新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1345、2012/9/26 12:57 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・前歴が複数回ある万引きの処分予想と対策・前歴と二重の危険禁止の法理・最高裁大法廷昭和25年9月27日判決】

質問:先日,大手スーパーAで食料品を万引きしてしまいました。被害金額は6000円程度で,捕まった当日に全て被害品は買い取っています。現在は在宅で手続きが進んでいます。私には前科はありませんが,15年前に万引きで検察官送致をされており,3年前と1年前にも1件ずつ万引きで捕まっており(2件とも2000円程度),いずれも検察官送致されることなく警察段階でとまっていたようです。今回,私はどうなってしまうのでしょうか。特に,スーパーの物がほしいというわけではないのですが,万引きをしたくなる衝動に駆られてしまうことがよくあります。これまで弁護士をつけたことはありません。刑事処分(罰金でも)になるとある事情があってどうしても困ってしまいます。どうにかならないでしょうか。

回答:
1.本件については窃盗罪(刑法235条)が成立しますが,示談を行えば起訴猶予処分になる可能性が高いです。仮に示談が不成立となった場合においても,供託,謝罪文の作成,贖罪寄付,メンタルクリニックへの通院等,更生に向けた真摯な態度が見受けられるのであれば,起訴猶予処分になる可能性が一定程度見込めるといえるでしょう。
2.関連事例集論文1258番1031番595番459番359番258番158番参照。

解説
1 (本件の擬律について)
  本件において,スーパーAの店長が管理している食料品を(他人の財物),店長の意思に反してその占有を侵害し,自らの占有に移しており(窃取),あなたには窃盗罪(刑法235条)が成立します。窃盗罪の場合,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金が定められています。

2(本件処分の見込み)
(1)検察官の終局処分に関する一般論
   刑事事件においては,事件の最終的な処分方針は全て検察官の裁量に委ねられています(刑訴法247条,248条。起訴独占主義,起訴便宜主義)。具体的には,検察官は,「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」を考慮し,被疑者を起訴するかそれとも不起訴にするかを決定することになります。
   窃盗罪の場合,法的に可能な終局処分としては,@公判請求,A略式手続,B不起訴(起訴猶予)の3とおりが考えられます。
   @は,公開の法廷で,厳格な証拠調べ手続きによって行われる裁判を請求する処分です。Bの略式手続との関係で検察官が懲役刑を求刑する必要があると考えた場合に下される処分です。
   Aは,簡易裁判所の管轄に属する事件について,検察官の請求(起訴)により100万円以下の罰金又は科料で事件を終結させる処分です。窃盗罪の場合,簡易裁判所にも管轄があるため(裁判所法33条1項,2項),検察官の請求により略式手続きにより処理することが可能です。なお,略式手続きの場合,被疑者が略式手続きに服すること,すなわち簡易な手続きによる罰金処分に服することについて異議がない旨の書面が要求されています(刑訴法461条2)。そのため,基本的には自白事件かつ@よりも情状の悪質性が軽微な事案に略式手続きを用いるのが一般的です。
   Bは,被疑事実が明白であるものの,被疑者の性格や年齢,犯罪の軽重等の情状により,訴追を必要としない場合に行う処分を意味します(刑訴法248条)。ただし起訴猶予処分は,判決のように既判力を有しているわけではないため,例えば処分後に新たな証拠等が発見されたような場合には,時効完成前であればいつでも公訴を提起することが可能である,という点に注意が必要です(とはいえ,実務では,起訴猶予処分後に公訴の提起に再起されるというケースは稀であるといってよいと思われます)。
   終局処分としては@→A→Bの順番に重いものであり,検察官としては,被疑者の情状を見て,@からBのいずれかを選択することになります。

(2)本件における終局処分の見込み
   本件においては,被害金額が6000円であり、本来微罪処分(後記参照 2万円が上限となっています。被害者の宥恕の意思表示、再犯の可能性等その他の要件が欠けますが)の範囲内の金額です。それに、ごく一般的に見受けられるスーパーの万引き事案であること,あなたがすでに被害品を買い取っていること,前科がないなどといった事情からすれば,最初から公判請求が選択される可能性は低いと思われます。そして,前歴が3件あり,被害金額は6000円とスーパーの万引きの中では高額ともいえるので,なんら情状弁護活動が行われなければ,検察官としては略式手続を検討することが多いのではないと思われます。略式手続による罰金処分も,いわゆる前科に該当するため,職場、家庭の事情等で前科(罰金刑でも前科となります。)がつくことだけはどうしても避けたいような場合(起訴猶予を求める場合)には,弁護人を選任した上で,良い情状を揃えておく必要があるといえます。

   さらに本件は、前歴がある点が少し問題です。1年前と3年前に起訴猶予になっていますが、窃盗の公訴時効は7年ですから(刑訴250条2項4号)時効は完成していませんので前歴の刑も同種前科として合わせて起訴される可能性も少なからず残されています。起訴猶予は現状での処分保留であり起訴を見合わせているにすぎにないからです。従って、憲法39条後段 英米法による二重の危険禁止の法理(大陸法の一時不再理 39条前段後半の内容 判決の既判力を根拠にします。)に反しません。二重の危険禁止は、同一の犯罪について被告人を二重に刑事手続による処罰の危険にさらし精神的、物質的に負担を科すことを禁止するものですから、起訴されていない以上被疑者には直接適用がありません。この理屈は、その他の不起訴処分(嫌疑なし、証拠不十分 刑の免除事由がある場合等)について事情が変更(新しい証拠の収集)になった場合、時効完成前に公訴を提起しても同じくあてはまります。後記最高裁大法廷昭和25年9月27日判決参照。前歴の内容にもよりますが、1年前の前歴事件について合わせて起訴される可能性も少なからずあり弁護人との協議が必要でしょう。

(3)弁護人が行うべき活動
 ア 示談
(ア)示談の獲得に向けた交渉
    起訴猶予処分に向けた活動を行う場合,まずは,スーパーAとの間で示談交渉を行うことが先決です。一般的に示談とは,被害者に一定額の示談金を提示した上で,被疑事実について被疑者の宥恕を求めるものです。示談の成立により,経済的精神的な被害回復がなされる上,被害者の処罰感情が解消されることになるため,「犯罪後の情況」が大きく好転したものとして,起訴猶予処分に大きく近づくことになります。ただし,万引きの場合,被害者が個人商店なのか大手スーパーなのかで示談の展望が変わってくることがあります。すなわち,個人商店の場合は,事業主個人の意向により示談の成否が変わってくることが多いですが,本件のような大手スーパーの場合,示談に応じるか否かについては,会社の方針が画一的に定められている場合が多いです。そのため,本件の場合,会社の方針により,交渉の余地なく示談が不成立となってしまう可能性があります。
    示談が不成立の場合は、後で説明する供託や贖罪寄付という方法があります。被害者側の店長や万引きの際のやり取りにかかわった店員の方と話ができるのであれば万引きに関し迷惑をかけたことを謝罪し謝罪のための金員を支払ってその旨書面にしておくことも有利な情状となるでしょう。又不成立でも謝罪の交渉経過は最終処分決定に影響することもありますので,やるべきことを全て弁護人と共に行う気持ちが重要です。このような事件は、担当検察官の胸ひとつという面もあるからです。

(イ)謝罪文の作成
    示談交渉の際には,被害者宛てに,謝罪文を作成することが一般的です。これは,弁護人が被害者に対して被疑者の反省の念を説明する場合,弁護人が単に口頭で被疑者の反省の念を伝えるよりも自筆の謝罪文を合わせて提出する方が,真摯な反省の態度が被害者に伝わりやすいからです。また終局処分との関係では,示談の成否にかかわらず,謝罪文を作成する過程で犯罪事実を振り返ることでき,被疑者自身の反省に繋がるという効果があることはもちろんです。仮に被害者が示談に応じないと主張している場合でも,謝罪文だけは受け取ってもらえることも多いので,謝罪文を作成することはとても有用です。

(ウ)不接近の誓約書
    示談交渉の際,可能であれば,二度と被害店舗には立ち入らない旨の誓約書を作成します。これは,被害者に対して,二度と万引きを行わないという被疑者の強固な意志を理解してもらうために有用です。被害者にも,再び本件のような被害にあわなくて済むという精神的安定を感じてもらえることが多いです。終局処分との関係では,被疑者が自らの行動領域に制約を課している点に反省の態度が見出せるため,有利に働く事情です。   この誓約についても,会社の方針により応じてもらえない場合もあります。しかし,同誓約は,被害者にその意思表示が伝わってこそ意味があるものですから,単に誓約書を作成しただけの場合よりも,被害者に受領された場合のほうが,より有利な情状となりうるものといえます。

 イ 供託(示談不成立となった場合)
    被害者の被害感情が強い場合,又は会社の方針として示談に応じてもらえない場合などにより,示談不成立となる場合が想定されます。この場合,本件により被害者に発生している損害金を供託することが有益です。ここで供託とは,債権者が,債務の弁済の受領を拒否した場合又は受領不能である場合に,債権者のために弁済の目的物を供託所に管理させる制度です(民法494条)。供託は,各地の法務局が担当しており,管轄は債務履行地,すなわち原則として被害者の所在地(民法484条後段,持参債務の原則)を管轄する法務局にて供託を申し立てることになります。
    本件の場合,あなたは被害品を買い取ってはいるものの,食品管理者である店長に与えた精神的損害や,万引き対応を強いられることによりお店に与えた通常業務遂行への支障などといった損害については補填できていません(民法709条)。
    かかる不法行為に基づく損害賠償債務については,不法行為時から遅滞責任が発生することになるので,不法行為(基本的には窃盗を行った時)が発生した以降に被害店舗と交渉を行い,示談金の受領を拒絶された場合には「受領を拒んだ」ものとして,供託を行うことが可能になります。
    供託を行うと,民法上は上記損害賠償債務を免れる効果が生じるため(民法494条),被疑者としては被害回復のためにすべき義務は尽くしたということになります。そのため,供託は,示談の成立よりは劣るものの,それでもなお終局処分との関係では有利な情状となります。
    供託を行った場合,被害者に対して供託の通知が届くため,そこで被害者は供託の事実を知ることになりますが,失礼に当たる事を回避するため,場合によっては事前又は事後に供託を行う旨を被害者に告知しておくことが適切な場合もあるといえるでしょう(民法495条3項)。
    なお,供託を行った場合であっても,債権者が供託物を受領するまでの間は,供託物を取り戻すことが可能です(民法496条1項)。通常は,終局処分が行われた段階でもなお債権者が供託物を受領していない場合に取り戻しを検討することになりますが,債権者による受領見込みの度合いなども踏まえ,債権者に形だけの供託だと受け止められないよう,取り戻し時期については慎重な判断が求められます。

 ウ 監督者の選任と監督者による誓約書の作成
    今後、再び万引きを繰り返さないように、両親や兄弟,夫や妻などから被疑者の今後の生活を監督すべき人を選任します。被疑者にとって身近な存在かつ影響力のある人物であるに越したことはありません。
    監督者の選任については,監督者の協力により,被疑者の更生により一層の期待ができるという意味と,身近な人物を刑事手続きに関与させたことに対する自省の念が被疑者に生じうる,という両面があるのではないかと思います。
    そして、監督者が今後責任を持って監督すること、被疑者が監督に従うことの誓約書を作成し、検察官に提出することになります。
 
 エ 贖罪寄付
    贖罪寄付とは,文字とおり,罪を犯したことに対する贖罪のために行う寄付行為を意味します。同寄付は,金銭を支払ってでも贖罪を行おうとする行動に反省の態度を見出すことができるという意味で,終局処分において有利な情状となりえます。なお,同寄付は,各弁護士会等で取り扱っています
http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/shokuzai_kifu.html参照)。

 オ メンタルクリニックへの通院や心理カウンセリングへの通院
    今回,あなたは自身の窃取行為が,経済的理由ではなく衝動的なものであり,それが頻発しているとお考えとのことです。この場合,弁護人としては,メンタルクリニックや心理カウンセリングへの通院を勧めることがあります。
    この点,あなたが繰り返してしまう窃取行為の原因が,精神的なものにあるか否かは明らかではありません。しかし,精神科医師診察の上,窃取行為の原因が依存症など精神的なものと判断された場合であれば,通院により今後の行為を改善できる可能性が見込まれます。仮に精神的な問題に起因するものではなかったとしても,通院により自らの行動を改めたい,更生したい,などという強い意志が感じられるという意味で,有利な情状として評価することが可能です。医師の診断書により,万引き行為が精神疾患に起因するものであり投薬を継続するので改善する見込みである,という意見が得られれば少なからず有利な事情となるでしょう。
    上記の精神医学的アプローチの他、心理学的なアプローチとして、臨床心理士による心理カウンセリング(心理援助、心理療法、心理セラピー)を受けることが有効な場合もあります。社会的な不適応行動が何故起きてしまうのか、自分自身の心理学的特性を知り、これに対する心理学的対応方法の教授を受けることになります。この場合も、臨床心理士による報告書・意見書により、心理カウンセリングを重ねているので改善する見込みである、という意見が得られれば有利な事情となります。

(4)情状をそろえた場合に見込める処分
  ア 示談が成立した場合
    示談が成立した場合,経済的損害及び被害感情の全てが回復されているものとして,極めて有利な情状となります。あなたに前科がないことや,その他監督者の選任、誓約書の提出や,贖罪寄付行為,メンタルクリニックへの通院等の情状があれば,起訴猶予処分となる可能性が相当程度見込まれると思われます。
  イ 示談が不成立となった場合
    示談が不成立となった場合であっても,謝罪文や不接近誓約書を作成した上,供託や監督者の選任,贖罪寄付行為,メンタルクリニックへの通院を開始することで,起訴猶予処分となる確率が一定程度見込めます。
    本件において懸念される事由は,被害額6000円程度の万引きは,スーパーにおける万引き事案としては比較的高額な類型に属する点,検察官送致を一度受けたことがある点,過去3年以内に2度の微罪処分を受けており常習性も窺われる点及び前歴と比較して被害金額が大きく増加している点だと思われます。
    しかし,検察官送致を受けたのは15年も前のことであり,当時の犯罪行為は本件犯行との関連性が弱く,終局処分において重視すべき事項ではないと考えるべきです。そのため,本件は,事実上はじめて検察官送致を受けた場合と同等の終局処分を検討すべき事案であり,供託による事実上の被害回復やあなたに真摯な構成の意欲が見受けられるのならば,被害額が比較的高額であるという事情を加味しても,今回に限り検察官の説諭により事件を終結させることが相当であるなどと検察官を説得することが求められる事案といえます。

【参照条文】

憲法
第三十九条  何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

刑法
第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法
第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
第二百五十条  時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については三十年
二  長期二十年の懲役又は禁錮に当たる罪については二十年
三  前二号に掲げる罪以外の罪については十年
○2  時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  死刑に当たる罪については二十五年
二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四  長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五  長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六  長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七  拘留又は科料に当たる罪については一年

(万引きに関する実務上の 微罪処分 の例)
微罪処分 となしうる対象事件は、地域の実情に応じて、検察官から各都道府県の警察宛に指定されており、具体的な基準は公表されておりませんが、概ね、次のような内容となっております。 窃盗 罪に関係する部分の一例を示します。地域警察官が検挙した窃盗 、詐欺、横領、業務上横領又は盗品等に関する事件で、次の各号のいずれにも該当するもの。
(1)被害金額が2万円以下であること。
(2)犯情が軽微であること。
(3)被害回復がなされていること。
(4)被害者が処罰を希望していないこと。
(5)素行不良者でない者の偶発的犯行であること。
(6)再犯のおそれがないことが明らかであること。

(判例参照)
最高裁大法廷昭和25年9月27日判決
「元来一事不再理の原則は、何人も同じ犯行について、二度以上罪の有無に関する裁判を受ける危険に曝さるべきものではないという、根本思想に基くことは言うをまたぬ。そして、その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続的状態と見るを相当とする。されば、一審の手続も控訴審の手続もまた、上告審のそれも同じ事件においては、継続せる一つの危険の各部分たるにすぎないのである。従つて同じ事件においては、いかなる段階においても唯一の危険があるのみであつて、そこには二重危険(ダブル、ジエバーデイ)ないし二度危険(トワイス、ジエバーデイ)というものは存在しない。それ故に、下級審における無罪又は有罪判決に対し、検察官が上訴をなし有罪又はより重き刑の判決を求めることは、被告人を二重の危険に曝すものでもなく、従つてまた憲法三九条に違反して重ねて刑事上の責任を問うものでもないと言わなければならぬ。従つて論旨は、採用することを得ない。」

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