前科のある医学生の医師免許申請
行政|医師免許|医籍登録
目次
質問:
現在,私は医学部6年生で,今後医師免許を取得し医師になりたいと考えております。ただ,私は6年前,当時交際していた女性に暴行を加え,重傷を負わせてしまったことがあり傷害の罪で1年間懲役刑を受けていたことがあります。特にその後,罪は犯していません。一方で,被害者からは今回の医師免許取得に際して示談をするなどはしていません。医学生が医師免許登録をする際,前科があると免許を与えられないなど不利な扱いがなされると聞いたことがあるのですがどうしたらよいでしょうか。弁護士に依頼すると何かしていただけるのでしょうか。
回答:
1 医師として活動するためには医師免許が必要となりますが,医師法上,罰金以上の前科がある者には医師免許を与えないことができるとされています(医師法4条)。どのような前科の場合に医師免許が与えられないのかについては、医師となった後の医道審議会による行政処分が参考になります。医師免許付与に際して医師免許取消相当の事案の場合には医師免許を付与しない,医業停止相当事案の場合には各種の書類を提出させた上で一定の留保期間(医業停止期間に準じます)を経た上で医師免許を付与するのが一般的のようです。もっとも,医業停止相当事案であっても諸般の事情を考慮して医師免許を与えないという判断も十分にあり得ます。どのような前科が医師免許取り消しに該当するかについては解説で説明します。
2 したがって,医師免許申請の際には十分な準備をしておくことが必要です。具体的には,被害者との再度の示談交渉の上,医師免許の取得に対して肯定的な意見をもらっておくことが必要です。また,関係者(上司,恩師,家族)などから嘆願書を取得したり,あなた自身の反省文,贖罪寄付などを行っておく必要があります。また,代理人弁護士を通じて厚生労働省宛の意見書を作成してもらい,一切の留保期間なく医師免許を速やかに付与することを主張してもらうことが必要となるでしょう。医師免許申請の際には,示談交渉や各種書面の作成を含め,一度弁護士に相談されることをお勧めします。
3 その他,医師免許に関する事例集としては1630番、1540番、1538番、1500番、1489番、1485番、1411番、1343番、1325番、1303番、1288番、1245番、1241番、1144番、1102番 参照。
4 医学生に関する関連事例集参照。
解説:
第1 医師免許の内容,現在置かれている法的地位について
1 医師免許制度
あなたは医学生ということですので,今後医師として活動するためには,医師法上,医師免許の付与を受けることが必要とされています。
医師は,「医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保」することを目的としており(医師法1条),高度の職責を負っているところです。
そこで,法は医師としての活動を行うために,医師資格を許可制とし,医師免許を要求しています。医師免許は,医師国家試験に合格した者の中から,個別の申請者の申請により,医籍に登録することによってこれを行います(医師法2条,6条)。医籍とは,医師免許証所有者の氏名・戸籍などを登録する厚生労働省の帳簿のことをいいます。
2 前科がある場合の医師免許付与について
医師免許は,医師国家試験に合格した医学生の申請があれば,医師免許の付与を許可するのが原則となっています。
しかし,これには医師法4条に例外が定められており,以下の4点の場合には医師免許を与えないことができるとされています。
一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの二 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
三 罰金以上の刑に処せられた者
四 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
あなたの場合,傷害罪で懲役刑1年の刑に処せられたということですので,2号の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当することになります。罪名を問わず何らかの犯罪で罰金刑ないし懲役刑を受けた場合には,免許拒否事由に該当することになるのです。
医師免許の具体的な申請手続については,厚生労働省のホームページを参照して下さい。
<参考HP> 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/shikakushinsei.html
医師免許を受けるためには,医師国家試験合格後,上記の指針に従い,適式の書式を厚生労働省に提出することが必要です。また,前科がある場合にはその判決書を提出することが要求されています。
この厚生労働省の指針には,「罰金以上の刑に処せられたことがある場合,通常より審査に時間を要します。また,審査の結果,免許を与えないと決定されることがある。」との記載があり,一定の場合には免許を与えない,また,免許付与まである程度の時間がかかるとの立場が明らかになっています。厚生労働省は,必要に応じて独自に前科に対する調査を行うことも可能です。
医師法4条には「免許を与えないことができる」とするのみで,実際の運用については厚生労働省に委ねられることとなりますが,ここで参考となるのが,医師となった後に刑事事件を起こし罰金以上の刑に処せられた場合の,医道審議会による医師免許への行政処分です。
医道審議会における行政処分では,戒告,医業停止,医師免許取消がそれぞれ用意されていますが,それに対応する形で医師免許付与決定の判断に影響があるようです。
具体的には,(1)犯した罪の内容その他の諸般の事情に照らして免許取消相当の事案と判断された場合には医師免許を付与しない,(2)比較的長期の医業停止相当の事案と判断された場合には,反省文,始末書,上申書その他有利な資料を提出した上で,停止期間に相当する期間(数か月から1~2年程度),医師免許付与の決定を留保することがあるというのが,現在の厚生労働省の立場になっています。
なお,ここにいう「罰金以上の刑に処せられたことがある場合」というのは,刑の法律上の効果が消滅していないことが条件となっています。例えば,懲役刑で執行猶予期間を満了した場合や(刑法27条),一定の期間が経過し刑の消滅(刑法34条の2 懲役刑の場合は、刑の執行が終わってから罰金以上の刑に処せられずに10年経過する必要があります)。となった場合には,刑の言渡しの効果が消滅しますので,敢えて医師免許申請の際に刑に処せられたことを告げる必要はありません(この点は,上記厚生労働省ホームページにも記載があります)。
3 本件での具体的処遇
以上を本件についてみていきます。ご相談の傷害罪の場合,医師となった場合の医道審議会における行政処分としては,戒告から1年程度の医業停止処分まで幅広い内容となっています。これを医師免許申請段階で判断すると,停止期間に相当する期間,最大で1~2年程度医師免許付与の決定が留保される可能性があります。また,諸般の事情を考慮して,事案として悪質である,被害者への補償が十分でない,将来の意思としての適格性に欠けるなどの事情が認められるような場合には,医師免許を付与しないという決定も十分にあり得るところです。
もっとも,医師法4条は免許を「与えないことができる」と消極的な表現を取っており,必ず医師免許が与えられないということでもありませんし,上記とは異なる判断がなされることもあります。医師免許の際に,適切な反省文,始末書や上申書,さらには下記に述べるような有利な情状資料を提出・主張を行えば留保期間なしか短期間に短縮された上で医師免許の付与を受けることは十分に可能でしょう。
したがって,医師免許申請の際には十分に準備をしておく必要があります。具体的な準備活動については,第2以下で検討していきます。
第2 医師免許取得のために行うべき具体的な活動
1 被害者との示談交渉
具体的な準備活動としては,医師となった後の医道審議会における行政処分の際の判断資料が参考になります。医道審議会に刑事事件の内容を報告する際,事案報告書という書類を提出することとなりますが,その際に「被害者への補償状況」についても報告することとされています。
ここで被害者への補償というのは,被害者の受けた精神的苦痛その他生じた損害への金銭的な慰謝(損害賠償,被害弁償),被害者への謝罪,被害者との示談成立の有無を報告することになります。示談が成立した場合には,示談合意書を合わせて提出することになるでしょう。
そして,上記のとおり医師免許取得に際しては概ね医道審議会と同様の判断がなされるわけですから,やはり被害者との示談交渉は重要とされます。したがって,被害者との示談交渉が済んでいないような場合には,医師免許の申請をする前に行っておく必要があります。
そして,医師免許の付与は行政処分であり,被害者との交渉の結果,被害者が医師免許取得について賛成(特段反対しない)ということであれば,その旨の上申書が極めて有効になります。
一旦刑事事件の際に示談をした場合であっても,上記の行政処分(医師免許付与)に関する上申書を取得していないような場合には,再度の示談交渉を行うことが有用といえます。
示談交渉の際には,再度本件について迷惑を掛けたことを謝罪し(通常は謝罪文を読んでいただきます),かつ,適切な被害弁償金の交付,さらには被害者及びその他関係者に対して二度と接近しない旨を誓約することを通じて,被害者の方に医師免許取得について積極的な意見を頂けるかが重要になるでしょう。
2 反省文の提出
第1の厚生労働省のホームページによれば,前科があるような場合には,反省文の提出が必要とされています。
当該反省文には,前科の内容,前科について申請者であるあなたが深い反省の意思を示していること,被害者への補償・示談の状況,現在は再犯を犯すことなく更生していること(その具体的な方策),医学生として勤勉に勉学・研究活動に邁進してきたことなどを詳細に記載する必要があります。
記載内容については,一度被害者への示談交渉と合わせ弁護士に相談されることをお勧めします。
3 嘆願書の取得
また,将来の意思としての適格性を示すため,恩師・友人・同僚・親族から医師免許取得に関する嘆願書を取得することが有効といえます。嘆願書においては,これまでのあなたの勉学・学習態度が勤勉であることに加え,本件について反省・更生していること(監督者であればこれまで十分な監督を行ってきたこと),医師免許の取得において一切の保留期間を与えない・免許を付与しない判断はしないように嘆願してもらうよう記載をしていただく必要があります。
この点の記載内容ついては,一度弁護士に相談された上,嘆願書を書いていただける各人と協議の上,内容を決定していく必要があるでしょう。
4 贖罪寄付
被害者への金銭賠償に加え,社会に対する謝罪の意思を示す方法として,贖罪寄付を行うことも有用といえるでしょう。
5 代理人弁護士からの意見書の提出・交渉
上記1から4に加え,代理人弁護士から厚生労働省に対する意見書を提出することも有用といえます。代理人弁護士からは,医師法の制度趣旨に鑑みて,医師免許を拒否するのは極めて例外的な場合に限られること,併せて医師免許を保留する期間も付けないか極めて短期にすべきことを主張することになります。
上記の被害者への示談交渉や嘆願書,反省文については意見書と併せて提出することになるでしょう。
また,意見書においては,医道審議会における行政処分と比較して,本件が戒告(ないしはさらに軽い厳重注意や不処分にとどまる)相当の事案であり,本来医師免許付与に何ら影響のないものであることを示していくことが必要です。
さらに,刑事事件時には主張されなかった有利な事情(本件刑事事件と医師としての適格性は一切関係が無いこと,当時被害者と示談をしていたのであればその示談内容,本件刑事事件を起こしてしまったのはやむを得ない事情があることなど)についても,適宜拾い上げて主張する必要があります。
そのためには,過去の刑事記録を取り寄せて,詳細な意見書を作成する必要があるでしょう。
6 結論
以上1から5のあなたに有利な情状資料や主張書面を合わせて,医師免許申請の際に提出することになります。あなたに有利な事情を十分に斟酌していただいた場合には,留保期間がないか極めて短期で医師免許の付与を認めていただくことも十分にあり得るところです。場合によっては,代理人弁護士を介して免許の審査(厚生労働省の免許登録係)担当者と面談の上,さらに意見を述べることも必要でしょう。
医師免許の付与は,あなたの医師としての活動をスタートさせるために必要不可欠の手続ですので,お困りの場合には一度弁護士に相談されることを強くお勧めします。
以上