マンション管理費の滞納分を競落人が支払う場合、現所有者に求償権を行使できるか
民事|区分所有法|マンション管理費の滞納分は競落人に請求する場合支払った競落人は原所有者に求償権を行使できるか|競落人と原所有者の債務の性質|不真性連帯債務
目次
質問:
競売に出ていたマンションを購入しました。管理費の滞納があるようで、競落したときに、滞納していた管理費も払わされました。マンションの前の持ち主は、事業に失敗してマンションを手放すことになったようですが、破産まではしていないようです。調べてみると、その後盛り返し、現在は余裕があるようなので、自分が滞納した管理費くらいは支払って欲しいと思うのですが、請求できますか?
回答:
区分建物の管理費の滞納部分は、その特定承継人(買受人、競落人)にも請求できることになっています(建物等区分所有法8条、7条)。買受人と元所有者の債務の性質は不真性連帯債務であるといわれています。判例では、その負担部分は、前主に全額の負担であると考えられていますので、求償は可能です。ただし、今回のような前所有者が資力を有しているケースはほとんどありませんので、実際に回収することは困難です。競売などで不動産を手に入れるときは注意が必要です。
管理費滞納事例集 1861番、1742番、1407番、1202番、1013番、376番参照
その他区分所有法に関する関連事例集参照。
解説:
1.(区分所有法8条の趣旨)
マンションなどの区分所有建物においては、共益部分の管理等にかかる費用として、管理規約などで定めた管理費を徴収することができます(区分所有法19条、3条)。理論上は、管理費は、当該区分所有権者について発生している債務ですから、発生の原因となった目的物(マンション)の売買(譲渡)のような特定承継(これに対して、相続のようにある人間の権利義務一切を承継することを包括承継といいます)の場合には、いったん発生した管理費等の管理経費の支払義務は引き継がれません。競売も通常の売買とは異なりますが、多数の申し出者を募り最高値の申込者に承諾を与える特殊な売買形式であり「特定承継」に該当します。法的に言えばマンションの所有権と区分所有者として負担している共益費の債務とは別個の権利、債務であり、マンション自体が競売にかけられでも発生している共益費の債務は競売の対象にならないからです。従って、個人の債務を競落人に負担してもらうためには、マンション売買契約の他別個に滞納管理費の債務引受契約が必要になります。しかし、履行確保の観点から、区分所有法(管理組合)は特定承継人(マンションの買主)にも請求が可能であるとしています(建物等区分所有法8条、7条)。これは、マンションの競落人にとり不利益な取り扱いですが、法が特に認めた責任です。通常の売買では、延滞管理費債務を売買代金から控除するので事実上問題は生じません。どうしてこのような責任を認めたのかというと、マンションのような一棟の建物内の構造上独立した複数の部分を集団で所有、利用する集合住宅建物の所有権の保障、共有関係を適正公平に規律するためです。従来の所有権、共有の理論、規定は、単独所有建物を対象にしており集合住宅を予想して作られていませんので、区分所有者各自の所有権を実質的に保障するために(フランス人権宣言による所有権絶対の原則。憲法29条)従来の権利関係を修正する必要が生じました。そのため作られたのが昭和37年の区分所有法です。この法律の趣旨は集合住宅の各所有権の実質的保障にありますので、管理費の滞納放置は他の所有権者の共同の利益を侵害する危険があり、集合住宅の買主に特別な責任を認めたのです。買主に不利益ですが、区分所有法の制定により事前に不利益を告知し、買主は売買代金(競売代金)決定の要素にすること(その分低額にする)で利益調和を図りました。
2.(問題点)
では、特定承継人が発生した場合、区分所有法により、これに管理費を請求できることになるわけですから、前所有者の支払い義務は消滅するのでしょうか。区分所有法8条の文言からは明らかではありませんので解釈する必要が生じます。仮に、併存する場合互いの債務の法的性質はどのように構成されるか問題になります。
3.(両債務の併存)
この点、前所有者、買受人の債務は併存し、どちらにも滞納管理費を請求できることになります。なぜなら、区分所有法8条の制度趣旨は、区分所有者の所有権の適正、公平な保障を目的とするものであり、本来の債務者の責任を免除、軽減するために規定されたものではありませんので管理費滞納者の債務が消滅することはありません。又、管理費の実質的確保という面からも元所有者の債務を免除する必要性はないからです。
4.(両債務の法的性質)
次に、これら両者の債務の性質ですが、不真性連帯債務の関係にあると解釈されています。連帯債務は民法432条以下に規定されていますが、不真性連帯債務という規定は民法上どこにもありません。解釈上認められた概念です。ここで「不真性」の意味内容について説明します。不真性とは、連帯債務者間に主観的な連絡、共同関係がないということです。主観的な共同関係とは連帯して債務全額を履行する目的を持って債務を負うという債務者全員の合意を意味します。当事者間に合意がないのに連帯で債務を負担する根拠は私的自治の原則に内在する信義則、公平、公正の原理に求めることができます(民法1条)。
5.(連帯債務とは何か。)
まず連帯債務とは、当事者の合意により数人の債務者が同一内容の給付について、各自独立に全部の給付をする債務を負いその中の1人が弁済すれば他の債務者の債務も消滅する関係を言います。債権者の債権担保のために利用されます。例えば3人が合意で1000万円を借入する場合です。債権担保のため債権者に対しての債務は、各自1000万円なのですが、債務者3人の内部では金銭消費に応じて各自どれだけ負担するか決めておくのが通常です。A600万円、B300、C100万円等。これを「負担部分」といいます。従って、Aが1000万円返済すると、Bに300万円、Cに100万円請求(求償)できることになります(民法442条)。互いに債務は別個独立しているので各債務者に生じた事由は他の債権者に効力を及ぼしませんが(民法440条、相対効の原則)、債務者間の債務履行という共同の目的を有し共同関係が合意により強いため1人の債務者について生じた事由はその目的に関連して他の債務者に対しても影響を及ぼします。例えば、債権者が連帯債務者1人に債務免除すると他の債務者にも効力が生じ全員1000万円の債務を免れることになります(民法437条他)。この根拠は、1000万円を共同で弁済するという目的をもった債権、債務者間の合意意思の合理的解釈に求められます。以上から、連帯債務の法律構成の根拠は、債権債務者間、債務者間の合意、共同の意思連絡にあります。
6.(不真性連帯債務)
他方、不真性連帯債務とは、連帯債務と同様、各債務者が全額についての義務を負うが、債務者間に主観的共同の意思連絡関係がない点が特色です。公平、公正の観点から債権者側保護の必要上偶然債務が競合したにすぎません。従って、債務者間に共同関係がない以上互いにどれだけ負担するかという負担部分もありませんし、求償関係も合意によるように簡単に決めることはできません。公正、公平上どれだけ負担を負わせるかにより負担部分、求償も個々別々に決められることになります。又、連帯債務本来の目的である弁済及びこれと同視し得る事由を除いて、一債務者に生じた事由が他の債務者に影響しないことになります。例えば、免除は、他の不真性連帯債務者に影響がありません。相対効の原則が基本的に適用されることになります。抽象的で分かりにくいと思いますが、例えば、会社の従業員が、業務上交通事故を起こすと会社、使用者も従業員と連帯して同額の不法行為責任を負担します(民法715条、使用者責任、報償責任)。従業員と使用者に債務弁済の共同の合意、意思連絡はありませんから不真性連帯債務であると判例上解釈され確立しています(最高裁判例昭和46年9月30日判決、他に民法719条共同不法行為の場合等。)。被害者が、従業員の債務を免除しても、使用者の債務は消滅しません。負担部分は、原則的に事故を起こした従業員が負いますが、事故発生について会社側にも責任があれば(超過勤務等の強制等)その割合に応じ負担部分が決められ求償の問題になります。以上から、不真性連帯債務の根拠は、最終的に連帯債務者当事者の合意、意思連絡ではなく、私的自治の原則に内在する公正、公平、信義則の原則に求めることができます。
7.(本件の検討)
本件の延滞管理費に関する、元所有者と競落人との関係は、支払いについて合意、意思の連絡がないので不真性連帯債務と解釈することができます。負担部分の解釈は、元所有者が全額、競落人にはありません。なぜなら、競落人の責任は、本来競売によって負担しない債務を、集合住宅の所有権保障という区分所有法の趣旨から法が例外的に特別に認めた責任であり、公平上、管理費延滞を行った現所有者に全責任が課せられるからです。この点について、通常、競売手続きでは、延滞管理費を考慮に入れ最低売却価格、入札価格が決められるので、全額の求償を認めると、競落人に二重に利益を得ることになるのではないかという疑問がありますが、通常の売買と異なり延滞管理費の額が競売価格に明確に反映されているかどうか不明であり集合住宅の適正な維持管理のため、元所有者の負担部分は免除できないものと考えます。以上から競落人は、競落後元所有者に対して支払った全額を求償することができます。
8.(実務上の滞納額と重要事項説明書について。)
管理費等に滞納がありながら売買された場合、上記のとおり区分所有法上新たな買主に対しても滞納金を請求できるので、譲受人が滞納金の存在を知らないと、トラブルの原因になります。そこで、トラブルの未然防止のため宅建業法では、宅建業者が購入しようとする者に対して事前に行う説明のための書面(重要事項説明書)に管理費等の滞納額の明示を義務づけております。
9.(判例)
この点、に関し、東京高裁平成17年3月30日判決は、以下のように判じています。「控訴人は、本件建物等の所有権が被控訴人に移転するまでの間の本件管理費等について支払義務を負っている。ところで、建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)8条は、同法7条1項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる旨規定しており、これによれば、被控訴人は、本件管理費等の滞納分について、控訴人の特定承継人として支払義務を負っていることは明らかである。これは、集合建物を円滑に継持管理するため、他の区分所有者又は管理者が当該区分所有者に対して有する債権の効力を強化する趣旨から、本来の債務者たる当該区分所有者に加えて、特定承継人に対して重畳的な債務引受人としての義務を法定したものであり、債務者たる当該区分所有者の債務とその特定承継人の債務とは不真正連帯債務の関係にあるものと解されるから、真正連帯債務についての民法442条は適用されないが、区分所有法8条の趣旨に照らせば、当該区分所有者と競売による特定承継人相互間の負担関係については、特定承継人の責任は当該区分所有者に比して二次的、補完的なものに過ぎないから、当該区分所有者がこれを全部負担すべきものであり、特定承継人には負担部分はないものと解するのが相当である。したがって、被控訴人は、本件管理費等の滞納分につき、弁済に係る全額を控訴人に対して求償することができることとなる。控訴人は、物件明細書等に本件管理費等の滞納分が明示されていることや最低売却価額における控除の措置がされていること等から滞納分は被控訴人が負担すべきであると主張する。しかしながら、物件明細書等の競売事件記録の記載は、競売物件の概要等を入札希望者に知らせて、買受人に不測の損害を被らせないように配慮したものに過ぎないから、上記記載を根拠として本件管理費等の滞納分については当然買受人たる被控訴人に支払義務があるものとすることはできない。その他被控訴人に滞納分の支払義務があることを認めるに足りる証拠はない。」理論上妥当な判決です。
10.(最後に)
以上のように、中古マンションを買ったときに、滞納管理費を支払った場合、これを前の所有者に対して請求することは可能と考えられます(ただし、滞納期間中に、前主が破産して免責決定を受けている場合、破産決定前に発生した管理費支払義務は破産者について免責されます。免責決定は、債権を消滅させることはありませんが、免責の効果は求償件にも及ぶと考えられます)が、管理費を滞納した挙句に不動産を手放すようなケースでは、前主に資力がないことがほとんどですので、現実に回収できる可能性は非常に低いでしょう。中古マンションを購入する際には、滞納管理費も自己負担のつもりで購入することをお勧めします。
以上