新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1620、2015/07/17 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、被害者の死因とは無関係の傷害に関して負う罪責と起訴前弁護】

被害者の死因とは無関係の傷害結果に関して負う罪責と起訴前弁護


質問:
 先日,妻が風呂場で倒れているのを発見し,救急車を呼びましたが,そのまま亡くなってしまいました。変死の疑いがあるとのことで,司法解剖に回されました。解剖の結果,妻の死因は喉に食べ物が詰まったことによる窒息死であるとのことでしたが,妻の口元に切り傷が残っており,私は警察の方から事情聴取を受けることになりました。
 妻が亡くなる1週間前に,かっとなって手拳で妻の顔を1発殴打したことがあることは事実であり,解剖時に発見された切り傷もその時にできたものであることは間違いないと思います。妻を殴ったのには私なりの理由がありました。妻は生前,精神的な病が原因で,精神科に通院しながら様々な薬を服用していました。医師からは薬の飲み合わせによっては重大な副作用が発生する危険があるので,市販薬等を自分の判断で勝手に飲むことは控えるよう釘を刺されていました。しかし,妻は私に隠れて市販薬を勝手に飲むことが度々あり,殴った当日も私に隠れて市販薬を飲んでいました。何度言い聞かせても約束を守らない上,副作用も心配でしたから,ついかっとなって殴ってしまったのです。私が妻に手を上げたのはその時だけです。
 私としては,妻を殴って怪我を負わせた事実については心から反省しており,言い逃れをするつもりもないですが,妻が亡くなっていることから,妻の死に私が関与しているのではないかと警察から疑われることを恐れています。妻の死には神に誓って一切関わっていないです。
 私は今後どうなってしまうのでしょうか。殺人犯とされてしまうのでしょうか。公務員なので,職場に連絡されて懲戒処分が下される可能性もあり,心配でなりません。なお,私に前科・前歴はありません。



回答:
1 奥様の死の原因は食べ物がのどに詰まったことによる窒息死ということで、あなたは、食べ物がのどに詰まったことについては関与していないのですから,殺人の罪に問われることはありません。しかし,あたは故意に奥様に怪我を負わせていますから,傷害罪が理論上は成立します。また殺人についても警察から疑われる立場にあります。そこで警察の誤解を生まないよう,取調べに当たっては適切な対応が求められます。この点に関して,弁護士に早期に相談することで,取調べへの対応に関して十分な準備を行うことができます。

2 あなたには前科・前歴もないですし,傷害結果も同種事案と比較して比較的軽微な部類と言えますから,弁護人を通じてしかるべき反省を示せば,微罪処分ないし起訴猶予で済む可能性が十分にあります。早急に弁護人を選任した上で,警察官・検察官との交渉を行うべき事案かと思います。

3 あなたは現在公務員として働いているとのことですから,仰るとおり,本件について職場に連絡がされてしまうと,有罪が確定した後はもちろん、その結果を待たずに懲戒処分を受けてしまう可能性もがあります。それを回避するためにも,弁護人を選任した上で職場連絡阻止の活動を依頼するのが望ましいといえるでしょう。 

4 微罪処分関連事例集処1422番1465番1508番1541番等参照。無実主張に関する事例集として、1371番1010番947番817番555番249番256番639番735番916番1414番参照。


解説:

第1 成立する犯罪と予想される処遇

 1 成立する犯罪

   人の生理的機能を害する行為を行った場合,傷害罪(刑法204条)が成立します。
あなたは,奥様の生前,同人の顔を手拳で殴打し,結果として切り傷を負わせているとのことですから,同人の生理的機能を害したものといえ,傷害罪が成立していると考えられます。

   他方,奥様の死因は喉に食べ物が詰まったことによる窒息死とのことで,傷害と窒息死とは因果関係がなく、あなたは奥様の死因とは無関係ということができ、あなたに殺人罪(刑法199条)は成立していません。しかし、後述のとおり,警察や検察での取調べにおいては,あなたが奥様の死に何ら関係していないことをしっかりと伝える必要があろうかと思います。

 2 予想される処遇

   傷害罪の法定刑は,十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金とされています(刑法204条)。
   もっとも,あなたには前科・前歴がないとのことですから,真摯な反省の態度を示し,場合によっては他の遺族との間で示談をまとめることで,微罪処分(刑事訴訟法246条ただし書,犯罪捜査規範198条から200条)ないし起訴猶予で終わる可能性が十分にあるといえます。具体的な活動については後述いたします。

第2 取調べへの対応

 1 予想される聴取事項と望ましい対応

   あなたは奥様の死に何ら関わっていないとのことですが,取調べに当たる警察官としては,あなたが奥様を窒息死させたのではないかとの疑いを持つ可能性があります。そのため,奥様が亡くなった当日のあなたと奥様のやり取りやあなたの行動等について聴取される可能性が高いでしょう。また,あなたは少なくとも一回奥様の顔を殴打しているわけですから,日頃から奥様に暴力を振るっていたのではないかといった点も確認される可能性が高いでしょう。

   これらの取調べへの対応としては,嘘を付かないことが最も大切となってきます。あなたが疑われるのを恐れる余り,架空のアリバイ等を作り上げて話したりすると,かえって矛盾を発見されて疑いを更に強めてしまいます。また,逆にやっていないことをやったと認めることも差し控えるべきです。取調官の中には,自白を得るために威圧的な取調べを行う方もおられます。そのような取調べであっても,決して我を忘れずに,本当のことだけを正直に話すべきといえます。特に,以下で説明するとおり,本件では検察官があなたを殺人罪で起訴することは困難と思料されるところですので,まさにそのような対応を採るべき事案だといえます。

 2 犯罪の立証との関係

   警察が犯罪ないしその疑いを覚知すると,捜査を開始し,証拠を収集します。証拠を大きく分類すると,物などの客観証拠と取調べで得られた供述証拠に分けることができますが,客観証拠の方が供述証拠よりも証拠価値が高いとされています。人は嘘をつくことがあるのに対し,物的証拠は不変だからです。

   警察が収集した証拠は,記録に編綴されて検察官に送致されます。被疑者の終局処分は検察官に最終決定権があるところ,検察官は,公判を維持できるだけの証拠がなければ,起訴はしません(日本の刑事裁判で無罪判決がほとんどないのは,検察が起訴する事件を絞り込んでいるからということもできます。)。

   ここで,殺人罪等の重大犯罪における公判を維持できるだけの証拠とは,主に客観証拠と考えて良いでしょう。大勢の目の前で人を殺害したような場合の目撃証言ならばともかく,通常,供述証拠はあくまでも客観証拠を補完する役割があるに過ぎません。

   本件では,奥様が喉に食べ物を詰まらせた痕跡があるでしょうが,それが直ちに人に殺害されたことを推認させるわけではありません。ただ,その他の状況証拠と相俟って,人に殺害されたことが推認されてしまう場合も考えられなくはありません。例えば,検死の結果,大量の水を飲み込んだ痕跡があれば,何者かによって顔を湯船に押し付けられて窒息死した可能性が出てくるでしょう。しかし,本件ではそういった痕跡がなく,ただ口元に一箇所傷があるに過ぎません(しかも,あなたは自身が傷をつけたことを認めています。)。また,あなたの話を前提にすれば,奥様は精神科に通いながら様々な薬を服用していたとのことですから,薬の影響で意識が朦朧としていたために喉に食べ物が詰まってしまった可能性もあります。そうすると,結局,何者かによって殺害されたこと,そしてそれがあなたであることを立証できるとは言い難い状況と考えることができそうです。

   正直にありのままを話せば,起訴は困難でしょうから,架空のアリバイ等を作り上げて話したり,やっていないことをやったと認めたりすることは差し控えるべきといえます。

 3 弁護人を選任することのメリット

   本件のように,警察から犯罪への関与の疑いを持たれている場合において,取調べへの適切な対応は極めて重要となって参ります。警察から事情聴取で呼ばれた段階で弁護士に相談すれば,取調べへの対応について適切なアドバイスをすることができ,冤罪に巻き込まれる危険性も回避できます。また,弁護人を選任すれば,警察との交渉を弁護人に任せることができ,奥様の死とは全く無関係であることを念押しする上申書等の提出を通じて,取調べへの万全の準備を行うことができます。


第3 有利な情状資料の作成

1 はじめに

  殺人の疑いを払拭するだけでなく,あなた自身が認めている傷害の点について,軽い処分で済むように,有利な情状を指摘することが必要でしょう。特に,あなたには前科・前歴がないとのことですから,適切な情状弁護によって,十分に微罪処分ないし起訴猶予を狙える事案かと思います(微罪処分については,1422番1465番1508番1541番等も参照。)。

  なお,自治体によっては,警察の内規によって,被疑者が公務員であることが微罪処分の除外事由とされることがあるようです。しかし,公務員としての職務中に行ったものではなく,純粋に家庭内の出来事であったため,公務との関連性が一切ないことを上申書等で伝えれば,除外事由とされない可能性もあるといえます。
  以下,本件で考えられる活動を説明いたします。

2 反省文の作成

  被害者がいる犯罪類型の場合,謝罪文を作成した上で,弁護人を通じて被害者に読んでもらうことで,反省を示すことができます。ただ,今回のように被害者が既に亡くなっている場合,亡くなっている被害者が謝罪文を読むことはできませんから,反省文を書いた上で警察に提出する等の方法を採ることが考えられます。

 3 遺族との示談交渉

   一般的に,被害者との間で示談が成立していれば,検察官の終局処分に大きな影響を及ぼすとされており,情状弁護の中でも最も意味のある活動ということができます。

   ただ,本件では奥様が既に亡くなっているため,奥様との間で示談を行うことは出来ません。被害者死亡の場合は、通常は相続人との間で示談をすることになりますが、ご相談の場合あなたが相続人となりますから示談はできないことになります。他の相続人(子供又は親)との示談も考えら得ますが、このような場合は示談よりも他の相続人に処罰を求めないことを記載した嘆願書や上申書と言った書面を作成することになるでしょう。このような上申書や嘆願書ですと金銭的な弁償という面からは不十分ですので、贖罪寄付等で一定の反省を示すこともあり得るところかと思います。
 
4 小括

   傷害については初犯であること、奥様が亡くなっておりあなたとしても精神的な打撃を受けておられるであろうことを考慮すれば,たとえ暴行罪に止まらず傷害罪が成立しているとしても微罪処分、起訴猶予で終わる可能性が高いと言えますが、殺人罪の嫌疑を晴らすための活動をする過程で微罪処分ないし起訴猶予で済む可能性を高めるために,上記のような有利な情状をできるだけ多く集めることが不可欠です。弁護人を選任した上で,適切な活動を行うことをお勧めいたします。

第4 職場連絡阻止・報道阻止

   あなたは,現在地方公務員とのことですから,傷害の事実について職場に連絡されたり報道されたりしてしまうと,懲戒処分を受ける可能性が出てきてしまいます。後日微罪、不起訴となってもその理由如何によっては懲戒処分となってしまう場合もあります。たしかにご相談の内容とおりとすれば起訴、懲戒処分となる可能性は低いでしょうが、仮に傷害で略式処分で罰金となってしまうと懲戒処分は避けられなくなってしまいます。そのため,早期に弁護人を選任した上で,職場連絡阻止・報道阻止の交渉を依頼すべき事案といえます。

   弁護人が上申書等を提出することで,不必要な情報開示を阻止できた事案は多数ございます。

第5 まとめ

   本件は,傷害の起訴前弁護に加えて,殺人への関与を間違いなく否定しておく必要性がある事案かと思われます。弁護人を早期に選任した上で,取調べに向けて万全の準備をしておくべきです。

以上

【参照条文】
刑法
(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
(傷害)
第二百四条  人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法
第二百四十六条  司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

犯罪捜査規範
(微罪処分ができる場合)
第百九十八条  捜査した事件について、犯罪事実が極めて軽微であり、かつ、検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたものについては、送致しないことができる。
(微罪処分の報告)
第百九十九条  前条の規定により送致しない事件については、その処理年月日、被疑者の氏名、年齢、職業及び住居、罪名並びに犯罪事実の要旨を一月ごとに一括して、微罪処分事件報告書(別記様式第十九号)により検察官に報告しなければならない。
(微罪処分の際の処置)
第二百条  第百九十八条(微罪処分ができる場合)の規定により事件を送致しない場合には、次の各号に掲げる処置をとるものとする。
一  被疑者に対し、厳重に訓戒を加えて、将来を戒めること。
二  親権者、雇主その他被疑者を監督する地位にある者又はこれらの者に代わるべき者を呼び出し、将来の監督につき必要な注意を与えて、その請書を徴すること。
三  被疑者に対し、被害者に対する被害の回復、謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すこと。

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