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No.1324、2012/8/22 12:00 https://www.shinginza.com/chikan.htm

【刑事・強制ワイセツと条例違反の法的関係・強制わいせつ罪告訴取消の場合条例違反で処分できるか・最高裁平成20年11月10日判決・名古屋高金沢支部昭和36年5月2日判決】

質問:先日,私は通勤の満員電車内において,痴漢行為をしてしまいました。具体的には,女性の下着の中まで手を入れて,臀部を触ってしまいました。駅のホームで腕をつかまれ,駅員室に連れて行かれ,そこに警察が来て逮捕されました。翌日,私は釈放されましたが,「今回の罪名は強制わいせつである。しばらくしたら取調べに呼ぶ予定だ。」といわれました。@私の中で,痴漢=迷惑行為防止条例違反というイメージがあったのですが間違いでしょうか。Aまた,被害者の方と示談を行いたいのですが,示談を行った場合,どうなりますか。B強制わいせつで示談を行ったとしても,迷惑行為防止条例違反で別途身体拘束,もしくは起訴されてしまうことがありえるのでしょうか。

回答:
1.痴漢行為全てが迷惑行為防止条例違反で擬律されるわけではありません。一般的には,被害者の下着の中まで触れていれば強制わいせつ,それよりも程度の軽い態様の痴漢であれば条例違反で処理されています。
2.示談する場合,告訴取消の書類を作成してもらうのが通常です。強制わいせつは親告罪ですから(刑法176条,180条),示談により告訴取消を獲得できれば(刑訴法237条),検察官は強制わいせつ罪であなたを起訴することはできません。
3.本件のような痴漢行為の場合,強制わいせつの告訴取消があった場合でも別途迷惑行為防止条例違反で起訴できるかについては争いがありますが,結論として実務は別途起訴しない運用であることが一般的であると思われます。そう解釈しないと被害者の性的プライバシー保護という親告罪を認めた趣旨が失われてしまうからです。このことは弁護人としては検察官に強く主張すべき要点になると思います。
4.関連事例集論文622番参照。

1 (本件行為の擬律)
(1)本件において,あなたは被害女性の下着の中に手を入れるという痴漢行為をはたらきました。痴漢行為については,その態様や程度により,各都道府県において施行されている迷惑行為防止条例違反(以下,「条例違反」といいます)もしくは刑法上の強制わいせつ罪(刑法176条)にて処分されることになります。
  この点,性的道義観念に反する行為を処罰する犯罪として両罪は共通していますが,強制わいせつ罪の法定刑(6月以上7年以下の懲役)と条例違反の法定刑(都道府県により異なりますが,概ね6月以下の懲役または50万円以下の罰金と規定するところが多い)に大きな差異があるように,前者の方が後者よりも重い程度態様の行為を予定していることは明白です。具体的には,強制わいせつ罪は「十三歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為」を行うこと,条例違反の場合は「卑わいな言動」を行うことがその要件とされています。また,強制わいせつ罪では,「暴行又は脅迫」又は「抗拒不能に乗じて」,人の反抗を著しく困難にして「わいせつな行為」を行うことが要件とされています。「暴行又は脅迫」を用いなくても,満員電車の中で身動きが取れなくなっている状態の女性乗客に対してわいせつ行為を働けば,準強制わいせつ罪が適用されうることになります。
  また,満員電車でなくても,電車の中であなたが女性に体を押し付けて身動き取れない状態にしたのであれば,暴行により反抗を著しく困難にしたと評価され強制わいせつ罪が適用され得るでしょう。条例違反では,「(暴行脅迫により)反抗を著しく困難にする」ということは要件になっていませんので,強制わいせつ罪では,「反抗を著しく困難にさせて」「わいせつ行為をする」という2重の意味で,迷惑防止条例(「卑猥な言動」と規定しているが「ワイセツ行為」よりワイセツ性の程度が低い。)よりも行為態様が悪質であると評価することができるのです。

刑法176条(強制わいせつ)
十三歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。
刑法178条1項(準強制わいせつ)
人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,わいせつな行為をした者は,第176条の例による。
東京都迷惑防止条例5条1項(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
何人も,人に対し,公共の場所又は公共の乗物において,人を著しくしゆう恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。

(2)ここで強制わいせつ罪における「わいせつな行為」とは,相手方が性欲を刺激,興奮または満足させ,かつ,普通人の性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反する行為を意味します(最高裁昭和32年3月13日,東京高裁昭和27年12月18日)。具体的には,陰部に手を触れたり,手指で弄んだり,女性の乳房を弄ぶなどといった行為などを意味すると解されています。電車内における痴漢行為が「わいせつな行為」に該当するためには,直接被害者の臀部や乳房に触れる程度の性的羞恥が生じさせる態様が求められ,仮に着衣の上からの接触行為である場合は,単純に触るとか撫で回すなどといった行為よりは強い態様である必要があると思われます(名古屋高金沢支部昭和36年5月2日判決参照)。

  他方で条例違反の場合,痴漢行為を律する文言は各都道府県によって異なります。処罰対象行為を「卑わいな言動」として一般的・規範的に規定している都道府県もあれば(例えば東京都,神奈川県,千葉県等),「衣服の上から又は直接他人の身体に触れるような卑わいな言動」(例えば埼玉県,茨城県,栃木県等。なお,直接他人の身体に触れる言動については,衣服の上から触れる行為と並列的に規定されている以上,衣服の上から触れる行為と同程度の卑わいな言動を予定しているものと解釈すべきでしょう)などといった様に卑わいな言動の態様を一定程度具体化している都道府県もあります。

  ここで「卑わいな言動」とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語または動作などと判示されています(最高裁平成20年11月10日。北海道条例の事案ですが,他の都道府県においても基本的に同様の解釈でよいと思われます)。この点,構成要件には明確性が求められる上(憲法31条。罪刑法定主義からの要請),各都道府県において条例の解釈基準に際を設けるべき殊更な立法事由もないので,「卑わいな言動」の基準は各都道府県画一的にすべきでしょう。現状としても概ねそのような運用が敷かれているものといえます。具体的には,上記のとおり衣服の上からの接触行為(例えば女性の衣服の上から女性の乳房や臀部に触れる行為等)またはそれと同程度の直接に接触する行為(例えばスカート女性の太ももや膝頭に直接触れる行為等)が,「卑わいな言動」として条例違反行為に該当するものといえるでしょう。

(3)以上のとおりですから,本件の場合,あなたが被害者女性の下着の中に手を入れてその臀部を触っている以上,条例違反にとどまらず強制わいせつ罪(刑法176条)が成立することが一般的であり,同罪による事件処理が進むことになると思われます。

2(示談について)
  上記のとおり,本件行為については強制わいせつ罪が成立します。この点,強制わいせつ罪は懲役刑しか法定されておらず,非公開の手続きである略式罰金処分による事件終結が見込めません。検察官が同罪で終局処分を行う場合には,不起訴処分か公判請求のどちらかを選択することになります。検察官は,様々な情状を考慮の上,不起訴処分にするか公判請求を行うかを決定することになりますが(起訴便宜主義,刑訴法248条),強制わいせつ罪の場合,犯行内容そのものが被害者に対して著しい羞恥心を与える悪質なものであるため,実務上はほぼ確実に公判請求となると認識しておく必要があります。
  仮に公判請求となった場合,公開の法廷で裁判が行われます(憲法37条1項,82条1項)。あなたは,人定質問の段階で多数の傍聴人の前で氏名,本籍,住所等を述べる必要がありますし(刑訴規196条参照),あなたが被害者に対して何を行ったかも全て傍聴人に知られることになります。インターネットが普及している現代社会では,傍聴人の方々による情報発信も懸念されます。
  ただし,示談を行い,被害者に告訴取消の意思表示をしてもらった場合には話は別です(刑訴法237条)。強制わいせつ罪は親告罪とされており,示談により告訴が取り消された場合は,検察官は公訴を提起することができません。その場合,あなたは強制わいせつの罪につき,不起訴処分(親告罪の告訴・告発・請求の欠如・無効・取消し。事件事務規定72条2項5号)となります。
  したがって,本件において示談を成立させ,被害者から告訴取消の意思表示をもらうことは極めて重要な意味を有することになります。

3 (告訴取消を得た場合に残る理論的問題)
(1)はじめに
  これまで述べたとおり,本件行為については強制わいせつ罪が成立しますが,これについて告訴取消を得れば,検察官は強制わいせつ罪を理由に公訴を提起することができません。
  しかし仮に告訴取消を得たとしても,上記1で述べたとおり,本件行為は,条例違反行為よりも態様が過激であるというだけで,強制わいせつ罪はより軽い態様である条例違反を包含しているものではないか,とすれば条例違反として縮小的な法的評価を行い,さらに捜査をすすめ,公訴を提起することも可能なのではないか,という疑問が生じます。
  この点実務では,本件のような痴漢行為につき,告訴取消が得られた場合には,条例違反で別途公訴提起される例は見受けられません(もしかしたら存在しているのかもしれませんが,筆者は経験したことがありませんし,そういった事例を聞いたことはありません)。個人的には妥当な結論であると思われますが,どのような理論構成をとるかは争いがあるところです。

(2)両罪の関係
  ア 両罪を分けるメルクマール(指標)
    上記1のとおり,いわゆる痴漢行為における場合の強制わいせつ罪と迷惑行為防止条例違反の成立に関するメルクマールは,「卑わいな言動」にとどまるのか,それとも「わいせつ」と評価しうるほどの性的羞恥行為なのかという点です。本件のような痴漢行為について具体的事実に当てはめていえば,被害者の下着の中にまで手が入ったか否かという点が分かれ目となるのが一般的です。
    そこで,被害者の下着の中に手を入れた場合,強制わいせつ罪だけが成立するのか,それとも強制わいせつ罪と条例違反の両方の犯罪が成立するのかが問題となります。この問題は罪数関係として議論されます。仮に,複数の罪数が成立すれば,強制ワイセツについて告訴取消しがあっても,さらに条例違反の立件が理論上可能になります。

  イ 罪数関係
 (ア)法条競合とする見解 (この見解の罪数は1罪です。)
    法条競合とは,1個の法益侵害事実(実行行為は1つです。)に対し,数個の刑罰法規が適用可能であるように見えるが,それらの罰条相互の関係から1つの罰条のみが適用可能であり,成立する犯罪は1罪にとどまる場合を言います。条文にはありませんが理論的解釈として認められています。成立する罪数の点で観念的競合と異なりますし,具体的実行行為が一つしかないのでこの点で包括一罪と異なります。特に本件のような痴漢行為においては,吸収関係(構成要件的評価として一方が他方を吸収する関係)に該当するのではないか,という点が問題となります。1つの実行行為について二重処罰禁止(憲法39条2項,刑罰における2重の危険の禁止。)の趣旨から数罪の成立は認められません。
    法条競合においては,法益侵害及び責任が優先する法条を適用することになり,劣後する罰条は成立しないとされています。すなわち,仮にこの見解に立つ場合,法益侵害及び責任として優先される強制わいせつ罪のみが成立し,劣後する迷惑行為防止条例は成立しえないと解することになります。吸収関係とは,一個の実行行為が複数の構成要件に該当するように見えても,一方の構成要件が,他方を十分評価し尽くしている関係であれば他方は吸収されることになるというものです。例えば,殺人の際の衣服の損壊です。その他法条競合の例としては傷害罪と暴行罪(補充関係)の関係があります。

 (イ)包括一罪(吸収一罪)とする見解(これも成立する罪数は1罪です。)
    同一の構成要件に該当する複数の法益侵害事実(実行行為)が存在するものの,方法の類似性や機会の同一性などの事情により数個の犯罪に分断することが不当である場合につき,実質的評価から全体を一罪として扱うことを包括一罪といいます。法条競合との違いは,実体法上一罪しか成立しえないのか(実行行為は1個しかありません。),それとも数個の単純一罪(数個の実行行為)を実質的に一罪として評価している場合なのか,という点です(法条競合が前者,包括一罪が後者です)。例えば,賄賂を要求し,約束して収受すると,賄賂要求,約束,収受を行った収賄の1罪(刑法197条)が成立します(3つの罪が理論上成立するが。)。倉庫から数回に分けて物を窃盗する行為。毒殺行為を数回重ねて殺害する場合です。犯罪行為は,数個であり理論上数罪が成立しますが,1罪として起訴し処罰します。同じ構成要件内の行為をある目的のもとに重ねて行っても,違法性,責任の評価は一連の犯罪行為を全体的に見て1回評価すれば十分足りるからです。条文はありませんが,刑事手続の解釈上理論的に認められています。
    この見解は,痴漢行為による強制わいせつ罪には条例違反が通常随伴しているものであり,重い罪である強制わいせつ罪により包括的に評価する考え方であるといえます。

 (ウ)観念的競合とする見解(この見解の罪数は数罪です。)
    観念的競合とは,1個の実行行為が2個以上の罪名(同じ罪名でもよい。大審院判例明治42年3月11日判決。)に触れる場合(刑法54条1項前段)を意味します。いわゆる「科刑上の一罪」といいます。もっと正確に言えば,実体的には数罪が成立しているが,刑事訴訟手続き上,数罪として起訴され,その中の1つの罪で処罰される犯罪です。なお,「1個の行為」につき,判例は「法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで,行為者の動態が社会的見解上1個のものとの評価を受ける場合」などと表現されます(最高裁昭49年5月29日判決)。例えば,一つの脅迫行為で数名から恐喝した場合(被害者各人に恐喝罪成立)。警官に傷害を与えて公務執行を妨害した場合等です。犯罪(実行)行為は1個なので,1つ犯罪行為の2重評価は許されず(憲法39条2項,二重処罰禁止の趣旨から許されません。),違法性,責任が重い方で処罰されることになります。ただ,行為は1個でも,異なる保護法益を侵害しており,科刑上でその調整を行うことになります。
    本件のような痴漢行為の場合,対象とされるのは下着の中から臀部に触れた行為=社会通念上1個のものと評価されることには争いはないと思われますが,強制わいせつと条例違反ともに成立するのかという点が問題となりそうです。
 
 (エ)私見
    私見としては(ア)の見解(法条競合,吸収関係)が相当であると考えます。この議論に関しては,両罪の保護法益に遡って考える必要があります。この点,強制わいせつ罪が個人の性的自由を保護法益としていることには争いがありません。
    ただし,条例違反の保護法益については争いがあります。すなわち,迷惑行為防止条例は,「公衆に著しく迷惑をかける行為を防止し,もって県民生活の平穏を保持することを目的」と規定しています(1条。正確な表現は各都道府県により異なりますが,内容は各都道府県ともに同じです)。ここで,「県民生活の平穏」というものが個別事件における具体的な県民個人を予定しているのか(個人的法益の保護),それとも「県民」という抽象的な概念を予定しているのか(社会的法益の保護),解釈上争いの余地はありうるところです。この点,第1条が防止を目的としているのが「公衆に著しく迷惑をかける」行為であることからすれば,抽象的県民の平穏保持がその保護法益をなしているとの点は否定できないでしょう(社会的法益)。ただし,痴漢行為という個人に大きな苦痛を生じさせる「卑わいな言動」につき,直接の被害を受ける個別の県民の保護を一切考慮していないというのも不合理な話です。したがって,迷惑行為防止条例は,個人的法益・社会的法益双方をその保護の対象としているものと解するのが合理的です。

    とすれば,両罪の法益が完全に一致しない以上は,論理的には二つの単純一罪が存在しうるようにも思われます。しかし,両罪は,法条競合の吸収関係と同じように考えるべきでしょう(1罪のみが成立)。吸収関係とは,一個の実行行為が複数の構成要件に該当するように見えても,一方が,他方を十分評価し尽くしている関係であれば他方は吸収されることになるというものです。殺人の場合の衣服の損傷による殺人罪と器物損壊罪の関係です(生命の自由と衣服という財産を保護法益とする)。強制ワイセツは,ワイセツ行為態様において量刑上も違法性,責任が強く(10年以下の懲役で,罰金がない。),公衆の利益をも評価し尽くしていると考えるべきでしょう。密室ではなく,公衆の場で強制ワイセツを行う場合も当然予想されているわけですから(電車内のワイセツ行為はその例です。),公衆の平穏という保護法益も強制ワイセツ行為の処罰により構成要件当然評価されることになるからです。犯行現場が,公衆か密室かは犯行態様の違いと評価することになります。
    包括一罪は,同一構成要件内の複数の犯罪(実行)行為を予定していますので,ワイセツの実行行為は1回しか行われておらず理論構成に無理があると思います。観念的競合は,理論的にも手続き的にも1個の実行行為により2罪が成立し,評価として別個の保護法益侵害が存在することを前提とし処断上1罪として評価するというものです。公衆での強制わいせつ罪の場合,条例違反は,強制ワイセツにより公衆性という法益も評価されていると考えられますから,別個独自の保護法益は存在しないので観念的競合説は妥当でないと思います。

(3)条例違反を理由としたさらなる身体拘束が可能か
  結論から言えば,告訴取消後の再逮捕はできません。
  日本の刑事訴訟法では逮捕勾留一回性の原則が採用されています。すなわち法は,再度の逮捕の可能性を予定しつつも,逮捕状を請求又は発付を受けたことがある犯罪事実について再び逮捕状を請求する場合には,その旨を逮捕状請求書に記載すべきと規定しており,裁判官に対し,再度の逮捕状発付の判断につき慎重な検討の機会を与えさせる制度となっています(刑訴法199条3項,刑訴規則142条1項8号)。
  これは,再度の逮捕勾留を認めることによって,刑訴法203条以下に定める逮捕勾留の厳格な時間制限を設けた趣旨が没却されてしまうことを防ぐことをその目的としています(裏を返せば,逮捕の蒸し返しとならない事情があれば例外的に再度の逮捕勾留が認められることになります)。
  実務では,同原則が及ぶ範囲につき,被疑事実が基準になると考えられています(事件単位の原則)。この点,あなたを条例違反で再び逮捕することは,一度逮捕されたものと同一の被疑事実による逮捕ということになりますから,同原則に反し認められません。処理罪名を変更するという理由は,同原則の例外(再逮捕)を基礎付けるには極めて不十分という評価が妥当でしょう。
  ちなみにこの結論は,逮捕勾留一回性の原則という刑事訴訟法の一般原則に基づくものですから,(2)においてどの見解に立ったとしても維持されるものです。従って,告訴取り消し後逮捕はできません。

(4)条例違反による公訴提起が可能か
  ア (自説)両罪の関係は,法条競合と解釈できますので,成立する犯罪は強制ワイセツのみですから,条例違反で公訴提起はできません。
    上記で述べたとおり,法条競合はあくまで1個の犯罪しか成立しないものですから,同見解による場合は,強制わいせつ罪のみが成立し,条例違反が成立する余地はありません。
    なお,告訴は,公訴を提起するための訴訟条件でしかありません。そのため,告訴取消があった場合でも,実体法上成立している強制わいせつ罪が消滅するわけではなく,条例違反が新たに成立することにはなりません。又,親告罪の趣旨は,第一に被害者の性的プライバシーの保護ですから,本来的一罪と考え,理論的に「条例違反」の起訴さえ認められないと考えるべきです。

  イ 包括一罪と解する場合の帰結
    上記のとおり包括一罪は,法条競合の場合と異なり,実際上は数個の単純一罪が存在しているものの,実質的考慮から包括的に評価して実体法上一罪として処断するものです。
    そのため,本件のように1個の行為により複数の法益を侵害する類型の包括一罪の場合は,告訴取消が単なる訴訟条件でしかない以上,条例違反のみを切り離して評価し,公訴を提起することはできないと解するべきでしょう。なお,2つの行為を包括一罪として評価すべき事案において,一部の行為のみの公訴提起を適法とした例もありますが(最高裁平成15年4月23日判決),本件のように1つの行為による包括一罪の場合には妥当しない結論であると解するべきです。法条競合説と結論は同一になります。

  ウ 観念的競合と解する場合の帰結
    上記のとおり観念的競合は,1個の行為により2個以上の罪が成立する場合を意味するため,検察官は本来強制わいせつ罪と条例違反を両方とも起訴できることになります。すなわち強制わいせつ罪の告訴取消があったとしても,当然に条例違反だけ別途起訴をすることが可能,ということになります。
    あとは,起訴便宜主義の範囲内において,条例違反につき,検察官が終局処分を行うという理論的帰結になります。ただし,同種の犯行態様である強制わいせつ罪について被害者が告訴取消の意思を示している以上,条例違反による別途起訴は,強制わいせつ罪を親告罪とした趣旨を没却する処分となってしまいます。よほど強く社会的法益が侵害されたなどといった事情がない限り,被害者意思への配慮から,また条例違反における個人的法益の観点において「犯罪後の情況(刑訴法248条)」が大きく好転したものとして,条例違反についても起訴猶予処分(もしくは条例違反としては立件しない)とする措置が相当であると考えます。

<条文>

【刑法】
第五十四条  一個の行為が二個以上の罪名に触れ,又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは,その最も重い刑により処断する。
2  第四十九条第二項の規定は,前項の場合にも,適用する。
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。

【刑事訴訟法】
第百九十九条  検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官のあらかじめ発する逮捕状により,これを逮捕することができる。ただし,三十万円(刑法 ,暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については,当分の間,二万円)以下の罰金,拘留又は科料に当たる罪については,被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
○2  裁判官は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは,検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については,国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により,前項の逮捕状を発する。但し,明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,この限りでない。
○3  検察官又は司法警察員は,第一項の逮捕状を請求する場合において,同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは,その旨を裁判所に通知しなければならない。
第二百三条  司法警察員は,逮捕状により被疑者を逮捕したとき,又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
○2  前項の場合において,被疑者に弁護人の有無を尋ね,弁護人があるときは,弁護人を選任することができる旨は,これを告げることを要しない。
○3  司法警察員は,第三十七条の二第一項に規定する事件について第一項の規定により弁護人を選任することができる旨を告げるに当たつては,被疑者に対し,引き続き勾留を請求された場合において貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは裁判官に対して弁護人の選任を請求することができる旨並びに裁判官に対して弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは,あらかじめ,弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
○4  第一項の時間の制限内に送致の手続をしないときは,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第二百四条  検察官は,逮捕状により被疑者を逮捕したとき,又は逮捕状により逮捕された被疑者(前条の規定により送致された被疑者を除く。)を受け取つたときは,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。但し,その時間の制限内に公訴を提起したときは,勾留の請求をすることを要しない。
○2  検察官は,第三十七条の二第一項に規定する事件について前項の規定により弁護人を選任することができる旨を告げるに当たつては,被疑者に対し,引き続き勾留を請求された場合において貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは裁判官に対して弁護人の選任を請求することができる旨並びに裁判官に対して弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは,あらかじめ,弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
3  第一項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
4  前条第二項の規定は,第一項の場合にこれを準用する。
第二百五条  検察官は,第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
○2  前項の時間の制限は,被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。
○3  前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは,勾留の請求をすることを要しない。
○4  第一項及び第二項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○5  前条第二項の規定は,検察官が,第三十七条の二第一項に規定する事件以外の事件について逮捕され,第二百三条の規定により同項に規定する事件について送致された被疑者に対し,第一項の規定により弁解の機会を与える場合についてこれを準用する。ただし,被疑者に弁護人があるときは,この限りでない。
第二百六条  検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によつて前三条の時間の制限に従うことができなかつたときは,検察官は,裁判官にその事由を疎明して,被疑者の勾留を請求することができる。
○2  前項の請求を受けた裁判官は,その遅延がやむを得ない事由に基く正当なものであると認める場合でなければ,勾留状を発することができない。
第二百八条  前条の規定により被疑者を勾留した事件につき,勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは,検察官は,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○2  裁判官は,やむを得ない事由があると認めるときは,検察官の請求により,前項の期間を延長することができる。この期間の延長は,通じて十日を超えることができない。
第二百八条の二  裁判官は,刑法第二編第二章 乃至第四章 又は第八章 の罪にあたる事件については,検察官の請求により,前条第二項の規定により延長された期間を更に延長することができる。この期間の延長は,通じて五日を超えることができない

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