離婚・財産分与と将来の退職金
民事|財産分与|退職擬制期間基準方式|中間利息控除方式
目次
質問:
妻と離婚をすることになり、先日、妻から財産分与を請求されました。その際、将来支給される退職金も財産分与の対象になると妻は主張しています。
将来支給される退職金も財産分与の対象になるのでしょうか。
回答:
1.雇い主や被用者側の事情、経済情勢、退職時期、退職理由などを考慮して、退職金が支給されることがほぼ確実である場合には、将来支給される退職金も財産分与の対象になります。その算定方法は、将来給付判決という方法が避けられる傾向にあり、退職擬制期間基準方式か中間利息控除方式を採用する裁判例が多いようです。
2.財産分与に関する関連事例集参照。
解説:
1.問題点の指摘
夫婦が離婚する時、一方は他方の請求に従い財産上の給付をしなければなりません。この財産上の給付を財産分与といいます(民法768条1項)。夫婦間の財産については、民法762条1項で婚姻中に自己の名で得た財産は、その特有財産(単独所有)とするとされていますから、夫の名義の財産は夫の単独所有となります。しかし、夫婦共同生活中で得た財産については、夫婦の一方の名義で取得した財産であってもその取得については夫婦の他方の協力があって初めて可能となる場合があります。
財産分与は、このように夫婦が共同生活を営む間に形成した共有財産の清算を目的とする性質を持っています。夫が将来受け取ることになっている退職金ですが、退職金は別名退職手当、退職慰労金、功労報奨金とよばれるものであり、通常、労働協約や就業規則で支給条件(勤続年数、退職時の地位、退職事由)を定められている時は賃金の後払いの性質を有すると考えられます(他に生活保障説、功労報償説があります)。すなわち、夫の勤務先から支払われる労働の対価の後払いということになります。
そこで、会社から支給されるのは夫ですが、妻が家事をすることによって、夫の会社での労働が可能となり、また労働力の再生産が家庭でおこなわれることを考慮すれば、夫婦が協力して得た財産といえ、夫婦の共有財産として財産分与の対象になります。
2.退職金の特殊性
もっとも、将来支給される退職金は、雇い主や被用者側の事情、経済情勢、退職時期、退職理由など不確実な要素によって左右されますから、財産分与の対象になるか、争いになることがよくあります。特に、退職時までの年数が長いと思われる人ほど、退職金が将来支給されるかどうか、またその金額について不確実さは強まることになります。
3.判例の見解
(1)この点、裁判例は分かれていますが、退職金が支給されることがほぼ確実である場合には、将来の退職金も財産分与の対象になるとする傾向が強いといえます。 この場合、財産分与の対象となる退職金の算定方法は、夫婦共有財産の清算という財産分与の性質から、別居時に自己都合で退職した場合の退職金相当額を現在給付とする退職擬制期間基準方式を採用する裁判例が多いようです(東京地裁平成17年7月29日)。
計算式は、別居時の退職金額×(同居期間÷在職期間)×寄与度となります。他にも、予定退職金額に、就労期間中に同居期間が占める割合を掛けた額から、中間利息を控除するという中間利息控除方式を採用した裁判例もあります(東京地裁平成11年9月3日)。計算式は、予定退職金×(同居期間÷在職日数)×寄与度×退職時までの年数のライプニッツ係数となります。
この場合の寄与度としては、原則として50%とされています。金額が多い場合や、特別な理由がある場合はそれより低い寄与度となることもあります。ライプニッツ係数というのは、交通事故の逸失利益を計算する際に使用される計算方法ですが、通常は年5%の利率で退職金支給時と現在の支払い時との年数で中間利息を控除しています。将来支払われる金額を現時点で受領するわけですから、早く貰った人が得をしないようにその分利息として差し引くという理屈です。
現実に退職金が支給されるわけではありませんが、財産分与時点での退職金の金額ですから具体的な請求権と同視することができるので、現実的な解決方法と言えるでしょう。ただし、金額的には将来支給される退職金の額の方が多いでしょうから、財産分与を請求する側としては金額的に納得できないこともあるでしょう。この点具体的に退職金の額を計算してみて納得できるかどうか検討することになります。
(2)東京家庭裁判所平成21年(家)第8229号,平成21年(家)第8230号。
平成22年6月23日審判(財産分与申立事件,請求すべき按分割合に関する処分申立事件)夫54歳、妻50歳、計算方式としては、「別居時の退職金額×(同居期間÷在職期間)×寄与度」で計算し、妻の寄与度は、50%にしています。ある時期から、妻は、「筆談」でしか話さなくなった事情があっても、妻の実家に居住していた事情もあり夫婦破綻は互いの責任であるとして寄与度にも考慮していません。年金の按分割合も0.5(50%)になっています。やむを得ない判断でしょう。4年後に受け取る退職金に関する財産分与の支払いは、将来勤務先から支給を受けた時に受領する審判になっておりライプニッツ係数は採用されていません。後記記載判例を参照してください。
4.現在給付判決/将来給付判決
これらの算定方法は現在給付となっています。けれども、現在給付判決とは異なって、将来、退職金の支給を受けた時に、そのうちの一定額を支払えという将来給付判決が下されることもあるようです(東京地裁平成17年4月27日)。もっとも、この将来給付判決という方法は、定年退職の時期が近い場合以外、よほどの資力がない場合は別として、避けられる傾向が強いようです。
5.まとめ
以上のとおり、雇い主や被用者側の事情、経済情勢、退職時期、退職理由などを考慮して、退職金が支給されることがほぼ確実である場合には、将来支給される退職金も財産分与の対象になります。その算定方法は、将来給付判決という方法が避けられる傾向にあり、金額の計算方法としては退職擬制期間基準方式か中間利息控除方式を採用して判断されることになります。
以上