認事由がないこと

  例えば,被相続人名義の預貯金を引き出して使用(相続財産の費消)するなど,相続人としての行動,相続財産の承認を前提とするような行動を行った場合には,相続の承認が確定し,もはや熟慮期間の伸長はできないこととなります。

(2)上記の申述は,家庭裁判所に申立書を提出して行います。

  申立書には,期間の伸長の必要性について,しっかりと記載しておく必要があります。また,どの程度の期間伸長が必要かも明記しておく必要があります。なお,申述に際しては戸籍謄本(被相続人の死亡が記載されているもの、相続人であることが確認できるもの)の提出も必要です。

  基本的に家庭裁判所は,書面審査のみで伸長を許可するかどうかを決めますが,場合によっては,裁判官ないし書記官から事情について追加で説明を求められます。

  家庭裁判所にて熟慮期間の伸長が認められた場合には,その期間内にて被相続人の財産調査を行う必要があります。この点に関し,家庭裁判所においては,被相続人の財産調査を行う手続きはありませんので,財産調査に関しては,相続人が自分ないしは代理人弁護士を通じて,適切に行う必要があります。この点は後述します。

3 熟慮期間を過ぎてしまった場合の相続放棄

  なお,万が一相続放棄期間伸長の申述が認められなかったり,仮に被相続人の死亡を知った時から3ヶ月が経過していても,相続放棄がおよそ認められない,ということはありません。例外的に熟慮期間の起算日を後にずらすことによって,相続放棄が可能となる場合があります。

  この点,福岡高等裁判所平成27年2月16日決定は,以下のとおり述べています。

「熟慮期間は、原則として、相続人が、被相続人が死亡し、自己について相続の開始があったことを知った時から起算されるべきものであるが、相続人が上記各事実(※被相続人の相続債務の存在)を知った場合であっても、上記各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が上記各事実を知った時から熟慮 期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である」

「また、相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、自己が取得すべき相続財産がなく、通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており、かつ、そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には、上記最高裁判例の趣旨が妥当するというべきであるから、熟慮期間は、相続債務の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。」

  上記高裁決定によれば,被相続人の死亡を知ったときから3か月以内に相続放棄をするのが原則となりますが,被相続人に相続財産が全くないと信じていた,相続財産の調査を期待することが著しく困難であった場合には,相続債務の存在を知った時を熟慮期間の起算点(死亡を知った時から起算点を後にずらす)とし,相続放棄が可能となる余地があります。また,仮に,相続財産の一部を知っていても,多額の相続債務があり,その存在を知れば当然相続放棄をしたであろう債務があったような場合にも,相続放棄ができる余地があります。すなわち,この場合の熟慮期間の起算点は,相続債務の存在を知った時点となり,そこから3月以内に相続放棄をすれば足りることとなります。

  もっとも,この点については,あくまで例外的措置になりますので,熟慮期間を過ぎた場合の相続放棄については弁護士に相談されることを強くお勧めします。

  一般的に熟慮期間経過後であっても弁護士が代理人となって申立をした場合、例外を満たす事実を確認しているという前提で相続放棄の申述を受理するのが多いと言えます。ただし、受理されたからと言って、放棄の有効性が確認されたことにはならない点注意が必要です。相続債務の債権者が,相続人に債権の回収を図ろうとして、訴訟を提起し申述期間の経過を理由に相続放棄が無効である旨主張する場合があることを念頭に置いておく必要があります。

第2 相続財産の調査方法

 1 次に,相続財産の調査について検討していきます。上記のとおり,家庭裁判所において,被相続人がどのような相続財産(債務)を有していたのかを調査してくれることはありません。基本的には,相続人において被相続人の相続財産の有無を調査する必要があります。

   この点については,代理人弁護士に依頼し,一定の範囲内で相続財産の調査を行うことも可能ですので,お困りでしたら一度弁護士へ相談されることをお勧めします。

 2 相続財産の調査方法

   次に,一定の類型の相続財産ごとに,調査方法を検討していきます。相続財産の調査方法については,その他当事務所事例集No.195をご参照いただければと思います。

 (1)債務について

   ア まずは,被相続人の住居を調査し,債務関係の資料(消費者金融,銀行,そのほか個人からの借入関係書類,契約書,請求書,払込票など)を取得することが有用と言えます。直接そのような書類がない場合には,被相続人の預貯金通帳を確認し,債権者に弁済をしている事実がないかどうかを確認することになります。

     その上で,各債権者に事実関係を確認するなどして,債務の額を確定させる必要があるでしょう。消滅時効にかかっているような場合には,消滅時効を援用する通知を書面で出しておくことも必要になります。

   イ 次に,そのような資料がないような場合には,信用情報機関に対して照会をかけることが有用です。信用情報機関に関する詳細な情報としては,当事務所事例集No.1172を参照してください。

    @ 全国銀行個人信用情報センター(KSS) − 主に銀行の債務を対象
    A 潟Vー・アイ・シー(CIC) − 主にカード会社の債務を対象
    B 鞄本信用情報機構(JICC) − 主に消費者金融を対象

     これらの期間に対しては,相続人としての立場にて,場合によっては代理人弁護士を通じて,信用情報の登録の有無を確認します。信用情報の中には,各機関からの借り入れの事実が記載されており,ここから債務の有無が判明することとなります。

   ウ その他,被相続人が事業を行っていたような場合には,確定申告書などの税金関係資料などからも債務の存在が発覚する場合もあります(この場合,会社の債務であるのか被相続人固有の債務であるのかの確認が必要です)。

(2)不動産について

  被相続人所有の不動産がある場合には,毎年1度,被相続人の住所宛に固定資産税の納税通知書が届きますので,ここから,被相続人所有の不動産の有無が判明することとなります。また,被相続人居住地の市町村(固定資産税課)に問い合わせ,被相続人所有の不動産を記載した名寄帳謄本の取得も検討する必要があります。

  固定資産税の通知書がない場合には,被相続人の住所の登記簿謄本を取得することによって,当該不動産を被相続人が所有しているかどうかを調査することができます。

  それでも判明しないような場合には,被相続人のその他の親戚,知人などから聴取するか,調査会社などに依頼するほかありません。

(3)預貯金について

  上記のとおり,まずは被相続人の居宅から,預貯金通帳が発見されれば,その内容を確認する必要があります。口座番号と支店がわかるようであれば,その銀行の支店に対して,残高証明書の発行を求め,現在の預貯金残高の把握を行う必要があるでしょう。

  被相続人の預貯金が不明な場合には,被相続人居住地周辺に支店を有する各銀行に問い合わせを行い,預貯金口座の有無を確認することが必要です。この点、自分が相続人であることを明らかにするため戸籍謄本や住民票等の資料をそろえて申請する必要があります。

(4)保険金について

  保険金などは,厳密にいえば相続財産ではないのですが,死亡保険金などは,受取人に遺族が指定されている場合が多く,上記と合わせて調査を行う必要があるでしょう。まずは被相続人の居宅内を調査し,保険加入の事実を確認します(保険証券などの資料)。預貯金履歴の中に,保険会社からの引き落としがあれば,その会社に問い合わせを行います。

(5)遺言の有無

  被相続人が遺言を残している場合もありますので,まずは居宅内を調査するか,遺言を預かっている人物がいないかを確認する必要があります。また,公正証書遺言を残しているかどうかについては,公証役場に問い合わせることによって,その存否が判明します。

(6)その他考えられる財産

  その他,以下のように被相続人の相続財産が考えられます。基本的には被相続人宛てに届いた書類から推測することになりますが,預貯金の取引履歴の内容から相続財産の存在が判明することがあります。

・被相続人の死亡退職金があるような場合には,勤務先に問い合わせを行う必要があります。
・株式を保有していれば,住所宛に株主総会通知や配当金通知などの書面が届くことが通例です。書面がある場合には,会社に問い合わせてください。
・自動車に関しては,自動車税の通知書,車検関係書類などから所有の有無が判明することがあります。

 3 上記の相続財産の調査を通じ,プラスの相続財産と,マイナスの債務を比較して,前者が上回っている場合には相続を承認し,後者が上回っている場合には相続を放棄することとなります。相続を放棄する場合には,家庭裁判所に相続放棄の申述を行う必要があります(民法938条)。

  相続財産調査の点については,代理人弁護士を通じた調査を行うことも可能ですので,相続放棄をするか承認をするかでお困りの場合には,弁護士へ相談されることをお勧めします。

<参照条文>
民法
 第四章 相続の承認及び放棄

    第一節 総則

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

    第三節 相続の放棄

(相続の放棄の方式)
第九百三十八条  相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

(相続の放棄の効力)
第九百三十九条  相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

(相続の放棄をした者による管理)
第九百四十条  相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
2  第六百四十五条、第六百四十六条、第六百五十条第一項及び第二項並びに第九百十八条第二項及び第三項の規定は、前項の場合について準用する。

<参考判例・参考決定>
相続放棄申述受理申立却下の審判に対する抗告事件
福岡高等裁判所平成27年2月16日決定

『熟慮期間は、原則として、相続人が、被相続人が死亡し、自己について相続の開始があったことを知った時から起算されるべきものであるが、相続人が上 記各事実を知った場合であっても、上記各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信 じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待するこ とが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が上記各事実を知った時から熟慮 期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し 得べき時から起算すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年(オ)第八二号同五九年四月二七日第二小法廷判決・民集三八巻六号六九八頁参照)。
 また、相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、自己が取得すべき相続財産がなく、通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろ う相続債務が存在しないと信じており、かつ、そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には、上記最高裁判例の趣旨が妥当するという べきであるから、熟慮期間は、相続債務の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である。』


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