新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1833、2018/08/17 10:01 https://www.shinginza.com/saikaihatsu.html

【民事、都市再開発法、平成2年5月14日東京高等裁判所判決】

再開発予定区域における更新拒絶通知



質問:
駅前で建物を賃借して飲食店を経営しています。駅前再開発の計画があるようで、最近、駅前再開発推進協議会というものができて、勉強会を定期的に開きはじめました。私も、新しくできるビルで飲食店を続けるつもりでいました。しかし、突然、家主から「建物賃貸借更新拒絶通知」というものが内容証明郵便で送られてきました。再開発手続に協力するため、建物の明け渡しが必要であると書いてありました。今まで20年以上家賃滞納も無く近隣トラブルも無く円満にやってきたので、このような通知を受けることは心外です。賃貸借契約が終了することを受けいれなければならないのでしょうか。



回答:
1、 必ずしも、更新拒絶を受け入れ退去する必要はありません。建物賃貸借契約は、借地借家法26条1項で「法定更新」が規定されており、契約期間満了に際して当事者が何も意思表示しなければ、自動的に従前と同じ条件で更新されることになります。

2、 家主側の都合で賃貸借契約の更新の機会に更新を拒絶する旨の通知を行うことがありますが、この場合は、借地借家法28条で更新拒絶をすることについて「正当事由」を具備することが必要です。正当事由があるといえるかは場合によって異なりますから、一概には結論が出ません。

3、 正当事由のひとつとして「再開発手続に協力することが必要」と家主側が主張している場合、その点については、都市再開発法で建て替えのための明け渡し手続が整備されているので、賃貸借契約を終了させる必要が無いことを法的に主張することができます。

4、 ただし、実際の明け渡し請求訴訟の段階では、原告側(家主側)は、再開発手続に協力する以外にも、立ち退き料の提示も含めて様々な主張を行ってくることになりますから、その他の事由により、更新拒絶の正当事由が認められる可能性はあります。

5、 都市再開発関連事例集1829番1823番1822番1812番1806番1803番1798番1776番1768番1767番1756番1747番1740番1733番1720番1705番1704番1702番1701番1684番1678番1676番1649番1513番1512番1490番1455番1448番1122番参照。




解説:

1、 法定更新

建物賃貸借契約は、居住用であっても、事業用であっても、人の生活基盤を提供する重要な資産に関する契約ですから、当事者間の公平を図りつつ、居住者・賃借人側の保護にも留意して、種々の強行規定が定められています。私法関係は私的自治の原則により契約自由の原則が適用されますが、一般に賃貸人と賃借人では賃借人側の立場が弱い傾向があり、賃借人保護の観点で、建物賃貸借契約においては、契約自由原則が一部修正されて、当事者の意思表示に関わらず、賃借人保護に関する法律の規定が優先するとされるものが強行規定です。

借地借家法 第30条(強行規定)この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。

建物賃貸借契約が期間満了しても、当事者が事前に更新拒絶の意思表示をしていなかったり、期間満了後に異議を述べていない場合は、賃貸借契約が同条件で自動的に更新されるとする法定更新の規定も強行規定のひとつです。

借地借家法第26条(建物賃貸借契約の更新等)
第1項 物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
第2項 前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。
第3項 建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。


2、 更新拒絶における正当事由

借地借家法26条1項で、建物賃貸借契約期間満了の1年前から半年前までの期間の間に、賃貸人から賃借人に対して、「更新しない旨の通知」をすることができると規定されていますが、この通知には、同28条で、「正当の事由」が必要とされています。これは従来、借地法、借家法の時代に判例集積されたものを、平成3年の借地借家法制定時に例示列挙したものです。

借地借家法28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

整理すると、正当事由の要素は、次のように列挙されています。

(1) 賃貸人が建物の使用を必要とする事情
(2) 賃借人が建物の使用を必要とする事情
(3) 賃貸借に関する従前の経過
(4) 建物の利用状況
(5) 建物の現況
(6) 財産上の給付の申し出=立ち退き料の提示

賃貸人が建物の使用を必要とする事情の中には、自分で使う必要があるという自己使用の必要性の他、家族親族が使用する必要性があることや(東京高裁昭和57年1月28日判決)、法令改正により容積率の緩和がある場合は建物を建て替えて床面積を増やしたり、防災機能に問題があり将来の賃借人募集に問題がある場合には耐震建築物・耐火建築物に改築して資産価値を高めたいというような「資産有効活用」を目的として立ち退きを求めることも含まれていると解されています。また、資産の有効活用には高額売却も含まれると解釈されており(横浜地裁昭和50年10月29日判決、最高裁昭和27年3月18日判決など)、例えば相続税を納付するためになるべく高い価格で売却しなければならないので占有を解除したいという事情でも正当事由が認められることがあります。


3、再開発への協力が正当事由になるか

実務上、借地借家法26条1項の更新拒絶意思表示に際して「公共性の高い再開発手続への協力が必要のため」更新拒絶する旨の、契約終了通知=更新拒絶通知がなされることも多いようです。家主側の心情として、再開発の前に建物の占有関係を解除しておきたいというニーズが多いため、それが拒絶通知に記載されることが多いようです。

しかし、再開発への協力が必要であるということのみを理由として更新拒絶の意思表示をすることはできないと考えられます。再開発手続を定めた都市再開発法で、建物除却のための手続が十分整備されており、借家権の存在は何ら再開発手続の障害とはならないことが明らかだからです。この事情は、マンション建て替え円滑化法や、土地区画整理事業による建て替え事業であっても同じです。

まず、都市再開発法87条2項で、権利変換期日に、建物の全ての賃借権は消滅する規定になっています。

都市再開発法第87条(権利変換期日における権利の変換)
第2項 権利変換期日において、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。ただし、第六十六条第七項の承認を受けないで新築された建築物及び施行地区外に移転すべき旨の第七十一条第一項の申出があつた建築物については、この限りでない。

そして、権利変換期日後に、賃借権が消滅した後、建物所有者となった第一種市街地再開発組合は、都市再開発法96条1項に基づき、従前の建物賃借人に対して建物の明け渡しを請求することができ、従前の建物賃借人は、都市再開発法96条3項により、法的に物件を引き渡す義務が定められています。

これを実体法の根拠(法的根拠)として、組合側は占有者に対して建物明け渡し訴訟を提起して勝訴して強制執行により明け渡しを実現させることもできますし、明け渡し断交の仮処分手続を申し立てすれば、裁判手続の前であっても、明け渡しを実現することができます。つまり、建物賃借権の存在は,再開発手続において何ら障害となるものではありません。

都市再開発法第96条(土地の明渡し)
第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。
第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。

都市再開発法では、建物賃借権は、権利変換の対象となり、従前建物賃借権者は、建て替え後の新たな建物に借家権を取得できることが明確に規定されています(都市再開発法73条1項12号)。

都市再開発法73条(権利変換計画の内容)抜粋
第1項 権利変換計画においては、国土交通省令で定めるところにより、次に掲げる事項を定めなければならない。
第十二号 施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に存する建築物について借家権を有する者(その者が更に借家権を設定しているときは、その借家権の設定を受けた者)で、当該権利に対応して、施設建築物の一部について借家権を与えられることとなるものの氏名又は名称及び住所
第十三号 前号に掲げる者に借家権が与えられることとなる施設建築物の一部


更に、借家権の存否に争いがある場合、つまり、賃貸人が更新拒絶して借家権は消滅したと主張し、賃借人は正当事由に欠けるので更新拒絶意思表示は無効であり、借家権は存続していると主張しているような場合には、従来通り借家権が存続しているものとして権利変換計画を定めるべきことも法定されています。


都市再開発法第73条4項 宅地又は建築物(指定宅地に存するものを除く。)に関する権利に関して争いがある場合において、その権利の存否又は帰属が確定しないときは、当該権利が存するものとして、又は当該権利が現在の名義人に属するものとして権利変換計画を定めなければならない。ただし、借地権以外の宅地(指定宅地を除く。)を使用し、又は収益する権利の存否が確定しない場合にあつては、その宅地の所有者に対しては、当該権利が存しないものとして、その者に与える施設建築物の一部等を定めなければならない。


このように都市再開発法では、従前建物に借家権が存続していても建て替えに何ら支障となることは無く、また、むしろ借家権が存続していることを前提として諸規定が整備されているので、「再開発手続があるので賃貸借契約を解除しなければならない」という理由だけで借地借家法26条の更新拒絶通知を行っても、それだけでは同28条の正当事由にはあたらないと主張できると考えられます。


但し、古い判例で個人施行の再開発に関する事案でしたが逆の結論となっているものがありますので注意も必要です。一部御紹介いたします。

※東京高裁昭和57年10月28日判決
『控訴人は、個人施行者として本件再開発事業を施行するために県知事の認可を必要とし(法7条の9第1項)、右認可をうけるためには、事業計画につき借家権者である被控訴人らの同意を得なければならない(法7条の13第1項)。したがって、右同意が得られないときは、控訴人による再開発事業の施行は不能となり、本件市街地再開発計画は、前記促進区の指定までありながら頓挫せざるをえないこととなる。
 これに比し、被控訴人らは、右同意を与えても、その借家権は権利変換手続によって保護されるのを原則とし(法77条5項・88条5項)、権利変換を希望しない場合は金銭補償を受けることができる(法71条3項・91条1項)。本件市街地再開発につき、両者の間には右のような立場の相違があり、このことを考慮する必要がある。
 この点に関し、被控訴人らは、都市再開発法による市街地再開発の必要をもって、借家法による解約の正当事由に代置することは許されないと主張するが、後者の正当事由の一要素として前者の必要性を斟酌することを妨げるものではなく、要は建物明渡によって蒙る賃貸人及び賃借人双方の利害得失の比較に帰着する。換言すれば、地域開発のため木造低層の建物の除却が要請される場合(都市再開発法の適用以前の問題である。)に、そのことにより立退を余儀なくされる借家人の蒙る不利益が受忍しうべきもの(損害の填補される場合を含めて)であるときは、解約の正当事由を肯認しうるものである。』


この判例は事業計画に借家権者全員の同意が必要な個人施行の再開発に関する事例でしたから、そのまま(全員同意は不要となっている)一般的な組合施行の第一種市街地再開発に関する事案に適用されることはありませんが、「賃貸人及び賃借人双方の利害得失の比較に帰着する」という部分は、第一種市街地再開発の事案でも妥当しうる論理となっており注意が必要です。この分野は未だ判例の集積が不十分な分野ですので、第一種市街地再開発の事案において、借家権の更新拒絶の正当事由が裁判実務でどのように解釈されていくのか不明確であるとも言えます。


4、再開発以外の正当事由

このように、再開発手続のみを理由として更新拒絶の意思表示をした場合には、正当事由が認められない可能性があると考えられますが、実際の裁判手続では、賃貸人側は正当事由としてとして様々な主張を併用してくることがあり、その主張立証内容によっては、正当事由が認められる可能性が高まることになりますので注意が必要です。いくつか判例を御紹介いたしますので、参考になさってください。


※東京高裁平成12年3月23日民事部判決 (建物明渡請求控訴事件)

 40年経過したアパートをマンションにするための立ち退きについて,借家権価格の算定ではなく,引越料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一, 二年分程度の範囲内の金額(200万円)を基準として認めています。

判決抜粋
『本件共同住宅が建築されてから四〇年を経過していること及び本件共同住宅が存する土地の地理的条件からすると,被控訴人が本件共同住宅及び隣接する建物の改 築計画を持つことには十分な合理性がある。そして,控訴人らの本件建物の使用の必要性は,住居とすることに尽きている。そのような場合の立退料としては,引越 料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一,二年分程度の範囲内の金額が,移転のための資金の一部を補填するものとして認められるべきものである。 それ以上に,高額な敷地権価格と僅かな建物価格の合計額を基に,これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは,正当事由 があり賃貸借が終了するのに,あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算定するもので,思考として一貫性を欠き相当ではない。被控訴人は,昭 和六三年一〇月以降賃料を据え置くなどの措置を採り,また,控訴人らが本件建物より高額な賃料の住居に移転するために当面必要な資金として十分と思われる立退 料二〇〇万円を提供する意思を示している。これらの賃料の据え置きと立退料の提供は,正当事由の補完たりうるのであって,被控訴人の解約申入れには正当の事由 があり,解約の申入れは,その効力を生じたものというべきである。そして,被控訴人の明渡しの請求を権利の濫用ということはできない。』


 この判例では、賃貸人が、築40年を経過している共同住宅の改築を計画することに合理性があると判断しています。賃貸人として、経済合理性を追求し、所有資 産の有効活用をすることができると判断しているのです。

 これに対し、入居者・賃借人の利益は、「住居とすることに尽きている」と判断しており、極端に言えば、「転居してもどこでも住むことができる」、と考えていることが分かります。賃貸人は建物の所有権者ですから、その物件の有効活用をするには、その物件をリフォームするなり、建て替えるしか方法がありませんが、入 居者は借りているだけですから、引っ越しすれば、その物件に限らず、どこでも住むことができるというわけです。その結果として、「立退料としては,引越料その 他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一,二年分程度の範囲内の金額が,移転のための資金の一部を補填するものとして認められるべきものである」という 判断になっているものと思われます。

住居兼小規模店舗の立退料についても、住居と同様に考え、住居部分について、転居費用と2年分の賃料差額、店舗部分について、店舗の利益2年分と、改装費 用を減価償却した残額の合計を立退料として算定する方法があります。同旨の高裁判例もありますので御紹介致します。


※東京高裁平成12年12月14日判決

『控訴人は、さくら銀行に対し2650万円の債務を負い、年間約72万円の利息を支払っている。この債務を返済するための資産としては本件建物とその敷地の借 地権しかない。本件建物を賃貸しているだけでは、元金の返済はおぼつかないのであるから、控訴人としては、元金の返済のためには、本件建物とその敷地の借地権 を売却する必要があるといわざるをえない。
 そして、本件建物は、どんなに近くとも昭和8年ころ建築された建物であるから、経済的な効用を全うし、すでに建替時期が来ていることは明らかである。本件建 物のままでは、これを買い受けた者は1か月10万円程度の賃料が得られるのみである。それ以上の賃料を得、又は自己で使用することによって経済的利益を得よう とすれば建替えは不可避である。それのみならず、本件建物が朽廃することになれば、借地権を失うことになるのであるから、借地権を確保するためにも建替えが必 要である。
 建物を建て替え、新たな建物で高い利益を得るためには、まず現在の賃借人の明け渡しを得る必要がある。建物に賃借人がいるままでは、正当な目的で、本件建物 とその敷地の借地権を買い受けようとする者は現れないものと予想される。
 したがって、控訴人には、Aないし被控訴人らに対し本件建物の明け渡しを求める必要性と合理性がある。
 一方、本件建物には、平成10年時点でA、被控訴人B、被控訴人Cが、平成11年6月21日以降は、被控訴人B、被控訴人Cが居住しているのみならず、一階 の店舗部分では、平成9年6月以降、被控訴人Cが清涼飲料水等の販売店を営んでいる。したがって、各時点で、Aないし被控訴人らには、本件建物を使用する必要 性が認められる。しかし、住居としての使用には原則として代替性が認められる。また、被控訴人Cが営む店舗は、本件建物でなければならない理由まではなく、生 計を維持するためには、清涼飲料水等の販売店でなければならないともいえない。
右の双方の必要性を比較すると、控訴人の必要性の方が高いものと認められる。しかし、Aないし被控訴人らに生ずる不利益には看過し得ないものもあるので、控訴 人が、Aないし被控訴人らに生ずる不利益をある程度補う立退料を支払うことにより、控訴人は解約申し入れの正当事由を具備するものというべきである。』・・中 略・・

『そこで、立退料の金額について検討する。
控訴人と被控訴人らとの間の賃貸借は、それぞれの前主ないし前々主からの期間を通算すると、50年以上にも及んでいる。したがって、賃貸借の目的は十分達した ともいいうるものである。
 被控訴人らが本件建物を使用する必要性のうち、住居としての必要性についてみれば、引越料その他の移転実費と一定期間の転居後の賃料と現賃料との差額が、必 要性を補填するものとして認められるべきものである。また、店舗としての必要性についてみると、本件建物の一階店舗部分にかけた改装工事費と一定期間の所得の 補償が、必要性を補填するものとして認められるべきものである。
 これ以上に、高額な敷地権価格とわずかな建物価格の合計額を基に、これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは、正当 事由があり賃貸借が終了するのに、あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算出するもので、思考として一貫性を欠き相当ではない。
 先のような観点から算定すると、立退料としては、600万円を上回ることはないものと認められる(改装工事費のうち240万円(一部は償却済みでありその残 額)と100万円の所得の2年分に移転実費(40万円)、賃料差額を1ヶ月5万円としてその2年分(120万円)を合計したものである。)。
 したがって、600万円を提供することによって控訴人の解約申し入れは正当事由を具備するものと認めるべきである。』


再開発区域が隣接している地域における建物賃貸借契約において、「築60年の木造亜鉛メッキ鋼板葺建物」であり、「賃借人が他にも店舗を経営しており退去しても生活出来なくなるとまでは言えない」ことや、「代替店舗の取得が容易でないとしても全く出来ないとまでは言えない」こと、「賃貸借契約が15年継続して大きな利益を上げており当初の賃貸借契約締結の目的を達している」と言えること、「被告側から2億6千万円の借家権価格の鑑定書が提出されていること」などから、立ち退き料2億8千万円と引き替えに建物明け渡しを命じた判決がありますので御紹介致します。


※平成2年5月14日東京高等裁判所判決、建物明渡請求事件

判決抜粋
『6 結論
 (一) 以上認定の事実に基づき正当事由の有無を判断する。
 (二) 正当事由ありとするに資する事情として次のようなものがある。
 (1) 本件建物は非居住用建物であり、本件賃貸借はもっぱら右建物を営業用に使用するためのものである。
 (2) 被控訴人は本件店舗のほかに、本店であるa店を有しており、営業規模、利益の点でa店は本件店舗より劣り、被控訴人の営業上本件店舗を失うことの損失は大きいが、しかしa店のみでは営業が出来ないとか被控訴人代表者一家が生活出来なくなるとまではいえない。また、本件店舗の代替店舗の取得が容易でないとしても全く出来ないとまではいえない。
 (3) 本件建物は築後約六〇年の木造亜鉛メッキ鋼板葺建物であり、一部火災にもあっており、朽廃していないとはいうものの老朽化しており、特に外柱、外壁はその度合が高く修理が必要とされる。
 (4) 本件建物の所在地は、早稲田通りと明治通りの交差点に直近しており、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りはそれ程でないが、反対側の高田馬場駅に続く商店街は中高層ビルがひしめいており、本件建物付近も現にビルが建設され又は計画されつつあり、早晩、中高層化されることは必至である。
 (5) 被控訴人としては約八年、被控訴人代表者の主宰していた訴外会社の時から数えると約一五年被控訴人らは本件建物を用いて営業し、大きな営業利益をあげ、賃借の目的を達している。
 (6) 控訴人が本件建物の明渡しを求めるのは、その敷地である本件土地を含む所有地を再開発して高度利用をするためであるが、いわゆる地上げなどによる開発と異なり、控訴人は昭和三二年右土地を他の土地とともに相続により取得し、同人の夫を代表者とする不動産管理会社により管理、用益してきたのであるが、地域の状況、地価の上昇等によりこれら土地の再開発、高度利用がその業務の遂行上必要となってきており、これをしなければ右会社運営も困難となってきており、控訴人が右のように企てることは無理からぬものがあり、しかもその計画は具体化している。
 (三) 正当事由を否定するのに資する事情として次のようなものがある。
 (1) 被控訴人代表者は訴外会社以来長年本件建物で営為、営業を続け生計を立ててきているところ、被控訴人は他に本店であるa店があるものの、営業の規模、利益において、本件店舗がかなりまさり、本件店舗を失うことは被控訴人の営業、被控訴人代表者の生計にかなり大きな損失となる。また、本件店舗付近で代替店舗を入手することもかなり難しい。
 (2) 本件建物は老朽化しているとはいうものの、修繕を加えながら使用すればなお相当期間現在同様に使用しうる。 (3) 本件建物所在地周辺が、逐次都市化、中高層化してきており、将来はそれが必至の状況であるとはいっても、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りの地域にはなお低層、木造の建物も少なくなく、基準時ないし現在(弁論終結時)において再開発、中高層化が絶対的な地域的要請となっているとまではいえない。
 (4) 控訴人は、本件土地の近くにかなりの面積の土地を所有し、自宅と賃貸ビルを同地上に有し、また他に約一〇〇坪の貸地を有しており、本件建物、本件土地の明渡しを受けて再開発、高度利用をしなければ生計が立たず生活が出来ないということはない。
 (四) 右(二)、(三)の事情を比較衡量すると、正当事由があることに資する事情も正当事由を否定することに資する事情も双方あるが、本件建物についての被控訴人の必要性は控訴人のそれを上回るものであり、正当事由はないといわなければならない。したがって、控訴人の主位的請求は理由がない。
 三 各予備的請求について
 1 前述の正当事由ありとするに資する諸事情と正当事由を否定するのに資する諸事情を総合して考察すると、本件更新拒絶については、補完金として相当額の立退料を支払うことにより正当事由は具備されるというべきである。
 2 次に右相当額について検討する。
 (一) 理由二(6)(二)、(三)で前述した諸事情
 (二) 前掲甲第一八号証(控訴人依頼の鑑定評価書)によると本件建物の借家権価格は昭和六〇年四月現在六三〇〇万円と評価された。
 (三) 前掲乙第五号証(被控訴人依頼の鑑定評価書)によると、立退料相当額としての本件借家権価格は昭和六二年四月現在二億六〇〇〇万円と評価された。
 (四) 本件建物の前記明渡交渉の経緯(原判決理由二5)
 (五) 被控訴人代表者は、第一審の本人尋問においては、本件建物を立退くときは代替新店舗の入居保証金、設備費、営業損補償等二億五〇〇〇万円から三億円を要する旨述べ、当審における本人尋問においては、新店舗、事務所入居保証金一億六〇〇〇万円、営業損の補償一億二四三〇万円を要するとするほか、新店舗造作費三〇〇〇万円、移転費、仲介手数料三〇〇万円、差額家賃一億六二〇〇万円計五億九三〇万円を要すると述べているところ、右造作費は過大であり、差額家賃の考慮も相当でないから、新店舗事務所の入居保証金、営業損造作費一〇〇〇万円、移転費仲介手数料の供述について参考とすることとする。
 (六) 控訴人は、最終的には、立退料として二億五〇〇〇万円又は裁判所の決定する額を相当額として提供すると申出ている。
 (七) 右(一)ないし(六)の諸事実を総合して考察すると、本件更新拒絶の正当事由を補完するための立退料は金二億八〇〇〇万円を相当と認定判断する。なお、補完金であるから、右金額が、損失補償として過不足があるか否かは問わない。
 四 被控訴人は控訴人の更新拒絶後も本件建物を使用しているから本件賃貸借契約は法定更新された旨主張するが、控訴人は本件更新拒絶後、本件賃貸借契約の期間満了した昭和六一年五月三〇日以後である同年六月二日本件訴訟を提起して被控訴人の本件建物の使用に遅滞なく異議を述べ、同訴訟において控訴人の更新拒絶に正当事由があるか否かを審理しているのであるから、同訴訟の確定するまでは法定更新の法的効果もまだ生じていないものである。よって、被控訴人の同主張は採用できない。
 五 よって、控訴人の第四次予備的請求は右の限度で理由があるが、その余は失当であるから棄却し、第一次ないし第三次各予備的請求はいずれも理由がない。」
 第二 よって、主位的請求、第一次及び第二次予備的請求をいずれも棄却した原判決は、正当であるから、本件各控訴をいずれも棄却し、控訴人の第三次予備的請求は理由がないから棄却し、第四次予備的請求は主文第三項1の限度で認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。』


 このように見てくると、再開発を予定している区域における賃貸借契約であっても、貸し主側が、資産の有効活用や、自己使用や、契約目的達成を主張し、(移転費用や借家権補償について)適正な立ち退き料提示を行っている場合には、立ち退き料と引き替えに明け渡しを命ずる引換給付判決が出る可能性がありますので、賃借人側としても慎重な対応が必要になるでしょう。結局のところ、建物を借りて、住む場合でも商売をする場合でも「その場所でなければ絶対に成立しない、退去すると存続が全くできない、つまり死んでしまう、倒産してしまう」ということは一般的にほとんど有り得ないことです。そのような場合に、貸し主側が十分な経済的補填をした上で退去の申し出をした場合には、裁判所としても、基本的にそれを尊重した判断をせざるを得ないことが多いと考えることができます。平成4年8月1日の借地借家法施行日以降は、特にその傾向が強まっていると考えられます。


5、相談方法

建物賃貸借契約の更新拒絶における正当事由と立ち退き料の考え方は上記の通りですが、正当事由の有無については、店舗の規模や、営業期間・従来の経緯など、個別事情が大きく影響しますので、関係資料を用意した上で弁護士に相談なさると良いでしょう。

 弁護士に相談する際に持参した方が良い書類を列挙致しますので、参考になさって下さい。

(1)入居時の賃貸借契約書、その後の更新契約書
(2)建物登記簿謄本
(3)当該不動産所有権の価値を示す資料(不動産鑑定士の鑑定書など)
(4)当該賃借権の価値を示す資料(不動産鑑定士の鑑定書など)
(5)大家と連絡した全ての手紙・資料(更新拒絶通知、解除通知を含む)
(6)不動産業者と連絡した全ての手紙・資料
(7)弁護士など大家代理人がいる場合は連絡した全ての手紙・資料
(8)再開発・建替組合がある場合は、説明会資料など関係書類

以上


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