管理費滞納分請求の消滅時効
民事|競落したマンションの管理費の支払い義務についての時効援用の可否|最高裁平成16年4月23日判決
目次
質問:
半年ほど前,競売にかけられていたマンションを競落したのですが,前所有者が管理費を10年以上にわたって滞納していたとのことで,管理組合から全額の支払いを求められています。確かに,不動産の現況調査報告書には滞納がある旨は記載されていましたが,私が支払義務を負うとは書いていませんでしたし,10年以上も前の分をすべて支払えというのは納得できません。なんとかならないでしょうか。
回答:
1 マンションの管理費については,建物の区分所有等に関する法律8条により,前所有者からマンションを購入した特定承継人にも請求することができるとされています。したがって,あなたは,前所有者が滞納していた管理費であっても支払義務を免れないことになります。
2 しかし,必ずしも前所有者の滞納額全額を支払わなければならないとは限りません。最高裁判所の判例によれば,月毎に支払われる管理費用は5年で時効消滅しますから,時効完成分については,時効を援用することによって支払義務を免れることができる可能性があります。
3 管理費滞納事例集 1861番、1742番、1202番、1013番、872番、376番参照
4 その他区分所有法関する関連事例集参照。
解説:
1 マンション管理費の支払義務
(1)マンションの管理費は,マンションの区分所有者が,その区分所有権の割合に応じて負担するのが原則です(建物区分所有法19条,21条)。マンションの区分所有者が管理費を未納のまま区分所有権を売却した場合,通常であれば,売買契約における約束で処理されます。すなわち,管理費の未払い分がある場合は,売主である区分所有者が決済までに未払い分を完済するのが通常ですが,支払う余裕がない場合は,売買代金から差し引いて,買主が負担して後日支払うということで処理されます。しかし,この処理は買主と売主との間の処理の問題ですから,対管理組合との関係で誰が未払い管理費分を負担するかは別の問題です。
この点,従来の区分所有者が管理組合に対し未払い分を支払う義務があることは,当然ですが,譲受人は新たに管理組合の組合員となるわけですから,当然には組合員になる以前の未払い管理費を支払う義務を負うことにはなりません。しかし,建物区分所有法8条は,管理費の支払いを確保する趣旨から,管理費の支払請求権は「債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる」と定めています。この規定によると,管理費が未納のまま区分所有権の譲渡が行われた場合,譲渡人と譲受人の両方が支払義務を負う(法律的には,譲渡人と譲受人の債務は「不真正連帯債務」であると考えられています)ので,今回のケースでは,前所有者とともにあなたも全額の支払義務を負うことになるのです(譲受人が未払い管理費を支払った場合,譲渡人に対して求償できるか否かは,売買契約の内容によります。特に未払い分について売買契約に約束がない場合は,売買代金から未払い管理費を引いていないのであれば,未払い分は譲渡人が負担するものとなります)。
競売の場合も,扱いは通常の売買と同様です。落札価格が売買代金となりますが,競売の場合は特に未払い管理費について誰が負担するか取り決めることはなく,また,未払い管理費の金額については,物件明細書等に記載があり落札価格を決定する際,自ら未払い管理費を負担することを予測することができることから,譲受人である競落人が負担することになります。現況調査報告書に管理費未払いの記載がなかったということですが,管理費の未払いの有無については調査しても不明というような記載が最低限あるはずです。従って,元の持ち主に対しても請求することはできないことになります。
(2)ここで区分所有法8条の趣旨を念のため説明しておきます。
マンションなどの区分所有建物においては,共益部分の管理等にかかる費用として,管理規約などで定めた管理費を徴収することができます(区分所有法19条,3条)。理論上は,管理費は,当該区分所有権者について発生している債務ですから,発生の原因となった目的物(マンション)の売買(譲渡)のような特定承継(これに対して,相続のようにある人間の権利義務一切を承継することを包括承継といいます)の場合には,いったん発生した管理費等の管理経費の支払義務は引き継がれません。競売も通常の売買とは異なりますが,多数の申し出者を募り最高値の申込者に承諾を与える特殊な売買形式であり「特定承継」に該当します。法的に言えばマンションの所有権と区分所有者として負担している共益費の債務とは別個の権利,債務であり,マンション自体が競売にかけられても発生している共益費の債務は競売の対象にならないからです。
従って,個人の債務を競落人に負担してもらうためには,マンション売買契約の他別個に滞納管理費の債務引受契約が必要になります。しかし,履行確保の観点から,区分所有法(管理組合)は特定承継人(マンションの買主)にも請求が可能であるとしています(建物等区分所有法8条,7条)。これは,マンションの競落人にとり不利益な取り扱いですが,法が特に認めた責任です。通常の売買では,延滞管理費債務を売買代金から控除するので事実上問題は生じません。
どうしてこのような責任を認めたのかというと,マンションのような一棟の建物内の構造上独立した複数の部分を集団で所有,利用する集合住宅建物の所有権の保障,共有関係を適正公平に規律するためです。従来の所有権,共有の理論,規定は,単独所有建物を対象にしており集合住宅を予想して作られていませんので,区分所有者各自の所有権を実質的に保障するために(フランス人権宣言による所有権絶対の原則。憲法29条)従来の権利関係を修正する必要が生じました。そのため作られたのが昭和37年の区分所有法です。この法律の趣旨は集合住宅の各所有権の実質的保障にありますので,管理費の滞納放置は他の所有権者の共同の利益を侵害する危険があり,集合住宅の買主に特別な責任を認めたのです。買主に不利益ですが,区分所有法の制定により事前に不利益を告知し,買主は売買代金(競売代金)決定の要素にすること(その分低額にする)で利益調和を図りました。
2 マンション管理費の消滅時効
(1) マンション管理費の消滅時効期間
上記の通り,あなたは前所有者とともに管理費の支払義務を負いますが,常に全額の支払いをしなければならないとは限りません。
民法169条は,「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は,五年間行使しないときは,消滅する」と定めています。管理費は月毎に支払う形態が通常でしょうから,この規定によって,支払期月から5年を経過することにより時効消滅すると考えられます。
以下にご紹介する最高裁判例も,月毎に支払うマンション管理費が民法169条により5年間で時効消滅することを明らかにしています。
<最判平成16年4月23日>
「本件の管理費等の債権は,前記のとおり,管理規約の規定に基づいて,区分所有者に対して発生するものであり,その具体的な額は総会の決議によって確定し,月ごとに所定の方法で支払われるものである。このような本件の管理費等の債権は,基本権たる定期金債権から派生する支分権として,民法169条所定の債権に当たるものというべきである。その具体的な額が共用部分等の管理に要する費用の増減に伴い,総会の決議により増減することがあるとしても,そのことは,上記の結論を左右するものではない。
そうすると,本件管理費等のうち平成4年1月分から平成7年12月分までのもの(合計104万0200円)については,消滅時効が完成していることになるから,被上告人の請求は,上記時効完成分を除いた69万9720円及びこれに対する支払督促の送達の日の翌日である平成12年12月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきである。
これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決を主文第1項のとおり変更するのが相当である。」
(2) 時効中断事由との関係
ただし,5年を経過すれば常に時効を援用できるとは限りません。時効の中断の問題の検討が必要です。
上記1で述べたとおり,前所有者とあなたの負う債務が不真正連帯債務であることとの関係で,管理組合が前所有者との関係で時効中断の措置を採っている場合に,連帯債務者の一人(本件の場合は譲渡人)に生じた時効中断の効力があなたにも及ぶ可能性があります。この点については時効の中断事由ごとに効力が及ぶか否か,民法に定められています。
具体的には,
ア 勝訴判決について
管理組合が前所有者に対して訴訟を起こし,これによって時効が中断し,その後管理組合が勝訴判決を得ている場合には,あなたとの関係でも時効は中断し,裁判の確定時から新たに時効が進行することになります(民法434条,147条1号)。
イ 債務の承認
これに対し,前所有者が債務を承認したことにより時効が中断した場合は前所有者と管理組合の間にしか及びませんから,あなたとの関係で時効が中断することはありません(民法440条)。
なお,中断ではありませんが,時効完成後に前所有者が時効利益を放棄した場合にも,その効力は及びません。
3 最後に
以上のとおり,あなたが管理費の支払義務を負うかについては,非常に複雑な法的判断が要求されます。支払義務を負うかどうかについて少しでも疑問がある場合には,お近くの弁護士にご相談ください。
以上