離婚における財産分与の対象,相手方の預貯金残高が不明な場合の対策

家事|離婚|大阪高裁平成12年9月20日決定|最高裁平成19年12月11日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

質問:私は専業主婦で,現在勤務医である夫との離婚を考えています。離婚をすること自体について双方異存はないのですが,夫が財産分与には一切応じないと拒否しています。財産分与としてどのようなものが請求できるのでしょうか。また,現在別居しているので,夫がどのような財産を持っているのか分かりません。何とか,夫が使っていた預貯金口座について,銀行の支店までは当たりが付けられますが,残高は不明です。弁護士さんに依頼すると財産分与の具体的な金額がわかるのでしょうか。また,どのような財産の分与を具体的に求められるでしょうか。

回答:

1 財産分与の対象としては,①夫婦が婚姻中共同名義で取得した財産(共有財産),②名義は一方にあっても実質的に夫婦共同の努力で取得した財産(実質的共有財産)が挙げられます。

2 財産分与の対象となる個別の財産としては,不動産,預貯金,退職金,保険金,株式,その他財産的価値を有し換価可能な財産が挙げられます。もっとも,相手方の協力のみではなく,こちらの方でも相手方がどのような財産を持っているかを調査,ある程度特定したうえで交渉に臨む必要があります。相手方から任意の協力が得られないような場合には,家庭裁判所の財産分与調停,財産分与審判を申し立てるべきです。

3 相手方の預金残高が不明な場合には,財産分与の具体的な金額を決めることはできません。ただ,銀行の支店までは分かっている場合には,財産分与調停(審判)内で,家庭裁判所の文書送付嘱託,文書提出命令という手続を使うことによって,財産分与の対象となる預金の残高を把握することができます。

4 相手方の態度次第では,速やかな財産分与調停(審判)の申立てが必要になると思われます。一度,家事事件に強い弁護士の相談を受けることをお勧めします。

5 財産分与に関する関連事例集参照。

解説:

第1 離婚に際しての財産分与について

1 財産分与の意義,分与の対象

法律上の夫婦が離婚する場合,離婚から2年以内に,一方の夫婦から他方へ財産の分与を請求することができます(民法768条1項)。財産分与請求権は,夫婦が婚姻期間中に形成した財産を離婚に際して清算することによって,夫婦間の公平を図ることを目的とするものです。

財産分与といっても,相手方の有する財産を全て請求できるわけではありません。清算の対象になるのは,①夫婦の共有財産,②夫婦の実質的共有財産といえることが必要になります。

(1)共有財産

夫婦の共有財産とは,名実ともに夫婦の共有財産といえるものを指し,例えば夫婦共同名義の不動産が該当します。

(2)実質的共有財産

夫婦の実質的共有財産は,名義上は一方配偶者の財産ではあるものの,実質的には婚姻中に夫婦の協力によって形成された財産を指します。例えば,夫名義の不動産ではあるが,婚姻期間中に購入したもので,夫婦が共同でローンを支払っているような場合には実質的共有財産とされるでしょう。

(3)特有財産

これに対し,夫婦の一方がそれぞれの名義で取得し,また夫婦の協力によって形成された財産ではない場合には,夫婦一方の特有財産として,財産分与の対象にはなりません。例えば,婚姻前から夫婦の一方が所有していた不動産は,特有財産として分与の対象にはならない可能性が高いと思われます。

2 財産分与の清算割合(2分の1ルール)

また,財産分与における清算割合については,財産分与の対象財産の2分の1が清算の対象になる,というのが現在の実務・判例です(いわゆる2分の1ルール)。婚姻期間中に夫婦の協力によって形成された財産のうち財産形成における貢献度、寄与度を検討して清算割合を判定することが実質的な公平となる、との考え方も成り立ちますが、男女の平等という見地からは、財産分与では原則として夫婦の財産を単純に2等分するというのが夫婦間の実質的な公平を図るという財産分与の理念に照らし,妥当な結論といえるでしょう。

第2 財産分与の対象財産,評価の方法

では,具体的にどのような財産が,財産分与の対象になり,どのように分割されていくのでしょうか。個別具体的な財産ごとに整理していきます。

(1)不動産

ア 夫婦の共有財産,実質的共有財産といえる不動産(土地,建物)が分与の対象となります。

上述のとおり,不動産については名義が自分にないからといってあきらめる必要はなく,婚姻中に購入した不動産であれば,分与の対象になり得ます。ローンの支払を自ら支払っているのであれば望ましいですが,専業主婦であったとしても,夫に対する内助の功による貢献が評価され,実質的共有財産とされることも多いといえます。

不動産の情報が不明な場合には,これまで居住していた不動産についての登記簿謄本を取得することが必要になります。これにより,不動産の名義,所有権の取得時期等の情報が判明することになります。

イ 不動産が財産分与の対象になるとして,どのように分配することになるでしょうか。この点は,まず不動産の価額をしっかりと把握することが重要です。不動産の評価は,通常不動産業者が無料査定を行っていますので,当該不動産業者の査定結果報告書を複数取り,その平均額を分与の対象とすることが裁判所の手続(財産分与調停など)の通例です。

ここで注意が必要なのは,住宅ローンが残っている場合です。ローンが付着している場合の不動産の価額は,査定結果により判明した不動産の価額から,残ローンの価額を差し引いた金額となります。残ローンの額が不動産の価額よりも高い場合(オーバーローン),当該不動産は財産分与の対象になりません。

ウ 不動産の分与方法は,①一方当事者に名義を取得させ,清算の対象となる相当額の金銭を他方に支払うという方法,②不動産を売却してしまい,売却代金を分け合う方法などがあります。ただ,①の方法による場合は,ローンの支払方法について注意しておく必要があります。ローンを組んでいる銀行等の金融機関は,債務者や連帯保証人の変更には応じないのが通常です。

(2)預貯金

ア 夫婦が婚姻中に形成した銀行等の預貯金は財産分与の対象になります。婚姻前から一方が保有する預貯金についても,夫婦の共同生活中に当該預貯金について入出金が繰り返されていたのであれば,財産分与の対象となり得ます。

イ 清算の対象になるのは,別居時の残高とされるのが通常です。残高が不明な場合の対策については,後述します。

(3)退職金

ア 相手方が給与を受ける従業員であり,将来退職金を受ける立場にある場合,退職金は財産分与の対象になり得ます。既に受け取っている退職金については,同居の期間に応じて財産分与の対象となります。具体的には退職金額×同居期間÷在職期間×寄与度,という算定がなされるのが裁判実務です。

イ 将来の退職金については,「退職金が支給される高度の蓋然性」が認められる場合に限り,分与の対象になります。例えば,定年まであと数年であり,退職給付金額が判明しているような場合には分与の対象になり得るでしょう。一方,定年退職の時期が相当先の場合には,分与対象とならない場合が多いです。退職まで勤務するかどうかは必ずしも明確ではなく,離婚時において退職金受給権の存否,内容が確定しているとはいい難いためです。

(4)保険金

ア 生命保険金,学資保険金については,掛け捨てでない貯蓄性の保険の場合には,別居時における解約返戻金相当額が財産分与の対象となります。解約返戻金については,保険会社に問い合わせると解約返戻金計算書を作成の上,送付してもらうことが通常です。

イ 夫婦の一方が交通事故により取得した人身損害の保険金については,逸失利益に相当する部分が財産分与の対象となります。

(5)株式,ゴルフ会員権など

これらも財産分与の対象になり得ます。もっとも,価額の評価が問題となることも多く,非上場株式の場合専門家の評価が必要となります。売却された場合には,売却額が分与の対象となります。

第3 相手方の財産(預金額)が不明な場合や,財産開示に協力しない場合の対策

1 協議による財産分与の場合の注意点

財産分与の対象となる財産の概観については,上記述べたとおりです。

財産分与については協議で決めることもできますので,相手方が協力してくれる場合には,財産分与の対象となる財産を全て特定した上で,どのような分割方法を取るのか決めて行く必要があります。財産分与の具体的な内容が決まったら,後日の紛争を防止するために,その内容を離婚協議書という形で残しておくべきです。

さらには,相手方が約束を守らない場合に備えて公正証書にしておくべきでしょう。公正証書を作っておけば,相手が金銭を支払わない場合には,直ちに強制執行をすることができます。

2 調停,審判による財産分与を選択する場合,その際の注意点

一方,今回のように相手方が持っている財産,特に預金残高を開示しないような場合,財産分与に非協力的な場合には,裁判所の手続を使うことを考えるべきです。具体的には,家庭裁判所の財産分与調停の申立てをすることになります。

財産分与調停は,家事事件手続法に規定がある手続で,双方当事者が出頭することが前提となりますが,家庭裁判所において調停委員が双方の言い分を聞きながら,適正な財産分与を進めて行くことになります。

相手方が,財産分与に応じないような場合には,調停委員から財産分与の対象となる財産を開示するように説得してもらうことも可能です。

もっとも,どのような財産が存在するかについてはある程度調査を付けておく必要があり,その点については説明を求められます。場合によっては,財産目録の作成が必要です。

例えば,不動産であれば登記簿や,不動産の査定結果報告書を提出したり,相手方が保有しているであろう銀行口座(口座番号が不明であれば銀行名,支店名までは特定しておくべきです。),相手方の勤務先(給与、退職金等の内容)について,可能な限り裁判所に主張,報告すべきでしょう。

3 相手方の預金残高が開示されない場合の裁判所の手続① - 文書送付嘱託

ただ,一方当事者が持っている情報だけでは限界があります。そこで,財産分与調停においては,裁判所を介した証拠調べ手続が法律上用意されています。

今回のように,別居時の預金残高が不明な場合であって,調停員から説得されたにもかかわらず相手方から任意の残高開示が望めない場合,文書送付嘱託という手続を使うことによって,銀行から別居時の残高証明書を取得することが可能です(家事事件手続法64条1項以下,民事訴訟法226条)。

今回の財産分与はいわゆる家事事件ですので,民事訴訟の手続である文書送付嘱託が利用できるかと言う点ですが,家事事件手続法64条1項において民事訴訟法の証拠調べの規定が準用されていますので,文書送付嘱託の手続も利用することが可能です。

口座の残高証明書を裁判所経由で取得すれば,別居時の残高の2分の1の財産分与請求が可能です。

さらに,相手方が財産隠しをしている可能性が高く,例えば別居前に預金を大量に引き出していたり,怪しい入出金があるような場合には,残高証明ではなく,別居前1~2年間の取引履歴の開示まで求めることもできます。

4 相手方の預金残高が開示されない場合の裁判所の手続② - 文書提出命令

文書送付嘱託は,裁判所が銀行にあくまで任意の開示を促すものですが,顧客のプライバシーなどを理由に残高証明の開示を拒否する銀行もあります。そのような場合には,裁判所に対して文書提出命令の申立てを行い,強制的に開示を求めることができます(家事事件手続法第64条第1項参照)。上で述べたとおり,民事訴訟法の証拠調べの規定が準用されますので,現行法である家事事件手続法下(平成25年1月1日施行)の家事事件においては,民事訴訟法上の文書提出命令の規定にしたがい,家事事件においても文書提出命令の申立てをすることが可能です。銀行の取引履歴(取引明細書)は,民事訴訟法220条4号イ~ホの除外事由に該当しませんので,取引銀行は,一般的な文書提出義務を定めた民事訴訟法220条4号に基づいて取引履歴の提出義務が認められることとなります。

また,家事事件手続法以前の事件(平成25年1月1日施行)において,文書提出命令が可能かどうかについては議論のあるところでしたが,大阪高裁平成12年9月20日決定が示すとおり,旧法下の事件であったとしても文書提出命令は可能とされています。旧家事審判規則第七条第一項には「家庭裁判所は、職権で、事実の調査及び必要があると認める証拠調をしなければならない。」と規定があり,同第三項には「証拠調については、民事訴訟の例による。」と規定しているところ,民事訴訟法中,書証に関する規定である同法220条以下の文書提出命令に関する規定も家事審判手続に準用されるからです。

銀行は,文書提出命令に対して一定の除外事由に該当する場合を除いては開示義務を負っておりますので,財産分与の対象財産の特定に有効であると考えられます。

5 銀行に対する文書送付嘱託,文書提出命令利用の際の注意点

(1)銀行に取引履歴の提出義務はあるか

手続として文書送付嘱託,文書提出命令が利用できるとして,実際に文書提出命令が裁判所から出され,銀行は取引履歴の開示義務を負うことになるのでしょうか。この点については,最高裁判例が銀行に文書提出義務があるとしています(最高裁平成19年12月11日決定)。

取引履歴は,銀行の入出金に関する履歴を記載したものに過ぎませんので,専ら内部の者の利用に供するためや,外部に公開されないことが予定されている文書とはいえず,文書提出義務の除外事由には該当しません(民事訴訟法220条各号参照)。また,当該取引履歴を相手方が所持している場合には,上記のとおり提出義務が認められる文書ですので,銀行が取引履歴を開示したとしても顧客である相手方との関係で職業の秘密などは害することもありません。銀行に提出義務を認めたとしても,民事訴訟法197条1項3項との関係で問題はないことになります。

(2)支店特定の必要性

ただし,文書提出嘱託,命令の申立てが可能であるとしても,注意が必要なのは,支店も特定せずに特定の金融機関全体に開示を求めることはできないということです。具体的には,銀行その他の金融機関の支店名まで特定している必要があります。ただし,ゆうちょ銀行だけは例外的に支店の特定は不要です。裁判所は嘱託をかける際に各支店に対して嘱託の書面を送付するため,支店が特定できていないと,嘱託の対象が決められないし,無関係の第三者の履歴まで開示してしまい不測の損害を与えてしまうためです。この点については金融機関においてはコンピューター管理が行われていることから、ゆうちょ銀行と同様に金融機関名さえ特定できれば特定としては十分と考えることもできますが、裁判所の扱いとしては支店まで特定することを要求しています。

そこで,少なくとも支店については最低限特定しておく必要があり,この点は調査,特定していただく必要があります。

第4 結論

以上のとおり,相手方の預金残高が不明な場合で,相手方の任意の開示が望めない場合であっても,家庭裁判所の財産分与(財産分与審判)の手続の中で開示を求めることが可能です。もっとも,銀行の支店については特定しなければならず,その他の財産についても分与を求める側で,ある程度必要な調査を行う必要があります。

専門性が比較的高いところですので,同じようなことでお悩みの方は一度弁護士にご相談されることをお勧めします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文・判例

民法

(財産分与)

第七百六十八条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。

2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。

3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。

家事事件手続法

(証拠調べ)

第六十四条 家事審判の手続における証拠調べについては、民事訴訟法第二編第四章第一節 から第六節 までの規定(同法第百七十九条 、第百八十二条、第百八十七条から第百八十九条まで、第二百七条第二項、第二百八条、第二百二十四条(同法第二百二十九条第二項 及び第二百三十二条第一項 において準用する場合を含む。)及び第二百二十九条第四項の規定を除く。)を準用する。

2 前項において準用する民事訴訟法 の規定による即時抗告は、執行停止の効力を有する。

3 当事者が次の各号のいずれかに該当するときは、家庭裁判所は、二十万円以下の過料に処する。

一 第一項において準用する民事訴訟法第二百二十三条第一項 (同法第二百三十一条 において準用する場合を含む。)の規定による提出の命令に従わないとき、又は正当な理由なく第一項において準用する同法第二百三十二条第一項 において準用する同法第二百二十三条第一項 の規定による提示の命令に従わないとき。

二 書証を妨げる目的で第一項において準用する民事訴訟法第二百二十条 (同法第二百三十一条 において準用する場合を含む。)の規定により提出の義務がある文書(同法第二百三十一条 に規定する文書に準ずる物件を含む。)を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたとき、又は検証を妨げる目的で検証の目的を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたとき。

4 当事者が次の各号のいずれかに該当するときは、家庭裁判所は、十万円以下の過料に処する。

一 正当な理由なく第一項において準用する民事訴訟法第二百二十九条第二項 (同法第二百三十一条 において準用する場合を含む。)において準用する同法第二百二十三条第一項 の規定による提出の命令に従わないとき。

二 対照の用に供することを妨げる目的で対照の用に供すべき筆跡又は印影を備える文書その他の物件を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたとき。

三 第一項において準用する民事訴訟法第二百二十九条第三項 (同法第二百三十一条 において準用する場合を含む。)の規定による決定に正当な理由なく従わないとき、又は当該決定に係る対照の用に供すべき文字を書体を変えて筆記したとき。

5 家庭裁判所は、当事者本人を尋問する場合には、その当事者に対し、家事審判の手続の期日に出頭することを命ずることができる。

6 民事訴訟法第百九十二条 から第百九十四条 までの規定は前項の規定により出頭を命じられた当事者が正当な理由なく出頭しない場合について、同法第二百九条第一項 及び第二項 の規定は出頭した当事者が正当な理由なく宣誓又は陳述を拒んだ場合について準用する。

(調停委員会を組織する裁判官による事実の調査及び証拠調べ等)

第二百六十一条 調停委員会を組織する裁判官は、当該調停委員会の決議により、事実の調査及び証拠調べをすることができる。

2 前項の場合には、裁判官は、家庭裁判所調査官に事実の調査をさせ、又は医師である裁判所技官に事件の関係人の心身の状況について診断をさせることができる。

3 第五十八条第三項及び第四項の規定は、前項の規定による事実の調査及び心身の状況についての診断について準用する。

4 第一項の場合には、裁判官は、相当と認めるときは、裁判所書記官に事実の調査をさせることができる。ただし、家庭裁判所調査官に事実の調査をさせることを相当と認めるときは、この限りでない。

5 調停委員会を組織する裁判官は、当該調停委員会の決議により、家庭裁判所調査官に第五十九条第三項の規定による措置をとらせることができる。

民事訴訟法

第五節 書証

(書証の申出)

第二百十九条 書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

(文書提出義務)

第二百二十条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。

一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。

二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。

三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。

四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。

イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書

ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの

ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書

ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)

ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書

(文書提出命令の申立て)

第二百二十一条 文書提出命令の申立ては、次に掲げる事項を明らかにしてしなければならない。

一 文書の表示

二 文書の趣旨

三 文書の所持者

四 証明すべき事実

五 文書の提出義務の原因

2 前条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立ては、書証の申出を文書提出命令の申立てによってする必要がある場合でなければ、することができない。

(文書の特定のための手続)

第二百二十二条 文書提出命令の申立てをする場合において、前条第一項第一号又は第二号に掲げる事項を明らかにすることが著しく困難であるときは、その申立ての時においては、これらの事項に代えて、文書の所持者がその申立てに係る文書を識別することができる事項を明らかにすれば足りる。この場合においては、裁判所に対し、文書の所持者に当該文書についての同項第一号又は第二号に掲げる事項を明らかにすることを求めるよう申し出なければならない。

2 前項の規定による申出があったときは、裁判所は、文書提出命令の申立てに理由がないことが明らかな場合を除き、文書の所持者に対し、同項後段の事項を明らかにすることを求めることができる。

(文書提出命令等)

第二百二十三条 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。

2 裁判所は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合には、その第三者を審尋しなければならない。

3 裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について第二百二十条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣。以下この条において同じ。)の意見を聴かなければならない。この場合において、当該監督官庁は、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を示さなければならない。

4 前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる。

一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ

二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ

5 第三項前段の場合において、当該監督官庁は、当該文書の所持者以外の第三者の技術又は職業の秘密に関する事項に係る記載がされている文書について意見を述べようとするときは、第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べようとするときを除き、あらかじめ、当該第三者の意見を聴くものとする。

6 裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された文書の開示を求めることができない。

7 文書提出命令の申立てについての決定に対しては、即時抗告をすることができる。

(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果)

第二百二十四条 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

2 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。

3 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

(第三者が文書提出命令に従わない場合の過料)

第二百二十五条 第三者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、決定で、二十万円以下の過料に処する。

2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

(文書送付の嘱託)

第二百二十六条 書証の申出は、第二百十九条の規定にかかわらず、文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる。ただし、当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は、この限りでない。

<参照判例>

大阪高裁平成12年9月20日決定

主 文

一 原審判を取り消す。

二 本件を神戸家庭裁判所に差し戻す。

理 由

一 本件抗告の趣旨及び理由

別紙書面のとおり。

二 当裁判所の判断

家事審判法第七条が準用する非訟事件手続法第一編の規定中、民事訴訟法の準用を定める非訟事件手続法第一〇条は「民事訴訟に関する法令の規定中、期日、期間、疎明の方法、人証及び鑑定に関する規定は、非訟事件に準用す」と規定しており、民事訴訟法上の証拠方法である証人、当事者本人、鑑定、書証、検証物の五種のうち、特に「人証及び鑑定」に関する民事訴訟法の規定についてのみ準用を明定しているけれども、家事審判法第七条自体にも「特別の定がある場合を除いて」との除外文言が存在するほか、家事審判規則第七条第一項には「家庭裁判所は、職権で、事実の調査及び必要があると認める証拠調をしなければならない。」、同第三項には「証拠調については、民事訴訟の例による。」と規定しているのであるから、民事訴訟法中、書証に関する規定である同法二二〇条以下(但し、職権調査主義の性質に反する二二四条を除く)の文書提出命令に関する規定も家事審判手続に準用されるものというべきである。

三 よって、本件本案事件につき文書提出命令を求める本件申立てを不適法なものとして却下した原審判は相当でないからこれを取消し、本件文書提出命令申立ての理由及び必要性の有無につき更に必要な審理、判断を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

即時抗告の趣旨

原審判を取消し、「文書所持者乙山市立丙川市民病院は、別紙目録記載の文書を提出せよ」との審判ないし決定を求める。

即時抗告の理由

1)原審判は、家事審判法七条による非訟事件手続法一〇条の準用から、「人証及び鑑定」に関する規定しか準用されないという形式的な文言解釈により、本件文書提出命令の申立てを却下している。対象となる本件文書が本案の乙類事件を解決するためには不可欠であり、かつ、後記のとおり任意には提出してもらえない文書であるからこそ、提出命令を申し立てたものである。しかるになんら証拠の実質的な必要性に触れずに本件申立を却下することは、誠に遺憾である。

被相続人甲野太郎の平成九年四月九日付公正証書遺言には、相手方が、平成六年六月一一日被相続人に対し暴行し、被相続人に右大腿骨転子部骨折等の傷害を負わせた旨の記載があるが、相手方は被相続人に暴行して骨折させた事実を争っている。上記事実関係を明らかにするためには、被相続人の受傷原因を明らかにする必要があり、被相続人が右受傷のため乙山市立丙川市民病院に入院しており、担当医師にも受傷原因を述べているところから、診療録等はその重要な証拠となるべきものである。

そこで、当職は、乙山市立丙川市民病院に対し、弁護士法第二三条の二第一項に基づき照会の申し出をなし、診療録等の送付を依頼したが、同病院からは電話にて、被相続人の遺族全員(少なくとも実子全員)の同意書がなければ照会に応じられない旨の回答があった。しかし、被相続人の長女甲野春子は相手方の妻であり、その同意書を得ることは出来ないことから、同病院に対する文書送付嘱託の申し出をなし、御庁から同病院に対し平成一一年一二月九日付で文書送付嘱託がなされたが、同病院からは、同文書送付嘱託に対し、平成一二年一月四日付で、遺族全員の同意が得られない場合は送付嘱託に応じられない旨の回答があり、同病院からの診療録等を入手することは出来なかった。

2)またこの点を法解釈の面でとらえても、以下のような重大な過誤がある。家事審判法は上述のような準用規定を有しているが、同時に家事審判規則七条は、「証拠調については、民事訴訟の例による」とする。同規定が、家事審判法七条にいう「特別の定め」に該当するかどうかについてはさておき、学説等は、家事審判手続における証拠調については、「証人尋問、鑑定人尋問、検証、書証の取調べ、当事者尋問」が含まれる(山木戸克巳家事審判法四二頁、沼邊ら家事審判法講座3―二一三頁、最高裁民事部・家事審判法の概説二〇頁、伊東ら・注解非訟事件手続法五五頁)、証拠調の範囲、方法を制限すべきでない(綿引ら家事審判法講座1―六三頁、昭和三七年一一月八日法曹会決議・法曹時報一四巻一二号一九一頁)とし,最新の裁判官による司法研究報告書である「遺産分割事件の処理をめぐる諸問題」(法曹会平成六年七月二五日)においても、「民事訴訟法三一二条(現行二二〇条)の要件があれば、文書提出命令を出すことができる」とされている。

そうすると、原審判は、法令の解釈適用を誤ったことは明白であり、即時抗告の趣旨記載の審判ないし決定を求める。

(別紙)目録

患者名甲野太郎(大正八年八月一八日生・平成一一年一月四日死亡)に関する平成六年六月一一日から同年七月九日までの診療録、看護記録、諸検査結果表、保険診療報酬請求書控、その他同人の診療に関して作成された一切の資料