自筆証書遺言書の作成方法及び自筆証書遺言保管制度

家事|相続|自筆証書遺言書、目録の作成方法|令和2年7月10日開始、自筆証書遺言保管制度

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

私は,今年で90歳となりますので,子ども達の間で財産争いが生じないようにするために,自身で遺言書を書こうと思っています。遺言書を書くに当たっては,どの様な点に注意しなければならないのか,教えてもらいたいです。かなりの高齢のため,長文を自筆するのが難しい状況にあります。

また,遺言の内容として,度々実家に帰ってきてくれて,よくお世話をしてくれた次男に少し多めに財産を残したいと考えておりますが,長男も私の考えには気付いている様子で,長男が先に遺言書を発見した場合,遺言書が捨てられてしまうのではないかということも心配しています。その様な事態を防ぐためには,どうしたら良いのでしょうか。

回答:

下記解説のとおり,遺言の方式としては,様々なものがありますが,相談者様としては,ご自身で遺言書を作成したいということですので,自筆証書遺言の方式によることになります。自筆証書遺言の作成に当たっては,特に,①その全文を自書すること,②日付を自書すること,③氏名を自書すること,④押印があることが必要であることにご注意ください。また,長文を自筆するのが難しい状況にあるということですので,相続財産の目録については,パソコンを利用したり,不動産(土地・建物)の登記事項証明書や通帳のコピー等の資料を添付したりする方法を取るというのも一案かと思います。この場合であっても,当該資料のそれぞれに氏名を自書した上で,押印することが必要となりますので,この点もご注意ください。

加えて,筆証書遺言保管制度という法務局が自筆証書遺言書を預かってくれる制度が令和2年7月10日から開始されましたので,長男により,遺言書が隠匿・毀棄される危険があるのであれば,同制度を利用された方が宜しいでしょう。

解説:

1 遺言の意義及び種類

⑴ 遺言とは,一定の方式で表示された個人の意思に,この者の死後,それに即した法的効果を与えるという法技術であるといわれています。少し難しい表現とはなっていますが,簡単に言えば,遺言によって,自身の死後の財産の行方を自由に決めることができるということになります。

私有財産制、私的自治の原則という近代以降の市民法の大原則から言えば自分の財産は自由に処分できることになります。しかし、処分しないうちに死んでしまうと、処分の時点では処分権者が相続人に移転してしまうので、もともとの権利者が処分できないことになってしまいます。そこで、死後も自分の財産を処分できるようにしたのが遺言の制度です。

⑵ 遺言は,その方式によって,自筆証書遺言(民法968条),公正証書遺言(民法969条),秘密証書遺言(970条),死亡危急時遺言(976条),伝染病隔離時遺言(977条),在船時遺言(978条),難船時遺言(979条)に区分されます。遺言が効力を発生する時点で遺言者は死亡しているため、遺言が果たして、死者の意思を正確に反映しているのか確認することはできないため、有効な遺言と認められるためには厳格な要件が定められています。

後者4つは特異な状況を想定したものとなりますので,ここでは,前者3つ(自筆証書遺言,公正証書遺言,秘密証書遺言)につき,その概要を説明します。

ア 自筆証書遺言について

自筆証書遺言は,財産目録を除き,全部を自筆で書き上げる遺言です。公正証書遺言や秘密証書遺言とは異なり,公証人や証人の関与を必要とせず,単独で作成することができるので,最もお手軽な遺言といえるかもしれません。

もっとも,その作成者(遺言者)の遺言能力(遺言内容を理解し,遺言の結果を弁識しうるに足る意思能力)や偽造・変造に対する疑義が生じやすいほか,隠匿・毀棄の危険にも晒されてしまうというデメリットであります(なお,後述の遺言保管制度を利用すれば,偽造・変造・隠匿・毀棄の危険を防止することはできます。)。また,自筆証書遺言の要件が備わっていないと,そもそも遺言が無効とされてしまう可能性すらあります。

そのため、自筆証書遺言には、相続発生後に家庭裁判所による検認という手続きが必要になります。

イ 公正証書遺言について

公正証書遺言は,遺言者が公証人役場に赴き,又は,公証人に出張をしてもらい,公証人に遺言書を作成してもらうものです。

公正証書遺言には,遺言書の原本が公証人役場に保管されるので(遺言者には正本が交付されます。),偽造・変造・隠匿・毀棄の危険を防止することができるほか,公証人が事実上,遺言者の遺言能力を確認するため,遺言者の遺言能力に対する疑義が生じにくい(公正証書遺言であっても,遺言能力がなかったとして,遺言が無効とされる可能性はあります。)というメリットがあります。

他方,公証人がスケジュールの都合等によって出張に対応することができない場合もあるので,公証人役場に赴くことが困難な方は公正証書遺言という方式に依ることができない可能性があります。また,相応の費用がかかりますし,証人も用意しなければならないというデメリットがあります。

ウ 秘密証書遺言について

秘密証書遺言は,公証人役場において,公証人や証人,相続人を含め,遺言書の内容を見せないまま,公証人や証人2人以上に遺言書の存在の証明をしてもらい,その封緘を公証行為としてなすものです。

自筆証書遺言と異なり,遺言書の全文及び日付の自書が要求されないというメリットや,公証人が事実上,遺言者の遺言能力を確認するため,遺言者の遺言能力に対する疑義が生じにくい(公正証書遺言であっても,遺言能力がなかったとして,遺言が無効とされる可能性はあります。)というメリットがあります。

他方,遺言書自体は遺言者自身で保管することになるため,隠匿・毀棄の危険に晒されてしまうというデメリットや,公正証書遺言と同様,公証人がスケジュールの都合等によって出張に対応することができない場合もあるので,公証人役場に赴くことが困難な方は秘密証書遺言という方式に依ることができない可能性があるほか,相応の費用がかかりますし,証人も用意しなければならないというデメリットがあります。

2 自筆証書遺言書の作成方法

ご相談内容として,ご自身のみで遺言書を作成したいということですので,相談者様においては,自筆証書遺言を作成するということになろうかと存じます。そこで,以下,自筆証書遺言の作成方法について説明します。

⑴ 自筆証書遺言は,①その全文を自書すること,②日付を自書すること,③氏名を自書すること,④押印があることが要件になります(民法968条1項)。

①の全文の自書が要求されるのは,「筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき,それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるから」(最判昭和62年10月8日判決)です。そのため,例えば,遺言書がパソコン等を利用して作成された場合,その作成者が誰であるか判定することが困難であるため,該当部分が一部であったとしても,遺言全体が無効となってしまいます。

なお,遺言書が複数枚にわたる場合であっても,契印(2枚以上の書類が1つの連続した文書であることを証明するために,両頁にまたがって押印すること)は,自筆証書遺言の要件とはなっておらず,必須というわけではありませんが,1通の遺言書として作成されたものであることを明らかにするために,契印もしておいた方が良いでしょう。

⑵ 以前は相続財産の目録についても自書することが要求されていましたが,近年の法改正により,相続財産の目録は,自書でなく,パソコンを利用したり,不動産(土地・建物)の登記事項証明書や通帳のコピー等の資料を添付したりする方法で作成することができるようになりました(民法968条2項)。

もっとも,相続財産の目録として登記事項証明書や通帳のコピー等の資料を利用する場合であっても,そのそれぞれに氏名を自書した上で,押印することが必要となりますので,この点,注意しましょう。

3 自筆証書遺言保管制度

⑴ 自筆証書遺言保管制度という法務局が自筆証書遺言書を預かってくれる制度が令和2年7月10日から開始されました。

同制度を利用すれば,法務局において,遺言書の原本は遺言者死亡後50年間,その画像データは遺言者死亡後150年間,保存・保管されることになるので,遺言書の紛失・亡失のおそれがないほか,相続人等の利害関係者による遺言書の偽造・変造・隠匿・毀棄の危険を防止することはできます。その他,裁判所での検認手続き(相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに,遺言書の形状,加除訂正の状態,日付,署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして,遺言書の偽造・変造を防止するための手続き)も不要とされています。

⑵ア 自筆証書遺言の保管申請に当たっては,遺言者において,遺言書の保管申請書を作成の上,遺言書保管所(法務局)に赴き,これを行うというものになります。この遺言保管所としては,a遺言者の住所地を管轄する遺言書保管所,b遺言者の本籍地を管轄する遺言書保管所,c遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所のいずれかから選択することになります。

イ 遺言者が死亡した後においては,相続人等において,①遺言書保管事実証明書の交付請求を行うことができます。これにより,a請求者が,請求書に記載した特定の遺言者の相続人である場合,特定の遺言者の遺言書が,遺言書保管所に保管されているかどうか,b請求者が,請求書に記載した特定の遺言者の相続人でない場合,特定の遺言者の,請求者を受遺者等・遺言執行者等とする遺言書が,遺言書保管所に保管されているかどうかの確認をすることができます。なお,遺言書保管事実証明書の交付請求は,全国いずれの遺言書保管所でも手続可能で,郵送によっても手続きができます。

また,相続人等において,②遺言書情報証明書の交付請求を行うことができます。当該証明書には,遺言書の画像情報が全て印刷されており,遺言書の内容を確認することができます。相続人等の誰かが,遺言書情報証明書の交付を受けると,遺言書保管官により,その者以外の全ての相続人等に対し,関係する遺言書を保管している旨が通知されます。なお,遺言書保管所に保管された遺言書の原本は,遺言者自身からの撤回以外には,相続人であっても返還されることはありませんので,遺言書の原本の代わりとして,各種手続に使用することになります。また,遺言書情報証明書の交付請求も,全国いずれの遺言書保管所でも手続可能で,郵送によっても手続きができます。

その他,相続人等において,③遺言書の閲覧(モニター/原本)の請求を行うこともできます。

※参考URL、法務省による解説ページ

https://www.moj.go.jp/MINJI/01.html

4 まとめ

本事例集を参考にして,自筆証書遺言書を作成の上,自筆証書遺言保管制度を利用するという方法を取るということでも,勿論,宜しいかとは思いますが,要件を欠くと,遺言は無効になってしまいますので,自筆証書遺言書の作成に当たっては,細心の注意を要します。そのため,少なくとも,ご自身で作成された自筆証書遺言書を弁護士によって確認してもらった方が安心でしょう。

関連事例集

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参照条文

《参考条文》

【民法】

(自筆証書遺言)

第968条

1 自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。

2 前項の規定にかかわらず,自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には,その目録については,自書することを要しない。この場合において,遺言者は,その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては,その両面)に署名し,印を押さなければならない。

3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない。

(公正証書遺言)

第969条

公正証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。

① 証人二人以上の立会いがあること。

② 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。

③ 公証人が,遺言者の口述を筆記し,これを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させること。

④ 遺言者及び証人が,筆記の正確なことを承認した後,各自これに署名し,印を押すこと。ただし,遺言者が署名することができない場合は,公証人がその事由を付記して,署名に代えることができる。

⑤ 公証人が,その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名し,印を押すこと。

(公正証書遺言の方式の特則)

第969条の2

1 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には,遺言者は,公証人及び証人の前で,遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し,又は自書して,前条第二号の口授に代えなければならない。この場合における同条第三号の規定の適用については,同号中「口述」とあるのは,「通訳人の通訳による申述又は自書」とする。

2 前条の遺言者又は証人が耳が聞こえない者である場合には,公証人は,同条第三号に規定する筆記した内容を通訳人の通訳により遺言者又は証人に伝えて,同号の読み聞かせに代えることができる。

3 公証人は,前二項に定める方式に従って公正証書を作ったときは,その旨をその証書に付記しなければならない。

(秘密証書遺言)

第970条

1 秘密証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。

① 遺言者が,その証書に署名し,印を押すこと。

② 遺言者が,その証書を封じ,証書に用いた印章をもってこれに封印すること。

③ 遺言者が,公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。

④ 公証人が,その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後,遺言者及び証人とともにこれに署名し,印を押すこと。

2 第九百六十八条第三項の規定は,秘密証書による遺言について準用する。

(方式に欠ける秘密証書遺言の効力)

第971条

秘密証書による遺言は,前条に定める方式に欠けるものがあっても,第九百六十八条に定める方式を具備しているときは,自筆証書による遺言としてその効力を有する。

(秘密証書遺言の方式の特則)

第972条

1 口がきけない者が秘密証書によって遺言をする場合には,遺言者は,公証人及び証人の前で,その証書は自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を通訳人の通訳により申述し,又は封紙に自書して,第九百七十条第一項第三号の申述に代えなければならない。

2 前項の場合において,遺言者が通訳人の通訳により申述したときは,公証人は,その旨を封紙に記載しなければならない。

3 第一項の場合において,遺言者が封紙に自書したときは,公証人は,その旨を封紙に記載して,第九百七十条第一項第四号に規定する申述の記載に代えなければならない。

《参考判例》

(最判昭和62年10月8日判決)

主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理 由

上告代理人宮川種一郎の上告理由第一点について

自筆証言遺言の無効確認を求める訴訟においては,当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法九六八条の定める方式に則って作成されたものであることを,遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任があると解するのが相当である。これを本件についてみると,本件遺言書が,遺言者である甲野太郎(以下「太郎」という。)が妻の花子から添え手による補助を受けたにもかかわらず後記「自書」の要件を充たすものであることを上告人らにおいて主張・立証すべきであり,被上告人らの偽造の主張は,上告人らの右主張に対する積極否認にほかならない。原審は,右と同旨の見解に立ち,本件遺言書については結局「自書」の要件についての立証がないとの理由により,その無効確認を求める被上告人らの本訴請求を認容しているのであって,その判断の過程に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。

同第二点及び第三点について

自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文,日附及び氏名を自書し,押印することによってすることができるが(民法九六八条一項),それが有効に成立するためには,遺言者が遺言当時自書能力を有していたことを要するものというべきである。そして,右にいう「自書」は遺言者が自筆で書くことを意味するから,遺言者が文字を知り,かつ,これを筆記する能力を有することを前提とするものであり,右にいう自書能力とはこの意味における能力をいうものと解するのが相当である。したがって,全く目の見えない者であっても,文字を知り,かつ,自筆で書くことができる場合には,仮に筆記について他人の補助を要するときでも,自書能力を有するというべきであり,逆に,目の見える者であっても,文字を知らない場合には,自書能力を有しないというべきである。そうとすれば,本来読み書きのできた者が,病気,事故その他の原因により視力を失い又は手が震えるなどのために,筆記について他人の補助を要することになったとしても,特段の事情がない限り,右の意味における自書能力は失われないものと解するのが相当である。原審は,太郎が,昭和四二年頃から老人性白内障により視力が衰えたものの昭和四四年頃までは自分で字を書いていたことを認定しつつ,昭和四五年四月頃脳動脈硬化症を患ったのち,その後遺症により手がひどく震えるようになったことから,時たま紙に大きな字を書いて妻の花子や上告人甲野三郎に「読めるか」と聞いたりしたことがあるほかは字を書かなかったこと,本件遺言の当日も,自分で遺言書を書き始めたが,手の震えと視力の減退のため,偏と旁が一緒になったり,字がひどくねじれたり,震えたり,次の字と重なったりしたため,花子から「ちょっと読めそうにありませんね」と言われてこれを破棄したことなどの事実を認定し,太郎は,本件遺言書の作成日附である昭和四七年六月一日当時,相当激しい手の震えと視力の減退のため自書能力を有していたとは認められないと判断しているのであるが,右認定事実をもってしては,太郎が前示の意味における自書能力を失っていたということはできないものというべきであり,原判決には自筆証書遺言の要件に関する法律の解釈適用を誤った違法があるというほかはない。

しかし,後記説示のとおり,本件遺言書は,他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が有効とされるための他の要件を具備していないため,結局無効であるというべきであるから,原判決の右違法は判決の結論に影響を及ぼさないというべきである。論旨は,ひっきょう,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分の違法をいうものにすぎず,採用することができない。

同第四点及び第五点について

自筆証書遺言の方式として,遺言者自身が遺言書の全文,日附及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが,右の自書が要件とされるのは,筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき,それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして,自筆証書遺言は,他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど,最も簡易な方式の遺言であるが,それだけに偽造,変造の危険が最も大きく,遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから,自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと,病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は,(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し,(2)他人の添え手が,単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか,又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており,遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり,かつ,(3)添え手が右のような態様のものにとどまること,すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが,筆跡のうえで判定できる場合には,「自書」の要件を充たすものとして,有効であると解するのが相当である。

原審は,右と同旨の見解に立ったうえ,本件遺言書には,書き直した字,歪んだ字等が一部にみられるが,一部には草書風の達筆な字もみられ,便箋四枚に概ね整った字で本文が二二行にわたって整然と書かれており,前記のような太郎の筆記能力を考慮すると,花子が太郎の手の震えを止めるため背後から太郎の手の甲を上から握って支えをしただけでは,到底本件遺言書のような字を書くことはできず,太郎も手を動かしたにせよ,花子が太郎の声を聞きつつこれに従って積極的に手を誘導し,花子の整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり,本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効であると判断しているのであって,原審の右認定判断は,前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,ひっきょう,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。

よって,民訴法四〇一条,九五条,八九条,九三条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する