刑事事件における損害賠償命令制度

民事|刑事裁判への被害者参加制度|損害賠償命令制度|犯罪被害者保護法24条1項

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は、都内の大学に通う大学3年生の女子です。サークルでの飲み会の席で、お酒を飲み過ぎてしまい、その場で眠ってしまいました。今思えば、少し迂闊だったとは思うのですが、その当時は、サークルのメンバーのことを信頼していました。後になって、そのうちの1人の男性が、私が眠っている間に、私の乳房や陰部を触ったことが判明し、私は、直ぐに警察に行って、被害相談をしました。その結果、彼は、不同意わいせつの罪で逮捕され、現在、刑事裁判が始まろうとしています。

彼が逮捕されて程なくして、彼の刑事弁護人から私のもとに、示談金として100万円を支払いたいというお話がありましたが、これを受け取るに当たっては、彼を宥恕する(許す)必要があると聞き、そのお話は辞退させてもらいました。ただ、私としては、絶対に彼を宥恕する(許す)ことはできませんが、今回の事件により、相当の精神的苦痛を受けたため、しっかりと慰謝料を支払ってもらいたいと考えています。

そのための方法として、刑事裁判の中で慰謝料の支払いを命じてもらう手続きがあると聞いたのですが、私の場合もそれを利用することができるのでしょうか。正直、民事裁判を起こすのは、私にとっても負担が大きく、出来ることであれば、それは避けたいと考えています。

回答:

刑事事件の対象となった事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求について、刑事事件に付随して、刑事裁判を担当した裁判所が、民事の審理も行って、損害賠償を被告人に命ずる損害賠償命令制度という手続による請求が考えられます。損害賠償命令制度を利用できる犯罪は限られていますが、不同意わいせつ罪も、その対象に含まれます(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下「犯罪被害者保護法」といいます。)24条1項2号イ)。平成20年112月1日から施行された法律制度です。

まず、損害賠償命令の申立ては、刑事事件が係属している地方裁判所に対して行います(同項柱書)。その際、申立手数料を納める必要がありますが、その金額は2000円と非常に低額に設定されています(民事訴訟の場合、例えば、300万円の請求をするのであれば、裁判所に2万円の訴状貼付印紙手数料を納める必要があります。)。

この申立てが適法と認められると、刑事事件について有罪判決が言い渡された場合は、通常、そのまま引き続き、刑事裁判を担当した裁判官により、損害賠償命令の審理が行われることになります(同法31条1項)。審理期日は原則4回以内とされているため(同条3項)、簡易迅速な紛争解決が期待できます。

そして、裁判所が損害賠償請求に理由があると判断した場合、被告人に対して損害賠償を命じる決定が出されることになります。この決定に対しては、異議を申し立てることができますが(同法34条1項)、当事者双方から適法な異議の申立てがなく、2週間が経過したのならば、当該決定には、確定判決と同一の効力が生じることなり(同条5項)、これに基づいて強制執行を行うこともできます。

被害者参加制度に関する関連事例集参照。

解説:

1 損害賠償命令制度の概要

損害賠償命令制度とは、刑事事件の対象となった事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求について、刑事事件に付随して、刑事裁判を担当した裁判所が、民事の審理も行って、損害賠償を被告人に命ずる手続のことをいいます(犯罪被害者保護法24条以下)。

これを利用するメリットとしては、何よりも、主張・立証の負担が軽減されるという点が挙げられます。すなわち、本来であれば、民事裁判の原則通り被害者自らが証拠を収集し、不法行為の成立を主張・立証しなければなりませんが、損害賠償命令制度を用いれば、刑事記録をそのまま流用できるため、その負担が軽減されることになります。その他にも、申立手数料が2000円と非常に低額であること(民事訴訟の場合、例えば、300万円の請求をするのであれば、裁判所に2万円の手数料を納める必要があります。)、審理期日が原則4回以内とされており(同法31条3項)、簡易迅速な紛争解決が期待できること等も、そのメリットに挙げられます。

2 損害賠償命令制度の利用要件

損害賠償命令の申立権者は、損害賠償命令制度の対象となる犯罪の「被害者又はその一般承継人」(犯罪被害者保護法24条1項柱書)とされています。具体的には、被害者本人又は被害者が死亡した場合における相続人がこれに当たります。

また、その相手方は刑事事件の被告人に限られ、民事上の法的責任の有無に関わらず、起訴されていない共犯者や被告人の勤務先法人・使用者等(民法715条)を相手方として損害賠償命令の申立てをすることはできません。

さらに、如何なる犯罪の場合であっても、損害賠償命令制度を利用できるというわけではありません。損害賠償命令制度を利用できるのは、①殺人罪や傷害罪等の故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪(同項1号)、②不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等の罪又はその未遂罪(同項2号イ)、③逮捕及び監禁の罪又はその未遂罪、④未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等の罪又はその未遂罪(同号ロ)、④犯罪行為に②乃至④の罪の犯罪行為を含む罪(同号ハ)が犯された場合に限られます。いわゆる重罪の被害者である必要があります。

なお、被害者参加制度とは異なり、過失犯がその対象となっておらず、交通事故の事案の大半(過失運転致死傷罪の場合等)は、損害賠償命令制度の対象外となります。

3 具体的な手続き

損害賠償命令の申立ては、刑事事件が係属している地方裁判所に対して行います(犯罪被害者保護法24条1項柱書)。その際、申立手数料を納める必要がありますが、上記のとおり、その金額は2000円と非常に低額に設定されています(民事訴訟の場合、例えば、300万円の請求をするのであれば、裁判所に2万円の手数料を納める必要があります。)。ただ、1点注意が必要なのが、その申立時期が限られていることです。すなわち、事件が起訴されてから弁論が終結するまでの間に、損害賠償命令を申し立てなければならず、判決の言渡しの前であろうと、弁論終結後の申立ては認められていません(同項柱書)。

この申立てが適法と認められると、刑事事件について有罪判決が言い渡された場合は、通常、そのまま引き続き、刑事裁判を担当した裁判官により、損害賠償命令の審理が行われることになります(同法31条1項)(なお、無罪判決が言い渡された場合は、申立ては却下されることになりますが(同法28条1項3号)、この場合も、民事訴訟を提起できなくなるわけではありません。)。上記のとおり、審理期日は原則4回以内とされているため(同法31条3項)、簡易迅速な紛争解決が期待できます。

また、審理の方式としては、必ずしも口頭弁論を開かなければならないわけではなく、当事者を審尋することによって行うことができ(同法30条)、実務上は、審尋によるのが通例です。審尋は、口頭弁論と異なり、非公開の手続きであり、特に、わいせつ事案等の場合には、被害者の精神的なプレッシャーも少なくて済むと考えられます。これまでの例ですと、判決言い渡しと同じ日に第1回の審尋が行われ、その後2、3回の審尋の上決定が出ているようです。

そして、裁判所が損害賠償請求に理由があると判断した場合、被告人に対して損害賠償を命じる決定が出されることになります。この決定に対しては、異議を申し立てることができますが(同法34条1項)、当事者双方から適法な異議の申立てがなく、2週間が経過したのならば、当該決定には、民事損害賠償請求訴訟の確定判決と同一の効力が生じることなり(同条5項)、これに基づいて強制執行を行うこともできます。適法な異議の申立てがあった場合は、当該決定の効力は失われ(同条4項)、民事訴訟が提起されたものとみなされることになります(同法35条1項)。損害賠償命令制度は口頭弁論を経ない手続きで本来の訴訟手続きではないため、正式な裁判と言えず、裁判を受ける権利は憲法上保証されていますから被告人であっても、正式な裁判を受ける権利を保障する必要があるからです。

なお、決定については仮執行宣言を付することも認められており、実務では半数程度の決定に仮執行宣言がつけられています。仮執行宣言が付された決定についてはて決定については適法な異議が申し立てられても強制執行が可能です。これは通常の民事訴訟の第一審判決後に控訴審が提起された場合と同じです。

4 最後に

サークルの知人男性は、不同意わいせつの罪を犯していますので、本件では、損害賠償命令制度を利用することができます(犯罪被害者保護法24条1項2号イ)。上記のとおり、損害賠償命令制度は、刑事記録をそのまま流用でき、主張・立証の負担を軽減できる、といったメリットがあるため、相談者様も、積極的にこれを利用した方が良いでしょう。

ただ、場合によっては、刑事記録だけでは足りず、追加の主張・立証が必要になることもあるので、弁護士を代理人に付けて活動することも、1つの方法かと思います。資力基準を充たす方(例えば単身者の資産180万円以下、月収18万2千円以下など)は、法テラスの民事法律扶助制度を利用することもできます。

※参考URL、法テラス資力基準について

https://www.houterasu.or.jp/app/faq/detail/01659

※参考URL、警察庁HPの犯罪被害者等基本法解説ページ

https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/hourei/kihon_hou.html

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

【犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律】

第24条(損害賠償命令の申立て)

1 次に掲げる罪に係る刑事被告事件(刑事訴訟法第四百五十一条第一項の規定により更に審判をすることとされたものを除く。)の被害者又はその一般承継人は、当該被告事件の係属する裁判所(地方裁判所に限る。)に対し、その弁論の終結までに、損害賠償命令(当該被告事件に係る訴因として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償の請求(これに附帯する損害賠償の請求を含む。)について、その賠償を被告人に命ずることをいう。以下同じ。)の申立てをすることができる。

① 故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪

② 次に掲げる罪又はその未遂罪

イ 刑法(明治四十年法律第四十五号)第百七十六条(不同意わいせつ)、第百七十七条(不同意性交等)又は第百七十九条(監護者わいせつ及び監護者性交等)の罪

ロ 刑法第二百二十条(逮捕及び監禁)の罪

ハ 刑法第二百二十四条から第二百二十七条まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等)の罪

二 イからハまでに掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(前号に掲げる罪を除く。)

2 損害賠償命令の申立ては、次に掲げる事項を記載した書面を提出してしなければならない。

① 当事者及び法定代理人

② 請求の趣旨及び刑事被告事件に係る訴因として特定された事実その他請求を特定するに足りる事実

3 前項の書面には、同項各号に掲げる事項その他最高裁判所規則で定める事項以外の事項を記載してはならない。

第28条(申立ての却下)

1 裁判所は、次に掲げる場合には、決定で、損害賠償命令の申立てを却下しなければならない。

① 損害賠償命令の申立てが不適法であると認めるとき(刑事被告事件に係る罰条が撤回又は変更されたため、当該被告事件が第二十四条第一項各号に掲げる罪に係るものに該当しなくなったときを除く。)。

② 刑事訴訟法第四条、第五条又は第十条第二項の決定により、刑事被告事件が地方裁判所以外の裁判所に係属することとなったとき。

③ 刑事被告事件について、刑事訴訟法第三百二十九条若しくは第三百三十六条から第三百三十八条までの判決若しくは同法第三百三十九条の決定又は少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)第五十五条の決定があったとき。

④ 刑事被告事件について、刑事訴訟法第三百三十五条第一項に規定する有罪の言渡しがあった場合において、当該言渡しに係る罪が第二十四条第一項各号に掲げる罪に該当しないとき。

2 前項第一号に該当することを理由とする同項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

3 前項の規定による場合のほか、第一項の決定に対しては、不服を申し立てることができない。

第30条(任意的口頭弁論)

1 損害賠償命令の申立てについての裁判は、口頭弁論を経ないですることができる。

2 前項の規定により口頭弁論をしない場合には、裁判所は、当事者を審尋することができる。

第31条(審理)

1 刑事被告事件について刑事訴訟法第三百三十五条第一項に規定する有罪の言渡しがあった場合(当該言渡しに係る罪が第二十四条第一項各号に掲げる罪に該当する場合に限る。)には、裁判所は、直ちに、損害賠償命令の申立てについての審理のための期日(以下「審理期日」という。)を開かなければならない。ただし、直ちに審理期日を開くことが相当でないと認めるときは、裁判長は、速やかに、最初の審理期日を定めなければならない。

2 審理期日には、当事者を呼び出さなければならない。

3 損害賠償命令の申立てについては、特別の事情がある場合を除き、四回以内の審理期日において、審理を終結しなければならない。

4 裁判所は、最初の審理期日において、刑事被告事件の訴訟記録のうち必要でないと認めるものを除き、その取調べをしなければならない。

第34条(異議の申立て等)

1 当事者は、損害賠償命令の申立てについての裁判に対し、前条第三項の規定による送達又は同条第四項の規定による告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。

2 裁判所は、異議の申立てが不適法であると認めるときは、決定で、これを却下しなければならない。

3 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

4 適法な異議の申立てがあったときは、損害賠償命令の申立てについての裁判は、仮執行の宣言を付したものを除き、その効力を失う。

5 適法な異議の申立てがないときは、損害賠償命令の申立てについての裁判は、確定判決と同一の効力を有する。

6 民事訴訟法第三百五十八条及び第三百六十条の規定は、第一項の異議について準用する。

第35条(訴え提起の擬制等)

1 損害賠償命令の申立てについての裁判に対し適法な異議の申立てがあったときは、損害賠償命令の申立てに係る請求については、その目的の価額に従い、当該申立ての時に、当該申立てをした者が指定した地(その指定がないときは、当該申立ての相手方である被告人の普通裁判籍の所在地)を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所に訴えの提起があったものとみなす。この場合においては、第二十四条第二項の書面を訴状と、第二十五条の規定による送達を訴状の送達とみなす。

2 前項の規定により訴えの提起があったものとみなされたときは、損害賠償命令の申立てに係る事件(以下「損害賠償命令事件」という。)に関する手続の費用は、訴訟費用の一部とする。

3 第一項の地方裁判所又は簡易裁判所は、その訴えに係る訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、決定で、これを管轄裁判所に移送しなければならない。

4 前項の規定による移送の決定及び当該移送の申立てを却下する決定に対しては、即時抗告をすることができる。