新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1699、2016/07/28 13:12 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事、登記、遺言違反する遺産分割はできるか、遺言に基づく登記終了後に行われる遺留分減殺による所有権移転登記、東京地裁平成13年6月28日判決】

遺言と異なる遺産分割協議



質問:
先日、父が亡くなりました。相続人は、兄、私、弟の三人です。父は、兄に父の持っている3つの不動産全てを、残りの財産を私と弟に相続させるという公正証書遺言を残していました。兄はこの遺言にもとづいて各不動産の相続登記の申請をしました。しかし、遺言どおりでは私達の遺留分が侵害されています。また、兄にはお金を用立てる事情が生じたようです。この状況で、相続財産のうち、不動産以外の財産と一番資産価値の高い不動産については兄の単独所有のままにし、残りの2つの不動産について3人の共有持分割合で遺留分の調整を図る遺産分割協議をしたいのですが、そもそも父の遺言とは異なる遺産分割協議をすることはできますか。また、すでに相続による所有権移転登記がされてしまった不動産の登記はどのようになるのでしょうか。



回答:
1、 まず、お兄さんに対して内容証明郵便で遺留分減殺請求をしておきましょう。遺留分減殺請求権は、相続開始後、自己の遺留分が侵害されたことを知ったことから1年で時効により消滅してしまいますので、現在話し合いができているようですが、万が一の場合に備えて減殺請求が期間内になされたことを内容証明郵便により証拠として残しておく必要があります。

2、 遺言と異なる遺産分割協議をすることができるかについては判例も認めています(東京地裁平成13.6.28判決、さいたま地裁平成14.2.7判決、東京高裁平成11.2.17判決)。ただし、遺産分割協議をするには相続人全員の同意が必要ですし、お父様が遺言で遺言と異なる内容の遺産分割を禁止していないことも必要となります。また、遺言で遺言執行者が選任されている場合には、遺言の執行を妨げる行為をすることはできません(民法1013条)ので遺言執行者の同意を得ることも必要になってきます。

3、 不動産の登記についてですが、既に「相続」を原因とするお兄さんの単独名義の所有権移転登記がされている場合に、後日「遺産分割」を原因とする所有権移転登記をすることはできません(登記実務)。この場合には、上記1の遺留分減殺請求に基づいて、@「遺留分減殺請求」による所有権一部移転をしたのち、A「遺留分減殺請求による代物弁済」を原因として遺留分の調整に必要な持分を移転させることになります。

4、 なお、既に相続による登記が入ってしまっているので、今回の遺産分割によって生じる財産権の移転の課税関係が相続税の範疇に入るのか、贈与税等の範疇に入るのかなどの問題も生じてきますので、遺産分割協議書の作成に当たっては弁護士、税理士等の専門家に相談されることをお勧め致します。

5、 登記関連事例集1518番1492番1477番1148番905番857番733番712番554番394番391番75番68番参照。


解説:

1、遺留分減殺請求について

 遺留分とは、相続財産のうち、遺留分権利者が受け取れる財産の総体的な率を定めたものです(民法1028条)。これは、相続関係当事者の間で、財産形成に有形無形の寄与が認められることや、財産所有名義の貸し借りが行われることも多く相続財産とされるものの中には相続人の潜在的持分が含まれていると考えられることや、残された遺族である相続人の生活権保障が必要と考えられることなどから、被相続人の生前贈与や遺贈や遺言書による遺産分割方法の指定などがあっても、相続人に最低限留保される権利として定められているものです。

貴方は民法1028条2号に当たりますので、具体的な遺留分は2分の1に法定相続分である3分の1を乗じた6分の1となります。

 遺留分減殺請求は、遺留分権利者が相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知ったときから1年で時効によって消滅します(民法1042条)。 この1年という期間は案外に短く、なかなか協議書の作成がすすまないでいるうちに1年が経過していた、ということも十分考えられますので、後日紛争になった場合にも備えて、内容証明郵便でお兄さんに遺留分減殺請求を通知しておきましょう。遺留分減殺請求の通知書の雛形は当事務所HPの書式集の中にありますのでご参考ください。

 遺留分減殺請求権は、形成権とされており(最高裁判所昭和47年7月14日判決)、権利行使して遺留分減殺請求通知が相手方に到達した時点で、当然に効力を生じ、遺留分を侵害する限度で遺贈等は一部失効し、遺留分権利者に権利が帰属することになります。不動産であれば、単独相続登記がなされていても、遺留分減殺請求と同時に、現在の名義人と遺留分権利者との共有状態になるということです。権利者の意思表示を待って効力を生じる形成権とする理由ですが、当該権利が公平公正の見地から私有財産制、遺言自由優先の原則の例外として特に権利者保護の趣旨から認められるという点に求められます。行使期間、権利者も以上の趣旨から制限されています。

【民法】
第1028条(遺留分の帰属及びその割合)
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一号  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二号 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

第1042条(減殺請求権の期間の制限)
減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。


2 遺言と異なる遺産分割協議について

 次にお父様の遺言と異なる内容の遺産分割協議ができるか否かですが、実際に遺言と異なる遺産分割協議がされることはよくありますし、判例もそれを認めていると言えます(参考:東京地裁平成13.6.28判決、さいたま地裁平成14.2.7判決、東京高裁平成11.2.17判決)。

 遺言と異なる遺産分割協議が認められるか否かについて判例は「特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割方法の指定の性質を有するものであり、これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡時に直ちに相続により承継されるものと解する」とし、この遺産分割方法の指定が「遺言により特定の財産をあげて共同相続人間の遺産の分配を具体的に指示するという方法でもって相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定をし、あわせて原告を遺言執行者に指定した場合には」、「遺言者は、共同相続人間において遺言者が定めた遺産分割の方法に反する遺産分割協議をすることを許さず、遺言執行者に遺言者が指定した遺産分割の方法に従った遺産分割の実行を委ねたものと解するのが相当である」とし、「民法一〇一三条によれば、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることが出来ず、これに違反するような遺産分割行為は無効と解すべきである」(東京地裁平成13.6.28判決)としていることから、

@遺言者が遺言に定めた遺産分割方法に反する遺産分割を許さない場合
A遺言執行者がある場合には、遺言の執行を妨げる場合には、
遺産分割行為は無効となると考えられます。


3 遺言による相続登記後の登記

  相続開始後に遺言によってお兄さんの単独相続とする相続登記がされてしまうと登記簿上はその時点で遺産相続が終了となり、その後に「遺産分割」を原因として他の相続人に所有権を移転させることはできなくなります(但し法定相続分による全相続人共有の相続登記をした後に遺産分割協議をして「遺産分割」を原因とする所有権移転登記はできます。)。遺言によって相続登記をしてしまった後に遺産分割協議して所有権を移転させる場合には、その登記原因は遺産分割協議の内容に沿って決定する必要があります。

  今回のケースは、@「所有権一部移転」登記で遺留分相当を移転させ、A「甲(お兄さん)持分一部移転」登記で遺留分相当を超える持分を貴方に移転させることになります。
 
 @ 既に遺言に基づくお兄さんの単独相続の登記がなされているとのことですので、@「遺留分減殺」を原因として、遺留分相当(6分の1)について所有権一部移転登記をします。

 A 次に上記遺留分を超える持分の移転については、「遺留分減殺による代物弁済」を原因として甲(お兄さん)持分一部移転登記をします。この登記の際の登記原因証明情報は下記のような内容となります。

  この様に2回にわけて複雑な登記をするのは、不動産登記法が、権利の適正な公示を目的としていることから(不動産登記法1条)、権利関係の変遷を正確に記録することが要請されているからです。登記は不動産の物件変動について対抗要件となり(民法177条)、二重譲渡などのトラブルの際には権利者を決める基準となりますので、当事者を除く第三者との関係でも分りやすい徴標(目印)である必要があるため、できる限り実体に合わせて記録し公示していくことが必要とされているのです。

不動産登記法、第1条(目的)
この法律は、不動産の表示及び不動産に関する権利を公示するための登記に関する制度について定めることにより、国民の権利の保全を図り、もって取引の安全と円滑に資することを目的とする。

民法、第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。


  なお、この場合の登録免許税率は相続による移転登記の税率1000分の4ではなく、1000分の20となりますので注意してください。
 
【登記原因証明情報】

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登記記原因証明情報
第1 登記申請情報の要項
(1)登記の目的   A持分一部移転
(2)原   因   平成○○年○○月○○日遺留分減殺による代物弁済
(3)当 事 者  
   権 利 者  (甲)住所
            持分 6分の1 名前B
   義 務 者  (乙)住所  
名前A
(4)不動産の表示
   所   在  
   地   番   番
   地   目  
   地   積   . u

2 登記の原因となる事実又は法律行為
(1)本件土地の所有者であった被相続人Cは、乙に本件土地を含むその他の財産を相続させる旨の遺言をした。
(2)Cは,平成 年 月 日死亡し、乙は上記遺言に基づき平成  年  月日  法務局受付第    号により、相続による所有権移転の登記を受けた。
(3)しかしながら(1)の遺言は亡Cの遺留分権利者である甲の遺留分を侵害するものであったため、甲は乙に対し、平成  年 月  日遺留分減殺請求をし、同月 日に乙に到達している。
(4)乙は甲に対し、遺留分の一部について現物を返還する代わりに本件土地の乙の持分の一部(持分6分の1)を提供する代物弁済による弁償を申し出、平成  年 月 日、甲はこれを受諾した。
(5)よって、本件土地の乙持分6分1の所有権は、本日、乙から甲に移転した。

平成  年  月  日  法務局御中
 上記の登記原因のとおり相違ありません。

   (登記義務者)  住所  

          氏名      A               

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4 遺産分割協議にあたって

  上述のとおり、条件が整えば遺言があってもそれとは異なる内容の遺産分割協議を行うことや成立した遺産分割協議どおりの登記を申請することは可能ですが、遺産分割協議をする際には、今回の分割協議による財産権の移転が相続税の範疇にはいるのか、あるいは遺産の再分割として相続税ではなく贈与税等の課税の対象になるのかの検討も含めて協議を進めていくことが必要になってくると言えます。法務局が登記を受け付けるかどうかという問題と、税務署が賦課決定をするかどうかという問題は、それぞれ別々の官庁の権限に属する別々の問題です。できる限り、弁護士、税理士等の専門家に相談しながら、そのアドバイスを得ながら協議をされることをお勧めします。

  
【参考判例】
東京地裁平成13年6月28日判決、土地持分移転登記手続請求事件
『 本件遺言は、前記のとおり、遺産分割方法の指定と解されるが、このように被相続人が、遺言により特定の財産をあげて共同相続人間の遺産の分配を具体的に指示するという方法でもって相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定をし、あわせて原告を遺言執行者に指定した場合には、遺言者は、共同相続人間において遺言者が定めた遺産分割の方法に反する遺産分割協議をすることを許さず、遺言執行者に遺言者が指定した遺産分割の方法に従った遺産分割の実行を委ねたものと解するのが相当である。そして、民法一〇一三条によれば、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることが出来ず、これに違反するような遺産分割行為は無効と解すべきである。
 もっとも、本件遺産分割協議は、分割方法の指定のない財産についての遺産分割の協議と共に、本件土地持分については、夏子が本件遺言によって取得した取得分を相続人間で贈与ないし交換的に譲渡する旨の合意をしたものと解するのが相当であり、その合意は、遺言執行者の権利義務を定め、相続人による遺言執行を妨げる行為を禁じた民法の規定に何ら抵触するものではなく、私的自治の原則に照らして有効な合意と認めることができる。』


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