再開発における建替期間の家賃補助
民事|都市再開発法|相当補償説と完全補償説|最高裁判所昭和48年10月18日判決|昭和28年12月23日農地買収に対する不服申立上告事件判決
目次
質問:
このたび所有している自宅の区域が再開発に掛かることになり、3年後を目処に一時立ち退きして高層ビルを建てる計画があるようです。建替期間は4年間ということですが、貸家賃貸に出している場合は賃料減収分が全額補償されるのでしょうか。
回答:
1、 再開発に伴う退去時の損失については、都市再開発法97条で物件の引き渡しをした者が「通常受ける損失」を補償すべきことが規定されています。しかし「通常受ける損失」に何が含まれるのか条文上明確ではありません。この点判例の集積もありませんが、「通常受ける損失」には、転居費用2回分の他、一時退去期間中の住居費用や、賃貸物件として貸し出している場合の賃料収入減少分が含まれていると解釈できます。
2、 公益目的で私的所有権の設定された建物の建て替えを促進するという都市再開発法の制度趣旨を考える場合には、私権の制限に関する憲法29条3項の解釈を検討する必要があります。農地改革など社会全体の変革に伴う私権制限に関して、裁判所は相当補償説を採用しています。私有財産を公共目的のために用いる場合は憲法29条3項で「正当な補償」が必要であると規定されていますが、この「正当な補償」とは、「合理的に算出された相当額の補償」を求めることができることを指していると解釈されています。
3、 更に、土地収用法における個別の権利の収用に関して、裁判所は「完全な補償」、すなわち収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであると解釈しています。都市再開発法では、補償額の確定や異議申立の手続において土地収用法の規定が多く準用されており、都市再開発法97条の損失補償の場面においても、土地収用法における補償の考え方を用いることができるでしょう。
4、 土地収用法88条では、「土地補償、残地補償、工事費用補償、移転料補償、物件の補償、原状回復困難な使用の補償のほか、離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失は、補償しなければならない。」と規定されており、政令では「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」と「国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準」で営業損害の補償基準が定められています。建替期間における家賃収入の減少分についても補償が受けられるよう、弁護士と相談し、再開発組合側と良く話し合っていく必要があります。同様に、自家用として住居利用していた場合でも、新たに賃貸住宅に入居しなければならないことになりますから、建替期間の家賃相当額の補償が受けられるよう主張していくべきでしょう。
5、都市再開発関連事例集1756番、1733番、1720番、1705番、1702番、1701番、1684番、1678番、1649番、1513番、1512番、1490番、1455番、1448番その他再開発に関する事例集参照。
4 再開発における建替期間の家賃補助関連事例集参照。
解説:
1、都市再開発法97条の損失補償
再開発に伴う退去時の損失については、都市再開発法97条1項で物件の引き渡しをした者が「通常受ける損失」を補償すべきことが規定されています。
都市再開発法97条1項(土地の明渡しに伴う損失補償)
施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
ここで施行者というのは民間の再開発である第一種市街地再開発事業においては、地権者の集まりである市街地再開発組合を指します。地権者から見ると、自分が所属する地権者の組合に対して損失補償を請求することになります。支払原資は主に組合員が負担する組合費ということになります。つまり、自分が負担する組合費から、自分が支払いを受けるということになり、地権者全員が同様に損失を受けると考えれば、迂遠で不要な手続にも思えます。しかし、市街地再開発組合の地権者には様々な権利の利用状況の地権者が含まれており、権利は沢山所有しているけれどもほとんど利用していないので退去に際してほとんど損失が発生しない組合員や、権利は少ないけれども生計のための重要な資産として利用しており退去に際して大きな損失を受ける組合員も含まれています。都市再開発法97条1項の規定は、組合員毎の実情に合わせ、公平な費用負担をする趣旨で規定されていると考えることができます。
この規定では条文上補償の範囲が明確では無く、また、判例の集積もありませんが、私権制限に関する法令び判例解釈と、実際の都市再開発手続における運用を観察すると、この補償には、転居費用2回分(取り壊し前の退去に伴う転居、竣工後に戻って来るための転居)の他、建て替えのための一時退去期間中の仮住居費用や、賃貸物件として貸し出している場合の賃料収入減少分が含まれていると解釈できます。
2、相当補償説
私有財産を公共目的のために用いる場合は憲法29条3項で「正当な補償」が必要であると規定されていますが、この「正当な補償」の内容については相当額の補償で足りるとする考え方と完全な補償が必要とする考え方があります。公共目的で私的所有権の設定された建物の建て替えを促進するという都市再開発法の制度趣旨を考える場合には、私権の制限に関する憲法29条3項の解釈を検討する必要があります。
日本国憲法第29条
第1項 財産権は、これを侵してはならない。
第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
裁判所は、農地改革など社会全体の変革に伴う私権制限に関して、相当補償説を採用しています。私有財産を公共目的のために用いる場合は憲法29条3項で「正当な補償」が必要であると規定されていますが、この「正当な補償」は、「合理的に算出された相当額の補償」を求めることができることを指していると解釈しています。
憲法29条1項は「財産権は、これを侵してはならない。」と規定している一方、3項では「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しており、一見すると相互に矛盾しているように読めるかもしれませんが、私有財産制が認められている社会においても、全く道路や交通施設など公共施設が存在しない社会というものは考えることができません。人が集まり生活していく以上、公共施設は必要不可欠のものだからです。また、農地改革など、社会全体の変革が必要な場合には、包括的に権利の内容や性質を変更しなければならない場合も生じてきます。
裁判所は、この「正当な補償」について、相当補償説を採用しています。
昭和28年12月23日農地買収に対する不服申立上告事件判決
「憲法二九条三項にいうところの財産権を公共の用に供する場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額をいうのであつて、必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものでないと解するを相当とする。けだし財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律で定められるのを本質とするから(憲法二九条二項)、公共の福祉を増進し又は維持するため必要ある場合は、財産権の使用収益又は処分の権利にある制限を受けることがあり、また財産権の価格についても特定の制限を受けることがあつて、その自由な取引による価格の成立を認められないこともあるからである。」
この判例は、自作農創設特別措置法で農地買収計画による対価が、田についてはその賃貸価格(1年分の地代)の40倍、畑についてはその賃貸価格の48倍を越えてはならないという趣旨が定められていることに対して、買収される地主が提訴したものですが、農業生産力の維持増進を図るため耕作者の地位安定を図り全国的に自作農を創出させるという国の政策のもとに農地所有権が変容しているという特殊性が重視され、必ずしも自由取引により形成された価格(いわゆる時価)と完全に一致することを要せず「合理的に算出された相当な額」の補償があれば憲法29条3項の「正当な補償」に違反しないと判断したものです。この事件では、第二次大戦後の国土荒廃からの復興の為に全国的に農業生産力の維持発展が必要だったという特殊事情がありますが、社会全体の要請が大きい政策を実行する時は、公共用地の補償額が一部制限されうることを示しています。
3、完全補償説
他方、土地収用法で道路用地などを個別に収用する場合は、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであると解釈されています。
土地収用法に関して裁判所は、個別の土地の収用に際して完全な補償が必要であるとの考え方を示しています。所有権の絶対、私有財産制の沿革からしても完全補償説が原則と考えられます。
最高裁判所昭和48年10月18日判決
「おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。」
この判例で言及している昭和42年改正前の土地収用法72条は次のような規定でした。
土地収用法(昭和42年改正前規定)
第72条(土地の収用の損失補償)収用する土地に対しては、近傍類地の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償しなければならない。
対応する現行規定は、次の通りです。
土地収用法(現行規定)
第71条(土地等に対する補償金の額)収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。
この判例では、土地収用法における公共用地の収用が、道路工事や河川工事や砂防工事や運河工事など、特定の場所における個別の不動産を収用するものであって、農地改革の様に全国的に土地の利用関係を変更するものではなく、個別不動産に対して「特別の犠牲」を求める手続だから、原則として、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償が必要であるという考え方に立っています。この理屈は現行の土地収用法71条についても当てはまるものと考えることができます。
このように土地収用の場面における完全補償説は、「収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈されています。
このように判例や実務の立場では「正当な補償」には相当な補償で足りる場合と完全な補償が必要な場合があることになりますが、都市再開発の場合は、農地改革など社会全体の変革に伴う私権制限に関する場合ではなく、土地収用の場合と同様に個別的な事案といえますからから、その場合の「正当な補償」とは「再開発の前後を通じて各権利者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈できることになります。
4、建替期間の家賃補償について
土地収用法88条では、「土地補償、残地補償、工事費用補償、移転料補償、物件の補償、原状回復困難な使用の補償のほか、離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失は、補償しなければならない。」と規定されています。そして、政令では、「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」と「国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準」で営業損害の補償基準が定められています。
土地補償とは、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額の補償をするものです(土地収用法71条)。
残地補償とは、同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することによって、残地の価格が減じ、その他残地に関して損失が生ずる時に、その損失を補償するものです(土地収用法74条)。
工事費用補償とは、同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することによって、残地に通路、みぞ、かき、さくその他の工作物の新築、改築、増築若しくは修繕又は盛土若しくは切土をする必要が生ずるときは、これに要する費用を補償するものです(土地収用法75条)。
移転料補償とは、収用し、又は使用する土地に物件があるときは、その物件の移転料を補償して、これを移転させなければならないとするものです(土地収用法77条)。この場合、物件が分割されることとなり、その全部を移転しなければ従来利用していた目的に供することが著しく困難となるときは、その所有者は、その物件の全部の移転料を請求することができます(同条)。
物件の補償とは、収用し、又は使用する土地の物件であって、物件を移転することが著しく困難であるとき、又は物件を移転することに因つて従来利用していた目的に供することが著しく困難となるときに、近傍同種の物件の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償されるものです(土地収用法78条、79条、80条)。
原状回復困難な使用の補償とは、土地を使用する場合において、使用の方法が土地の形質を変更し、当該土地を原状に復することを困難にするものであるときに、これによって生ずる損失をも補償されるものです(土地収用法80条の2)。
また、営業上の損害が発生する場合にも、これを補償すべきことが土地収用法88条で規定されていますから、貸家として賃貸収入を得ている場合には、この減収分についても補償されることになります。
営業損害の補償について、政令では、「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」と「国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準」で営業損害の補償基準が定められています。
土地収用法第88条の2の細目等を定める政令
第20条(営業の廃止に伴う損失の補償) 土地等の収用又は使用に伴い、営業(農業及び漁業を含む。以下同じ。)の継続が通常不能となるものと認められるときは、次に掲げる額を補償するものとする。
一 独立した資産として取引される慣習のある営業の権利その他の営業に関する無形の資産については、その正常な取引価格
二 機械器具、農具、漁具、商品、仕掛品等の売却損その他資産に関して通常生ずる損失額
三 従業員を解雇するため必要となる解雇予告手当(労働基準法(昭和22年法律第49号)第20条の規定により使用者が支払うべき平均賃金をいう。)相当額、転業が相当であり、かつ、従業員を継続して雇用する必要があるものと認められる場合における転業に通常必要とする期間中の休業手当(同法第26条の規定により使用者が支払うべき手当をいう。次条第1項第1号において同じ。)相当額その他労働に関して通常生ずる損失額
四 転業に通常必要とする期間中の従前の収益(個人営業の場合においては、従前の所得。次条において同じ。)相当額
国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準
第47条(営業廃止の補償)
土地等の取得又は土地等の使用に伴い通常営業の継続が不能となると認められるときは、次の各号に掲げる額を補償するものとする。
一 免許を受けた営業等の営業の権利等が資産とは独立に取引される慣習があるものについては、その正常な取引価格
二 機械器具等の資産、商品、仕掛品等の売却損その他資本に関して通常生ずる損失額
三 従業員を解雇するため必要となる解雇予告手当相当額、転業が相当と認められる場合において従業員を継続して雇用する必要があるときにおける転業に通常必要とする期間中の休業手当相当額その他労働に関して通常生ずる損失額
四 転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額(個人営業の場合においては、従前の所得相当額)
国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針
第32 基準第47条(営業廃止の補償)は、次により処理する。
6 同条第1項第4号に規定する転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額(個人営業の場合においては所得相当額)は、営業地の地理的条件、営業の内容、被補償者の個人的事情等を考慮して、従来の営業収益(又は営業所得)の2年(被補償者が高齢であること等により円滑な転業が特に困難と認められる場合においては3年)分の範囲内で適正に定めた額とする。この場合において法人営業における従前の収益相当額及び個人営業における従前の所得相当額は、売上高から必要経費を控除した額とし、個人営業の場合には必要経費中に自家労働の評価額を含まないものとする。
このように、営業廃止となってしまう場合には、(1)営業の取引価格である権利金、(2)備品の売却損、(3)従業員解雇費用、(4)転業期間の利益相当額=従来の営業収益の2又は3年分、の補償を求めることができると定められています。これは、営業廃止をする場合の具体的損失額の計上が困難であるので、一般的な転業期間として2年又は3年を見積もって算定する趣旨と考えられます。
これらの規定を今回の移転期間における家賃収入の減少にあてはめて考えてみると、再開発による建て替えに協力することにより建替期間の賃貸収入が無くなってしまうのですから、明確に損失額を算定することができるので、完全補償説に従って具体的建替期間における減収分全額を請求できると考えるべきでしょう。土地収用の場面における完全補償説は、「収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」という解釈がなされていますから、これを都市再開発の場面で考えるならば、「再開発の前後を通じて各権利者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈すべきことになります。
減収額は、従来の相当家賃に入居率(過去の実績)を掛けて、実損害の見込額を算出するべきでしょう。また、補償されるのは実損害ですので、建て替え期間に不要となる管理費や固定資産税相当額や修理費用相当額などは家賃収入見込み額から控除して補償されることになります。なお、賃借人については、立ち退く場合と新しい建物を再度賃借する場合が考えられますが、建て替え期間中他の建物を賃借する場合、従前の賃料との差額は立替組合が保証することになりますから、賃貸人が保証する必要はありません。
自家用として居住利用していた場合も、建替期間に転居して借家入居することが必要となりますから、従来の居室と同程度の賃貸物件を借りるのに必要な家賃相当額を損失補償として請求するべきでしょう。
移転に伴う損失補償を含む土地整備費については、国や地方自治体の補助金を受けることが出来る場合もありますので、粘り強く交渉していくことが必要です。
※再開発補助金の説明(国土交通省HP)
https://www.ktr.mlit.go.jp/city_park/machi/city_park_machi00000083.html
再開発準備組合や再開発組合との協議がうまくいかない場合は、再開発に詳しい弁護士に相談して、これらの法令を根拠に粘り強く交渉することにより、家賃補償も受けられる可能性があります。一度お近くの法律事務所にご相談なさってみると良いでしょう。
(判例)
土地収用補償金請求事件
昭和四六年(オ)第一四六号
同四八年一〇月一八日最高裁第一小法廷判決
【上告人】 控訴人・被控訴人 原告 T 外一名 代理人 大塚忠重
【被上告人】 被控訴人・控訴人 被告 鳥取県知事 石破二朗 指定代理人 貞家克己 外二名
主 文
原判決を破棄し、本件を広島高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人大塚忠重の上告理由について。
原審は、上告人長保の所有していた本件第一物件(第一審判決第一目録記載の土地)および上告人初恵の所有していた本件第二物件(同第二目録記載の土地。以下、本件第一物件と第二物件とを合わせて本件土地という。)が、昭和二三年五月二〇日建設院告示第二一五号に基づく倉吉都市計画の街路用地と決定され、その後執行年度割の決定およびその変更を経て、昭和三九年一月一四日土地収用法三三条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの)により被上告人が本件土地に対する土地細目の公告を行なつたこと、次いで、同法四〇条(昭和三九年法律第一四一号による改正前のもの)に基づく上告人らと被上告人らとの協議が不調となつたので、被上告人は、旧都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号によつて廃止された大正八年法律第三六号都市計画法)二〇条(昭和三九年法律第一四一号による改正前のもの)により昭和三九年二月一九日収用土地の区域および収用の時期について建設大臣の裁定を求めたところ、同年三月二三日本件土地を倉吉都市計画街路事業の用に供するために収用する、収用の時期は鳥取県収用委員会による当該収用にかかる損失補償の裁決があつた日から起算して一五日目とする旨の裁定がなされたこと、被上告人は、同年三月二五日鳥取県収用委員会に対し、本件土地の損失補償についての裁決申請をし、これに対し同委員会は、同年六月二二日上告人長保所有の本件第一物件の損失補償額を五七万五一〇〇円(三・三平方メートル当り七一〇〇円)、残地補償額を三万一八〇八円、上告人初恵所有の本件第二物件の損失補償額を一三三万三二〇〇円(三・三平方メートル当り一万一〇〇円)とする旨の裁決(以下、本件裁決という。)をしたこと等の事実を確定したうえ、右収用委員会の損失補償額が相当であるかどうかにつき、本件土地は、前記のように倉吉都市計画の街路用地と決定され、その結果、建築基準法四四条二項(昭和四三年法律第一〇一号による改正前のもの。以下同じ。)の建築制限を受けるものであるから、本件土地収用による損失補償額の算定にあたつては、本件土地をこのような建築制限を受けた土地として評価すれば足りるとの解釈のもとに、本件土地の価格を右と同一解釈のもとに評価した岡田鑑定および松川鑑定等に基づき、本件裁決の損失補償額を不当と認められないと判断し、上告人らの各請求を棄却しているのである。
おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。そして、右の理は、土地が都市計画事業のために収用される場合であつても、何ら、異なるものではなく、この場合、被収用地については、街路計画等施設の計画決定がなされたときには建築基準法四四条二項に定める建築制限が、また、都市計画事業決定がなされたときには旧都市計画法一一条、同法施行令一一条、一二条等に定める建築制限が課せられているが、前記のような土地収用における損失補償の趣旨からすれば、被収用者に対し土地収用法七二条によつて補償すべき相当な価格とは、被収用地が、右のような建築制限を受けていないとすれば、裁決時において有するであろうと認められる価格をいうと解すべきである。なるほど、法律上右のような建築制限に基づく損失を補償する旨の明文の規定は設けられていないが、このことは、単に右の損失に対し独立に補償することを要しないことを意味するに止まるものと解すべきであり、損失補償規定の存在しないことから、右のような建築制限の存する土地の収用による損失を決定するにあたり、当該土地をかかる建築制限を受けた土地として評価算定すれば足りると解するのは、前記土地収用法の規定の立法趣旨に反し、被収用者に対し不当に低い額の補償を強いることになるのみならず、右土地の近傍にある土地の所有者に比しても著しく不平等な結果を招くことになり,到底許されないものというべきである。
しかるに原判決は、これと異なる解釈のもとに、本件裁決の損失補償額を相当であると判断して、上告人らの各請求を棄却しているが、右は土地収用法七二条の解釈を誤つたものというべく、この誤りは原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、さらに前記のような解釈のもとに審理を尽くす必要があるので、民訴法四〇七条に則り、これを原審に差し戻すのを相当と認め、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長 裁判官 岸上康夫 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)
以上