新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1069、2010/12/14 16:06

【労働・内定の法的性質・内定取消事由】  

質問:私は、就職活動当時、大学院生でしたが、就職活動の結果ある会社から新卒採用の内定をもらいました。その際、入社前研修への参加をするようにといわれ、初めのうちは参加をしていました。しかし、思いのほか研修への参加と、消化しなければならない課題の量があまりに多く、研究に支障を来たし始めたので、その旨伝え、以後研修へは参加しませんでした。後日、研修への参加が不足しているので、試用期間の延長か、博士号取得後中途採用試験を受けなおすかの選択をするよう会社から迫られました。どちらも拒否したところ、内定辞退ととられてしまい、内定を取り消されてしまいました。
 確かに、卒業できなかったなどの場合に、内定を取り消すことがあると書かれた入社誓約書は提出しましたが、研修への不参加については特に書かれていませんでした。それでも内定取消しとなるのでしょうか?卒業できない場合に内定を取り消すといっておきながら、卒業できなくなるかもしれないのに、研修への参加を要求し、参加が不足しているとなると内定を取消すというのはおかしくはないでしょうか?

回答:
1.内定通知後、入社誓約書を提出しているので、始期付解約権留保付労働契約が成立していると考えられます。そして、企業が、合理的理由なく内定の取消しを行うことは違法です。
2.本来、入社後に行われるべき研修への参加は任意的なものであり、参加の義務はありません。また、一旦参加をしていても、内定者が、合理的理由に基づく参加の取りやめを申し出た場合には、企業は、研修への参加を免除しなければなりません。研修への参加不足を理由に、内定を取消された場合、企業に対し、内定の取消しの無効を主張することができますし、また、雇用関係の解消を前提に逸失利益や慰謝料の請求をすることが可能です。
3.法律相談事例集キーワード検索:925番842番参照。手続は、法の支配と民事訴訟実務入門各論3、「保全処分手続、仮差押、仮処分を自分でやる。」各論17、「労働審判を自分でやる。」書式ダウンロード労働審判手続申立参照。

解説:
1.内定の取消しについて考える際に問題となるのは、内定によって労働契約が成立しているか否かの点です。
 この点については、「具体的な個々の事情、特に採用通知の文言、当該会社の労働協約、就業規則等の採用手続きに関する定め及び従来の取り扱い慣例による採用の意味等について総合的に判断して決すべきもの」(昭和27年5月27日基監発15号)とされており、具体的な事情によって労働契約の成立の有無を判断する必要があるとしています。判例でも、内定制度については広く行われているがその内容は様々であることから具体的に判断する必要があるとしています。そして、内定の通知後に入社誓約書を提出させていること、内定通知書に取り消し理由について限定的な記載があること、卒業する大学において内定通知があり学生が就職を希望する場合は他の企業への推薦を行わないことになっていることを企業が知っていたことという事実を認定して、企業と労働者との間に、「始期付解約権留保付労働契約」が成立している(最二小判昭和54年7月20日民集33巻5号582頁、大日本印刷事件)と判断しています。要は内定通知をした企業への就職が確定的か否かによって労働契約の成立を認めることが可能になるといえます。 
 これに対して都職員の内定通知の取り消しについては、「都職員の採用内定通知は、職員としての地位取得を目的とする意思表示ではなく採用発令手続きを支障なく行うための準備手続きとしての事実上の行為すぎない」として労働契約の成立を否定し内定の取り消しに違法性がないとしています(最判昭和57年)5月27日民集36号5号777頁 東京都建設局事件)。内定の通知は採用発令手続きを円滑に行うため就職する意思があるのか否かを確認する事実上の行為にすぎないという理由です。二つの判例は結論を異にしていますので、内定というだけでは労働契約が成立しているとは限らないことになります。内定により雇用関係が始期付、解約権留保付とはいえ成立している場合、内定取消しは、解雇に準じたものとして考えられています。
 ご相談のケースも、内定通知後、入社誓約書の提出をしているとのことですので、始期付解約権留保付労働契約が成立していると認められる可能性が高いでしょう。

2.では、いかなる場合に内定取消しが可能であるのか、内定取消しは入社誓約書記載事項に限定されるのかが問題となりますが、判例では、次のように判示されています。
 「一般に内定において解約権が留保されるのは、新卒採用に当たり、採用決定の当初においては、その者の資質、性格、能力、その他の社員としての適格性の有無に関連する事項について、必要な調査を行い、適切な判断資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨によるものと解されるところ、雇用契約締結に際しては使用者が一般的に個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮すると、そこでの解約権行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することのできる場合にのみ許されるというべきである。したがって、内定の取消事由は、使用者が、採用決定後における調査の結果により、当初知ることができず、また知ることができないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らし内定者を雇用することが適当でないと判断することが、解約権の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められることを要し、その程度に至らない場合には、解約権を行使することはできないと解される。」と、内定取消し事案におけるリーディングケースとなっている前掲の大日本印刷事件判決を踏襲しました。
 内定取消しに合理的理由がない場合には、有効な解雇とは認められず、企業に損害賠償責任が生じることになります。
 なお、「前記の解約権留保の趣旨からすれば、解約権行使の範囲は、必ずしも」入社誓約書の記載事項「に限定されるものではない。」としました(東京地判平成17年1月28日労判890号5頁、宣伝会議事件)。

3.そこで、次に研修への不参加が内定取り消しの正当な理由になるか検討します。
(1)実際に入社し、会社の業務に携わるようになると、本来の担当業務の遂行だけではなく、研修への参加を業務命令として命じられることがあります。
 どのような研修につき業務命令で参加を命じることができるかに関しては、次の判例があります。
 「単に現在の業務遂行に必要な技術・技能研修あるいは就業規則等の修得のための研修のみにとどまらず、より広く労働者の労働力そのものを良質化し向上させるための研修であっても、これへの参加を業務命令をもって命じ得るものといわざるを得ない」(静岡地判昭和48年6月29日労判182号19頁、動労静岡鉄道管理局事件)。
(2)この判例は入社後の研修が問題となっていますが、ご相談のケースのように、入社前の研修についても、業務命令として命じることは可能であるのかが問題となります。
 前掲宣伝会議事件判決は、次のように判示しました。
 「一般に、入社日前の研修等は、入社後における本来の業務遂行のための準備としておこなわれるもので、入社後の新入社員教育の部分的前倒しにほかならないと解されるが、本件研修もこれと異なるところはないというべきである。」「そして、効力始期付の内定では、使用者が、内定者に対して、本来は入社後に業務として行われるべき入社日前の研修等を業務命令として命ずる根拠はないというべきであり、効力始期付の内定における入社日前の研修等は、飽くまで使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものといわざるを得ない。」(前掲宣伝会議事件)。
 これはつまり、研修は業務遂行の準備のためのものであり本来は入社後に行われるべきもので、入社前には業務命令として命じることはできず、それを入社前に行う場合は、あくまで内定者の同意に基づいて行われるものだ、ということです。

4.では、入社前の研修に同意をしなかった内定者に対して、それを理由に内定取消しができるか否かが問題となります。
 同様に、前掲宣伝会議事件判決では、次のように判示されています。
 「使用者は、内定者の生活の本拠が、学生生活等労働関係以外の場所に存している以上、これを尊重し、本来入社後に行われるべき研修等によって学業等を阻害してはならないというべきであり、入社日前の研修等について同意しなかった内定者に対して、内定取消しはもちろん、不利益な取扱いをすることは許されず、また、一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当である。」(前掲宣伝会議事件)。
 つまり、入社前の研修に同意しなかったからといって、それを内定取消しの理由とできないし、内定者が一旦参加に同意していても、合理的理由に基づき参加を取りやめる旨申し出た場合は、研修への参加を免除しなければならない、ということです。

5.ご相談のケースの研修というのが、どういうものかにもよると思われますが、その研修が、一般的な入社前の研修のように、本来入社後に行われるべき新入社員教育の部分的前倒しによるものであれば、参加の義務はないはずです。
 そして、一旦研修へ参加していてはいますが、研究に支障がでてきたことを告げて、研修への参加を取りやめている訳ですから、合理的な理由に基づくものといえるでしょう。 会社としては、あなたへの研修への参加を免除しなければならないところ、内定を取消したというのですから、本来は内定取り消しという労働契約の解約は無効となるはずです。従って、内定者としては解雇無効を理由に社員としての地位を主張することができます。しかし、そのような違法な行為をする会社では働くことができないと判断すれば、会社の債務不履行を理由に、内定取消しと相当因果関係のある損害を賠償を請求することができます。
 具体的には、状況にもよりますので一概にはいえませんが、次年度採用になってしまうということであれば、逸失利益として、1年分の賃金と、慰謝料の請求ができるものと思われます。
 お近くの法律事務所へご相談なさってみて下さい。

<参照条文等>

民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
(損害賠償の範囲)
第四百十六条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

新規学校卒業者の採用に関する指針(厚生労働省ホームページより)
4 採用内定取消し等の防止
 新規学校卒業者に対しての事業主の一方的な都合による採用内定取消し及び入植時期の繰下げは、その円滑な就職を妨げるものであり、特に、採用内定取消しについては対象となった学生及び生徒本人並びに家族に計り知れないほどの打撃と失望を与えるとともに、社会全体に対しても、大きな不安を与えるものであり、決してあってはならない重大な問題です。
 このため、事業主は、次の事項について、十分考慮すべきです。
@ 事業主は、採用内定を取り消さないものとする。
A 事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする。
  なお、採用内定者について労働契約が成立したと認められる場合には、客観的に道理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない採用内定取消しは無効とされることについて、事業主は十分に留意するものとする。
B 事業主は、やむを得ない事情により、どうしても採用内定取消し又は入職時期繰下げを検討しなければならない場合には、あらかじめ公共職業安定所に通知するとともに、公共職業安定所の指導を尊重するものとする。この場合、解雇予告について定めた労働基準法第20条及び休業手当について定めた同法第26条等関係法令に抵触することのないよう十分留意するものとする。
  なお、事業主は、採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、採用内定取消し又は入職時期繰下げを受けた学生・生徒から補償等の要求には誠意を持って対応するものとする。

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