新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1771、2017/09/04 16:50 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【家事、相続、熟慮期間経過後の相続放棄、最高裁判所昭和59年4月27日判決】

相続承認・放棄期間である3か月経過後の相続放棄


質問:
半年前に父が亡くなりました。10年前に父母は離婚をし、私は母についていく形で父のもとを離れました。当時、父は酒とギャンブルにおぼれ、家に生活費を入れないばかりか、気に入らないことがあると、母や私に暴力をふるうこともありました。そのため、私は家を出た後は、父と会うことや電話で話をすることもなく、父とは絶縁状態になっていました。
父が亡くなったことは、父が亡くなって間もなく、父の弟である叔父から話を聞きました。叔父の話によると、父が亡くなる直前は生活保護を受けており、父の葬儀や身辺整理なども叔父が行ったとのことでした。
父は財産を残して亡くなったわけではないと思い、私は、相続放棄などの手続は行っていませんでした。
ところが、最近になり、私のところに、クレジット会社から催告書が届きました。父がクレジット会社からお金を借りていたらしく、約50万円の請求を父の相続人である相談者に支払えと、支払わなければ裁判をする、と書いてあります。
父は他にも借金をしているかもしれません。父が亡くなって半年たっていますが、私は今からでも相続放棄の手続をとれるのでしょうか。



回答:
1 相続放棄は、民法第915条1項本文によると、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」と規定しています。

2 ご相談者様は父上が亡くなられて間もなく死亡の事実を叔父様から教えられたため、クレジット会社からの通知が届いた時点で3か月の期間が経過しており、相続放棄は認められないのでは、という不安をお持ちです。

3 この3か月の期間(以下「熟慮期間」と言います。)の起算点について、最高裁判決は、「多額の被相続人名義の債務が後日判明し,その存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる場合には、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識したとき、または認識すべき時から進行する」、としています。

4 この最高裁判決を前提とすると、ご相談者様の場合、父上には積極財産も消極財産もないと信じていたのですから、父上が亡くなったことを知ってから熟慮期間3か月を経過したとしても、多額の債務の存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる具体的事情を主張すれば、相続放棄が認められる可能性があります。

5 被相続人が亡くなったことを知ってから3か月を経過した後に相続放棄の申述をする場合には、前記4記載のようにこれまで相続承認・放棄等の手続をしなかった具体的事情を家庭裁判所に積極的に主張しなければなりません。相続放棄の手続はご相談者様本人でもできますが、一度お近くの弁護士に相談・依頼することを検討された方が良いと思われます。

6 その他、相続放棄の要件3か月の熟慮期間に関し1421番1244番917番820番754番参照。相続財産調査に関する事例集としては、1765番1672番1176番195番等を参照してください。


解説:

第1 はじめに

 ご相談者様の父上が亡くなったとのことですので,ご相談者様は相続人として,被相続人である父上が有していた一切の権利義務について承継する立場にあります(民法第896条)

 この一切の権利義務には,被相続人が生前有していた全ての相続財産,債務が含まれます。したがって,被相続人が不動産・預金などのプラスになる財産を有していればそれを取得し、他方、借金があるような場合にはそれを債権者に支払う必要が出てきます。

 被相続人が多額の債務を負っていた場合、相続人が全て負うかどうか、相続を受けるかどうかについて,相続人の自由な意思に委ねることが妥当でしょう。そこで,法は,一定の期間を設け,相続人が被相続人の相続を受けるかの選択権を与えています。この相続を承認するか、放棄するか(放棄)を判断するための期間を,熟慮期間といいます。

 この熟慮期間は,「被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月以内」が原則ですが,多額の被相続人名義の債務が後日判明し,その存在を知っていれば当然相続放棄するのが通常と思われる場合などには,例外的に被相続人の死亡の事実を知ったときから3か月ではなく、「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時」から起算され、相続人となった時から3ヵ月経過していても、相続放棄できる場合があります。

 このことを最高裁判所は昭和59年4月27日判決で「相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合でも、この各事実を知ってから3か月以内に限定承認や放棄をしなかった点に特別の事情があれば、熟慮期間は、例外として、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である」、示しておりますので、以下、第2で紹介します。

 但し、極めて例外的な扱いですから被相続人の債務の方が多いという心配がある場合は、直ちに調査を始め、3ヵ月で終わらない場合は、熟慮期間の伸長を家庭裁判所に請求するか(915条1項但し書き)、期間内に限定承認の申述(922,924条)を家庭裁判所にする必要があります。

第2 最高裁判所昭和59年4月27日判決(以下「最高裁判決」といいます。『 』は判決からの引用部分です)

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52168
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/168/052168_hanrei.pdf

1【当事者】

 X(債権者・上告人)
 E(債務者)
 D(被相続人・EのXに対する1000万円の債務について連帯保証をした)
 B1・B2・B3(Eの相続人・被上告人)

2【事案の経緯】

 昭和52年7月25日、DはEのXに対する債務1000万円について連帯保証をした。
 昭和55年2月21日、Xの連帯保証人Dに対する1000万円を支払えとの第一審判決がなされた。
 昭和55年3月5日、Dが死亡。判決送達前の死亡のため、裁判手続は中断した(当事者の死亡により手続が中断すること。民事訴訟法第124条第1項本文1号)。
 昭和55年7月28日、Xは第一審裁判所に受継の申立をした(当事者が死亡した場合、相続人が訴訟を引き継ぐこと。相手方も申し立てができる。民事訴訟法第126条)。
 昭和56年2月9日、第一審裁判所は受継決定をし、受継申立書、受継決定書正本、第一審判決正本を亡Dの相続人B1、B2、B3に送付した。
 判決正本等は、昭和56年2月12日にB1、同月13日にB2、同年3月2日にB3に送達された。
 なお、B3は同年2月14日にB2から送達の事実を知らされていた。
 D死亡から第一審判決が各相続人に送達されるまで約1年がたっていた。
(父亡Dと子B1、B2、B3との生活状況)
 Dは妻と子B1、B2、B3とともに借家住まいをしていた。
 Dは定職につかずギャンブルに熱中し、酒を飲んでは妻や子に暴力を振るい、家庭内ではいさかいが絶えなかった。
 昭和41年 B1が家出をした。
 昭和42年 妻はB2、B3を連れ、家を出た。
 昭和45年6月9日、Dは妻と離婚をした。
 この後、DとB1、B2、B3とは親子としての交渉はまったく途絶えた。
 Dは生活保護を受けながら独身で生活をしていた。
 昭和52年7月25日、Dは本件保証契約をXと締結した。B1、B2、B3が家出をしてから約10年が経過していた。
 昭和54年、Dは医療扶助を受けて入院をした。
 B1はDの入院を民生委員から知らされ、3回ほどDを病院に見舞った。
 昭和55年3月5日、Dは死亡した。
 B1はDや民生委員からはDの資産や負債のことはまったく聞いておらず、Dが多額の債務の連帯保証人となっていることや本件訴訟が係属していることも知らされなかった。また、Dの葬儀も行われず、遺骨は寺に預けられた。
B1、B2、B3いずれもDに資産がないと思っていたばかりか、Dが連帯保証債務を負担していることも知らなかったため、Dの相続に関して何らの手続をすることがなかった。
D死亡の約1年後、本件訴訟の判決等がB1、B2、B3に送達された。
 B1らは、第一審判決に対して控訴するとともに、
 昭和56年2月26日、家庭裁判所に相続放棄の申述をし、
 昭和56年4月17日、家裁により相続放棄の申述が認められた。
 Xは、相続放棄を認めてXの請求を棄却した控訴審判決を不服として上告をした。

  なお、家庭裁判所において、相続放棄の申述が受理されてもその放棄が適法か否かは、別途訴訟で争うことができます。家庭裁判所は放棄をする相続人の説明だけで放棄の申述を受理しますから、債権者は別途裁判、訴訟という手続きで証拠等に基づき放棄の手続きの適法性を争うことができます。

3【最高裁判決内容】

最高裁判決は、まず、民法第915条1項本文の、単純承認もしくは限定承認または放棄をするかどうかの3か月の期間の趣旨を次のように判断しています。すなわち、被相続人が亡くなって自己が相続人となったことを知ってから3か月あれば、相続すべき積極財産、消極財産の有無や状況を調査することができ、この調査結果に基づいて単純承認、限定承認、放棄を選択することが可能だとしています。

『民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をする
について三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人
が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知
つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によ
つて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その
状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又
は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいている』

最高裁判決は上記民法第915条1項本文の趣旨から、熟慮期間の起算点は、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時点としています。

『熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものである』

ただ、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合でも、この各事実を知ってから3か月以内に限定承認や放棄をしなかった点に特別の事情があれば、熟慮期間は、例外として、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である、としています。この特別の事情は、

・被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたこと。
・上記に加えて、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があること。
・相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められること。

を判断要素としています。

『相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。』

4【最高裁判決の原審の判断について 大阪高等裁判所昭和56年10月22日判決 判例時報1042号104頁】

 最高裁判決の原審である大阪高等裁判所判決では、「民法九一五条一項の規定に基づき自己のために相続の開始があつたことを知つたというためには、相続すべき積極又は消極財産の全部あるいは一部の存在を認識することを要する」と判断しましたが、最高裁判決は熟慮期間の起算点を原則として、相続開始の事実と自己が相続人となったことを知った時点とし、例外として、一定の事情がある場合、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時と判断しているため、原則と例外を分けていない原審の判断は誤りとしています。ただ、結論としては最高裁判決も原審判決も異ならないので、最高裁判決では原審判決の取り消しはしていません。

5【相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時と債務の認識について】

 相続人が相続財産の全部又は一部を知ったとは、相続財産が消極財産(債務)の場合、争いとなっている債務を認識することを言うのか、これとは別の少額の債務の認識で足りるのか、あるいは多額の債務の認識が必要になるのか、疑問があります。
 民法915条1項が、積極財産、消極財産いずれかの相続財産の存在を認識すれば、相続人はその他の相続財産の調査が可能とみていることから、本件とは別の少額の債務を知れば相続人による相続財産の調査が可能となるため、3か月の熟慮期間が起算されると考えられます。
 
第3 ご相談者様の場合

 父上が亡くなり、ご相談者様が相続人となったことを知ってから相続承認や限定承認・放棄の手続をしないまま3か月が経過し、その後に父上の負債などが発覚した場合でも前記最高裁判決によると相続放棄はできます。ただ、家庭裁判所に相続放棄の申述をする場合には、「被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況」や「相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由がある」ことなどを具体的に主張しなければならないため、相続放棄の申述手続はお近くの弁護士に相談・依頼をされた方がよいと思われます。 

第4 相続放棄・相続放棄期間延長・限定承認の各手続ついて

 参考のため、家庭裁判所のHPを紹介します。各手続の具体的な説明や必要書類、書式などが載っており、これらの手続の申述などをお考えの方は一度目を通しておくことも有益でしょう。

相続の放棄の申述
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_13/

なお、本事例集に関する相談について、相続放棄に関するHPの「9. 手続の内容に関する説明」に記載されておりますので、引用します。

>Q1. 夫は数年前に死亡しているのですが,相続放棄の申述をすることはできるのですか。
>A. 相続放棄の申述は,相続人が相続開始の原因たる事実(被相続人が亡くなったこと)及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったときから3か月以内に行わなければなりません。ただし,相続財産が全くないと信じ,かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは,相続財産の全部又は一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば,相続放棄の申述が受理されることもあります。

相続の承認又は放棄の期間の伸長
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_25/

相続の限定承認の申述
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_14/


≪参照条文≫
民法
 第四章 相続の承認及び放棄

    第一節 総則

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

    第三節 相続の放棄

(相続の放棄の方式)
第九百三十八条  相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

(相続の放棄の効力)
第九百三十九条  相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

(相続の放棄をした者による管理)
第九百四十条  相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
2  第六百四十五条、第六百四十六条、第六百五十条第一項及び第二項並びに第九百十八条第二項及び第三項の規定は、前項の場合について準用する。

民事訴訟法
第六節 訴訟手続の中断及び中止

(訴訟手続の中断及び受継)
第百二十四条  次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。
一  当事者の死亡
     相続人、相続財産管理人その他法令により訴訟を続行すべき者
二  当事者である法人の合併による消滅
     合併によって設立された法人又は合併後存続する法人
三  当事者の訴訟能力の喪失又は法定代理人の死亡若しくは代理権の消滅
     法定代理人又は訴訟能力を有するに至った当事者
四  次のイからハまでに掲げる者の信託に関する任務の終了 当該イからハまでに定める者
イ 当事者である受託者 新たな受託者又は信託財産管理者若しくは信託財産法人管理人
ロ 当事者である信託財産管理者又は信託財産法人管理人 新たな受託者又は新たな信託財産管理者若しくは新たな信託財産法人管理人
ハ 当事者である信託管理人 受益者又は新たな信託管理人
五  一定の資格を有する者で自己の名で他人のために訴訟の当事者となるものの死亡その他の事由による資格の喪失
     同一の資格を有する者
六  選定当事者の全員の死亡その他の事由による資格の喪失
     選定者の全員又は新たな選定当事者
2  前項の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しない。
3  第一項第一号に掲げる事由がある場合においても、相続人は、相続の放棄をすることができる間は、訴訟手続を受け継ぐことができない。
4  第一項第二号の規定は、合併をもって相手方に対抗することができない場合には、適用しない。
5  第一項第三号の法定代理人が保佐人又は補助人である場合にあっては、同号の規定は、次に掲げるときには、適用しない。
一  被保佐人又は被補助人が訴訟行為をすることについて保佐人又は補助人の同意を得ることを要しないとき。
二  被保佐人又は被補助人が前号に規定する同意を得ることを要する場合において、その同意を得ているとき。

(相手方による受継の申立て)
第百二十六条  訴訟手続の受継の申立ては、相手方もすることができる。


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